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「幸彦。ねえ、梶本について色々教えてよ」
「いやだね」
「即答すんなよ」
「いやだっつーの。なんで、んなこと聞くんだよ。また、ろくなこと考えてねえだろ。冗談じゃねえよ」
「俺がこんなに殊勝な態度で聞いてるじゃんか」
三谷は、吉川の部屋を掃除しながら、顔を顰めた。
「どこも殊勝じゃねえだろ。俺に部屋の掃除を命令しておいて、てめえは呑気にソファで寛いでやがって。ちゃんと部屋片付けろよな」
「おまえが掃除好きだから、やらせてやってんだろ。なあ、幸彦。ここ来て。俺の隣に座れ。掃除もういいから」
バンッと、立派なソファを叩いて、吉川は自分の隣の空いているスペースを主張する。
「ったく」
渋々三谷は吉川の隣に腰掛けた。美貴はニッコリと微笑んで、幸彦を見上げた。
「なあ。教えろよ・・」
偉そうな態度の割には、顔は甘えるような吉川に、三谷はウッと胸を疼かせた。
「幸彦」
フッ、と三谷の耳元で吉川は囁いた。長いつきあいで、吉川は三谷を制御することなど朝飯前だった。
「聞いてどうすんの?それだけ聞かせてよ」
「なに言ってるんだ。おまえ、いつだって俺のこと色々と知りたがるだろう。それはどうして?と聞かれればおまえは、俺のことが好きだから・・・と答えるだろう。
俺だって同じ。聞いてどうする?梶本に惚れたから、知りたいんだ」
三谷は、ハアッと溜め息をついた。
「俺の気持ちを知っていて、よくそういうことが言えるな」
「好きになられたから、好きになる義務はねえだろ。前に言った筈だ」
あっさり言う吉川に、三谷はチッと舌打ちする。
だが・・・。実際はそのとおりだ。告白して、きちんと振られている。
なのに、それでも諦めきれずに、自分は美貴と一緒にいるのだ・・・ということを三谷は知っていた。
側にいられるだけで・・・と、心の中ではとっくに諦めに似た気持ちがあるのは否定出来ない。
側にいることを許してもらえるだけでも・・・。
だから、三谷は吉川に逆らえない。
「梶本セイ。セイはカタカナ。ゲイ。俺と同じ中学。同じクラスがきっかけで知り合った。誕生日は確か、7月30日。血液型は忘れた。見た目はあの通り、
昔からあんまり変わってねえな。美形だ。頭はむちゃくちゃいい。アイツがなんでうちの大学に来たかわかんねえよ。バスケがうまい。すっげー上手いぜ。
とにかく顔良くて頭良くて、スポーツできて、万能人間。ただ、ちょいひねくれているっていうか。生い立ちが結構複雑みたいでさ。昔から、どっか冷めた
目してた。でも、冷酷じゃねえよ。人間味はある」
「完璧人間か。それが、なんであんな桜井みたいなヤツとつきあってるんだろ」
吉川は、形のよい眉毛を器用に寄せてみせた。
「俺が知ってる限り、セイのつきあっていたヤツは皆美人だったぜ。頭も良かったし。まあ、セイのレベルについていけるぐらいじゃねえとな」
三谷の言葉に、吉川は、ますますギュッと眉を寄せた。
「桜井は顔はいいが、頭悪いっつーの。接点が、わからん」
「そこまでは知らない。これぐらいでいいか?あとはわからないよ」
「まだ全然データ不足だ。他には?」
吉川の言葉に、うーん、と三谷は唸った。
「他には・・・って。ああ、でもな。確か高校時代に、1度だけ恋人紹介されたことがあった。勿論男だけどさ。先輩でさ。もうむちゃくちゃセイが惚れていて・・・。
会ったその日に口説き落としたって言ってた。セイには、珍しいことだぜ。アイツは結構相手任せの恋愛していたからな」
「そんなに惚れていた相手と別れたのか?」
吉川は身を乗り出して、三谷に詰め寄った。
「だと思う。あんなに仲良かったのにな。セイは惚れっぽいタイプじゃねえんだよ。だから、ちょっと意外だったな。フラれたのかもしんねえな。でもまあ、好み的に言えば、
ヤツは年上好みだったんなだなー。その人といい、桜井さんといいさ」
思わず後ずさりながら、三谷は自分の意見を述べた。
「ふうん。じゃあ、俺にもチャンスはあるわけだ」
そう言って吉川は、ニヤリと笑った。
「それはどうかわかんねえぜ。あの2人、いい雰囲気じゃん」
「なに言ってんだよ。高校時代に紹介された恋人とだってラブラブだったんだろ。それが別れて、今は桜井とつきあってるぐらいだ。どんなにいい雰囲気だって壊れる時には
壊れるんだ。諦める必要はねえだろ」
ふっ、と吉川は、薄く笑った。
「壊れる時?壊すんだろ、おまえ」
三谷は鼻で笑ってみせた。
「外部からの圧力でグラつくぐらいならば、大した関係じゃねえってことさ。年上好み。美人好み。頭のいいヤツが好み。男が好み。全部俺じゃん。俺に当てはまる」
「相変わらず、すげー自信だよ。美貴は・・・」
だが、惚れた弱みで、三谷はその言葉を否定することは出来ない。
「自信だけじゃないさ。今に見てみ。でもまあ、とりあえずはサンキュ。あとは他の情報網を使って調べるよ」
「まだなにか調べるのかよ!?」
三谷は呆れて、肩を竦めた。
「この時代、勝者になるには情報だよ」
「使い方を間違えれば、敗者にもなるぜ。情報っつーのは。甘くみるなよ」
三谷は、吉川に忠告した。
「可愛いアドバイスありがとう」
スッと三谷の頬に、吉川はキスをした。
「御礼だヨ」
「・・・ガキじゃねえんだから、ほっぺたはねえだろ」
僅かに顔を赤くして、三谷はボソッと言った。
「恋人じゃないんだから、唇はやだよ」
ツンッと吉川はそう言い返した。


まだ初夏の太陽だが、最近はめっきり暑くなった。
なつきは、構内のベンチに腰掛けて、梶本を待っていた。
一緒に帰る約束をしていたからだった。
「ごめん、遅くなった」
梶本がそう言いながら走ってきた。
「おせーよ。おせー」
バタバタと脚をばたつかせながら、なつきが抗議する。
「すんません。ちょい、しつこく纏わりつかれていたもんで・・・」
梶本の言葉に、ピクッとなつきの眉が引き攣った。
「吉川?」
「そうそう。可愛い顔で、うるせーったらねえよ」
ドサッと梶本は、なつきの横に腰掛けた。
「なんだって言うんだ?あのバカ」
「週末、どっか行こうって」
「断ったんだろうな」
「当たり前でしょ」
「なに考えてんだよ、まったく」
「俺に聞いても知らないよ」
「うぜえヤツ」
チッとなつきは舌打ちした。
ここ最近、梶本は、吉川にまとわりつかれていたのだった。
「無視、無視。さ、行きましょうか。今日こそは、パンフ貰って吟味しましょうや」
梶本は、夏休みにひっかけて計画している旅行のことを言っているのだ。
「パンフ?おまえ、そんなにデカい旅行するつもりなのか?近場でいいよ。でもまあ、海が綺麗なとこがいいぜ、俺」
言いながら、なつきは梶本を見上げた。梶本は笑っている。
「近場で綺麗なところなんて、ねえっすよ」
「そうだな。金ねえなー。バイトしなきゃな。またホストやっか?」
「洒落になんねえこと言わないでください」
梶本がムッとする。その話題は、必ず1つの過去に結びつくからだ。
「冗談に出来るぐらいになったってことだろ。それに、あんな仕事もう出来ねえよ。俺、若くねえし」
「なに言ってるんですか。ピチピチの20代が」
「20代はピチピチとは言わねえんだよ、アホ」
他愛もないことを言いあいながら、一緒に歩いて大学を出た。
電車に乗り、大きな町まで出てはブラブラと歩きながら、旅行会社をひやかす。
必要もない外国のパンフレットとかまでどっさりと手にして、当たり前のように梶本の下宿に辿り付く。
「またピザとる?」
「飽きた。てめえが作れ」
「あのな。いつでもうちに入り浸っているんだから、たまには桜井さんが手料理御馳走してくれてもいいじゃんか」
「俺に女みてーな夢持つんじゃねえよ」
「作れないんだろ」
「うるせえな」
言い合って、アパートのギシギシと不気味に軋む階段を昇る。
そして・・・。
「やあ。お揃いで。相変わらず、仲いいなー」
梶本のアパートの前には、吉川が立っていた。三谷もいる。
「なんで!?」
「アハハ。お宅拝見って、冗談さ。別にお2人のラブラブな時間を邪魔するつもりはないさ。これをね。手渡そうと思って。さっき、梶本くんには逃げられたから」
ピラッと吉川は封筒をなつきの前に突きつけた。
「桜井くん。これ、あげる。一緒に行こう」
「あ?なんだよ、これ」
受け取らずに、なつきは、封筒を眺めて、怪訝な顔をした。
「遊園地のチケットさ」
「はあ!?」
「タダ券、2枚入ってる。今度の日曜日に、ダブルデートしよ」
吉川が屈託なく言った。
「ダブルデート?」
なつきが怪訝な声を漏らす。
「今時ダブルデート?」
梶本がボソッと呟いた。
「うるさいな。いいだろ、別に。チケット余らすのは勿体ないし」
なんだよ2人して、と吉川はムッとした顔になった。
「ダブルデートって。おまえ達、つきあってるのかよ」
ジトッとなつきは、三谷を見た。
「ええ、まあ」
三谷はニッコリ。吉川もニッコリ。
「嘘に決まってるだろ。桜井さん、そんなの返せよ」
「ああ。わりーな。吉川。いらねえよ」
なつきは、指でピンッと封筒を弾いた。
と、吉川の表情が一変した。
「へえ。自信ないんだ」
「なんだと」
「なんか桜井くん、警戒してない?俺がちょっと彼氏のこと気に入ったからってさ。ちょっかい出されるのが怖いンだろ。それとも自信がないのかな?」
吉川が、フッと笑っては、チラッと梶本を見た。
梶本は、綺麗にその視線を、無視した。
「桜井さん。挑発されんな」
梶本は、なつきの耳元に囁いた。
「ああ?警戒?誰が怖いって?自信がねえ?誰が?」
やたらと語尾が持ち上がるなつきの台詞。
「おまえだよ」
吉川が、なつきをピッと指差した。
「人の好意は素直に受け取れよ」
ぐいぐいと吉川は、遠慮がない。
「好意じゃなくて、アンタのは押しつけだろ」
なつきに代わって、梶本が言い返す。
「黙れよ。俺は桜井くんに言ってんの」
そう言って、吉川は再び封筒をなつきに差し出す。
「なにが怖いってんだよ。自信がねえだと?冗談じゃねえよ」
バッとなつきは封筒を受け取った。
「俺は、こーゆーガキくせえとこに男4人で行くのがうぜえぐれえに思ってただけだ」
「たまにはいいじゃん」
バチバチとなつきと吉川の間で火花が散っている。
「ああ、いいぜ。たまにはな」
なつきは、グッと封筒を握りこんだ。
すると、吉川は今までの険悪な雰囲気を払拭するように、いつもの人のよい笑みを浮かべた。
おまえ俳優になれるぜと拍手をしたいぐらいに見事な変貌ぶりだとなつきは思った。
「良かった。無駄にしないで済むよ。じゃあ、日曜日。駅前に8時に待ち合わせな」
「8時!?はええよ。起きられねえ」
なつきの抗議を、吉川は鼻で笑う。
「どうせ彼氏ン家泊まるんだろ。2人で協力して目覚ましかけな。そゆことで」
言いたいことを言うと、さっさと吉川は踵を返した。
「セイ。ま、そーゆことで」
三谷の顔は、明らかに「すまねえ」という顔をしていた。
「どーゆことだよ。幸彦。おまえな・・・」
「惚れた弱みってことで。スマン」
ペコペコと頭を下げながら、先に階段を降りていってしまった吉川のあとを三谷は追いかけていった。
「なんなんだ、あのバカップルは」
ぶりぶりとなつきは怒っている。
「・・・すげえ、やだ。気乗りしねえ」
鍵を取り出しながら、梶本は呟いた。
「俺だって気乗りなんかするかよ」
「だったら、なんで受け取るんですか」
振り返って梶本はなつきの持っている封筒を指差した。
「俺は売られた喧嘩は必ず買うタイプだ」
反省の色すらなく、あっさりとなつきは言い返す。
「御しがたい単純さ・・・。愛しくもあり憎くもあるってところかな。やれやれ」
「んだと!?てめえ、先輩に向かってその口の利き方はなんだ」
バシッとなつきは梶本の脚を蹴っ飛ばした。
「先輩なら、もっと利口な態度でお願いしたいんですけど」
梶本はドアを開けた。
「うっせえな。俺はおまえを信じているから、いいんだ」
「え?」
なつきは梶本を押しのけて、さっさと先に部屋に入る。
「今なんか言った?」
梶本は慌ててなつきの後を追いかけた。
「桜井さん。もう一回。なんか聞こえなかった」
「うるせー!もういいんだよっ。あ、てめえなに笑ってるんだよ」
「笑ってなんかねえよ。ねえ、もう1度言ってくれよ」
「やだねっ」
笑いながら、梶本はドアを閉めた。


日曜日。快晴。
盛大に寝惚けながら、なつきと梶本は駅に向かった。
すると、朝から元気な吉川ペアがこちらに向かって走ってきた。
「いい天気だな。今日は遊ぶゾー!ってことで、1日よろしく」
「朝っぱらから元気だな、おまえ」
なつきは吉川を見ては、溜め息をついた。
「やだな。もしかして興奮して眠れないから、エッチとかしちゃって余計に眠れなかったっていうオチじゃないだろうね。やつれてるよ、桜井くん」
「・・・」
答える気にもならない、なつきであった。
「セイ。おまえもやつれてるぜ」
三谷が梶本をチラリと見た。
「低血圧」
低い声で梶本は答えた。
「女みてーなこと言ってんな。今日は童心にかえって遊ぼうぜ♪」
バンッと三谷が梶本の背を叩いた。
「さ、行こっか」
三谷と吉川の2人はさっさと歩き出す。
「羨ましいぐらいに、能天気な組み合わせだな」
なつきが隣を歩く梶本にボソッと言った。
「たまにはいいんじゃないっすか?桜井さんもゲーセンでしかデートしたことないんでしょ。無邪気に遊んでみればいーじゃん」
投げやりに梶本は答えた。
「・・・まだ怒ってんのかよ」
「べつに」
梶本は欠伸を噛み殺しながら、そっけない態度だった。
憂鬱な1日になりそうだな・・・となつきは思いながら、梶本のあくびにつられた。
園内に入った途端になつきの予感は当たった。
予測出来た結果である。
吉川はここぞとばかりに、梶本に纏わりついた。
なにに乗るにも梶本の横の席をキープし、挙句に園内を歩く時も、いつも隣だった。
「すみません。桜井先輩」
三谷が、ベンチに座ったなつきの横でヘコヘコと謝っている。
「あー?」
既にジェットコースターを3回も連続で乗らされて、疲れきっていたなつきであった。
梶本と吉川は、2人でレストランを探しに行っている。
「美貴のヤツ。セイを独占しちゃって」
「べーつーに。構わねえよ。吉川の好きなようにさせとけ」
昨日、梶本の家に泊まった時に言っておいた。
吉川の好きにさせろ・・・と。梶本はかなり嫌がったが、無理矢理命令した。
なつきは、あからさまな場所で梶本とイチャイチャする予定ははなからないし、それに出来ない。
どうしても、自分には出来ないのだ・・・。
そう考えると、最終的には吉川の好きにさせることになる。
だったら、下手に抵抗するより、その方が相手を挑発せずに済む。
それには梶本も賛成らしいのだが、どうもわかっていてても嫌なモノは嫌らしい。
「そもそも最初から断れば良かったのだ」と、今更なことまで言い出して、相当ご機嫌ナナメになってしまった。
ムッとした梶本は、さすがになつきでも結構怖い。
なに考えているかわからないからだ。
「おまえこそ。いいのかよ。吉川のこと好きなんだろ」
なつきは、横の三谷を同情の目で見た。
「あー。俺、もうフラれているんですよ、とっくに。けど、諦めきれなくて・・・。側にいられるだけでいいっていう乙女も顔負けな恋心っつーんですか?そんな感じで」
ヘラヘラと三谷は答えた。
「側にいるだけで?」
聞き返すなつきに、三谷は頷いた。
「そう。本当にそれだけで・・・。美貴の顔見て、声聞いて。恋人同士みたいにキスとか出来なくても・・・。満足なんっすよ」
照れたらしく三谷はわしゃわしゃと頭を掻いた。
「それ・・・。わかるぜ。なんとなく」
ボソッとなつきは言った。
「え?」
「そーゆーの、わかるって言ったんだ。吉川には勿体ねえな。おまえはさ」
なつきは、今日初めての笑みを、三谷に投げた。
「さ、桜井さん・・・」
ジーンッと感動して、三谷はバッとなつきの手を握った。
「!」
「この際、セイは美貴にくれちまって、俺とつきあってくれますか?」
「ヤメロッ」
バシッとなつきは、三谷の腕を振り払った。
「俺に触るなっ!バカヤロウっ」
「あ・・・。あ、すみません」
尋常ではないくらいの力で手を振り払われて、三谷は驚いて手を振った。
「冗談ですよ?」
「うるせえっ」
動揺してなつきはベンチから立ちあがっていた。顔が青くなっていくのが自分でもわかった。
小さな嘔吐が込み上げてくるのを必死にこらえ、なつきは掌で口を覆った。
「すみません・・・」
三谷はしょぼんと俯いてしまう。
その姿を見て、さすがになつきも悪いことをしたと思った。
こんなこと・・・。なんでもない時ならば、幾らでも流せた。
大野とだって、しょっちゅうこういうじゃれあいをやれたというのに。
「ワリ。ムキになった。ゴメン」
素直になつきは謝った。
「いいんですよ。俺も馴れ馴れしかったです。すみません、先輩。あの、座ってください」
「ああ」
気まずい雰囲気が流れていたところへ2人が戻ってきた。
「見つけたよ」
吉川が息を切らして走ってきた。
「ああ。じゃあ、行こうか」
三谷は立ちあがった。チラリとなつきを見た。なつきもその視線を受けて、うなづいた。
梶本は、そんな二人を眺めては、眉を寄せた。
「なんかあった?」
こそりとなつきの耳元に囁く。
「なんも」
「顔色、悪いようだけど」
梶本は、ヒョイッとなつきを覗きこんだ。
「なんもねえっつてんだろ。うるせえよッ」
梶本を押しのけて、なつきは吉川に声をかけた。
「吉川。トロトロしてんじゃねえよ。とっとと店に案内しやがれ」
「う、うん。わかったよ、桜井くん。てか、その超エラソーな態度なんだよ。むかつく」
「うるせえ」
なつきがイライラしているのに気付いた梶本は、三谷を振り返った。
その梶本の視線に気づいて三谷は、肩を竦めるというリアクションをしてみせた。
食事を済ませ、午後の時間も相変わらずのパターンだった。
吉川と梶本がペア。なつきと三谷がペア。
もうすっかりカップルが入れ替わった感じだった。
そして、辺りが薄暗くなる頃、園内の雰囲気は家族モードから恋人モードに切り替わる。
家族連れは遅くなる前に帰宅を急いで退散していき、あとは時間を気にする必要のない恋人同士達が園内ではハバをきかせるようになる。
その頃には、すっかり吉川は、梶本と腕を組んでいた。
梶本は、猛烈に嫌がって、なつきに助けを求めたが、なつきはそれを無視した。
ここで抵抗すれば、吉川を嬉しがらせることはわかっていたし、そんな気力もなかったからだった。
「ん?」
次のアトラクションに向かって歩いている時だった。突然なつきが声をあげた。
「綾瀬さん」
「え?」
肩を並べて歩いていた三谷が驚いて、なつきを見た。
「わり。昔のバイトの知り合い。ちょっと話してくる」
なつきは、タッと走り出して、知り合いの名を呼びながら人ごみの中を走って行く。
「美貴。ちょっと待て。桜井さん、なんか知り合いがいたらしくて」
先を歩いていた吉川と梶本が振り返る。
「後から来い。先に並んでる」
吉川はそう言った。
「オッケー」
三谷はうなづくと、なつきを追いかけていった。



「梶本くん、行くよ」
「ん、ああ」
吉川に促されて、仕方なく梶本は歩き出す。
「手。離してくれません?」
さっきから何度も言っている台詞だった。
「いいじゃない。気にしてる人なんていないさ」
「俺が気になるんですけど」
「気にしなければいいさ」
「・・・」
我慢の限界だった。
タイミングよく、なつきと三谷は側にいない。
今がチャンスだと梶本は思った。立ち止まって、梶本は、バッと吉川の手を振り払った。
「アンタさ。なに考えてンの?俺、本気で頭来てるンだけど、今日の態度」
「君にアタックしてるんだよ。わかんない?」
「俺が桜井さん好きなの、見ててわかんない?」
すると、吉川はニッコリ笑って、梶本を見上げた。
「本気で好きなの?」
吉川の言葉に、梶本は目を見開いた。
「!?」
「松木さんのこと、忘れられたの?好きだったんだろう。留年しそうなぐらい愛していたんだろ。それなのに、時間を置かずに桜井くんと付き合い出したんだってね。
なんで知ってるか?そりゃあ、色々とね。君は仲間内では有名人だったみたいだから、簡単に情報は手に入ったよ。噂では君は、桜井くんの熱烈な求愛に
陥ちたって聞いたよ。だったら、同じ手使ったっていいだろ。どうせ君にとって、相手は誰だって同じだったんだろ。傷を癒してくれる相手だったならば。それともさ。
あんな事件があって・・・。罪ほろぼし?」
アトラクション付近の派手な照明の下に立っていた梶本の顔色が、吉川の言葉で見る見る間に青褪めていった。
「てめえ・・・。知ってて、今日のこの態度かよ」
「顔色変わったよ。ポーカーフェイスが崩れたね。面白いや。でもって、今頃気づくなんて、結構君もマヌケだね」
クスクスと吉川は笑った。
「悪いな。アンタが油断のならねえヤツだってことは知っていたが、まさかここまで素早いとは思わなかった。可愛いみてくれに騙されていたな」
梶本は、冷静に言い返していた。
流石に吉川はムッとしたようで、笑いを止めた。だが、
「言うねえ。でも、ま。君のそういうところ、好きだな、俺。ゾクゾクしちゃう。今までつきあったことのないタイプだから新鮮だよ」
「俺もアンタみたいなタイプとはつきあったことねえよ。興味すらねえけどね」
きっぱりと梶本は言った。
「アハハ。面白いね。幸彦相手じゃこうはいかないからな。俺、愛されるより愛したいタイプだから。ねえ、梶本クン。セックス1つも満足に出来ない恋人なんかより、
俺のがイイと思わない?好きな時、好きなふうに、抱かせてあげるよ」
「遠慮しとく。興味のねえヤツ抱いても、楽しくも嬉しくもなんともねえからな」
「レイプの後遺症。接触恐怖症か・・・。可哀相だね。気の毒だね。けどさ。もう1度レイプされたら、あの気の強い男は、どんな顔するんだろう。見てみたい気もするな」
「!」
梶本は、照明に照らし出される吉川の顔をまじまじと見つめた。
吉川も、梶本の視線を反らさなかった。
「本気で君が好きになったんだ。手段は選ばないよ。好きになるのに、理由が欲しいならば、あげるよ。単純にルックス。その次に性格。そして。桜井なつきの男だったから、
余計に欲しくなったのかもしれないな。俺は、アイツ、君の時とは逆で、一目惚れならぬ一目嫌いなんだ。ダイッキライなんだ、ああいうタイプ」
梶本は、黙ったまま、吉川を見つめていた。
やっぱり・・・。思っていた通り苦手なタイプ。
そして、思っていた以上に厄介なヤツだと梶本は心の中で舌打ちしていた。
このままじゃ、桜井さんが・・・と考えていた時に、すぐ近くで聞こえた足音に、梶本はハッとした。
「悪い。悪い。遅くなっちまって」
バタバタとなつきと三谷が走ってきて、合流した。
「梶本、ほら。バイトの時に知り合った綾瀬さん。覚えてるだろ。綾瀬さんがいてよ。懐かしかったなぁ。つい話こんじまって。って、なんだ、おまえら?」
2人の間に漂っていた、ただならぬ雰囲気を察して、なつきはキョトンとしていた。
「どうしたんだよ、2人とも」
なつきに付き添ってきた三谷も、険悪な空気を感じていた。
「帰る」
短く言うと、梶本はなつきの右腕を掴んだ。
「か、梶本」
慌ててなつきが梶本の手を振り払おうとした。
「離せよ、おい。どうした、いきなり」
バタバタとなつきはもがいた。
梶本はなつきの抵抗を無視したまま歩き出す。なつきは引き摺られるように梶本の後についていった。
「やめろって。手を離せ」
必死になって、なつきは梶本の腕を振り払おうとしたが、梶本はその手を離さなかった。
「いやだってッ!梶本っ。お、おまえ。どうした。いきなり、なんだよ。帰るって・・・」
「うるさい」
「なんだよ、てめえっ。手を、手を離せっ」
「あとで吐いてもいいから、今は我慢しろ」
「や、いやだって・・・。き、気持ち悪いって。梶本」
なつきは、鳥肌を立てながら、必死に梶本の手を振り解こうとした。
だが梶本の腕はピクリとも揺るがない。
「くそっ。なんなんだよ、てめえはっ」
バッとなつきは、いきなり置いてきてしまった、吉川と三谷を振り返った。
2人は、こちらを見ているようだった。当たり前だった。
「おまえ。吉川となにがあったんだよッ!なんでいきなり」
「桜井さん」
梶本は、人ごみを避けつつまっすぐ前を向いて歩きながら、なつきを呼んだ。
「なんだよ。とにかく、手を、手を離せっ!!」
梶本は、手を離すことを一瞬躊躇ったかのように見えた。そして、ゆっくり、手が離れていく。
「ごめん。今日は、このまま帰っていい?」
「なんだと!?」
「明日、また改めて会おう。今日は、ごめん。マジですまないと思うけど。ごめんな」
そう言って、梶本は走り出してしまう。
「なにがあったってんだよ」
訳がわからない。突然掴まれ、そして解かれた、梶本の手の感触が、なつきの胸をばくばくさせていた。
「梶本・・・」
梶本の後ろ姿をなつきは、ただ、茫然と見送るしかなかった。

続く
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