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【愛してンのかよっ!2】

タクシーの中に漂う不気味な沈黙に、町田が堪えきれなくなった時、先に緑川が口を開いた。
「そういえば・・・。うちのオヤジとおまえの兄貴。一緒に海に行ったことがあるよな」
「はあ?ダチだったんだから、そりゃあんだろ。いきなり、なんだよ」
「思い出したんだ。俺が覚えている城田の兄貴は、もう大人だったんだけど、ある日、オヤジの書斎を漁っている時に写真が出てきた。
オヤジの机の引き出しの、一番奥にあった。けど、そこにその写真があることを忘れているような感じではなかったな。オヤジは時々、
それを眺めているんだと思うけど。その写真が、笑っちまうことに、今のおまえと今の俺。たぶん同じくらいの歳だったんだな。俺は一瞬、
いつ町田と海に行ったっけ?と考えたぐらいだった。写真の裏には、城田と書いてあったけど、二重線で消してあって、町田と書き換えてあった。
城田の兄貴の呼び名が2つあることは知っていた。うちでは、城田という名前は禁句だったからな。オヤジも決して使わなかった。
おまえが家に出入りするようになるまではな」
「おまえ・・・。それで、俺に兄貴がいるって気づいたのか」
「そう。これだけ似てて、苗字が同じならば兄弟に違いねえってな。うちみてえな親子は例外だろ」
緑川は、珍しく穏やかな横顔だった。さっき怒っていたのが嘘のようだった。
「いきなり、なんでそんな話」
「おんなじツラして海に行っても、きっと城田の兄貴相手だったオヤジならば、俺みてえな気持ちにはなんなかっただろうなって思っただけだ」
「どういう意味だ!?」
「ついていけねーとかっつー、情けねー気持ちだよ」
「なんだと!」
町田がムッとした声を出す。
「お客さん。喧嘩はよしてくださいよ。落ち着いて、落ち着いて」
初老の運転手がミラーを覗きこみながら、慌てて言った。
「するもんか、こんなバカ相手に。俺は冷静だ」
フンッと町田は鼻を鳴らした。
「だいたいな。俺と兄貴を比べるなって前に言ったろ」
「比べてなんかねえよ。大体比べる対象じゃねえだろーが」
「言っておくが。どんな幻想いだいているか知らねーが、あの野郎は、そんなに聖人君子じゃねえぜ。女泣かすわ、挙句に男もたらすわ、エロの権化だ、エロ権!」
「嘘だっ」
「嘘じゃねえよ。俺、胡桃さんから聞いたことある。大体、うちの連橋の兄貴にだって、嫌がってんのに無理やりキスとかしていたの目撃したことあるし」
「そんな筈あるか。てめえと一緒にすんなよ」
「遺伝子半分一緒なんだから、似てるとこあんだよっ」
「てめえは突然変異だろ」
「なんだとぉっ!」
声を荒げた町田に、運転手の肩がビクッと揺れた。
「似てるのは顔形だけだ。おまえと城田の兄貴じゃ月とすっぴんだ」
「て、てめえっ。俺の地雷を踏みやがったな!ちなみに、すっぽんだ、アホヤロー」
車内に険悪な雰囲気が流れたと思った瞬間、ボカッと物騒な音が響いた。町田が容赦なく緑川の足を蹴飛ばしたのだ。
「いてえ。さっきから、好き勝手に蹴ったり殴ったり。ふざけんな」
堪忍袋の緒を切らした緑川が、ぱぱぱぁんと町田を平手打ち責めした。
「わー。お客さんっ!エキサイトすんならば、ホテル行って、ベッドの上でやってくださーい」
「「やかましー。だまっとれ」」
迫力ある2人に同時に睨まれて、運転手は、ヒッと悲鳴を上げた。
「お願いですから、やめてくださいっ」
ワタワタとハンドルを操りながら、運転手は叫んだ。しかし、無情にもドタバタと狭い後部座席で喧嘩が始まる。
「やめてください。やめてくださいって。ああ。ひえーーーー!」
後ろの席の騒動に気をとられて、運転手はチラッと視線を2人に投げた。そして、その一瞬の「チラっ」が命取りだった。
次の瞬間、車はどういう訳かものすごい勢いでスピンして、ゴゴゴォンッと凄まじい音を立てて、ガードレールにぶつかった★


「アハハハっ。そ、そんなケッコーな事故だったのに、アンタ達は額のコブで済んだのね。しかも、お互いに相手の体を庇おうとして激突したなんて笑える〜!」
胡桃はベッドの上でバタバタと手足を動かして笑っている。
「笑いごとじゃねえっつーの。俺らはあやうく、モノホンの天国イッちまうところだったんだぜ!ったく。それに、アイツのあの石頭には参ったぜ。俺は即気絶したんだぞ」
「晴海くんだって気絶したらしいじゃない。運転手さんは、意識がないから、あんたら2人は死んだって思ったらしいわよ。なのに、あっちのが流血してて、
あんたらはかすり傷一つなかったなんて〜♪」
町田は、ゴホッと咳払いした。
「た、確かに。あの運転手は気の毒だった。まあ、緑川の家が大枚払って示談に持ち込み、事なきを得たけどな」
「そしてアンタは、まるで役に立たず・・・。で、結局ラブホ行きはご破算と」
「そーなんだよッ!問題はそこなんだよなあ。気づいたら、病院のベッドの上だったんだ。となりに緑川もいたが、ベッドはベッドでも病院のベッドなんだからどーしよーもねえよ」
ぶちぶちと町田は、胡桃の部屋で拗ねまくっている。愚痴を聞いてもらう為に、町田は胡桃の部屋を訪ねてきたのだった。
だが、予想以上に胡桃に笑われて、余計に腹が立った。
「俺とアイツのHは呪われているんだ。もしかして、このまま一生デキねえなんてことも・・・。邪魔が入ったの、これで三度目なんだぜ」
「そのうちの一つは私でございましたが」
ホホホホと胡桃は笑う。
「おうよ。んでもって、3回目で死にかけた。4回目ってどーなるんだろ」
サーッと町田の顔色が青ざめた。
「アンタも懲りないわねぇ。もう諦めたら?」
胡桃はベッドの上に寝そべったまま、タバコに火を点けた。
「冗談じゃねえよっ。俺は、ヤるぜ。ヤるっつったら、ヤる。夏休みが終わるまでには、ぜってーに番ってやるぅ」
のわーと、町田は、胡桃にクッションを投げつけた。ポン、ポン、と寝そべった胡桃の背中の上に柔らかいクッションが落ちてくる。
「ガキみたーい。ホント、アンタは可愛いわぁ。そーんなにあの無愛想な子が好きなの?」
胡桃にまじまじと言われて、町田はウッと詰まった。
「それを確かめるために寝たいっていうのもあるんだよ」
「寝てみて、まぐろ〜で超つまらんかったら、どーすんの」
フーッと煙を吐き出しながら、胡桃が言う。
「そ、それは、ヤダっつーか。でもアイツ処女だからな、少しは我慢して・・・。改善の余地がなきゃ、そのうち、ちょっ、調教かな」
でへへへと町田は笑った。その幸せそうな顔を見て、胡桃は肩を竦めた。
「確かめるまでもないわね。あんた、惚れてるよ。晴海くんに」
「嘘っ、マジかよ!」
「アタシに聞くなっつーの。ま、とにかく。優しく抱いてあげなさい。無愛想な処女をさ」
クスクスと胡桃は笑う。町田は、肩を竦めた。


緑川家の晩餐に招待された町田は、翔子の手料理を食い荒らしていた。
「あん。まーちゃんってば、食べ方がワイルドで気持ちイー」
自分が作った料理を、町田が獣のように平らげていくのを見て、翔子はキャイキャイ喜んでいた。緑川などは、既にもう食後のコーヒー状態だった。
「晴海は、こんな体で、小食でつまんないのよね」
「ごいづ、ま゛じでじょくぼぞい゛でずよ゛ね゛ー」
ウグウグと料理を食べながら、町田は答えた。
「食ってから喋れ」
冷やかに緑川が言った。と、いきなりドアが開き、緑川父が飛び込んできた。
「翔子。菊島のジジーが危篤だ。見舞いに行かなきゃなんねーから、すぐ支度しろ。ついでだから、喪服持ってけ」
「ええ?な、なによ、それ。菊島のジジーって、沖縄に居るんじゃなかった?」
「ああ。顔出しておかねーと、あとで俺が清人さんに怒られる。すぐに支度しろ。よお、久人。今夜おまえが来るのは知っていたから、俺もめかしこんで帰ってきたけど、
残念だ。また一緒に食事しようぜ。そうだな、どっかのホテルのスィートで2人っきりでゆっくりじっくりとな」
パチッと緑川父は、食卓の町田に向かってウィンクした。町田は、コホコホと咽せた。毎度恒例、緑川父のセクハラ?発言だった。
「くだんねーこと言ってんな、バカオヤジ」
「やかましいぞ、クソガキ」
フンッと緑川父は鼻を鳴らして、息子を睨みつけた。
「いやよ、いやー。私は菊島のジジーのツラ見てるより、まーちゃんと一緒にいたい。りょくちゃん、1人で行ってきなさいよ。
どうしても女同伴していかなきゃなんないならば葉子でも連れていけばいいじゃないのぉー」
翔子は、バンバンッとテーブルを叩いてジタバタと暴れている。
「葉子はダチと北海道に旅行中だろ。呼び出せっていうのかよ」
「いやったら、いやー。あのジジー、90近いのに、いつもお尻触るんだからキライよ。あんなエロジジー100歳まで生きるわよ。危篤なんて、嘘だわ、絶対!」
「だまれ。言うこときかねえと、おまえが経営してるエステの店ぶっ潰すぞ。あんな店、ちっとも儲かってねえんだからな。それともなきゃ、おまえが買ったあの着物のローン、
払ってやんねえぞ。目の玉飛び出るぐれーのインチキ金額のドハデな着物のな」
すると、翔子はヒクッと顔を引き攣らせた。
「わかったわよ。行けばいいんでしょ。行くわよ。まーちゃん、またね。今度は、私と2人っきりでお食事よ」
「は、はあ」
町田は、あっけに取られつつ、うなづいた。バタバタと翔子は緑川父にせかされて、部屋を出て行った。
あわただしいことこの上ない。それなのに、緑川は涼しい顔で、相変わらずコーヒーを飲んでいる。
「なんか、凄まじいな、てめーン家」
「いつものことだ」
ケロリと緑川は言った。そして突如として訪れた、沈黙の晩餐。町田は、ハッとして、キョロキョロと辺りを落ち着きなく見渡した。
このだだっ広い屋敷には、今、自分と緑川しかいない。緑川父と母は、あっと言う間にベンツに飛び乗り行ってしまった。
緑川家住み込みの手伝いの者は、本日の業務終了を翔子に言い渡され、いつもより早い時間に、皆それぞれ帰宅の途についていた。
葉子は友達と旅行で留守。
ふ。2人っきり・・・。
きた、きた、きた〜!チャンスは突然に!町田は、ゴクッと唾を飲み込んだ。
「今、てめえがなに考えているか、手に取るよーにわかるぜ」
緑川がボソリと言った。町田は、気を落ち着かせる為に飲もうして一口含んだコーヒーを、思いっきり吹き出した。
「だっ、えっ、ななななっ」
動揺して、町田は激しくどもった。
「猿語か?」
緑川はシラッと言った。
「る、るせーや。わ、わかっているなら、今回は話が早く済みそうだ。いい傾向だ」
開き直って町田は、グッとナプキンで口を拭った。フフフッと片眉が悪戯っぽくピクピクと動いた。緑川もそれを受けて、口の端をククッとつりあげた。
「わかってるさ。親父達の留守に、金目のモンでもコッソリ持って行こうかと思っているんだろうが。さっきのキョロキョロと辺りをうかがう目。コソ泥のような目だったぜ」
「わかっとらんわーい!」
ドカアッと町田は、近くの椅子を蹴飛ばした。
「俺はなっ。なんか盗むならば、ル●ンのように華々しく盗む。コソコソなんて性に合わねーんだよ!って、なに言わす。マジボケたこと言ってんじゃねえよ」
「るせえな。ボケなきゃやってらんねーンだよ。エロ大仏」
「わかってんじゃねーか。しかも、なに?エロ大仏って」
「るっせ」
プイッと緑川はそっぽをむいた。
「ったくよぉ」
ブツブツ言いながら、ガタッと町田は椅子から立ち上がった。緑川の傍に歩いていく。
「デコ、もう平気かよ」
つい最近まで、緑川は額に派手やかに包帯を巻いていた。
正面衝突の結果、明らかなる重傷は緑川の額で、つまりは緑川を上回る石頭は町田の方であった。
「あー。おかげさまで。あのあと、俺はひでー頭痛に悩まされて、MRIまで撮るハメになったけどな」
「レントゲンか。そりゃ丸見えだよな。で、どうだった?脳味噌、人より小さいのわかってショック受けたか。なあ、おバカさんよぉ」
ニヤニヤと笑いながら町田は、緑川の座っている椅子の背もたれに手をかけた。
「おまえも一度撮ってみればいいさ。比較してみようか。ぜってーおまえのが脳味噌ねえに違いない」
振り返らずに緑川は言った。
「俺とおまえじゃ、大した比較にゃなんねえよ」
町田は緑川の後頭部を見つめながら、答えた。
「まあ、そうだな」
ガシッと町田は、後ろから手を伸ばして、緑川の顎を片手で捕えた。
「バカはバカ同士、仲良くやろうぜ」
町田は、緑川の耳朶を軽く舐めながら、耳元に囁いた。
「やだね」
緑川は、ピクッと肩を揺らしながらも、言い返す。「やだね」の最後の「ね」を言った瞬間、町田に顎を引っ張られた。
そして、斜めから町田の唇が、緑川の唇に覆いかぶさった。
「!」
チュッと、触れていた唇が離れる音がした。ドサリと音がして、町田が緑川の背後から体を反転させて、椅子に座ったままの緑川の膝の上に腰を下ろした。
真正面で向かい合う。
「重い」
緑川が呻いた。
「我慢しろ」
そう言って、今度は正面から緑川の顎を捉えると、町田は唇を寄せた。軽く触れているだけのキスから、やがて濃厚になっていく。
唇が離れ、町田が舌を誘う。緑川が反応しないと、町田は再び唇を重ね、舌を誘い込む。
おずおずと緑川の舌が絡まってくるのを確認すると、町田は容赦なく緑川の口腔に侵入した。
「んんっ」
息苦しさに緑川が呻いたが、町田は無視して、緑川の唇を吸い上げる。飲みきれない唾液が、緑川の唇から零れた。
重ねては離れ、離れては重なり。飽きることなく、町田はキスを続ける。
緑川は伸ばした腕で、テーブルクロスをギュッと掴んでいたが、その腕が持ち上がり、町田の背に回った。
町田の両手は、緑川の頬をそれぞれに押さえているので、空いていなかったが、緑川の腕が自分の背に回ったのに気づいて、町田も頬から手を離した。
そして、緑川を抱きしめる。ふっ、と町田の唇が外れ、緑川が安堵の息をもらしたのと同時に、町田の唇がギュッと緑川の首筋に吸いついた。
「んうっ」
吃驚して、緑川は声をあげた。きつく吸われたその瞬間、緑川の体に、ゾクッと震えが走った。町田が顔をあげる。至近距離で目が合う。
緑川は、思わず町田の真剣な視線に目を反らそうとしたが、許されずにまたキスが来た。
「っう」
クソッ!と緑川は心の中で舌打ちした。全然、抵抗出来ねー・・・と、心の中で呟く。
完全に町田リードだ。仕方ない。絶対的に、この場は町田の方が立場が上だ。場慣れしているのだ。
「立てる?」
町田は、コソッと緑川の耳元に囁く。それにさえ、緑川の体は反応して、震え上がった。
「立てねえならば、抱いて連れていってやっけど。おまえの部屋」
ニヤニヤ笑いながら、町田はシャツを脱いでいる。
「立てるっ!脱ぐならば、部屋で脱げ。こんなところで脱ぐな」
「暑くてサ」
ハハハと笑いながら、町田は上半身裸のまま、緑川の膝の上から立ち上がった。右手に脱いだシャツを持っている。
「今夜は、ミサイル飛んできたって、てめえとヤるぜ」
「やかましー」
よれよれと緑川は椅子から立ち上がった。前髪をかきあげて、その隙間から、町田を見る。
「もう、絶対に今度こそ我慢しねえ。なにがなんでも」
町田も緑川を見つめていた。
「うるせえよ。こっちだって、もう覚悟してんだからな。ミサイルでもなんでも飛んできたって構うもんか。おまえとヤる!」
「覚悟ってなんだよ、覚悟って」
ゲラゲラと町田は笑ったが、すぐにその笑いを引っ込めて、真面目に緑川を見つめた。
切れ長のその瞳に浮かぶ欲望の色を感じて、『今夜はマジ食われる・・・』と、さすがに緑川も引き攣った。
町田を前にして、自分が途方もなく力のない動物のように感じて、緑川は悔しかった。
「逃げンなよ」
脅すような言葉を吐きながら、町田は緑川の肩をそっと抱き寄せて歩き出した。


後編に続く(終章はありません。次で終わり)

ごめんなさい。マジに・・・。言い訳しません。
切れ長のその瞳に浮かぶ欲望の色=欲望に目が血走ってる・・・(汗)

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