BACK      TOP         NEXT

「最初はグー。じゃんけんぽんっ」
「あいこっ」
「ええい、もう一度。最初はグーっ。じゃんけんぽいっ」
むきになってじゃんけんしてるアホ二人。凛は、そんなアホ二人をおいて、ソッと教室を出た。
幸い、目の色を変えてじゃんけんしてるアホ二人は、凛が教室を抜け出したことに気づいていない。
凛は廊下をコソッと走り、裏庭に向かう。
昼休みの裏庭は静かだ。あの静かなところで、自分の人生をゆっくりと考えたい。ゆっくりと静かに・・・。
「つーかさ。つーかよ。俺って、俺ってとんでもねえこと約束しちまったんだんじゃねえか〜」
凛は裏庭に辿りつくと、絶叫した。
「いやだあああ。絶対にやだ。あんな変態達とつきあうのはーっ。俺の平凡な人生が僅か17歳で狂いだすなんて」
わめきながら、凛は裏庭に立つ大木をガンガンと蹴飛ばした。
「神様、助けろー」
ウッウッと凛は、幹に寄りかかって嘆いた。
「なに騒いでるんだよ。凛」
と、頭の上から声が降ってきて、凛はギョッとした。凛は木の上を見上げた。
「ごっ、五条先輩」
「よお」
かつての生徒会役員の先輩・五条忍が、木の遥か上の枝に腰かけて凛を見下ろしていた。
「人の昼寝を激しく邪魔しやがって。地震かと思ったぜ」
と言いながら、鮮やかに五条は木の上から降りてきた。
「どーした?」
五条は凛の前に立ち、聞いてきた。
「せ、先輩っ」
うっ、と凛は、込み上げてくる複雑な思いに耐え切れなくなりガバッと五条に抱きついた。
「凛?」
「聞いてください、先輩。お、俺。俺っ」
うああああんと凛は五条に、今胸の中にある悩みを打ち明けた。


数分後には、五条は芝生の上に転がって笑っていた。常にクールを保つこの男にしては珍しいことだった。
「なになに。そんで、いきなり3P状態かよ、凛。アハハハ」
「わ、笑いごとじゃねえっすよ、先輩」
「これが笑わずにいられるかっ。しっかし、薫のヤツも究極に強引だな。可愛い顔して」
「あの顔に騙されてはいけない。って、今更言っても遅いけど」
しょぼんと凛は項垂れた。
「それはまあ、気の毒な」
クククと五条は口に手を当て、笑っている。
「先輩。な、なんかいい方法はないでしょうか」
「いい方法ねぇ・・・。ないこともないけど」
「え!?」
五条は、フッと笑うと、凛の顎を、その長い人差し指ですくいあげた。
「俺とつきあう?凛ちゃん」
「・・・!?」
「俺とつきあえば、あの二人だって文句は言えないぜ。なあ、どうよ。凛」
「・・・マジっすか?」
確かに。五条相手ならば、あの二人とつきあうよりかは、全然マシだと凛はチラリと思った。見た目は言うに及ばず、性格だってかなりマトモそうだ。
が。五条は確か、アレである。カノジョ持ちだ。それも、相当スゴイカノジョだった筈である。
凛は「?」と首をかしげた。
「俺、ホモだし。最近はそのせいですっかり干上がってるしな」
「小泉先輩は。もしかしてもう別れたんですか?」
半年前ぐらいの、あの卒業式追い出しパーティーのドハデな告白を凛はしっかり覚えていた。
そうそう忘れられるものでもないインパクトだった。
「あの人はいいの。俺の別格。本気と浮気は別でしょ」
フフッと五条は鼻を鳴らして、凛を見つめた。
「ふっ、不真面目だ」
凛はムッとした。なんという態度だ!と思った。
「そんなの不真面目です。先輩」
「・・・って。なにもそんなにムキにならんでも」
五条はクスクスと笑う。
「そういう態度はよくありません。小泉先輩が可哀想じゃないですか」
「そう?」
しれっと五条は言った。
「当たり前です。第一」
と凛が言いかけたところに、バタバタと足音が響き、アホ二人の姿が裏庭に現れた。
「か、薫。凛がさっそく浮気してるぞ」
「ああ。相手は、タラシの五条先輩!あんなのにかかったら凛はひとたまりもねえぞ。阻止せねば」
好き勝手言いながら、二人はこちらにズンズンと向かってくる。
「おまえの二人の彼氏登場」
ふふふふ、と五条は凛を見て、楽しそうに呟いた。
「や、やめてください」
ゾオーッと凛は背筋を震わせ、五条の背にそそくさと隠れた。
「五条先輩、ういっす」
「ああ」
軽く手を挙げ、五条は二人に挨拶を返す。
「凛を返してくださいっ」
「いきなり攻撃的な・・・。返すもなにも。まだ貰ってねえぞ」
スッと五条の切れ長の瞳が、面白そうに細められた。
「あげる予定は永久にありません」
君津が鼻息荒く言い返す。
「か、勝手に決めるなっ」
五条の背の後ろで、凛は喚いた。
「凛。おまえはつきあって一週間も経たないうちにもう浮気するのか。なんて尻軽なんだ、おまえは」
克己の言葉に、凛はカアーッと怒りで顔を赤くした。
「しっ、尻軽だと!?ざけんな」
「落ち着け。落ち着け。まあ、二人とも。んで。じゃんけんの結果はどうなった?おまえら二週間交代でつきあうことになったんだろ。
で。どっちがファーストの権利を得たんだ」
五条は、二人を見て、ニヤニヤしている。
「30分じゃんけんしていたが、結果はすべてあいこだった。そのうち凛が消えたことに克己が気づいて。慌てて追いかけてきた」
「30分、全部あいこ?」
キョトンと五条は呟く。
「てめえらがつきあえ」
五条の背後から顔をヒョコッと出して、凛は声だけは威勢がよかった。
「んなに気が合うならば、てめえらがつきあえよ。俺を巻き込むな〜」
凛は、ギャイギャイ五条の背中に隠れて叫んだ。そんな凛を無視して、黒藤はハアと溜め息をついた。
「五条先輩。どーしたらいいんでしょうね。ファーストの権利は、かなり重要です。けど早食いも、喧嘩も、じゃんけんも全て引き分け。
俺ら、なかなか勝負決まらなくて」
「そりゃ貴重だよなあ。なんたって、ファーストの二週間で、凛のバージン奪えるんだからな」
五条の言葉に、凛は白目を剥いた。
「あ?」
すると、二人は身を乗り出した。
「そーなんですよっ!全てはそこです。これからは共有しなきゃなんねえっていうのは、頭ではわかってます。けど、お初奪えるのはこの、ファースト期間だけですよ。
やっぱね。好きな子の初めての相手になりたい訳ですよ。俺ら、互いに。そーなると慎重に勝負決めなきゃとは思うんですけど、全然勝負になりゃしねー」
忌々しげに君津は舌打ちした。
「確かに。それは難しいな。なかなか」
「ですよ」
「って、凛。どーした。なにいきなり転がってる」
黒藤は、ヒョイッと五条の背後を覗きこんだ。凛が芝生に倒れている。
「だ、脱力したんだよ。な、なんだよ。そのバージンって」
ムクッと起き上がって、凛は黒藤を見上げた。
「知らねえのか?処女だよ、処女。セックスが未経験の子のこと」
「それぐらい知ってる。それ、俺か?俺、なのか?」
「だって。俺も薫も処女じゃねえもん。あ。でも、尻は未経験だから、そういう意味では処女だけど。ま、セックスは経験者ってことで」
あっけらかんと黒藤が言う。
「凛ちゃん。女の子とやったことないでしょ」
君津が楽しそうに、凛を見下ろしている。
「う。ね、ねえけど。まだ・・・」
カアアアッと凛は顔を赤くした。それを見て、君津と黒藤は「かわいい〜」と、ほにゃんとやにさがった。
「確かに可愛いかも」
とボソッと五条も呟いた。
「ま、そういう訳でよ。俺と克己。どっちもおまえの初めての相手になりたいの。だから、マジに勝負してるんだよ。最初の2週間で俺ら必ずおまえとHするからさ」
堂々たる君津の変態宣言に、凛は、フッと意識が白んだのを感じたが、失神してる場合ではないので、踏ん張った。
「かっ。必ずってなんだよ。しなきゃならねえ必要ねえぞ」
ブンブンと腕を振り回して、凛は叫んだ。
「必要はある。股間はもう限界」
君津が自分の股間を押さえた。
「健全な青少年だからさ。好きな子と一緒にいてHしたくねえ筈ねえだろ。なあ、先輩」
黒藤はすかさずに、その道の達人?五条に相槌を求めた。
「・・・イエスと答えるべきかノーと答えるべきか」
さすがの五条も、凛が気の毒になったのか、言葉を濁している。
凛は、こーちょくしてしまった。
つきあうっていうのは、こういう生々しさも伴ってくるのか・・・と改めて思った。
一緒に登下校して、喫茶店でだべって。デートして、ちょっとキスしたり。それだけじゃ、ないのだ。
『つーか。こいつら相手じゃ、それすらもしねえまま、いきなりベッドに引きずりこまれそうだ』と、凛はゾクゾクした。
「だ、だめっ。絶対にダメ。せっ、セックス禁止。俺、絶対にしねえ。おまえらとつきあってもHはしない。それ前提」
凛の叫びが裏庭にこだました。
シーン・・・
恐ろしいまでの沈黙が、ただでさえ静かな裏庭に響いた。そんな中、凛の心臓だけが、ドクンドクンと脈打っていた。
シーン・・・
『な、なんだよ。この沈黙。なんとか言えよ。アホ二人。五条先輩も黙ってねえでフォローしてくれよ』
キーンコーンカーンコーン!
「あ。チャイム」
「教室戻るか」
スッと黒藤と君津は立ち上がった。
「あ。ちょっと待て。い、いいか。わ、わかったな。てめえら。約束だぞ」
凛は、二人の背に叫んだ。すると、二人は同時に凛を振り返って、同時に「「却下」」と怒鳴ったのだった。
「へ!?」
「よーちえんせーのおつきあいじゃあるめーし。手繋いで満足出来るような歳じゃねえんだよ」
「うぶいのにも程あるぜ。そこが可愛いけどさ。H禁止はいただけねえな」
二人は顔を見合わせ、フフッと笑った。
「「却下」」
もう一度仲良く叫ぶと、二人は肩を並べてさっさと去っていった。
「・・・ご、五条先輩・・・」
「ん?」
「俺。あの二人のがお似合いだと思うんですけど」
「そーだな。それは俺もそう思う」
「なんとかつきあわせる方法ありませんか?」
ウルッと目を潤ませて、凛は五条に縋った。
「そんなこと考えている暇があったら、尻を守る手段を考えろよ」
ポリポリと五条は頭をかきながら、苦笑する。
「先輩が考えてくださいっ」
「両方、好きになっちゃえよ。どっちも好きになれば、どっちにやられようと嬉しいだろ」
「かっ、簡単に言わないでください〜」
「あ。俺、今怖いこと考えた」
「へ?」
「この勝負。たぶん、勝ち負け決まらなかったら、二人でくるぞ、きっと」
「はあ?」
「とりあえず最初は、3人で一緒にって。ま、いわゆる3Pだな。すげえな、凛。処女喪失が3Pとはめったに出来ない経験だ。しかも強姦じゃねえからな」
「強姦だっつーの」
凛は額に青筋立てて、反論した。
「ま。それがいやならば、おまえがどっちかに決めろ。それが一番ハッピーだな」
「アンハッピーです・・・。し、死にたい・・・」
ゲッソリと凛は、肩を落とした。
「気の毒になあ。こればっかりは俺にもどうしようもねえし。ま、あの二人が初めての男になるのがいやならば、俺がなってやってもいいけど。俺は処女には優しいし」←嘘つけ
「・・・小泉先輩に殺されそうなので、遠慮しときます」
「バレなきゃいいの。おまえは本当に真面目なんだから」
五条は凛の頭を撫でた。
「とりあえず俺が出来ることと言ったら。3Pになんねえことを祈っててやるよ」
「Hはいやです。絶対にやりません。断固として」
ギュッと凛は唇を噛み締めた。
「男として、それはちょっと困る話だけどよ」
「俺だって、男です。男なんだから、抱かれるより抱く方がいいに決まってます。つーか、当たり前でしょうが」
「あれ?おまえ。薫と克己抱きたいの??」
のほほんと言う五条に、凛はブチッ★と血管を切らした。
「も、もういいです。先輩、真面目に聞いてくれないっ」
「真面目に聞いても、どうにもなんねえし。なるようになっから、覚悟決めろや、凛。その点、俺のカノジョは、潔かったぜ。災い転じて福となることも多いにあるからな」
「そういう福ならば、いりません。ああ、どうしよう。授業遅刻だ。し、失礼します」
と、悩んでるわりには、真面目な凛は、こめかみに青筋立てながらも、パタパタと校舎の方へと走り去った。
五条は、「なかなか面白いことになってんじゃん。りおに話してやろ」と、勿論まるっきりの他人ごとであったのだった・・・。


旺風学園。学園祭。当日。
「なんじゃ、てめえら。そのきっしょい格好はっ!」
元生徒会長の新城は、悲鳴をあげた。
「やん。先輩。可愛いって言って」
クルッと君津がセーラー服のスカートの裾をひらめかせて、ターンした。
恐ろしく似合っていて、援交オヤジ達が殺到しそうなぐらいの可愛さだ。
「しゃ、洒落になんねえ・・・」
ヒクッと頬を引き攣らせて、呟く。
「我が生徒会役員主催の癒しのカフェ。ナッチュラルでスッウィートなメニューを取り揃えて、お客様を満足させます。ってな、
煽り文句だけじゃ客は来ない昨今!生徒会役員自らが体を使って客引きします」
そういう黒藤もセーラー服で、ドバーンと迫力のある年上美人風に変身していた。
「オカマバーじゃあるめえしよ。オンナの子いるんだから、最初から女の子使えよ・・・」
「でも新城クン。なんか、綺麗だよ。この二人・・・」
新城のカノジョは、チラチラと薫と克己を見つめては、ポッと顔を赤くした。
「お目が高い!さすがは、新城先輩のカノジョをやってるだけあります。是非っ。当店へお茶にお立ち寄りください、先輩っ。
そして、お帰りの際は、当カフェの女装コンテストへの投票を。ええ。勿論。この偉大なる生徒会長君津薫と単なる書記の黒藤克己、
どちらがまごうことなき美女、かを」
すかさずに宣伝こきまくる君津であった。
「どっちってさ。おまえら二人が候補じゃねえだろ。ほかにも役員いるじゃんか」
しろ〜い目で、新城は君津を見た。
「まあね。いるにゃいるけどさ」
克己は、辺りを見回した。
「ほかのやつらは、もう目を覆いたくなるような、単なるオカマ崩れだからなぁ」
黒藤の言葉に、君津はウンウンとうなづいた。
「・・・凛は?柳沢はどう?俺、凛なら可愛いと思うぜ」
ポンッと新城は手を打った。すると、黒藤と君津は顔を見合わせた。
「あ、ああ。凛ね。この企画、女装するってだけを内緒にしておいたンすよ。アイツ、絶対反対すっから。そんで今朝話したらそっこーで卒倒されてさ。
保健室で寝てるけど、そのうち起きてきますよ。まあ、凛が可愛いのは当然ですけどねっ」
「って、おまえらが何故にそんなに偉そうに・・・。まあ、わかった。わかった。あとで食べに来るから。適当に頑張れよ」
そそくさと新城は、ヤバイ場所から逃げていった。


一方の凛は、保健室のベッドで目を覚ました。
「あ、俺・・・。なんかすげえ悪夢を見ていた気が・・・」
と、ぼんやりとしていると、シャッとカーテンがあいて、役員の女の子達が顔を出した。
「柳沢先輩、起きましたね」
「ん。ああ。わりー。俺なんか倒れて・・・」
と言った瞬間、凛はサーッと顔を青くした。
「お、オカマ喫茶??」
今朝ほどあのバカ生徒会長とバカ書記に告げられた生徒会での催しモノ。
癒し喫茶に、オカマを配置するとかなんとか。ハハハ。バカらしい。夢だ、夢。
「んじゃ失礼しまーす」
女の子達がずかずかとベッドに向かって歩いてくる。
「へっ?」
「早く支度しないとね。君津先輩達が待ちかねているわ。んじゃ柳沢先輩、失礼しまーす」
彼女達が手にしているのは、セーラー服。ブラシ。かつら。剃刀。
「ええ?そ、それは、なんだ!?」
驚く凛をまるっきり無視して、女の子達はベッドの上の凛を取り囲んだ。
「きゃー。柳沢先輩の髪柔らかいー」
「色素薄いから、すね毛全然目立たないっ。剃刀いらないわね」
キャアキャアと楽しそうに、彼女達は仕事の手を進めていく。
「ちょっと待て。こ、これは一体」
「肌プルプルー。あ。動かないで。ちゃんとリップ塗らなきゃ。ピンク色がいいよねっ」
グイッと凛は、女の子のか細い指に顎を掴まれて、無理矢理リップを唇に押しつけられた。
「や、やめろ。これは一体。うわあああ。夢じゃなかったのか〜」
ドッバーン。
10数分後には、凛は綺麗可愛い美少女と化していた。
さすがに女の子達に手をあげる訳にもいかず、凛はされるがままに任せていた結果がこれであった・・・(汗)


「はあはあ。ふざけんな。バカヤロー」
凛は、思いっきり俯いて旧校舎を飛び出し、新校舎に向かって走っていた。
今日は文化祭だ。見知らぬ人々が、学校内にはウロウロしている。
思いっきり走っていた凛は、曲がり角で人とぶつかった。勢いがついていたので、凛はドサッとその場に尻餅をついた。
「す、すみません」
ずれかけたかつらを押さえながら(ここらへんが几帳面)凛は、ぶつかった相手にペコリと謝った。
「いいえ。そっちこそ大丈夫?ところで、パンツ見えてるよ」
「うっ。あ」
慌てて凛は、短いスカートを押さえた。カーッと顔が一瞬のうちに赤くなってしまう。
「冗談だよ、冗談」
ぶつかった相手は男で、笑いながら凛に手を差し伸べてきた。
「す、すみません。急いでいたもんで。ありがとうございます」
差し伸べられた手に右手を重ねて、凛は起き上がった。
「こちらこそ。前方不注意でした。尻餅ついちゃって痛かったでしょ。お詫びにお茶でも奢るよ」
男はニッコリと笑いながら、凛を引っ張り起こしてくれたのだった。
「え???」
「なーに、使い古された手口でナンパしてる。玲」
「げ。あっち行ってろ、泪」
助け起こしてくれた男が泪と呼んだ男は、ジーッと凛を見つめては、ニコッと微笑む。
「さ。とにかくお茶しにいこっか」
なぜか泪という男まで、凛の空いていた左手を掴んだ。
「便乗すんな」
「可愛いんだもん、この子。ねえ。女装しちゃって、なんか出し物でもするの?俺、応援しにいくよ」
ニコニコッと泪という男は愛想がいい。ものすごく整った顔で、外人みたいな男だった。
「俺が先に目つけたんだ。俺だって応援にいくよ。すっげえ可愛いよ、その格好」
玲と呼ばれた男も、彫りの深い整った顔の男だった。よく似ているので、兄弟だろう。
そして、二人とも身長がやたらとデカイ。そんな二人に囲まれて、凛はたじろいだ。
「あ、あの」
どう断ろうかと凛は戸惑っていた。
「ちょい誰かさんに似てるなあー。とくに目元が。玲。おまえもいーかげんわかりやすいな。好みのタイプがハッキリしてる」
「っせえ。誰かって、誰だよ。だいたい泪こそ横入りしやがって」
ギャイギャイと言い合いをしだした二人を見て、「チャンス!」と思った凛は、ソロッとその場を抜け出した。
「あ。待って。逃げないでよ」
気づいた玲という男が、凛の背中に声をかけた。
「ごめんなさい。俺急ぐんで。よければ、生徒会主催の喫茶にいらしてください。あとでお詫びしますからっ」
バーッと凛は走り去った。最近、俺は、男難の相でも出ているのか?と凛はゾッとした。


凛の提案で、癒し系っぽく清潔で可愛らしくセットされたテーブルやテーブルクロス。
壁には花々がセットされ、生徒会主催の喫茶店の店内はとても雰囲気がいい。
・・・筈だった。昨日、セッティングを終えて、下見をしたあの時までは。
なのに・・・。なのに。レジやウェイトレス達は、皆オカマ。女装の野蛮人達。
想像するだけで雰囲気ぶち壊れもいいとこじゃねえかっ!と凛は顔を顰めた。
「君津、黒藤ーっ」
凛は、入り口に立つなり、大声で怒鳴った。ザワッと、店内にいた大勢の人々が、凛に注目した。
凛の予想に反して店内は大盛況であった。
そんな大勢の人々が、凛に一斉に注目する中、名指しされた二人はどこからともなくすっ飛んできた。
「凛」
「凛ちゃーん」
二人は同時にガバッと凛に抱きついた。
「うぎゃあああっ」
凛は悲鳴をあげた。二人の勢いに、凛がはいていたスカートの裾がヒラッと閃いた。
「か、可愛いよ、凛。頭から食いてーっ」
君津。
「すげえ足が綺麗ー。顔は勿論だけど。あー、オッパイないのが不思議なくらい」
黒藤。
「や、やめんかっ」
バッと凛は二人を振りほどいた。店内はドッと爆笑している。どうやら、単なる余興としか思われてないらしい。
「誰、あれ」
「柳沢先輩だよ。キレー」
「うわ。マジで可愛いかも」
「女にしちゃ背でけえけどな。うん、可愛い」
あちこちでヒソヒソと女装の凛への評価が囁かれていた。
「なんでこんなことにっ。昨日までの計画じゃ、女装なんて」
と叫んだ凛の口を、君津がバッと掌で塞いだ。
「結果オーライ、結果オーライ。見ろよ。この店内の盛況ぶり。裏じゃ、食いモンとか間に合わなくて嬉しい悲鳴をあげてるんだぜ。
がっぽりもうけて、おまえの欲しいもん買ってやっから」
と、君津はまるで援交オヤジみたいなことを言った。
「アホぬかせ。これの売り上げ金は、生徒会の予算だ」
と、モゴモゴと凛は言い返す。
「ほら。皆、楽しそうに飲んだり食ったりしてってくれてる。見ろよ、凛。いいじゃん。俺はイイと思うぜ。楽しんでもらえればさ。そういう趣旨じゃん」
言いながら黒藤は、君津の腕をつねって、凛の口を塞いでいた掌を無理矢理引き剥がした。
「ま、まあ。それはそうだけど・・・」
もっともらしいことを言われて、凛は口ごもった。
「気持ちよく働こうぜ」
ポンッと黒藤が凛に銀のトレイを手渡す。
「よー。お邪魔するぜぇ」
背後から声をかけられて、凛はハッと振り返った。
「り、りお先輩に五条先輩」
「ぎゃー。マジにてめえら女装してんだ。すっげえ」
ギャハハハと笑いながら、りおはペラーッと凛の短いスカートをめくった。
「ひゃっ」
驚いた凛は、手に持っていた銀のトレイで、バンッ★とりおの頭を叩いてしまった。
「いってえ。なにすんだよ。洒落じゃん、洒落」
りおは頭を抱えて、うーっと呻いた。
「す、すみません、つい。すみませーん〜」
「凛。虐めないでよ。俺のカノジョ」
ヒョイッと五条はりおを背中から抱きしめた。
「っあ。り、凛、貸せっ」
りおは、凛の手から銀のトレイを奪って、ゴーンッと五条の頭に叩きつけた。
「ベタベタすんじゃねえ。俺はまだ昨日のこと許してねえからな」
「いってえ」
五条は殴られた頭を、りおと同じように抱えながら呻いた。
「ふんっ。よー。皆の衆。元気かー」
「りお先輩だっ」
「小泉先輩だー。ちゅーっす」
「久しぶりです、りお先輩〜。こっち来て、一緒にお茶しましょーよ♪」
「おう」
あちこちのテーブルから、りおに声がかかる。
りおは機嫌よさそうに、五条をおいてさっさとあちこちのテーブルに挨拶に行ってしまった。
「そーいや、ひでー顔ですね、五条先輩」
チラッと君津が五条を見上げた。五条の顔は、痣だらけだった。美形だから余計に悲壮に目立つのだ。
「夫婦喧嘩?」
黒藤が聞いた。
「そんなとこかな」
「また浮気がバレたんだな」
君津が呆れ顔だ。
「そんなとこかな」
五条は溜め息をついた。
「凛。こんな男には近づいちゃダメだぞ。って、あれ?」
凛は、客に声をかけられて、納得のいかないセーラー服姿のまま、注文を聞きに行ってしまっていた。
テーブルの客達がメニューを見ながら注文してるのを、凛は一生懸命メモしてる。その横顔が真剣で可愛い。
「真面目だよなあ。嫌がりつつ、ちゃんとこなしちまってサ」
ほうと黒藤が溜め息をつきながら、凛を見つめている。
「うーん。だからこそ、穢したいだよなあ。あーゆーお堅いとこ」
フッと不気味な笑みを携えて、君津も凛を見つめている。
「・・・こいつらより、俺のがマシだよ・・・」
二人の物騒な台詞に、五条は肩を竦めた。気の毒に、凛・・・と思いつつ。


学園祭は盛況に終わった。結局、生徒会主催の喫茶店での「女装お似合いコンテスト」の勝者は、柳沢凛に決まった。
圧倒的な投票数だった。
「ちくそー。やはり勝負がつかなかったか」
君津は、ブーッと頬を膨らませながら投票結果の書かれた用紙を見ては、肩を竦めた。
当然のごとく君津と黒藤は、このコンテストに勝った方が凛とのファースト期間を得る賭けをしていたのだが、軍配は当の本人にあがってしまったのだ。
「しゃーねーよな。凛マジに可愛かったからな」
言いつつ、黒藤は、僅かばかりの配当金(コンテスト勝者に贈られる)を手にして複雑そうな顔をしてる凛の傍らに歩いていく。
「よー。凛。今回はすごかったな。念願の1位じゃんか。俺や薫をぬいて」
「黒藤・・・。こんなのちっとも嬉しくねーよっ。勉強じゃねえんだから」
「なに言ってんだよ。どんな勝負だって勝てば気持ちいーだろ。なあ、必」
バキッと凛は黒藤の頬を殴った。
「その台詞は言うなっ」
「まあまあ。とにかくおめでと★あとは、校庭でキャンプファイヤーだろ。一緒に見学しようぜ」
「やだね。なんで俺がてめえとなんか」
「んじゃ、俺だ。なあ、凛。俺と見ようぜ」
君津もさっさと凛の傍に来ていて、凛の腕を引っ張った。
「薫。てめえは、司会役があんだろーが」
「テントで凛と一緒に座ってみるんだよ」
「どっちもいやだっ」
凛は、キッと二人を睨むと、駆け出そうとした。
「後片付けしてけや、おら」
黒藤が、そんな凛の肩を掴んで、ニッコリと笑った。
「う」
そうだった。まだ喫茶店の後片付けが残っていたのだった・・・と凛はガックリと肩を落とした。


机の位置を戻し、壁の装飾をはずし、役員一同がガタガタと後片付けをしていると、君津が放送で呼び出された。
後夜祭と言われるこれから校庭で催されるキャンプファイヤーの準備の為だ。
君津は、尾谷を連れて準備委員会の部屋へと渋々移動していった。
もくもくと後片付けをしていた凛だったが、すぐ後ろに黒藤が立ったのに気づいて、ギクッ★と振り返った。
「凛。マジで後夜祭は俺とつきあえよ。一緒にいようぜ」
「冗談はそのツラだけにしな。やだね」
凛は、椅子を抱え上げて元に戻している。
「やだって言われてもひかねーもん。拉致るっ」
グイッと、黒藤は凛の腕を引っ張って走り出した。
「や。お、おい。なんだよ」
後片付けでざわめく教室を、凛は黒藤に引っ張られたまま後にした。
「なにすんだよ。この手、離せ」
バシッ、バシッと凛は黒藤の手を叩いた。
見る見る間に黒藤の腕は赤くなってしまったが、そんなことにはちっともめげないで黒藤は凛の腕を掴んだまま離さない。
「どこ行くんだよ。おいっ。あ、後片付けがっ。後片付けがまだ残ってる」
バタバタと廊下を走りながら、凛は叫んだ。
廊下を走り、階段を駆け上がり、黒藤はとある一室の前に来ると、ポケットから鍵を取り出して、ドアを開けた。
「な。なに、ここ?」
「茶道部室。ちなみに俺、茶道部。この部屋の管理人を任されていたりなんかする」
ポイッと凛を和室に押し込むと、黒藤はサッとドアを閉めた。
「あ。おい。なにすんだよっ」
密室!静まり返った部屋。薄暗い。凛は、サーッと青褪めた。
「なんもしやしねえよ?警戒してんな」
「するわいっ。電気点けろ」
ササーッと凛は部屋の隅に避難した。
「まあ、いいから。ほら、こっち来いよ」
黒藤はそう言いながら、ガララッと窓を開けた。フワッと心地よい小さな風が吹き込んできた。
「ここな。穴場なんだよ。ほれ、見ろ。校庭は人でごった返してるだろ」
「・・・」
凛は、そろそろと窓に近寄り、外を見た。
校庭が一望出来る。キャンプファイヤーの用意は完璧に出来上がっていて、そこにはたくさんの人たちが集まっている。
もうすっかり日も落ちて、辺りは真っ暗だった。校庭に設置されたライトがそんな人々を照らし出している。
「あんなところにいるより、ここにいた方がいいじゃん」
「けど・・・。君津一人でバタバタ準備してるんだぞ。俺だって副生徒会長である以上、任務は果たさなければ」
「任務ってなあ。準備はもう昼間にしてあんだよ。薫は特設テントの中で司会していくだけだろ。俺達は、ただの傍観者。後始末だけ手伝えばいいの」
「・・・」
黒藤は窓から離れて、和室の隅にあったビニール袋を手にして戻ってくる。
「これ。買出ししておいた。お菓子やジュース。ここで高みの見物といこうぜ」
ニッと黒藤は笑って、その場にあぐらをかいて、ビニール袋をゴソゴソと漁りだす。
「色々買ってきておいたんだぜ。いつもおまえの家で出してもらう菓子が、おまえの好みなんだなと思ってな。それとか。ほれ。あと、ジュース」
ポンッと黒藤は凛にジュースを投げた。それを受け取りながら、凛も渋々和室に座り込んだ。
「無断で茶道室を使っていいのかよ。ちゃんと使用許可を出したのか?」
「出すかよ、んなもん。いいんだよ。使いたい時に使えば」
「訳のわかんねえこと言ってんじゃねえ。ここはてめえの部屋じゃねえだろ。公共の部屋だ。えばってんじゃない」
と、凛が喚いたと同時に、スピーカーから君津の声が聞こえた。
『時間になりましたので、後夜祭を始めたいと思います。副生徒会長の柳沢くんー。テントに戻ってきてください。では、始めましょうか。
まずは校長先生のご挨拶から』
「い、行かねば」
凛はすぐさま立ち上がったが、黒藤が邪魔をした。
「行かなくていい」
ズサッと足払いをされて、凛は畳に倒れた。
「なんで薫のとこになんか行くんだよ。てめー、薫が好きなのかよ。俺がこうやってお菓子用意しててめえをもてなそうとしてんのに」
「そーゆー問題ではないっ。今、俺は呼び出されただろうが。君津が好きとか嫌いとかの問題じゃねえんだよ」
「行ったって、大した用事なんかねーよ。アイツは凛を傍においておきたいだけなんだから」
「俺は副生徒会長としての責務を」
言いながら凛は上半身を起こした。
「うるせえ」
やはりといおうか。当然といおうか。倒れた凛にのしかかってきて、黒藤は、凛に無理矢理キスをした。
「や、やめっ。てめえ、なにもしないって言ったじゃねえかっ」
薄暗い密室。鍵もバッチリ。今や校舎に残っている人々は少ない。大抵の人々は校庭だ。ここでどんなに叫ぼうとも無駄である。
畳に押し倒されて、凛はバタバタと暴れたものの、黒藤のキスから逃れられなかった。
「んんっ」
一体何回すりゃ気がすむんだ。窒息するーっと凛はグルグルと目を回しかけた。
「俺と最初につきあうって言えよ。いや。最初じゃねえ。俺とだけつきあうって言えよ。薫にハッキリ言え。俺が最初におまえに惚れたんだ。
必勝のはちまき姿のおまえに惚れたんだ。可愛いおまえが好きなんだよ。おまえの顔も、その生真面目な性格も、全部好きだ。俺を好きになれ」
「いきなり強引なことを言うなっ」
「いきなりだから、強引なんだよ。それに、おまえ。強引が好きなくせに」
「なんだって!?」
「おまえは強引が好きなんだよ。薫とつきあうことになったのも、あいつが強引におまえにキスしたからだろ。だったら俺もしてやる。
おまえが俺とだけつきあうって言うまでキスしてやる。しまくってやる」
グッと黒藤が凛の顎に手をかけた。
凛は、ギクッとしてその腕を払いのけたが、黒藤の方が力が強かった。
「やめろよ」
恐怖に引き攣った顔で、凛は暴れた。
「やだね」
自分を覗きこむ黒藤の黒い切れ長の瞳に、恐ろしいぐらいの迫力を感じて、凛は怯んだ。
その隙に、黒藤がガバッと覆いかぶさってきた。
「考えてみりゃ、チャンス以外のなにもんでもねえな。ここ密室だし。キスだけじゃなくって、最後までやっちゃうおうか。そのほーがおまえも覚悟決まるだろ」
「最後まで!?」
ヒッと凛は顔を強張らせた。
「そ。凛を、バージンから卒業させてやる。そーすりゃー、おまえは俺のモンだ」
「ば、バカ言うんじゃねえっ」
いやだーっと叫んだものの、それで止まるような相手ではない。
さっき着替えたばかりの学ランに手をかけられて、ポイッと脱がされ、挙句にシャツまで脱がされた恐るべき早業。
「ちょっ。やべえよ。ま、マジでいやだ。なんでてめえ、こんなに素早い。やめろー」
バシッ、バシッ★と凛の拳が黒藤にヒットした。
だが、めげない黒藤は、凛のズボンに手をかけた。さすがにそれだけは凛も耐えられなかった。
「やめろって言ってるだろ!バカヤロウっ」
「いてっ」
ガアンッと黒藤の顎を拳で殴りつけて、凛は黒藤の体の下から必死に脱出した。
黒藤は、さすがに凛に渾身の力で殴られて、その場に言葉もなくうずくまっていた。
「やだって言ってるじゃねえかよぉ」
堪えきれずに、凛はぼとぼと・・・と、涙を零した。
「な、なんでおまえは・・・。そうやっていつも・・・」
ボロボロと凛に泣かれて、黒藤は顔をあげた。思わず唖然となる。
「てめえ・・・。幾つだよ。その泣き方・・・」
大きな目から、ポロポロと涙を零している凛は、まるで子供のようだった。
「う、うるせえ・・・。おまえ、目マジで・・・。すげえ怖いんだも・・・」
溢れる涙を掌で擦りながら、凛は後ずさった。チッと黒藤は舌打ちした。
「マジだよ。マジに決まってんだろ。こんなこと、洒落で出来るかよ」
「マジでこられたって・・・。俺は・・・」
ううっくと、凛はまたボロボロと涙を零した。
「ざけんなよ・・・。なんだてめえ。調子狂うな」
「こっちの台詞だっ。てめえはなんだ。男の俺相手に、セックスしてえなんて狂ってるぞ」
凛の台詞に、黒藤はフンッと鼻で笑った。
「狂ってるおおいに結構だね。世の中どーせ狂ってる。言っておくけどな。俺はおまえが好きなんだ。好きで好きでどーしよーもねーんだよ。
好きならやりてーに決まってんだろ」
「俺の気持ちは無視かよっ」
「無視してねえよ。おまえが決めかねているようだから、こっちから仕掛けてんだろ。はっきりしやがれ。グズグズしてねえでよ」
「わ、わかんねえんだもん。成り行きでおまえらとつきあう羽目になったけど・・・。どっちが好きかなんてわかんねえんだもん」
「だからわかんねえならば、俺好きになれって言ってんだろ」
「そんなこたあ、君津にも言われてる」
「無視しろ。俺だ、俺。俺を好きになれ」
バシッと、黒藤は凛のシャツを凛に投げた。
「着ろよ」
「てめえが脱がしたんだろ。偉そうに言うな。言われなくたって、着るに決まってる」
凛は速攻でシャツを羽織った。次に学ランが飛んでくる。それも慌てて羽織った。
「来いよ」
黒藤は立ち上がって、ゴソゴソと衣服を整えている凛の右腕を引っ張りあげた。
「な、なんだよ」
無理矢理立たされて、凛はムッとする。
さっきから好き放題に引っ張りまわされて、しかも簡単に思うままにされてしまうが自分が、とても悔しい凛だった。
黒藤に触れられている腕が、ピクピクと震えた。先ほどの恐怖が残っているようだった。
「そろそろだな」
凛を窓際まで連れてきて、黒藤は窓枠に腰かけた。そして、更に大きく窓を開けた。
『では。皆さん、そろそろ踊っちゃってくださーい。旺風学園バンザイっ♪今日は皆さんお疲れさまッス』
スピーカーからは、君津の調子のいい声が流れてきて、次に恒例のダンスソングが流れてくる。
それと同時に、バーンッと夜空に打ち上げ花火があがった。
校庭の生徒達の歓声が、ここまで届いた。通年の後夜祭では、花火の演出は許可されない。
今年に至り、君津と黒藤が花火を提案したのだが、凛はずっと反対していた。なにかと面倒くさいことが多いからである。
しかし、結局はこの企画は通ったのだ。尾谷の父が花火職人だったから・・・が許可された理由らしい。
だが、かなり無理矢理な裏工作があったのでは?と身内の生徒会の中では囁かれてはいた。あの二人ならば多いに考えられる。

夜空に打ち上げられる花火は、とっても綺麗だった。音と光の、間近でみる凄まじさ。
「うわ〜」
凛は、すぐ真上に打ち上げられた花火を見て、思わず状況を忘れて、声をあげた。
「打ち上げの詳細聞いてさ。だいたい位置聞いたら、この部屋から見るのが一番綺麗だと思って。おまえをここに連れてきたんだよ」
ボソリと黒藤は言った。
「・・・」
「んな乱暴する予定はなかったんだけどよ・・・。やっぱり、おまえが傍にいると、暴走しちまって。驚かせて悪かったな」
窓枠に腰かけ、花火を見上げながら、横顔で黒藤は言った。至極真面目な横顔である。
「みきさんからおまえの情報仕入れてて。花火大会とか行ったこたねーんだろ。家族とかと。でも凛は花火が好きだっつーからさ。
んだから、喜ぶかなって思って。こんな近くで花火とか滅多に見れねえだろ」
「・・・」
凛はチラッと黒藤の横顔を見て、うつむいた。
「最初からそう言ってくれれば・・・」
「ふん。んなこと堂々と言えるわきゃねえだろ。クソ恥ずかしいっつーの」
「今言ったならば、いつ言ったって同じじゃねえか」
「雰囲気ってもんがあんだよ、鈍感。第一、俺と二人っきりで茶室で花火見ようなんて、素直に言ったって、てめえがついてくるかよ」
「勿論、ついていかない」
プイッと凛は再び花火を見るために、夜空に視線を移す。
「おまえってヤツは・・・」
黒藤は、夜空から視線を移して、凛を見た。凛の横顔を、花火の明かりが照らし出している。
視線に気づき、凛も黒藤を振り返った。一瞬、奇妙な沈黙が二人を包んだ。
「・・・」
「・・・」
黒藤が、スッと体をずらして、凛に向かって腕を伸ばした。
「おまえが好きだ」
低く、掠れた黒藤の声。
「おまえが、好きだ。たまらなく、好きだ。どうしようもなく、好きだ」
凛は、目を見開いた。今まで見たこともない、真剣な黒藤の瞳。視線。
「・・・」
言い返す言葉が、うまい反論の言葉が見つからなくて、凛は唇を噛み締めた。
グッと黒藤の腕が凛の腰に回されようとした、その時。
『茶室でサボってンじゃねーぞ。こっから丸見えだぞー。逮捕状出したから、おまえらはすぐに逮捕されっぞ。副生徒会長、書記くん。お仕置き覚悟しとけよー』
と、スピーカーから君津の声が聞こえた。
「うっ」
ギクッとして黒藤がドアを振り返る。バタバタと足音がして、かけていた鍵がガチャッと解除される。合鍵を使用されたらしい。
「会長命令でお二人を逮捕しまァすっ!」
バーンッとドアが開き、尾谷達がざわざわと乱入してきて、ガシッと二人を取り押さえた。
「凛」
皆に抑えられながら、黒藤は凛に向かって叫んだ。
「薫は必ず仕掛けてくる。やつの甘言にのるんじゃねえぞっ」
「う、うるせえ。俺に指図すんじゃねーっ。んなこた、言われなくてもわかってる」
言い返す凛の顔が、花火に照らされてか、赤かった。
「ハイハイ。さぼりはここまででーすっ。克己先輩は、居残りでうちのとーちゃん達と花火の始末。柳沢先輩は、これからうちらと打ち上げパーティーでーす♪」
尾谷は、なぜだかとっても楽しそうだった。
「俺だけかよっ。てめえも薫も・・・。覚えてやがれよっ
役員達に押さえつけられながら、黒藤は舌打ちしながら尾谷を睨んだ。
「克己先輩〜。んなに怒らないでくださいよぉ。これも俺の任務なんですしぃ」
黒藤の迫力に、尾谷はビクッと肩を竦めながら、おどおどと言った。
「なんで!?俺もさぼったから、黒藤と一緒に居残りで後片付けだろ」
凛は尾谷に羽交い絞めにされているのはを振りほどきながら、抗議の声をあげた。
「そうなんですけどね。でも先輩はコンテストの勝者ですし、真面目に働いてくれたのでお目こぼしだそうです。薫先輩のご配慮に感謝しましょ。では、行きましょう」
「関係ねえよ。離せって。このバカ力」
二人は茶室を出た途端に、右と左に別れて、それぞれの場所へと連行されていった。
「凛。絶対に、薫の罠にはまるなよ。はまったら、承知しねえぞっ」
黒藤の叫び声が、廊下に響いた。

続く

 BACK      TOP         NEXT