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打ち上げの場は、恐怖の君津パパの店だった。
「まあ、凛ちゃんー♪ご無沙汰ネ。相変わらず可愛いことっ★」
迎えた君津パパは、艶やかなピンクの見るからに高価そうな着物を着ている。着物だけは、とても可憐で綺麗だった。
「あ、あの。着物ステキです。ぴっ、ピンクがすごく綺麗・・・」
引き攣りながら凛は言った。
「やだあ。そんな、よく似合ってるなんて、褒めてくれちゃってえ!」
どばぁんと思いっきり背中を叩かれて、凛はケホッと咽た。
「クソオヤジ。凛は、んなこと言ってねえって」
「あらそう?凛ちゃんの目がそう語っていたんですものぉ」
ホホホと君津パパは笑った。薫はギロッと父親を睨みつけると、凛の腕を掴んだ。
「オカマとして生きていくには、あれぐらい自分勝手に解釈出来る能天気さがねえとダメなんだ。気にすんな、凛」
ニコッと薫は微笑んだ。う、うん・・・と凛はうなづいた。
「さ。あっちの奥の席が予約席だぜ」
薫に手をひかれ、凛は席に案内される。そのあとを生徒会役員一同がゾロゾロとついていく。
すると、微かな地響きと共に、頼子がドドドと駆け寄ってきた。
「頼ちゃん。店内走っちゃダメでしょ。埃が立つし、地響きするんだからぁん」
君津パパが、めっ!と頼子に注意する。
「あはぁん。ママ、ごめんなさい。頼子、凛ちゃんに会えて嬉しくってえ。凛ちゃん、ようこそ。相変わらず可愛いわねぇ。うふふふ」
頼子は頼子で、なんとも可憐なワンピース姿だった。あのサイズ・・・。特注だろうな・・・と凛は心の中で呟いた。
「よ、頼子さん。ど、どうもっす」
ペコッと凛は挨拶した。
「どうもね★さて今日は、頼子が薫ちゃん達の席を担当します」
「いらんっつーの。俺らは、適当にするから、おまえは他の客を面倒みやがれよ」
冷ややかに薫が言った。
「いやん、薫ちゃんったら。そんな怖い顔して〜。きりきりサービスしまぁすわん」
めげない頼子は、イヤンイヤンともじもじしながら、頬を染めている。
「ハッキリ言って」
薫はジロッと頼子を睨んだ。
「き、君津」
薫がなにを言おうとしているのか凛は察して、薫の背を叩いた。
「ハッキリ言って?」
頼子は、ウフッと薫を見下ろしている。
「ハッキリ言って、おまえ、邪魔。いらん!」
ビシッ、と空気に亀裂が入ったのを感じて、凛は即座に回れ右した。
黒藤といい、君津といい、なんだって物事をもっと柔らかく言えないのか。
が、凛は襟をむんずと薫に掴まれた。
「は、離せ。俺は帰る〜ぅ」
「まだ始まってもいねーだろーが」
「だっ、だって」
と凛がうろたえながら薫に言い返そうとした言葉は、あっさりと遮られてしまった。
「ひ、ひどいわ。薫ちゃん。ひどぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉい」
おおおおんと掌で顔を覆って泣き出した、頼子のおかげで・・・。
「うっとーしいんだよ。消えろ」
ペイッと、薫は頼子のデカイ尻を蹴飛ばした。「あん」とか弱い声を出して、頼子がソファにドサッと倒れこんだ。
「頼ちゃーん。薫達は放っておいて、こっちヘルプしてえ。佐藤くんが、頼ちゃんご指名よ」
君津パパの声が店内に軽やかに響いた。天からの救いの御言葉!凛は思わず、十字架を切っていた。
「はぁい♪」
たった今まで泣いていた頼子は、その声に反応して、パッと顔をあげた。もう満面笑顔だ。
「今いきま〜す。ごめんね、薫ちゃん、頼子失礼するわね〜」
ルンルンと、頼子は巨体を翻して、さっさと向こうのテーブルに行ってしまう。
「な、な・・・」
凛は目を丸くしていた。
「あれぐらいの立ち直りの早さがねえとオカマとしては・・・以下略」
フンッと鼻を鳴らして、薫はソファに座りこんだ。テーブルには、もう既に料理が用意されている。
「いやあ。しかし、会長の家は相変わらずっすね」
慣れたものなのか、凛以外の役員達は平然としている。
「慣れりゃどうってことねえからな」
「よ。珍獣使い」
尾谷がひやかす。ワッハッハッと皆で笑う。
「・・・」
ついていけねえ・・・、と凛は1人で冷や汗を拭っていた。
「さあて。食いモンはあるし、とりあえず乾杯しよっか。今日の成功を祝って。皆、ごくろうサンだったな」
薫が、とりあえずジュースの入ったグラスを持ち上げた。
「うぃっす。お疲れ様ー!」
皆で一斉にグラスを持ち上げ、カンパイ!
緊張のせいで猛烈にカラカラと渇いてしまった喉を潤す為に、ングングとオレンジジュースを飲んで、凛はホッとした。だが、すぐにハッとする。
「ちょい待て。和んでる場合か。黒藤はどーすんだよ」
「なに。まだ気にしてんの?アイツはいいんだよ。気にすんな」
薫は平然として言い返した。役員達も、全然気にしてるふうはない。
「気にするよ。か、可哀相じゃんか」
だって、こんなにおいしそうな料理食えないなんて・・・と、凛は思った。
テーブルに並べられた料理をチラッと見る。その視線に気づいたのか、薫はすぐに話題転換を図った。
「これな。うちの親父の手作りだぜ。アイツ、料理大好きなんだよ。今日は凛も来るって言ったら、張り切っちゃってな〜」
「え?これ、コツクさんが作ったんじゃないの?」
きょとっと凛は目を丸くする。
「まあな。厨房担当さんもちゃんといるけどさ。これは、オヤジ作だよ。ちゃんと宣伝しとけってさっき言われたから」
「すげー。おまえの親父さんって、本当にママなんだなあ」
凛は、思わず感動の声をあげていた。見事だった。
のり巻、カナッペ、グラタン、パスタ。酢豚。デザートのショートケーキ。和洋中折衷って感じだが、とにかくどれもこれもおいしそうだった。
「会長のパパの料理は最高っすよ」
役員達は早くもバクバク料理を食いだしていた。
「食ってみ、凛」
薫が言うので、凛は料理に手をつけた。
「んまい〜」
パクっのつもりが、パクパク。止まらない。腹が減っていたせいもあるだろう。異常に美味しい気がした。
「よかった」
ニコッと薫が微笑む。その顔を見て、凛は再びハッとした。
「いや、でも。黒藤が・・・」
「まだ気にしてんのかよ。なあ、尾谷」
尾谷は、カナッペをパリパリ噛み砕きながら、うなづいた。
「そーっすよ。だいたいね。克己先輩は、個人プレーが多すぎるから、多少のお仕置きはいいんですよ。毎度のことじゃないですか」
「毎度?」
そうだっけ?と凛は首を捻った。
「そうですよ。克己先輩は、ほれ、五条先輩と同じタイプなんっすよ。五条先輩もしょっちゅう雲隠れしてはコソコソ。なにしてんだか〜みたいな人だったでしょ」
「ま、まあね」
それはよく覚えていたので、凛はうなづいた。
「克巳先輩は、五条先輩のミニチュア版ってとこですね。よく似てますよ。タラシなところとかぁ」
「アハハ言えてる。まあ、五条先輩は男専門だったみたいだけど、克己先輩は女専門だけどさ。ブイブイだかんねー」
役員の一人の並木が尾谷に同意する。
「ブイブイ?」
ぴくっと凛の眉が寄った。
「あ、そうそう。俺、この前、克己先輩が告白されてるとこ見たよー」
尾谷が言った。
「うっそ、マジ?またかよ〜」
並木が、ブスッと拗ねたような顔をしている。
「まーな。ゴメンナサイしてたけど、実はその女とその後歩いていたところ見たことある。なんだかんだ言っても、自分に気のある女は逃さないタイプなんっすよねー。さすがと言おうか」
「克己はそういうタイプだぜ。きっと後から考えるんだよな。勿体ないことしたなぁとか。据え膳はいただくタイプだろ、あれ」
カカカと薫が豪快に笑った。
「女もまたあのツラに騙されて、遊ばれてもイイ♪とか思っちゃうんだよね〜。里香ちゃんはどうよ」
唯一の女性役員里香に、薫が話をふった。里香は、フルーツを頬張りながら、答えた。
「克己先輩にならば、騙されてもいいよ〜ん」
「ほーらな」
ギャハハハと、皆で克己の悪口に華が咲く。
「ひでえの。いねえヤツの悪口なんて」
凛がボソッと言った。確かに黒藤の素行は褒められたモンではないが、本人がいないところで、あーだこーだ言うのは、卑怯だ・・・と凛は思った。
「いねえから悪口言われるの。俺がいなきゃ俺の悪口に決まってるんだよ。な、尾谷」
「そうっすよー。薫先輩のツラにも騙されちゃいけねえってね。先輩だって、泣かせた女の数は克己先輩と変わらないでしょ」
「それだけは克己に負けるよ。俺さあ。女の子とは友達になっちゃうんだよね。この顔だろ。だから、Hなことに持っていくのは結構苦労してる。なあ、里香ちゃん」
「ええ?薫先輩、もしかして、里香のことそう思っててくれたの〜?気づかなかった。だめだよ、先輩。紳士すぎる〜。もっと、大胆になんなきゃ」
里香は、頬に手を当てては、うふふと微笑んだ。
「ほーらな。ま、そうは言ってもなかなかな〜」
薫は苦笑する。尾谷は、「薫先輩、ファイト!」などと言っては、ギャハギャハ笑っていた。
『よく言うぜ。大胆この上なく俺には迫ってきたくせによ』と、凛は思い、呆れた。
「あ、そうそう。そーいえばさ。克己先輩って言えば。暁の女に手を出して、孕ませちゃったって噂本当?」
凛は、里香の言葉に、ブーッとジュースを吹き出した。
「ひえっ。柳沢先輩、大丈夫っすか?」
尾谷が慌てて、目の前にあったナプキンを差し出した。凛は、礼を言い、そそくさと口元を拭いた。
「あ、俺も。それ訊いたことあんぜ。あれ、どうなったの?薫先輩」
凛の様子に驚きながらも、並木が身を乗り出しては、話を続行させた。薫は、グラタンを皿に取り分けながら、でかい目を見開いた。
「へえ。そんなことあったんだ。俺は知らねーな。けどな。克己がそんなヘマっすかな?ま、もしうっかりしちまっても、ちゃんと金出して処理してるだろ。アイツはブザマなことはダイッキライだからな」
「うーん。納得」
凛は、クラッと眩暈を起こしかけていた。は、孕ませた?????金出して、処理???
「なに、それ」
「え?」
皆の視線が、凛に集中した。
「今の話、本当なのか!?」
「えー?本当かどうかは知りませんが、ここ最近、話題になっていましたよ」
里香は、凛を見つめては、真剣な顔で言った。
「俺は知らない」
「俺も知らない」
凛と薫だけが知らなかったようだ。
「まさか、いくらなんでも黒藤がそんなことをするとは思えない」
「そんなことマジな顔をして言うおまえのが信じられないね、俺は」
と薫が呆れたように、凛に向かって言った。
「克巳だぜ。ありえるって。俺はアイツのことはイヤになるぐれー知ってるんだから」
薫は肩を竦めた。
「まさか、でも!もしそれが真実だとしたら、大変な事実じゃないかっ!」
ダアンッと凛は拳でテーブルを叩いた。その勢いに、テーブルの上の料理が跳ねた。薫が、冷静にテーブルを押さえた。
「へ?ま、まあ。んでも、今時どこにでもわりと転がってる事実ではないかと」
尾谷が凛の迫力にびびりながらも、ボソッと言い返す。
「そ、そりゃ、世の中にはありふれているかもしれないが。旺風学園の生徒会役員ともあろう者が、そんなことっ」
「・・・」
一同はシーンとなった。薫・尾谷・並木・里香・全員の視線が、ジッと凛に固定された。
「一般生徒の模範となるべきだろう、生徒会役員っていうのは!それなのに、そんな淫らな噂があったら差支えがあるじゃないか!」
「淫らな・・・」
全員が、凛の言葉の同じ部分を、突っ込んだ。
「な、なにかおかしいことを言ったかよ」
皆があんまり呆然としているので、凛は聞き返した。途端に、席は大爆笑だった。
「ひーっ。やっ、やっぱり、おまえ、か、可愛いっ」
ガバッと、薫は凛を抱きしめた。
「うぎゃ。な、なんだよ」
凛は、バッと薫を振り払った。知らずに、顔がカーッと赤くなってしまった。
「やべー。んじゃ、アタシも役員降りなきゃ・・・。堕ろしてるし・・・」
笑いながら里香が、コッソリと呟いた。尾谷が慌てて、「やめろ。今は洒落になんねーっつーの」と里香の口を掌で遮った。
並木は、ソファの上に寝転がっては、脚をジタバタさせて笑い転げている。
「アハハ。柳沢先輩、そのギャグ、すっげーイイ」
薫も、凛に振り払われた勢いのまま、ソファに突っ伏し、ゲラゲラと笑っている。
「凛、サイコー」
あまりに笑われて、凛はム〜ッとした。
「な、なにが可笑しいんだよっ。俺は真面目だ!!!」
自分は、ギャグを言ったつもりなど毛頭ないのだ。フンッと凛は鼻息荒く、笑い転げるやつらを睨みつけた。
「柳沢先輩の仰ることはもっともですけど〜。人間誰でも過ちってあるし、ましてや相手が克巳先輩なんだから・・・。その噂を聞いても、パン(一般)は納得しても驚きはしませんよ〜。皆克巳先輩がそういう人だってことを知ってて役員に投票したんだから」
里香は、グラス片手に、しれっと言った。
「け、けど・・・」
言い返そうとした凛だったが、薫に肩を掴まれて振り返った。
「わかった、わかった。克巳の話題になるから、おかしなことになるんだな。いいぜ、凛。とにかく、克巳の様子見てこいよ。気になるならば、今の話題の真相を問いただしてこい。事実ならば、そっこー解任してやるから。ま、俺は事実のがありがてーけどん」
フフフッと君津は横顔で笑った。
「せっかくの凛との時間を割かれるのは悔しいけど。ここは俺も寛大ってところを凛にわかってもらわなきゃな。敵に塩送るぜ」
「・・・わかった。黒藤に訊いてくる」
釈然としないがうなづき、凛はソファから立ち上がりかけたが、テーブルの上にあったのり巻きをナプキンで素早く包んだ。
「なんだよ。それ」
薫がムッとしたように凛の手元を睨んだ。
「あ、いや。だって、アイツ。腹減ってるだろうし」
「優しいんだな、随分・・・」
チッと薫は舌打ちした。
「深い意味ねーぞ。誤解すんじゃねえ」
凛は、あらぬ誤解をされてはたまらん!と、先手を打っては言い返した。
「あ、そう。なら、いいのさ」
途端に薫はニコニコっとした。
「柳沢先輩、お手柔らかに〜」
などという声援に見送られ、凛は店を出た。凛の姿が店内から消えたと同時に、尾谷・並木・里香の視線が薫に集まった。
「みなのもの。シナリオ通りじゃ。ご協力サンキュ」
視線の意味を正しく理解して、ニヤリと薫は笑った。
「並木は、前回の赤点を揉み消し、里香は二股かけた罪を許してやるし、尾谷は里香とつきあってヨシ。これでいーだろ」
三人はホッとしてうなづいた。一瞬にして緊張感が霧散し、全員ダラリとソファにだらしなく寄りかかった。
「あー。数学の遠潤だけはヤバかったんだよなー。不正取引マジ通じなくて」
並木が胸を撫で下ろしている。
「アイツホモだから、それ使って脅してやるから任せろ」
「薫先輩、ごめんねー。里香、薫先輩マジ好きだったけど、尾谷くん強引で、なんかほだれされちゃって・・・」
里香がクスンッと、涙を拭うフリをして見せた。
「しゃーねーな。ま、いいさ。俺も凛のこと好きになっちゃってたし。お相子ってことにしてやる」
「マジすんません、薫先輩っ。お、お、俺。前から里香のこと、すんげえ好きでっ。先輩の彼女だって知ってたけど、でも、でもっ」
尾谷はペコペコと薫に向かって、頭を下げている。
「次からは、危険日避けて襲えよ。尾谷」
薫は、シュボッ、とライターでタバコに火を点けた。
「さてと。お堅い凛がいなくなっちまったから、てめえら酒飲んでいいぜ。俺は、ひたすら結果待ちだからな」
フーッと煙を吐き出しながら、薫は天井を見上げ、ニヤニヤと笑った。


一方の克巳は、保健室にいた。
尾谷の姉の友達ということで、花火の後始末のバイトに来ていた松田雪野と共に。
「アタシさ。ずっと黒藤くんのファンだったんだ〜。でも、黒藤くん、いつもファンに囲まれていたから、告白とかアタックとか出来なくて・・・。私、年上だったしね。けど、今回のバイトの件、典子に頼まれた時、チャンスとか思って。だって、黒藤くんと接触するチャンスでしょ」
雪野の右腕に包帯を巻いてやりながら、克巳はそんな台詞を聞き流していた。
この雪野という女は、めちゃくちゃ可愛い。
普段ならば、こんなこと言われようものならば、そっこーイタダキマス状態な克巳であるが、今はどうしてもそんな気分にはなれなかった。
「現役女子大生ならば、チャンスいっぱいあるでしょ。なにも俺じゃなくっても・・・」
ちきしょう。今頃、凛のヤツ、どーなってんだよ!!!と、心の中で克巳はあせっていた。
打ち上げなんか、どうせいつもの薫のオヤジの店だろうし、あそこは無法地帯だ。
君津パパも頼子も全然アテにならないし、連れ添っていった役員の尾谷・並木・里香などもっとアテにならない。
薫の独壇場に、凛を拉致同然に連れて行かれて、克巳は気が気じゃなかった。
宴が絶好調に盛り上がると共に、凛の貞操の危機も絶好調になっていくのは間違いなかった。
「くそっ。冗談じゃねえ」
「痛いっ。克巳くん、痛いよ」
雪野が悲鳴をあげた。
「あ、わり」
思わず力が入ってしまって、雪野の細い腕を包帯で締め上げていた克巳だった。
「そんなに真面目に手当てしなくていいよ。わかってるんでしょ。どうせ、わざと怪我したって」
「え?わざと???」
雪野は、花火の燃えカスで腕を火傷してしまったのだ。その手当ての為に、学園内に詳しい克巳が狩り出された。
残業中の職員に保健室の鍵をもらい、雪野を保健室に案内し、手当てまでさせられていたのだが・・・。
「わざとのわりにゃ、根性いれて焼いたもんだよな」
普段ならば、こういう駆け引きは嫌いじゃないが、どうも気が乗らない克巳だった。
「だって。これぐらいしないと、克巳くんの気がひけないでしょ。保健室にも連れていってもらえないし・・・」
雪野はそう言いながら、克巳に擦り寄ってきた。ガシャンッ、と雪野が座っていた回転椅子が音を立てた。
「私、克巳くんとエッチ出来るならば、もっと酷い火傷でも作れるよ」
「・・・んなリクするつもりはねえけど、エッチってなんだよ・・・。いきなりすぎるだろ」
なんなんだ。このイッちまった可愛い女子大生は・・・と克巳は眉を寄せた。雪野は、克巳のことをギュウッと抱き締めた。
「私じゃイヤ?女の子ならば、誰彼構わずやりまくり・・・って、尾谷弟くんから訊いたことあるけど・・・」
「尾谷めっ。いや、貴方、雪野さんがイヤっつーんじゃなくて、俺、今気分が乗らないっていうか。他に考えることあるし、ここ早くきりあげて行きたいところあるし。また今度改めて・・・って、うあっ」
ンチュウウウウッといきなりキスされて、克巳は悲鳴をあげた。
「そんな時間ないのよ。その気になった時がやり時よ」
「アンタ、んな可愛いツラして、欲求不満かい。わー。ベッドに押し倒すな〜」
ドササッと、克巳は雪野に、ベッドへ押し倒された。
「克巳くん、大好き」
耳元に囁かれて、また雪野は克巳にキスをした。克巳の頭の中では、凛の顔がグルグルと回っていた。
『凛。凛。凛〜!!!』
雪野の唇が、克巳の唇から離れた時。克巳は、頭の中の凛の顔を追いやった。
『すまん。凛!!女に恥かかすわけにゃいかん。ここは一発かましてから、すぐにおまえを救出しにいくから!!』
心の中でそう叫んで、克巳は腕を伸ばし、ドサッと体の位置を入れ替えた。
「女の子にリードされるの、好みじゃねえんだ」
雪野の体を自分の体の下に押さえ込み、克巳は囁いた。空いてる方の手で、シャッとカーテンを引いた。用心の為だった。
ベッドは、カーテンに包まれて、完全なる密室空間となった。
「克巳くん。嬉しい・・・」
うっとりと、雪野は言いながら、克巳の股間に手を伸ばした。
「もしかして、もう結構キてる?」
クスッと雪野が笑う。
「俺、インポじゃねえし。可愛い子に押し倒されて勃たねえ筈ないっしょ」
克巳はニッコリと微笑んで、雪野を見下ろした。
「エッチ」
「どっちが?いたいけな高校生押し倒しておいて。やらしい女子大生」
すっかりイケイケモードに切り替わった克巳は、雪野に啄ばむようなキスをしながら、雪野の服に手をかけた。
男にはない、柔らかで弾力のある乳房に顔を埋めようとして、克巳が体をずらした瞬間。
ガラッ、と保健室のドアが開いた。
「え?」
雪野と克巳は同時に顔を見合わせた。
「黒藤。怪我人が出たんだってな。大丈夫か?」
その声に、克巳は硬直した。
こーゆー場合、機敏に動けることが自慢でもある克巳だったが、さすがにこの声には驚いて対処不可能!!・・・だった。
『うっそだろ。凛が、な、なんで、ここに・・・』
と心の中であわてふためいた瞬間、容赦なくカーテンが引かれた。
「いるのか、黒・・・。うわああああああああああっ」
悲鳴・悲鳴・悲鳴。保健室に悲鳴が響き渡った。
雪野が手でバッと耳をふさいだ。当然、克巳も耳を塞いでいた。それぐらい凄まじい悲鳴だった。
シャッとカーテンが再び引かれ、ベッドはまた密室空間に戻った。
だが、当然のごとく、さっきまでこの空間を流れていた甘やかな空気は、もう戻ってくる筈もなかった。
「な、な、なにやってんだ、てめえは〜!!!!」
カーテンの向こうで、気を取り直したらしい凛が叫んだ。
「て、てめえこそ。なんで、ここに。薫の店に行ったんじゃなかったのかよ」
克巳は慌てて雪野の服を元に戻してやりながら、ベッドから起き上がった。
幸い、着衣に乱れがあったのは雪野だけで、自分にはまだ乱れはなかった。ヒラリと克巳はベッドを飛び降りた。
「薫のところにいたんだろ。なのに、なんで」
カーテンを開け、克巳は凛の前に立った。
目が点状態だった凛だったが、克巳が自分の前に立った瞬間、キッと睨んだ。やや克巳のが背が高いので、睨みあげる格好になる。
「来ちゃ悪いかよっ。一人で後始末してるおまえが可哀想だと思って・・・。それに、おまえに訊きたかったこともあったし、君津も見に行ってこいって言うから・・・。なのに、てめえはっ」
ボトッと、凛の手から、なにかが落ちた。ナプキンにくるまれていたのり巻きがコロコロと、保健室の床を転がった。
「薫が見に行ってこいって?んなこと言ったのかよ・・・???や、わりー。い、いや。ちょい・・・。なんつーか・・・。そーゆー雰囲気になって・・・。でも。まだ未遂っつーか・・・」
しどろもどろになってしまった克巳を睨みながら、凛はバシッと克巳の頬を叩いた。
「て、てめえは。やっぱり、てめえなら、暁の女孕ませるぐれーやりかねねー」
「暁の女孕ます?なに、それ。って、凛・・・」
叩かれた頬に手をやりながら、克巳は眉を寄せた。
「信じてやろうと思ったのに・・・。バカヤロウっ」
ボタボタと凛の瞳から涙が零れた。
「なんで泣く・・・。つーか、暁の女孕ましたって、なんだよ、それ・・・」
「っせー。てめえなんか、もう知るか。俺は、俺は。おまえなんかより、君津のがイイ。俺は、君津とつきあう。おまえみたいな不埒なヤツ。イヤだッ」
バッと、凛は踵を返して、保健室を出て行った。
「なんだよ、それっ。凛。おい、待て、凛っ」
追いかけようとした克巳の体を、雪野が羽交い絞めした。振り払おうとしたが、ビクともしない。
「駄目よ。追いかけちゃ・・・。薫ちゃんに頼まれているんだから・・・」
んふふと雪野は、克巳の背の影で笑った。
「うっそ。てめえ、オカマかよ!」
克巳は背にピタリと張り付く雪野を振り返った。
「最近入った新人でーす♪♪今度指名して。アタシ、克巳くん好みよ。よろぴく★」
「うっ・・・」
どうりでビクともしねえ筈だ・・・と、克巳は諦めた。オカマの力は半端じゃないことは、過去よーく知っているからだ。
「くっ。ちきしょー!罠にはまったの、俺かい。薫のヤツ、凛じゃなくって、俺に仕掛けやがったのか〜」
腸が煮えくりかえるとは、このことだ・・・と克巳は思った。
この状況をなんとかせねば・・・。
克巳は雪野を振りほどきながら、歯を食いしばった。
脳裏に、勝ち誇った薫の顔が過ぎっていった・・・。

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