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「オカマなら、こちとら遠慮せんわいっ」
ガアンッ!克巳は、必殺の一撃をオカマに食らわせると、即座に携帯を取り出した。
「くそっ。薫にかけてもしょーがねー。凛なんか、もっと無駄だ。ええい。あ、もしもし。みきさん?まだ店にいますね?今からそっち行くから待っててください。よろしく」
キュウ〜とのびてしまったオカマを踏みつけて、克巳はドタバタと保健室を飛び出した。
ものすごい勢いで校門を走り抜けていく。
その際に、ドンッと誰かにぶつかったが、構うこっちゃなかった。
誰かが「こらーっ!」と怒鳴ったが、無視して、克巳はある目的の為に、凛の兄みきの経営する美容室「スカーレット」に向かって全力疾走だった。


一方の凛は、頭に血を昇らせて、薫パパの経営する店へと戻っていった。
神聖なる学園の保健室で、あのような不埒な行いをしていた克巳の存在を、凛は激怒する頭ですっかり許せないでいた。
あれでは、暁学園のオンナを妊娠させたというのも、間違いではあるまい!と思ったら、もう我慢出来なかった。君津のがなんぼもマシだ。
どーせつきあう羽目になるならば、あんな穢れた男よりも、君津のがマシだ!!何度も心の中で絶叫して、凛は小走りに店に戻っていく。
店を出て、僅か一時間もしていないと言うのに、最初に訪れた時よりも遥かに異様な盛り上がりを見せるオカマバー?ではあったが、
薫は先ほどと変わらぬソファにきちんと座っては、店に戻ってきた凛に向かって手を振っていた。凛はホッとして、今まで怒りで強張っていた肩の力を抜いた。
「君津」
だが。店の入り口から、薫の座るソファに向かって歩いていくだけの僅かな距離だというのに、凛は幾人かの酔っ払ったオカマどもに抱きつかれた。
オカマどもは、口々に「いらっしゃいませ〜」と言って、凛を自分のソファへと誘導しようとしていた。
「ぎゃあ」だの「ひえええ」だの、凛は恐怖に引き攣った悲鳴をあげながら「お、俺は君津の客ですっ!」と抵抗の叫びを上げた。
「あらん。薫ちゃんのお客さまなのねん」と言いながら、彼らはさっさと持ち場へ戻っていく。
「よ。大丈夫か?」
薫は、涼しい顔をしている。
「大丈夫の筈あるか。なんで、僅か数秒の間にこんな目に合わなきゃならないんだっ!」
凛の柔らかな金髪は、オカマ達によって撫でられては逆立ち、いつのまにか白い頬には、ベッタリと真っ赤なKISSマークがついていたりもした。
「やつらは、美少年には目がねえんだよ」
キャハハハと薫は無邪気に笑う。
「尾谷達は?」
ソファには、尾谷達の姿がない。薫一人だった。
「あいつらは、慣れているからな。食うだけ食ったら、さっさと帰ったよ。ここにいると、ろくな目に遭わないことは知ってるからな」
というのは、まったくの嘘で、居たがるやつらを、無理やり帰させたのはむろん薫だった。凛が戻ってくることを計算に入れていたからだった。
「まったくだな。やつらは賢明だ」
凛は、ゴシゴシとハンカチで頬を拭った。
「で、どうだった?克巳のヤローの様子は」
ソファの背もたれに腕を乗せたまま、自信たっぷりに薫は、傍らに立ち尽くす凛を見上げて言った。
「・・・」
途端に凛は、ムッとした顔になった。
「どーした。凛?」
そう聞き返しながらも、薫は勝利を確信していた。あの女好きが、誘いを断る筈もない。ましてや、今回仕掛けたオカマは、この店にいるオカマとは種類が違う。
アレが男だとは、オカマを見慣れた薫ですら、しばらくは見抜けなかったぐらいだったからだ。だから克巳も、微塵も疑わなかった筈。
フフフフ・・・と薫は心の中で笑った。
「突っ立ってないで、座れば?」
「い、いや。座ったら、なんとなく危険な気がするから、座らない」
ブンブンと凛は首を振った。
「どーゆー意味よ。俺、店でおまえを襲うほど、わきまえなくはないけど」
薫は、心外だ、とばかりの顔をして見せた。
「そうじゃなくって!まあ、それもあっけど、違う。この店の雰囲気に呑まれたくないから、帰る。でも、その前に・・・。おまえに言っておきたいことがあって・・・」
「さすがにおまえは賢明だよ。じゃ、無理じいはしねえ。で、なあに?俺に言いたいことってサ」
コクッと首を傾げながら、薫は凛を見上げた。その顔は、見ようによっては、あくまでも無邪気だ。だが当の本人は・・・。
聞くまでもねえけどな・・・と、薫はまたまた心の中でほくそ笑む。
「お、俺・・・」
グッと、凛は拳を握り締めた。
「うん」
「あ、あのさ。俺・・・」
「うんうん」
ニッコリと薫は微笑む。決して、急かしたりはしない。急かしては、計画が水の泡だ。
凛は、自分の拳が震えるのがわかった。言っていいのか。こんなこと、言ってしまっていいのか。
自分の口から言ってしまってはもう後戻りは出来ない。まだ逃げ道はあるのではないか・・・。
そんな思いを振り払えないでいた。
戸惑う凛を見上げながら、その胸の内を知り尽くしたつもりである薫はゆっくりと、決定打を言い放つ。
「なに言いたいのかわかんねーけどさ。ゆっくりでいいよ。ところで、克巳はどうだったのよ、凛」
その瞬間、凛は再び頭に血が昇った。ボンッと、頭の中に浮かんだ、保健室での淫らな光景。凛は、バッと握っていた拳を開いた。
「俺、おまえとつきあうっ!」
思わず叫んでいた。
「え?」
薫は訊き返した。あえて、である。
作戦は完璧に成功していたようであった。伊達に幼馴染はやっていない。ありがとよ、克巳・・・と薫は心から思った。
「も、もう一度聞かせて、凛」
ソファから身を乗り出して、ガッツポーズを決めながら、改めて薫は言った。
その薫の喜びように、凛は、ハッとしたように目を見開いてそれからおずおずと俯いた。
「お・・・まえとつきあ・・・う」
凛は、ボソボソと言った。
「マジ?マジ?マジ?マジぃ!?」
ピョンッ、と薫はソファから立ち上がって、凛を抱きしめようとしたのか、大きく腕を開いた。
しかし、それを見た凛の体が逃げかけたのを察して、ゴホンと咳払いをした。
「なにがどーなったのかわかんねえけど・・・。嬉しいよ、凛。おまえの口から、んな言葉が聞けるなんて。幸せ。俺、すっげえ幸せだよ」
必殺技のごとく、全校生徒を魅了する『君津スマイル』が、凛の目の前で炸裂した。
この、どこか年齢にそぐわぬあどけなさを漂わせながら、実は文武両道というミスマッチなキャラが、君津が生徒会会長に就任した理由と言っても過言ではない。
『涼しい顔でムチャをやる!』というのが君津という男であり、その才能の大部分が、この「邪気のない笑顔」なのである。
このせいで男女生徒はむろん教師達も騙されるクチであった。そして、当然の如く、純粋無垢な柳沢凛、も。
「幸せにする!ぜってー幸せにするよ、凛」
抱擁を嫌がった凛を察したとばかりに、薫は、逃げる凛の体をあえて追わずに、その両腕をガシッと握り締めた。
腕ぐらいは・・・と思って、案の定、凛も腕ぐらいは許したようで、あっさりと薫にその腕を握り締められていた。
柔道の、まるで組み合う前のような不自然に間が空いてはいたが、とりあえず二人は見つめあい、対面していた。
スルリと薫の腕が、間合いを詰めずに凛の掌を握りこんだ。指を絡める。
「信じて、凛。俺、おまえのこと、ぜってー幸せにするから」
「・・・」
なんて言っていいかわからず、凛はとりあえず、ジッと薫を見つめていた。
薫は、顎が外れるのでは?と思うぐらいニコニコしている。そんな薫を見て、凛はどうしてかいたたまれなくなる。
「き、君津・・・。わ、わかったから。と、とりあえず、手離して・・・」
ドギマギと凛が言うと、薫は潔く、パッと凛から手を離した。
「わかったよ。おまえの嫌がることはしない。俺は克巳とは違うから」
過去、自分のしてきたことをすべてを都合よくさっぱり忘れたかのように、男らしく薫は言った。
そんな薫の迫力に、されてきたことすべてを、これまた綺麗さっぱり忘れてしまったように、凛はホッとしつつうなづいた。
「じゃ、じゃあ、とりあえず今日はこれまで・・・ってことで」
よくわからない、おひらきの言葉を、動揺しつつも凛は言った。
「うん。あー、俺、今日嬉しくて眠れないかもっ。ありがとな、凛」
ニコニコニコニコニコ★★★
あんまりな薫の喜びように、凛は逆に怖くなった。思わず胸に手をやった。心臓がバクバクしている。
俺の方が、今日は眠れねーよ・・・と凛は心の中で呟いた。
そんな時である。頼子が、スキップをしながら、妙な間の空いた薫と凛の間に割り込んできた。
「やだあ。二人とも、突っ立ったままどーしたのよん」
薫と凛の騒ぎは、店の騒ぎに紛れて、ちっとも目立っていなかったせいで、頼子は事情をなんにも察していない。
「せっかくの俺のいい気分を邪魔すんじゃねー。消えろ」
今まで凛と接してきた態度とは180度違う態度と声で、薫は頼子をギロッと睨んだ。
「んもっ。薫ちゃんってば、頼子には冷たいンだからぁ。頼子だって、薫ちゃん嫌いよん。ふんっ。来たくて来たんじゃないわよーだ。はい、電話。凛ちゃんに。みきさんから」
「え?みき兄から・・・?」
キョトンとしながら、凛は頼子から電話を受け取った。
電話の内容は、単なる食事の誘いだった。みきからの電話ということで、薫も遠慮したのか、その場は綺麗におひらきとなった。


凛の薫への告白の少し前。別の場所では、克巳が反撃に出ていた。
閉店の看板が出ているスカーレットに無理やり押し入り、克巳はみきに直談判していた。
みきらしいシンプルな構えの店内では、みきの笑い声が、響いていた。
「さっすが薫くんだねぇ。凛じゃなくて、君を引っ掛けるなんて」
「あの野郎は、俺の裏を読みやがったんだよ。きたねーオカマが奴の持ち駒なんだけど、今回ばかりはこ綺麗なのを使って、俺を陥れやがった。今ごろは、凛の告白を受けているに違いない」
事実実際、その通りであった。
「うちの凛ちゃん、潔癖な上に単純だからねぇ」
ふむと、みきは顎を撫でた。
「だから!俺としては、こっちの手で反撃してえんだよ。頼むよ、みきさん。お願いっ」
克巳は、みきの前で拝みのポーズ。
「って言ってもねぇ。ってさ。さっきから、気になるんだけど、君の後ろにいるのは誰なの?」
「後ろ?」
言われて、克巳は振り返った。そこには、何故か、担任教師の遠藤潤が立っていた。
「あれ?遠潤。なんで、ここに・・・」
すると、遠藤は、ぶすっくれた顔をして見せた。
「なんでここに?てめえはな。校門前で俺に派手にぶつかって行った。謝りもせずにな」
「あー。あれ、遠潤だったの。ごめんな」
てへへと克巳は頭を掻いた。
「おまえのあまりの迫力に、なにごとかあったのか?と思って。担任としては放っておけなくて、おまえを追いかけてはついにこの店まで一緒になって入り込んでしまった。
なにごとかと思いきや、おまえはこちらの店長さんらしき方に機関銃のように喋りまくって、俺は引くにも引けずに突っ立っていてしまった。いや、これは、どうも失礼しました」
後半は、店主のみきに向かって言って、遠藤は頭を下げた。
「いいえ〜。お若い先生ですね。それに、とってもハンサムだ。やー、はっきり言って、好みです。僕」
ニコッ、とみきは遠藤に向かって微笑んだ。条件反射で、遠藤は僅かに顔を赤く染めた。
「みきさん、年下でもいいの?」
克巳はキョトンとしていた。
「高校生はさすがに勘弁だけど。彼ぐらいならば、ストライクゾーンだよ。ふふふっ」
みきは、腰にぶら下げていたはさみを取り出し、チョキチョキと言わせていた。
「・・・」
みきの微笑みに、遠藤は、ブルッと背筋を震わせた。そんなみきと遠藤を交互に見ながら、克巳はポンッと手を打った。
「よっしゃ。みきさん。俺の条件飲んでくれたら、コイツをあげるよ」
サッ、と克巳は遠藤を指差した。
「え?ホント?だったら、いいよ。克巳くんの言うとおり、お芝居したげる。でも、平気なの?彼の意思は無視かよ・・・」
みきは、状況がわからずにキョトンしている遠藤の全身を舐め回すかのように見つめながら、クスクスと笑う。
「え?なに、なに?なんだって??」
一人状況が飲み込めずに、遠藤は克巳を見た。
「あー、平気、平気。遠潤、ホモだから。それに、見たところ今はフリーだし。なっ」
「なにが、なっ、だ。全然わからんわい!」
遠藤が、克巳を見て怒鳴った。克巳は、そんな遠藤に対しても、平然としている。
「センセ。可愛い生徒の為に、役に立ってよ」
「おまえなんか全然可愛くねーよ!だからっ!役に立つってなんだよ。コラ」
ゴンッと、遠藤は克巳の頭を叩いた。
「イテテ。ったく。鈍いなぁ。まあ、要するに。可愛い生徒、つまり、俺ね。俺の為に、遠潤センセーは、このお美しい人と、オセックスこける訳。
生徒を助ける為に渇いた体を潤せる。一石二鳥。教師冥利に尽きるだろ。よ、大将!」
おどける克巳と裏腹に、遠藤の周りには盛大に?マークが踊っていた。
「は、あ?」
「お美しい人だなんて。やだなー、克巳くん。それって、薫ちゃんの店のノリだよ。ふふ」
と言いつつも、満更ではないみきの様子では、あった。
「ハイ。白い目剥いてねーで、商談決まり。あー、あせった。ま、これで一安心だな。よし。さっそく、明日仕掛けるか。みきさん、よろしくね」
「バッチリOKさ。ところで、これからよろしくね、遠藤先生」
「はあ。こ、こちらこそ・・・」
差し出されるままに、訳もわからずみきの握手を受けてしまった遠藤は、やはりホモであり、くわえてしょーもない美形好きであり、この場合は若気の至りでもあった・・・(笑)
一方の克巳は、改めてこみあげていた薫への怒りに、「くそっ」と何度も舌打ちをしていた。


学園祭の次の日は休み。
さっそく薫からデートの誘いを受けていたが、さすがに凛はそんな気分になれずに断った。
わりとあっさりと薫は引いてくれてホッとした。自分のしでかした過ちに、凛はベッドの上を転がりながら悶々としていた。
良かったのだろうか。これで良かったのだろうか・・・。何度も、何度も自問自答を繰り返す。今日は朝も昼もなにも喉を通らない。
そんなことをしてるうちに、もうすっかり日も暮れてしまった。と、インターフォンが鳴り、ドアの向こうには、仲良く克巳とみきが姿を現した。
ゲッソリとした凛とは対照的に二人は、明らかに溌剌としていた。
克巳は、ゲッソリとした凛を、ニヤニヤと見つめながら、朗らかに言った。
「お。どーした。なんかやつれてるぜ。薫とデートは?誘われたんだろ。これから行く予定だったら、俺達も一緒に、と思って訪ねて来てみた。ねえ、みきさん」
「うん」
みきが素直にうなづいた。
「な、なんだよ。二人して・・・」
凛は、二人の間に漂う妙な雰囲気に、眉を潜めた。さすがに、鈍感な凛ですら気づく。克巳の腕が、みきの肩に馴れ馴れしくも回っていたからだ。
「みきさんから電話で聞いたんだよ。昨日、おまえとアイツが出来ちまったってな。俺、それ聞いて、居ても立ってもいられねーでみきさんとこ行って・・・。したら、なんか・・・。そーゆーふーになっちゃって」
ニコッ、と克巳は微笑んだ。みきも克巳を見ては、微笑む。それを見て、凛は軽い眩暈を覚えた。
「そ、そーゆーふーって、なに?みき兄っ」
くわッッ、と凛が目を剥いた。語尾が上擦っていた。そんな凛をよそに、みきは平然と、
「なにって。ナニだよ。ね、克巳クン」
「ああ。ナニだよね。俺さ。したら、なんか、凛。おまえなんか、もー、どーでもよくなっちまってさ・・・。ごめんな。今はこの人の虜っつー感じ!?」
「やだ。克巳くんってばさ」
チュッ★
二人は、凛の目の前で、軽くキスをして見せた。僅かな間の後・・・。
ドタッ!
凛が、玄関先で、卒倒した。

続く
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