***3部2話***

小さな駐車場に車を停めた。すぐさま、連橋が助手席から飛び出していった。
知り合いから譲ってもらったシルビアを流は大事にしている。ピカピカに磨かれた白いシルビアを眺めながら、流は満足そうだった。
「俺、こっち方面初めて来た」
連橋は買ってきた缶コーヒーを流に放って投げた。
「サンキュ」
タバコ片手だったので、流は左手で受け取った。
「義兄さんがこっちの方出身でさ。家族でドライブだといつもここなんだ。俺も無理矢理連れ出されてな。いい空気吸えば、腐った考え方もどっか吹っ飛ぶぞって。いい人なんだよな。義兄さんは。姉貴なんかに騙されてひっかかりやがって」
もうそろそろ冬が近い。空気に微妙な寒さが混ざっているせいか、降り注ぐ午後の陽光が肌に心地よかった。
流は、運転席に座り込んだ。ドアは開きっぱなしなので、連橋がその横に立った。
「社長いい人だぜ。けど、匡子さん・・・。おまえのねーちゃんだって、俺は好きだ。騙されたなんて言うなよ」
「外面いいんだよ、アイツは」
クスクスと流は笑う。
「でもな。グレちまった俺を心配して、迷惑は確かにかけた。両親は諦めて俺を放ったらかしだったが、姉貴だけはいつもやかましく俺を心配していた。歳が離れている分、姉貴がおふくろみたいなもんだったのかもしんねえな」
流は、フーッとタバコの煙を吐き出した。白い煙が空気に混ざり合って、溶けていく。
「おまえみたいなのが、なんでグレた?俺はいつも疑問だった」
連橋は、足元の砂利をザラザラと蹴飛ばしながら、訊いた。
「香澄がヤンキーだったからだ。アイツはああいうツラだろ?よく先輩に苛められてな。そのうち学校内のボスに見初められてつきあい強要されてさ。それ阻止するには、まず自分も同じ立場にならなきゃいけなかった」
「おまえ、昔っからそういう生き方なんだな」
連橋は呆れたように言った。
「自分ってモンねえの?」
「好きな子に左右されて生きるのが、自分なんだ。そーゆー生き方だってあんだろ」
きっぱりと流は言った。澱みない答えは、まるで用意されていたように模範的だ。
「おまえらしいっちゃ、おまえらしいけどさ」
人それぞれの生き方だ。自分が納得しているならば、いい。
「志摩先輩に、なんか言われたか?」
流は連橋を見上げた。
「志摩に?別に、なんも」
連橋の表情を見つめながら、流は小さく笑った。
「いきなり俺を誘い出すなんてよ。せっかくの休みなんだし、おまえ睦美ちゃんと遊びてーだろ」
「悪いかよ。たまには男同士で遊んだっていいだろ。それに睦美とは昨日遊んだ」
「そうか。なら、いいけどよ」
言いながら、流は俯いた。
「そろそろ、行こうぜ。こっからだと戻るの時間かかるだろ」
木立の脇から見えるダムの色は、不思議な色をしている。緑・青・深緑。ところどころで、色がまだらだった。変なの・・・・と思いながら、連橋は助手席に乗り込んだ。
チラリと、運転席の流を見た。
「なに?」
キーを捻りながら、目が合って、流は訊く。
「別に」
慌てて連橋は目を反らした。ドドッと、エンジンが回転する音が車内に響いた。
学生の頃と違い毎日流に会っている訳ではない。それでも、別々の進路を選んだわりには、頻繁に会っている。それは、流がジレンに属していて、連橋も時間があくと、ジレンと行動を共にしているからだ。最近は抗争も少なく、集えば流して、ファミレスでたわいもない話をして帰る。同年代が少ない職場に働く連橋にとってジレンの仲間達と集うのは楽しかった。だが、流は昼間は大学だ。同年代のやつらと接する機会は多く、色々触発されることはあるだろう。俺の知らない流がたくさん増えていく。そう思って、連橋は少し淋しかった。
流は、オーディオのボタンを押した。車内に流れる音楽はアイドルの曲だ。笑ってしまうぐらい下手糞な歌だ。
「力抜ける曲、かけるな」
連橋が言うと、流は横顔で笑った。
「香澄のカセットいれっぱなし。自分のを持ってくるの忘れた」
「じゃあ、かけなきゃいいだろ」
「沈黙があると、なんか気まずいだろ」
「なにが気まずいんだよ」
「車内は動く密室ですから」
言って、流は、ケラケラと笑う。
「おまえ。そうやって女口説いては、連れ込んでいるんだな」
「車内が動く密室だと知っている女しか、口説かない」
あっさりと流は言った。つまりは、その気がある女しか口説かないと言っているのだ。
「おまえは志摩の後をついで、トップに立てる資格は充分にあるな」
その言葉を流は否定しなかった。自覚はあるらしい。自分も女が嫌いじゃないし、むしろ好きだが、志摩や流のように、あちこち手を出す器用さはどう捻っても出てこないと思う連橋であった。そして、なんだって俺の周りには、こうも、女関係にチャラいやつらしかいねえんだ?とも思ったりもした。しばらくそんなことを考えていたが、いきなり連橋は本来の目的を思い出した。ちんたら遠回りしてるより、さっさと聞いちまおうと、思った。
「流。悩んでいることがあるならば、俺にちゃんと言えよ。隠したらぶっ飛ばすぞ」
突然そう言った連橋に、流は別段驚かなかった。予想はしていたようだ。
「俺の真実の悩みは、おまえには絶対言えないよ。言ったら、おまえは卒倒しちまう」
「なんだって?」
クルッと連橋は振り返り、流の横顔を見た。
「いや、卒倒どころじゃねえな。逆上されて、俺なんか殺されるだろうな」
ハンドルを片手で操りながら流は涼しい顔で言う。
「・・・」
連橋は黙りこむ。
「だから、おまえには、なにも言えない」
「茶化すなよッ!」
「志摩さんから訊いたンだろ。俺がおかしいって。気にすんな。俺はバカだけど、バカなりに悩みはあんだよ。でもそれは、些細なことだ。おまえは気にするな」
「些細な悩みな筈ねえだろ。皆、おまえの様子がおかしいって気づいているんだ」
この際、志摩に聞いたと隠したところで仕方ない。どうせ流には、隠し事は出来ない。
「さっきの話に戻るぜ。おまえの様子がおかしいのは、匡子さん達のことだろ。あの夫婦、なんか最近おかしいぜ!」
連橋の言葉に、流はハッとした。
「もしかして、会社でもあの2人・・・」
「ああ、そうだよ。ただ、他の皆は気づいてねえよ。俺だけだ。俺はニ、三度、あの2人が言い争う現場を目撃している。この2年。あそこで働いていてあんな2人は初めてだよ」
信号が赤で、車が停まった。流は、ハンドルに顔を埋めた。
「あのな。あの2人、今、けっこー危機なんだよ。姉貴に相談されて・・・。理由はさ。どこにでも転がっている話なんだ。義兄さんの浮気さ。聞かされて俺は驚いたね。あの人に限って・・・ってさ。真面目な人だ。タバコも博打もなんもやんねえ。酒はちぃと飲むけど、それだって大した量じゃねえ。そんな人が、浮気だってさ」
「・・・それは俺もちょっと信じられねえな」
連橋は、人の良さそうな社長の隆の顔を思い浮かべた。妻と子供を大事にしている典型的な良き夫・父親だ。
「青」
連橋が言った。流は顔をあげて、アクセルを踏んだ。
「浮気ぐれえだったら、男の習性だ。姉貴に、放っておけって言っておくに留めた。けどさ。義兄さんはタチの悪い女に引っかかった。商売女だ。ホステス。どういう経緯か知らねえが、義兄さんは強請られていて、会社の金に手をつけたんだ」
「!」
「それで姉貴が気づいたって訳さ。会社の経営については、義兄さんが仕切ってるから姉貴は全然素人だ。でも、こーゆーのって隠し通しておけないだろ。姉貴はなんとなく気づいたんだな。そんで決定的な電話が二日前かかってきた。わかんだろ。ヤバイ電話だ。こんなこと、おまえには話したくなかったけど、会社、知らないうちにすげえ借金抱えこんでいるんだ」
「マジかよ」
そんな事実は、当然のごとく連橋にとっては初耳だった。それでか・・・と、匡子と隆の諍いに納得がいった。
「そろそろ社員には皺寄せがいくだろうさ。おまえには、すまねえと思ってる」
「・・・んなの。みずくせえな。なんで、ちゃんと相談してくれなかったんだよっ」
「おまえに話して、どうにかしてもらえる話じゃねえだろ」
「それはそうだけど・・・。そんな言い方ねえじゃねえか」
流の言うことはもっともだが、それにしても、そんな言い方をされて、連橋はガッカリした。自分はまるっきり流には頼りにされていないのだ。
「ごめん、連。でもおまえは、社員だろ。あの会社の。心配かけたくなかった。おまえにだって生活かかってるし」
「・・・」
「連。わるい。言い方、俺、悪かった」
流は慌てて、連橋の髪を撫でた。バシッと振り払われる。
「どうせ、俺はまるで役に立たねえよ。けど、話きくぐれえは出来るのに」
「だから。マジ、悪かったって。俺だって頭ゴチャゴチャで、うまく説明出来る自信なかったし」
連橋は唇を噛み締めた。
「それで。なんかいい案でも浮かんだのかよ」
「とにかく借金なんとかしねえといけないだろ。そのうち姉貴が親に泣きつくだろうけど、うちの親だって、んなに金持ってねえしな・・・。いい案なんて、全然浮かばねえ」
「・・・」
「あ、でも。宝くじは買ったぜ、俺」
ハハハと流は笑った。
「バカヤロウ!んな時に冗談言ってんじゃねえ」
「冗談じゃねえよ。買ったもん、本気で」
「てめえってヤツは」
「なんとかなるって思いたいんだ、俺は。あ、連。ちょいいいかな。俺、おしっこ」
サービスエリア。流は、シルビアをサービスエリアのパーキングに停めた。
「なんか食わねえ?腹減った」
「一気にそんな気分じゃなくなった」
連橋はそう答えたが、
「こういう時こそ腹満腹にしねえと、なんかすげえ虚しいんだぜ。難しい顔してんな、連」
流はそう言って、連橋と自分の分のホットドックを買った。連橋に手渡す。
「肉まんなくって残念だな」
「俺は毎日肉まん食ってるんじゃねえんだよ」
ハハハと2人は笑う。
「連、わりい。俺、ちょい電話かけてくる。おまえ、ウーロン茶買ってきてくんねえ?」
「わかった」
「んじゃ、車で」
「ああ」
右と左に別れて、連橋と流はそれぞれ歩き出した。ホットウーロン2つを買って、連橋は車のある場所へと向かった。
「?」
だが。あるべき場所に、流の車がない。
「あれ??」
何度も辺りを見回したが、流のシルビアがいない。
「!」
ゴトッ、と連橋の腕からウーロン茶の缶が2つ零れ落ちた。置いていかれたのだ。自分は、流に置いていかれた。なんで流がそんなことをするのかはわからない。けれど。
『ヤバイ電話!』
さっき流が言った言葉が頭を過ぎった。漠然と予想した、ありきたりの結末。流の言うとおり、こういう場合にハマるケースは歴然としている。女・浮気・ホステス・ヒモ・金・ヤクザ。
「ちっきしょう!1人でなにしようってんだ!バカヤロウっ」
連橋は踵を返し、今まさに駐車場から発進しようとしていた車をとっ捕まえた。
「お願いだ。東京に連れていってくれ。友達が危ないんだっ。お願いしますっ」
車の持ち主は、中年の、夫婦らしき2人組だった。連橋の迫力に、運転手である夫は、訳もわからなくうなづいていた。


流はシルビアを乗り捨て、女の指定してきた店に向かっていた。隆のハマッたパターンは、黄金パターンだ。使い古されてきた手。だが、なぜ、隆なのか。彼は、仕事一筋で、そういう類の店に行くこともなかった。仕事を終えたなら、まっすぐに家に帰り、晩酌。子供達と夕飯を取りながらテレビを見て風呂に入って眠る。たまに商店街の友達と飲みに行くことはあっても、馴染みの店だ。おなじみの顔ぶれだと聞いたことがあった。いつ、女と接触する機会があったのか?社員の女に手をつける方がよっぽど有り得る。だが、そうではなく、玄人の女。考えられることは、ひとつ。その女が、隆でなければならなかった。商店街の一角に軒を連ねる隆の店は、とりたてて儲けている店ではなかった。どちらかといえば、店構えも貧弱で、もっと明らかに儲かっている店は他にもある筈だった。そう考えた流の考えは間違っていなかった。独自で、調べた。使える手段はすべて使って、独自で調べた。そして、浮かび上がってきた女と、そのバック。


言えるか、連。おまえだけには、絶対に言えない。ヤバイ電話。女からの呼び出しだった。
実家に匡子宛でかかってきた。受けたのは偶然流だったが、たとえ匡子が受けていたとしても、匡子には行かせるつもりは流にはなかった。流は、女の指定してきた店の名前を心の中で呟いた。
『夕実』
調べた。その店がどこにあるのかを。そして、その店のバックについているヤクザが、どこの組なのかも・・・。
大堀組。
組のスポンサーは、言うまでもなく、小田島。小田島の家、なんだ!
偶然の筈はなかった。これは、仕組まれたことなのだ。小田島の復讐が始まろうとしている。自分を殺しかけ、挙句に、その犬までをも殺しかけた連橋に対する、小田島の報復が、時を経て始まろうとしている。その先駆けとなったのが、連橋が働く、匡子達の会社。隆と匡子は犠牲者だ。これは、連。おまえに対する、小田島の報復だ。だから、こそ。俺は、おまえを巻き込む訳にはいかないんだ。
流は、呼吸を整えた。指定された時間は、21時だ。あと、1時間。流は、もう店のすぐ傍まで来ていた。小さな店だった。このまま、約束の時間を無視して、殴りこみに行こうかとも思った。けれど、それは止めた。店の看板は、もう点灯している。営業中のサイン。だが、さっきから、店には誰一人として、客が入っていくことはなかった。流は、店のネオンを睨みつけながら、タバコに火を点けた。


BACK      TOP        NEXT
次回、オダジーファミリーVS連・流でございますん★