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「ってことがあったって訳」
大和が話し終えると、一瞬店の中がシンと静まり返り、そして。
きゃあああ〜と女の子たちが一斉に悲鳴を上げた。
そんな様子を見て、五条が眉を寄せた。
「なにこれ。これが研究部?いい歳こいた大学生が、しんきくせー店で怪談噺してるだけじゃん」
ばっかみてーと呆れたように五条が言うと、りおを含め(←すっかり部員)女の子たちがキッと五条を睨んだ。
「なに言ってるの、弟くんっ。これは立派な研究活動です」
「そうよ、そうよ。小泉くんの彼氏くん。大和先輩が話してくださったのはこの世の神秘のお話なのよ」
「意外とためになる話とか泣かせる話も盛り込んでくンだよ、なあ、大和先輩」←りお。
きゃんきゃん抗議してくる部員たちに、
「つーか、あんたたちのが神秘だよ」
ボソリと五条は呟いた。
「あのさ。なんでおまえがここにいるんだ忍」
五条が座っていた、店の隅のソファに、大和が大股で歩み寄ってきた。
「俺はりおの恋人。護衛だよ。な、りお」
と、五条は隣に座っていたりおの肩を抱き寄せた。
きゃああ〜とさっきとは違う声色の女の子達の悲鳴が店に響いて、りおは抵抗しようとした気力を一瞬のうちに失っていた。
「いや、あの。てかさ」
五条に抱き寄せられたまま、りおは、掌で顔を覆った。
「なに照れてんの、小泉くん。旺風の元生徒会長小泉りおがホモだっていうのは、周知の事実なんだし」
ズバリと容赦のない麻耶の言葉がりおの胸を貫いた。
「麻耶ちゃん。ちょっとは遠慮してくれよ」
がっくりとりおは項垂れた。
「そうだよ。こう見えてりおは意外と繊細なんだから、先輩優しくお願いしますよ」
と、ぬけぬけと言う五条に、りおは、
「おまえが遠慮せんかいっ」
と、さっき、かましそこねた、鉄槌をようやく食らわした。
いてて、と身を捩る五条を見下ろし、大和は苦笑した。
「忍。一体小泉を誰から護衛しようとしてんだよ、おまえは」
「それは」
と五条は、躊躇うことなく、早坂を見た。
「えっ、俺?」
早坂がキョトンとしていた。
「ばっ、な、なに言ってんだよ。なんで俺が早坂先輩を」
カアッとりおの顔が赤くなった。
「だーって、この人。なんか、りおのこと、狙ってるポイもんなァ」
五条がややふて腐れたように言うと、早坂は、アハハと笑った。
「この彼氏くん、嫉妬深いねー。大和の弟とは思えない」
うるせーと大和は早坂の足を蹴った。
「それに、りおって。だかんだで、美形好きだから。きっとアンタの顔好みですよ、早坂さん」
バチバチと五条と早坂の間で火花が散ったように思えて、りおは慌てた。
「早坂先輩、ちゃいますって。ちゃいますって。俺が好みなのは、大和先輩の顔の方です」
だいたい、童貞捨てるならこの人って、最初に目つけたのは大和先輩だしと心の中でりおは呟いた。
「ふーん。俺、兄弟で一番忍と似ているって言われてンのよね」
シーン。
「やっぱね」
「結局は五条くんの顔が好きなのよ、小泉くんは」
ヒソヒソと女の子達が言い合っていた。
「ちっ、違うって」
なんでこんなヤツーと、ぐいぐいとりおは、擦り寄ってくる五条の体を押しのけていると、早坂が
「ねえ、盛り上がってるとこ悪いけどさ」
と、話に入ってきた。
「どした」
大和がりおと五条から視線を外し、早坂を見た。
「なんかさー。きちゃったみたいだよ」
ポンと早坂が大和の肩に触れた。
「マジ?」
大和がそう言ったと同時に。
パァンと甲高い音がして、部屋の灯りがいきなりブチッと、消えてしまった。
「ぎゃああああっ」
とんでもない悲鳴を上げたのは、りおだった。
「なっ、なっ、なんで電気。誰が消したーーーっ」
「いや。なんか勝手に消えたんだよ」
りおのすぐ傍らで、大和が冷静に言った。
「あんた、相変わらずだね」
隣にいる五条がどうやら大和に向かって言っているようだった。
りおに至っては、いきなり真っ暗になってしまった部屋に心臓をバクバクさせていた。
部員の女の子達も慣れているらしく、特に大きな悲鳴は上がらなかった。
「あ、小泉は初めてか」
と、いきなり耳元で囁かれて、りおはソファから飛びのいた。
「今の声、誰?」
「俺。早坂です」
「は、早坂先輩か、び、びっ、びっくりした・・・」
視界が全然暗さに慣れなくて、りおは思わず五条の気配を探した。
「しっ、忍」
「はいよ。ここにいるって」
「そ、傍にいろよな」
「ああ」
なんで誰もびびってねーの。いきなり電気消えてんだぞ、とりおはガクガクと震えた。
「小泉初めてかもしんねーけど、うちの部では、こゆのちょくちょくあっから気にしないでくれ。ま、ぶっちゃけ、大和に悪いモン憑いてて、時々悪さをしにくんだよね」
早坂がサラッと言った。
「ごめんねー」
とこれまた大和がサラッと謝る。
部員達からも全然疑問の声が上がらない。
今日初めてこの場に居合わせた五条ですら、なにも言わない。
「大和先輩に悪いモン憑いてるってなんすか。しかも、別にそんなの当然的なこの空気。おかしいっしょ。なんか系統変わってない?
久しぶりに始まったらと思ったらこの話、ホラー系神秘ジャンルに変わってねえ?」
「誰に言ってンのよ、小泉くんっ。系統変わってるって、変わってないよ。そういう研究部なんだから当たり前な展開よ」
麻耶が、部屋の、どこぞから言った。
「麻耶ちゃん。なに落ち着いてんの。ちょっと入口近くの誰か、電気点けてよ」
きょろきょろと、りおは辺りを見回した。
「残念だけど、スイッチ壊れてるみたい」
部員の女の子が、残酷な事実をりおに告げた。
「なんですとー」
ヒイッとりおは頭を抱えた。
「しっ、しの、忍」
「いるって」
肩を叩かれ、ビクッとしたものの、それが確かに五条の気配で、りおは安心した。
「ところで、なにおまえ、違和感なく、佇んでんだよ。こんなとんでもない事態に」
りおは、傍らの影になってしまっている五条に、コソコソと囁きかけた。
「だって、大和といると、昔からよくこーゆーこと起きたんだよ。ドアが勝手に閉まったり開いたりとかさ。別になんてことねーよ。その為に早坂さんがいるんだろ」
「その為って?早坂先輩、何者!?」
りおは、どこにいるかもわからない早坂に向かって、問う。
「神社の息子でーす」
と早坂のちゃらけた声が暗い室内に響いた。
「あ、そうなんだ。なるほど」
ホッとしたのもつかの間。
ガシャン、ガシャン、ガシャン!!
今度は、今ではもう使われていないカウンターの向こうの棚の扉が勝手に開き、中からグラスが飛び出してきた。
床に叩きつけられたグラスたちは、派手な音を立てて割れた。
「ぎゃあああ。もっ、もう限界。俺、無理〜」
バッと傍にいた五条の腕を掴み、りおは暗闇の中に各々立っているであろう部員達をかきわけて、店の外に飛び出した。
急な階段をヨロヨロしながらなんとか降りて、りおは五条の腕を引っ張ったまま、全速力で走って店から遠ざかった。
「もう、ダメ。俺、ホラ研無理。こっ、怖い」
煌々とした街灯にホッとしつつ、りおは、ブロック塀に寄り掛かって息を吐いた。
「いきなり電気が消えて、棚の扉が開いてグラスがガシャンガシャンッってもうマジ悪霊の仕業としか考えられねー。なあ、忍。おまえのにーちゃん、マジやべえぞ、あれ」
ヒイイと自分の言った言葉に慄きながら、りおは、ようやく掴んでいた腕を離し、振り返った。
「って、ええ!?なんで、ここに大和先輩がっ」
りおは驚いて叫んだ。
なぜならば。りおの前には大和が立っていたからだった。
「なんでってさ。おまえが俺のこと掴んでいきなり走り出したんだよ」
「俺は隣にいた忍の腕を掴んだつもりで」
「忍ならば、地震でグラッて足滑らせて転んでたぞ」
「えっ、地震!?」
りおは目を見開いた。途端に、ピタリと体の震えが収まった。
「ちなみに、さっきのグラスが飛び出してきたの、地震のせいだから」
にっこりと微笑んで、大和はりおの頭を撫でた。
「かーいーな、小泉。震えるほど怖かったの。そうなんだー」
「やっ、大和先輩。もう、俺、本気で無理ですっ」
「いやいや。そんなこと言わないで。早坂と二人でずっとマンネリだったんだから、おまえが来てくれて、本当に嬉しいの、俺」
「俺嬉しくないっす」
「それに、皆、俺に慣れちゃってるからつまんないんだけど、こーゆー反応してくれると新鮮で楽しいんだよね。やっぱりなにごとも楽しまないとさ」
そう言いながら、ガシッと大和はりおを抱きしめた。
「せっ、先輩、なにするんですか」
「もうこうなっちゃったら、店戻るのも面倒くさいから、家帰るよ。一緒についてきて」
「なんで俺が」
もがもがとりおは大和の腕の中で暴れた。
女の恰好をしているせいか勝手に華奢だと思い込んでいたが、実際の大和はかなり逞しい。
「早坂が言ってたよ。おまえ、ちょっとした霊感あるみたいだから、ある意味役に立つって。早坂ともはぐれた今、おまえが俺を悪いもんから守ってちょーだい」
「なに言ってますか。悪いもんくっつけてる大和先輩と離れたくて俺は店から逃げてきたっていうのに、冗談じゃないっすよ」
「つれねーこと言うなって。おまえが俺をここまで連れてきたんだろうが」
「不幸な偶然です。俺は忍を連れてきたつもりだったんですーーー」
抵抗してるものの、根っからの体育会系なりおは、先輩には逆らえない体質だ。
ズルズルと大和に引きずられ、大通りに出たところで掴まえたタクシーに強引に乗せられ、りおは大和に拉致された。
「しのぶぅぅぅ〜」
さすがのりおも、五条の名を呼んで助けを乞うたが、店からあまりにも遠ざかってしまった為、無駄に終わってしまった。


一方の五条達は、店の前で呆然としていた。
店の電気が勝手に消えてしまったまでは、りお以外の誰も驚きはしていなかったが、ああもタイミングよく地震が来てしまうと、さすがに皆も動揺し店を飛び出した。
「りおは、どこに。知ってる人、いますか」
部員の女の子達を振り返り五条は聞いたが、彼女達は首を振った。
「小泉くん、一番最初に誰かと飛び出して行ったし。大和先輩も早坂先輩もいらっしゃらないし。もう今日はこのまま解散だね」
女の子の一人がそう言い、皆頷いた。
「じゃあ俺も失礼します」
とクルリと五条が踵を返そうとしたが、部員の女の子の一人に、待ったをかけられた。
「小泉くんの彼氏くん。お願いします。この子、さっきあの階段を下りる時に足を挫いたらしくって。タクシーが拾えるところまで連れていってくれますか?」
「あ、ああ。わかりました」
さすがに、か弱い女の子が、階段の下で蹲っているのを見捨ててはいけない。
五条が駆け寄り、女の子を起こそうと腕を伸ばした。
「大丈夫ですか」
「うん。大丈夫よ。あっ、いたた」
しかし、女の子は思った以上に苦痛の声をあげた。
「挫いたどころじゃなさそうっすね」
そう言って、五条はヒョイッと軽々と女の子を抱き上げた。
「ごっ、ごめんなさい」
ポッと五条の腕の中で女の子が頬を染めた。
「いえ」
慣れたもので、特に気にした風もなく、五条はスタスタと歩き出した。
「まあ、お姫様抱っこ」
「かの子、羨ましいっ」
「彼氏くん、カッコいい〜」
五条の後ろを女の子達がぞろぞろとついていく。
「タクシー見たら言ってください」
通りに目を走らせながら五条は言い、心の中では、りおのことを考えていた。
りお、どこへ行った。
大和と一緒か?まさか、早坂と一緒なんじゃ・・・。そう考えると、五条の中で、メラッと嫉妬の炎が揺らめいた。
あの暗闇の中、いきなりグラリと足元が揺れ、地震だと思ったら、バランスを崩して倒れてしまった。
りおの声が聞こえ、バタバタと走り去る音だけは、蹲りながら聞いていた。
五条はギリッと唇を噛みしめ、一刻も早くりおを探さねば、と思った。


続く

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