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大学構内の食堂で、梶本は雑誌を読んでいた。
すると、「セイ!?おまえ、セイじゃねーか!」と、突然声をかけられて、顔を上げた。
「幸彦・・・」
目の前には、中学時代の友人三谷幸彦が、目を丸くして突っ立っていた。
「なんで、おまえがここにいるんだよー!T大じゃねえかのかよ」
三谷は、言いながら、梶本の前の空いた席に腰かけた。
「んー、まあ、色々と。紆余曲折」
梶本は、笑いながらそう答えた。
「んなに〜??超、超、頭の良かったおまえがダブり〜?なんだかその紆余曲折ってすげえ、こえー」
カラカラと、幸彦は笑う。梶本もつられて、笑った。
「まーな。にしても、懐かしいな。こんなとこでおまえに会えるとは、さ」
「おう。そだ、梶本。おまえ、こん大学来たの、ほら、あの人追っかけてきたんじゃねーの!?高校時代に
1度会わせてくれたじゃん。すげー綺麗な、ま、松本先輩だっけ?」
三谷は、梶本と同様の趣向を持っていた。高校時代、互いの恋人を連れて、遊んでいた頃もあったのだ。
「・・・松木先輩だよ」
「そう、その人。おまえ、めちゃ惚れてたよな」
ふっ、と梶本は微笑んだ。
「好きな人追っかけてきたのは、確かだけどな。松木先輩じゃねえよ」
「あ、そーなんだ。まあ、いいや。とにかく、これからよろしくなっ。おう、携帯貸せよ。連絡するから」
梶本はうなづいて、携帯を取り出した。
「ぜってーまた遊ぼうな」
携帯を操作しながら、三谷が言った。
「ああ」
ほい、と三谷が梶本に携帯を返すと同時に、三谷の名を誰かが呼んだ。
「あ、やべ」
三谷が振り返る。
「幸彦。なにやってんだよ。席取っとけって言ったじゃん」
そう言いながら、三谷の連れは、二人のところへやってきた。
「あ、美貴。コイツ、俺の中学時代のトモダチ。梶本セイ」
「フーン・・・」
チラッと、三谷が美貴と呼んだ男は、梶本を見た。
「よろしく。梶本です」
梶本は礼儀正しく、立ち上がっては、ペコリと頭を下げた。
「セイ。コイツは、俺のトモ・・・ダチの吉川美貴。1個上だけど、幼馴染だから、まあ、気軽な仲っつーか」
なんだか照れたように、三谷は説明していた。
梶本はその説明を聞きながらも、頭からつま先までジロジロ眺められるという吉川の遠慮のない視線を受けていた。
冷たい視線だな、と梶本はチラリと思った。まあ、ういう視線は、受け慣れているけどさ、とも思った。
「ふーん。で」
吉川は、ストンと三谷の横に腰かけては、
「幸彦のダチってことは、アンタもひょっとしてゲイ?」
と、視線同様遠慮のない言葉を投げかけてきた。
「そうです」
戸惑うことなく梶本は頷いた。
「へー。気持ちわりー」
吉川は、悪びれなく言った。
「よく言われます」
にこっと梶本は笑って見せた。
「美貴。よせよ。すまんな、梶本。コイツ、初対面のヤツには、サイテーな態度取るからさ。悪気はないんだよ、悪気は」
「気にしねえよ、別に。慣れてるしさ」
すると、吉川は、今までの険悪な視線を見事に払拭して、フフフと、笑顔になった。
「すれた新入生だな」
グイッと吉川は、人差し指で、梶本の顎をすくった。
「ねえ、恋人いる?」
「いますよ」
されるがままにして、梶本は、答えた。
吉川は、梶本をジッと見つめていた。
「ソイツ、趣味わりー」
キュッと眉を寄せ、怒ったように吉川は言い、梶本の顎から指を離した。
見事なまでに、失礼な態度の連発の吉川だったが、梶本は気にした風もなく、微笑む。
「それもよく言われます」
すると、吉川は、ニコッと微笑み返した。
「美貴。なに突っかかってんだよ、ったく!ご、ごめんな、セイ」
三谷は軽く吉川を睨んだが、吉川はプイッと顔を背けてしまう。
むろん謝罪の言葉など、ない。
「いーよ、別に」
と、梶本の手の中の携帯が鳴った。
「わ」
三谷が驚く。
「あ、ゴメン」
梶本は、電話に出た。
「うん。待ってるよ。え?いない?だって、俺30分前からいるぜ。桜井さん、いないけど。ああ、そーなの?わかった。そっち、いく」
携帯を切って、梶本は立ちあがった。
「連れ。新館の食堂の方に居るって。俺、間違えたみたいだ」
テーブルの上に散らかした雑誌やトレイを片付けながら、梶本は説明した。
「ああ。新館の方か。まだ慣れてねえから、しょーがねーよな。恋人か?なんか、顔にやけてんぞ〜」
三谷がからかう。
「桜井ってさ。もしかして、教育の桜井なつき?」
顔を背けていた筈の吉川が、立ちあがった梶本を上目使いで見ながら言った。
梶本は、その視線を返しながら、「違います」と答えた。
「ああ、そ。俺、講義が同じなのに、桜井っつー、すげー美形がいるから、さ」
吉川は、何故だかクスクスと笑っていた。
「桜井なんて名前、この大学にゃいっぱいいるだろー。ったく」
三谷が、呆れたような顔をしている。
「んじゃ、幸彦。またな」
梶本は、三谷に向かって軽く手を挙げ、背を向けた。
むろん、吉川には、視線をやらない。
「またな、セイ」
梶本の背に、三谷はそう声をかけた。
吉川は、ジッと梶本の背を見送ってから、チラッと三谷を見た。
「いい感じじゃん」
「気に入ったか」
「好みだね」
「だと思った」
三谷は、やれやれと、溜め息をついた。
美貴の悪い癖が出やがった、と。
好みの男には、初対面でもなんでも空気を読まずに、からむんだからタチが悪い。


梶本が、新館のカフェに辿りつくと、桜井なつきは怒っていた。
「だから!新館って行ったじゃねえかよッ」
「すみません。食堂ってどこかって聞いたら、そこって言われたんで、ついうっかり」
大学には、旧館と新館の両方に食堂があるのだ。
「バーカ。ったく」
なつきは、梶本を見上げては、ブリブリと文句を言っていた。
「大野さん、ご無沙汰っす」
なつきの目の前の席に腰かけながら、梶本はペコッと頭を下げた。
「んー。こんちは。邪魔するよん」
なつきの横には大野が座っていた。
「いや〜。この場所で、梶本くんと向かい合っているって不思議だよな」
大野は腕を組んでは、しみじみ言った。
「そうっすか?」
クスッと笑いながら、梶本はなつきを見た。なつきは、ジロッと梶本を睨んだ。
「ここで、なっちゃんはよく梶本くんの悪口言ってたんだぜ。ま、梶本くんをここに入学させちまったなっちゃんの執念も物凄いけど」
カカカカと大野は笑った。
「勝手にコイツが入学してきたんだよ」
と、なつきは、相変わらずの態度であった。
「そうそう。俺が勝手に入学してきたんであって、桜井さんのせいではありません。間違っても、桜井さんに、同じ大学に入ってくれ〜って
泣きつかれたのでも、脅されたのでもないっすから」
平然と梶本は言った。
「っせえな!誰がそんなことしたよ、ああ?」
バンッとなつきは、テーブルを叩いた。
「だから、違うって言ってるでしょ」
梶本は、なつきの前に置いてあるコーヒーカップを手にして、そのコーヒーを一口飲んだ。
「てめえ、勝手に飲むなよ」
「スミマセン。喉渇いちゃって」
「間接キッス〜♪」
大野が鼻歌を歌った。
「ガキみてーなこと言ってんじゃねえ」
ドンッと、なつきは大野の頭をこづいた。
「接触恐怖症。少しは治ったみたいですね」
梶本は、2人の様子を見ては、呑気に言った。
「こんぐれーは、別に。接触のうちに入らねえよ」
「そーだよね。こんぐらいしねーと」
と、大野はガバッと、なつきに抱きついた。
「だあッ!」
バッと、となつきは、大野の前にあった水の入ったグラスを手にして、ザバアッと大野の顔目掛けてひっかけた。
「や、やめろって言ってんじゃねえかよッ」
なつきは、腕をさすっては、本気で怒鳴っていた。
「体張って、冗談やってます・・・」
「大野サン、すげえ・・・」
梶本は、アハハハと笑った。
大野は、えへへと笑って、ハンカチで顔を拭いていた。
「梶本?おまえ、どーかした?」
なつきは、自分達を見ては笑っている梶本を見て、首を傾げた。
「え?」
「おまえ。なんか、ちょい、目がおかしいぜ」
「そう?」
梶本は、長い指で、自分の右目を押さえて見せた。
「目、笑ってねえよ」
「・・・バレたか」
「んー。そいえば、元気ねえみたいだな」
大野も梶本を覗きこんだ。
「いや、ちょっとね。久し振りに、いや〜な人種にあって」
「いやな人種?」
「ま。なんでもないです。けど・・・」
梶本は、なつきを見た。
「あ、でも、一応言っておこ。桜井さん、危ないかもしんねーから」
「なんだよ」
「同じ講義取ってる、吉川美貴って人、知ってる?」
と、なつきが答える前に、大野が答えた。
「知ってる、知ってる。ちょー可愛子ちゃん」
「桜井さん、親しい?」
「どっちかっつーと、嫌われてるかもな。関係ねえけどサ」
なつきは、ぶっきらぼうに答えた。
「そ。吉川って、なっちゃんがモテるから、つっかかってんの。なっちゃんには冷たいんだぜ。俺にはよく声かけるけど、
なっちゃんシカトされるもんな」
「興味ねえもん、別にいいよ。それより、おまえがなんで吉川を知ってるんだよ」
「さっき旧館の食堂でバッタリ会った旧友の幼馴染なんです。紹介されて」
「ひえー。偶然だねぇ」
大野がキョトンとしている。
「おまえが言う嫌な人種って、なんかわかる気がする。あいつ、いつもニコニコしてっけど、目笑ってねえもん。気持ちわりーよ、あーゆーヤツ。
コイツみてーに、心底笑ってねえから」
なつきは、大野を指差して言った。
「え?そうなの?」
大野はポリポリと鼻の頭を掻いた。
「気をつけてくださいね、桜井さん。俺、一発で嫌われたみたいだから」
「あん?」
なつきは眉を寄せた。
「貴方の言うとおり。あの人、気持ちわりいから・・・」
なつきは、瞬きをした。
「どう気をつけろって言うんだよ」
「それは自分で考えてください」
「フーン・・・」
どこか考えこんだように、鼻を鳴らしたなつきだった。
梶本も、沈黙してしまう。
「さ、さてっと。お邪魔虫は自覚してっけど、そろそろ行こうか。梶本くんへのキャンパス案内!」
ガタンと大野が立ちあがった。
「そーすっね。よろしく頼みます」
大野の声にハッとして、梶本は笑った。
なつきは、ボーッと座っていた。
「桜井さん」
呼んでも、なつきは座ったままだった。
「桜井さん」
梶本は、なつきを呼んだ。
ハッとなつきは顔を上げた。
「あ、わり。今、行く」
立ちあがって、なつきは梶本の後ろを歩きだした。
「梶本・・・」
先を歩く大野には聞こえないような小さな声で、なつきは梶本を呼んだ。
「ん?」
「フラフラすんなよ。俺、こんなだけど。迷ったり、すんなよな」
なつきは、梶本の顔を見ずに、その背に向かって呟いていた。
「謝りますよ、待たせちゃったこと。これから色々と案内してくれるんでしょ。俺、すぐに覚えますからね」
梶本は苦笑する。
「そうじゃ、ねえだろ」
なつきは、じれったげに言い返す。
「わかってますよ。これからはこうやって一緒に居られるから。貴方も前向きに、ね」
「わかってら!おら、とっとと案内してやるから、行くぜ」
プイッと言って、なつきは梶本を追い越して、先を歩く大野の横に並んでしまう。
入口付近で、人とぶつかりそうになって、なつきは謝った。
「っと、わり」
謝ったものの、相手はそれを無視して、なつきの背後の人物に向かって、手を振った。
なつきは、ハッとして、振り返る。
「やっぱり、ビンゴじゃん、梶本クン」
三谷を伴い、吉川美貴が、そこに立っていた。
梶本は、吉川を無視して、吉川の背後に佇む三谷に目をやった。
三谷は、梶本に向かって、手を合わせては、ペコペコ頭を下げている。
「違うなんて、嘘ばっかり!君の相手は桜井なつきくんじゃんか」
ニコニコと吉川は笑っていた。
梶本は、吉川と擦れ違いながら、低く「関係ねえだろ」とそう言って、なつきと大野の背を押して、食堂を出て行く。
三谷が、おろおろと吉川に向かって言った。
「美貴〜。ったく、おまえなに考えてるんだよ。梶本の後を追いかけるなんて」
「あーあ。久し振りに出遭えた好みの男が、俺のダイッキライな男と付き合ってるなんて最悪」
吉川は、前髪を掻きあげながら、呟いた。
「すげえ綺麗な子な。梶本、相変わらず面食いなやっちゃ。美貴、アイツ、惚れると超一途なんで諦めろって」
「俺だって惚れた男にゃ一途だよ。おまえは俺の声援ろや、ホモ」
「って、おまえもだろ〜が。あー、なんか最悪な展開・・・」
三谷は、去って行った梶本達を振り返っては、頭を抱え込んだ。

続く
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