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なつきは自宅に戻るなり、頭をひやす為に、シャワーを浴びた。
気持ちのスピードが追いついてない。なつきも、それは感じていた。
梶本の気持ちの早さについていけない。そして気づくのだ。
ああ。あの頃の俺は、きっとこんな感じで梶本を追いかけいたのだ、と。
あの頃のアイツは言った。気持ちのスピードに追いついていくことが出来なかった、と。
振り向いて欲しくて、振り向いて欲しくて。どうしても、この手にアイツが欲しくて。
ただ、がむしゃらに追いかけた。
振り向いてくれた今でも、不安は去らない。
抱き合えないからだ。ただ、簡単に。誰とでも出来る抱擁が、アイツとは出来ない。
それが不安になる。
でも、この不安は、裏返せば梶本を信じていない、ということだ。
簡単に抱き締めることが出来る相手のがいいのだ、と梶本に言われるのが怖い。
「くそっ」
いつから、こんなに女々しくなりやがった、この俺は。ダンッとなつきは壁を叩いた。
逆だったら、俺は怒る。梶本を怒鳴り飛ばすだろう。そんなことで不安になっているのは、おまえが俺のことを信じてないから、だと。
ピシャン・・と、まだシャワーヘッドに残っていた水滴がなつきの頭に落ちた。
髪の上を滑り、冷たい雫はなつきの頬に流れ落ちてきた。
冷たいその一筋の雫は、火照っていたなつきの頭を覚醒させた。
なつきは、バッと浴槽から飛び出すと、服に着替えた。
頭を冷すために浴びたシャワーだったが、どういう訳か逆に冷たい水を浴びていて余計に興奮してしまった。
水を止め、足元に流れて行く小さな渦をぼんやり見ていて、そして落ちてきた一滴の雫によって、本来の目的を達成した。
デートだった。アイツから言い出したデートだった。思いっきりぶっちぎって、逃げ出してしまった。
目を反らすな。現実から逃げるな。
俺は、俺だ。
散々辛い想いをした。痛い目にもあった。最後にゃみっともなく泣いた。
俺の人生で、あんなにみっともない思いをして、人を好きになったのは始めてだった。
そうまでして恋しく思った男だ。
あの夕焼けにとち狂った俺。
オレンジ色に染まった二重人格な男。
好きだ。好きだ。今も変わらず好きだ。
どうしてか?と思う。
理由なんかいらねえ。
ただ、好きだ。その想い1つで、ようやくここまで来たんじゃねえかよ。
いつかアイツを抱き締めてやれる日が来るまで。側にくっついていてやる。
なにをジタバタすることがあるんだ。
なつきは走って、梶本のアパートにやってきた。髪の毛はまだ完全に渇き切ってはいなかったが、それでも構わなかった。
ドンドンッ。乱暴にドアを叩く。しばらく待つが、1秒だって惜しい。また叩く。
「自動ドアじゃねえよ」
中から、拗ねたような声が聞いて、ドアが開く。梶
本はドアの向こうに立っている。
そんな梶本の姿を見た瞬間、なつきは思わず口走っていた。
「よく聞けよ。俺は・・・。負けねえ。俺は誰にも負けない。いつか、必ずおまえを抱き締めてやるから。だから、おまえは俺を信じてついてこい」
梶本は、切れ長の瞳で、ジッとなつきを見つめていた。人を堕とす梶本の、この麻薬のような瞳。
なつきは、その瞳をまっすぐに見つめたまま、梶本の唇が動くのを待った。
「最後の方のは俺の台詞だと思うけれどね・・・」
クスッと梶本は笑う。
「実に桜井さんらしいですね。そう。貴方は誰にも負けない。貴方は、自分に負けることだけを気をつけていればいいんだよ」
トンッと梶本は、すぐ脇の壁にもたれかかった。
「俺達、きっとこれから、何度も同じことを繰り返すだろうね。でも、今の言葉。忘れないでいようよ。俺達は抱き合える。いつか、きっと、絶対にね」
梶本は腕を伸ばすような仕草をして、すぐに引っ込めた。
「けど今ここでは出来ない。半分濡れた髪の桜井さんはキレーだし、すっげえ口説き文句を言われて、普段の俺だったらこの場で押し倒してるところだけどさ」
「きっ、気色ワリーこと言ってんじゃねえ」
耳に入ってきた梶本の言葉に照れて、なつきは、乱暴に言い返すことしか出来なかった。
「貴方こそ。いきなり、すっごい告白してきたくせに。似たような人種でしょ、俺達。あのね。このやり場のない想い、いつかまとめて返してもらうよ」
どこか気だるげに。でも、とても真面目に。梶本は、言う。
「好きなだけ取りたてろよ」
「逃げるのは、許さないぜ」
クスッと梶本は笑う。
「そういうのは、性に合わねえ」
なつきは、腕組みをして、拗ねたように言った。
「喧嘩のあとは仲直り。セオリーだね。あがりなよ。俺、腹減った。桜井さんの奢りだよ、ピザ取っていい?」
「なんでだよ!」
靴を脱ぎながら、なつきはムッとする。
「なんで?よく言うよ。デートを台無しにしたのは、誰?」
チロリと梶本の、責めるような視線が飛んでくる。
「わかった。借りは返す」
「逃げるのは性に合わないんだよね。桜井さんは」
「そうだ」
ゴメンの一言すら口にしない横柄ななつきではあるが、梶本はそれでいいと思っていた。
なつきは部屋に上がりこんだ。
梶本の部屋は、西日のせいでオレンジ色に染まっている。
なつきは目を細めた。
「眩し・・・」
思わず呟いて、なつきは自分でも笑ってしまう。
なにかっちゅーと、夕日でオレンジで。バッカみてえ。
「んとに、この部屋、西日がひでーよ」
すると、梶本は窓に目をやった。
「ああ。ごめん。でも、好きなんだよ。西日が好きなの。強烈に感じるだろ、夕日を。変わっているってよく言われるけどさ」
「ああ。変わってるよな。あのさ梶本」
梶本の気持ち、なつきも、よくわかった。
「ん?」
梶本は首を傾げた。
きっと、なにかひどく言い返される、と思っているのかもしれない。
「なんかめちゃくちゃ明るい感じがする朝日とか朝焼けとかさ。綺麗過ぎて目を開いてらんねえよ。少しぐらい寂しい感じのする夕日のが俺も好きだ」
「気が合うね」
梶本は笑ったが、それは苦笑に見えた。
「きっと。俺達、ひねくれモンどーしだからかもしんねえな」
どちらも素直とは言い難い性格だ、となつきは思った。
「・・・悔しいけど、それ当たってるかもしんねえっすよ、桜井センパイ」
好きなモノ。お互い。それと夕日。たったそれだけしか共通点のない自分達。
負けないと、朝日のような希望に満ちた言葉を口にしながら、寂しい夕日が好きな俺達。
矛盾に満ちた俺達。
「桜井さん、なに食べる?」
梶本が郵便受けに突っ込まれていたであろう、ペラペラのピザ屋のチラシを手にして真剣に考えこんでいる。
「辛いヤツ」
なつきは梶本の横顔を見ながら、そう言った。
「じゃあ、これなんかどう?」
メニューを指差して、ニッと梶本は笑った。
その楽しそうな梶本の顔を不審に思い、なつきはメニューを覗きこんだ。口笛を吹く。
「グレェ〜ト」
「おっしゃ、決まり。俺ら、チャレンジャー」
ピザ屋超オススメの「激辛ピザ」の写真とそれに添えられた説明文は、あまりにも強烈で、二人で、思わずニヤニヤしてしまった。
なつきはもう1度部屋を見回して、唇を噛み締めた。
負けない。
誰が来ても、どんなことが起っても。負けない。
揺らぐことはあっても、崩れかけることはあっても。
目を逸らさず、向き合う。
越えて、越えて、越えて。そして、梶本と必ず、抱き合うんだ・・・。
なつきは心の中でそう思った。
きっと、梶本もそう思っている。
そう自分に、強く言い聞かせた。

続く

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