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山ほどの新歓行事をクリアーし、どうにか新生活が落ち着いたので、休日はダラダラ過ごすことに至福を感じていた梶本である。
構内では、さっそく吉川がチョロチョロと接触してきた。
それも、なつきが側に居ないことを確かめて、なんだかんだとちょっかいかけてくるのだ。
とりあえずかわしているものの、それによって精神を磨耗させていたこともあり、休日のノンビリムードは本気で有り難いと梶本は思っていた。
それに、今日はなつきが部屋に遊びに来ていたから余計に楽しかった。
たわいもないことを喋っては、近くのコンビニで買ってきた弁当を昼飯にし、その後なつきはウトウトと眠ってしまったのだ。
「風邪ひくっつーの」
梶本は、寝転がるなつきに、毛布をかけてやる。
なんだかオレって、お母さんみたいじゃねえか?と思いながら、なつきの世話を焼く梶本だった。
気持ち良さそうに眠っていた。梶本は体を伸ばし、そんななつきを覗きこんだ。
意識のない時には、触れても大丈夫なんだろうか。つんつん、と梶本はなつきの頬を突ついた。
「ん・・・」
なつきは、少し反応した。だが、振り払われることはない。今度は髪の毛を撫でてみる。
「・・・」
完全に沈黙である。
意識のない時は大丈夫なのか・・・と思いつつ梶本は、ガバッとなつきの頬にキスするという暴挙に出てみた。
途端に「ドロボーッ!」となつきが叫んで、顔を上げた。
ゴンッ★
なつきの頭は、梶本の顔を直撃していた。
「た、大変だ、梶本。泥棒が。今、泥棒がッ!てめえ、なに呑気に転がってやがる。今泥棒が窓から、部屋に。部屋にって、あれ!?」
シーン・・・。
なつきは、キョロキョロと辺りを見回した。梶本の部屋には、どこといって異変はない。
「なんだ、夢か。びっくりした。って、おい、梶本。どーした。大丈夫か?おい。寝るならば、ベッドで寝ろよ」
すぐ側に転がっている梶本に向かって、なつきはキョトンとしつつ、声をかけた。
「わざとっすか?」
ガバッと梶本は起きあがった。掌で顔を覆っている。
「なにが?」
なつきは、キョトンとして梶本を見つめた。
「今のわざとかって聞いてんだよ」
「だから、なにが?なんだか頭痛えな・・・」
頭を擦りながら、なつきは言った。
「もう、いいっ」
プイッと梶本は起きあがっては、不貞腐れたようにベッドに横になった。
「なんだよ。おまえ、なに怒ってんだよ」
「別に。怒ってなんかいませんよ」
「そのツラの、どこが怒ってねえって言うんだよ。悪かったよ、騒いで。夢見てたんだ。おまえの家に泥棒が入る夢」
と、完全に起きあがり、なつきは自分に毛布がかけられているのに気づいた。
「毛布・・・。悪いな。おまえがかけてくれたんだ」
「さあ。泥棒かもしれませんよ」
「嫌味なヤツだな・・・」
チッとなつきは舌打ちした。
梶本がなつきを手招く。
「一緒に寝ませんか?」
梶本のあからさまなセリフに、なつきは、僅かに頬を染めた。
「おまえのベッド、狭いから無理」
「くっついて寝ましょうよ」
からかっているだけなのだが、さすがになつきはイラッとしたようで、
「無理だって言ってんだろ」
とやけくそ気味で叫んだ。
「やってみなきゃ、わかんねえでしょ」
我ながらしつこい、と思いつつ、梶本は手招く。
「いいかげんにしろ・・・」
うつむいてしまうなつきに、梶本は慌てて、空気を変えることを試みた。
「なつき」
呼ばれて、なつきはピクッと反応し、顔を上げた。
「おまえに、なつきって言われるのすげえ寒いんだけど」
「じゃあ、なっちゃん」
「もっと寒いよ」
「オレも寒いよ。なっちゃんなんて呼ぶの」
なつきは、毛布をひっかけながら、ベッドに向かった。
「ぶん殴っても、怒るなよ」
あ。その気になってくれたんだ、と梶本は意外な気持ちでなつきを見つめた。
もういい加減怒ってるもんだと思っていたが。
「怒りゃしませんけど、その毛布、なに?」
「防護服代わり」
「オレは病原菌ですかい」
梶本は、やれやれと肩を竦めた。
「5分保てば、いい方だと思えよ。いや、そんなには無理かも」
「いいから。期待はしてませんよ」
なつきは、梶本の隣に滑りこんだ。
毛布ぐるぐるの、蓑虫状態である。
体に毛布をまきつけたままのなつきを、梶本は背中から抱き締めていた。
梶本の匂い。梶本の体温。ぼんやりだけど、感じる・・・となつきは思った。
途端に、ボッと体に火が点く感覚を覚えて、なつきは戸惑った。
「だあっ。もう、限界!」
バッと、なつきはベッドから飛び出した。梶本は、ベッドの中からなつきを見上げた。
「5分も保たなかったぜ、桜井先輩」
意地の悪い笑みを浮かべた梶本だった。
「っせえ。し、仕方ねえだろうが」
しどろもどろななつきをこれ以上からかう気はなく、梶本は今度こそ完全に話題転換を図る。
「外行きましょうか。部屋でダラダラしてるの飽きちまった」
「あ、謝らねぇかんな。俺は」
なつきは、ぐるると梶本に向かって、吠えた。
「別にいいっすよ」
無理を言った自覚はちゃんとある、梶本だった。
「5分も保たないかもって宣言しておいたんだからなッ」
「あー、はいはい。いつまでも吠えてねーで、遊びに行こ」
え?となつきは、梶本を振り返った。
「遊びに行くってどこ?」
聞かれて、梶本は、うーんと顎を撫でた。
「どこ行こうか。そーいえば、俺らまともにデートしたことねえっすよね」
「デート?」
ヒクッとなつきの頬がひきつった。
「俺達、いつもどっちかがバタバタしてたじゃん。やっと落ち着いたから、デートしよ、桜井先輩」
ニコッと梶本は微笑んだ。
「案外子供っぽいな、てめえ」
「なに言ってんですか。普通するでしょ、恋人同志は」
「こ、恋人・・・」
「異存ある?」
チロッと梶本はなつきを見た。
なつきは、僅かに顔を赤くしつつ、プイッと顔を反らす。
「ねえよ。とっとと着替えて、支度しろ」
「どこ行くの?」
「どこって、ゲーセンだろ」
当たり前のように答えるなつきに、梶本は眉を寄せた。
「え?デートでゲーセン?他には?」
「他って・・・。ゲーセンとか、ゲーセンしか・・・」
思いつかねえ、となつきは呻いた。
「デートしたことねえンですか?先輩」
呆れた、と梶本は肩を竦めて見せた。
「デートって。そーいえばしたことねぇかも」
「女と山ほどつきあっていた癖して」
白い視線をなつきに投げつけた梶本だったが、なつきはあっけらかんとしていた。
「女と行く場所は決まってたからな。ホテルならば、いーとこ知ってるぜ」
へへへ、となつきは笑った。
「俺は行ってもいいですよ。べつに」
ムッとしつつ、梶本は言い返す。
「怒ってるのか?」
「別に」
ツーン、と梶本はそっぽを向いてみせた。
梶本の珍しく素直な反応に、なつきはヘラッと笑った。
「なに笑ってンすか」
「別に」
なつきは梶本を真似て、そっけなく言った。


結局。決まらずに二人でブラブラと街を歩くことにした。
「なんか、もう結構暑いな」
なつきは、空を見上げてはボソッと言った。
「ああ、そろそろ夏っすね」
梶本も、つられて空を見上げながら答えた。
「今年の夏、どっか行きましょうか」
ブラブラと歩きながら、梶本が提案する。
「どっかって?」
空から視線を戻し、なつきが聞いてきた。
「海とか」
定番でしょ、と梶本は言った。
「他には?」
「山とか川とか」
「へっ。野生児か、てめえ」
なつきは、苦笑した。
「家にこもってるの、飽きましたからね」
「考えとく」
「一泊ですから、ご両親の許可貰ってくださいね」
「許可なんか必要ねえよ。って、一泊?」
ふっ、となつきの顔色が曇った。
「うん。ダメ?」
言わんとすることはわかるけど、と梶本は思った。
「ダメってことはねえけど・・・」
と、なつきは口ごもった。
「なんか色々考えてねえか?おまえ」
「そりゃ、色々考えてますよ」
ニッと梶本は笑った。
なつきは、赤くなりつつ、唇を噛んだ。
「あ、あのさ」
「ん」
なつきは、ジッと梶本を見上げたが、プイッと視線を外した。
「いいや。それよか暑い。もうウロウロしてるの、飽きた。そこらのサテンでも入って茶しよーぜ」
立ち止まり、なつきはいきなり言った。
「まだ幾らも歩いてねえんだけど。我侭だよな、桜井さんってば」
「うるっせーの。俺は、人酔いすんだよ。ほら、来い」
グイッと梶本のシャツの裾を掴んで、なつきは引っ張った。
「わかったから。引っ張るなって」
そのまま、なつきが梶本を店に引っ張りこもうとした時だった。
「桜井くん。梶本くん」
聞き覚えのある声に呼ばれて、二人はバッと振り返った。


「吉川・・・」
吉川美貴が立っていた。
吉川のすぐ後ろには、まるで召使のように、大荷物を抱えた三谷が立っていた。
「三谷。その荷物、おまえのかよ」
飽きれたように、梶本は言った。
「ああ。これね。全部僕のだよ。僕はいいって言ったんだけど、幸彦がどうしても持つって言ってくれて」
ニッコリと吉川は言った。三谷は、ハハと乾いた笑いをもらす。
「どー見てもイヤイヤ持ってるようにしか見えねえけど?」
なつきが、気の毒そうに言った。
「え?そうなの?幸彦」
クルッと吉川は、三谷を振り返る。
「とんでもない。喜んで持ってるよ、美貴」
「ってことだよ、桜井くん」
「あ、そー。んで、なに?俺達呼びとめてさ」
なつきは、あからさまに、迷惑だよ、という顔を吉川に向けた。
「茶するんならば、ご一緒させてよ」
「なんで俺がおまえらと一緒に茶するんだよ。だいたい吉川。俺はおまえのことよく知らねえ。一緒に茶飲む義理なんかねえよ」
しっしっ、と追っ払うようなしぐさ付きで、なつきは吉川の言葉を退けた。
「ま、僕らはそうだけど。幸彦と梶本くんは、ちゃんとした友達だよ。義理はあると思うけどねえ」
ニコニコと吉川は言う。
「セイ。俺、疲れた・・・」
メソッと三谷が、梶本に向かって助けを求めた。
「あー・・・。んじゃ、一緒に茶するか」
仕方なく梶本がうなづいた。
「そーしてくれっと助かる。桜井さんも、すみません」
三谷にペコリと頭を下げられて、なつきは渋々頷いた。
「しようがねえな」
そういう成り行きで、4人は喫茶店に入った。


「吉川。あの荷物、なんだよ」
なつきは、アイスコーヒーを啜りながら、聞いた。
「あれは、雑貨さ。最近一人暮らしを始めたから、色々と揃えるものが多くて」
吉川は、ストローで氷を転がしながら呑気に答えた。
「へえ。大変なんだな」
ま、俺には関係ないけど、とことわりをいれて、なつきは言った。
「そうだよ。一人暮らしっつーのは、結構細々としたものが必要なんだよ。物が増えそうな予感がしてる」
「男の癖して女みてーに物で埋まってるような部屋はよせよ。かと言って、梶本の部屋みたく余計なもんはなに1つ転がってねえ部屋もどうかと思うけど」
なつきの言葉に、梶本が眉を寄せた。
「梶本くん、一人暮らしなんだ」
吉川の瞳がキラリと光った。
「え?ああ、まあ」
のろのろと梶本は言い返す。
「へえ。んじゃ、今度参考に部屋見せてもらおうかな」
「やですよ。散らかってますから」
「桜井くんが、余計なもんはなに1つ転がってないって、たった今言ったばかりじゃん」
吉川がピシャリと言った。
「そうでしたっけ?」
シーン・・・。
「ま、いいや。一人暮らしとか言いながら、その実、二人は一緒に暮らしてるんでしょ。朝も昼も夜も一緒で、半同棲で、ラブラブ生活」
吉川の言葉に、ダラッと、なつきは口からコーヒーを零した。
「どわっ」
目の前にいた三谷が、驚いて声をあげた。
「や、わ、わりぃ」
なつきは、慌ててそこらのおしぼりでテーブルを拭いた。
「動揺するこっちゃないでしょ。二人つきあってるの、バレてんだから」
吉川の白けた視線が、なつきに飛んできた。
「動揺する。てめーが、なんで知ってるんだよ」
なつきは、キッと吉川を睨んだ。
「あ、すみません。犯人俺だ。ほら。この前俺が大学の食堂での待ち合わせを間違えた時。吉川さんに、即座にホモってバレて、
挙句に桜井さんから電話がかかってきた時に俺、ニヤけたらしくって、恋人と待ち合わせしてるのがバレて、んで桜井さんと合流
したところを見られたので・・・」
と、梶本がベラベラと説明した。
「・・・あ?」
なつきは、梶本の言葉を頭の中でもう1度繰り返した。
「あ、ああ、そうか」
よく状況が飲み込めないなつきであったが、とりあえずうなづいてみた。
「大学で一緒にいる限りでは、桜井くんがホモなんてわかんないよ。君はいつも女の子と一緒だったし。まあ、大野くんがいるけど、
彼と君がそんな怪しい関係だとは間違っても思えないしね」
「思われてたまるかよッ」
なつきは、ムッとしたように言い返す。
「実際、君がホモだったなんて驚きだったよ・・・」
吉川は、からかうようになつきを見ては、ニヤニヤしている。
「っせえな。どーだっていいだろ。俺だって、今だって男より女のが好きだよ」
「君の横に座ってるヤツは立派に男だろ。美女に見えるのかい?」
吉川が突っ込んだ。
なつきは、ハッとして梶本を振り返った。
バチッと梶本と目が合って、なつきは唇を噛んだ。
「だから。いちいちうるせー。俺達のことはいいだろっ。だいたい吉川。てめえだって、その三谷とデキてるんだろ」
「まさか」
フッと吉川は苦笑した。
「幸彦はホモだけど、僕は違うよ。ま、彼が僕を好きでも、それは気の毒だけど片想いって感じかな」
シレッと吉川が言う。
「気の毒に」
梶本はボソッと言った。
「慣れてる、慣れてる」
アハハハと三谷は笑う。そんな三谷を、吉川はバシッとぶん殴った。
「いてて。ひでーよ・・・」
「ふんッ。自業自得だ。ところでいいなあ。ラブラブの同棲生活。羨ましいヨ。ねえ梶本クン」
吉川がチラリと梶本を見て、言った。
「吉川さんだって、そのお顔だったら、よりどりみどりで、すぐにラブラブ同棲出来るンじゃないっすか?」
梶本が、そっけなく言った。
「そりゃあね。だが、僕は理想が高くて、中々難しいんだ。ホモじゃないけど、君みたいなステキなカレシだったら、喜んで一緒に住むんだけどねぇ」
ニコッと吉川は微笑んで、梶本を見た。
「ありがとうございます。けど、俺は桜井さん一筋なんで、それは無理ですね」
ニッコリと梶本は微笑み返す。
「なんだよ、いきなり」
なつきがギョッとして梶本を見た。
「違ってないでしょ」
横顔のまま、梶本は、きっぱりと言った。
「・・・し、知るかよ。んなの」
カアッとなつきの顔が赤くなったのを見て、
「いきなり、イチャイチャしないでくれる?」
と、吉川がふて腐れた。
「吉川さんも、早くステキな人が見つかるといいですね」
ジッと、梶本は吉川を見つめながら、ゆっくりと言った。
「・・・ありがとう」
梶本の視線を反らすことなく、吉川はそう言うと、伝票を持って立ちあがった。
「外は暑いけど、ここも熱いね。君達のラブラブにあてられないうちに俺らは行くよ。じゃあね。桜井くん、また授業で会おう。それじゃ」
「吉川。伝票おいてけ」
なつきが言うと、吉川は首を振った。
「先行投資だよ。んじゃ」
「へ?」
なつきは、怪訝な顔で吉川を見上げた。
「ごちそう様です」
梶本はペコッと頭を下げた。
三谷も慌てて、「セイ、またな」と言っては、
大きな荷物をズルリと持ち上げては、立ちあがった。
「どういたしまして。梶本くん、今度マジで部屋見せてね」
「お断りします」
「フン。絶対に見に行っちゃうよ〜だ」
吉川はニッと笑うと、三谷を従えて店を出て行った。
あっと言う間に、取り残された二人だった。
「おまえ。なんか、すげえ戦闘的じゃなかった?」
二人が完全に店を出て行くのを確認してから、なつきは梶本を振り返った。
「そうですか?でも、桜井さんもいつもよりおとなしかったですよね」
梶本は、首を捻りながらコーヒーに手をつけた。
「なんかおまえらのやり取り聞いてたら、昔を思い出したっつーか」
なつきは、前髪を掻きあげた。
「おまえ、さ」
「え」
「吉川のこと、見るの止せよ」
「どういう意味ですか」
「ジッと見るの・・・。止めろって言うの」
「言っておきますが、情熱は込めてません」
「そうじゃなくても。おまえの眼はヤバイんだから、止せ」
「なにがヤバいんですか」
梶本は、なつきに聞き返す。
「自覚ねえのかよ・・・。ったく」
はあ、となつきは溜息をついた。
そんななつきを見つめながら、梶本は
「それより。旅行、絶対に行きますからね」
と、強い口調で言った。
「なんだよ、またいきなり・・・」
「だから、覚悟しておいてください」
「なにを!?」
なつきは声を荒げた。
「ご想像にお任せします」
「てめーッ。なんか俺に隠してねえか?妙にあせってんじゃねえかよッ」
バンッとなつきがテーブルを叩いた。
「隠してなんかいません。ちゃんとこの前言ったでしょ。吉川さんに注意してくださいって」
なつきの態度とは裏腹に、梶本は超冷静で、コーヒーを一口飲んでからカップをソーサーに置いた。
「それがどうしたんだよ」
まったくわかんねえ、となつきは唇を尖らせた。
「気のせいじゃなきゃ、俺、たぶん惚れられました。あの人に」
「はあ!?」
いきなりの梶本の言葉だったが、なつきは笑えなかった。
もしかしたら、そうなのかもしれない・・・と、思っていたからだった。
吉川と梶本のやり取りを聞いていて、どこか数年前の自分達とダブるのを感じていた。
つれない梶本の言葉に、ムキになる俺・・・。
反論してこないなつきに、梶本は更に説明した。
「あーゆータイプってさ。結構なりふり構わずにドカドカ来るんだよね。ちゃんと対応しておかねーと、いいように解釈されてひっかきまわされてしまう」
梶本は、溜め息をついた。
「俺達の仲荒らされたくないでしょ」
「確かにアイツは、見た目からは想像出来ねえ突拍子もねえヤツだけど。考え過ぎってことも・・・」
なつきは、テーブルの一点を見たまま、呟くように言った。
「ですね。俺の自惚れ&考え過ぎだったらいいんですけど・・・」
指を組みながら、梶本はなつきと同じようにどこか一点を見つめていた。
「自信あるんだろ、おまえ」
「外れたことないからね。アンタの時も含めて。勘っていうより、観察の結果かな。いや、経験かも・・・」
チッとなつきは舌打ちした。
「おまえ。吉川にゃ、嫌われたって言ったじゃねえか」
「嫌い=好きなんですよ。胸に手を当てて考えてくださいよ」
その言葉に、なつきは、カチンときたようで、キッと梶本を睨んだ。
「いちいちうるせー。俺とアイツを一緒にすんな」
「してませんよ。似てることは否定はしませんが・・・。でもあの時とは状況が違う。俺には桜井さんがいるんだから」
「!」
なつきの顔色が変わったことに気づいた梶本は、ハッとした。
「桜井さん?」
「俺だって。黒崎があんなことにならなきゃ、おまえとは・・・」
一瞬梶本には、なつきの言葉の意味がわからなかった。だがすぐに思い当たる。
「スミマセン。俺、余計なことを言いました」
「おまえが謝ることじゃねえんだよ」
「じゃあ、もう怒らないでくださいよ」
「怒ってねえよ」
なつきは、言い返す。
だが。心の中では、動揺していた。
同じかもしれない・・・となつきは思った。黒崎は、「望まぬ死」によって梶本の元を去った。
それにより距離を隔てた二人だったが、そこへ、タイミングよく俺が、梶本の前に立ったのだ。
だから俺達は、つきあいだした。けれど。
俺は黒崎のように死なないとは思うが、ある意味梶本とは距離がある。
接触恐怖症という厄介な病気のせいで、梶本と触れ合うことが出来ない。
恋人でありながら、未だ抱き合うことすら出来ない。これもひとつの「距離」の隔てではないか。
そこへ吉川が現れたのだ。
これだって、タイミングではないか?
そう思うと、なつきは苛立った。
怒っているのではなく、苛立っていたのだ。
「帰る」
「え?」
「俺、帰る」
「桜井さん!?」
なつきは立ちあがった。
手前に座っていた梶本は、奥に座っていたなつきがいきなりそう言って立ちあがったので、慌てた。
「どけよ。帰る」
「待ってよ、桜井さん」
梶本は、無意識に、なつきの肩を掴んでいた。ビクッとなつきの体が大きく震えた。
「離せッ。って、あ」
梶本の腕を振り払う為に体を大きく動かしたせいで、なつきはよろめいた。
はずみで、ボスンッと梶本の胸に倒れこんでしまった。
「!」
フワリと流れてくる、梶本の「匂い」に、なつきはカッとなった。
「どけよッ」
ドンッと、梶本を突き飛ばす。
「っ」
その勢いに、梶本は隣のテーブルを巻き込んで倒れてしまった。
「桜井さん」
梶本は叫んだが、なつきは、振り返らずに店を出て行った。
「大丈夫?」
隣のテーブルについていた人が、梶本を支えながら聞いてきた。
「あ、すみませんでした。平気です」
梶本は、支えに助けられて、身を起こした。
「痴話喧嘩?」
見ると、男同士のテーブルだった。
巻き添えをくわなかった向こう側の席の男が、笑いながら言った。
「そんなもんです・・・」
隠しようもない怪しい雰囲気を堂々と見せてしまっていたので、今更しらばっくれることも出来ずに、梶本は苦笑しつつうなづいた。
「大変だな」
重ねて男は言った。どうやら単なるからかいではなく、本気で同情してくれているような声だったので、梶本はホッとした。
「ええ、まあ。あ、飲み物、大丈夫ですか?」
「俺らは平気だよ。ところで、追いかけなくていいの?」
「大丈夫です。ホントにすみませんでした」
「いいってことよ」
彼等に謝り、あとは店員に任せて、梶本も店を出た。
見渡しても、なつきの姿はどこにもなかった。
「今度は、俺の気持ちのスピードのが早いのか。噛み合わねえな俺達・・・」
梶本は呟き、歩き出す。
抱き合い、キスし、セックスすることだけが恋人同志ではないことはわかっている。
けれど。
恋しいと思う気持ちがある限り、触れ合いたいと、体が感じるのも正直なところだ。
吉川の出現により、より一層そう思うようになったが、元々全然考えてなかった訳ではないのだ。
時間をかけて・・・と自ら言いながらも、あせってはいたのだ。
我ながら勝手なヤツだと、自己嫌悪に陥る梶本だった。
そして思う。
もしかしたら・・・。
かなりキツイ夏になるかもしれない、と。

人ごみになつきの姿を探しながら、梶本は気づいた。
結局、デートが流れてしまったことを・・・。

続く
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