りおは、両手に荷物をどっさり持ってゼエゼエと息を切っていた。
「な、なんで、俺がこんなこと・・・」
それも一時間前のことだ。
恋人五条忍の母、美里奈々は、コンパクトミラーを覗きこみ口紅を直しながら、
「今日はりおちゃんに、五条家の料理を私が直々に教えてあげるわ。とっても美味しいのよ。だから、材料の買出しをお願いね」
とにっこりと微笑み命令したからである。
りおは、奈々が次々と早口で言う食材らしきをメモに書き出した。
そして現在に至る。
「なにが五条家の料理だっ。生理用品まで俺に買わせやがって。ちきしょう!」
メモには、聞いたことのないカタカナの言葉が書かれていた。
スーパーの食品売り場で、そのカタカナがなにかわからなかったので、近くにいたおばちゃん店員に聞いた。
「なんでしょう、これ。調味料かなんかっすかね」
おばちゃんは、げらげら笑いながら、「それは食べられないよ。生理用品だからね」と言った。
りおは、顔から火が出る思いだった。
「俺はてめーのマネージャーじゃねえっ。くそっ、くそっ。五条の母親だからって〜」
悔しいっつと思いつつ、りおはメモに書かれた最後のものを買う為に走っていた。
『amiキッチンのチーズケーキ』
「おっし、ここか」
可愛らしい外観をした、いかにも女の子が好きそうな喫茶店。
些か一人で入るには気後れがするりおであった。
「最近の俺はついてねぇ・・・!皆からホモ扱いされるわ、サークル入会は断られるは、挙句にこんなパシリさせられて」
春うららかな日々だというのに。
トホホとさすがに俺様のりおもガックリと肩を落としながら、店のドアを開けた。
さて、さて。チーズケーキ、チーズケーキ。
「チーズケーキくださいな」
若くて可愛い女の店員にウキウキしながら注文すると、店員は、キョトンとしていた。
「どちらのチーズケーキですか?」
「こちらのチーズケーキです」
よくわかんねーけど、とにかく、この店のチーズケーキなんだよ、とりおは、ちょっとイラッとした。
「ですから。どちらのですか?」
「ですから、こちらの」
しばし、二人は見つめ合い、気まずい沈黙が流れる。
「だから。この店のチーズケーキをくださいって言ってんの!」
なんで通じないのっっ、とりおは、ちょっとばかし声を荒げた。
「それって、全部ください、ということなのでしょうか」
言われて、りおは、凍りつく。
「なに、ここ。もしかして・・・」
すると、店員はにっこりと微笑んだ。
「はい。チーズケーキ専門店でございますので、売り物は全てチーズケーキでございます」
マジか!?
りおは、サーッと顔を青くし、慌てて視線を逸らした。
逸らした先は、イートインコーナー。
そこで。
「!!」
りおは、奇跡的に、五条の姿を発見したのであった。
一方の五条は少し前、ここはいっちょ品定めとばかりに、加賀と下校を共にしていた。
入ろうとした店が、なぜかどこもいっぱいで、二人して町のあちこちを歩く羽目になった。
「なんでこんなに混んでるンだろ」
五条は頭を掻いた。
「なんか季節いいから、皆さっさと家に帰りたくないんですよ。俺だって、先輩と一緒だから楽しいし・・・」
ニコッと加賀は照れたように笑う。
「そうだな」
可愛い反応、と五条はニッと笑い返す。
「あ。んじゃ、あっこ。女の子多いけど、ま、気にせんと。茶とか飲めるし、ケーキもあんまり甘くなくて美味しいんだ。
加賀、チーズケーキとか食える?」
「あ、はい。あんまり甘くないんだったら」
加賀はコクリとうなづく。
「んじゃ、奢る。おふくろの影響で、俺、ここのケーキだけは食えるんだ」
amiキッチン。
奇跡的に店には、おあつらえ向きに奥の二人席が空いていて、二人はそこに腰掛けた。
確かに女の子ばかりのお店だった。
「コーヒー?紅茶?」
五条はメニューも開かずに加賀に聞いた。
「あ、コーヒーで」
五条は頷き、すぐに飲み物だけを注文した。
「ケーキは迷うだろうから、先に飲み物だけでもな」
それから、五条は、スッとメニューを加賀に渡した。
「わっ。マジ、こんなにいっぱいあんですか。迷うな」
専門店なだけに、こだわりがあるらしく、詳しい説明がひとつひとつメニューに書かれている。
読むだけでも大変なようで、加賀はあきらかに戸惑っていた。
そんな様子を目を細めて見つめていた五条だったが、
「加賀。迷ってんだったら、俺に任せろ。でも、好みに合わなかったら勘弁な」
手際よく店員を呼んで、注文を済ます。
「なんか、手際いいっすよね・・・。さすがって感じです」
もじもじと、加賀が言った。
「なにが?」
わかっていて、加賀の言葉を五条は聞き返す。
「あ、憧れます。俺、優柔不断だから、こーゆーのって慣れてなくって。決めてもらって、助かります」
「へえ。優柔不断?それ、ホント?俺に告ってきた時、かなりズバッときたじゃん」
頬杖をつき、五条は加賀を覗きこむ。
「あ、いや、それは・・・」
カアッと加賀の頬が赤くなる。その素直な反応に、五条は新鮮味を覚えた。
『りおもな・・・。普段からこれぐらい素直だと、もっと可愛いのにな』
そんな風に思いつつ、目の前の加賀を探る為に、話題をあちこちに飛ばす。
「ホント、甘くなくて美味しいですね、ここのケーキ」
好みに合ったようで加賀がケーキを頬張っていく。
「なら、良かった。おい、加賀。口元についてるぞ」
ケーキの切れ端が加賀の口元についているのを見つけて、スッと自然に五条が指を伸ばした。
「え」
フォークをくわえた加賀が目を丸くしてこちらを見たと同時に、五条は隣に佇む気配に気づいた。
「忍。てめえ。こんなところでなにしてやがるっ?ああ?」
「りお。え、なに。幻?」
驚いた。
なんで、こんなところで、会うのだろうか。
「な、訳ねえだろ。本物だっつーの」
りおが、キュッと眉を寄せた。
五条は慌てて、加賀の口元に触れていた手を、引っ込めた。
「なにやってんだよ、りお。んなところで・・・・」
「るっせえ。誰のせいで、俺がこんな目に。ふざけんな、ふざけんなぁぁぁ」
りおが、吼えた。
「あ、あの。こ、小泉先輩。は、初めまして。俺、旺風学園2年の加賀と申します」
ガタタッと加賀が慌てて席を立った。
りおは、加賀をジッと見たが、肩を竦めた。
「わりいな。加賀くんとやら。ちょい、今は自己紹介ごっこしてる場合じゃねえんだ。急いでいるから、五条借りていい?」
「か、借りてもなにも、五条先輩は小泉先輩のもので」
「てめ、それ、でけえ声で言うなっ。てか、忍、てめえ、来いっ。今、家では大変なことになってんだよ」
りおは、五条の制服の襟元を引っ張った。
「わ、わりぃな、加賀。またな」
レシートを素早く持ち上げて、五条はりおに引きずられながら、席を立った。
結局ドタバタと二人で荷物を持ち合いながら、家に帰ると、奈々は居なかった。
「あ、あれ?」
りおは、キョトンとしてテーブルを見た。
そこには、一枚のメモ。
『りおちゃんへ。呼び出しがかかったので出かけます。今日はごめんなさいね。また是非(はぁとまーく)』
ドサドサとりおは、持っていたスーパーの袋をその場に落とした。
「虐めだ。虐め以外のなにもんでもねー」
大量の食材。そして、生理用のナプキン。
「こんなもの。こんなものっ。てめえ以外に誰が使うんだ〜っ」
ポコーンッとりおは袋から生理用品を取り出して、キィッとソファに投げつけた。
「なんかえれーことになっていたようで」
またおふくろの、我儘病か、と五条は思った。
「そうだな。てめえが、可愛い、可愛い後輩とイチャイチャお茶していた時にな」
ふんっ、とりおは、鼻を鳴らした。
「単なる後輩だって」
ヘラヘラと五条は笑って誤魔化す。
「・・・実家に帰らせてもらいます!」
「へ?」
「俺、実家に帰る!」
「ちょっ、ちょっと待てよ。なに怒ってんだよ。マジ、単なる茶だぜ?」
ガシッと五条はりおの腕を掴んだ。
「るせえっ!今日、てめえの我侭おふくろにつきあわされて、疲れ果てた。挙句にてめえの嘘くせー弁解聞く暇があったら、家で寝る」
りおは、ブンッと五条の腕を振り払った。
「なに言ってんだよ。俺は放課後、後輩と茶することも許されないのかよ?」
「よっく言うぜっ。てめー、あれ、ただの後輩と茶っていう雰囲気かよ。口説きモード入ってたぞっ」
ギクッとしたものの、勿論五条はポーカーフェイスで反論する。
「口説きモード?俺の口説きモードにちっとも気づかなかったヤツが随分敏感になったもんだな」
「うるせえ、うるせえ、うるせえっ!!とにかく、俺は実家に帰る。それに、ここに居たら、キスマークが消えないで、サークル入会に多きな痛手だ。
とにかく、帰る。帰るったら、帰る」
バッ、とりおは自分のリュックを持ち上げると、出て行った。
「嫉妬してくれるのは多いに結構だけど、どーしてあー短気なのかね」
やれやれと五条は、無情にもバタンと閉まったドアを見つめ、溜息をついた。
少し前までは、自分の居場所であった部屋にはいつの間にか茜のパソコンが置かれていて、茜に占拠され、りおはひどく居心地の悪い自宅生活を
送ることになった。
また暗い大学生活の始まりだ・・・と思いつつ家を出た。
授業を終え、りおは小腹が空いたので買ってきたサンドイッチをぱくついては、ベンチで溜息をついていた。
帰るに帰れない。帰るにしても、俺は一体どっちに・・・と考えている時だった。
そこへ、フワッとしたいい香りのする女の子が隣に腰掛けた。
「小泉くん?私、同じ講義取ってる山田麻耶。こんにちは」
「あ、どうも」
見覚えのある顔だった。
確か、今日斜め横に座っていた子だ。
横顔の綺麗な子だな、と思っていた。
りおは、胸をドキドキさせていた。
大学生活が始まって、初めて女の子とツーショットで話した気がした。
いや、気のせいではない。きっぱりはっきり初めてだった。
「あのね。突然だけど、小泉くん、サークルまだ決まってないって友達から聞いて。私、先輩達に勧誘してこいって言われたの」
「え。でも、あの、俺・・・」
言いにくそうなりおに気づいて、麻耶はニコッと笑った。
「うん。小泉くんがホモなのは知ってるわ。でもね。うちのサークル、そゆの気にする人いないの。男だろうと女だろうと。そんなの、関係ないわ。
私達の興味は、もっと神秘的な存在なのだから!!」
麻耶は興奮気味に力強く言った。
「へ、へぇ。で、どんなサークル?」
なんかやべえなこの子と思いつつ、りおはおそるおそる聞いてみた。
「ホラ研。略して、ホラー研究。もう部長と副部長がそれは、それは神秘的な方々で」
「ホラーって、あのお化けとか?」
ゾーッとりおは身震いした。りおは、そっち系がまったく駄目なのである。
「そうよ」
誇らし気に麻耶はうなづいた。
「せっ、せっかくだけど、遠慮しとく」
結局はこういうオチかよ・・・とりおはガッカリした。
「俺、そーゆーの苦手だから」
そそくさとりおは立ち上がった。すると、りおの背に麻耶がボソリと呟いた。
「うち、部員50名ぐらいで、男はたったの2名なの」
「えっ?」
キラーンとりおの瞳が輝く。ということは、残りの48名は女の子!!!
「まあ、ホラ研と言っても、メンバーでワイワイとホラー話しながら飲みに行ったり、旅行に行ったりしてるだけの単なるそこらの男女サークルと変わら
ないんだけどね。駄目かしら?小泉くん」
「駄目くない。入る。俺、入る」
りおは振り返ると、ガシッと麻耶の手を握り締めていた。
「ありがと★これで、部長達も喜ぶわっ♪」
勝ち誇ったような麻耶の顔が、そこにあった。
ホラーがなんだ!んなの聞き流せばイイ。
問題は女の子だ。男、小泉。
ここで一発童貞から抜け出す為には、多少の我慢はせねばならぬ。
立ち直りの早いりおは、そんなことを心の中でブツブツ言いながら、麻耶の後をとことことついていく。
「ここが部室だから。大抵部員の誰かがいるから。誰かいますか?山田麻耶。小泉りおくんお持ち帰りしてきましたー」
ガラッと教室のドアを開けながら、麻耶が言った。だが、広い部屋には居たのは一人っきりだった。
「待ってたよ。なんとなく、来る予感がしたから。皆は、大和が見つけてきた心中坂の怪しい木を見に行っちゃったけどね」
「さすが早坂先輩。小泉くん。この方が、副部長の早坂旭先輩デス」
麻耶が紹介した男に、りおは目を奪われた。
夕日が差し込む教室に佇んでいる長身の切れ長の目元の涼しい男。
美形は五条で見慣れていたが、種類の違う綺麗な男だった。
お、俺、やっぱりホモっ気ありあり?とりおは一瞬、ゾーッとした。
それぐらい、その男に目を奪われていた。
「きっと、君はここに来てくれると思っていたよ。これから、よろしく。小泉くん」
差し出された手に、りおはハッとして、慌てて手を差し伸べた。握手が交わされる。
「よ、よろしくお願いしまっす。小泉りおです」
と、早坂はりおをジッと見つめた。
「彼氏と喧嘩中・・・か」
「へっ?」
りおは、ギョッとした。
「いや、なんでもない」
フッと早坂は笑って、手を解く。
「さ、じゃあ、行こうか。心中坂の怪しい木へ。きっともう酒盛りが始まっているさ」
ニコッと早坂は笑うと、反転して、先に教室を出て行った。
「いこ、小泉くん」
麻耶に促され、なにがなんだかわからないまま、りおはホラーサークル部員となっていたのであった。
続く
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