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やっぱり。やっぱり・・・。
抱き合えるヤツが欲しかったんじゃねえかよ。セックス出来る恋人が欲しかったんじゃねえかよ・・・!!
梶本の大嘘つき。
「この酔っ払い、どーする?」
小泉は、持っていたフライパンで肩を叩きながら、ソファでくたばってしまっているなつきを眺め、傍らの五条に言った。
遅い夕食を取っていた五条家に、なつきは酔っ払ったまま乱入したのだ。
五条は、なつきの同い年の友人だ。
「んー。抱き上げてベッドへなどお運びしたいんだが、桜井は接触恐怖症なんだよな」
五条は、ソファに沈没してしまったなつきを見て、僅かに顔を顰めた。
「接触恐怖症。ああ、そうか。前にきいたことあったっけ」
なつきは、レイプされた後遺症で、人との接触を過度に恐怖する。
それは、男に限っての話なのだが。
「梶本に電話すっかな」
「やめとけ。酔っ払ってブツブツ言ってるとこ訊くと、こーなった元凶は、その梶本だ」
小泉の言葉に、五条は溜め息をついた。
酔っぱらってなつきが喚いていたせいで、二人には喧嘩の原因が、薄々わかっていた。
「そうだよな。なんだよ、別れたって。ったく、なにやってんだか。くっつくまでも色々とあったけど、くっついてからも色々あるやつらだよな」
五条は、なつきの横に腰掛けた。
「コイツはな。こうみえて淋しがりやなんだよ。抱きしめてキスしてやれば、あっという間に元気になれるやつなのに。可哀相だよな。それが出来ない」
「なっちゃんも可哀相だけど、俺は梶本に同情するな。なにか考えがあっての別れだと思うんだけどな。アイツが単にセックスできねーからってなっちゃんを切るとは思えない」
「まーな。けど。別れてすぐに、別の男に手を出すなんて利巧なヤツのやることじゃねえよ」
「それ、てめえが言えるのか。別れる前からあちこち手を出してるくせに」
「俺は関係ないでしょ。単なる浮気だもん」
小泉が持っていたフライパンがブルッと震えたのに気づいたが、五条は知らん顔だ。
「とにかく、なっちゃんに毛布かけとけ。風邪ひかれちゃ困るし」
「ああ」
五条はなつきの体に、パサッと毛布をかけた。
「人の恋路に首突っ込む趣味はねえけど。桜井のことは放っておけない」
「好きだったもんな、おまえ」
「あ。嫉妬だ。りお可愛い」
「自惚れるな」
スパーンとフライパンが、五条の頭にヒットした。


「頭痛え」
五条の家のソファで目を覚ましたなつきは、頭を抱えてゴロゴロと寝返りをうった。
「たりめーだろ。ガバガバ飲みやがって」
五条は、新聞をひろげて読んでいたが横目で、転げまわるなつきを見て、笑った。
「死ぬー。梶本、水ー」
と言ってから、なつきはハッとした。
「五条、水」
言いなおすなつきは、明らかにばつの悪い顔をしていた。
「そうやって使いっぱさせてた訳ね。年下の色っぽい目した彼氏に」
「っせえ」
五条は、水の入ったグラスを「ほらよ」と、なつきに押しつけた。
「もう朝?」
「朝どころか、真昼間だよ」
「りおちゃんは?」
「ガッコー」
「おまえは?」
「自主休講。おまえを放っていけねえだろ」
「わりい」
なつきはグラスの水を飲み干してから、起き上がった。
「一体ぜんたいどーした。りおは、梶本呼び出すなって言ってるけど、俺は必要とあらばアイツ呼び出すぜ。ちゃんと話し合え」
「話すことなんかねーよ。もうアイツとは終わった」
「なにがあった。怒らせたのか?」
なつきは頭をかいた。
「アイツは・・・。とっくに怒っていたんじゃねえかと思うのよ、俺。なんか、今まで気づかなかった俺のが、めでてーとか思ったりしてな」
「なんで?」
「なんとなく。最近のアイツが苛々していたことは確かだ。なんか妙なヤツに好かれちまってて。そいつ、すげー強引でさ。もう、押し・押しの一手なんだよ。俺、昔の自分を思い出したよ。
梶本、そうやっておとしたからさー。あいつ、意外に押しに弱いタイプなんだよ。本人も自覚あるから、苛々していたんだと思う。俺も、ハンデなきゃ渡さねえ自信はあっけど、ダメだからな。
梶本が、ソイツにおちても仕方ねえと思う」
なつきは、サラリと前髪をかきあげた。
「梶本が手出した男は、ソイツなのか?」
「いや。違うけど・・・。きっとアイツも混乱してんだよ」
五条は、パタッと読んでいた新聞を閉じた。
ガサッと音がして、新聞が床に放り投げられた。
「桜井」
「好きになる、ってさ。思ったより、しんどいな。マジなんて経験したことねーから、余計ダメ。立ち直れねえ感じ」
スンッとなつきは鼻を啜った。
「梶本にこだわる理由は?」
五条は静かに訊いた。
「え」
「おまえが梶本にこだわる理由は、なんだ」
「理由って」
なつきは五条を見つめた。
「大した理由がねえならば、梶本捨てろ。男ダメならば、女好きになれ。おまえならば幾らでもちゃんとした女とつきあえる。んなに無理して、男の、梶本にこだわるこたねえだろ。
勝手に別れ告げられたならば、尚更だ。梶本が、そっこーで動き出しているならば、おまえもとっと見切りをつけろ。捨てちまえ」
なつきは、五条をまじまじと見た。
「理由か・・・。そういえば、俺、なんで梶本好きになったんだろ」
なつきは、うつむいた。膝に顔を埋める。
夕日の。あの水飲み場の夕日の中に梶本がいて・・・。
振り返って、俺を見た途端に、アイツが眩しそうに目を細めた。
たった、それだけのこと・・・。
「一目惚れかな」
「ああ?」
「一目惚れってヤツ」
すると、五条はキョトンとしてから、溜め息を含んで呟いた。
「始末におえねーな」
一目で恋に落ちる。そこに、理由なんて、ない。
性格すら知らず、単に声や顔や体が好みだったから、なんてあの一瞬に考えられたとは思わない。
目が合った瞬間に惚れちまったのだ。
運命。
笑ってしまうが、そうだとしか考えられなかった。
惚れる、運命だった。
「俺も自分で手におえねーよ」
なつきは笑った。五条も笑う。
「おまえの言うとおりかもしんねえな、五条。大した理由じゃねえから、梶本捨てるならば今かもしんねえ」
「一目惚れが大した理由じゃねえのかよ?俺は、恋多き男だが、一目惚れなんて今まで経験したことねえぞ」
複雑な口調の五条だった。
「その方がいいだろ。俺を見ろ。一目惚れの結果がこれだ。ろくなもんじゃねえよ」
なつきはソファから立ち上がった。
「世話かけたな、五条。りおちゃんにもよろしく言っておいてくれ」
「どーすんだよ、これから」
「家帰って、寝るよ。俺も今日は自主休講」
五条はうなづいた。
「女のストックはあるから、いつでも声かけろよ。おまえが相手だったら、大抵の女は皆一つ返事で喜ぶよ」
「てめえの女ぐれー自分で見つける。心配してくれんのはありがたいが、余計な世話だ」
なつきらしい言葉に、五条はクスッと笑った。
「おまえらしーな。俺は、おまえのそういうところが、たまんなく好きだぜ」
「接触恐怖症でよかったよ。そうじゃなかったら、俺、今、おまえと寝てたかもしれない」
悪戯っぽくなつきは笑い返した。
「バーカ。接触恐怖症だったからこそ、梶本と修羅ったんだろーが」
もっともな五条の言葉だった。
「男はやっぱり、セックスねえとダメだな」
なつきは少し悲しげに呟いた。
「否定出来ねえな。そればっかりは」
五条は頷いた。
「そうだよな。ま、実際俺もそうだしな。じゃあ、しょーがねーか」
振り返り、なつきは笑った。
その顔を見て、五条は痛々しさを感じた。だが、勿論、口には出さない。
「五条。梶本に余計なこと言ったら、ぶっ飛ばすぞ。アイツは、もう俺の過去の男だ。関係ねえんだからな」
「言わねえよ。りおからも注意されてるし」
ソファの上であぐらをかきながら、五条は肩を竦めた。
「おりこーさん。なら、いいや。んじゃーな。今度は、この部屋に女連れてきてやるぞー。まさか、この部屋、女立ち入り禁止とかじゃねえだろーな」
「出来れば、禁止にしてえけど。うちのりおちゃん、女の子ダイスキだから」
ニッと五条は笑った。なつきもハハハと笑った。
「無理すんな、桜井」
五条は、去っていくなつきの背にそう声をかけた。
「無理するよ。じゃなきゃ、忘れられねえから」
短くそう言って、なつきは静かにドアを閉めて、部屋を出て行った。


構内のベンチで本を読んでいた梶本だったが、声をかけられて顔を上げた。
「よお。元気?」
「ええ。元気ですよ」
パタッと梶本は読んでいた本を閉じた。吉川が、ストンッと隣に腰掛けた。
「なんの用ですか、吉川さん」
「その冷たい言い方。そそるよね」
「冷たい言い方って。そういう以外どー言えばいいんですかね?」
「べっつに。ところで、誰待ってるのよ。桜井?」
吉川が辺りをきょろ、と見回した。
「違います」
「そうだよねー。桜井は、さっき一人で帰っていったし」
吉川は、バタバタと脚を泳がせて、落ち着きがない。
「そうですか」
梶本の横顔はピクリともしない。
「別れたの?」
吉川の言葉に、梶本はフッと、口の端をつりあげた。
「誰かさんのおかげでね」
「マジ!?あっけなさすぎない??」
「俺達は、元々限界が近かったんだよ。そこを、アンタがね。うまい具合に・・・ね」
梶本は言葉を濁した。
「ツボついちゃったって訳か。ラッキー♪じゃあ、俺とつきあおうぜ」
吉川は身を乗り出して、梶本を覗きこんだ。
「壊れる時って、あっけないよね・・・」
吐息をつくように梶本が言った。
「でも、新しく作り出すのも簡単・・・」
梶本は、ゆっくり吉川を振り返った。
「アンタさあ。俺のこと、色々調べてるみたいだから、わかるでしょ。ゲイはサイクル早いし。それに俺けっこーモテるんだよ。こう見えてもサ」
吉川は、梶本の目に間近で見つめられて、不覚にもカッと顔を赤くした。
「悪いけど、もう俺、売約済み。またの機会に、立候補してよ」
梶本は、立ち上がった。
待ち人が来たらしく、手を振る。
「今、そっち行く。待ってろ、清美」
「あれが新しいカノジョ?」
吉川は、こちらに向かって来ようとしている男を睨みつけている。
「興味あんの?」
「決まってるだろ」
「邪魔されたくないから内緒」
内緒と言いながら、梶本の台詞は肯定している。
違うならば、違う、で済むからだ。
吉川は、自分が梶本のペースにのせられかかっていることに気づいて、鼻を鳴らした。
「邪魔されたくなければ、俺とつきあえばいいでしょ」
「そのうちね」
チラリ、と梶本はまた吉川を見た。
吉川は、ハッとその視線を受けとめた。梶本の強い視線に、吉川は再び戸惑った。
「絶対に邪魔してやるから!」
「例えば俺の相手がヤクザ絡みでも?アンタこそ、戦う相手を見極めてから、挑戦しな。いつだって、自分のやることが成功するとは限らねえんだぜ。
今回はたまたま、ヒットしたってだけでさ。おとなしく幸彦で満足してればいーじゃん」
そう言って、梶本はベンチを立ち去っていく。
待ち合わせの相手と、肩を並べて歩いていってしまった。
吉川は、梶本の姿勢のよい背を見送りながら、舌打ちした。
あの目で見つめられると、頭がボーッとしてしまう。
なんて、強い視線なんだろう、と吉川は思った。本当に不覚にも、胸がドキドキしてしまう。
梶本は、自分の視線が、他人に与える効果を知っている。
あの男は、意識的に、瞳の力を使い分けている。
「くそっ。絶対欲しいっ!」
あんな男は、初めてだった。吉川は、苛々と爪を噛んだ。
自分が、どうしようもなく梶本の目力にやられてしまっていることを、自覚せざるをえなかった。
桜井も・・・。桜井も、アイツの目の毒にやられたのかな・・・。ふとそんなふうに思った。


「すごい目で睨まれたよ、俺」
清美が怯えた顔で呟いた。
「なんかね。本気で惚れられたみたい」
「んな他人事な」
二人は駅に向かって歩いていく。
「悪いな。迷惑かけて」
「いいけどさ。俺は、別に」
ブンブンと清美は首を振った。
「危ない目には遭わせないから。おまえのこと、いざとなったらちゃんと守る。今は、アイツの視線を、少しでも桜井さんから反らしたいんだ。一刻も早くね。
そうすりゃ、あとは野となれ山となれってとこ」
「珍しく、出たとこ勝負なんだ」
クスッと清美が笑った。
「つーより、投げやり?自分のことは、もうどうでもいいやってさ」
自分のこれからを考えると、どうしたって悔やむ。本当は離れたくない人と離れたのだ。
今だって好きな人と。その人と一緒にいられないならば、相手は誰であろうと同じ。梶本はそう思っていた。
「そんなに桜井さんが大事なんだ」
「自分以上に大事」
梶本はなんの躊躇いもなく答えた。
清美は、梶本を見上げた。
「そんな人と別れなきゃいけないってこともあんだね。人生はうまくいかないよね」
「・・・」
梶本は目を伏せた。
もっと・・・。別の選択があったのだろうか・・・と。
二人で解決していく、別の方法が。
今更なのに、そう思って、歯痒くなる。
二人で傷つけば良かったのだろうか・・・。
一人一人として、同時に傷つくりよりも。
一緒に、傷つけば・・・。
「え?」
清美がなにか言った。聞き取れなくて、梶本は聞き返した。
「わるい。聞こえなかった。なに?」
「真面目につきあってくれない?俺と。梶本さんが守ってくれるならば、俺、さっきの人にも負けないように頑張るから・・・。怖いけどさ。守ってくれるならば」
ジッと清美は梶本を見上げてくる。
「・・・つきあうって・・・」
梶本は思わず立ち止まってしまった。
「俺と?」
「当たり前じゃん。他に誰がいるんだよ」
照れたように清美が言った。
「いや・・・。でも・・・」
と言いかけた瞬間に、梶本の携帯が鳴った。
「あ。わり」
「うん」
着信を見ると、『なつき』と出た。
「嘘・・・」
梶本は慌てて、携帯に出た。
「もしもし。桜井さん!?」
『イタズラ電話だよ』
「今、どこ」
『関係ねーだろ』
「どこだよっ」
『・・・すぐそこの茶店』
言われて、梶本は、ハッと道路脇の向こうの喫茶店を振り返った。
窓際のテーブルに、なつきの姿を見つけた。なつきもこちらを見ている。
「今、行く」
『来なくていいよ』
「行く」
電話を切って、梶本は清美の腕を掴んで、道路を渡った。
「ちょ、ちょっと。梶本さん」
梶本の勢いに、清美は驚いていた。
息を切らして、梶本は喫茶店に飛び込んだ。窓際の席には、なつきが一人ぽつねんと座っている。
「ご無沙汰」
なつきが言った。
梶本は、その姿を見て、目を細めた。
「ちわっす。元気でしたか?」
「まあまあな」
なつきの、空いた前の席に腰を下ろしながら、梶本はなつきの顔を見た。
なつきの顔は、すっかりと、以前高校の頃からの渾名だったクールビューティーに戻ってしまっていた。
そこには、なんの表情もない。梶本の横に、居心地悪そうに清美が腰かけた。
「あ、あの・・・」
清美が口を開きかけた時、梶本がそれより先になつきに清美を紹介した。
「会ったことあるよな。この前アパートの前で」
梶本が言った。
「覚えてねえよ」
なつきは清美を見つめながら、冷やかに言った。
「そっか。松木清美。俺の新しい・・・カノジョ」
清美が梶本を振り返った。その目は驚きに見開かれている。
梶本は顔色一つ変えていない。
「そう」
なつきは、ふと清美の背後に目をやってから、清美に視線を戻し、ニコッと微笑んだ。
「んじゃ、俺も紹介しておく」
パタパタと足音がして、なつきの横に、女が座った。
「すみません、桜井先輩。遅くなっちゃって」
「いいよ。んでさ。この子、俺の新しい彼女。酒井みちるちゃん。かーいーだろ」
なつきの紹介の仕方に照れたのか、みちるは、ポッと顔を赤らめた。
「みちるちゃん。これが、前話した、ゲイの後輩の梶本とそのカノジョの松木さん」
「あ。お噂は聞いてます。よ、よろしくお願いします」
純情そうに頬を染めたまま、ペコッとみちるは、二人に挨拶した。
梶本と清美も同じくペコッと頭を下げた。
「カップル揃ったから、Wで遊ぶか?なあ、梶本。松木さんも」
笑いながら言って、そして、なつきはハッとした。
「松木・・・!?」
呟いて、その表情が見る見る間に変わっていく。そんななつきを見つめながら、梶本は目を伏せた。
「先輩!?桜井先輩、どうしたんですか?」
みちるが、なつきの肩になにげなく触れた。
みちるの指先は、振り払われることなく、なつきの肩に触れたままだった。
なつきは、清美をジッと見つめていた。梶本も、みちるを見つめている。

忘れようと、あがく。だが、あがけばあがくほど。深みにハマる。
梶本に近づく松木の関係者であろう男。
無防備に桜井の肩に手を触れる女。
制御しきれない嫉妬が、同時に梶本となつきの心に沸きあがった。

続く

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