BACK   TOP    NEXT  


りおは、導かれるままに、ホラー研のメンバーに会う為に歩いていた。
心中坂なんたらというところに行ってみると、一同は既に引き上げた後らしく誰もいなかったのだ。
「どうせ、ここだろ」
早坂が言うと、麻耶がうなづく。
「いつもの場所ですね」
小汚いビルを目の前にして、りおはあんぐりと口を開けていた。
「こ、このビル、使われているんっすか?」
早坂に訊くと、早坂はうなづいた。
「ビンビン使用中」
「ええっ?!」
明らかに吹けば飛ぶような老朽化した4階建てのビル。
いかがわしいチラシが色褪せたまま壁に貼ったままになっている風情がまたなんとも怪しい。
「おっさきー。小泉くんも行こっ」
麻耶が先に階段を昇りだす。かなりの急勾配だ。
「んじゃ、先に失礼します」
早坂に挨拶し、りおは階段を昇りだした。
「なんだよ、この階段。つまづいて落っこちたら、即死しそうだ」
と言いながらヒョイッと上を向いたら、
「なっ・・・」
りおはギョッとしてうつむいた。
先を行く麻耶のスカートがヒラヒラと揺れて、そして、チラリと太股が見えたのだ。
『パッ、パンチラ!?』
スカートの奥にある、男にとっての聖域・・・。りおは、ゴクリと喉を鳴らした。
ここは、男としては、『見るのが当然。しかもかなり自然に見れる』とりおは頭の中でサアーッと計算した。
だが、仮にも旺風学園生徒会長という輝かしい歴史を持つ自分がする行動としては、あまりに情けないのでは?とも思う。
だが、だが、だが・・・。
『だって、俺、男の子だもーん♪』
りおの心の中では、悪魔が天使に勝った。
チラッ!
りおは、再び顔を上げて、聖なるパンチラを堂々と見ようとしたその瞬間、ドゴオッ、という激しい音がして、次に痛みが顔を襲い、「あ〜れ〜」という
瞬く間の間に、りおは階段から落下していた。
ズドドドッという階段を落下する激しい音がした。
「小泉くんのエッチ!ホモのくせにっ」
麻耶が腰に手を当て、ズンッと仁王立ちして振り返っていた。
「いってえ〜」
りおは床に蹲り、尻を押さえていた。
「落ちても即死はしねえな」
早坂が、落ちてきたりおを、しっかり避けてはボソリと呟いた。
「ちょっと、アンタ!少しぐらいは助けようって気はなかったんすか!?」
ひ〜ひ〜と尻を押さえてりおは立ち上がりながら、早坂に文句を言った。
「や。まさかね。旺風学園生徒会長という歴史ある小泉が、パンチラなんてするとは思わなかったからね・・・」
フフフ、と早坂は笑っては、りおをからかう。りおは、カッと顔を赤くした。
「ちゃいますよ。んな、パンチラなんて誰がっ。たまたま上を向いたら、見えそうになっただけで」
言い訳する、往生際の悪いりおであった。


早速のトラブルを経て、りお達はホラー研のメンバーが集っているという店に向かった。そこはこのボロビルの最上階の4階だった。
「なんか、寒い」
りおが、ブルッと腕を擦った。どうにもこうにも、このビルの持つ薄暗さのせいだろうか。冷え冷えとした感覚がりおを襲っていた。
「ほお。君、結構霊感あるんだね」
早坂が感心したように言った。
「え?」
「あのね。この店ね。前に、ホステスが客に刺されて死んで、その客が拳銃で自殺して、マスターが責任問題で首吊って死んでるのよ。
そんでもって営業停止になってるところを、部長の大和先輩が買い取ったの。ねえ、早坂先輩」
「そうそう」
「ケロッと言うなよっ!」
ゾーッと、りおはますます鳥肌を立てた。嫌な予感がする。嫌な予感がする。
「やっぱり、俺帰ります」
りおは、ドアの前でクルリと踵を返した。
「どうにも、俺、そういうのって苦手で。だから」
などとりおがぶつぶつ言ってる間に、早坂が店のドアを開いた。
「さ。どうぞ、小泉くん」
甘い匂いが、りおの鼻に届いてきた。香水の匂い。きつくはない。男好みの可愛い感じの匂いだ。
「えっ?」
動物的にその匂いに誘われて、りおは振り返った。
すると、ドアの向こうにあったのは、まごうことなき『天国』だった。
「入部おめでとう、小泉くんっ」
「いらっしゃい、小泉くん!」
「小泉くん、大歓迎★」
女の子が、ワッとドアの向こうに押しかけていたのだった。
「こ、これは、これは・・・」
デレッとりおは、にやけた。
女、女、女、である。
りおを迎えてくれる中には、かつての親衛隊達のようないかついヤローどもはいない。
「ほら、小泉君」
麻耶に背を押さえ、りおは店の中に入った。その途端、拍手の嵐に襲われる。
「や、どうも。小泉りおです。入部希望です。よろしくです!」
キリッ、とりおは、女の子達の前で、挨拶をした。
ドアの前まで来てくれていた女の子はごく僅かで、他の女の子達は、元バーであったらしく、あちこちに置かれたソファに腰掛けている。
どこを見ても、女・女・女。
まるで女子高にでも紛れ込んだかのような錯覚に襲われ、りおは不覚にも足元からフラッとなったが堪えた。
男・小泉!
ここでフニャフニャしてどーする!きりり、とりおは緩みそうになる頬を押さえ、冷静に辺りを見回した。
「!」
すると、カウンターに腰かけた女性に目がいった。ものすごい美女だった。
スラリとした脚はジーンズに包まれていて、腰まである長い髪は美しいストレート。
憧れの年上のお姉さんを絵にしたような美女が座って、こちらに向かって手を振っている。
りおは、『童貞捨てるなら、この綺麗なお姉さん!うほっ』と勝手に決めて、そちらに向かって歩いて行った。
「初めまして。本日入部をがっちり決めました、小泉りおです。よろしくお願いします」
年上の美女の前で、りおはペコッと挨拶をした。すると、美女は微笑んでうなづいた。
「おう。よろしくな。俺が部長の島崎大和だ」
「へっ?」
りおは固まった。美女が確かに発したその声は、ハスキーヴォイスを通り越して、確かに男の声だった。
「さすが小泉くんね!部長に一番に挨拶に行くなんて」
「やっぱり、旺風の元生徒会長は違うわよ〜」
「てか、やっぱ男好き?みたいな〜」
キャッキャッと外野でそのような会話が交わされていた。
「おと、おと、男!?」
りおは、ガチガチと歯の根が合わないかのように、言った。
「そう。見ての通り、男です」
ニッコリと島崎大和が言った。
「どこがっ!どっから見ても女じゃん。わあ、オカマー!!」
りおは、その場で喚いた。あまりにも詐欺すぎる。
「オカマじゃねえよ、俺。まあ、事情は今晩飲みながらゆっくりとな。んじゃ、小泉来たから、皆そろそろ打ち上げすっとすっかー」
島崎が立ち上がって言うと、女の子達が「はーい」と返事をして、そそくさと立ち上がった。
こうして怒涛のような歓迎会が始まって行った。


深夜。五条は、インターフォンが鳴ったので、リビングで見ていたビデオを止めて、玄関に向かった。
インターフォンは、来客が早坂と告げ、りおを連れてきた、と告げた。
五条はドアを開けた。
「りお・・・」
そこには、早坂にお姫様抱っこされているりおが居た。
五条は目を見開いた。
「初めまして。早坂旭と言います。今日小泉が入部したホラー研究部の副部長やってます。今日は歓迎会だったんだけど、彼、
カクテルとジュースを間違えて酔い潰れてしまったんで、送ってきました」
「ホラー研究部?」
五条は怪訝な目で早坂を見た。
「いい加減重いんで、引き受けてくれない?」
早坂に言われて、五条はハッとして、腕を伸ばした。
すると、りおが急に暴れだした。
「やだーっ。先輩、なんでこいつの家来るんだよ。俺の家、違うもんっ」
りおは早坂の髪を引っ張った。
「イテテ。なに言ってんだよ。同棲してるって言ってたろ」
「してねー、してねー。先輩の家連れてって」
りおはギュウッと早坂に抱きついた。
五条はスッと目を細めたが、ガッと腕を伸ばして、りおを取り返す。
「ぎゃあ、やめろ」
りおは叫ぶ。
「いてっ」
その時、早坂の腕を五条の爪がひっかいた。
「すみません」
慌てた風もなく、五条は言った。
「今、わざと?」
早坂が訊くと、五条は「まさか。すみませんでした」と、フッと鼻で笑いながら、冷静に返す。
「ところで。なんで、りおは上半身裸なんですか?」
ジロッと五条は早坂を見た。
「知らないよ。酔っ払って脱ぎだしたんだから。言っておくけど、俺が脱がしたんじゃないから」
「ご迷惑おかけしました」
五条はあくまでも冷静だった。
そんな五条に早坂は苦笑した。
「怪しいこと、ひとつもねえから。心配しないでくれよ」
早坂が言った。
「疑ってません。りおは、俺一筋だから」
堂々と五条は言い返す。
「嘘らね!出鱈目こいてンじゃねー。降ろせ!」
バリバリとりおが、五条の顔を引っ掻く。
その様を呆れたように見ていた早坂だったが、ハッとした表情になる。
「まあ、仲良く。ところで、小泉。これ、お守り。皆からの入部祝いだから」
そう言って、早坂は背負っていたリュックの中から、ポンッと、ふわふわとしたそれなりの大きさのぬいぐるみを取り出した。
「!」
その瞬間、五条のクールだった顔が変わった。
ドンッと言う音がして、りおが床に落っこちた。五条が、りおを腕から落したのだ。
「いでえ〜」
玄関先で、かなり近所迷惑なりおの悲鳴が上がった。
「じゃ、これで。失礼」
早坂は、さっさと去っていった。
その背は笑っているのか、微かに揺れていた。
「なんじゃ、これ。蛙のぬいぐるみ?蛙さん、蛙さーん♪♪」
落ちた痛みから瞬時に立ち直り、りおは床でゴロゴロと寝そべりながら、緑色のふわふわした蛙のぬいぐるみと戯れ出した。
「り、りお」
五条の上擦った声。
「んだよ」
りおは、五条を見上げた。
「そ、それ、捨てろ」
「え?」
五条の顔色は真っ青になっていく。
「なんだよ。せっかく貰ったのに。ふわふわしてるから、枕にでもするもーん」
えへへとりおは相変わらずカエルのぬいぐるみと戯れていた。
「捨てろって言ったら、捨てろ!俺は、そんなもんが家にあるかと思うと、落ち着いていられねえんだよ!!捨てやがれ」
五条は玄関のドアを閉めながら、振り返り、叫んだ。
「・・・忍。おまえ、カエル苦手?」
りおは、キョトンとしながら、呟いた。
さっきの冷静さはどこへ行ったとばかりに、五条は激昂していた。
「苦手じゃねえっ。嫌いなだけだ」
へへ、とりおは笑った。
「同じじゃんかよ。へー。そーか。ふふっ。良いこと発見♪今夜は〜、この子と〜寝ましょ〜」
りおは、もさっと起き上がり、カエルのぬいぐるみを片手に立ち上がった。
「いいか!てめえ。俺は怒ってるんだ、諸々とな。もう俺の部屋に勝手に入ってくんじゃねえぞ!」
そう言うと、足取りもフラフラになりながら、りおは部屋に戻っていった。


五条はブルブルと拳を震わせて、りおが部屋に戻っていくのを見送った。
己が唯一の弱点、カエル!それがりおにバレてしまうとは。
「ちっ」
五条は舌打ちした。
今まで俺に不利なことなんて、ひとつもなかったのに・・・。
第一、歓迎会で、なんでカエルのぬいぐるみがプレゼント?
偶然といえばそれまでだが・・・。
考え込んでから、五条はハッとした。さっき早坂が言っていた言葉。
『お守り』
キュッと五条の柳眉がつりあがった。
「くそっ。バカ兄貴めっ。りおに関わりやがったな!」
数いる異父兄弟の中で、たった一人。五条がカエルが苦手だということを知ってる兄がいるのだ。

続く

 BACK   TOP    NEXT