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SEASONS(2)

最近、悪戯電話が多い。
「また一切りかよ。誰だよ、ったく」
なつきはぼやいた。
「なっちゃん。おまえ、なんか悪いコトでもしてんじゃねーか?」
大学の同期生達が、なつきの手元にある携帯を覗きこんで笑う。
「っせーな。んなことしてねーよ」
「うざけりゃ、番号変えればいいじゃん。携帯新しくして、さ」
「あ、なるほど」
そうしようかな・・・となつきは思った。
「買いに行くの、つきあってくれよ。大野」
「ん。いいぜ」
大学生活で、一番親しくなった大野悟の腕をなつきは引っ張った。
「授業終わったら、正門で待ち合わせな」
「オッケ」
学食で、そんな会話をして、それぞれの教室へ皆向かって行く。

なんとなく入った大学だったが、なつきはそれなりに楽しかった。
勉強は相変わらずキライだが、今のところは単位も落とさず、真面目にやってるのだ。
なぜかというと、結局は梶本のせいだ、となつきは思う。
度々会うことはないにしても、なんとなく会えば、ヤツの家で勉強させられることが多い。
と、言うより、梶本が勉強しているから、ついつい暇な自分も勉強してしまうからだ。
元々頭がいい梶本だから、そんなに勉強しなくってもいいじゃないかとなつきは思うのだが、今のところ、ヤツの溜まったストレスは、
勉強でしか、発散出来ないらしい。難解な数式に向かい合って、それに集中するのが「気持ちいい」のだと梶本は言うのだ。
重症だね・・・と、なつきは心の中で、舌打ちする。
まだ、なにも・・・・。
梶本の中では、終わってないのだ。恋人を失くした、あの時のこと。
一旦は見事に立直ったかのように見えても、まだ心の大部分を占めているのだろう。
だから。そうやって、時間を潰すしかないんだろう・・・。・・・と思うのだ。

「んなに今から勉強してたら、おまえ、受験勉強なんかしねーでも、俺の大学に入れるよな」
なつきがボソッというと、椅子に腰かけていた梶本が振り返る。
「冗談でしょ?俺、桜井サンのとこの大学なんて、行かねーよ」
「あ?」
「あーんな、受験勉強なんかしねーでも行けるような三流大学なんて、興味ねーよ」
フッと梶本は笑った。
「てめーな・・・」
「ごめんね。俺を、待ってても無駄だよ」
そう言ってニッコリ笑う梶本に、本気でなつきは腹を立て、荷物をまとめて立ち上がった。
「あれ?もう帰るの?せっかく久し振りに会ったのに」
「もう2度とてめーには、会わねーよッ」
なつきは、力任せにドアを閉めて、梶本の家を出た。

それから一か月。梶本には会ってない。だってさ・・・。あの言葉は痛かったぜ。なつきは頭を掻いた。
薄々気づいていたんだ。梶本が自分と同じ大学になんて、来ないってこと。でも。
それでも、心のどこかで密かに期待していた。
待っていたのに・・・!
あんなふうにちゃかされて、おまけに心見透かされたようなこと言われて、ヘラヘラ出来よう筈もないぜ。
やっぱり。俺には、梶本のふところに入ることなんて、出来ないのかも
しれないとなつきは思った。
「ったく」
あんなふうに別れたっつーに、連絡の一つもよこさず一か月。一か月だぜ、一か月。
元々「友達」なんて、可愛い間柄じゃないから、仕方ないかもしれないが、「先輩・後輩」では、あるのだ。
先輩にあんな無礼な口ききおって、謝ってくるのが普通じゃねーかよ!

なつきはブルブルと拳を震わせては、ガンッと正門を蹴飛ばした。
授業は終わり、今は、正門で大野を待っている。
「なっちゃん。荒れてるー」
大野が片手にリュックを持って走ってきた。
「遅れて、ごめんな」
「すげー遅刻。メシ奢れ」
「悪かったけどよ。俺はおまえの買物につきあうんだぜ。そこんとこわかってくれよな」
「ふん」
「ご機嫌斜めだな〜。わかったよ。奢るから」
大野はなつきの肩をポンと叩いて、笑った。
大野悟とは、選択授業が一緒で、たまたま隣の席に座ったことがキッカケで知り合った。
人懐っこい大野は、なつきの醸し出す独特な、近寄りがたい雰囲気をあっさり打破してきた。
「俺、大野悟。よろしくネ」
茶髪で軽そうな雰囲気の大野は、なつきの1番苦手なタイプだったが、どことなく目元が梶本に似ていたので、うっかり友達になってしまった。
友達の多い大野のおかげで、なつきにも、うざったいくらい友達が出来た。
高校時代では考えられなかったことだ。
挙句に、大野がなつきを「なっちゃん」と呼ぶから、他のヤツらまで
便乗している。この俺がヤローどもに「なっちゃん」だぜ・・・!?
ま、そう呼ぶ怖いモノ知らずな人は過去に一人はいたけどな。
にしても、梶本が知ったら笑うだろうなァと思って、なつきは苦笑する。
「なっちゃん。なあなあ、バイトしねーか?」
突然大野が言い出した。
「え」
「なっちゃんもさァ。親の金でフラフラしてねーで、労働しようぜ、労働。俺の知り合いの店でさ、バイト募集してっから、一緒にやろうぜ」
大野は肩からずり落ちたリュックを背負おうとして、体を動かしていた。
「暇なんだろ?なっちゃん、いつもつまんなさそーな顔してっから」
「別に。んなことねーよ」
なんだか、うまくリュックを背負えない大野を見かねて、なつきは手を伸ばし、大野にリュックを背負わせてやった。
「あ、サンキュ」
言いながら、大野はちょっと驚いた目をして、なつきを見た。
「ああ。ん?なんだよ、その目は」
梶本みてーな目で、ジッと見ンなよ・・・となつきは思った。
「いや、なんでも・・・」
ボリボリと鼻の頭を掻いて、大野は首を振った。
「考えておいてくれよ」
「まーな」
二人は、街路樹の並ぶ大きな通りを、駅目指してもくもくと歩いた。

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「で。桜井はそれで臍を曲げているのか?」
「曲げまくりです」
「おまえも素直に悪かったと言ってやればいいだろ」
「・・・」
黙ってしまった梶本を見て、倉本は、プッと笑う。
「苛めて楽しいのか?」
「楽しいですね」
あっさり言う梶本に、倉本はますます笑った。
「梶本。一度桜井に、おまえはどんなヤツだ?と聞かれたことがあるが、それに対して答えた俺は、間違っていたみたいだ」
「そうですか?どんなふうに答えたのか、知りませんが」
梶本は木の幹に背を預けて苦笑した。
一人で、裏庭のこの木の下で、昼飯を食っていたら、倉本先生がやってきたのだ。
今日の部活のことで、連絡があったらしい。
「いよいよ三年だし、進路も考えねばならん時期だしな。で、おまえは本当に桜井の大学に行くつもりはないのか。
確かに
おまえの最近のレベルじゃ、あそこは軽いだろ」
連絡ついでに、俺もメシを食おうと、購買で買ってきたパンを食べながら、倉本は梶本の横に座った。
「考え中です」
「ふむ」
倉本は、チラリと梶本の横顔を見た。
「梶本。おまえ、まだ松木のこと、引き摺っているのか?」
「いきなり。どうしたんですか」
「いや。なんとなく・・・な。あの頃って、おまえ、桜井と急接近していた頃だろ。ま、ヤツが勝手におまえを追い回していたようではあるが」
「・・・」
「で、だ。俺の考えとして、桜井がおまえの回りをフラフラしていると、松木を思い出してしょうがねーんじゃないかってな」
倉本は真剣な顔で言った。
「おまえ。本気で、桜井、苛めてねーか」
その倉本の台詞に、ブッと梶本は吹き出した。
「センセ。桜井サンに惚れてるんっすか」
「な、な、なにを言う!!あんなバカ。卒業してから、顔も見せにこない奴になんぞ、なぜ俺が」
「だって。結局は、それが言いたかったんでしょー」
コンッと倉本は梶本の頭をグーで叩いた。
「教師をからかうなッ。でも、ま、な。バカなヤツほど可愛いっていうのは、確かに当たっている。
惚れていたなどとは、間違って
思わないが、可愛かったのは確かだ。なんせ、大学までちゃんと行ってくれたからなあ」
「よく行けましたよね、実際」
「あれはな。中学時代で、全てを経験しちまったよーなヤンキーだけど、根っこのところはまだ腐ってなかったんだよな。
昔、俺の友達にも
ああいうタイプがいてな。どーにも気になって仕方なくって」
「じゃあ、桜井サンにその人重ねてたんだね。先生、その友達まだつきあってるんですか?」
「腐れ縁で、な」
「先生みたいないい人に巡り合えて良かったよね。その人。でもさ、桜井サンって俺で、幸せになれんのかな」
梶本は、クシャッとコーヒーの紙パックを握りしめた。
「自信ねえよ、俺。もう、人受けとめるの。軽い気持ちでならば、つきあえるけどサ。桜井サン、あん人、イテーよ。俺にはイタイ」
「イタイ!?」
「マジっつーのがわかるから、怖いんですよ。先生の言うとおり、俺まだ松木先輩のこと、忘れてないから・・・」
「梶本」
「スイッチ切り替えられないんですよね。桜井サンと、もっと時期外して会っていたら、こんな気持ちにはならんかったかも・・・」
少し困ったような顔で、梶本は呟いた。
「こんな気持ちって・・・」
「中途半端なんですよ。気になるといえば、気になるし、どーでもいいといえば、どーでもいい」
「難しいなァ。おまえの場合」
倉本は、顎を撫でて、ウーンと考え込む。
しばしの沈黙のあと、予鈴が鳴った。
「もう行きますね」
梶本は、立ち上がった。
「桜井サンに会ったら、倉本先生に会いに行けって言っときますよ」
「いらん、いらん」
大袈裟に手を振る倉本を見て、梶本は笑いながら、裏庭を走り去った。

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今時携帯売っている店はたくさんある。
どの店に入ろうかとウロウロしていたなつきと大野は、結局ミニスカートの可愛い店員のいる店に、吸い込まれてしまった。
なつきは、説明を受け、携帯を選んだ。
付き添いの大野は、隅の方の椅子に腰かけて、カウンターの向こうの可愛い子ちゃんと、得意の話術で盛りあがっていた。
金を払いなつきは、喋りまくる大野の頭を軽く叩いた。
「行くぜ」
「なっちゃん。ちょい待って。彼女の携帯番号、もう少しで聞けそう」
「やだー」
とカウンターの向こうから、女の子の笑い声。
「ったく」
しょーがねーなと思いつつ、なつきは店内をぶらついた。
キョロキョロしていると、ふと、店の外に、見慣れた学生服を見つけた。
うちのガッコじゃんと思い、なんとなく店の外に出てみた。そしたら、梶本と出くわした。
「げっ・・・」
なつきは思わず口を押さえた。見慣れた学生服の一団の中には、梶本も混ざっていたのだ。
コソコソと店内に戻ろうしたなつきの名を梶本が呼んだ。
「桜井さん。こんちは」
「・・・」
ニッコリと梶本は微笑んでいる。
「なに、携帯?買うの・・・?」
「もう買った」
「機種変?」
「違う」
「じゃあ、番号新しくなるんだ」
「そうだ」
フーンと言って、梶本はなつきをジッと見た。
半年振りの梶本に、なつきは内心動揺していたが、勿論顔にゃ出ないのである。
「おまえ。友達行っちまうぜ」
なつきは、シッシッと梶本を追い払うしぐさをした。
「ああ、いいよ。行く場所わかっているから」
そう言って、梶本は店内に入ってくる。
「俺も携帯、変えようかな」
などと言っている。
「なにやってんだよ。早く行けよ」
「そんなに、追っ払いたい訳?一か月ぶりじゃんか」
「別に。一か月ぶりだろうと、一年振りだろうと。関係ねーさ。うざいモンは、な」
険悪な口調でなつきは言った。
梶本は、チラリとなつきを見た。
「桜井さん・・・」
「なんだよ」
「そんなに怒るようなことですか?あれが。同じ大学行かないって言ったこと。拗ねてるみてーで、そんなにすかした顔しても、バレバレっすよ」
梶本は、展示されている見本の携帯を握りながら、軽く言った。
「おまえ!」
なつきが声を荒げた時だった。大野がこちらに向かって歩いてくる。
「なっちゃーん。お待たせ。やっとゲットしたよーん」
メモ用紙をヒラヒラさせて、大野は上機嫌である。
「なっちゃん・・・!?」
梶本が目を丸くしている。そして、プッと笑い出す。
その梶本を見て、なつきはカッと顔を赤くした。
「お、大野。行くぜッ」
ガシッと大野の腕を掴んで、なつきはドンッと梶本を押しのけて歩き出した。
「桜井サン。今まで一切りしてごめんね。番号変わっちゃったら、もう出来ねーや」
ニコニコと笑って、梶本は手を振った。
「なに!?」
なつきはギョッとして梶本を振り返る。
「犯人てめーかッ」
「あの時のこと。謝ろうと思ってサ。でも、なんとなく言い出しにくくて。んで、切ってた」
梶本はケロリとして言う。
「て、てめえ!そのせいで、俺は携帯変えたんだぞ」
「うん。だから、全部含めて、すんませんでした」
ペコリと梶本を頭を下げた。
大野が、「なに?知り合いか?」となつきに聞いた。
「後輩」
ぶっきらぼうに、なつきは答えた。
「あ、俺。なっちゃんと大学一緒の大野悟っす。どーぞよろしくね〜」
能天気に大野が自己紹介している。
「どうも。梶本セイです。桜井さんの後輩です」
「てめーら。店ン中で呑気に自己紹介してんじゃ、ねー」
なつきは、大野の背を押して、店の外に出した。
梶本を振り返り、「てめーも、早く仲間と合流しやがれ」と叫んだ。
「今度いつ会えますか?倉本先生も先輩に会いたがってますよ」
梶本は真面目な口調で言う。
「うるせー。どっちにも、もう会わない。じゃあな」
バタバタとなつきは走って行った。


「なにそんなに急いでるんだよ〜」
大野が、なつきの様子に眉を寄せた。
「危ないって。この人ゴミを押しのけて走るのは」
「うるさい。早く帰るんだ」
後ろを歩いている大野を振り返って、なつきは怒鳴った。
「なっちゃん、危ない」
グッと大野が、なつきの肩を掴んだ。
なつきは、よろけて、大野の胸にボスッともたれかかった。
「余所見して歩くなよ」
「ぶつかったぐらいで、死なねーから平気だ」
なつきは、体制を戻して、歩き出す。
「ぶつかった人が迷惑じゃん。なっちゃん、自分勝手なんだから」
「うるせーな」
「なにいきなり荒れてるんだよ。俺が待たせたから?それともあの後輩クンとなんかあったのか?」
ピクッとなつきの肩が揺れた。
「なんもねーよ」
やれやれと大野は肩を竦めた。
「とにかく、店入ろうよ」
「やだ。この町にいたくない!」
「ワガママいいなさんな」
「やだ、やだーッ」
喚くなつきを無視して、大野はズルズルとなつきを引っ張って、手近なファーストフードに入った。
結局、強情ななつきから、怒りの原因を聞けなかった大野である。
ハンバーガーを齧って、学校の悪友達の噂をひとしきり喋って、そろそろ帰るかと、店を出た。
外は、すっかり、オレンジ色になっていた。夕日が眩しいくらいの時間になっていたのだ。
そして、横断歩道でなつき達は、再び梶本と出くわすのである。
なつきは、横断歩道に一人立ち尽す梶本に、すぐに気づいた。
梶本の方は、どこか遠くを見ていて、なつき達に気づかなかった。
「なっちゃんの後輩。目立つね。迫力ある」
大野が言った。
「態度がでけーからだろ」
「見かけでわかるか、そんなもん。なんかさ、雰囲気あるっつーか。声かけなくていいの?」
信号がそろそろ変わる。一斉に皆歩き出すだろう。
オレンジ色の夕日が、付近を染めている。なつきは、眩しくて目を細めた。
「なっちゃん」
大野の声にハッとして、なつきは、「ちょっと待ってろ」そう言って、梶本の方に向かって走って行く。
「梶本」
と、名を呼ぶと、梶本は、ゆっくり振り返った。なつきの姿を認めると、梶本は少し驚いた顔をして目を細めた。
「なんですか?桜井さん」
2年前。初めて梶本と会った時のことを思い出す、この風景。
夕日の中に、梶本がいて、俺がいたんだ、となつきは思った。
「090-×××-××××。言ってみろ」
「090-×××-××××」
梶本は即座に言い返す。
「もう一度」
「090-×××-××××」
「もう一回」
「090-×××-××××」
正確に、梶本は復唱した。
「新しい番号。覚えておけ!」
「了解」
梶本は、ニッと笑った。そして、クルリとなつきに背を向けると歩き出した。
取り残されたなつきは、大野を振り返った。
「なっちゃん」
「ん?」
「嬉しそうだぜ」
大野に言われて、なつきは、自分が笑っていることに気づいた。
「なるほど。ご機嫌斜めはやっぱり梶本くんのせいか。ねーねー、なにがあった訳?」
「うるせー。てめーは、さっき聞き出した彼女の番号にでも電話してりゃいいんだよ」
なつきの笑顔を見て、大野も笑う。
「怪しいなァ。もしかして、デキてる?」
「訳ねーだろ」
「なっちゃーん。気になるよ、俺」
纏わりついてくる大野を振り払いながら、なつきは、横断歩道を渡って行く。
梶本の背は、もうとっくに見えなくなっていたが、そんなことはどうでも良かった。
なつきは、肩にかけていたリュックを胸に抱えた。
リュックの中には、新しい携帯が入っていた。

******************************************************
なつきは、学食で大野を捕まえた。
「大野ッ」
「んー!?」
「俺、バイトする。この前言ってたとこ。紹介しろ」
すると、大野は、パアッと顔を明るくした。
「うそ。マジ?やろやろ。なっちゃんと一緒なら、なんも怖くねーよ」
大野は、顎で空いている席をなつきに勧めた。
「怖いとこなんかよ、そこ」
なつきは、購入済みのパンの袋を歯で空けながら、大野に聞いた。
「うーん。っつーか。なんというか」
ハッキリしない大野に、なつきは?という顔をしたものの、深くは追求しなかった。
「なんでもいーよ。暇さえ潰れれば」
投げやりななつきの言葉だった。
「どした、なっちゃん」
キョトンとして大野がなつきを覗きこむ。
「女に振られたか?」
「振られる訳ねーだろ。この俺が」
「相変わらずすごい自信で。ま、そゆとこ、好きだけど」
大野は言って、それからなつきの手元を見た。
なつきは、パンを持っていない方の手に、携帯を握っていた。
「なっちゃん。誰かから連絡待ち?携帯なんか握っちゃって」
その大野の言葉が、なつきの逆鱗に触れたようだった。
「待ってなんかッ。誰からの連絡も待ってねーよ」
なつきは、でかい声で叫んだ。
「ひえっ」
「チッ。気分ワリー。大野」
なつきは立ちあがっている。
「う、はい」
「そのバイトのこと。詳しく決まったら、連絡よこせ。携帯じゃなく、自宅にな」
「なんで!?携帯でいいだろ」
「捨てる。こんな携帯」
「な、なっちゃん。あーた、一体、どーしたのよ」
キョトンとして大野は、立ち上がったなつきを見上げていた。
「じゃあな」
「って、おい。パン齧ったまま、どこ行くんだよ。落ち着いて座って食えよ」
大野の言葉を無視して、なつきは学食から去って行く。
「なっちゃーん・・・」
すると、大野の横に、悪友の園田が座った。
「なっちん。すげー荒れてるんだよ。最近」
「園田。どーしたん。理由知ってるか?」
園田はフッと笑った。
「決まってンだろ。新しい携帯に、彼女から連絡が来ないからだよ」
「あ、そーなの?」
園田はB定食を突つきながら、フフフと笑った。
「アイツ。授業中も、携帯離さないんだぜ。ったく。笑っちまうよ」
「なっちゃん。彼女いるのか?」
「いるに決まってんだろ。あの顔で、いねー訳ねーだろーが。だいたい、高校時代のなっちゃんの噂知ってっか?
俺、知り合いに聞いたけど、
相当凄かったらしいぜ。女遊び」
「うーん。それはわかる気がするけど。なっちゃん、女にもあーゆー態度なんだろうか」
「だから、続かないでとっかえ、ひっかえしてたんだろーが」
わかったように園田は説明している。
「問題有りだよな。その恋愛」
「まーな。ツケが回ってきたんとちゃう?」
園田の言葉に、ふーむと大野が考え込む。
「いい子なんだけどね、なっちゃん」
「まーな。つきあってみると、いいヤツだよな」
なんとかしてあげたいなァと、大野は呟いた。


面接。大野に連れていかれて、その場所に来た時。
なつきは、さすがにまいってしまった。
「やべーよ」
「いいじゃん。時給すげーいいのよ、ここ」
「いや、そうじゃなくって」
「なっちゃん!なんでもやるって言ったろ」
大野が、グイッとなつきの腕を引っ張った。
「うわ。止めろって。ここはマズイんだよ」
「なにがマズイんだよ。だって、俺、野田さんにもう連絡したもん!今日面接に行きますって」
「だから。その野田がまずいんだよ」
バシバシと、大野の腕を振り払って、なつきは言った。
「なにが」
「と、とにかく。俺は、この店はイヤだ。絶対イヤだ。てめー、一人でやれ」
「ここまできて、そりゃないよー」
大野が、うわーんと嘆いている。
確かになんでもやると言った。だが。この店はマズイ。
この店は。
高校時代に、俺と梶本が働いていた店なんだよッとは、さすがになつきも言えなかった。
「お、大野。そだ。てめーもここは止めろ。ここはマズイ。他当たろうぜ、他」
「だって。ここ、俺の知り合いの店だから、融通きくし」
「知り合いって。どんな知り合いがこんな店にいるんだよ」
「野田さん。実は俺の姉貴のダンナの友達なの」
ゲーッ。最悪。なつきは、ますますゲンナリした。
「なんかさ。すごく親切な人でさ。是非、うちで働いてくれってしつこく誘われていてさ。時給もそれなりに出すって言うし」
なつきはジッと大野を見た。
確かにコイツは、ルックスはイイ。この俺が認める。っつーことはさ。野田は、大野の尻狙いってことじゃねーか。
時給がイイのは、餌だろ、餌。なつきはそう考えて、ゾッとした。
「悪いことは言わん。ここは止めろ。他ならば、俺はおまえにつきあってやるから」
などと店の前で、やりとりしていたら、突如として、ドアが開いた。
ゴミ箱を持って、店員が出てきた。
「やべっ。とにかく、こっち来いよ。大野」
「なっちゃん」
なつきは大野を路地に引っ張り込んだ。
「いいか。ここはな」
と、なつきが話し出すと、ゴミ箱を持った店員が、えっちらとこちらへやって来た。
まずいことに、大野を引っ張り込んだこの場所が、ゴミ捨て場だったらしい。
ゴミ箱を抱えた店員が、胡散臭そうな目で、路地裏で寄り添っている二人を見た。そして。
「あっ。君、さくらじゃないかッ」
なつきは、ギョッとして思わず顔をあげてしまった。
誰だっけ。コイツ。見覚えはある気がするが・・・・。
「本多だよ。本多。覚えてる!?」
本多・・・。はて?
「僕は、君のその顔は忘れないよッ。勝手に辞めるとか僕に伝言押しつけて、
あのあとどれだけ僕が店長に怒られたかおまえは知らないんだろうな」
ああ。アイツか。確か最後の日に、ロッカールームで会った、従業員だ。
「なんのことだか、知らないね」
これ以上なんだかんだと、過去のことで責められるのはごめんだ。
「てめ〜」
本多は怒りまくっていた。
「って訳で、大野。俺は遠慮しておくから。じゃあな」
「あ。なっちゃん」
「さくらッ」
それらの声を背中に聞きながら、なつきはその場をとんづらした。


「ちくしょー」
むしゃくしゃするとなつきは思った。
なにかを変えようとせっかく動いても、うまく行かないことばかりだった。
女とのセックスは飽きたし、かと言って、男に手を出そうとも思わない。
バイトはたるいし、勉強はつまんねー・・・。
新しい買ったばかりのピカピカの携帯には、今だに梶本からの連絡はない。
番号を3度も復唱させたのに・・・。
あれから2週間も経つ。手元の携帯をジッと見つめて、なつきは舌を鳴らした。
学校内にあるカフェテリアに、大野からの呼び出しを受けて、なつきは座っていた。
今日は午後からの授業は休講だった。

「なっちゃん。お待たせ」
大野が息を切って走ってきた。
「話ってなんだよ。あの店のことなら、聞かないぜ」
「冗談じゃねーよ。なっちゃんから聞かなくったって、皆からちゃんと聞かされたよ。なっちゃん、サイテー」
大野は、コーヒーを注文してから、なつきと向かい合う。
「事情があったんだよ」
「どんな事情だよ。勝手に辞めちゃうなんて」
「そんなこと聞くために呼び出したのかよ」
なつきは不機嫌になる。
大野は、なつきの忠告にも関わらず、結局あの店でバイトを始めてしまったのだ。
「違うよ。野田さんが」
「野田がどうした。なんかされたか?」
「なんかされたかって、なんだよ。野田さんはいい人だよ」
「・・・」
なんも知らねーで・・・となつきは心の中で思う。
さすがに野田も、自分の知り合いに手を出すにあたっては、慎重らしい。
「で。そのいい人の野田さんがなんだって」
野田の話聞くために、俺は呼び出されたのかよと思うと、なつきはますます不愉快だった。
「今度、なっちゃんも一緒にご飯食べようって。あの時のことは、もう水に流してってさ。時間も経ったしって。いい人だよ。あの人」
「冗談だろ。誰が行くか」
「行くかって。行くんだよ。今日約束してるんだから。なっちゃん、暇だって言ったろ。いいじゃん。タダメシだぜ。
あの人、お金持ちだから、
いい所連れていってくれるって」
「なにが今度だ。今なんじゃねーかよッ。やだね。一人で行って来い」
「もう野田さんに、なっちゃんも連れていくって言っちゃったよ」
「バカ。ふざけんな」
「なっちゃん。俺、なっちゃんの為を思って言ってるんだ。野田さん。ステーキのうまい店に連れていってくれるって言うんだ。
なっちゃん、最近元気ねーだろ。うまい肉でも食えば元気出るじゃないか」
大野は、ウェイトレスが運んできたコーヒーを一気に飲み干した。
「聞いたよ。あの店で、梶本くんと一緒だったんだってね」
「いきなりなんだよ」
「なっちゃん。あの後輩は、なっちゃんのなんなんだよ!?」
なつきは、ギロッと大野を睨んだ。
「梶本なんて、今は関係ねーだろ」
「なっちゃん。俺、なっちゃんのことが好きなんだ」
大野が突然言った。
「は?」
「好き、なんだよ。だから、なっちゃんには元気になってもらいたい。元気ななっちゃんが好きなんだ。
俺、バイト代たまったら、今度はちゃんと
した店に俺が連れていってやる。今は、他人利用するしかねーけど・・・」
「なに誤解してんだよ。俺が元気がねーのは・・・。別に食うもん食ってねーからじゃないんだ。関係ねえよ」
喚くなつきの腕をギュッと押さえて、大野は立ち上がった。
「野田さんが、正門で待ってる。車出して、待ってる。行くよ」
「お、おい。大野。てめー、なに考えているんだ!!」
長身の大野は、なつきの体を、ズルズルと引き摺って、カフェテリアを出て行った。


結局。強引な大野のせいで、なつきは、2年振りに野田と顔を合わせた。
しかし、大野の言葉通り、野田は終始紳士に振舞っていて、「あの時のことは、もういいよ。君が元気そうで良かった」と
不気味なくらいにこやかであった。
連れてこられた店も、大野の言うとおり、学生の分際では口にすることの出来ない高級なステーキを出す雰囲気の良い店だった。
そんな店に、常連客として扱われている野田だった。
「もう一度うちで働く気ない?大野くんと一緒に」
野田に言われて、なつきは無言で首を振る。
「そう。残念だ」
野田は、さして、残念そうでなく、言った。
店では、ほとんど野田と大野が、従業員や客の噂話で盛りあがっていて、なつきはステーキをガツガツと食べているだけだった。
時々、ハッとして携帯に目をやるが、相変わらず着信はなかった。
「そろそろ、行こうか」
野田がレシートを摘んで、立ち上がった。
「ごちそうさま」
なつきは、ナプキンを畳んで、テーブルに置きながら、ぶっきらぼうに言った。
「どういたしまして。喜んでもらえて嬉しいよ」
ニッコリと野田は笑う。
大野は、横でウンウンとうなづいている。
「いい人だ。なんつーか、紳士だよなあ。野田さん」
レジに向かって一足先に歩いていく野田の後姿を見て、大野は言った。
なつきは心の中で「けっ」と思っている。
好みの男の尻撫で回すのが趣味のような男の、どこが紳士なんだよと
密かに心で呟く。


断ったのに、野田がしつこく送るというので、大野となつきは、駐車場出口で、野田の車を待っていた。
「どうぞ」
と言いながら、ドアを開いた野田は、チラリと大野を見た。
「大野くん。ちょっと、忘れ物をしたみたいだ。名刺入れがないんだ。店に行って見てきてくれる?」
「はい。あの、ヴィトンのヤツですよね」
「うん、そう」
野田はうなづいた。
「行って来ます」
タッと大野は駆け出して、店に戻っていく。
「さくらくんは、先に乗ってよ」
「いいよ。大野待ってから」
なつきの答えに、にこやかだった野田の顔が、豹変した。
「いいから、乗れよ」
「なんだよ。いてっ。手を離せ」
突然野田の腕が伸びてきて、なつきは、無理矢理助手席に連れ込まれた。
「離せッ。なにすんだよ」
野田は無言で、ドアを閉めると、車を発進させた。
「ちょっと待てよ。大野が」
「彼は、いいよ。可哀相だけど、置いていこう」
「なんだと?」
野田はバンッとアクセルを踏み込んだ。
キキキキッと軋んだ音を立てて、タイヤが悲鳴を上げた。
「さくらくん。おとなしくしてないと、頭ぶつけるよ」
「てめ。こういう魂胆かよ」
なつきは、暴走しだした車に、やっと野田の魂胆を知った。
「そうだよ。2年前に君に初めて会った時から、一目惚れだった。なのに、君ときたら、僕の誘いを蹴っ飛ばして逃げちゃうんだから」
「降ろせよ」
ガッとなつきは、助手席側のドアを手で押した。
「危ないよ。止めた方がいい」
「てめーに!食われるぐらいならば、飛び降りてやる」
野田は、フッと助手席のなつきに顔を向けると、瞬時になつきの唇にキスをした。
「!」
ウッと思った瞬間に、強引に喉に押し込まれたものを飲んでしまったなつきだった。
「おとなしくしてんだね」
野田はニッコリ笑った。
なつきは、ヨロリと助手席のシートにもたれかかった。薬だ。妙な薬、飲まされた。体が痺れて、動けない!
「大野くんには、感謝しなきゃ。さあ。2年前の続きをやろうね」
野田はそう言って、ペロリと舌で唇を舐めて、なつきを見た。

意識はあるのに、体は動かない。助けてくれ。助けてくれ。梶本。なつきは心の中で、必死に梶本の名を呼んだ。
梶本。
なんで、電話くれないんだよ。おまえが電話くれねーから、俺は元気が出なくて。その結果、こんなバカの策略に引っかかって。
梶本。電話してくれ。電話をよこせ。
今すぐ。今すぐ。
俺を助けて!
体が痺れる。動かない。
梶本。梶本。梶本。
知らずに涙が溢れた。
「泣いちゃって。可愛いね」
野田のその台詞が耳に聞こえて、なつきは目の前が真っ暗になった。
おまえからの・・・。
電話が欲しかったのに・・・!

続く

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