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「りおちゃん、聞いてるの!」
そんな声が響いて、りおはハッとした。
「へ、へいっ。聞いてますっ」
カチッとりおは、ガスを止めた。
「まったくもう。そんなことじゃ、五条家のレシピが覚えられるのっ!」
と言っては、五条母は絶句した。
「え?」
りおは、自分の手元を見つめる五条母の視線を感じて、キョトンと首を傾げた。
「・・・出来てるじゃないの・・・」
「はあ。さっき最初に説明してくれたから、その通りに作りましたけど」
「って!一度大雑把に説明しただけよ?」
「はあ・・・。一度聞けば覚えられますんで・・・」
大皿には、美しい盛り付けがされた堂々たる肉料理が乗っかっていた。
「ま、まあ・・・」
ヒクッと五条母の顔が引き攣った。
「見かけによらず、賢いのねぇ」
そう言って五条母は、チッと舌打ちしつつ、「いびり甲斐がないわぁ」とボソリと呟いた。
「へっ?」
りおは聞き返すが、そこは女優である。五条母は、ニッコリと微笑んで誤魔化した。
「ホホホ。まあ、合格ね。これで貴方も忍の好物は作れるようになったってわけね」
「そうですね」
そう言ってりおは心の中でチッと舌打ちしつつ、「超どーでもいー」とボソリと口に出していた。
「えっ?」
五条母は聞き返すが、そこはなんたって小泉りおである。
「ハハハ。そうですね。今度食わせてみます」
とニッコリ微笑んだ。そして、二人の間で、見えない火花がパチパチと静かに散った。
「りおちゃんが暇な大学生で、ホント良かったわぁ。お料理を教えてあげられるし」
「ええ、ええ。ホントに。俺も暇な大学生で、ホント良かったァ」
『つーか、てめーこそ、暇な女優じゃねえかよっ!』とは、喉元まで出かかったりおだが、そこはグッと堪えた。
ってゆーか、俺、そんな暇じゃねえんだよなぁ、とりおは心の中で思う。だって、ホラ研の女の子達のことを<
脳内データベース化しなきゃならんし、とりおはホウッと溜息をついた。
初日でこれぞと決めた美しい人は、悲しいことにオカマだったのだから・・・。
ちゃんと整理して、早いところ、ターゲットを決めにゃ・・・と思っていると、ピンポーンとチャイムが鳴った。
「あら。誰かしら。忍にしちゃ帰り早すぎるわね」
と五条母が言うので、りおはエプロンを解き、「出ます」と玄関に向かう。
ドアを開けると、そこには桜井なつきが立っていた。
「よ。りおちゃん!」
「なっちゃん」
五条の友人の桜井なつきとは、りおは顔見知りである。
「五条いる?」
「いるわきゃねーだろ。学校だよ」
「へー。りおちゃんがいない学校に、真面目に通ってんの、アイツ」
「そりゃ通うだろ。学生だもん」
「そんな真面目なヤツかよ。さてはガッコでイイ子でも見つけて浮気してるな」
アハハハとなつきは笑う。
「・・・」
りおはその言葉にハッとした。と、背後からパタパタと音がして、奥から五条母が走ってきた。
「なっちゃん!」
「あれ?奈々さんじゃないですか?今、オフなんすか?」
なつきと五条母は顔見知りのようだった。
「まあまあ、なっちゃん!久し振りィ」
ガバッと、五条母はなつきに抱きついた。
「お元気そうで」
よしよし、となつきは奈々の背を撫でている。
「んもぅ。あれから、私はすっかり貴方と忍が出来上がっていると思っていたのに・・・」
と言って、チラッと五条母はりおを見た。
「いつの間にか忍ったら、今までとは趣味が違うようなりおちゃんとくっついていて・・・」
「アハハハ。確かに今までのヤツの趣味とは違うけど。とにかくラブラブだからさ、この二人」
まるっきり他人事で、オーディオルーム一式をまんまと手に入れたなつきは、からからと笑いながら無責任に言った。
「だっ、誰が!別にラブラブなんかじゃねえよっ」
りおが反論すると、すかさず五条母が、
「あら。じゃあ、なんでつきあっているの?無理しなくてもいいじゃない」と言ってきた。
それには、りおも、「うっ」と詰まった。
「・・・」
なんとなく場の雰囲気を察したなつきが、グイッとりおの腕を引っ張った。
「五条いないならば、りおちゃんでいいや。暇だから、つきあって」
「って、おい」
相変わらず、なつきはマイペースである。
「なっちゃん。この前のモデルの話、考えておいてよ〜」と五条母が言ったが、なつきは「冗談でしょ」とケロッと言っては
「それじゃ」とパタンとドアを閉めてしまった。
「なっちゃん助かった!」
ガバッとりおが、なつきの背に抱きついた。
「いびられてんの?」
フフッとなつきが悪戯っ子のような目でりおを振り返った。
「ガンガン。なんか気に入られてねえんだよなぁ」
ガシガシとりおは髪をかきあげた。
「ま、気にすんな。要は本人同志の問題で、親なんか関係ねーじゃん」
バシンッ、となつきはりおの背を叩いた。
「本人同志の問題ねぇ・・・」
さっき、なつきがチラリと言ったことも、りおには気になっていた。
確かにあの五条が、真面目に学校に行っているのは、少し不思議だ。この前喫茶店で見た、ちょい可愛い系の男と・・・。
「うっがー!べっつにどうでもいいじゃんかいっ。俺だって、俺だってえ〜!!」
「なんだよ。どした。ご自慢の賢い頭が、悪くなるぜ」
エレベーターの▽ボタンを押そうとしていたなつきが、りおの叫びに驚いたように目をパチクリさせている。
りおは、廊下の壁に頭をゴンゴンと打ち付けていたからだった。
「んあ。頭が悪くなる?んなん、ありえねー。つか、なっちゃん、ちょい茶つきあえ。俺の悩みを聞いてくれよっ」
「当たり前よ。学校たるくてな。勉強以外のことだったら、なんでも相談に乗るぜ!」
暇な大学生と不良高校生は、マンションの近くの喫茶店に逃げ込んだ。


結局、たわいもない話で時間を潰し、りおはなつきと別れた。
勇気を出して、自分は童貞だということをなつきに白状すると、相当な勢いで笑われた。
「それじゃ、いつまでたっても、五条のペースだな」とも言われた。
やっぱり、なのだ。最後はそこに行きつく。
頭の出来は、どう考えても自分のが上なのに、恋愛面での出来はどう考えても五条のが上なのだ。
それ故、いつまでたっても、五条のペースで事が進むのだ。りおは、それが不満で、不満で仕方なかった。
なにかにつけては、五条は「童貞のくせに」とりおをせせら笑う。くそっ、とりおは思う。
こんな、バカにされ方は、たまらない。互角に。せめて、一つぐらいは同じステージに上りたい。
そうすれば、なにがしの道は開ける。
そんな考え方は、いつも、いかなる時も、人より優位な立場にいたりおの習性のようなものだった。
「負けてたまるかってんだよっ!」
「おー。その意気、意気。脱童貞。って、あれ?でも、ってことは・・・」
ズズズッとアイスティーを啜りながら、なつきは、最後に首を傾げた。
「なっちゃん?」
りおは、そんななつきを見て、キョトンとした。
「あ、いや。なんでもねー。いいや。おもしれーから」
「なんだよ?」
いきなりなつきの様子が変わったことに、りおは訝しくも思いながら、それ以上の追求はしなかった。
だって、小泉りおは、俄然、やる気なのだから!


「ちっきしょ。なんだって、今日に限って」
はあ〜、とりおは部屋で溜息をついていた。なつきと別れ、やる気満々で部屋に戻ってくると、五条母は仕事だと言って、慌てて家を出て行った。
ここ最近は連日のようにホラ研メンバーから歓迎会やらなんやらとお誘いがあるので、りおはそれを待っていた。
しかし、今日に限って、そんな誘いもありゃしない。もう時刻は8時になろうとしていた。
「たでえま」
どこぞで遊び呆けていたらしい五条が遅い帰宅である。ドアの開く音。
「あー、疲れた。居残り、ちょーたりー」
そんなことを言いながら、パタパタと廊下を歩く足音がした。りおは、少し緊張する。りおの部屋の前に来ると、足音が止まった。
「りお、いる?」
りおは、黙ったままベッドに転がっていた。
「りーお」
バタンッ★
ドアが、乱暴に開いた。
「ひーっ!は、入ってくンな!!!俺はいねーよっ!」
りおは、慌てて跳ね起きた。
「いるじゃん。で。なーんで、入ってきちゃいけねーの?俺達、同棲してる仲なのに」
バッサ、と学ランを脱ぎながら、五条がつかつかと部屋に入ってきた。
「な、な、なんだよっ」
りおはベッドの上で、ズリズリと後ずさる。
「なんだよっ、て。エッチしよーぜー」
ドッサ、と五条がりおのベッドに浅く腰掛けた。
「いきなりかよっ!」
ドンッとりおの背が壁にぶちあたり、顔がカーッと赤くなる。
「その気になった時が、しどきなの。いきなりもクソもあるかよ」
「こっちの気分はどうなるんだよっ。いつも、いつも、てめーはっ」
「その気にさせりゃ、いい話」
五条はあっさりと言い返す。りおは、ムカッとむかっ腹を立てた。
「腹減ってンだろ。飯用意してあっから。それ食え。な」
てめーのペースに巻き込まれてたまっか!と心の中で叫ぶ。
「あのさ。言ってやろーか」
ニヤリと五条は笑って、りおにジリジリと近寄る。
「な、なにを」
「定番の台詞を、さ」
「あ?」
キョトンとするりおに、五条はますますニッコリと微笑み、
「飯より、おまえが食いたい」
スッ、と五条は、りおの耳元にそう囁いた。
ゾーーーーーーーッ!!!!
りおの背筋がゾクゾクと震えた。
「きっ、気が遠くなるわいっ!」
りおは、大きな枕の下に隠して置いた必殺のカエルのぬいぐるみを取り出そうとした。
が、しかし。
「!」
ナイ。あの、緑色のぬいぐるみがどこにもないのであった。
「残念でした。あのきっしょくわりー人形、おふくろに処分させておいたんだ。どーせ、枕の下にでも隠してあるだろうから、処分しといて、ってな」
五条は勝ち誇った顔をしていた。
「なんだとっ!」
やられた〜!!とりおは、思った。
「さて。お守りはなくなったぜ。残念だったな、りおちゃん」
ツツツ・・・、と五条の舌が、りおの耳朶を舐めた。
「ぬおおおおお。やめんかーいっ!!」
りおが、力いっぱい叫んだ時だった。
ぷるるるるるるるるるるるるるるるる。
天の助けとばかりに、電話が鳴った。
「どけっ」
りおは、五条を押しのけ、受話器に飛びついた。
「も、もももももも、もしもしっ」
『あ、小泉?俺。早坂。なあ、これからまた飲みに行く予定だから、出て来いよ。都合はどうよ』
「おっせーんだよ!行くに決まってンだろ。行くから、そこで待ってろォ」
相手は先輩だと言うことをすっかり忘れて、りおは受話器に向かって、叫んだ。そして、ガション、と受話器を叩きつけた。
「ということで、小泉りお様入部歓迎パーティー通算12回目に呼び出された。行ってくる」
そそくさとりおは、支度に取りかかる。
五条はベッドの上に取り残されていたが、目を細めては、ボソッと言った。
「13回目だよ」
「そうだっけ?男は細かいことは気にしないのだ」
ケロッとりおは、自分の数えミスをスルーした。
「今の電話、誰?」
「あ。そういや、今日は早坂先輩だったよーな。いつもは、大和先輩が電話くれんのに。いねえのかな、大和先輩」
りおの言葉に、五条は、ヒクッと頬を引き攣らせた。
「早坂って、あの、この前りおを送ってきたすかしたヤローか?」
「すかしたヤローって、てめえ程じゃねえけどな」
りおは、リュックを肩に担ぎ上げた。
「そんな訳で、今夜も帰ってこないと思う。って、なに?」
ボンッ、と五条はベッドを飛び降りて、りおの前に立ちはだかる。
「俺も行く」
「あんだって?」
「その早坂ってヤツに改めて、礼言っておかねーと。この前は俺の恋人を送ってきてくれてありがとうございましたってな」
なぜか、五条は、指をボキボキさせながら、フフッと微笑んだ。
「部外者おことわり」
そっけなく言うと、五条はフンッと鼻で笑った。
「残念ながら、俺は部外者じゃねえぜ」
「なんだと?」
「そのうちわかるさ。さ、行こうぜ」
そう言って、五条はさっさと部屋を出て行った。
「ちょっと待てよ。なんだよ。冗談じゃねえぞ・・・」
りおは、言いながら、ハッとした。
「え?マジにちょっと待てだよ。てか、場所、どこ?」
サーッとりおの顔色が青くなった。興奮していて、早坂から、今日の場所を聞くのをすっかり忘れていたのだ。


「なんとかなるさ、男の子だもん〜♪」
やっとのことで五条をまいて、りおは、繁華街をブラブラ歩いていた。
さすがに通算13回目ともなると、歓迎会とやらの場所もかぶるに決まっている。
持ち前の記憶力を生かし、りおは訪れたことのある店を次から次へとあたっていた。
「ん〜。ヒットねえなぁ」
7回目の店が不発に終わり、りおは少し不安になってきた。過去の店とは限らない。
もしかしたら、隣町の繁華街もやつらのテリトリーかも・・・と思えてきた。だとすると、もう全然わからない。
「きょー。もう10時近いのかよ」
通り道にある大きな公園の時計を見て、りおはフウッと大きく息をついた。
「諦めて帰るべかな・・・」
が、8件目の店はこの公園のすぐ裏だ。諦めるにしても、そこをあたってからにしよう!そう思ってりおは、近道すべく夜の公園をヒラリと横切って行った。
「・・・」
そして、すぐさま後悔した。やべえ。夜の公園なんて、マジでデンジャラスゾーンじゃん・・・と思った。
案の定、まるでドラマのようなシーンにぶちあたった。
「助けてっ!」
公園の灯りに照らされながら、ヒラリと身を翻したセーラー服の少女が、りおの背中に飛びついてきた。
「逃げた方がいいんじゃないの?」
りおは振り返り少女に言う。
「そうしたいのはやまやまですが、私のカバン、やつらが持ってるんです。カバンの中のお財布。すっごい気に入っているんです。彼氏が買ってくれたんです。
なくせないんですぅ〜」
ワゥ〜と少女がりおの背中に縋りつく。こんなことをされると、妹の茜を思い出して、りおは放ってはおけない。
「おっしゃ。ちょい下がってな」
りおは、キッと、少女を取り込んでいた{いかにもな}学ランの男達を睨みつけた。
「ボーズども。大勢で、か弱い女の子一人になにしてんの?」
りおが言うと、男どもはニヤニヤしながら、一人のヤツが、
「これからナニしようかってとこだったんだけどぉー」
とわざとらしい声音で言い返してきた。やれやれ。なんって、パターンな展開なんじゃとりおは肩を竦めてみせた。
「警察呼ばれたくなかったら、彼女のカバン返しな」
りおは、クイクイと人差し指を動かし、返せとジェスチャーしてみせる。
しかし、五人の不良もどきは、優男っぽいりおを見て、完全に舐めきった態度だった。
「あ、そう。じゃあ、警察行こうっと。ね、彼女。穏便に済ませてやろうかと思ったけど、無理みたいだから。警察にカバン取り返してもらおう」
「は?あ、はい・・・」
りおは、グイッと少女の腕をつかみ、踵を返した。
「ざけんな、てめーっ!」
ドラマの台本通りのような台詞が背中にぶつかり、りおは、振り返る。
「やるか?てめえらみたいなバカ丸出しの不良には、俺様が誰かわかんねーかもしれんけどな。俺は旺風学園の小泉りおってんだ。俺とやりあおうとしたこと
後悔させてやるぜっ」
バキッとりおは指を鳴らしては、肩にかついでいたリュックを放り投げた。
セーラー服の少女は、「え?旺風の小泉って、まさか」と驚いたような声を出す。
彼女は知っていたようだ。しかし・・・。
「ちょい待てよ。旺風の小泉って俺聞いたことあるぜ」
学ラン不良もどきの一人、Aがボソリと言った。ほうっ、とりおは目を細めた。
「てめえらみたいなバカにもさすがに俺の名は有名か。困ったもんだ」
りおは、フッと前髪をかきあげた。
「旺風の小泉っていったら、大勝軒の肉まん100個食ったって聞いたぜ」
と、A。
「お、俺は、風珍の激辛ラーメン20杯は軽く食ったって聞いた」
と、B。
「俺はプードルのショートケーキを30個は平らげたって聞いたぜ!」
とC。
「俺が聞いたのは」
とDが言いかけたところで、りおは「やめんかっ!」と怒鳴った。
「大勝軒も風珍も好きだし、記録にも挑戦したが、くじけたわいっ。プードルなんか知らん。俺はフードファイターかっつーの」
半分脱力しきったりおだったが、ハッとした。
「旺風だか暁だか知んねーが、頭のイイやつらは喧嘩よえーんだよっ。お決まりなんだよぉ!」
Dが仕掛けてきた。りおは、タッと避けたが、Dの拳はりおの頬をかすかに掠めた。
「おっと。頬に当たったぜ。ちょっとばかりと言えど、先に仕掛けてきたのはそっちさね。正当防衛、いかせていただきますっ」
フワリと身のこなし軽く、りおは五人の不良に突っ込んでいった。
「君は今のうちに警察へ」
少女にりおは言ったが、少女はへなりとその場に座り込んだ。
「怖くて動けませ〜ん」
「だよね」
ハハハとりおは笑いながら、五人の拳を、相手にしていた。

十数分後。
さすがに息を荒くはしているものの、りおは、五人をほぼ制圧しようとしていた。
無論、りおだって無傷ではない。
血気盛んな年頃相手の喧嘩は、勝算ありといえど、それなりにリスクがあるのだ。
「ハアハア・・・」
フウッと、顎を落ちる汗を拭おうとした時、地面にへばっていたEが、よろりと起き上がり、へたり込んでいる少女に襲い掛かっていった。
「きゃああああ」
少女の絶叫。
そこへりおが制止にかかって、Eの繰り出した拳をまともに受けてしまった。
「ぐっ」
りおは、地面に転がった。
「ちきしょー。邪魔しやがって。コイツッ」
自分の繰り出した拳がヒットし、興奮に拍車をかけたEが、りおに更に襲いかかろうとした時だった。
「小泉」
「りお」
同時に二人が自分の名を呼ぶのを聞いた。苗字と名前で、フルネーム呼ばれた。
「!?」
アッと思った瞬間、Eの出した拳は、りおではなく、すかさずりおの前に飛び出してきた男に、ヒットした。
バタリと男は倒れる。
「!」
驚いたものの、りおは、その瞬間を見過ごさず、え?と驚いていたEを瞬時にめたくそに返り討ちにした。
きゅ〜と面白いように、Eは地面に倒れていった。
あとのABCDは、愕然として、地面に転がったまま、その様を見ていた。
「早坂先輩っ。大丈夫っすか」
りおを庇って倒れたのは、早坂であった。りおは、早坂を抱き起こした。
「あ、ああ。大丈夫・・・」
早坂は、ヨロリと立ち上がった。
「・・・って、なんだ。彼氏もいたの?だったら、俺、でばることなかったね」
血の滲んだ唇を拭いながら、早坂は苦笑した。
「え?」
りおは振り返る。すると、そこには五条が立っていた。
「まったくですね。つーか、今のアンタの役、俺の役でしょ。フツー」
バシッと五条は、ハンカチを早坂に向かって投げつけた。
りおを呼んだのは、早坂と五条だったのだ。
「おまえ、来てたのか・・・」
「僅か数秒の差で、いい役をあちらさんに取られたよ」
五条は、ムスッとしている。
「殴られるのが、どこがいい役なんだ?」
キョトンとするりおに、早坂は苦笑し、五条は肩を竦めた。
「悪いね。ボディガードが慣れてるから、殴られるのも慣れてるもんで、つい」
早坂が言うと、五条はすかさず
「マゾかよ」
と言い返した。
そこへ、ゾロゾロと人がやってきて、その人数の多さに不良らは、その場に動けずにいた。
「二次会移動中。って、あ、やっぱり小泉来てたんかー」
信者?の女性達を率いて、大和が立っていた。
「大和先輩。ってことは、8件目でビンゴだったってことかぁ」
りおが嘆いた。この場所で会うということは、8件目が会場だったことに間違いはない。あと少しだったのだ。
「なんのこっちゃ。ん?お、よお。忍」
「へ?」
大和の視線は、りおを通り越して、りおの脇にいる五条に飛んだ。
「忍って・・・。大和先輩、コイツ、知ってるの?」
りおは、目を丸くしている。
「知ってるもなにも。これ、俺のパパが違う、何人目かのか忘れたけど、弟よん」
大和の台詞に、「ええええええっ」とりおは、叫んだ。
「きょっ、兄弟?」
りおは、五条と大和を交互に見ては、目を白黒させていた。
「ご無沙汰、兄さん。この前は、例の人形ありがとう」
五条はニッコリと微笑む。
「おう。軽いご無沙汰の挨拶だ。今度はもっと可愛いのやるからな」
大和もニッコリと微笑む。
「いらん」
途端に不機嫌に、プイッと五条は視線をそらした。
大和と早坂はクスクスと笑っていた。りおは、二人のやりとりをあんぐりと見ていた。
「さ、なんだか知らんが、ここの後始末したら、店来いよ。二次会は、例の、マスターが死んだ俺の店だ」
その大和の言葉に、りおはあからさまに嫌な顔をしてみせた。
「あそこは嫌だっつーのよ・・・。さみーんだもん・・・」
りおはブルブルと体を震わせた。


結局大和達は、先に店に行ってしまった。
取り残された二人は、不良どもの始末と少女のケアをしてから、店に向かうことになった。
「なんで俺がこんなこと・・・。てか、なんで最近の俺、かっこわるっ。めちゃくちゃ計画通りにいかねー」
五条はブツブツ言いながら、りおを手伝う。
「よくここがわかったな」
りおは、五条に言った。
「だって、何気に俺、犬だもん。りおの匂いなら、わかるもん。悪い?」
いつもクールな五条が珍しく、なんとなく拗ねたような口調だ。
「匂いって。バカかてめーっ」
こっぱずかしいっつーの。りおは心の中で舌打ちした。
「本当はあいつらの前に俺がおっでて、殴られて、りおに感謝されながら、優しく介抱される予定だったのに早坂が出てきやがって」
ぷりぷり五条は怒っていた。
「って。俺、早坂先輩に感謝はしてるけど、全然優しく介抱なんてしてねえんだけど。見てただろ」
「っせえ!夢ぐらい見させろ」
「わけわかんねー。つか、おまえ、大和先輩の弟ってマジかよ」
公園を出て、二人は肩を並べて歩く。少女のカバンは無事戻り、不良らは、警察に突き出してきた。
「マジだよ。顔みりゃわかるだろ。結構似てるんだよ。な。だから、俺、部外者じゃねーだろ。ヤツの身内だもん」
「・・・」
確かに。
初めて大和を見た時、恐ろしく好みだと思ってしまったことをりおは思い出した。
美人だと思ったのだ。
りおは、チラリと五条を盗み見た。
公園の街灯に照らし出された五条の横顔は、とても綺麗だった。
『俺、やっぱり、この顔が好みなのかな・・・』
なんとなく釈然とせず、しかも顔が赤くなり、りおは慌ててブンブンと頭を振った。
さりげなく五条が肩に回してきた腕をりおは、ガブッと噛んで回避した。
「ここはハッテンバじゃねーっつーの」
ガウガウ威嚇しながら、りおは五条と共に公園を後にし、店に向かった。

続く

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