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『にーちゃん。チューってどんな味すんの?』
『チュー?ああ、キス。味なんかある訳ねえだろ』
『だって。にーちゃん、いつもねーちゃんと美味しそうにチューしてるじゃん』
『おまえ。なんで知ってンだよ』
『いいから!どんな味?教えてよ』
『・・・ませガキ。味なあ。味。うーん・・・。おい、口開けてみ』
『?』
『そーゆー味』
『なんだよ。口の中に・・・。飴?うげえ、甘いっ。あ、でも、この飴知ってるぞ。前に貰って、舐めたことある。ええ〜。まさか、こんな味なの?』
『と思って、将来可愛いカノジョとチューするんだな。久人』


初めて女とキスした時。あの甘い味を期待していたが、勿論そんな味なんかする筈もなく。2度目にした時も、別に味なんかしなかった。誰と、何回キスしても、あの飴みたく、甘い味はしなかった。
けどよお。なんか、さっきのキスって、味がしたのは、気のせいか?気のせいだ。気のせいだと思おう。うげえ、気持ちワリー。緑川と2回もキスしちまった。同じ緑川でも、葉子ちゃんならば、良かったのになー・・・。葉子ちゃんとすれば、きっとあんなふうに甘くて美味しいキスが。・・・なーんて今更、んな妄想なんぞするような歳でもねえが、少しは気持ちだけでも甘くなるんじゃねえかな?って思うんだけど、どうよ。なあ、どう思う?優兄。笑ってねえで、少しはアドバイスしやがれよ。ねえ。アンタはどう思う・・・?優兄。


「いてえっ!」
ガバッと、町田は体を起こした。
「な、な。今なんか、俺の頬に」
町田は自分の頬に手をやった。頬が熱く、ジーンと痺れていた。殴られた?
「寝てンのに気持ちワリー顔でヘラヘラ笑っていたから、見てて気味悪かったから殴った。悪かったか?」
緑川だ。
「悪いに決まってンだろーが。ボケっ」
ボンッ、と町田は体にかけられていたタオルケットを脚で蹴飛ばした。緑川は、大きなベッドの上で胡座をかいては、床に敷かれた布団の上に起きあがった町田を見下ろしていた。
「いい夢でも見てたのか?」
緑川は、聞いた。
「兄貴の夢っ。だから、いい夢だ」
フンッと町田は答えた。
「兄貴・・・。やっぱり、おまえ、兄貴がいやがったのか」
「いちゃわりーかよ」
「悪くはねえけどよ。おまえ、そっくりな」
「はあ?」
「初めて見た時びっくりしたぜ、俺は」
「おまえ・・・。それって」
と、言いかけた時に、バターンッとドアが開いた。緑川母が、両手でお盆を支えて、ドアの向こうに立っていた。
「あ。良かった。手が塞がっていたからノック出来なかったけど、もしかして、二人でイチャイチャされていたら、おねーさんどうしよう!とか思ってドキドキしちゃったわ。なんたって恋人同士にはたまらない状況ですものね。布団もベッドもあるしぃ♪」
緑川母の言葉に、町田はクラッと眩暈を覚えた。
「・・・恋人じゃありません!頼むから、それ止めてくださっ。う。美味そーっ!」
町田は、目の前に置かれたお盆に並べられた料理を見て、ダラリと涎が垂れそうなって慌てて口元を押さえた。
「町田くんってば、なんだか急に倒れちゃうから、先に晴海と食べちゃったけど。きっと起きたら、お腹すいてるだろうなぁと思って。おねーさん、頑張っちゃった」
「美味そうです。美味そうです。これ、全部食っていいんですか?」
「好きなだけ食べてネ。あと、お風呂も用意しておいたから、あとで入りなさいよ。今日は、うちの旦那帰りが遅いみたいだけど、せっかくだから、この際晴海のカノジョに会わせたいから、町田くん、お泊りよ。決定〜♪」
ルンッと緑川母が言った。
「んな!?じょっ、冗談じゃありませんよ。俺、俺。こ、これは食いたいから食わせてもらいますけど、風呂はいりません。食ったら帰ります」
バッと町田は箸を手にし、お盆にのせられた料理に片っ端から手をつけた。
「おまえ。結局俺の家になにしにきたんだよ」
ベッドの上で、緑川がボソッと言った。
「なにしにって。葉子ちゃんに、あ゛い゛に゛。ゴホッ。ゴボボッ」
「食ってから、喋れ。汚ねえな」
ポンッ、と緑川は町田に向かってタオルを投げた。町田はそれを拾い上げて、口元を拭った。
「これねえ。町田くんのバスタオルに、町田くんのフェイスタオル。そして、これが。ジャーン。町田くんのパジャマ。パジャマはね。私と御揃いなの。旦那は恥かしがって着てくれないし、晴海なんか無視よ、無視。だから、町田くんに着てもらうんだからっ」
緑川母は、キャア〜っと叫んでは、町田に着せる予定のパジャマを抱き締めた。
「おふくろが町田とお揃いのパジャマ着てどーすんだよ」
冷やかな緑川の台詞。
「いいじゃないっ!晴海ってば、妬かない、妬かない。ねえっ、町田くんっ。私達きっと、このパジャマ似合うわよねっ」
さすが、母親。まったくめげていない。
「は、はあ・・・」
メシをかっくらいながら、町田はうなづいた。昔からヤローどもに囲まれて育ったせいか、町田は『女』という存在にめっぽう弱かった。母代わりになってくれた人もいたが、その人ももういない。あの人も明るく無邪気な人だったな・・・と思って、町田は首を振って、思い出を断ち切る。
「いいっすよ。結構可愛いパジャマじゃねえっすか。お揃いで着ましょうっ♪」
ニカッと笑って、町田は緑川母を振り返った。
「きゃー。嬉しい。やっぱり町田くんって、可愛い!」
「ってことは、お泊り決定」
緑川が口笛を吹いた。
「んげ」
そーゆことか。参ったな・・・と町田は頭を掻いた。
仕方ねえ。明日は休みだしな・・・と、どこまでも楽天的な町田であった。


緑川母の、芸術的(町田にとっては)ですらあった料理を米粒1つ残さずにペロリと平らげ、町田は立ちあがった。
「さーて。んじゃ、お言葉に甘えて、風呂でも借りようかな」
「あ。じゃあ、俺も行く」
「・・・なんで?」
町田は眉を潜めた。
「一緒に入る。ちょうど案内も出来るしな」
緑川は、ベッドをポンッと蹴って、フローリングの床に降りてきた。
「おめーな。せまい風呂に、俺達大男が揃って入れるわきゃねーだろうが」
身の危険を多いに感じて、町田は怒鳴った。
「うちの風呂、狭くねえぜ」
緑川はあっけらかんと言った。
「なぬっ?」
「見ればわかるぜ」
そう言って、緑川はスタスタと部屋を出て行った。
「オイ。待てって。幾らおまえの家の風呂がデカくても、俺はおまえなんかと風呂なんざ入らねえぞ。って、聞けよ、人の話」

ドーンッ!

「ま、マジ広い・・・。ここは銭湯かよ」
哀しくなった町田であった。カポーンッと、桶の音が高い天井に響いた。緑川は、とっとと湯船に身を沈めていた。結局町田の言い分は通らず、町田は緑川と一緒に、緑川邸のゴージャスな風呂に入ることになってしまっていた。

体を洗いながら、町田はチラッと湯船を見た。だが、緑川は天井を見上げたまま、こちらを見てもいなかった。まったくこちらに興味はないらしい。ああ。良かった。俺のこの逞しい裸体を見て、緑川が発情してしまったら、どうしようかと思った。なんたって、すっぽんぽんだしなあ。まあ、家庭の風呂に水着なんか着て入るヤツはおらんだろうが。互いの裸を晒して、それでいて緑川のあの落ち着きようであれば、思春期に起こしがちな過ちなど起ころう筈もない。良かった、良かった。ホッとして、町田はワシャワシャと髪を洗った。キスも、あの告白も、ぜーんぶ冗談だったんだろう。一体どうして、そんな冗談を緑川が言ったのかは、深くは考えないことにしてってことだな!気持ちの切り替えの早さは、自分の特技だと町田は自慢に思っている。
「あーっ。スッキリしたっ!」
シャワーで髪を洗い流し、町田はガバッと、立ちあがった。ドカドカと、体に雫を纏わりつかせながら、町田はバシャンッと湯船に体を突っ込んだ。一応、念の為に、緑川とは微妙に距離を置いた。あまり意識させると逆に挑発してることになっちまうかもしれんしな・・・と、変なところで気の回る町田であった。

「しっかし、おまえん家の風呂って、マジにデカイなあ〜。俺なんかよお。いつも風呂釜から足はみ出して入ってるんだぜ。大家のヤロー、風呂釜変えろって文句言っても、てめえで変えろって怒鳴りやがるんだぜ。どーいうこったよ」
「当たり前だろ、んなの」
緑川がボソッと言った。
「どこが当たり前だっ!住人を気持ち良く住まわせてやるのが大家の役目だろうが!」
叫んだ町田の声が、ボワワ〜ンッと天井に響いた。緑川は耳を押さえた。
「うるせえっ。んなデカい声で言わなくても、聞こえるっつーの」
バシャッと、緑川は手で水面を払った。
「うわっ」
水飛沫が、町田の顔を直撃した。
「なにすんだ、このヤロオッ」
町田は緑川の真似をして、手で水面を叩く。バシャッと、緑川の顔に、飛沫が直撃する。
「ざまーみろ。ヘヘヘヘ」
「・・・ガキ」
濡れてしまった前髪を掻きあげながら、緑川は町田をキッと睨んだ。
「!」
ドキンッと、町田の心臓が高鳴った。だから・・・。さっきから、なんで!?
そんな町田を知る由もなく、
「バカか、てめえは」
と、冷やかな緑川。
「っせえっ」
町田は、慌てて緑川から視線を反らした。カア〜ッと顔が赤くなった。

な、なんだよ、ちくしょう。コイツが妙なこと言ったりやったりすっから。好きだとか、キスとか。へ、変に意識しちまうだろうが。ぐおおー。き、緊張してんのか?俺っ。

そう思いながら、町田は緑川をチラリと振り返った。緑川も、ジッとコチラを見ていた。
目が合っていることを知っていたが、それでも町田は緑川から目を離せなかった。互いに無言で見つめあってしまうこと、しばし。

濡れた髪。切れ長の瞳。なっげー睫(ここからじゃ今は見えねえが。長いんだ、コイツ。なんたって2回もキスしてっからな)。そして。なんだか知らねえけど、あっかい唇。とどめが、コイツ、色白いっつーの!ブチッと町田の緊張の糸がぶち切れた。

「だああっ。てめえ、このヤローっ!俺様を変な気分にさせんじゃねえよっ。出てけ。湯船から出て行きやがれっ」
ウオオオッと町田は、猛烈に両手でバシャバシャと水を叩いた。その水飛沫は、全部緑川にぶっ飛んでいった。
「・・・アホたれが。おまえものぼせねえうちに出ろよ」
町田の飛沫攻撃のせいで頭からびしょびしょに濡れてしまった緑川は、物騒に眉を寄せながらも、町田の言うとおりにザバッと湯船から出て行った。スタスタとタイルを踏みしめて歩いていく緑川の後姿を、町田は思わず見つめてしまった。
「あーっ。ちきしょー!やっぱり一緒に風呂なんか入るんじゃなかったぜっ。泊まるンじゃなかったー」
町田は喚いた。
「うるせー、タコ。こっちだって。こっちだって」
緑川は、ドアに手をかけながら、クルリと湯船の町田を振り返った。
「後悔してらあっ」
ビシャーンッ!緑川はものすごい勢いで、ドアを閉めて出て行った。
「な、なんなんだ、アイツは。あー。ったく、訳わからん!訳わからんったら、訳わからん。なんなんだーっ」
町田は、緑川のいなくなった広い湯船で、また一人で暴れ出した。


脱衣所で、緑川は呆然と突っ立っていた。床に、ポタポタと雫が落ちて、ハッとする。
慌ててバスタオルを掴んで、頭を拭いた。
「俺だって・・・。とっくに変な気分になってたンだよ、ボケ男」
呟いて、緑川は自分の顔が赤くなっていくのに気づいて、チッと舌打ちした。

続く

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なんでこんなところで続き?

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