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「生徒手帳に定期なんかいれてんなよ」
凛の生徒手帳を手にして、克巳は呟いた。
「ってゆーか、定期なくてなぜ戻ってこん」

駅に行く道を歩きながら、克巳は注意深く擦れ違う人々を見たが、凛らしき人物はいない。
「どっか、寄り道してやがるか?それとも薫と一緒か?」
そう思うと、克巳はムッとした。
薫が、凛に興味を持っているのはずっと前から知っていた。
俺達は。
何故だか知らないが、好みが同じで、よく同じモノを欲しがった。
お菓子やオモチャならば、互いに上げたり、順番ずつ遊んだりと、波風が立つこともなかった。
けれど。モノじゃない場合は、そうも言っていられない。
「さっさと行動しねーとな。薫のヤツはヤバイぜ」
呟いて、克巳は駅に向かって再び走り出した。
駅に辿りつくと、簡単なくらいに凛を見つけることが出来た。
あの金髪は、無用に目立つ。
克巳は、「凛」と叫んだのだが、その叫びは、突如として駅のロータリーに飛び込んできたピンクの車にかき消された。
「げぇっ。ピンクのセブンかよ」
すげー趣味と思ったのも束の間、そのセブンは、凛の前で止まって、あっというまに凛を収納しては、走り去って行った。
「・・・」
なにが起こったのは克巳にはわからなかった。
凛が、ピンクのセブンに拉致された。
ただ、その事実に呆然として、克巳はその場に立ち尽くしていた。


「あっ」
凛は声を上げた。
「ん?どうした」
「なんでもないよ。ちょっとな」
チラリと窓から見えたのは、黒藤克巳の姿だった。
どうもこちらを見ていた気がするが・・・。
「可愛い子でもいたか」
クスクスと笑い声。
「そんなんじゃねーよ・・・」
「彼女相変わらずいないのか?」
「そんな暇ねーもん」
「勉強虫になることを強制した記憶はねーからな」
「わかっているよ。兄さんのせいじゃない」
「当たり前だろ」
ハンドルを握る凛の異母兄、藤代みきはニヤリと笑う。
「この前な。うまい店見つけたんだ。オヤジの紹介だったんだけど。今日凛と行くって言ったら、オヤジも仕事抜け出して来るらしいぜ。
おまえと会いたがっているんだよ」
「・・・」
みきは、クシャッと片手で異母弟の凛の頭を撫でた。
「難しい顔すんなって。どんなバカでも、アイツがおまえの親であることは事実なんだからな。仕方ねーだろ」
「感謝はしてる。生活の面倒見てもらってるから」
「もっと精神面でも甘えたら?オヤジは数多い子供の中で、1番おまえが可愛いんだぜ。なんたっておまえの母さんは、
俺が覚えている限り、オヤジの愛人の中で、1番キレーだったからな」
「・・・」
凛はチラッと兄の横顔を見た。
「でも・・・。やっぱり1番キレーなのは兄さんの母さんだと思う」
「本妻の意地ってヤツですか?確かにうちのおふくろ、顔綺麗だけど、性格最低だろ。おまえのことだって散々苛めたじゃんか」
「それは、ま、そうだけど」
「俺にとっては、あのおふくろと血が繋がっている方がよっぽどイヤだね」
と言って、みきはケラケラと笑った。

凛は。この兄にずいぶん助けられたと思っている。
オヤジは資産家ではあるが、本妻との仲がしっくり行かずにあちこちで愛人を作っては、子供を産ませていた。
その中の一人が、俺な訳だけれど・・・。
おふくろが亡くなり、本家に引き取られた時は、散々だった。
いっぱいいる異母兄、姉達に囲まれて暮らす日々。
その中でも特に、このみきの母親、本妻の綾子さんの苛めは、俺にとっては耐え難いものだった。
なんで、俺だけ・・・と思ったものだった。
後から聞いた話によると、オヤジはうちのおふくろには相当本気だったらしく、綾子さんと離婚まで考えていたくらいだったのだから、
当然かもしれなかった。ねちねちといびられる日々で、れっきとしたこの家の長男であるみき兄だけが助けてくれた。
いつも、いつも。泣いている俺に手を差し伸べてくれた。
10歳違いの兄だけれど、凛にとっては父親のように頼もしい存在だった。
今でも、人生の中で、1番好きな存在だった。
優しくて、カッコよくて、自由な兄。憧れの存在だった。
「いつも、ありがと。兄さん」
「お?どうした?急に。気持ち悪いぜ」
「なんとなく、言いたくなってサ」
「おまえって。ホントに可愛いなァ。育ちの割には、すねずに真っ直ぐに育ってくれて、兄は嬉しい」
みきはハンドルから手を離して、ギュウッと凛を抱き締めた。
「兄さん、ハンドル!」
「赤だよ〜ん」
車は赤信号で、止まった。

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家が近くて、良かったなァと克巳は思った。
凛の部屋に灯りがついたのを確認して、克巳は手摺を乗り越えた。

「おいっ!開けろ、凛。凛ーーーー!」
バンバンッと窓を叩くと、凛が、カーテンを開けた。
なにごとか凛が言っているのは口の動きでわかるが、無視して自分達を隔てるガラスを叩いた。
「うるっせーーー。毎度、毎度、なんの用だっ」
こらえきれずに、凛がガラッと窓を開けた。
「邪魔するぜ」
「ホントに邪魔だよ。なんの用だ」
「ドライブ帰り?あのピンクのセブンで」
「・・・。そうだよ。それがどーした」
「派手なお友達もいたモンだな」
凛はギロッと俺を睨んだ。
「それがどーしたっつてんだろ」
「どーゆー関係?」
その言葉に、凛はピクッと眉を寄せた。
「なんで、お前まで・・・。なんなんだよ、一体」
すると、ドアがいきなり開いた。
「兄弟関係だよ」
みきがにっこり微笑んで言った。
「う。え?あれ〜、みきさんじゃねーかよ」
克巳は素っ頓狂な声を上げた。
「え?あれ、そういう君は、黒藤くんじゃないの」
みきと克巳は互いを見て、目を見開いた。
「な、なに?二人とも知り合いなんかよ」
凛はキョトンとして二人を見た。
「俺の行きつけの美容室の店長サン」
「俺の店の、常連客」
二人の説明に、凛は「ふーん・・・」と答えるしかなかった。

その後、3人はテーブルを囲んでのコーヒータイムだった。
「で、偶然、その店で遭ったんだよ。君津くんにね。凛はクラスメートだって言うから、俺もご挨拶した訳。
そしたらさ、彼ってばいきなり、どーゆーご関係ですか?と聞いてきて」
みきはククと笑っている。
「変なこと聞くなァと思いつつ、兄です、と答えたら。いきなりだよ。凛くんとの交際を許可してくださいとこう来た」
克巳は飲んでいたコーヒーカップを、テーブルにガションと落とした。
「凛は目が点状態だから、俺は言ったのサ。凛のこと好きなの?とね。そしたらまあ、爽やかな笑顔で、大好きです!と、こうよ。
俺としては、まあ、別にいいじゃんと思ったけど、オヤジが来る予定だから、オヤジに許可貰ってよって言ったら、あとから来た
オヤジにまでマジに許可取り付けていたぜ〜。あの子サイコー」
ギャハハハ〜とみきは盛大に笑った。
「や、やりやがったな。薫のヤツ〜!」
零したコーヒーも拭かずに、克巳は、ブルブルと拳を震わせては、テーブルをドンッと叩いた。
「さすがにオヤジはキョトンとしていたが、まあ、本人の許可を得れれば良いのではないかと言い返しやがったサ。
顔に似合わない豪快さが俺は気に入ったよ。君津薫クン」
みきは、ヘラヘラと言った。
「で、当の本人はどうよ」
克巳は、自分の零したコーヒーの後始末をしている凛に向かって聞いた。
「てめっ。そんなこと言ってねーで、コーヒー零したんだから、拭けよ」
「いいから。凛、おまえの気持ちはどーなんだ?」
「な、なんで・・・。どーも、こーも、あるかよ!君津は俺のライバルだ。つきあうだの、つきあわねーだの、そんな次元である筈ねーだろ」
「どしたの?目がマジだぜ。黒藤くん」
みきは、克巳を覗きこんだ。
「聞いて下さいよ、みきさん。俺と薫はね。昔からの幼馴染なんっすよ。互いのことは大抵知っている。好みも同じ。これがクセモンなんです。
実は。俺と薫はつきあっていたんですけどね。どーしても、ある一点が譲れずに、別れました」

凛は開いた口が塞がっていなかった。みきは、面白そうに身を乗り出して、克巳の話にうなづいていた。
「ある一点ってなんだよ」
「セックスでね。俺も薫も実は、攻めなんです。互いに抱きたくってしょーがなかった。でも、俺も、薫も互いに抱かれたくはナイッ!で、
散々喧嘩してジ・エンドです」
ドタッと音がして、みきがフローリングに倒れた。
凛は硬直していた。
「なに笑ってんですか。みきさん」
「可愛い、すげー、可愛い〜」
「凛。てめえは、なに固まってんだよ」
「ばっ。き、きさま。セックスなどと堂々と言いくさりおって。恥かしくないのかっ」
「いや、別に。全然恥かしくねーんだけど」
克巳はケロッと言い返した。
「今の話で、重要な点に気づいてねーな。御二方。とくに凛」
克巳の声に、凛はビクッとした。
「重要な点!?」
首を傾げる凛に、やはり起きあがったみきが、まだヒッヒッと笑いながら、耳元に囁いた。
「好みが同じだって言ってたぜ」
「へっ?」
克巳はパチンと指を鳴らした。
「みきさん、正解だぜ。凛、薫は止めて俺とつきあえよ」
「・・・」
「あの冬の日。必勝のはちまきをつけたおまえに惚れた。恥かしさに、氷りついちまったおまえの顔に、惚れちまったんだ。
俺とつきあうと言えよ、凛」
凛はバタリと床に倒れた。
倒れた凛を無視して、克巳はみきを振り返る。
「みきさん!俺と凛の交際。みきさんなら許可してくれますよね。俺、常連っすよ。毎月髪切りに行ってるし、みきさん指名してますし」
「え?あー・・・ああ。まあ、そうね。いや、俺としては、別にどっちでも。凛のことしあわせにしてくれるならば」
「自信ある。しあわせにする」
すると、その言葉に即座に凛は起きあがった。
「嘘つき!俺のこと、毎回『必勝』とか言って苛めやがって。おまえとなんかつきあっても、絶対にしあわせになんかなれない」
「バッカ。あれは愛故だって言ってんだろ。毎回てめー苛めるのは、愛があってのことなんだよ。わかれよ、そんくらい」
「わかるかっ。おまえなんか、君津以上に嫌いだよっ」
「なに言ってんだよ。薫は隠れサドだぜ。あんなの、止したほうがいい」
「てめーなんか、隠れてもいやしねーサドじゃんか。いやだ、おまえなんか」
「じゃあ、薫のがいいのかよっ」
克巳の言葉にハッとした。
凛はプルプルと頭を振った。
「そうだ、そもそも。てめーか薫か、じゃないっ!俺は男となんかつきあうのはごめんだぜ。俺にゃ、その気がないんだから」
二人の言い争いをニヤニヤしていた眺めていたみきだったが、吸い出した煙草の煙を吐き出しては、突然言った。
「凛。言いたかねーけど、うちって、ホモ多いんだぜ。俺も実は男の恋人がいるし、オヤジも最近は、女より男に走っているんだぜぇ。
家系的に、素質はあるから、マジに考えてやれよ」
「男の恋人?」
凛と克巳の言葉が重なった。
「兄さん、そんなのいるのかよっ」
「みきさん、それ、マジ?」
すると、みきはニッコリ微笑んだ。
「マジマジ。女相手より、割と純粋だぜ。セックスに、危険もねーし。あ、ところで、そうなると、うちの凛ちゃんって、やっぱり女の子役なの?」
みきは克巳に向かって聞いた。
「うん。もちろん。俺ね、凛の喘ぎって、すげーイイと思うんだ。どうよ、みきさん」
「可愛いよ。喘がせたことねーけど。凛はまあ、そっちのが向いていると思うな。気持ちいいことに弱いタイプだと思う。裏に回ると素直だしね」
「裏に回ると?」
克巳の目がギラッと光った。
「や、やめろよ。変なこと言うの!と、とにかく。俺は、家系的にそうであっても、そーにはならないからな」

みきは苦笑した。
「だってさ、黒藤くん。どーすんの?」
「俺と薫は諦めが悪いですよ。で、諦めの悪さでは、俺のが上なんだ。そう簡単に諦めませんよ」
フッフッと克巳が笑う。
「あー、やっと言えてスッキリ。で、これからもよろしくな。凛。早く俺の恋人になってくれよ」
「永遠にならない」
凛はキッと克巳を睨んだ。
「頭おかしいヤツラだとは思っていたけど、こんなにおかしいとは。揃ってバカだ、てめーら、幼馴染。ろくでもねえよ。俺、もう寝るから」

そう言うと、凛はバッと立ちあがり、さっさと寝室に避難してしまった。

とり残された二人は、肩を竦めた。
「ま。男二人にいきなり、告白された立場っつーのもね。複雑だろうから。今夜はソッとしておいてやってよ。黒藤くん」
「了解。告白したその日のうちにヤッちゃうタイプでもねーから、今夜は押さえておきますわ」
「凛が、だろ」
「もちろん。俺的にはオッケーですよ。会ってその日のうちに寝るのは、得意ですから」
「中々けだものだこと」
みきは、笑いながら、ポンッと克巳の肩を叩いた。
「俺としては、どっちでもいいって言うのはマジだけどね。君は偶然にも俺の常連客だから、一つだけ教えておくよ」
「なんですか?」
「複雑な環境で育った子だから、一筋縄じゃいかない。ムチとアメだよ。この意味わかるね?」
「すげー得意です!」
「確かに得意そうだ・・・。んじゃ、俺、帰るわ。凛のこと、これからもよろしく頼むよ」
「任せて下さい。じゃあ、俺もそろそろ」

克巳はガラリと窓を開けた。
「すごいところから帰るんだなァ」
感心したように、みきは言った。
「これが今のところ、薫に勝てる俺の切り札です」
「お隣さんか。運命感じるね」
みきの言葉に克巳は照れたように言った。
「ですよね。俺は即座に感じたのに。感じない凛のがスゴイと思う」
「ま、頑張って」
克巳は、みきを玄関まで送っていった。みきが帰るのを見届けてから、
鍵をしめて、寝室のドアを叩いた。
「なんだよ!入ってきたら、殺すぞ」
物騒な言葉が返ってくる。
「定期入り手帳。テーブルに置いておく。尾谷が拾ってくれたから、明日礼を言っておけよ。届けようと駅まで向かったら、
おまえはいたけど、間に合わなくって、渡せなかった」

克巳はトントンと寝室のドアをもういちど叩いてから、
「おやすみ〜」
と言って、テーブルに手帳を置いて、窓伝いに部屋に戻って行った。

「なんなんだよ。ちくしょう。からかうのもいいかげんにしやがれ。二人とも・・・」
凛は、ベッドの上で仰向けになって呟いた。


〜続く〜

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