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ドォーン!
「こ、ここ。ホ、ホテル!?」
「見りゃわかんだろ」
「・・・」
町田は、目の前にそびえたつ高層ビルを見上げて、あんぐりと口を開いていた。
「なにボケ面してやがる。さっさと行くぜ」
緑川は、そんな町田を一瞥して、言葉通りにさっさと高層ホテルの正面玄関を通りぬけて行く。
「おい。待てよ。いきなり、こんなすげえホテルに来たって。へ、部屋とか取れるのかよ」
慌てて町田は緑川を追いかけた。緑川は、フロントを覗きこんで、係の女性となにごとか喋っている。すると、女性はクルッと踵を返して関係者以外立ち入り禁止のドアの向こうに消えて行く。
「緑川。おい。てめえな。ホテルなら、俺いいとこ知ってるからよ。そっちにしようぜ」
コソコソと町田は緑川の耳元に囁いた。
「てめーは黙ってろ」
あっさりと緑川は言い返す。町田はムッとした。だいたい・・・。あのあと、おとなしく緑川はうなづいたものの、駅付近に着いた途端に勝閧ノタクシーを拾っては乗りこみ、「ホテルなら俺の行きつけのとこがある」とぬかしたのだ。その、いかにも慣れた言い方に町田は面白くないものを感じつつ、仕方なく従った。そして。タクシーが着いた場所といったら。都心のど真中にそびえたつ超高級高層ホテルだったのだから呆れた。なんかコイツ、誤解してねえか?と町田が口を開きかけたところに、ドアが開いていかにも偉そうな、身なり正しい男が現れ、緑川に向かってゆっくりと頭を下げた。
「緑川様。これは、これは。晴海様の方でございましたか。いつもありがとうございます。お部屋ならば、今ご用意致しますから。いつもの部屋でよろしいでしょうか?」
「適当に」
「畏まりました。では、ご案内を」
「いい。わかってるから。鍵くれ」
緑川は、手を伸ばした。
「よろしいのですか?では」
男は、緑川に恭しくカードキーを手渡した。
「お荷物は?」
「ないから」
「は。では、どうぞごゆっくりお過ごしください」
男は再びお辞儀をした。フロント係らしき女性の何人かも、男に倣って慌てて頭を下げた。ずらりとフロントに立つ者全てが、緑川に向かって頭を下げているのだ。
「どうも」
クルッと、緑川はフロントを後にした。
「待たせたな」
町田はボーゼンとしてフロントを見ていた。
「行くぜ、町田」
キョトンとしている町田の腕を引っ張った緑川だったが、町田はピクリとも動かない。
「ボケ面してんじゃねえって言ってんだろ。行くぞ!」
ギュウウウと緑川は町田の耳たぶを引っ張った。
「う、あ?ああ」
町田は我に返った。もう緑川は歩き出していた。その背を眺めながら、町田は深く溜め息をついた。
『これって、なんか違くねえかよ・・・』
俺が想像していたホテル入りとは、全然違う!と思った。ちょっと恥らうカノジョを(この場合緑川)リードしつつ、「大丈夫だから」なんつってなだめすかして肩抱いたりなんかしちゃったりしながら、歳相応のラブホに二人で並んで入っては「どの部屋にしよーか。おまえの好きな部屋でいいぜ」なんてイチャイチャ選んだり・・・。デヘヘと想像しては、町田はハッとなり「さむっ」とブルッと体を震わせた。考えてみりゃ相手は緑川だ。逆立ちしたってそんな可愛い展開になる筈はない。けどよ、けどよ〜!!俺は、ラブホの、あの、「いかにもHが目的です〜♪」っていう安っぽいケバさの雰囲気が好きなのに・・・。こ、こんなホテルじゃ・・・。そんなささやかな雰囲気ですら味わえないっつーの!(泣)
「てめえ。エレベータの乗り方知らねえのかっ」
不埒な想像をしたまま、エレベーターの前で立ち止まってしまった町田の背を、緑川がグイッと押して乗りこんだ。町田の背後で、パタンとドアが閉まる。
「おう。わりぃな。ちょっと考えごとしちまって」
「どーかしてんじゃねえのか?ま。てめえは元々おかしなヤツだけどな」
「おまえだけには言われたかねえよ」
フンッと、エレベータの中には二人っきりだというのに、互いに顔を背けた。グィインと上昇していく感覚を体に受けながら、町田はそっぽをむいたまま、緑川に聞いた。
「何階だよ。部屋」
「32階」
「随分上の方だな。でも、なんか眺めよさそうでいいな。俺は、高い所大好きだ」
楽しそうな町田の声を聞いて、緑川は鼻で笑った。
「バカと煙は高いところに昇りたがるっつーからな」
「・・・殺したろか」
「やだね」
「てめえなっ!」
と、町田が声を張り上げようとした瞬間、チンッと小さな音が、32階に到着したことを知らせた。緑川は、スイッと町田を押しのけて、先にエレベーターを降りていった。
「可愛くねえヤツ・・・」
チッと町田は舌打ちして、渋々エレベーターを降りた。


「なんだよ、この部屋〜!!!」
部屋に入るなり、町田は絶叫した。まず正面に、ドバーンと開けたでっかい窓。堂々たる美しい都会の夜景がそこに在った。
キョロキョロと辺りを見まわして、まず町田がしたことといえば、幾つ部屋があるか、だった。
「3つも部屋があって、風呂場が2つありやがるー」
ウオオオと町田は頭を掻き毟った。部屋の豪華さもさることながら。一体、この部屋を一晩借り切ることで、幾ら金かかるんだ・・・。誰が払うんだ。お、俺は、今日は所持金1万円とちょっと・・・(汗)
「お、おまけに。なんだかやったらと高級そうな家具があちこちに・・・」
ソワソワと落ち着かずに、町田は部屋をウロウロしていた。
「なんだよ。落ち着かねえな。座れば?」
緑川は、既にフカフカのソファに、ダラリと腰かけてはウロウロする町田を見つめていた。
「お、落ち着けるはずねえだろ」
言いながら、ドサッと町田は緑川の横に腰かけた。
「なんか飲めよ。冷蔵庫どっかにあったろ」
「そんな気分じゃねえや!い、今の俺の頭の中にあることといったら・・・」
「なんだよ」
町田は、バッと隣の緑川を振り返った。至近距離で目が合う。
「あ、あのさ。俺の知ってるホテルには、ベッドがいつも一つしかねえんだよな。一つしか。でっけえけどな。一つしか・・・」
緑川を覗きこみながら、町田は説明した。
「ふーん?」
緑川はうなづいた。
「なのに。この部屋には3つもベッドルームがあって合計6つのベッドがありやがる。だ、だからよお・・・」
「ああ」
「お、俺達。どのベッドでやればいいんだ?」
マジッと町田に聞かれて、緑川はキョトンとした。
「好きなとこでやれば?どのベッドだってやるこた変わんねえだろ?それともベッド次第でなんか変わったりすんのか?」
マジッと緑川に聞き返されて、町田はゲッソリした。
思ず頭を抱え込んでしまいながら、町田はウーンとうめいた。さっき緑川に抱いたあの唐突なまでの性衝動が、今やすっからかんに消し飛んでいた。喧嘩の興奮が、この異常なまでに自分とは縁のない空間を目の当たりにして、すっかり冷めてしまったようだった。
「帰ろっかな」
ボソッと町田は呟いた。
「え?」
緑川は、冷蔵庫からミネラルウォーターのボトルを2本取り出しながら、町田の声にギョッとしていた。
「やっぱり、やーめた。帰ろっと。うせた。その気、うせた。俺、帰ろっと。やーめた、やめた。おまえじゃやっぱり、俺駄目だ」
生きてる世界、違いすぎる。俺は、こーゆー広い部屋にいるだけで、蕁麻疹が出ちまうような、悲しいぐらいの貧乏人だ。町田はそう思った。とにかく、この部屋は落ち着かない
「駄目ってなんだよ・・・」
ボトルを両手に持って、緑川は慌てて町田の元へと小走りに戻ってきた。
「言葉どーりだよ。その気うせた。俺は帰るぜ」
すくっと町田はソファから立ちあがった。緑川は町田の横顔を見た。
「町田・・・」
「おまえはゆっくりしてけや。今日の花火大会は、まあ、それなりに楽しかったぜ。最後の喧嘩にゃ巻き込んじまって悪かったって思ってるけどな。詫びに、今度翔子ちゃんと3人で飯でも食いに行こうぜ。俺の奢りでさ。それじゃ」
スタタタと町田は部屋を横切り、正面のドアノブに手をかけた。その時だった。
「!?」
ドカッ!と後頭部に衝撃を感じて、町田はよろめいた。
「いってぇ・・・。なんだ???」
ボトッと、足元にペットボトルが転がっていく。
「ああ!?」
バッと町田は振り返った。緑川の左腕が、ゆっくりと下がっていった。
「て。てめえ。今、これ投げたか?」
足元のペットボトルを拾いあげて、町田は緑川を睨んだ。
「投げた」
「ざけんなよっ!すげえ痛かったぞ」
「痛いようにやったんだ。当たり前だろ。アホ」
「あ、アホだと〜!」
バシッと、町田はボトルを足元に叩きつけた。
「いきなりなにしやがるんだ、タコ!」
「それはこっちの台詞だっ。てめえがホテルに行こうって誘ったんだろ。なのに、なんだよ。どーして、いきなり、その気がうせたんだよッ」
「う、うせちまったモンは仕方ねえだろ。理由なんかねえよ」
「ふざけんな!こっちがどんな気持ちで、おまえについてきたかわかってんのかよ。突然誘ってきやがったくせに」
「どんな気持ち?んなの知るか!おまえが俺についてきた?俺がおまえについてきたんだろーが!誘った俺を無視して、勝手に主導権握って俺をこんなところに連れてきやがって」
「こんなところ?こんなところで悪かったな。てめえに、いらん金使わせねえように・・・って思ったからオヤジの行きつけのホテルに来たんじゃねえか。ここならば、あのクソオヤジのツケでタダで部屋利用出来るからって!」
「え?そーなのか??」
緑川がそこまで気を使ってくれていたとは、町田は夢にも思わなかった。
「い、いや。でもよ・・・。だってベッドが6つも・・・」
ゴニョゴニョと町田は呟いた。
「ああ!?6つあったからってどーした!てめえが決められないならば、俺が決める。隣の部屋の窓際。そこでいいっ」
ほとんど叫ぶように緑川が言った。
「そこでいいって、アンタ、そんな投げやりな・・・」
コイツ、ヤケになってねえか?と町田は、あせった。
「文句あんのかよ。だったら、てめえで選べよ。甲斐性ナシ!」
「かっ。甲斐性ナシだと・・・。ざけんな。だあっ!つ、つーか・・・」
怒り、だが町田は、グッと堪えた。喧嘩なんぞしとる場合ではない・・・。ここは、いっちょ俺がしっかりリード取らねえと、と思って深呼吸した。
「ふーっ。あのさ。金かかってもいーから、俺の知ってるトコ行こうぜ。俺、ここじゃ、なんか落ち着かねえんだよ。な、緑川」
「イヤだ」
途端に、緑川は今までの厳しい表情を崩して、フニャッと情けない顔になった。
「あん?」
町田は、一瞬緑川が見せた今まで見たこともないような表情を見てしまって、自分の目を疑った。
「い、今更、イヤだ。俺はもう・・・。動けない。覚悟決めて・・・。てめえとここへ来たんだ。また移動なんかしたら・・・決心鈍る。それに。おまえだって。やる気うせかけてるんだろ?移動なんかしてたら、もっとうせちまうかもしれねえじゃんか・・・。イヤだ。もう、ここでする!」
まるで小さい子が駄々をこねるような言い方の緑川だった。その言い方もさることながら。そう言う緑川の顔が、いつもと違ってなんだかやたらと可愛らしく見えてしまって町田は思いっきり動揺した。
「ここでするって・・・。なんて露骨な・・・」
自分だって思いきり露骨に緑川を誘ったというのに、カアアッと町田は顔を赤くした。そんな町田を見て、緑川もつられて赤くなった。
「言いたくねえのにっ。てめえが言わせるんだろ。帰るとかぬかしやがって」
ボンッと、左手に持っていたボトルを緑川が投げた。町田は、ヒョイッとそれを避けながら、前髪をかきあげた。
「わーった。んなにガキみてえに癇癪起こすなよ。ったくよー。てめえみてっと、なにがなんだかわかんねえわ。すましたツラしてっから、こんなん平気なのか?と思ったりもしてたけどよ」
町田は、緑川のいるソファに向かって歩き出した。
「平気な筈ねえだろ。けど、てめえだって平然と俺を誘ったじゃねえかっ!」
緑川は、ソファの上であぐらをかいて、向かってくる町田に眼を飛ばしてきた。
「俺は興奮してたからいいんだよ。けど、てめえは違うだろ。なのに、誘いにのってきたから案外余裕こいてんのか?と思ってたらさ。覚悟だって。覚悟決めてここへ来ただとぬかしやがって。なかなかかわいーこと言うじゃん。そうはまったく見えなかったけどな」
ピタッと緑川の前で立ち止まり、町田は緑川を見下ろした。
「やかましい」
緑川は町田を見上げて、眉を潜めた。
「あんな。おまえ、わかりにくすぎ。俺は単純だからもっとわかりやすく行動してくれよ。じゃねえと、ややこしくなっちまうだろ」
サラリと、町田は緑川の頭を撫でた。
「それはてめえの頭が悪いからだ」
バシッと緑川がその手を振り払う。
「るっせ。同じ追試組じゃねえかよ」
振り払われた手を軽く振りながら、町田はムッとして言い返す。
「俺とおまえとじゃ、追試のレベルが違うんだ」
「追試にレベルもクソもあっか。そーゆーのが頭ワリーっつーんだよ。緑川」
グイッと町田は、緑川の腕を引っ張って、ソファから立ちあがらせた。
「いてっ」
「隣の部屋のベッドにいこーか」
町田は、親指を立てて隣の部屋を指差した。
「うせたんだろ。その気」
掴まれた手を引き剥がそうとしてジタバタしながら緑川は、低い声で言った。
「だから。もう一度俺をその気にさせろよ。おまえのテクでさ」
フッと町田に耳元に囁かれて、ビクッと緑川は硬直してしまった。


町田は、緑川の指示通りに隣の部屋のベッドに、緑川の手を掴んだままやってきた。
「さてと」
と言いながら、町田はバッとTシャツを脱いだ。緑川はギョッとした。
「うーん。でけえベッド。ま、これならば俺らでも大丈夫か」
ギシ、ギシッとベッドが小さく軋んだ。町田は上半身裸のまま、左手でベッドのクッションを確かめていた。緑川は、ボーッとその様子を眺めていた。
「よし。んじゃ、やるか。緑川。って・・・」
クルッと町田は緑川を振り返って、顔を顰めた。
「なんだよ、おまえ。さっさと脱げって。俺カーテン閉めてくるわ。それと電気・・・。リモコンねえのかな」
町田は妙に色々と細かいところに気づいては、上半身裸のまま部屋をウロウロとしていた。
緑川はTシャツに手をかけ、ノロノロと脱いだ。ジーンズに手をかけたところで、ウーッと戸惑ってしまった。いきなり心臓がドカドカと激しく鳴りはじめて、緑川はバッと自分の胸に手をやった。 やべえ、俺死ぬかも。なんだ、この心臓の音は・・・と、緑川は思いながら、チラッと町田を見た。町田はリモコンを手にしながら、ベッドサイドまで戻ってきていた。
「なにやってんだよ。さっさと脱げって」
緑川はムッとした。人の心臓の状況も知らずにヌケヌケと・・・。
「とっとと明かり消せよ、グズっ」
「あ?わり。ん?てめ、今なんっつった?グズだと???」
パッと部屋の照明が落ちた。ベッドサイドの僅かなライトだけが、部屋を照らす全ての光だった。
「あー。これでやっと落ち着いた。な、緑川」
ニカッと町田が笑いながら、緑川を見た。
「おい。緑川!?」
緑川は、床の一点を凝視したまま、ピクリともせずに立っている。町田はギョッとして、緑川の肩を叩いた。
「オイ、どーした。おまえ」
ユサユサと緑川の肩を揺すったが、緑川の視線は床から離れずに、相変わらず体は固まったままだ。
「緑川」
ヒョイッと町田は緑川の顔を覗きこんだ。ふっ、と緑川の視線がやっと床から離れて、町田の顔目掛けて動いた。
「!」
町田と思いっきり至近距離で目を合わせて、緑川は目を見開いた。ボッと自分の頬に熱が昇っていくのがわかった。バシッ★緑川は、掌で思いっきり町田の顔を叩いていた。
「うあっち」
町田が悲鳴を上げながら、両手で顔を覆った。
「っ〜。いきなり、なにしやがる、このヤロウ!」
バッと町田は、手を伸ばして緑川の肩を掴んだ。その瞬間、ビクッとかなり激しく緑川の肩が揺れたのが、触れた掌に伝わってきて、町田は逆に吃驚した。
「・・・」
緑川と目が合う。僅かな沈黙の後、町田は緑川の肩を引き寄せた。

「!」
思った通り緑川は抵抗してきた。ちょい手荒だとは思ったが、女相手とは違うので、町田は緑川の抵抗を封じる為にグイッと緑川の前髪を掴んだ。ウッと緑川は顔を歪めた。掴んだ髪を引き寄せ、一緒についてきた小さな緑川の顔を両手で挟みこんで、町田は緑川の唇にキスをした。キスしたまま、腰を抱いて、ドサッとベッドに押し倒した。
「いててっ」
町田の体の下に押さえ込まれた緑川が、今度は町田の金色の前髪を掴んで引っ張っていた。
「ま、まだ。脱いでねえ。押し倒すなっ」
緑川は、_欠状態になった唇を喘がせながら、すぐ真上にある町田に向かって叫んだ。
「いいんだよ。てめえは自分じゃ脱げないだろ。俺が脱がせてやっから」
町田の台詞に、緑川は一瞬気が遠くなりかけた。
「冗談じゃねえよ!誰がてめえなんかにっ」
「冗談じゃねえよ。俺も」
町田は、緑川を見下ろして、ニヤリと笑った。
「おまえ。このツラで、童貞かよ」
ヒョイッと緑川の顎を人差し指ですくいあげながら、町田は緑川の耳元に囁いた。
「悪いかよ。このツラでって、なんだよ」
「モテるだろ。おまえ、生意気にも綺麗なツラしてんだからよ。なのに意外だぜ。さっきから様子がおかしいとは思っていたけど、おまえ、セックス初めてかよ。処女だったんか」
「・・・俺は女じゃねえ」
「だよな。うん。わかってる」
そう言って、町田は空いた手で緑川のジーンズの上から股間を撫でた。
「女は、こんなモン持ってねえしな」
「そんなとこ、触るなっ」
ドカッと緑川は膝で町田の腰を蹴飛ばした。
「いてえな・・・。触ンなきゃなんも出来ねえだろうが」
「しなきゃいいだろうが」
バタバタと緑川は再び町田の体の下で暴れ出した。
「するためにホテル来たんだろーが。バカタレ」
チュッとわざと大きな音を立てて、町田は緑川の首筋にキスをした。
「やめろっ。気色わりー!」
ブンッと緑川が首を振った。町田は唇を離し、緑川を覗きこんだ。頬を紅潮させて、息を荒げながら自分を見上げてくる緑川の表情は、必死だった。いつもの澄ました顔の緑川はどこにもいない。動揺し、困惑し、不安な気持ちをそのまま、隠すことなくその顔に浮かべている。そして。緑川にそんな顔をさせているのが自分、自分の行動のせいなのだ・・・と思うと、町田はゾクゾクと楽しくなった。 町田は指を伸ばし、緑川の乳首に触れた。
「げっ。てめえ!ざけんな」
ビクーンッと緑川の体が跳ねた。
「は。もっと困りな。いつもと違う顔見せろよ。楽しいぜ、緑川。それによく見ると結構可愛いぜ、おまえ」
この、ドカドカと俺の腰を蹴飛ばす癖の悪い脚さえなけりゃもっと可愛いけどな・・・と、町田は緑川の脚を片手で押さえつけながら、舌で乳首を転がした。
「町田。てめえ、やめろ。んなところ、触るな!イヤだ」
普段ほとんど聞いたこともないような緑川の切迫した声を耳元で聞いて、町田はヘラヘラと笑った。
けけっ。あの緑川が、すげえ困ってる。うわ。すげえ楽しい・・・。それに。コイツの体。なんか、イイ感じだぜ、と町田は素直に思った。体合うのかも・・・ともチラッと思った。だが、そんな余裕なことを町田が考えていられたのはこの時だけで、愛撫の手を進めていけばいくほど、緑川が返してくる反応に、ポッキリ自分がもっていかれた。愛だの、恋だの。まだわかんねえ。けど。ただ、ただ、脳味噌沸騰させて、キス・愛撫・キス・愛撫。もうなにがなんだかわからないモードに突入して、町田は爆発寸前の自分のモノを、濡れて溶かした緑川のソコに突き入れようとしたその瞬間。
部屋に大音響の電話の音が響いた。
「うわっ」
驚いて、町田は抱えていた緑川の脚をボトッと落とした。
「うっ」
ヒクンッと緑川の体がベッドの上で跳ねた。
「電話っ」
ガバッと、町田はベッドから起きあがった。
「緑川。電話だ」
ベッドサイドにあった子機を緑川に手渡してやりながら、町田はドサッとベッドに崩れ落ちた。
【くー。ちきしょー。むちゃくちゃイイところで・・・。】
拗ねモードに入りつつ、すぐ隣で喘ぎを殺しながら朦朧と電話応対している緑川を、チラリと町田は見た。
「え?今からここに来るだと???・・・・なんだって!?ふざけんな。来ンな。連れてくんなっ。あ、待て。切るな。って、切りやがった・・・」
ガアンッと、緑川は受話器を床に放り投げた。
「ど、どうしたんだよ」
町田は上半身を起こしながら、聞いた。
「やべえ。オヤジがここに来る。なんだか知らねえが、見合い相手を連れてくるって。花火鑑賞会に行った先のどっかの家の娘をオヤジが勝手に見初めて、今夜俺に紹介するって電話の向こうで喚いてやがった」
気だるげに緑川は前髪をかきあげた。
「はあ!?」
町田は素っ頓狂な声を出した。見合い!?緑川が見合い?
「くそっ。冗談じゃ・・・ねえ」
緑川は、ギリッと親指の爪を噛んだ。
「こうなったら・・・。町田。てめえ、ここにいろ。俺は、オヤジにてめえを紹介する!」
へっ!?町田は、緑川の台詞に、唐突に酸欠状態になって咽せてしまった。
「ああっ!?ゴ、ゴホッ。うう。じょっ、冗談じゃねえよ」
コイツマジかよ・・・と、町田は珍獣でも見るような目で緑川を見た。
「なに言ってるんだ。俺はおまえの雌だぜ。第一おまえは俺に言った。好きか嫌いかのどっちしかおまえにはないってな。好きならキス・セックスだって。おまえ。こんなこと俺とするんだから、俺のこと好きなんだろ」
澱みない緑川の言葉に、町田はいちいち復唱していたが。だが!
「・・・いや。それはちょっと待て」
「なにがちょっと待てだ。責任取れ」
グイーッと緑川が町田に詰め寄った。
「責任!?ざけんな。妊娠した女みてえなこと言うなよ!それに、キスはしたが、まだセックスっちゅーセックスしてねえだろうが。やろうとしてたところに電話が。ほれ、この電話が鳴って」
町田は緑川が投げ捨てた床の子機を指差した。
「てめえがチンタラやってるからだろ」
緑川は、町田の指差した子機に目をおとしていたが、バッと顔をあげて、町田を睨みつけた。
「なにい!たった今まで、ヤダヤダってむちゃくちゃ抵抗してたのはどこのどいつだ。そのせいで時間をくったんだろうが。それがなんだ!いきなり強気になりやがって」
町田は、ギューーッと緑川の耳を引っ張った。
「ヤダヤダ言ったって、てめえ聞きいれてくれなかっただろうが。とにかく。おまえはここにいろ」
町田の前髪を引っ張り返しながら、緑川は怒鳴った。
「冗談じゃねえって言ってるだろ。てめえのオヤジに俺をどう紹介するっつーんだ!」
ギャオーッと町田は叫んだ。
「雄と雌の関係」
興奮する町田と裏腹に緑川は冷静だった。
「殺されるっつーの。第一、納得するもんか。俺たち男同士で、てめえは緑川家の長男じゃねえか。家を継ぐという立場はどーする!って、なんでこんな臨場感溢れる会話をしてるんだ。俺達は、恋人同士にもまだなってねえのに!悪いが俺は逃げるぞ」
そそくさと町田はベッドを降りた。
「逃げるだと!?卑怯モン」
「そーゆー台詞は、ちゃんとヤらせてから言え。ちきしょう。せっかく乗り気になったっつーに。こっちだって、むかついてんだぞ。今度詫びいれやがれっ」
町田は、トイレに駆け込んだ。
「じゃあな。あとはガンバレよ」
しばらく後、トイレから出てきた町田はアッサリ言った。
「なんだと・・・。ガンバレだと。てめえ、他人事みてえに言いやがって」
緑川は、全裸のまま、町田にヨロヨロと駆け寄った。
「今はまだ。俺とおまえは他人の関係だ」
「ふざけんな!てめえ、俺がオヤジの連れてくる相手と結婚してもいいのかよ」
グサッと町田の胸を、緑川の言葉が貫いた。ケッコンってさ。オイオイ。
「だから・・・。ちょっと待てっつーの。俺だって、混乱してんだよ。たたみかけるように、色々言うな。とにかく、この場は自分でなんとかきりぬけてくれよ・・・」
町田は、緑川を押しのけて、床に落ちたままだった自分の服を身につけた。
「悪いな、緑川」
「んとにわりーよ・・・」
緑川は町田から目を反らし、うつむいた。
「み、緑川」
「行けよ。役に立たねえてめえなんか、邪魔だ。とっとと行けよ。出てけっ」
無理やり脱がされたジーンズを手にしながら、緑川は町田に背をむけた。
「スマン!」
バンッと、町田はドアを乱暴に開けては、部屋を駆け出して行った。緑川は、ハッとして振り返った。
「あ。町田、待て・・・。町田ッ」
追いかけようとして数歩足を踏み出して、緑川は思い留まった。
「・・・ちきしょう・・・」
うめいて、その場にヘナッと座りこむ。
体のあちこちに・・・。まだ町田の唇の余韻が残っていた。
「ちきしょう!クソオヤジっ。死ねっ!」
叫び、緑川はそのまま体を丸めて、ゴロリと絨毯の上に転がってしまったのだった。


町田はロビーを突っ走っていた。なにをこんなに急いでいるのか、自分でもわからない。とにかく、気が急いて、つられて体も急いでいた。
愛だの。恋だの。わかんねえ。でも。緑川とSEXしてえと思ったことは事実で。あのまま電話という邪魔が入らなければ確実に雄と雌の関係になっていただろう・・・と町田は思った。でも。男のSEXは、愛とか恋とかなくても出来る訳で。けど、俺は。好きか嫌いかのどっちかしかなくて・・・。やべやべ。わかんねえ。どうしよう。俺、わかんねえ。言ってることとやってること合ってねえ!頭を掻き毟りたい衝動にかられながら、町田は正面玄関のガラス扉に到着した。クロスターンするその扉にはタイミングを掴まなければ入れない。躊躇しながら、扉が目の前に開くのを待っていた。すると、逆側からスッと男が入ってきた。
「・・・」
町田はぼんやりしながらも無意識にちゃんとタイミングを掴んで、ドアの流れに乗った。ガラス扉が交差して、入ってきた男と出て行く町田が擦れ違った。チラリと顔をあげ、町田は何気なく、擦れ違う男の顔を見た。
「!」
あまりの驚きに、町田は口から心臓が飛び出しそうになった。
「げえっ・・・」
ミドリカワ・・・!に、ソックリ。激似てる。つーか兄ちゃん???いずれにしても、どう見ても緑川家の関係者に違いない。さっそく乗りこんできやがったのだ。一方の男も、町田の視線に気づいて振り返った。男は、町田を見ては、ギョッとしたように目を見開いていた。
「あわわ」
町田は、急いでもガラスドアが定位置につくまでは開かないというのに、ガンガンとガラスにぶつかりながらも、歩を早めていた。やっとガラスドアが定位置にきて開いたのと同時に外に飛び出し、目の前に停まっていたタクシーに慌てて飛び乗った。擦れ違った男に、なんだか名前を呼ばれた気がしたのは気のせいか・・・。町田は、タクシーの窓から、チラリと高層ホテルを振り返った。あのズラリと並ぶ窓のどこかに。緑川がいる。自分に助けを求めていたというのに、そんな緑川を放り出して逃げてきてしまった。
「ううっ」
ズキズキと胸が痛むのを感じて、町田は息を吐いた。脳裏に、緑川の落胆した顔が浮かんでは消え、浮かんでは消えで、町田は半分放心状態になってしまっていた。結局、駅までのワンメーターの料金だったのに、万札をとり出して「釣りはいらねえ」などと言うとんでもない台詞を呟いてタクシーを降りた。それからは、まるで酔っ払いの習性のように、一体どういう経路で帰ったきたのか覚えてないヘロヘロ状態で、自室の布団に潜り込んだのだった。

続く
町田、攻めモードの小泉りお?(笑)

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