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【愛してンのかよっ!】

緑川は、電話ボックスに駆け込んだ。今日は、携帯を忘れたのだ。
「もしもし?千田さん?俺だけど。今すぐ迎えに来てくれねえか?」
苛々しながら、緑川は、ガラスにもたれかかった。ちなみに、千田さんとは、緑川晴海専用の運転手さんの名前である。
「場所?いや、わかんねー。目印になるもん?ああ、ある。銭湯の煙突が見える。なに湯か?字までは見えねー。それじゃわからない?
じゃあ、コンビニがある。セブンイレブ○。住所?いや、見えねえな、この場所からじゃ・・・。ま、東京じゃねえことは確かだ。電車いっぱい乗ったし。
え?それじゃ迎えにいけないだと?なんでだよ!」
「ドアホー。銭湯の煙突とコンビニぐらいの目印で、迎えに来れるかっつーの!」
町田は、ガアンッと足で電話ボックスのガラスのドアを蹴り開けた。バッと、緑川から受話器を奪う。
「あ、千田さんっすか?いやあ、すみません。町田ッス。いつも、このバカがお世話になって。いえいえ。んとにねー。方向音痴もえーとこで。
俺に任せてください。大丈夫です。ですから今日は、お迎えは結構ですから。お騒がせしました。でわ」
ガションッ!町田は、受話器をフックに戻して、緑川を振り返って睨んだ。
「オオバカヤロー!いきなり消えたと思ったら、なにしてやがる」
「いきなり消えたのは、てめえだ。探したのにどこにもいなかったじゃねえか」
「いたよ。いたんだよ!あのみやげ屋の中に。隣に立っていたババーが小銭落としやがったから、一緒に床にはいつくばって探していたんだよっ。
みやげ屋見てくるって言ったじゃねえか」
「まさかてめえのデカイ体が、店の中の床はいつくばっているなんて考えなかったんだから、仕方ねえだろ」
緑川は、町田が体を半分突っ込んできているので、電話ボックスの中で窮屈そうに体をよじった。
「てめえ、どけ。狭いんだよっ」
「っせえな。言われなくても、どくぜ」
バアンッと町田はボックスから飛び出した。続いて、緑川も外に出る。
「待たせたな、じーさん」
電話ボックスの外には、よぼよぼのじーさんが手にテレホンカードを握り締めて、立っていた。町田は、そのじーさんにニコッと笑いかけた。
「いやいや。そんなに待っとらんよ。急ぐ用でもないしねえ」
フォッフォッと、じーさんは笑いながら、二人と入れ違いにボックスに入っていった。
「ったく!てめえは、俺一人残してとっとと帰るつもりだったのかよ」
「おめーがいなかったんだから、帰るしかねーだろーが」
ぶちぶちと文句を垂れながら、2人は海岸沿いの道を歩いた。
夏休みもそろそろ終わりそうなこの日。2人は、いわゆるデートとして、クラゲプカプカの海に来ていた。
どこか行きたいところはないか?と町田は緑川に訊いたが、緑川にいきたいところはなかった。だから、町田が勝手に決めた。
町田は、水辺を愛しているのだ。
「あー。こっから電車かあ。くうー。早く車の免許取りてーなー」
ウーッと、夕方の海風にその身を晒しながら、町田は伸びをした。
夕日が、その金色の髪と、日に焼けた均整の取れた体を照らし出している。緑川は思わず目を細めた。
「だから言ったじゃねえかよ。遠出すんなら、千田さんに車出してもらうって」
緑川はぼんやりと言った。その言葉に、町田は即座に反応した。
「おめーな。運転手付きのデートなんつー、恥ずかしいこと俺はしねえぞ」
「別に。四六時中一緒にいる訳じゃねーんだし、いーじゃん」
「・・・」
先を歩いていた町田がピタリと立ち止まった。うつむき加減に歩いていた緑川は、それに気づかずに、ドンッと町田の背中にぶつかった。
「いてっ」
緑川が呻いた。
「なにやってんだよ、アホ。いきなり立ち止まるな」
「うっせえ」
町田は振り返って、緑川の腕をグッと掴んだ。
「な、なんだよ」
驚いて緑川は、その手を振り払おうとしたが、ビクともしない。
「離せよ」
「おまえ。俺と2人っきりで。つーかさ。きょ、今日のデート楽しかったのかよ」
いきなりの町田の質問に、緑川はキョトンとした。ジッと町田を正面から見た。
「楽しんでいたのは、明らかにてめえの方だと思うが。俺を1人砂浜に置き去りにし、海岸を散歩していた犬と戯れ。
挙句にその飼い主の中々美人な人妻といきなり仲良くなって、近くの美味い店を紹介してもらって一緒に食事。
それが済めばまた海岸に出て、遊びに来ていた近くの小学生とこれまたいきなり仲良くなって、砂だらけでビーチバレー。
やっとおさまったと思ったら、今度はみやげ屋に飛び込んで、干物だのなんだのを買いまくった。その間、まったく放っておかれた俺は
ボーッとてめえを見ていた。これが楽しいといえるか?」
いつになく饒舌な緑川であった。
「う・・・。だ、だから、訊いてみたんじゃねえかよっ。た、楽しかったかなあって!」
タラッと、町田のこめかみに汗が流れた。
「だいたいなっ!俺が砂浜で遊ぼうと誘えば、一人で行ってこいと言う。人妻と楽しく食事している最中、
彼女からの質問にてめえはろくすっぽ返事もしねえでガツガツ食いまくってる。もう一度砂浜に出て遊ぼうと誘っても、
眠いから寝るの返事で、砂浜でグーカグーカ寝ていやがった癖に。挙句にみやげ屋見に行こうといえば、面倒くせえから
ここで座っているとガードレールに腰下ろして根っこはやしやがって」
言い合う2人の横の車道には、ブーブーガーガーと、車が走りすぎていく。
時々、明らかなるスピード違反の車が通り過ぎていき、町田の金髪と緑川の黒髪を激しく揺らしていく。
言い切ってはゼーゼーと肩を揺らしてから、町田は今度はハアッと溜息をついた。
「・・・なんか俺達、噛みあってねえとちゃうか・・・」
町田は、乱れた髪を片手で押さえながら、うつむいた。
「・・・実は、楽しかった」
緑川は、そんな町田を見ながら、ボソッと言った。町田はハッと顔をあげた。
「俺は、楽しかった。俺は、おまえが笑ってるの、見てると楽しい。おもしれーツラだから。コロコロ変わるんだ、おまえの表情。おもしれえよ?」
「・・・」
真面目な顔で言われて、町田は思いっきり拍子抜けした。思わず掴んでいた腕を離してしまった。
「いや、まあ。その、なんだ。おまえが楽しいって言うなら、俺はいいけどさ・・・」
照れっ★
実のところ。町田もそれなりに楽しかった。いつでも、なにしてても、緑川と目が合うから。緑川が自分を見つめていることを知っていた。
自分の目の届く範疇に緑川を確認出来ることが、なぜだかどうしてかやたらと嬉しい。しかし、これでもうちょっとつきあいが良かったら・・・とは思う。
だが、海辺で緑川と2人っきりビーチボールで戯れる爽やかな姿など、どうしたって想像出来ない町田ではあった。
これって結構、問題かも・・・と思いながら、だが、当面の問題はそんなことではない。
「あ、あのさ。つまんねー思いさせていたんならば、今度は楽しいことしよって言うつもりだったんだ。けど、おまえが楽しかったならば、言い方変える。
もっと楽しいこと、しよ。今度は、俺とおまえの2人だけで」
言って、町田はカアッと顔を赤くした。
あまりのみえみえな台詞に、自分自身、その場でぶっ倒れそうになった。今すぐ道路にドリルで穴開けて、その穴に隠れてしまいたい気分になった町田であった。
シーン・・・。
『し、しかし・・・。この沈黙、なんだよ。なんとか、言えよ。コノヤロー!』
自分達を包み込んでしまった沈黙に、町田は急に恐怖を覚えた。←大袈裟な。
「み、緑川ァ?」
町田は、おそるおそる、その名を呼んだ。悲しいことに、語尾がひっくり返った。
「俺とおまえの2人でやる楽しいことってなに?」
やっと言った緑川は、明らかに「?」という顔をしている。
「・・・」
町田はイヤな予感に襲われた。
「これから、またどっか行くのか?俺はヒトゴミは勘弁だぜ」
「2人っきりっつったろ!」
「じゃあ、どこだよ。遅くなるならば、夕飯キャンセルしねえとおふくろに怒られる」
「夕飯!?おまえ、夕飯、家で食うつもりだったのかよ」
「他にどこで食うんだよ。てめえ、金ナシビンボーの癖に。おまえの分も用意してくれって言ってあんだよ」
「そ、そりゃ。ありがてーが、夏休みのデートだぜ。次の日も休みなんだし、てめえはお泊りの予感っつーもんを感じたりしなかったのかよ」
「お泊りの予感?んだ、それ。俺は、てめえのアパート。あの熱帯地域に泊まる予定は、永遠にねえよ」
ハッと、緑川はせせら笑った。ヒクッと町田は顔を引き攣らせた。
「こ、この童貞っ!」
思わず町田は叫んでいた。
「なんだと」
緑川はムッとした。
「いいか。俺がわざわざこーんな遠い海におまえと来たのは一体なんの為だと思ってる。運転手付きで来たら、てめえは家に帰れちまうだろうがっ!
見てみろ。そろそろ日も暮れる。ここから電車でトロトロ帰ったら、東京に着くのは、どー考えたって、夜だ、夜。したら、自然に、帰るの面倒くせえな・・・
ってことになんだろーが!察しろよ、察せ!」
照れくさくてまともに言えない誘いの言葉も、それ相応の雰囲気を作り出せばなんとかなるのでは?と町田なりに必死だったのだ。
それなのに結局は、そんな苦労も、てめえでベラベラと種明かしするハメになったのだ。
緑川の、鈍く出来ためでたい脳味噌に、五寸釘を打ち込みたい気分の町田であった。
「千田さんに迎えに来てもらうから、全然面倒くさくねえよ。なんだ、てめえ。野宿したかったならば、ハッキリそう言えばいいだろうが。
ったく、暑苦しいことが好きなヤローだよな。ま、俺はつきあわねえけどな」
あんまりな緑川の鈍感さに、町田はブチ切れた。
「夕飯キャンセルしろ。翔子ちゃんには申し訳ねえが、今すぐキャンセルしろ」
低い、ひく〜い声で町田は呟いた。
「って。ここから帰るの、そんなに時間かかるのかよ」
「帰らねえっ」
町田は怒鳴った。その怒鳴り声に、緑川は思わず耳に手をやった。
「やかましーな、いきなりなんだよ、てめえは」
「帰らねえったら、帰らねえ。俺は帰らねえぞ。頭来た。てめえも帰らせねえぞ!」
「野宿は、いやだ。1人でやれ」
「野宿なんか、すっか。アホー」
町田は、緑川の腕を再び掴んだ。そして、キッッと車道を睨みつけた。
「なんだよ」
「黙ってやがれ。このニブ男」
ガアッと町田は吠えた。緑川は、町田の腕を引き剥がそうと必死だった。と、町田が片方の手を挙げた。二人の前にタクシーがのろのろと停まった。
「乗れよ。おらぁ」
バコッと、尻を蹴られたので、緑川はタクシーの後部座席に倒れこんだ。
「運ちゃん。ここらで男同士でも入れるラブホテルを案内してくれ」
乗り込むなりいきなりそう注文した町田に、運転手よりも緑川が吃驚した。
「てめ、なに言って。あてっ」
反論しようとして町田を振り返った緑川だったが、それを制するかのように、町田の掌が緑川の横顔を押しのけた。
緑川の頭がガコッと窓ガラスにぶつかった。
「いてっ」
緑川が悲鳴をあげた。
「男同士って・・・。んなもんわかりませんがねぇ。なんせそんな行き先頼まれたのは初めてで・・・。うーん。確か、この先十五分ぐらい走れば、
ホテルいっぱいあるからねぇ。そこで確認してもらえば・・・」
緑川の悲鳴を無視して、ボソボソと初老の運転手が言った。
「よし。そうします。ところで、緑川」
町田は、キッと緑川を見た。その迫力に緑川は、たじろいだ。
「な、なんだよ」
「おまえ、金は持ってるな。言っておくが、俺は持ってねえッ!」
「・・・」
えばって言う町田の頬を、緑川は無言で、グーで殴りつけた。

続く


え?続くって・・・(笑)
すみませーん〜。新年早々エロは、って。言い訳。
なんかドタバタ書きたかったんですわ。真冬に真夏の話って、よか〜(*^_^*)

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