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「町田くんっ!お揃い♪」
緑川母は、町田の着たパジャマを見て、嬉しそうに笑った。
「晴海、晴海写真撮ってよ」
「カメラねえもん」
「どっかにあるわよ〜」
リビングを、緑川母がカメラを探して、ウロウロしていた。
「うかれてんな。いい歳こいたババアが」
「・・・どう思う、あの態度」
パッと、緑川母が息子を振り返っては、ベッと舌を出した。
「たっ、たたんじまいましょーか」
バキバキと町田は、指を鳴らした。
「なに顔赤くしてんだよ」
緑川は町田を見ては、冷やかに言った。
と、その時、緑川母の横で、電話が鳴った。
「はい、緑川です。ああ、りょくちゃん!待ってるから、早く帰ってきてぇ〜。今日はね、家に晴海のカノジョが遊びに来てるのよ。うふふっ」
町田は「りょくちゃん?」と緑川に聞いた。「緑」緑川は短く答えた。町田は、ウーンと顎をさすっては、ポンと手を叩いた。「おめえの父ちゃんからか」と言うと、緑川は「だろ」とうなづいた。
「え?いつになるかわからない?なによ、それっ!ふんだ。もう帰ってくんな。バカ!」
ガアンッと、緑川母は受話器を叩きつけた。
「うちの旦那、今日は帰ってこないかも。またどっかで女遊びでもしてるんじゃないかしら」
「って、旦那さん、浮気してるんすか?こんなに綺麗な奥さんいるのに?俺だったら浮気なんかしねえけどなぁ」
マジッと言ってから、町田はハッとした。緑川母は、ポッと頬を染めていた。
「あーん。町田くん。今クラッときちゃった、おねえさん。離婚して、町田くんのお嫁さんになってしまおうかしら」
「あ、ははは」
タラッと町田のこめかみに汗が伝う。
「あのな、おふくろ。旦那の留守中に、若い男をベッドに連れ込む構図ってどうよ。幾らオヤジでも喜ばないぜ」
「私が喜ぶからいいじゃないの」
ルンッ♪と緑川母は、町田のパジャマの裾を引っ張った。緑川はそんな母を見ては肩を竦めた。
「俺はもう寝るぜ。頭痛えや」
「んじゃ、町田くんは、私と一緒に寝ましょうよ」
「はあ?」
素っ頓狂な声を町田はあげた。ピクッと緑川が眉を寄せる。
「町田、俺の部屋に来い」
「ダメよ。町田くんは、私と一緒よ」
緑川に右腕を掴まれ、緑川母に左腕を掴まれ、町田はオロオロした。が。
「おまえの部屋は、いやだっ」
町田はジロッと緑川を睨んだ。
「おっ、俺はここのソファで寝かせてもらう」
「・・・なんで?」
「理由を言わなきゃわかんねえのかよ」
「あら」
何故か、緑川母がポッと顔を赤くした。
「そ、そうねぇ。色々と面倒があったら困るしねぇ。ホホ。だから、ここは一発、私の部屋で寝るのが一番よね、町田くん」
「一発?」
カッと町田が顔を赤くした。
「そっちのが危険だろーが」
緑川は言って、グイッと町田の腕を引っ張った。
「離せっ」
バシッと町田は、緑川の腕を払った。
「いやだっつってんだろうが!」
「あー。そうかよ。なら勝手にしやがれ」
プイッと緑川は町田から顔を反らし、とっとと行ってしまった。
「まあ。晴海ったら、お短気。んじゃ、町田くん。ここに毛布持ってくるから手伝ってくれる?まだ寝るには早いから、おねえさん、町田くんと少しお喋りしてていいかな?」
「いいっすよ、いいっすよ。勿論っす」
部屋に連れ込まれなくて良かった・・・と町田は胸を撫で下ろした。


部屋に響いた時計の音にハッとして、町田は飛び起きた。いつの間にか体には毛布がかけられてあった。床に転がる缶ビールの空き缶。やべえ、やべえ。猛烈に飲んじまった。トイレ、トイレ。町田は、トイレで用を済ませると、玄関を通りかかった。その時、ガチャッと鍵が開く音がしてハッとした。
ちょっと待て。オヤジか?いきなり対面かよ・・・。町田は慌てて、寝乱れた髪を直した。
そしてドアが、開く。そこには葉子が立っていた。
「町田先輩・・・。まだいたんですか」
葉子は目を丸くして驚いていた。
「緑川・・・。う、悪い。まだいたんだよ、俺。今日、泊めてもらったんだ」
時計を見たら、もう夜中の2時だった。
「邪魔してるぜ・・・。けど、緑川。今何時だと思ってるんだよ。女が一人でこんな時間までウロウロしていたら危ないぜ」
「大丈夫です。送ってもらったから」
葉子は靴を脱ぎながら、家にあがってきた。
「そ、そうか」
町田は、葉子の視線に気づいて、ハッとした。
「あ、これな。緑川のカアチャンに、借りたんだ。なんでもオヤジさんとペアらしいけど、着てくれねえっていうから俺が着る派目に・・・」
しかし、葉子はそれについてはなにも言わずに、
「先輩。お兄ちゃんの部屋で寝てるんでしょ。トイレ2階にもありますよ」
「いや。俺はリビングのソファで。そこで」
「一緒じゃないの?そう。だったら、私もそこに行っていい?」
「え?」
「先輩と。話がしたいの」
ドキーンッ!町田の心臓が高鳴った。願ってもない申し出だった。
「あ、ああ。こっち来いよ。せ、狭くて汚ねえところだけど」
と言って、ここが自分の家ではないことを思い出した町田であった。葉子はクスクスと笑っていた。いつもの葉子の笑顔を見て、町田はホッとした。

「先輩。お兄ちゃんのことが好きなの?」
リビングに入るなり、唐突に葉子が聞いてきた。電気のスイッチはどこだ?と町田は壁に手を当てては、スイッチを探していた。見つからない。
「え?全然」
探しながら、アッサリと町田は言い返した。
「まーったく、全然スキじゃねえ。俺は、さ。俺は緑川じゃなくって」
町田の言葉を遮り、葉子は更に質問してきた。
「先輩。スイッチ、もういい。電気点けなくていいわ。じゃあ、お兄ちゃんが先輩を好きなのね?」
「って・・・。さ、さあ。それは俺にもわかんねえよ」
「そうなんだわ。じゃあ、お兄ちゃんが、先輩を好きなのよ」
「いや、だから。わっ、葉子ちゃん」
葉子がいきなり町田に抱きついてきた。
「だったら、町田先輩が私のことを好きになれば、お兄ちゃんは先輩を諦めるわね」
「へ?」
「先輩。私のこと好きになって!」
「いや、あのね。俺は最初から君のことが」
「好きになって。そして、抱いて!」
「えっ??ええっ???」
ギュウウと葉子が抱きついてきたかと思えば、今度はいきなりキスしてきた。そのまま、二人はドサッとソファに倒れこんだ。憧れの葉子ちゃんと、キス!こんな、いきなり突然。しかも抱いて?ええっ!ちょっと待て〜〜〜!!

・・・なんて。待っていられるかっ。据え膳食わぬは男の恥!!!

町田は葉子を抱き締めて、その唇を更に深く奪った。そして、体の上に馬乗りになってきた葉子の体を、そっと抱き上げ、位置を変えた。あまりに小さな葉子の体の上に乗りかかるのが躊躇われる町田であった。体の上に乗ったら、壊れちまいそう。小さい・・・。けど、可愛い。あーんな、でっかい緑川とイチャイチャ(いつしてた?)してるより、こっちのが断然いいぜっ!ヘラッと町田は顔を崩し、葉子の額にキスした。
「マジでいいんかよ」
「うん。先輩、キス上手い・・・」
ボーッとしながら、葉子はうなづいた。
「そ、そう?それより。じゃ、じゃあ。あの、その。いかせていただきます」
町田は、パジャマの上を脱いだ。筋肉質の逞しい裸体だった。

マジかよ。これって夢?いきなりこんな幸せな展開でいいのか?いいのか?

「なにやってんだよ」
その声と共に、バチッと部屋に電気が点いた。
「きゃあっ」
葉子が大声をあげた。
「お兄ちゃん・・・。私、私」
「うるせえ。葉子。おまえ、上」
緑川は人差し指で天井を指した。
「おふくろには黙っていてやるから、とっとと2階へ行けよ」
葉子は町田を押しのけて、立ちあがった。そして、緑川の前まで行くと首を振った。
「いやよ。2階には行かない。お兄ちゃん、聞いて。私、お兄ちゃんのことが好きなの。本気よ。お兄ちゃんだって知ってたでしょ。私、お兄ちゃんのことが好き。誰よりも好きっ!」
「!」←町田
緑川は、葉子を無表情に見つめて、
「俺が好きなのは、町田だ。おまえじゃない」
と、キッパリと言った。
「・・・本当なの?本当に町田先輩が好きなの・・・?私のことを避けようと思ってるだけでしょ。嘘つかなくてもいいのよ。ねえ、お兄ちゃん!」
「行けよ」
緑川は、また手で天井を指差した。葉子は、掌で目を擦ると、キッと町田を振り返った。
「町田先輩なんかっ!町田先輩なんか、ダイッキライ!」
葉子は、町田を睨んでから叫んで、緑川にぶつかりながら、リビングを飛び出していった。

町田は、ソファの上で半裸でボーゼンとしていた。呆然とするしか、なかった。
緑川は、ガシガシと頭を掻きながら、クルリと町田を振り返った。当然、呆然とする町田が目に入った。
「って言う訳だから」
「・・・」
言いながら、緑川は町田の横に腰かけた。
「町田?」
「・・・なにが、と言う訳だから・・・だよ」
「町田、おまえ・・・」
緑川は、町田の顔を覗きこんで、ハッとした。
「全然わかんねえよっ!どういうこったよ。葉子ちゃん・・・。俺のこと、キライだってよ。しかも、大ッキライだって。なんでだよ・・・。俺は、好きなのに。すっげえ好きなのに・・・」
ボタボタと、町田の目から涙が溢れては零れた。
「なんだか、全然わかんねえよっ!緑川っつ!」
町田は、グイッと緑川のパジャマの襟元を掴んで、叫んだ。
「葉子ちゃんもさっき聞いただろっ。おまえ、俺のことが好きなのかよ。マジに好きなのかよ。本気で好きなのかよ。恋なのかよ、それっ!」
「・・・」
「答えろよっ」
「・・・」
「俺の恋愛はなっ!好きか・嫌いかの、そのどっちかしかねえっ。好きなのに、嫌い。嫌いなのに、好き。そういう中途半端なのはぜってえに認めねえっ。そういう恋愛はな。ろくな結果しか生みださねえ。いいか、緑川。俺に好きって告る時はな!」
そう言って、町田は緑川に強引にキスした。
「!」
緑川はギョッとして目を見開いた。あんまり激しく口付けられて、挙句には舌まで入れられて、吸われた。今まで自分が町田に仕掛けたキスとは違い過ぎるキスに緑川はギョッとして、思わず抵抗した。だが、その抵抗は町田に封じられ、挙句に町田は緑川のパジャマの上着に手をかけた。町田の指が、緑川の乳首に触れた。
「!?」
これには緑川も吃驚して、町田の頭を叩いた。その衝撃に、町田の唇が外れた。
「やめろ、なにしやがるっ!てめえ、酔っ払ってるのかよっ」
「うるせえ」
構わずに町田は緑川の首筋にキスした。左手でやはり乳首を弄っていた。
「や、やめろって」
緑川はバッと拳を握って、町田を殴ろうとした。それを避けようとした町田の腕が滑り、バシッと緑川の頬を叩いてしまう。
「いっつ」
その衝撃に、緑川はソファからドサドサと落っこちた。町田の体がそれを追いかけてくる。
「いい加減にしやがれっ!止めろっ!」
緑川はバタバタともがいて、町田から逃れようとした。
その時だった。
リビングのドアが、コンッと叩かれた。
「晴海。いるのか?」
低い男の声がドアの向こうで聞こえた。
「オヤジ!?あ、ああ。いる」
町田の下敷きになったまま、緑川は慌ててドアの向こうの声に、応えた。
「ヤるんなら、てめえの部屋でヤりやがれ。こんなところでドタバタヤッてんじゃねえよ」
そう言って、男の声が遠ざかって行く。足音が、2階の階段の方に消えて行く。
緑川は、ホッとしたように息をつき、ハッと町田を見上げた。
「緑川。覚えておけよ。俺は男だ。雄なんだよ。俺にとっての好きは=キス→セックスだ。おまえ。俺のオンナに、雌になれるンだったら、何度でも好きって言えよ。その気がねえならば、二度と言うな。てめえ、俺のことからかうのもいい加減にしやがれよ」
町田は、緑川を見下ろして、言った。その町田の目は、いつもの町田の目ではなかった。緑川は、町田を見上げたまま、その冷たい町田の瞳をジッと見ていた。
「なんとか・・・言いやがれよっ。ったく、冗談じゃねえよ・・・。訳がわからねえっ」
町田は、殴ろうと思って殴ったわけではない、赤くなってしまった緑川の頬に手をやりながら、舌打ちした。
「おまえ。またコンタクト、おかしいだろう」
「・・・」
「目潤んでやがるよ」
そう言って、バッと町田は緑川の頬から手を離して、立ちあがった。
「帰るぜ、俺は」
「・・・パジャマのままでか?」
「やかましい!」
町田は、パジャマのままでリビングを出て、そして緑川邸を本当にパジャマのまま飛び出した。
「町田、待てよ!町田ッ」
慌てて追いかけたが、緑川は町田に追いつけなかった。町田の姿は、もうどこにもない。緑川は、門のところにぼんやりと立ち尽くすことしか出来なかった。


町田は、途中公衆電話から車の応援を呼び、アパートの付近で自転車ごと降ろしてもらった。運転手に礼を言い、自転車を引き摺ってはアパートまでの道程の川辺リをトボトボ歩いた。少し歩いては、自転車を止めて、ガードレールに腰かけた。振り返ると、川の向こうでは朝日が輝いていた。暑い夏の、1日の始まりだ。
「ちきしょう・・・。マジで落ち込むぜ・・・」
呟いて、町田はズルズルとその場に座りこんだ。


バン、バンと、ボールの軽快な音を聞きながら、緑川はボーッとしていた。夏休み中の、練習日。
「よお。葉子ちゃん、風邪だって?夏風邪は長引くと大変だからな。気をつけろって言っとけ」
体育館の壁にもたれて、ボールを抱えて座りこんでいた緑川に、キャプテンの小野田玲は声をかけた。
「今日も暑いな。しかも可愛いマネージャーがいねえんじゃ、やる気もでねえ」
そう言って、小野田は緑川の横に腰掛けた。
「なあ。おまえ、さっきからここで、遠慮もせずにサボッてるけど、なんかあったのか?町田と喧嘩でもしたか?アイツも、今日来てねえけど」
小野田は、キョロキョロと辺りを見回し、町田の不在を再確認した。
「先輩」
「んー?」
「先輩、ホモだろ」
「まあね〜」
あっけらかんと小野田はうなづいた。
「あのさ・・・。オンナ。いや、雌。じゃねえ。・・・オンナになるのって、痛えの?」
「は、あ?」
小野田は、眼鏡の奥の切れ長の瞳をパチパチと瞑ったり開いたりした。瞬きしているのである。
「おまえ・・・。それって・・・その。えーと・・・。Hの時のことか?」
「そう」
緑川はコクッとうなづいた。
「町田とか?」
「いいから、教えてくれよ」
「いや・・・。その。俺実は、尻はバージンでよ。知らねえんだよ」
「役立たず」
緑川はボソッと言った。
「なんだと!?」
「知り合いにいねえの?オンナになってるヤツ」
一瞬小野田は考え込む顔をした。
「・・・もっのすごく近くにいる気がするけど、ソイツには聞きたくない」
「なんでだよ。聞いてくれよ」
「やだね。聞いたら、ムカつくから!絶対に聞きたくねえよ、そんな事実」
珍しく、小野田は本気でご機嫌斜めの顔になった。いつもはヘラヘラしているというのに。
「役立たず!」
だから、それ以上は聞けなくて、緑川は思わずまた言ってしまった。
「てめえな!さっきから先輩に向かって、その口の利き方ねえだろうがよ」
小野田はスッと先ほどの機嫌の悪い顔を引っ込め、笑いながら緑川の頭をポンッと叩いた。
「自分の尻で知れよ。相手好きならば、少しぐれえ痛くても我慢しろ」
緑川は、ボールをギュッと抱き締めた。
「こんな筈じゃなかったんだけどよ」
「ん?」
「こんなつもりじゃ・・・なかったんだ、俺」
「なにがだ?」
小野田は緑川を覗きこんだ。しかし、緑川は黙ったままだった。
「ヨシヨシ。許そう。好きなだけ、そこで練習サボッて、悩んでろ。俺はホモには寛容だ。ただし、緑川。中途半端な気持ちならば、止めておけよ。悩んでいるならば、おまえ、まだ戻れるだろうし」
そう言って、小野田は練習に戻って行った。


葉子が好きな町田。アイツならば、扱いやすい。そう思って標的にした。
葉子の気持ちを自分から切り離す為に。徹底的に利用してやろうと思った。

本当の妹ではない、葉子の気持ちを。血の繋がらない妹の、真面目な告白を、軽く流す予定だった。
俺には、おまえの気持ちを受け入れることが出来ない。たぶん、これから一生。おまえは、俺の妹にしかなれない。わかれよ。頼むから、わかってくれよ。そう言いたかった。

その為に、町田を利用しようとしたのだ。アイツならば、どんなに傷つけてもケロリと立ち直るだろう。ずぶとい性格してるし・・・と、軽く考えていた。
なのに。町田は泣いた。町田は泣きやがった。自分は町田を傷つけてしまったのだ。
アイツが、あんなに葉子に本気だったとは思ってもいなかった。

なんで。なんで、こんなことになってしまったんだよ・・・!!

緑川は、バンッと、ボールを壁にぶつけた。それでも、騒いだ胸はおさまらなかった。
利用しようと近づいた町田に、いつの間にかすっかり自分がハマッていたことを認めたくなくて、緑川は唇を噛み締めた。

続く。
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サービスしまくった回でした(笑)

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