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生徒会室での討論中。
「はんたーい」
またしても、反対意見が出る。当然克巳だ。
進行役の凛はチッと舌打ちしながら、薫を見た。だが薫は黙っている。
「どういう理由で反対?」
どうせすぐに、君津に押さえられて終わりなのに・・・と思いつつ、凛はとりあえずは聞き返す。
「あのさー。そこらへんの規制を厳しくすると、せっかくの祭りがつまんなくなる」
「だが。ここらで妥協しないと、際限なく乱れる。会長の意見は?」
薫は、ぼんやりと窓の外を見ていたが、意見を求められると、パッと振り返る。
「俺も反対。柳沢。そこ厳しくしすぎ。かちこちに考え過ぎだと思うぜ」
凛と克巳は同時に薫を見た。ボーッとしていたようだが、ちゃんと聞いていたようだ。
「で、でも。そうじゃないと、ただでさえ模擬店とかで、先生方にだいぶ甘くみてもらっているんだから、
後夜祭ぐらいおとなしくしないと模擬店にまで影響が出るかもしれない」
慌てて凛は自分の意見を述べた。
「後夜祭だからこそ、派手にやるんだろ。かつての生徒会長、小泉先輩の伝説を知らないのか?
あん人は、先生方に怒られる役を一気に買って華々しく盛りたてたそうじゃないか」
「怒られていたのは、いつも副会長の川田先輩だって話だぜ、薫」
克巳がニヤニヤと笑いながら、薫の意見に水を差す。
「うるせえな。だったら、尚更だ。副会長のてめえが怒られろ、凛」
薫&克巳ダブルに攻撃されて、凛は言い返すことが出来ない。
「っつー訳で、後夜祭はドハデに実行。それに決定。後始末は副会長柳沢凛くん。いいかね、書記くん」
「バッチリ記録しておきます」
「よっしゃ。今日はおっしまーい」
そう言って、薫はさっさと生徒会室から出て行く。ぞろぞろと役員がそのあとに続く。
あっけに取られていた凛だが、仕方なく帰り支度を始める。
「怒ってる。怒ってる。薫ってばよ」
「・・・」
クククと克巳がシャープペンを齧りながら、笑っている。
「薫のヤツよー。頼子から聞いて、超面白くねえ訳。俺達がデキているっつーあれね」
「事実じゃねえだろ」
凛はプイッと言った。
「じゃないにしても、薫にしちゃ面白くねえんだよ。薫、敵に回すと怖いぜぇ。まあ、俺が守ってやるけどよ」
「だったら、フォローしろよっ。一緒になって攻撃してんじゃねえよ」
「おっと。俺が守ってやるのは、凛ちゃんが素直に俺とつきあうって言った時さ。オーライ?」
克巳は、言いながらも、黒板の字をきちんとノートに写しているようだった。
「死ねっ」
黒板消しで、サアッと全ての字を消して、凛はバアンッと黒板消しを克巳に投げつけた。
「あらら。まだ写し終えてねーのに。凛ちゃん、短気」
パンッとノートを閉じて、克巳は立ちあがった。
「一緒に帰ろう」
「やだね」
「いいじゃねえかよ。どうせ隣なんだから」
「仕方なく隣なんだよ。嬉しくもなんともねえよっ」
「つれねえこと言うなよ」
めげない克巳は、凛のあとをついて歩いてくる。
「で、どう?ジムには通ってるか」
「ああ。通ってるよ。どういう訳か、君津と一緒にな」
「薫?ははーん。アイツも本質的には諦め切れないんだなあ」
「諦めてくれよ。頼むから。俺はおまえらになんて全然興味ねえんだから」
もういい加減、どうにかしたい凛であった。
「諦めてもいいぜ」
克巳はアッサリと言った。
「え?」
思わず耳を疑い、聞き返す。
「その代わり、今度の中間で、おまえが薫を抜いてトップになったらな」
「君津を抜くだと?」
「そ。出来るだろう。毎回おまえはそれが目的なんだからな。学年トップ」
「・・・」
凛はちょっと顔を引き攣らせた。
「目標であることは確かだが・・・」
「出来ねえっつーの?必勝。はちまきに比べるとやわな根性だな」
克巳の挑発に、凛はすぐさま反応する。
「わ、わかった。やってみせる」
顔に似合わず、凛はひどく負けず嫌いだ。克巳は心得ている。
「その代わり。勝てなかったら、俺とつきあえよ」
「なんだと?」
「おまえにリスクがねえのは、どうにも気になる。手を抜かれちゃかなわねえからな」
「俺は、君津を抜かすという条件があるじゃねえか。それでも、相当なことなんだぞ。ふざけた条件加えてるんじゃねえよっ」
凛は猛烈に文句を垂れた。
「だから、さらなるプレッシャーを与えてやるっつーの。どうだ?俺って優しいだろ。おまえが勝てるように、ちゃんと考えてやってるんだよ」
ニヤニヤと克巳が言った。
「どう考えたって、てめえは俺をみくびってるようにしか聞こえねえよ。なにが優しいだ。腹黒ヤロー」
「んなこた、ねえよ。おまえが頭イイのは知ってるしな。薫とおまえ。本当のところ、この俺ですら、どっちが頭イイかはわかんねえな。
薫にツキがあるってだけかもしんねえし。勝負は時の運っつーだろ。薫は運がいいヤツだからな」
「・・・」
凛は考え込む。
「必勝。考えこむこたぁねえよ。勝て。勝てば、少なくとも俺からは解放される。おまえなら、出来るだろ」
「なに考えてるんだ、黒藤」
「いい機会だと思ってんだよ。これがな。俺もいい加減追いっぱなしっつーのは疲れるから。さっきだって、おまえの口から
あんなにはっきり興味がねえって言われちゃな。真剣なこっちとしては、結構傷ついてるんだぜ」
「・・・」
チラッと凛は克巳の横顔を盗み見た。
「わかった。その条件、飲もうじゃねえか。俺の実力をおまえに見せつけて、まずはとっととおまえというバイキンを俺から除去してやる」
「おまえも可愛い顔して容赦ねえよな。つい少し前に、傷ついているって言った男に対してよ・・・。恋する男の気持ちを理解出来ない
朴念仁だぜ。しょーもねーのに惚れたもんだよ。俺も薫も」
「勝手に惚れられたこっちは迷惑だ」
「でも、そういうところがたまらなく好きなんだよな」
フフフと克巳がねちっこい視線で凛を見た。凛はゾオッと背筋を震わせた。
「ということで。当分、ベランダからコンニチハはしねえでおいてやろう。心ゆくまで勉強するこったな」
「言われなくても、君津を抜いて俺はトップにおどりでるっ」
「頑張ってなー。副会長サマ」
投げキッスを残して、克巳はさっさと門を潜っては自分の家へと入っていった。
凛はその姿を見送って、キリッと気持ちを引き締めた。


授業中の薫は最近ずっと上の空だった。
父親を経由して頼子から聞いた事実が、かなりショックだったのだ。
『克巳と金髪の美人な凛ちゃんって子がデキているのよ。私の前で熱烈にキスなんかしちゃって。凛ちゃんってば涙を浮かべて克巳を庇うの。
私はその姿に、あれは演技じゃないってはっきり確信出来たぐらいよ。2人は理想のゲイカップルだわ♪』
と、凛が聞いたら卒倒しそうなことを頼子は、ベラベラと店で客相手に、ママ相手に、同僚相手に吹きまくっていた。
勿論、聞きたくもないのに薫の耳にもしっかり届いている。
どうせ克巳がろくでもない手を使ったに違いないとしても、涙を浮かべて克巳をかばうという凛はどう考えても薫には解せなかった。(←おまえのとーちゃんが原因だ)
幾ら、どう考えても、まったく解せない。知らないうちに、2人の関係に変化があったのだろうか。そう考えると、ムカついてそしてそれ以上にムラムラくる。
薫は凛を分析する。
凛は、しっかりしているようだが、結構情にほだされやすいタイプだし、流されやすい。
この際、とっとと強姦まがいに襲ってしまおうか・・・と薫は物騒なことを考えていた。
あの時、邪魔が入らなければもうとっくにそうなっていて、克巳を出し抜いていたというのに。とにかく!あとから、幾らでもフォローしてやれる。
舌先には、商売上手な父親譲りで自信はある。とりあえずは、体だ、体。とにかく、体だっ。繋げてしまえば、こっちのもんだーっ。
より一層強力に物騒な考えに思い至り、薫は「ふふっ」と思わず授業中なのに笑ってしまった。
教師は、そんな薫を不気味に眺めていたが、無視しつつ言った。
「では、明日からはテストなので、気を引き締めて頑張るように」
その言葉に、薫はハッとした。
そか。明日からテストか。
ちっ。とりあえずはテストが終わるまでおとなしくしてねえとな。
せっか楽しい気持ちになったというのに、水を差された気分で、薫は今度は、ムッとして教師を睨みつけた。
今度のテスト。君津は大丈夫なのだろうか・・・。
ふと、教師はそんなことを考えながら、教科書をまとめて職員室に戻っていった。


凛は絶好調だった。克巳という邪魔も入らないし、どういう訳か薫もおとなしく接触してこない。
テスト前は思いっきり勉強に集中出来た。
その凛の好調さは、克巳の目にもハッキリと伝わってきた。
「調子良さそうだな。まー、ニコニコしちゃってさ」
「ああ。今度のテストは確実だと思う」
「へえ。自信満々って訳か」
「ああ。自己採点の結果、ほぼ満点だな」
「薫も満点だったら、どーすべ。引き分けの場合は考えていなかったな」
克巳がうなる。
「ひきわけか・・・。そうか。それは考えてなかったな」
凛は、ピクッと眉を寄せた。
2人は、放課後の教室で、ウームと考えこんでいた。
「って、考えこむことかっ。ひきわけだったら、俺の勝ち。おまえは諦めろ」
「冗談ポイよ。そしたら、ゲームは次の期末に持ち越しだよ」
「ちっ」
舌打ちしながら、凛はカバンを持ち上げた。
「帰るのか?じゃあ一緒に」
「来るなよ。みき兄と、食事なんだから。今日の報告をするんだ」
「ふん。ブラコン」
「なんとでも言え。負け犬」
ベーッと舌を出して、凛はトトトと廊下を行ってしまった。
「ちぇっ」
ブラコン凛の大好きなお兄サマとの食事を邪魔したら、今度こそ引導をわたされそうで、さすがに克巳は諦めて一人で帰ることにした。


「そうか。良かったな。そんなに手応えがあったんじゃ、今度こそ凛は1番だね」
みきは、異母弟の嬉しそうな顔を見て、思わず自分も顔を綻ばせていた。
「みき兄の、あのハチマキのおかげだよ」
「おまえね。いつまでもあんなのに頼ってるンじゃないよ」
ハハハとみきは苦笑する。
「いいんだよ。あれは、俺にやる気を与えてくれるハチマキなんだから」
凛は、パスタをフォークに巻き取りながら、鼻歌でも歌いださんばかりだった。
「まあ、あげた方としては、大事にしてもらえるのは嬉しいけどね」
「兄さんのおかげで、俺は今度1つ不安を解消出来るんだ。目標達成と不安解消。なんだか最高に晴々しいよ」
「不安解消って?」
みきは、聞く。
「ほら。兄さんの店に寄生してる、寄生虫の黒藤。黒藤克巳。アイツがね。俺が今回トップになれば、俺のこと諦めるって言うんだ」
「克巳くんが?」
「うん、そう」
みきは、克巳を頭に思い浮かべた。どう考えても、あれはそう簡単に諦めるよーなタマじゃねえが・・・。
それとも凛のことは単なる遊びだったのだろうか・・・。そんなことを考えながら、みきはワインに口をつけた。
「ふーん。で、もう一人の、えーと、薫ちゃんはどうなってるの?凛は、薫ちゃんのがいいの?薫ちゃんを選んだの?」
途端に凛はムッとした顔になった。
「選んじゃいないよ、兄さん。アイツは、アイツで改めて撃退法を考える。とにかく、ダブルでうるさくひっつかれていたから、
いい加減うんざりしていたんだ。一人でも減れば、体力の消耗もそれだけ減るからね」
「2人に想われているのに、凛は全然その気にはなれないんだ」
みきは、のんびりとそう言った。
「なに言ってんだよ、兄さん。相手は男2人だぜ。女2人とは訳が違う」
もっともな凛の言い分だが、男の恋人がいるみきとしては、反論したくもなる。
「それはそうだけどね。凛、おまえ、誰かを好きになったことあんの?」
「え」
思いがけないみきの質問に、凛はキョトと目を丸くした。
「ないだろ。兄さん、おまえの口から好きな子の話なんて聞いたことないもんな」
「・・・。誰かを好きになってる暇なんか・・・なかった。だって忙しかったから」
「勉強に?まあ、勉強もいいけどさ。凛は充分頑張ったよ。誰もおまえのことを、もう苛めたりなんかしてないだろ」
「苛められてるよ。とくに黒藤」
「アハハ。それは、克巳くんが凛のことが好きだから、だよ」
「わかんねえ。なに、それ」
「そう。おまえは、わからなさすぎる」
みきは、ピシッと言った。
「おまえは、恋をしなきゃダメだ。せっかくそんなに可愛いのに、恋を知らないで大人になるのは、勿体ないよ。
おまえぐらいの年齢でしか出来ない恋っていうのは、あるんだから。克巳くんや薫くんでなくてもいいから、誰かと恋をしろ」
克巳くんか薫ちゃんなら、より一層面白いんだけどね・・・と言うのをみきは、止めた。心の中で呟いただけだ。
「恋・・・」
凛は、みきをジッと見つめた。幼い頃から、みきの言葉は、いつでも凛に影響を与えてきた。
その言葉を信じて進めば、間違いはなかった。少なくとも凛はそう思っていた。
「恋」
もう1度呟いて、凛はみきを見た。みきは、ただニッコリと微笑んでいた。


送ってもらった車から降りて、凛は部屋に戻るまで考えていた。
恋。今しか出来ない恋。
漠然としかわからない、恋と名のつく感情。確かに自分は知らない。
カバンをボスッとベッドに放り投げて、凛はカーテンを引くためにぼんやりと窓際に立った。カーテンに手をかけて、ハッとした。
目の前の窓の向こうに、黒藤が立っている。目が合った。
ヤツは、自分の部屋の窓から、こちらに向かって手を振っている。部屋に灯かりが点いたのに気づいたのだろう。
ストーカーのようなヤツだ。恐ろしい・・・。
シャッとカーテンを引いて、凛はクルリと踵を返す。
例えば。恋をするにしても。
あいつともう一人だけは絶対にゴメンだ。冗談じゃない。
凛はキッと虚空を睨んだ。
どこか捕らえどころのないフワフワした感情を想像していたって、つまらない。
それより、明日が楽しみだ。
絶対に、今度こそ、俺が1番だ。明日こそ、必勝のはちまきの確かさが証明される時だ。
恋なんぞ考えているより、こっちのがよっほど楽しい!


「順位表が張り出されたぞっ」
昼休み、クラスメートがそう言って教室に駆け込んできた。そして、そう言ったヤツが、チラリとこちらを見た。
目が合って、凛は自分の勝ちを確信した。ポンッと黒藤に肩を叩かれハッとする。いつの間にか後ろにいたらしい。
「見に行こうぜ」
「ああ」
出来るだけ冷静な態度で。そう思って、凛は黒藤と並んで廊下を歩いていった。
職員室前の、壁に貼られた順位表。
黒山の人だかりで、遠くからはよく見えなかった。もっと前に行こうとした時、担任に声をかけられた。
「柳沢。とうとう君津を抜いたじゃないか。良かったな」
担任は嬉しそうに言った。
「あ、ありがとうございます」
声が上擦っていないか心配だった。
そして、担任は、凛より少し後ろにいた克巳にも声をかけた。
「黒藤。おまえも今回はすごかったな。久し振りの1位じゃないか」
「そーっすね。ホント、久し振りっすよ」
「!?」
凛は、克巳を振り返った。
「先生は嬉しいぞ。我クラスから、ワンツーフィニッシュ。これで夏山先生に言い返すことが出来る」
夏山とは、常勝1位の君津のクラスを受け持つ担任の名前だ。
「よくやってくれたな」
満足そうに笑いながら、担任は去って行く。
「誰が1位だって?」
「俺」
克巳はニヤリと笑った。
「なんだって!?」
凛は、人ごみをかきわけて、1番前で順位表を見上げた。
1位に黒藤克巳の名。2位に柳沢凛。克巳は満点。
だが凛の点は克巳と比べてその差、僅か1点。君津は3位だが、点差は2位の凛とは10点も開いていた。
「−1点ってことは、誤字でやられたな。凛」
「なんだよ、これ・・。マジかよ」
やられたッ!と凛は心底思った。
克巳を計算に入れていなかった。まさか、万年3位に甘んじていた男が、ここに至っていきなり、トップを狙ってくるとは・・・。
しかも、誤字−1点では、泣くに泣けない。
「き、君津は抜いたぞっ!」
薫は3位なのだ。凛は蒼白になって言い返す。
「トップは俺だぞ。確かに薫を抜けとは言ったさ。けど、薫を抜いてトップに出ろと俺は言ったんだ。タイムマシン持ってきて確認してもいいぞ。
重点が薫とトップ、どっちにかかっていたかなんて、今更言う必要はねえよな。必勝」
「や、やかましいっ。タイムマシン持ってきやがれ」
凛は喚いた。
「ドラ○もんを呼べよ。の○太くん」
クススと克巳は笑っていた。
「きっ、君津が悪い。あいつ、なんで今回に限って、3位なんだよっ」
自分のことを棚にあげて、凛は叫んだ。
「さーな。どうせろくでもねえこと考えていて、授業聞いてなかったんだろ。第一薫が2位でもどうせ俺が1位なら意味ねえし、
薫が1位だったら尚のことおまえの負けだ」
勝ち誇ったように克巳は言う。
「・・・」
なんてこった。なんてこった。
こ、こいつとつきあう派目になってしまった・・・。
神様。俺になんか怨みでもあんのかっ。たった1点で。たった1点で・・・。
俺の人生においての最初の恋人が、こんな腹黒男になってしまうのか〜っ!
凛は思わずその場にしゃがみこんで、頭を抱えこんでしまった。


続く

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