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「ぎゃあああ〜。まっ、間違えたっ!」
ビターンッ!悲鳴に続き、物凄い張り手の音が、店中に響き渡った。
「オイ。・・・わかっちゃいたけど、こういうオチかよ・・・。凛、てめっ」
あんまりな張り手の勢いに、克巳がよれよれと薫の方へとよろめいた。だが、すかさず薫が避けた為、克巳はドタッと床に尻餅をついた。
「一体なんの騒ぎだ?」
と、さすがに店の客達がざわざわとざわめきだした。凛は、その様子にハッとして、カッと顔を赤くして、グイッとみきの腕を引っ張った。
「に、兄さんっ。帰ろう」
「へ?」
「帰ろう、帰ろう。お願い。俺と帰って!」
泣きそうな勢いで異母弟に迫られ、みきはうなづいた。
「わ、わかった、わかった。じゃ、そういうことで」
呆然としている薫と克巳に手を振り、みきは凛と共に店を出て行った。
「ちょっと、克巳ってば。だぁいじょうぶぅ?」
頼子が、座り込む克巳に向かって、気の毒そうに声をかけた。
「なんで俺が殴られなきゃならねー。間違えたのは向こうだろ・・・」
「俺だって殴られたんだからな」
「てめーは自業自得じゃねーかよっ。けど、俺は・・・。俺は間違って抱きつかれた挙句に、ファイト一発!てな具合にぶん殴られて・・・。納得いかねー、ちきしょーっ」
足をジタバタさせて、克巳は喚いた。
「いいじゃねーかよ。どさくさに紛れて凛のこと抱きしめてやがったろ」
「・・・ああ。アイツ、結構細いのな。力入れたらなんか、腰とか折れそー」
ニマッ、と克巳がいきなり笑み崩れた。
「フン。体は細くてもアッチは割と、立派だぜ。おまえ負けるかもな」
悔し紛れに薫が言った。
「・・・てめーな・・・」
立ち上がって、克巳は髪をかきあげながら、薫を睨んだ。
「調子こいてんじゃねーぞ。ぶち切れて、獣バッリバッリな行動しやがって、そっちこそザマーミー。アイツはな。やり損なったらオシマイだぜ。あの潔癖はぜってー
おまえの不埒な行動を許さないぞ。ははん。むちゃくちゃざまーみーだ」
「やかましー。すぐにリベンジしてやらあっ。だいたい、てめーこそ蚊帳の外の状態で、こっちのことに口出してくんじゃねー」
薫も、キッと克巳を睨んだ。バチバチ・・・と二人の間に火花が散った。
「あらあら。まーた、なんか奪い合ってンのねえ。しょーもない子達」
ほうっ、と薫パパが乱れた着物の裾を直しながら、火花を散らす二人を見て、溜め息をついた。
「あら、ママ。復活ね」
頼子が薫パパの背中を撫でた。
「んふ。ごめんなさいね、頼ちゃん。さて。こっちこそリベンジね」
ニッコリと微笑み、君津パパは、グイッと薫と克巳の間に割り込んだ。
「克巳。こら、てめえ!未成年の癖に俺に酒で勝てると思ったら大間違いなんだよ。リベンジしたるぜ。つきあえ、こら。薫。てめーも愛するママの為に、協力しやがれ」
右腕に克巳を、左腕に薫を抱えて、君津パパは、ドカドカと店の奥のソファに二人を拉致った。
だが、二人は、君津パパに引きずられていく間中、ずーっと、
「てめえが5歳までおねしょしてたこと凛に言いつけるぞ」とか「てめえが7歳の時にオカマにチンコ悪戯されて喜んでたこと凛にばらすぞ」
とか、かーなーり低次元な罵りあいを続けていた。


低次元な罵りあいと、低俗なバトルが再び君津パパの店で始まった頃。みき・凛兄弟は、付近の公園に立ち寄っていた。
「兄さん、俺。学校を辞めなきゃいけないかもしれない」
凛は、ブランコに腰かけながら、蒼白な横顔で呟いていた。みきは、公園に立ち寄る前に自販機で買ったタバコに火をつけながら、凛のすぐ横に立っていた。
「学校を辞める?また、どうして・・・」
「兄さんが聞いたら呆れることを、俺は今日君津としてしまったんだ」
ガバッ、と凛は頭を抱えた。
「な、なに、それ・・・」
ワクワクと目を輝かせながら、みきは凛を見た。
「凛ちゃん。呆れずに聞いてあげるから、僕には話してごらん」
ユサッ、とみきは俯いてしまっている凛の肩を揺らした。
「俺のこと、キライにならないでね・・・」
顔をあげながら、凛は至極真面目な顔で、兄に訴えた。
「一体、どんなこと・・・。いや、キライになんかならないよ。凛は、たくさんいる弟の中でも、僕にとっては一番可愛い弟だから。さあ、話してごらん」
「今日・・・。君津とラブホテルなるものに行って・・・」
「うんうん」
「キスは前からしてたけど・・・。キスとかもしたりして」
「うんうん」
「はっ、裸になって。つーか、無理やり裸にされて・・・」
「そう。それで?」
「君津のバカが俺のアソコ、触ったりして・・・」
「で?」
「・・・」
凛は黙りこんだ。
「ここまで話しておいて、いきなり黙りこむヤツがあるかっ。それで?」
ガクガクとみきは、凛の肩を揺すった。
「早く続きを言いなさい。それで?」
「に、兄さん。なにをそんなに興奮して・・・」
兄の迫力に、凛はたじろいだ。
「じれったいな、もー!それで、どうしたのっ」
「どうしたもなにも。君津が俺のアソコを握って・・・」
「それはわかったよ。で。アソコを握られて、それから?!」
「それだけだよっ。そしたら、頼子さんから君津の携帯に電話かかってきて。慌てて店にすっとんで来たんだ。でも、でも、兄さん。俺は、不純同性交遊をしてしまったよ〜。
旺風学園副生徒会長という立場でありながら!!なんてことだ。俺はなんて淫らなことをっ。俺は生徒会から除名されても仕方ないことをしてしまった。自分が怖いよ、
兄さん」
本気で言ってるなら、こっちも怖いわい・・・とみきは心の中でこっそりと思った。
大体、そんなことならば、生徒会長である君津だって除名だ。なんせ凛の相手は君津なのだから。そして、書記だって間違いなく同じ道を辿るだろう。
もっとも書記は、不純異性交遊だが・・・。いや、そんなことはどうでもいい、とみきは、凛に訊き返した。
「・・・ちょっと待ってよ。薫ちゃんにチンコ握られて、それでオシマイ?」
みきの言葉に、凛はギョッと目を剥いた。
「露骨な表現は止してよ、兄さん。兄さんらしくもない。下品だっ」
「あ、ああ。失礼・・・。じゃあ、凛は・・・。薫ちゃんのコレに、ブスッと・・・。なんか調子狂うな。いや、薫ちゃんのコレに、貫かれたりしなかったの?こっちのが卑猥な気がするんだけど・・・」
ちなみにみきは、左手の中指をおったてている。
「貫かれる?どこを?」
凛はキョトンと訊き返す。そのあんまりなキョトンとした顔に、みきは苛立った。
「ケツ!じゃない、お尻を。凛のお尻をっ」
ヤケクソで、みきは言った。
「お、お尻を?そんなことある訳ないだろーっ!」
喚いて、凛はブランコからガバッと立ち上がった。勢いがついていたものだから、ブランコはパッと後方に揺れながら動いた。
「なんで俺のケツが君津のチンコに貫かれなければならないんだっ!」
「凛ちゃん、お下品!」
ハハハとみきが苦笑する。
「そんなことある筈な」
ブーンッ、と音を立ててブランコが、元の位置に舞い戻ってきて、ズコッ、と凛のふくらはぎにめり込んだ。
「あっ」
ヘロッ、と凛が、その勢いに押されて、バランスを崩して大地に倒れこんだ。
「大丈夫?」
みきが慌てて凛に向かって腕を伸ばした。
「必要性を感じないっ。そんなことする、必要性が」
顔面から転んだ凛が、顔中を砂だらけにしながら、顔をあげて、みきに訴えた。
「必要とか不必要なこととかではなくってね・・・。あのね!ぶってンじゃねーぞ、こら!」
みきが、凛の顔を覗きこみながら、ちょっと怒った顔をした。グイッ、とみきは凛を引っ張り起こしてやった。
「女にあるモンついてないんだよ、男には。だったら、穴一つ。そこに突っ込むしかないでしょ」
「そ、そんなこと・・・。なけりゃ諦めればいいじゃないかっ!そんなことするのが、男同士でセックスすることなのかよっ。俺はもっと別のことを想像していて」
凛は顔の砂をパラパラと払いながら、言い返した。
「どんな想像してたんかい。ま、しないカップルもありますが・・・。薫ちゃんは、するタイプでしょう・・・」
「知らないもん。お、俺、知らないもん・・・。なんでだよ・・・。そんなことは、男と女でしかしないもんかと・・・。じゃ。じゃあ、兄さんと黒藤はしてるの?」
ズバッと訊かれて、みきはドキッとした。だが・・・。
「そりゃ、してるよ。してるさ。自然なことだもの」
みきは観念したように、凛の隣のブランコに腰かけた。
「思いっきり不自然だよ!」
「まあ、凛から見ればそうかもね・・・」
ハハハとみきは笑った。
「いやだ〜」
ドーッと凛の瞳から涙が零れた。せっかく起きたのに、自らへなへなと砂だらけの大地に膝を折った。
「兄さんが、黒藤と、そんな破廉恥なことしてるなんて・・・。想像するだけでイヤだ〜」
「どんな想像してんのや。・・・って、今時破廉恥って言葉、君・・・」
「イヤだ〜。黒藤とだけは、絶対にイヤだ〜」
あうあうと大地に伏せて、凛は子供のように泣いていた。
「あー、もー。なんだって、こんな図体と見てくれしてて、今時の小学生だって裸足で逃げるようなウブなんだろ、この子」
やれやれとみきはブランコから降りて、凛の背を撫でた。
「凛。あのさ・・・。あのね・・・」
言いかけて、みきはハッとした。なんとなく、だが。一瞬思うことがあって、みきは凛に問いかけた。
「イヤ、ってさ。それって、俺が黒藤くんと寝ることがイヤなの?それとも、黒藤くんが俺と寝ることがイヤなの?」
「え?」
まだ大地に顔を埋めながらも、凛は訊き返してきた。
「もしかして。黒藤くんが、俺と寝ることがイヤなんじゃないの?だって、凛ちゃん。黒藤とだけはイヤだ〜って今、言ったよね。他の男とならば、俺がそういう破廉恥
なことしてもいいんだよね。そういえば、さっきもなんか知らないけど、克巳くんに抱きついていたし。もしかして、凛は克巳くんのこと・・・?!」
「へ?」
みきに言われた言葉を、よく咀嚼して、凛はガバッと顔をあげた。
「な、なに、言って・・・。兄さん・・・」
カアアアッと再び砂だらけになった凛の顔が、呆れるぐらいに真っ赤になった。みきは、そんな凛を見て、目を見開いた。
【やべ。こりゃ、ビンゴだ・・・】と、即座に思った。
「な、な、なにを言っているんだ、兄さん。それはもしかして、俺が兄さんに嫉妬しているってことなの?しかも嫉妬って言ったら、なんか俺が黒藤を好きみたく聞こえるけどっ」
バババ、と素早く手で顔の砂を払って、凛はキッとみきを睨んだ。だが、顔はまだ真っ赤だ。
「そう言ったつもりです」
クスッと笑いながら、みきはうなづいた。なんか猫みたいで、可愛い・・・と弟のしぐさを見て、みきは途端に微笑ましくなった。
「バカみたい!そんなことがある訳ないじゃないかっ」
「えー?そうなの??だって、今、すげえ赤くなったじゃない。なんでだよ」
「そ、それは・・・」
なんでだろ・・・と、凛はグッと詰まった。そんな凛に畳み掛けるかのように、みきは言った。
「よくよく考えてみれば、今回のことだって、凛が克巳くんのことで異常に反応したのが発端じゃないか。凛が、克巳くんと薫ちゃんチのオカマちゃんと保健室で、
なんかイケナイことしそうになっていた場面を目撃しちゃったせいで、ぶち切れて薫ちゃんとつきあうことになったんでしょ。だから、克巳くんは慌てて俺にお芝居
してくれって頼んできて・・・」
「お芝居?」
ピクッ、と凛の眉が跳ね上がる。
「あ、いけね」
みきは口に手をあてた。つい、うっかり・・・。だが、訂正するのは、もう手遅れだった。
「・・・そういえば・・・。君津が言ってたな。兄さんと黒藤がつきあっているのは、嘘だって」
ジトッ、と凛の不審な視線がみきに絡んできた。
「あ〜。えーと・・・」
ポリポリとみきは鼻の頭を指で掻いた。
どう説明すればよいものか・・・。克巳くんは、凛の気を引きたいが為に、俺とつきあってくれって言ってきて・・・。
でもバラしちゃうと、俺・・・。うーん。遠藤クン・・・。未練だあ・・・とみきは咄嗟に色々と考えていた。
そのみきの沈黙に、凛は苛々し、兄に向かって怒鳴った。
「嘘なのに、兄さんと黒藤は、Hとかしてたのかよっ」
みきは、え?と凛を振り返った。
「アレ?・・・問題、そっち?嘘ついた理由はどうでもいいの???」
「問題そっちって・・・。あれ?あれ?」
凛も、咄嗟に自分の口から出た言葉に動揺していた。
「なんで嘘ついていたかはどーでもいい訳?」
ニヤニヤと笑いながら、みきはもう一度凛に向かって、言った。だが凛は、それにはすぐに反応出来た。
「そ、それは、君津から・・・。黒藤が俺の気を自分に向ける為に兄さんとつきあっているんだって聞いていたから・・・。知っていたからだけど・・・。
考えてみれば、Hしてようがしてまいがどうでもいいのか・・・。いや、でも。俺は兄さんと黒藤がそんな破廉恥なことするのは我慢出来なくて・・・」
ゴニョゴニョと凛は歯切れ悪く、呟いている。
「俺が他の男とは破廉恥なことしててもいいのに、克巳くんとするのは我慢出来ないの?」
「・・・なに言ってんの、兄さん」
「こっちの台詞だよ、凛」

兄弟はジッと顔を見合わせた。

凛は、みきを見つめながら、自分の胸に手を当てた。
今日。君津とやらしいことをした。ドキドキした。自分はなんて破廉恥なんだろうと思った。
でも考えてみれば、ドキドキって、決して気持ちイイとかそういうHなことをする時に感じるドキドキじゃない。
なんだが、とっても疚しい気分で・・・。不純。純粋じゃ、ない気がして。そういうドキドキだった。
そして。店で、黒藤の姿を目にした時。なんだか知らないけれど、やたらと安心した。
ドキドキが治まって、新たなドキドキにすりかわっていくのを感じながら、どうしてか気づいたら体が動いていて、黒藤に抱きついていた。
「俺、黒藤のこと、好き?!嘘・・・」
凛は、胸にやった手を動かし、自分の頬を押さえた。頬に熱を感じた。
保健室で、黒藤の姿を見た時。なんであんなに自分が怒ったのか。
兄と黒藤が寝ている、という事実に、どうして涙が零れるほど、イヤだと思ったのか。
黒藤がみきとつきあうようになって。みきを見ようとして、いつも、いつも、黒藤と目が合った。その度に、なんだかいつも変な気分になっていた。
みきと黒藤のことを考えると、いつも苛々していた。でも、それは。兄のせいだと思っていた。でも、違った・・・のか?俺は、黒藤を意識していたのか??
もしかして、スキだったりしたから???必勝・必勝・必勝。あんなに俺を苛めた黒藤なのに。
なんで・・・?!
キライだった。大嫌いだった。なのに、どうして?
思わず、空いたもう一方の手も頬に押し当てた。
両頬は、ひどく熱を持っている。これじゃ、きっと、恐ろしいぐらいに顔が赤いに違いないと思い、凛はみきから目をそらして、うつむいた。
「兄さん。黒藤ってやなヤツだよ。俺の必勝ハチマキをすごくバカにするんだ。いつも、影でコソコソ、必勝、必勝って苛めるの、俺のこと。なんでそんなヤツ、
俺が好きだと思う?君津のがマシじゃないか。なんで俺が黒藤なんか好きにならなきゃいけないんだよ」
ボソボソとうつむいて言う凛に、みきが、ポンッと凛の頭を撫でた。
「教えてあげようか、凛。きっと僕は、答えを知ってるよ」
「教えてよ、兄さん・・・。俺にはわかんねー・・・」
みきの手が優しく自分の頭を撫でるのを感じながら、力なく凛は言った。
「凛はね。Mっ気があるんだよ」
「えむっ毛?髪の毛がどうかした?」
この後に及んで、この弟は・・・とみきはがっかりしたが、気を取り直す。昔から、弟はこういう弟だったのだ。だから、いつもとても可愛かった。
「髪の毛じゃないよ。あのね。マゾってこと。おまえはさ。小さい頃から苛められ体質だった。今でこそ改善されたとは思っていたけど、根っこの部分で、
まだ残っていたんだよ。凛はさ。基本的に苛められることがスキなんだ。スキというよりは、慣れている。だから、苛めッ子の黒藤くんに気を持ってかれちゃうんだよ」
「なんじゃ、そら!」
凛は目を見開いて、みきの手を振り払った。みきの言葉は、凛の今まで築きあげてきた人生をガラガラと崩壊させた。
「だってそうじゃん。性格悪いけど顔はイイ。頭もイイ。体だってイイ。まったく同じ要素を持つ男二人から言い寄られて、凛が好きになったのは、克巳くん。
よりS度が強い克巳くんなんだもの」
「それじゃ、俺が変態みたいじゃないか、兄さん!」
「今まで真面目に生きてきたんだもの。これからは変態でもいいじゃない」
あっさりと言うみきに、凛はブルブルと首を振った。ブルブル、と。
「い、いやだ。いやだ、いやだっ!変態なんて、イヤだ」
俺が黒藤を好き?マゾだから、好き??なんって、不名誉。冗談じゃない。冗談じゃない〜!!!
いっそのこと、死にたい・・・と凛は思いながら、ぜんまい仕掛けの人形のようにブルブルと首を振り続けた。
凛が首を振る度に、ボロボロと涙の粒が零れては足元に落ちていった。

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バンザーイ!やっとカミングアウト。
薫ご贔屓の方々、すみません。最初から、凛の相手は克巳と決めていたのです!

続く

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