旺風学園を卒業した小泉りおの大学生活は、薔薇色の筈だった。
体育会系の汗臭い生活とはオサラバして、今度こそ女の子達と楽しい生活を!と、胸をときめかせていた。
りおは、男女交際の夢をまだ捨ててはいなかった。
五条忍という、男の恋人が居ても、だ。
「童貞、童貞、とからかわれるのはもう散々だっ。ちっきしょー」
地団駄を踏み、りおはあちこちでばらまかれるサークルの宣伝ペーパーを片っ端から奪うようには貰い、熟読していた。
そんなりおを見て、あちこちで「小泉だ」「元旺風の生徒会長だ」「りお先輩だわ」と言う声が密かにあがっていた
。りおの知名度は、大学でも抜群だった。
本来だったら、それだけで済む筈だったのだが、語尾に必ず「ホモの・・・」がついてしまうのが、今のりおの現状だった。
りおは目を走らせていたペーパーから顔をあげ、ヒソヒソと自分の噂をする輩を睨みつけた。
「おっ。俺はホモじゃねえっつ!」
りおはやけくそで叫んだ。ビクッと彼らはりおを見た。
「いいか、てめえら。俺はホモじゃねー。ホモじゃねーっつったら、ホモじゃねえんだよ」
ホモを連呼しまくり、りおは否定した。
その場は一瞬シーンとなったが、勇気ある一人の女子がボソッと言った。
「でも、小泉くん。首筋にキスマークついてるよ。それって、五条くんとの・・・」
言われて、りおはハッとした。
あわてて首筋に手をやり、カッと顔を赤くした。
昨夜の名残だ。
素直なりおは、ポーカーフェイスが出来なかった。
見る見る間に赤くなるりおに、「やっぱり・・・」と皆勝手に納得して、ぞろぞろとその場を去っていく。
「うおおお。ち、ちきしょう!なんで赤くなる、俺。バカ、バカ」
りおは、自分の頭をボカボカと叩き、悔しがった。
「五条のヤロウ。居ねえ癖に邪魔しやがって。くそっ、くそっ」
これでは、お先真っ暗だ。この状況では、恐らくこの大学の半数が、「小泉りお=ホモ」で、定着しているのだろう。
りおの知名度は本当に抜群だったのだ。
輝かしい筈の大学生活が、一気にお先真っ暗になったことを知り、りおは手元のペーパーを引き裂いた。
「とりあえず、今日は帰ろ・・・」
クスンと涙目になってしまった瞳を拭いつつ、りおはとぼとぼと帰途に着いた。
不本意ながら、恋人である五条のマンションの一室に、りおは今住んでいた。
駅から近く、確かに自宅からよりは大学の通学に楽だった。
「たでえま」
と、りおは玄関を上がった。いつもだったら、五条のが先に帰っている。
が。
「おかえりなさい」
と聞こえた声は、五条の声ではなかった。
「えっ?」
キョトンとしてりおは、声が聞こえたリビングに走った。
「うそっ。美里奈々!」
そこには、テレビでよく見かける女優の美里奈々が座っていた。なにかを読んでいたようで、雑誌から顔を上げた。
「あら?忍じゃなかったのね・・・。こんにちは。どなたかしら?」
ニッコリと微笑む美女からは、やはり一般人とは違うオーラが醸し出されている。
「あ、あの。お、俺。小泉りおです。五条くんのとっ、友達で、今一緒に住んでます」
ドキドキしつつ、りおは自己紹介をした。
その言葉を聞いた瞬間、奈々の瞳がキラリと光った。
「あら。それじゃあ、私のオーディオルームだった部屋に住んでいるのね。じゃあ、忍の恋人じゃないの。友達だなんて言ったりして・・・」
ホホホと奈々は笑っては、りおをじっくりと見つめた。
「は・・・。え、は、はい・・・。すみません。訂正します。恋人で・・・す」
五条のヤロウ。
母親にはカミングアウトしてやがるのか〜とオロオロとあせりつつ、りおはうなづいた。
「忍は趣味が変わったのかしら?」
奈々は、シレッと言った。
「へ?」
りおは、首を傾げた。
「今まで忍が紹介してくれた恋人は、なんだか落ち着いた雰囲気の子ばっかりだったけど、貴方はそうではないみたいね。そんなにオロオロした態度で」
ヒュウウウ〜。
一瞬、りおは自分と奈々の間に冷たい風が吹きぬけた気がした。
「や。俺。芸能人なんて始めて間近で見るんであせっちゃって。五条のお母さんが、美里奈々さんだってことは知ってましたけど、やっぱ間近で会うと、なんつーか・・・」
「芸能人だなんて。私はここにいる時は忍の母で、一般人よ。差別はよして頂戴」
綺麗に結い上げた髪のほつれ毛をスッと摘みながら、美里奈々はちょっとムッとしたように言った。
「す、すみません」
テレビのキャラとは大分違うなぁ・・・とりおは思った。天然ボケみたいなキャラで売ってるようだけど、目の前の美里奈々は、怖いくらいの迫力だった。
なまじ美人なだけに、相当だ。
「りおちゃん」
「は、はい」
「お茶いただける?」
「あ。すみません。今すぐ」
バタバタとキッチンへ走り、りおは慌ててお茶をいれた。
五条のヤロウ。
いつもはさっさと帰ってきては人にまとわりついてる癖に、なんだって今日は帰りが遅い。
早く帰ってこい。間がもたねー・・・とりおは、お茶をお盆にセットしながら、心の中で叫んでいた。
「お待たせしました」
テーブルに茶を置き、りおはホッとしつつ自分もソファに腰掛けた。
すると、その瞬間に、奈々の足元から黒い影が飛び出してきた。
「バウッ」
「わ。ぎゃあああああっ〜」
りおは、気を鎮める為に自分も茶を飲もうとカップを口をつけた時だったから、たまらない。
そのままカップをテーブルに落として、バッとソファに屈みこんだ。
「きゃっ、熱い」
奈々が小さく悲鳴を上げた。
りおのカップの中に入っていた茶が、奈々の指先に飛び散ったのだ。
「すみませんっ。え、え?な、なに・・・犬?」
クゥウ〜ンとりおの背中には、大型の黒い犬が乗っかっていた。
あまりに大人しい犬で、奈々の足元に居たのに、気づかなかった。
「それは花子。私、ちょっとロケで出かけるから忍に預かってもらおうと思ってきたの。りおちゃん、犬が嫌いなの?そんなに大袈裟に驚いて。お茶もこぼれたし、
カップも割れたわよ。なんだか慌しい子ね、貴方」
ハンカチで濡れた指先を拭きながら、奈々は冷やかに言った。
ひゅるる〜。
また、冷たい風が吹きぬけたことを、りおは知った。
『驚くの、当たり前だろうが!てめーの足元に犬が居たなんて知らなかったんだよっっ』
という心の声をグッとりおは押さえ込んで、頭を下げる。
りおの心知らずに、犬の花子は、わふわふと、りおの背に懐いている。
「犬は大好きです。突然だから驚いてしまって。お茶すみません。カップも片付けます」
キリリと顔を引き締め、りおはカップの後片付けをした。
嫌味ったらしい奈々の溜息が聞こえた。
『五条。頼むから早く帰ってきてくれ〜』
珍しく、りおは五条の早々の帰宅を心から祈った。
一方の五条はといえば・・・。
帰宅しようと正門を潜ったところで、呼びとめられた。
「五条先輩」
「ん?」
立っていたのは、スラリとした美形の少年だった。
自分を先輩と呼んだからには、下級生なのだろうが、随分大人びた綺麗な顔をした少年だった。
「なんか用?」
五条は、ジロジロと不躾な視線を少年に送りながらもそう返すと、
「俺。2年C組の加賀芳樹って言います。先輩。俺とつ、つきあってくださいっ!」
と、加賀は言うなり、うつむいてしまう。
「へっ?」
担いでいた五条のリュックが、ズルリと肩先から落ちた。
先日カミングアウトはしているから、男からの告白も別段違和感はない五条ではあったが・・・。
同時に帰宅途中だった同級生らが、「ひゅー。五条、モテモテ」とか「小泉先輩に言いつけるぞぉー」とか囃し立てて行く。
その言葉を聞いて、加賀はキッと顔を上げた。
「五条先輩が、小泉先輩とつきあっているの、知ってます。でも。でも。もう小泉先輩、ここにはいないし!旺風学園は愛がテーマの学校です。
五条先輩のこの一年の愛を、俺にくださいっっ!!一年だけでいいんです。お願いしますっ」
ま、マジ〜?!と五条は、ポリポリと頬を指で掻いた。
「いきなり、そんなこと言われても・・・」
ぶっちゃけ、好みのタイプではある。
年下は興味がないが、これだけの美形となると、そうも言っていられない。
だからこそ、下手に深入りしたら、ややこしいことになるかも・・・と思う。
うまく立ち回る自信は、以前ならばあった。
だが、今のつきあっている小泉りお相手では、どうなるかとは思うものの、むげにも断れない。
「・・・じゃあ、ちょっと茶でもすっか」
五条の言葉に、加賀は目を輝かせた。
「あ、はい!う、嬉しいです」
頬を染め、加賀はうなづいた。
『やっべ。どーしよ・・・。とりあえず食っとくだけ、食っとく、自分?みてーな・・・』
加賀のカワイイ反応に、五条はクククと笑いながら、心の中でそんな不埒なことを考えていた。
続く
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