駅前の銅像の下で20時。
りおは、結局その約束は、ぶっち切った。携帯の電源を切って、「五条に会いに行く」と家族には言い残し、りおは一人暮しの川田の家に押しかけた。
彼女とクリスマスをしっぽりと自宅で楽しんでいた川田は、りおの乱入にかなり驚いていたが、とくになにも聞かずに迎え入れてくれた。
彼女も彼氏の川田の行動を怒ったりもしなかった。りおは、心の中で二人に手を合わせながら、それでも何時間もお邪魔虫でねばった。
時計を見る。既に23時45分だった。
「と、泊まっていい?」
無理を承知で聞くと、川田はあっさりうなづいた。
「なにがあったか知らんが、困ってるヤツは見捨てられん。俺らにゃクリスマスは明日もあるしな」
川田はそう言った。りおが困っていることを、川田は気づいていたのだ。「そうだね」と彼女もうなづくと、食事の後始末をして帰っていった。
「カノジョには、悪いことしちゃったな・・・。今度飯奢るって言っておいてくれ」
とってもすまなさそうな顔をしているりおを見て、川田は肩を竦めて笑った。
「いいさ。アイツは、おまえさんのファンだ。話せて嬉しかったって言ってたぜ。気にすんな」
「知らなかった。川田。おまえってイイヤツだったんだな・・・。もっと、ちゃんとおまえの面倒見てやれば良かったな」
りおは、そう言いながら川田のベッドにゴロリと横になった。
「あのな。この3年間、面倒見たのは俺だっつーの」
心外だ!とばかりに、川田はムッとしながら、ベッドでゴロゴロしているりおを、ジッと見た。
「五条となんかあったのか?」
「!」
りおは、川田の問いに、ビクッと体を震わせた。
「連日のデート。結構、おまえら目撃されているぜ」
「・・・ふん。別に隠しちゃいなかったけどな」
「五条がマジホモと知っている俺の目は誤魔化せないぞ。つきあってンだろ」
川田は、ベッドの足元にあぐらをかいて座りこんだ。
「成り行きでな」
あっさりとりおは白状した。
「良かったじゃん。おまえ、つきあったことなかったんだろ。憧れの交際スタート。しかも、相手は男前バリバリな五条じゃん」
楽しそうに言う川田に、りおは顔を顰めた。
「思い出したぞ、川田・・・。てめえ、いつぞやに余計なことを五条にふいたな。俺の彼女いない歴18年を!そのせいもあるんだ。この成り行きはっ」
川田は眼鏡のふちを指で持ち上げながら、フンッと鼻で笑った。
「おまえが最初から妙に五条にこだわっていたからだ。一体、なにがあったんだよ。なんでいきなり、今まで目にも入れてなかった五条を構いだした?」
ウッ・・・とりおは言葉に詰まったが、不貞腐れたように唇を尖らせながら、ボソボソと言った。
「茜がな。アイツが俺に五条を成敗してくれって。女振りまくってヘラヘラしてる五条を、俺に成敗してくれって頼んできて。
俺に五条をひっかけさせて、こっぴどく振ってくれって頼まれたんだ。女の子達の恨みを晴らしてくれってな。俺はちょい理由があって、
茜のその申し出を断ることが出来なかったんだよ」
「あー。それでか。五条がホモだのなんだのにこだわったのは」
なるほどなあ、と川田はうなづいた。
「この俺がやる気出せば、簡単だ。そう思って五条に接した。けどなあ。アイツ、この手の経験値は俺より数倍上でさ。
さすがの俺も全然かなわねー。あれよあれよっつーまに、五条のペースでさ。いつんまにか、俺マジになりかけて・・・」
言いかけて、りおは不意に目を閉じた。川田はりおの突然の沈黙に「?」と思っていた。そこへりおが、
「今、何時?」
川田は壁の時計を見て、
「25日の1時ジャスト。さっきから、なんで時計ばっかり見てる?」
「5時間。さすがにもう待ってねえよな・・・」
「え?」
ギョッとして川田は、りおを見た。
「なに?もしかして、おまえ今日待ち合わせしてたのか?」
「まーなー。20時に駅前の銅像下」
「なんで行かねえんだよ。マジになったんだろ?いいじゃんか、それで。成敗うんぬんなんぞ、おまえが五条をちゃんと管理してりゃ起きない問題だろ。
五条だっておまえが好きなんだろ?あいつ、おまえのこと好みのタイプだって言ってたぞ」
興奮したかのように川田がまくしたてながら、ベッドのりおを覗きこんできた。
「オチがあんだよ、川田。アイツ、俺に気があるフリしてただけなんだ。おまえが言うように、突然アイツに近づいた俺に、ヤツは警戒していて・・・。
そんでもって遊びの賭けの対象にされていたんだ。俺がマジになってアイツと寝ちゃったら、アイツの勝ち。アイツは、ほしいものを手に入れることが出来るんだ。
その為に・・・、俺に気があるフリしてやがったんだ」
「・・・さすが、五条。ぬかりのない男だ」
フムと川田はいきなり感心していた。
「だーかーら、すっぽかしてやったんだよ。クリスマスに会ったら、ヤるのがオチだろ。アイツに勝たせちまう」
ケッ、ケッとりおは吐き捨てるように言った。
「オチかい。俺らだって、会ったけどヤッてないぞ」
「それは俺がいたからだろ」
「まあな。けど・・・。でも、小泉。おまえはマジなんだろ?」
川田の問いに、りおは答えなかった。
「あっちは遊びでも、おまえはマジなんだろ。それって辛くねえ?さっきから、時計ばっかり見てるのはどうしてだろう・・・と思ってたけどよ。
おまえ。五条が待ってるかもしれない・・・って期待してるんだろ」
「そんなん・・・してねえよ。この寒い中、5時間も待ってる筈ねえだろ。諦めて、今頃は別の作戦練ってる頃だろうよ。
アイツは転んでもただじゃ起きねえずぶとい根性してっからな」
りおは天井を見上げて、ハアと溜め息をついた。
「恋愛なんて、俺の管轄じゃねえよ。ただでさえしたこたねえっつーに、いきなり相手は五条だぜ。しかも、男でさ。全然訳がわかんねえよ。冗談じゃねえや、まったく」
りおの呟きを聞いて、川田はクスクスと笑った。
「さすがのおまえさんも、弱音吐くことあんだなあ。長いつきあいだが、初めてだ。おまえがそんな顔するの見るの。ある意味、五条は本当にすごい男だな。
けどな、小泉。好きになって、マジになったら、男も女も、タラシもおぼこも関係ねえんだよ。なあ、おまえ。その賭け。五条がそう言ったのか?五条の口から聞いたのか?
どうもあの五条が不用意におまえにネタばれするとは思えないが」
チッとりおは舌打ちした。
「聞いたのは、あいつのダチからだ。しかも盗み聞き。けどよ。んなの本人の口から聞かなくてもわかる。俺はいつだってアイツの気持ちが見えなかった。
言葉でマジだって何度も言われても、どこか不安だった。流れる空気がおかしいんだよ。そーゆーのって、なんかわかるだろ。鈍感な俺だって、わかるんだよ。
なんでおかしいか?そりゃ、気持ちねえからだよ。アイツがマジを意識して作っていたから。マジってさ。そーゆー気持ちって、作るもんじゃねえだろ。
自然に湧き上がってくるもんだろうが」
川田はフンフンとうなづいている。りおの言葉が切れると、
「おまえは湧き上がったんだな?」
と聞いてきた。
「・・・」
りおは、また答えなかった。
「なあ。ごちゃごちゃ言ってねえでさ。とりあえず、待ち合わせの場所行ってみろや、会長。俺の知ってるおまえは、なによりまず行動していた。
口先だけでぺらぺらなおまえは似合わん。動けよ。おまえは、大抵はロクでもねえことばっかりだったけど、不可能を可能にしてきた男じゃねえか。
俺はそういうおまえがイイと思うぜ」
川田はポンポン、と寝そべるりおの頭をたたいた。
「気になっているならば、行けよ」
川田のその言葉に、背を押されたかのようにりおは、ガバッと起きあがった。
「確かにな。なんかウジウジすんのって性に合わねえ感じ。気になるもんは、気になる。とにかく、様子見てくる。どうせいねえだろうけど。したら、また戻ってくるから」
「おう。気をつけてな」
「サンキュー」
ヒラリとベッドを飛び降りると、狭い1Kの川田の部屋を横切って、りおは玄関を飛び出して行った。
「あっ!小泉のヤツ。コート忘れてやがる」
川田は、部屋の隅にきちんとたたまれておいてあったりおのコートを掴んで、慌ててあとを追った。だが、りおの姿はもう廊下のどこにもなかった。
「ま。いっか。走ればすぐに暖かくなるしな」
ガンバレよ、会長様・・・。呟いて、川田はドアを閉めた。
真夜中だというのに、街にはまだ大勢の人々が歩いていた。
さすがに、イベントの夜だな・・・とりおは思った。楽しそうなカップルばっかりのような気がした。
ハアハアと白い息を吐きながら、りおは駅前の銅像に向かって走った。
途中でコートを忘れたことに気づいたが、今更川田の部屋に戻る気などなかった。
やっとのことで辿りついた銅像の周りには、結構人がいた。
待ち合わせは銅像の尻の下。りおは、銅像の正面からやって来たので、黒光りする銅像の尻の方にいる人々は見えなかった。
一気に胸がドキドキして、りおは銅像の正面で立ち止まってしまった。
「ねえねえ。さっきから、ずーっとここにいるよねえ。イブの夜に、彼女に振られたンでしょ〜。いい加減、諦めてうちらと遊ばない?」
「寒いでしょ。なんか震えてるじゃん。暖かいとこ、行こうよお」
「なんか美味しいものでも奢ってあげるヨ、おにーさん♪」
そんな女達のけたたましい声が聞こえて、りおはビクッとした。
銅像の尻の方では、待ちぼうけの男がいるのは、確かのようだった。
「わりーけど。また来年、声かけてよ」
その声を聞いて、りおはギュッと目を閉じた。
「来年ってなに〜?変なこと言うヤツぅ。里香、もう無視して別の男捕まえよー」
「だねえ。いつまでも、カノジョ待ってなね〜。バイバアイ」
キャハハハと女達の笑い声が弾けて、ガツンと踵の高いヒールの音が響いては向こう側に去っていく。
りおは心臓が破裂しそうだった。今の声。五条の声だ。待てよ。オイ、待てよ。今何時だよ。1時だぜ。なんでいるんだよ・・・。
どうして・・・!!!
りおは、銅像の台座に手をかけて、おそるおそる向こう側を覗いた。五条は、銅像の下に座り込んでいた。
見慣れた横顔だった。そんなりおの盗み見の視線に気づく筈もなく、五条は首に巻いていたモコモコの白いマフラーを引っ張りあげて、顔半分をぐるりと覆った。
寒いからだろう。明らかにまだ待ちの姿勢だった。五条はまだ待つつもりなのだ。
「・・・」
大したもんだよ、おまえ。りおは心からそう思った。
俺なんか到底適わねえ。目的の為に、ここまで出来るモンなのかよ・・・。とことんやる。手を抜かない。ここまでされて、落ちねえヤツなんていねえだろうよ・・・。
からくりすべてわかっている俺でも、グラつくんだから、事情を知らねえヤツなんてたまんねえよな。こんなことされたら、絶対にたまんねえよ。
完璧落ちちゃうって。マジだと思いたくなってしまうぜ。
そう思って、りおは自分の顔が引き攣るのを感じた。
マジだったら、良かったのにな。マジだったら。俺って、とっても幸せだったかもしれない。ズキズキとりおの胸は痛んだ。
桜井の言葉を聞いていなかったら、今頃この時間はきっととっくにゴールイン。
でも。桜井の言葉を。聞いて。聞いていても・・・!
【あっちは遊びでも、おまえはマジなんだろ】
川田に言われた言葉。そうなんだよな。
俺がマジ。俺がマジだから。もう。どうしようもねえんだよな。たまんねえよ、こんなの。好きだからさ。好きだから。寒そうなアイツ、見てるの辛い。
この場に置いていくこと、出来ない。なによりも。やっぱり傍に居たいって思っちまう。
たとえ、アイツの策略にハマッてしまうってわかってても。今ぐらいいいじゃんかって。
今だけ。この時だけ。この瞬間だけ。俺、もしかして、おまえに愛されてるかもって。
この俺に、そう錯覚させるおまえは、やっぱり天性のタラシだな。適わないし、適いたくもねえや・・・。
「ごめん。待たせたな」
覚悟を決めて、りおはバッと五条の前に進み出た。
「!」
顔の半分を、白いマフラーで覆われている五条は、切れ長の瞳だけで、りおをゆっくりと見上げた。
その瞳をまっすぐに受け止めて、りおはもう一度、
「ごめん。待たせた・・・」
と、小さく呟いた。
「って。そんなに軽く言われて、あっさり許せるほどの遅刻じゃねえだろ!?」
五条は、顔に巻いていたマフラーをスルッと解きながら、りおの首にパフッとかけた。
「首締めるぞ、この野郎!」
グッと五条は、マフラーを掴む手に力を込めた。
「ご、ごめん」
ケホッと僅かに咽ながら、りおは謝った。
「許さない」
「ごめんな」
「許さねえよ」
「許せよ」
「いやだね」
キュッと、りおの首に形良くマフラー結んで、五条はりおを見つめた。
「許さない」
「どうしたら許してくれるよ?」
ふわふわと急に暖かくなった首元に、りおはくすぐったさを感じながら、五条を見上げた。
「キスしろ」
とんでもないことを、仏頂面で五条は言った。
「・・・こ、ここで?」
言われただけで、顔を赤くしてしまうりおだった。
「ああ。ここで」
りおは一瞬躊躇ったが、グッと五条に体を寄せた。
「あのさ。目閉じろよ」
どうにもまじまじと正面から見られていては、やりにくいりおだった。
「やだね」
五条は、即座に言った。
「・・・ちっ」
りおは、つまさきを伸ばして五条の頬に指で触れた。そのまま軽く五条の唇に唇を重ねた。
チュッと音を立てて唇が触れ、すぐに離れた。
慌ててりおは、周りを見たが、誰も自分達などには注目してなかった。ホッとして、りおは再び五条を見た。
五条の視線は、容赦なくりおを見つめていた。目が合って、りおはいたたまれない気持ちになった。
「も、もう、帰ろうぜ」
視線をはずし、りおはうつむいた。
「もう一回」
「え?」
「もう一回してくんねーと許さない」
「な、なに言ってんだよ。こんなところで」
コイツは〜!と、りおはグッと拳を握りしめた。
「してくれなきゃ、俺はここから動かねえよ」
ギロッと五条はりおを睨んだ。
「ガキみてえなこと言ってんじゃねえよ。いい加減にしろ」
パタタとりおは、その場で足を踏み鳴らした。
「5時間と15分。アンタを待ってた。この寒い中で。ずっと、ずっと。アンタを待ってた」
五条の切れ長の瞳。明らかに怒っている。
「来ないかも・・・と思いながらも、諦めきれずに待ってた。今度は俺のが、根性あったろ。ご褒美くれよ、りお」
「っせえな。もう!」
こうなりゃ、ヤケだ!そう思い、りおは再び五条に口付けた。
さっきは受けるだけだった五条だったが、今度はりおの唇が触れると同時に、積極的に動いた。
五条の舌が、りおの舌を誘いだす。
「!」
ギュウッと抱きしめられながら、五条に顎を持ち上げられて、りおは深く舌を奪われた。
「っ」
息苦しさに、五条の胸の中でりおは、暴れた。やっと五条が自分の体から離れて、りおは思いっきり咳込んだ。
「ゴホッ。や。な、な、なんだよ。今の」
「大人のキス」
フフンと五条は鼻で笑った。そして、まだグズグズと咳込むりおの耳元に、五条は密やかに囁いた。
「10回目。約束通り、今日は本番だぜ」
「!」
忘れていた。すっかり・・・。
りおは、カアアッと顔を赤くした。なんてことだ。数を数えることを、すっかり忘れていた。今ので、確かにちょうど10回目のキス。
「どうせ覚悟決めて来たんだろ。だから、逃がさないぜ、もう」
五条はそう言いながら、りおの掌に自分の掌を重ねた。
「帰ろっか。イブは過ぎたけど、まだクリスマスだし。本当はクリスマスは今日が本番。俺達もな」
「やかましいッ」
一瞬、五条の手を振り払おうとしたりおだったが、止めた。
確かに今日はクリスマス。特別な日。
行き過ぎる人達や集う人達は、それぞれの世界に突入してしまっていて、他人を気にする余裕すらないようだった。
もう誰も、自分達を見ていない。
「りお。コート。なんで着てねえの?」
「あ、ああ。慌ててたから、忘れた」
「寒そうだぜ」
「寒いんだよ、実際」
言ってから、りおはハッとした。五条が皮ジャンを脱ごうとしたのを察したからだ。
「そーゆーのやめろ。おまえの家に行くまでの距離ぐれえ我慢出来る。俺は女じゃねえんだから」
「ああ、そう。気に障ったなら、ワリ。俺、癖。寒そうな子見ると、暖めてやりたくなっちまうの」
五条は、ずらした皮ジャンを元に戻しながら笑った。
「けっ」
そーやって、あちこちで罪な真似してきやがったんだな・・・、と言いたいのをりおは堪えた。
それに。皮ジャンなんかなくても。コートなんか、なくても・・・。
りおは、重なった掌をチラリと見た。気づいた五条が、わざとだろうけれど、ギュッと掌に力を込めて握ってきた。
この手が。この手が熱い・・・と、りおは思った。
結局ずっと手を繋ぎながら、五条のマンションに歩いて帰った。帰りがてらの道で、五条は説明した。
「本当はさ。おふくろの高層マンションから見える夜景をりおに見せたかった。クリスマスはおふくろ撮影で海外で留守だからな。
異父兄弟達と熾烈な争いの末イブの夜のおふくろのマンションを勝ち取った。クリスマスの夜はイルミネーションがいつもより増えて、
綺麗なんだ。けど、今日はもう兄貴の場所になったから連れていってやれねえ」
「悪かったよ」
イイもん見せてやると言ったのは、高層マンションからの夜景のことだったようだ。
「いいさ。りおが来るか来ないか。本当は俺も不安だったからな。どうせアンタは得意のマニュアル本で知恵を仕入れてきてるだろうからさ。
クリスマスの夜に彼氏と過ごすとどうなるか・・・。とくに俺は本番、本番うるさかったかんな。絶対に警戒してると思っていたんだ」
五条の言葉に、最初はそう思っていたけどな・・・とりおは思った。
だが、問題はいつのまにか別のモンとすりかわってしまっていた。そして、それさえも今は、もうすっかりどうでもよくなってしまった。
マンションに着くと、テーブルの上には山ほどの食材が用意されていた。
「このチキンな。おふくろのご用達の店のヤツ。アイツ、舌肥えてるから、これ美味いと思うぜ。店教えてもらうのに、昨日、いやもうおとといか。
一日中ババアの買い物につきあわされた。んでもってやっと教えてもらって、ここに届けてもらったんだ。そんでもって、こっちはケーキ。りお、甘いもの好きだろ。
俺はあんま好きじゃねえけど、こっちもおふくろ御用達の店の、特注。しかし、見てるだけで吐きそうだな・・・」
カポッと、ケーキの箱を開けて、中を覗きこんで五条は渋い顔をした。
「りお、一人で食っていいぜ」
「あんがと。けど。そのせいか。それでおまえ、23日はずっと捕まらなかったのか。俺、おまえを探していたんだ」
そのせいで、不愉快な事実を聞く羽目になっちまったんだよ・・・と心の中でぼやく、りお。
「あ?そうだったんだ。わりー。でも、探していたのは、イブの夜をキャンセルする為だろ」
さすがに、五条は鋭かった。
「ま、な」
「だったら、俺、おふくろの買い物につきあわされてて良かった」
五条はニヤリと笑いながら、テーブルのチキンを指差した。
「りお。これ食えよ。今暖めるから」
「いや。いらね。わりーけど、俺腹いっぱい。おまえとの約束ぶっち切って、川田の家でヤツのカノジョの手料理食わせてもらったから」
テーブルに背を向けて、りおはリビングのソファに腰を下ろした。
「ひでえな。俺が寒い中待ってる間にアンタは美味しい手料理頬張っていたっつー訳」
テーブルの脇に立っていた五条は、用意されていた料理のうちの一つの、クラッカーをヒョイッと摘んで、口の中に放り込んだ。
「ひどいもんか。おまえだって、これからもっと美味しいものを食うんだろ?」
五条は、考え込む顔をしてから、うなづいた。
「それって自分のこと指してるんだろ。さすがりお!」
「え・・・?」
五条の言葉をゆっくりと噛み締めて、さすがのりおもソファから身を乗り出して、慌てて反論する。
「ちっ、違うっ!違くって・・・。俺じゃなくて」
って、言えるかよと、りおは言葉を飲み込んだ。
「りおじゃなければなに?俺はどんな美味しいものをこれから食うの?」
首をかしげながら、五条はりおをヒョイッと覗きこんだ。慌ててりおは、顔を反らした。
よく言うぜ。
俺を食ってから、更に上等なヤツを食うつもりのくせによ。どうせ、俺はアイツに比べたら、食前酒ぐらいなもんだよな。
それでも、それを飲まなきゃ、メインは食えないんだから・・・。
「いいから。腹減ってるならば、てめえが食え。とにかく、俺はいらん」
「なにカリカリしてんだよ。本当ならば俺がアンタを怒ってもいいんだぜ。なんせ5時間と15分も待ったからな」
「だからっ!さっき、ちゃんと詫びいれたろ。しつけえんだよ」
「足んねえよ。あんなもんじゃ、足んねえよ・・・。もっと、詫び入れろよ。俺はまだ寒い。腹も減ってる。詫びと寒さと餓えを一気に解消してくれよ。りお。おまえの体で」
くらっ・・・!
りおはその恥ずかしい台詞に、眩暈を覚えた。同時に体中に鳥肌が立つ。
「五条。てめえな・・・。俺のが今、急に寒くなったんだけど・・・」
「あ、そう?ならちょうどいい。俺が暖めてやるよ」
ガバッ!
ソファに座っていたりおに、キッチンから素早く移動してきていた五条は、覆い被さってきた。
「ぎゃっ、ぎゃあ〜!ごっ、五条!こっ、ここはソファだぞ。ベッドじゃねえ。や、止めろ」
ポカポカとりおは、五条の頭を叩いた。
「どこだっていいじゃん。お互いの体があれば」
「いっ、イヤだ。やっ、やるならば、ベッドだ。ぜったいベッド。どけ」
りおは五条を押しのけた。ドッ、ドッと心臓が高鳴った。尋常じゃない速さで心臓が鳴っていた。
「色気ねえな。ベッドでもソファでもやるこた一緒だろ」
「だまれッッ。それに、シャッ、シャワーぐらい使わせろ」
真っ赤になって叫ぶりおに、五条はクスクス笑いながら、
「バスルーム、突き当たり。タオルはその辺にあるの適当に使って。俺はりおの次に入るから」
「・・・ああ。わかった」
ヨロリ〜とソファから立ちあがり、りおはフラフラと廊下を出てバスルームに向かって歩いた。
こうなったら、もういけるとこまで行ってやる。
りおは、暖かいシャワーを浴びているというのに、がちがちに体を震わせながら、心に誓った。
なにごとも経験だ。男同士でのセックスだって、男に失恋だって。こーゆーのが、男小泉を、成長させていくんだ!がんばれ、自分!
必死に自分に叱咤激励しながら、りおはシャワーを浴び終えてバスルームを出た。入れ違いに五条がバスルームに入っていった。
ベッドで、りおはボーッと五条を待っていた。さすがに自分で逃げる場所を取り去ってしまったこの状況で、どうすることも出来ない。
俺って、頭イイって言われるけど、実はバカかも・・・とふと思った。だって、どう考えてもマトモじゃない。
五条が自分としたがる理由もちゃんとわかっているのに、あえてヤろうとしてる。
それってつまり。自分が好きな男に、別の男とのセックスを薦めているようなもんなのだ。
あん時。五条の前に姿を現さなければこんな目には遭わずに済んだ。
でも。寒そうな五条を見ていたくなかった。
傍にいたかった。好きだから。錯覚を起こすほどに。もうどうなってもいいと思うほどに。俺だけが、アイツを好きだから。
・・・やっぱり、俺ってバカじゃん・・・。クソッ!
「りお」
名を呼ばれて、りおはギクリとした。全裸の五条がすぐ脇に立っていた。
りおは、まじまじと五条の体を頭からつま先まで、見つめてしまった。自分以外の男の体なんて、まともに見るのは初めてだった。
「珍しい?男の体が」
物珍しそうなりおの視線に、五条は口の端をつりあげた。
「・・・そうそう自分以外の男の体なんて見る機会ねえだろ。見たくもねえけどよ」
無遠慮な自分の視線に我に返って、りおは慌てて五条から目を反らした。
「そっか。俺は結構見慣れているからな。りおにとってはそうだよな」
「お、俺だけじゃねえぞっ。普通はそうだろうが!てめえが異常なんだよ」
「ハイハイ。そーゆーことにしておこうぜ。で。俺の体、お気に召した?」
「召すかっ!」
「そっかな?んじゃ、これから召してよ。俺はりおの体、イイと思うよ。顔と同じにすげえ可愛い。とくに、ココ」
バッと、シーツを捲られて、いきなりあらぬところを掴まれて、りおは竦みあがった。
りおも、シャワーを浴びたまま全裸でベッドに転がっていたのだ。
「い、いきなり触るなっ」
「はあ!?いちいち触るところを宣言したりなんかしねえぜ。かったりい」
「やめろっ」
バタバタとりおはもがいた。だが、もがいてる間にドサッと五条の体がりおの体の上に重なってきた。
「うわっ」
ピタリと五条の熱い体が自分の皮膚に擦れて、りおはピクッと体を引いた。
「人の体温をこんなふうに感じるの、初めてだろ?すぐに慣れてな。じゃねえと、先には進めねえからな」
間近に迫る五条の、圧倒的に整った顔に、りおは顔を背けた。
「お、重いぞ、てめえ」
ギュウウウと、りおは五条の顎に手をやって、その顔を自分から遠ざけようとした。
「女はこんな重さぐらいじゃめげねえぜ」
フッと五条はりおの耳元に囁いた。
「手を離せ。やだっ」
五条の手は、りおのペニスを掴んだままだった。
「りおのコレ。ちっちゃくて可愛いな」
「なっ、なんだと。ちっちゃいだとォ!お、俺は平均だぞ」
ふざけたことぬかすなっ!とりおは、すぐさま反論した。
「えー?そうなの?だって、他のやつの裸見たことねえんだろ。比べられねえじゃん。お得意のマニュアルに、平均の長さや太さって書いてあったりすんのかよ」
ニヤニヤと五条は笑った。
「うるせえ」
むっ、ムカツク・・・とりおは唇を噛んだ。
「え!?うあっ!」
りおはピクッと顎を引いた。そのまま舌を噛むかと思った。五条が、りおのペニスの先端に舌で触れたせいだ。
「初体験。次から次へとさせてやる。頑張って、ちゃんとついてこいよ」
本性を表したかのように、五条の切れ長の瞳が、牙を剥いた。獲物を狩るような、その視線。まさに、『食われる!』というような感じだった。
途端に、ガタガタと震え出してしまったりおを見て、五条はゆっくりと笑いながら、その震える唇にキスをした。
続く
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