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「柳沢。5ページ3行目を訳す」
「はい」
先生に指名され、凛は立ちあがった。
スラスラと訳すと、先生は満足気にうなづいた。
「よし。流石だな。完璧だ」
ストンと椅子に座り直す。
「次、黒藤、訳してみろ」
「先生。黒藤は、休みです」
「あ?そうか」

凛は、チラリと克巳の席を振り返った。
なんだか知らないが、克巳は2日続けて休んでいた。

先日、訳のわからない告白を受け、顔を合わせづらいと
思っていたので、丁度良かったが、なにやら否な予感がする。

生徒会も、克巳がいないのでスムーズに議論が進む。
「以上。じゃ、解散」
その言葉と同時に立ちあがった凛は、「凛」という薫の声に、ギョッとした。
「急いでる」
「ちょっと待てよ」
ササと薫は、凛の前に立った。
「君、俺を避けているでしょ」
「・・・当たり前だろ」
「やだなあ。そんなに緊張しちゃって」
「緊張してねーよッ。警戒してんだよッ」
ガルルと、凛は薫を睨んだ。
「リラックスだよ、リラックス」
ポンッと肩を叩かれて、凛はあからさまに嫌な顔をした。
「なんすか?意味シンな会話っすね」
尾谷がヒョコッと2人の間に割り込む。
「君には関係ないことさ」
フッと薫は微笑んだ。
「先輩。克巳先輩、どーしたんですか?」
「知るか。あんなタコ」
プイッと薫は言った。
「それはないだろう」
ボソッと凛が言った。
「え?」
「聞いたぜ。君津。おまえと黒藤って」
と凛が言いかけたのを、ガバッと掌で凛の口を覆い、薫が阻む。
「なんすか?」
尾谷は、ブンブンと、薫と凛の顔を交互に見た。
「我々は帰る。後を頼む、尾谷」
「りょ、了解っす!?」

引き摺られるようにして、生徒会室から出てきた凛は、バシバシと薫の手を叩いては、振り解く。
「なにしやがる!」
「止めてくれよ。なにも知らない純情な後輩の前で、過去の汚点を披露するのは」
「は。ほーんと、汚点だぜ。てめーら、つきあっていたんだってな」
「まーね」
あっけらかんと、薫はうなづいた。
「つきあうには、つきあったが、それなりにあってな。あっさり別れて、今じゃ欠片も未練がねえ。安心しろ、凛」
「べ、別に。未練があったところで、俺には関係ないが」
「もしかして、ヤキモチ!?」
クスッと薫が笑う。
「なんだと!?」
「可愛いなー、凛ってば。意識してんの?俺のこと」
ガバッと、薫は凛を抱き締めた。
「う、ぎゃあ〜!」
凛は悲鳴をあげた。
「なにごとっすか」
ガラッと尾谷が生徒会室から顔を出す。
「尾谷。そいつ、押さえつけておいてくれ」
「え?」
凛は、ダッと駆け出した。
「あ、待て。凛」
薫は、追いかけようとしたが、ガッと尾谷に羽交い締めに合う。
「まったくー。克巳先輩が休んでて安心だと思ったら、
代わりに今度は薫先輩が苛めてるんですか。ダメっすよ」
「誤解だ、尾谷。このやろ、離せ〜」
体力バカの尾谷の腕力にかなわず、薫は生徒会室に逆戻りとなった。



なんなんだ、なんなんだ!
告白したら、もうそれでなにしてもいいと思ってんのか?
あのバカ君津は〜!と、凛はバタバタと廊下を走って逃げた。

だいたい、俺は返事してねーぞ。
つきあう、なんて一言も言ってねえ。
じょ、冗談じゃねえ、冗談じゃねえ〜!

「こらっ。柳沢。生徒会役員が、廊下を走るな」
ギクッ。
担任の遠藤だった。
「す、すみません」
凛は走るのを止めて、後ろを振り返る。
薫は追ってこないようだった。
ホッとしていたところに、担任がヒラリと、紙切れを凛の前に突き付けた。
「ちょうど良かった。黒藤が風邪でダウンしてもう2日だろ。見舞いを兼ねて、これ渡しておいてくれ」
「えっ?」
凛は、目を見開いた。
「近いんだろう。おまえらの家」
「は、はあ」
「んじゃ、よろしく」

な、なんで・・・。
どーして、こうなるんだよ。
強引に渡された紙切れを、グッと掌で握り潰し、凛は溜め息をついた。


渋々、凛は黒藤家を訪ねていた。
「でけー家」
隣だから、知ってはいたものの、改めて前に佇むと、やたらデカく感じる。
門を開け、ドア付近まで来て、チャイムを押そうとしたまさにその瞬間。
バンッ!
「気をつけてな」
「ありがとう。ごめんね、克巳くん。突然訪ねてきて、2日も学校サボらせちゃって」
「気にするなよ。久し振りだったんだから。俺も会えて嬉しかった」
「克巳君・・・。嬉しい」
ガバッと女は克巳を抱き締め、情熱的なキスをした。
「それじゃあね。また来るわ」
「ああ。じゃーな」
ハイヒールをカツカツと言わせて、女は石畳みを通り過ぎ、門を出ていった。
それを見送り、ドアを閉めようとした克巳は、ドアと壁に挟まれて潰れている凛を発見した。
「なにやってんだよ、必勝」
「てめーなッ!」
凛は、ドアを押しのけて、叫んだ。
「いきなり、ドア開けるなよっ」
「ドアっつーのは、いきなり開けるもんなんだよ、必勝」
「必勝、必勝言うなってんだろ」
克巳は手を伸ばし、凛を引っ張った。
「どうした?なんでおまえが俺の家の前にいる?」
「いたくて、いるんじゃねえよ」
凛は、ペラッと紙切れを克巳に突き付けた。
「これを担任から頼まれた。それだけだ。じゃあな。うわっ」
「せっかくだから、あがってけよ」
「い、いいって。よせ、引っ張るな」
克巳は、グイグイと凛を引っ張った。
「いやだ。入らないッ」
「なんにもしねーって。ほれほれ」
凛はむきになってドアに両手をかけて、すがりついていたが、克巳にくすぐられ、あっさりとドアを閉められてしまった。


「キ、キライだ。てめえら。揃いもそろって強引で」
「おまえの弱点は、脇の下〜♪」
「誰だって、そうだ」
そう言いながら、小さな盆にグラスを乗っけて
克巳はリビングに戻ってきた。
「ま、とにかく。ようこそ我が家へ」
「よくも来ねえよ。てめえが無理矢理引っ張りいれたんだろーが」
「時には、強引も必要だろ」
「いつも、いつもじゃねーか」
ヘッと凛は鼻を鳴らした。
ソファに座る凛の横に、ドカッと克巳は腰を下ろした。
「あっち座れよ」
「どこへ座ろうと俺の勝手だろ」
狭い・・・。と、凛は思ったが、とりあえず、克巳からはなんとか逃げられる程度に体の位置をキープした。
「悪かったな。わざわざ」
「本当だよ」
シーン。
克巳は、グラスのジュースをゴクゴクとやると、そのうちテーブルに手を伸ばすと、煙草を手にして吸い出す。
「て、てめえ。生徒会役員のくせして、喫煙、おまけに学校をサボッて不純異性交遊!サイテーなヤツだ」
「ふじゅんいせーこーゆー」
ブッと克巳は、煙を吐き出した。
「今時、その言葉を使う若いヤツがいるとは知らなかった」
ブハハハと克巳は笑い出す。
「しかも、バリバリやってそーなてめーに言われるとは。なあ、必勝」
ペラッと克巳は、凛の金髪に手を伸ばしては、触れる。
「さ、触るな、腐る。かつ、必勝は止めろ」
バッと凛は頭を押さえた。
「気になる?あの女のこと」
「はあ!?」
「もしかして。ヤキモチとか?」
「・・・」
どっかで聞いた台詞だ。
凛は、いきなり言われた言葉に、頭の中を白くしつつも、ボーッとそんなことを考えていた。
気になる?ヤキモチ?
「あれは、おふくろなのだよ。若いだろー。なんせ16歳の時に俺を生んでるからなー。んで、海外出張中だったんだけど、
用があって戻ってきていたんだ。帰ったけどな。おふくろに感謝だぜ。凛が、こうやってヤキモチやいてくれたんだからなー」
克巳はウキウキと喋っていた。
「んとに・・・。てめーら、よく似た幼馴染だな。脳味噌にウジわいてやがるんじゃねーの?
なんで俺がヤキモチなんかやかなきゃなんねーんだよ。ぜんっぜん興味のねえヤツらに」
バシンッと、凛は身を乗り出して、テーブルを叩いた。
「やつらということは、薫も既に同じことを言ったのか」
克巳は、ムッとした顔つきになった。
凛の言った、大事な台詞はまったく右から左のようだ。
「ちっ。告白して2日もブランクあけたから、なんかヤベーとは思っていたけど。もうアイツ、おまえになんか仕掛けたのか?」
「関係ないだろ」
「あるに決まってるだろ。俺と薫は、おまえを奪い合ってるんだぞ」

再び凛は、頭の中を白くした。
が。白くなりっぱなしでも、仕方ない。
「あのな。ついでだから、言っとく。そして、君津にも伝えておけ。告白されたぐらいで、俺がすぐその気になるとでも思ってるのか?
だいたい奪いあうっていうのは、俺もおまえと君津のことを好きだっていうことじゃねーか。そんな事実はすっぱりねえから、止めろよ」
「今なんて言った」
克巳は、大声を上げた。
「え?」
ビビッと、凛は驚いた。
「今、なんて言った、必勝」
「だから!必勝は止めれっつーの」
バッと凛を振り返り、克巳は、凛を覗きこんだ。
「ち、近づくな」
ギュウウと、近づく克巳の顔を跳ね除けて、凛はジリジリとソファを後退する。
「今なんて言った。もう1度言え」
「わ、忘れたよ。てめー、なんでそんなすごい怖い顔してんだよ」
「思い出せ。ついでだから言っとく、のあとだ」
「君津にも伝えておけって」
「そのあとだ」
一瞬、凛は考え込んだ。
なんかマズイこと言ったか、俺!?
『告白されたぐらいで、俺がその気になるとでも思ったのか?』
うん、そーだ。こう言った。
だって、そうだろ。突然、好きだって言われて。
はい、そーですかって、興味のなかったやつらを好きになれるとでも?
第一、相手は君津に、黒藤に、おまけに『男』だ。
・・・・・。
間違ってない。
俺は、間違ってない。
凛はキッと克巳を睨んだ。
「告白されたぐらいで、俺がすぐその気になるとでも思ってるのか?」
「やっぱり、そう言ったのか・・・」
「ああ。なんか間違っているか?」
「凛」
グイッと髪の毛を引っ張られて、凛は、頭ごと克巳の方へと振り向かされた。
「なにしやがる。痛いって」
「おまえってば・・・」
「やめろ、くっついてくるな」

わー。やっぱり、俺が間違っていた!家に入るべきじゃなかった。しかもソファで、コイツとくっついているんじゃなかった。
つか。つーかさ。
コイツ、マジかよ。
凛は硬直してしまう。
すぐ側にある黒藤の顔を睨もうとして、凛は思わずジッと見てしまう。
すげー目。睫、長い。コイツ、コイツ。なんか、むちゃくちゃ美形じゃねえの!?知らなかった。気づかなかった。
なんて、落ちついて観察してる場合じゃないが。
体が。体が。金縛りにあって、動かねえ〜(泣)
「告白ぐらいじゃ、その気には、なんねーよな。やっぱり」
「え?」
「やっぱり!こう、体合わさねえとな」
「!」
げえ。コイツ、そーきやがったか〜!!(←ドンカン)
うぎゃあ。わーーッッッ!!!

ドッとソファに押し倒されて、いきなり訳がわからずに、唇に克巳の唇が重なってきた。
「ん〜」
逃げようとしても、逃げられない。
俺の。俺のファーストキス。
男に。男に〜〜。
心の中で絶叫するが、悲鳴は克巳の唇に吸い取られてしまう。
息苦しさを感じてる暇もなく、舌が入ってきて、どうにもこーにもどーしようもない。
バンッ!
ドアが開いた。
「克巳」
響き渡る薫の声。
「げっ。ち、ちくしょー。先越された」
無念の声が、部屋に響き渡る。
凛は、克巳の腕の中で、クタリとしていた。
「いきなりドアを開くな。邪魔すんじゃねーよ、いいところで」
「ドアはいきなり開くもんなんだよッ」
つかつかと、薫は部屋を横切り、克巳と凛の前に、ズンッと立った。
「凛〜。君としたことが、油断しすぎだ。ああっ、こんなバカに、先を越されるなんて。俺のプライドはガタガタだ〜」
「へっへ〜だ。勉強はてめえにゃ勝てねえが、恋愛になりゃ俺のが得意なんだよ。ざまーみろ」
「手が早いだけだろ」
「手が早いのが、恋愛に勝つセオリーだ。文句あっか」
「あるに決まってンだろ」
叫びながら、ガッと凛は、克巳を押しのけた。
「おわっ」
克巳は、ソファから滑り落ちた。
「あるに決まってるだろ。あるに決まってるだろーが。先を越されただの、プライドガタガタだの。セオリーだの。そんなもん知るかーッ」
ゴシゴシと唇を拭いて、凛は立ちあがった。
「君津はいなきり人目も気にせず抱き付いてくるし。黒藤は、突然キスしてくるし!なんなんだ、てめえら。キライだ。ダイッキライだ」
ボロッと凛の瞳から、涙が落ちた。
「う、うわ・・・」
薫は胸を押さえた。
「あらま」
克巳は、鼻の頭を掻いた。
「死ね〜」
カバンで、ボコボコと2人を殴りつけて、凛はバタバタと出ていった。
リビングに2人、取り残される。
一瞬は静けさが漂ったものの、2人は同時に顔を見合わせた。
「涙っていいね」
クスッと薫は笑う。
「ああ。いいね。すげー可愛い」
「泣かせたい。やっぱり、泣かせたい」
「おまえとは、どーしてこうも気が合うのだろうか」
克巳は、イヤそ〜に言った。
全く、懲りてない2人であった。
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私にしては、凛って珍しい受けかもしれません。

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