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夏休み中の一斉登校日。校門前では、新聞部がはりきって新聞を配っていた。部活動が盛んな暁学園だから、生徒は、休み中のそれぞれの部活の動向が気になるので、きちんと新聞を貰っていく。そして、自分の興味のある部活の記事をチェックするのだが・・・。バスケ部の記事をチェックした人々は「・・・」と、唖然としていた。それなりに活動の記録は記されていたが、それよりも更に大きな見出しで、バスケ部にニューカップル誕生と書かれてあり、写真までキッチリ載っていたからである。
明らかに男同士の抱擁シーンであった。

2年B組は、奇妙な静けさに包まれていた。勿論新聞部の、あの記事のせいである。
まさか、クラスメート2人が夏休み中にデキあがっていたとは・・・と、みんなが思っているせいである。
当の本人達はまだ来ていない。
チャイムの鳴り終わりと同時に担任が入ってきた。その時だった。
ドタバタとものすごい足音が響いた。
ガラッとドアが開く音が二重に響き、前と後ろのドアが同時に開いた。
「ぜー、ぜー」
前からは町田が、後ろから緑川が教室に入ってきた。
ど、同伴登校!?・・・と、クラスメート全員の頭に同じ単語が過ったが、誰一人として口にするものはいなかった。
勿論、遅刻常習犯の2人であり、偶然ではあるのだが。
「町田、緑川。遅刻だぞ」
担任は、冷やかに言った。
「なんでだよー!まだ出欠取ってねーじゃん」
すぐさま町田が抗議した。
「チャイムは鳴り終わっていた」
「でも出欠取ってなきゃ、セーフだろ」
緑川も抗議する。
「やかましいッ!仲がいいのは結構だが、遅刻まで仲良くするのは感心せん」
ビシッと担任は言って、町田と緑川を無視して出欠を取った。
「仲がいい?冗談こくなよ、なあ。堀田」
町田が、窓際の自分の席の、隣の堀田にゲロゲロと舌を出しながら同意を求めた。
「で、でも・・・。仲いいんだろ」
堀田は勇気を出して、聞き返す。それには、クラス全員が、担任がなにやら喋っているのを無視して、聞き耳を立てる。
「はあ?なんで?仲いいと思うか?俺とこんなバカが」
「るせえな。なんでてめえにそこまで言われる必要がある」
ダンッと緑川は、町田の椅子を蹴飛ばした。出席番号順なので、2人の席は前後である。
「だ、だって・・・」
堀田は、ササッとカバンから、今朝の新聞を取り出した。
「あー?なんだ、これ。ああ、新聞部の新聞か。どれどれ」
手を伸ばした緑川より先に新聞を奪い、町田はバッと新聞を開いた。緑川も、席を立ち、後ろから新聞を覗きこんでいた。
「そうそう。今年は野球部、甲子園ダメだったんだよなー。サッカーはいいらしいな。演劇部は大会出場か。ふむふむ」
全然関係な記事を読んでは、町田はふむふむとうなづいている。
「あのさ。バスケ部読んでよ」
堀田が言った。
「バスケ?なんで俺がバスケ部の記事なんか読まなきゃなんねえ」
バサバサとページを捲って、町田がバスケ部の記事に辿りついた。
「・・・」
ん?と、町田は新聞に目を近づけて、記事をまじまじと見た。
「なっ、なんじゃ、こりゃっ!!な、なんだよ、これっ。なんでこの写真が。う、うおおおおお」
叫んでは、町田は新聞をビリビリと破いた。
「あのな、町田。廊下行けッ」
担任がこめかみに青筋立てて、廊下を指差した。
「ちょっ、ちょっと待てよ。てめえら、まさか、この記事読んで・・・」
すると、クラスメート達は全員頭を縦に降った。
「そ、それで、俺と緑川が仲いいとかなんとか・・・」
担任もいつのまにか、ウンウンとうなづいている。
「ごっ、誤解だ、誤解だっ!おっ、俺はこんなヤツ、大っキライだ。こんな記事は、ガセネタだーっ。佐藤のヤツ、ぶん殴ってやる、ちくしょおおおっ」
「いいから、廊下行け」
担任は、とっとと町田を廊下に押し出した。
だがしかし。残った緑川に、クラスメートの視線が集中する。
堀田が
「み、緑川くん・・・。これって事実?」
と、おそるおそる聞いた。緑川は、キョトンとして堀田を見た。
「見てわかんねえのかよ。(その写真は)事実だろ」
抱き合ったのは、勿論事実以外のなにものでもない。だから、緑川はうなづいた。
「・・・」
ホウと堀田は溜め息をついた。クラスメート達もざわめきはじめた。だが、緑川晴海という特殊なキャラは、「マジかよーっ!」とか「きゃあーっ♪」と、やんやと周囲から囃したてられるような雰囲気は皆無だった。せいぜい小さな動揺が、クラスに巻き起こるだけである。これが残ったのが町田であれば、「気持ちわりーぞ、町田ー!」とか「町田くんホモなんだ〜!きゃー♪」と周囲も騒げたりするのだが・・・。由緒正しき?元ヤンキーの町田よりも、不気味な存在感のある緑川の方が、クラスメート達にとっては畏怖の対象だった。ざわめきが鎮火し、クラスは奇妙な静まりをみせていた。緑川は、この、クラス全体に立ち込める気まずい沈黙を、ケロリと無視して、ボーッと窓の外を眺めていた。どこまでもマイペースである。
「あ、あのな。そろそろ連絡事項に入っていいか」
担任は、どこか諦めたような口調で言った。全員は、無言でコクリとうなづいたのだった。


その頃の町田は、怒りの炎を背中に背負って、佐藤のクラスに殴りこみをかけていたが、当然のごとく佐藤はいなかった。ドロンしたのである。
「だああ!佐藤出せっ、出しやがれーっっ」
佐藤のクラスの担任の襟元を掴んで、町田は喚いていた。
「おらんもんはおらんっつーの!町田、てめえ、自分のクラスに帰れっ」
教師は町田の迫力にすっかり怯え、ブンブンと首を振った。
「追ン出されたんだよっ!とにかく佐藤を連れてきやがれー」
自分のクラスの沈黙とは裏腹に、他クラスであるこのクラスでは、やんやと町田に向かって野次が飛んでいた。
「おめでとー、町田くん!」とか「町田、てめー、エイズにゃ気をつけろよ」とか、その他諸々である。町田はその野次に、敏感に反応した。ダンッと壇上を拳で叩いた。
「うっせー!てめえら、誤解してやがる。お、俺が好きなのは、緑川晴海じゃねえんだ!緑川葉子っつー、アイツの妹なんだよっ」
叫んで、町田はハッとした。こんな40人もいる所で、自分の気持ちを告白。その事実に、町田はカアッと顔を赤くした。
「きゃー♪町田くん、可愛いっ。今更無理しなくていいのよ〜」とか「妹より兄貴のが美人だぞー」という意味シンめいた言葉まで飛び出す。
「佐藤はいないから、とにかく自分のクラスに帰って騒げ。なっ」
教師は、壇上で真っ赤になったまま固まった町田を、これ幸いとばかりに教室から叩き出した。
「じょっ、冗談じゃねえぜ。あんな新聞に、堂々とデマ書かれて。新聞。新聞?」
町田はツカツカと廊下を歩きながら、ギョッとした。
「新聞って、正門で配って・・・。全学年に配って・・・」
サアアと町田の顔色が変わった。
も、もしや。葉、葉子ちゃんもこの記事を・・・!事実に思い至り、思わずその場で立ち眩みを起こし、ズズッと壁にもたれかかった、見かけによらず繊細なキャラ町田であった。

その頃1年のクラスでは、やはり緑川葉子は注目されていた。注目の人・緑川晴海は、葉子の兄であるから、先輩という事実もあって、あとでちくられたら困ると考える人が多いらしく、あからさまな言葉はないものの、葉子は好奇な視線をビシバシと受けまくっていた。
「葉子ちゃん。これ、君のお兄さんだって?」
後ろの席の小野田光が、新聞を手にして、コソッと聞いてきた。
「光くん。貴方だけよ。そういうこと、堂々と聞くの」
「いいじゃない。自分の知らないところでヒソヒソされるより、マシだろ」
光は、ニッと笑った。葉子は、溜め息をついて、後ろの席を振り返る。
「私のことは構わないで。それよか光くん。とっととバスケ部入ってよ。中学校時代のスターが、なにトロトロしてんのよ。お兄さんもいるんだし、なにを躊躇してんの?」
葉子は話題転換を図る。だが、光は負けない。
「その兄貴のせいで入れないの。まあ、俺のことはいいって。んで、葉子ちゃん、この写真見て吃驚しただろ」
葉子はプウッと頬を膨らませた。
「だってその現場に、私いたもん。知ってるわよ!」
クスクスと光は笑う。葉子の拗ね方が可愛いのだ。弟の潤のようだ。
「怒るな、怒るな。今時いーじゃん。うちの兄貴だってそうなんだから」
「玲先輩。まあ、確かに」
バスケ部主将。小野田玲がホモだということは、カミングアウト済みだ。
「そうそう。どっちみち、町田先輩じゃなきゃ、うちの兄貴が葉子ちゃんの兄貴に目つけているんだから、同じことだよ」
「嘘よ。玲先輩にはちゃんと恋人いるじゃない」
「・・・。でも、うちの玲兄、見かけと違って雑食だぜ」
「光くんの意地悪」
光は新聞を丸めて、葉子の肩を叩いた。
「こちとら、こういう関係には圧倒的に場慣れしてるから、なんかあったら相談して。役に立つと思うよ。それだけ。言いたかったの」
「もしかして。慰めてくれてるの?」
葉子は、光の顔をマジマジと見つめた。
「身内のそういう性癖を知った時に受ける衝撃って、理解出来るよ。1番楽になる方法は、自分もそうなってしまえばいいんだけどネ」
屈託のない顔で、光が言う。葉子は複雑な顔をしていた。
「お兄ちゃんダイスキだったのに・・・。それに町田先輩だって・・・」
「2人の仲に反対?」
光は聞いた。
「当たり前でしょ!!!絶対に反対よ!」
葉子はフンッと鼻息荒く言い返した。
「あー・・・、そう。だよねえ・・・」
これが普通の反応だよな・・と言いながら、光はガタタと椅子を元に戻して、葉子から離れた。


「あれは誤解だーっ!いいか、てめえら。あの記事がガセってことをすぐに証明してやる。それまでは、この件に関しては、グタグタぬかすなよッ。触れたらぶっ飛ばす!!」
ガラーッと教室のドアを開け、町田は開口1番にそう叫んだ。しかし。教室に、クラスメート達はいなかった。
「お、おりょ?」
町田達の担任は、迅速明瞭がモットーなので、とっとと連絡事項を告げて、プリントを渡すと、「では解散」と言い渡していたのだった。これまた、担任のモットーに慣らされていた生徒達は、とっと帰り支度をして、速やかに帰宅についていた。
「とっくに帰ったぜ。みんな。どこフラフラしてやがった。ったくよ」
緑川だけが、教室にいた。
机に伏せって、眠っていたようだったが、ムクッと起き出していた。
「なんでてめえだけがいるんだよっ!誤解を招くような行動すんなよっ」
ズンズンと席に戻り、町田はバババとカバンを取り上げると、瞬時に緑川に背を向けていた。
「待てよ」
「待つか」
「プリント。おまえの分、押しつけられたんだ。貰ってけよ」
ガタンと立つと、緑川はプリントを手にし、ヒラヒラとそれを振った。町田は仕方なく振り返った。
「投げろ」
「ボールじゃねえんだぜ」
「いいから、そこから投げろ」
「・・・」
と。
緑川は、ハラッと手からプリントを落した。
「ああ!?それって投げたのか?落したんだろ」
町田は、キッと緑川を睨んだ。
「投げたんだよ」
涼しげに緑川は言い返す。
「・・・くそっ」
緑川の足元に落ちたプリントを拾う為に、町田は歩き出した。
「緑川、てめえ。ちょい後ろ下がってろ」
「なんで?取れない位置じゃねえだろ」
「くっつきたくねえんだよ」
「くっつく位置じゃねえだろーが」
イライラしながら、町田は、緑川の前に立った。
「てめえな。まさかと思うが、てめえも勘違いしてんじゃねえだろうな。この前のことはな。あれは、とんだ勘違いってことだぜ。俺はおまえに告白したんじゃねえんだぜ。わかってるよな」
「・・・」
緑川はなにも答えない。町田は、そんな緑川の顔を睨みつけた。
背後の大きな窓から差し込んでくる太陽の光が、緑川の髪を照らしていて、黒髪が光っている。睨んだつもりが、うっかりマジマジと緑川を見つめてしまった町田であった。
え?コイツ、もしかして・・・。
結構葉子ちゃんに似てる!?とかうっかり思ってしまった町田であった。明るいところで、当然、間近で見たことのない緑川晴海の顔。男の顔なんて、まじまじと見る機会があってたまるか!とそう思いながら・・・。
「なにジロジロ見てやがる。さっさと拾えよ」
「うるせえな。っかってるぜっ」
屈んで、町田はプリントを拾いあげる。
緑川は、自分の前に立っていた町田の上半身が、屈んだことによって折れたせいで、教室の前方のドアの気配に気づいた。
「・・・

そこには、妹の葉子が、佐藤に伴われて立っていた。緑川は、葉子としっかり視線を合わせながら、「町田」と呼んだ。
「んだよ!?」
なにも知らない町田は、ヒョイッと上半身を起こした。町田は教室のドアに背を向けているのだ。
「髪に、なんかついてるぜ。ゴミ?」
「ん?ゴミ?」
緑川は、町田の金色の前髪を摘んだ。
「だっ。てめえ!俺に、さっ、触る・・・!!」
言いかけて、町田は目を剥いた。間近に迫る緑川の顔。
「!!!」
夏休みの一斉登校日。誰もいない、まだ昼の光が眩しい教室で・・・。
町田は、緑川にいきなりキスを奪われていた。
「なにしやがっ!」
喚こうとした町田の首に手を回し、グイッと緑川は、町田の体を斜めに捻った。
「のわっ!いてっ。てめっ。俺は伸縮自在の人形じゃねえんだぞっ!」
バタバタと暴れる町田の肩を引き寄せて、緑川は近くの机に腰を下ろした。
「いい写真、撮れた?」
緑川は、町田の肩を抱いたまま、佐藤と葉子の方に向かって、平然と言った。
「残念ながら・・・」
佐藤は、ハハハと乾いた笑いで、両手を挙げた。佐藤のデジカメは、シャッターチャンスの瞬間に葉子の鉄拳を食らい、どっかにすっ飛んで行ってしまっていたのだ。
「最低・・・」
葉子は低く言うと、ドンッと佐藤を押しのけて、走り去った。
「最低・・・は、こっちの台詞じゃーっ!」
ガアンッと、町田は緑川を殴りつけると、教室をバタバタと出て行った。ついでに戸口に立っていた佐藤にも、しっかり一発食らわした町田であった。
「緑川。待って、待ってくれええええ。今度こそ俺の話を聞いてくれえええっ」
ほとんど泣きべそで、町田は葉子のあとを追いかけていった。


「いてっ」
顔を顰めながら、緑川は殴られた頬を擦りつつ、カバンを持ち上げた。
「緑川。おまえ・・・」
佐藤は、同じように、殴られた頬を擦りながら、自分の脇を通り過ぎて行こうとしている緑川を見上げた。
「なに考えてんだよ」
すると、緑川はチラッと佐藤を見て、
「別に」
「へ?」
「別に、なんも、」
「・・・」
「考えちゃいねえけど!?」
と、ニヤリと笑っては、教室を出て行った。

「こっ、こええ・・・」
去って行く緑川の背を見つめ、佐藤は迫力の緑川の笑みに、ゾーッと体を震わせた。

続く

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これ、受け攻め逆のが良かったかしら?のほほ(笑)

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