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「たでえま」
ボソッと呟いてりおは、コソコソと玄関を通り過ぎ、2階の自分の部屋に駆けあがった。
「ふー、やれやれ。どわああああ!」
りおの叫びが、早朝の、まだカーテンの下りた部屋にこだました。なぜなら・・・。
薄暗い部屋で、女二人が正座して、こちらを見ていたからだった。
「りおちゃん・・・。朝帰りなんて。ママ、ショックだわ」
シクシクと、母がハンカチで目元を拭っていた。
「おにーちゃん!やったね♪とうとう既成事実成立でマジ!★すごーいっ!」
茜は、笑いながら万歳している。
「だっ、なっ」
りおは、口ごもっては、表情がまるで正反対の母と妹をまじまじと見つめた。
「なっ。なんもねえ。なんもねえって!おふくろは、安心していいし、茜。てめえは、考え過ぎだっ」
カアアアとりおの顔が赤くなった。
「りおちゃん!それ、本当なの?」
母の顔がパアッと明るくなった。
「あ、当たり前だろ。昨日は、五条と一緒で・・・。遅くなったから、ヤツの一人暮しの部屋に泊まったんだよ」
「まあ、五条くんの。そうだったのね。安心したわ。んじゃ、ママ、朝ご飯作るわ。良かった、良かった。りおちゃんが朝帰りなんかするから、ビックリしちゃって。
じゃあね。あと30分したら、キッチンへ来てね」
ルルル♪と、母はりおの部屋を出ていった。残るは茜である。
茜には、「五条の部屋に泊まったから、安心しろ」という言葉では、間違っても誤魔化すことが出来ない。泊まったからこそ、余計に問題なのだ。
「・・・あの、な。おまえが期待してるよーなこと、なんもねえから」
「あら。アタシの期待ってなに?アタシは別にィ」
ウフフと茜は笑って、りおを見つめていた。りおは、その茜の視線に耐えられず、近くにあったクッションを茜に投げつけた。
「エロオヤジみてえな目付きしてんな。ったくよ」
茜は、クッションを避けながら立ちあがって、りおにゴロニャンと纏わりついた。
「どうだった、どうだった?」
「なにが」
「五条。マジだった?」
「・・・た、たぶん」
カアッと、ますますりおの顔が赤くなった。
「きゃー。今、思い出したでしょ」
「だから、なにがだっつーの。あ、アイツとは、その。同じ家で寝たっつーだけで、部屋は別。アイツは自分の部屋。俺はリビングのソファ」
これは真実である。あのあと、五条の部屋に強引に拉致されて、結局は泊まることになってしまったが、怪しいことは一切なかった。
『スタートが、7回になっちまったけどな・・・』
結局、朝起きた時、五条が朝からサカッてソファに突入してきて無理矢理キスされたが、それ以上はなにもなかった。
(りおが張り倒したので)
「そっかあ。やっぱり、アイツマジだったか〜。お兄ちゃん、スゴイよ。どんな女の子だって、アイツを本気にさせられなかったのに〜」
茜は、ギュッとりおの手を握った。
「今こそ、自分の兄を誇りに思ったことはないわ」
「そ、そうか?」
デレッと、りおは顔を崩した。
「そうよ。やっぱり、お兄ちゃんはスゴイ!あんなタラシをマジにさせるなんて。尊敬する。ステキ」
ブンブンと、茜はりおの手を握っては振り回した。
「ま、まあな。この俺が本気になれば、あんなガキの一人や二人どーってことねえぜ」
ダハハハと、りおは笑った。昨日の、自分がとった、かなり恥かしいアクションなど既に忘却の彼方のようであった。
「で。仕上げはいつ?」
キラッと茜の目が無気味に光った。
「ん?」
「ヤツを、ぎゃふーんと言わせる仕上げはいつだって聞いてるの。お兄ちゃんのことだから、派手な舞台を用意しているんでしょ。
そうね、卒業式の後の全校生徒全員参加の追い出しパーティーの席なんか、とか」
「へ」
りおは、キョトンとした。
「ん?なにが、へ、よ。ここまで五条をマジに引っ張ったんならば、あとは成敗するだけでしょーが。ちょっとお。なにボヤッとした顔してるのよ」
茜は、パンッと、りおの手を振り払った。
「アイツがホモだって証明して恥かかせて、挙句に皆の前でみっともなくフってやるのが、当初からの目的でしょ」
思いっきり振り払われた手を、りおは撫でながら、
「あ、ああ。そうだな。そうだった。おまえの言うとおり、追い出しパーティーの時って最初から思っていた」
と、慌ててうなづいた。
「そうね!期待してるわよー。これからは、クリスマス・お正月・バレンタインとイベント尽くし。これを利用して、更にアイツをお兄ちゃんにベッタ惚れにさせて、
そして卒業式でジ・エンド。お兄ちゃんは卒業しちゃうし、残る五条は、恥を晒して残りの1年干上がるわよ。オーホッホッ。ざまあみなさいっつーの」
茜は、両手を腰にやって、高々と笑っていた。
「女は恐ろしい」
ボソッと、りおは呟いた。
「なんか言った?まあ、いいわ。じゃ、お兄ちゃん。今日は色々と疲れているでしょうから、ゆっくりね」
チロリンと、茜は妙な視線で、りおを見た。
「な、なんだ?疲れてなんかいねえぞ、俺はっ」
「あら、そ。まあ、いいわ。やったわ。加奈子達に報告しなきゃ。あー、さすがにお兄ちゃんだわ。気持ちイー。じゃーね。お邪魔しました♪」
鼻歌を歌いながら、茜は好き勝手言っては、りおの部屋を出ていった。取り残されたりおは、ハッと我に返って、ボスンッとベッドに腰かけた。

成敗。
ズーンと、その言葉が頭にのしかかってきた。
そ、そうだよな。俺、アイツをマジにさせようって・・・。
アイツの気持ちを確かめたくて。それは、茜とのこの件があったからこそ、発動した気持ちであって・・・。
決して、単なる恋愛感情から沸きあがった感情じゃなくて。

『アンタもマジ。俺もマジ。今度こそ、俺が無理矢理引き込んだんじゃない。アンタは俺が好きなんだ。俺もりおが好き。だから、これが、本当のスタートだな』
五条はそう言った。思い出して、りおは自分の顔が火照るのを感じた。さっきから、自分の頬が忌々しくてどうしようもないりおであった。

マジ=本気。

やべえ。訳がわからなくなってきた。りおは、目を見開きながら、頭を抱えた。
『俺、五条が好き。み、認めたくねえけど、五条が好きになっちまったんだ』

マジ=本気。

なのに。成敗しなきゃなんねえの?アイツを振って、恥かかせて。
やべえ。どうしよう。

わ、わからなくなってきた。いや、わかる。

ズキズキとりおの胸が痛んだ。
俺は、五条に惚れた。そして、五条も自分に惚れたという。とりあえずは、信じていいと思う・・・。
あの時のあいつの目は、信じるに足りると思う。そして、五条の本気を、嬉しがっている自分がいる。
・・・ということは。既に、俺の方では、茜との件なんて、もうどうでもよくなっているということだ。

だってよ。惚れて、惚れられている男に、そんなこと出来るかよ・・・。
ああ。やべえ。俺、どうしよう・・・。

フーッと、りおは溜息をついた。
茜に正直に言うしかない。けど、それって、なんてマヌケなんだよ。こんなことってありかよ。
茜からしてみれば、『ミイラとりがミイラになった!』って言って怒るだろうし、挙句に、茜が憎んでいる男と、『本気でおつきあいしま〜す』なんて、堂々と宣言出来るか。
うあ。イヤだ。そんなみっともねえことは、兄の、いや、男してのプライドが、許さない!!
「うぎゃあ〜」
りおは叫んで、ベッドにドタッと倒れた。
ど、どうすればいいんだよ、俺っ!考えれば、考えるほど、りおにはわからなくなってきた。数学のように、方程式に沿って考えれば解ける、という問題ではない。
恋愛って、なんて難しい・・・。侮れねえ・・・。そう思いながらも、悶々と考え込んでしまったりおは、とうとう発熱してしまい、2日も寝込んでしまったのだった。(合掌)


一方の五条も、ことはかなり深刻だった。
どんどんハマッていく。りおに。こんな筈じゃなかったのに・・・と思いながらも、りおと過ごす日々にウキウキしている自分を自覚して、五条はガッカリする。
今まで楽しんできた、恋の駆け引きというヤツが、りおにはまったく通用しない。
相手をギリギリ追い込んで、かつ自分も追い込まれて、というようなスリルがまったくないかわりに、経験したこともないようなスィートな気持ちに満たされてしまってどうしようもない。
やべえよな。これがアイツのペースなのだろうか。本気でマジになってるよ、俺。そう思っていた時だった。
「五条」
その声と共に、木が揺れた。
「おい、五条」
ドシッ、ドシッと、木が揺れる。五条は、枝を避けて、下を覗き見た。木の下には、りおが立っていてこちらを見上げている。
「りお。あれ?今日、登校日か・・・?」
「ああ。ったく、てめえは、いつもココでサボッてやがって。生徒会役員のくせに!」
言いながら、りおはドシ、ドシッと再び幹を脚蹴りしていた。
「うーっす。すんません。今降ります」
五条は、ヒョイッと、木の上から飛び降りた。
「なに。今日、どうした?」
「ちょい早いけどさ。卒業式の、追い出しパーティーの件で、先生方から相談受けてサ。色々と練ってきた」
「追い出される立場の人が、なに相談乗ってンの。そんなのは新城に任せておけばいいじゃん」
「色々とな」
「例のアレ。あの企画、今年も続行?ほら。花束贈呈。禁断の告白と共に」
五条はクスクスと笑った。
「あれな。うん、ある。結構教師側も楽しみにしてるヤツ多くてさ」
厳粛なる涙の卒業式を終え、父母達を帰してしまうと、旺風学園体育館は、パーティーの場と化す。
私立の割には、自由な校風がモットーだけあってなんでもアリで、OB達の善意の寄付によって大量の食事が運びこまれ、
皆制服を脱いで、パーティー仕様の格好になる。
そこからは、かなりの無礼講だ。ダンス有り、ライブ有り。かなり盛りあがる。
そして、最後のメインイベント。卒業生大告白大会だ。卒業生を中心に、告白するもの、されるもの。
この時ばかりは、どんな禁断の告白も許される。教師に告白する卒業生もかなり多い。逆も時々ある。
もちろん、去って行く卒業生に、在校生が告白するパターンは当然だ。
とにかく、必ず誰かに告白して、もしくはされて、返礼の花を手にしなければならない。
これには、結構キッチリと決まりがある。告白される場合。
返事がオッケーの場合、卒業式の時に既に配られて、胸に飾っておいた『卒業おめでとう』と書かれた札のついている自分の造花を相手に返す。
もし、返事がノーの場合や、複数に告白されたりした場合は、いただいた花束の中から生花を返すのだ。
告白する場合も、同じ。自分が差し出した花束に対して、札つきの造花をもらうか、自分の差し出した花束の生花を相手からもらう。
いずれにしても、造花か生花を手にしてることになるのだ。
そして、それらを拒んだ、花を手にしていない者達は、担任教師に卒業証書を手渡し、夜の校庭を、男30周・女15周走らなければならない。
ゴールテープを切った時、やっと卒業証書が返されるしくみだ。つまり、とにかく誰かに告白し・されなければ、卒業生は無事卒業できない。
だから、卒業生は、皆必死になるのだ。過去、このゴールテープを、朝焼けの中ヒーヒー言いながら切ったという卒業生も何人かいるという。
とにかく妙な伝統ではあった。

「りおは、舞台上がるの?」
五条が聞いた。
「・・・」
毎年、卒業していく学年の有名人は、代表として(晒し者)何名か舞台にあがるようになっている。
壇下で盛りあがる告白大会を眺めながら、自分達も告白を受けるのだ。
「さっき頼まれた。まあ、俺、有名人だし、しゃあねえよな」
りおは、ハハハと笑った。
「じゃあ、俺が告白してやろうか?」
五条の言葉に、りおは、ギクリとした。
「・・・いいのかよ。おまえ、ホモばれるぞ。結構マジな告白大会なんだからな」
「いいよ。だいたい、アンタ。誰からも花束貰えねえだろ。モテねえんだし。壇上にあがる有名人は、皆告られるしくみになってるんだし、
自分が告白する訳にはいかねえしな。だったら、俺しかいないじゃん。それに、一緒だったらバレてもいいって、この前約束したしな」
五条は、ニッコリ。
禁断の告白大会だ。たまには、男×男・女×女だってある。かなり、珍しいが、ないこともない。
「考えておく」
りおは、プイッと言った。
「なにを考えるんだよ。必要ねえだろ」
クスクス笑う五条に『人の複雑な気持ちも知らねえで・・・』と、口には出せない恨み言をりおは心の中で呟いた。
本当だったら、この場面は絶好のチャンスだ。ここで、五条に花を貰う予定にしておいて、その瞬間に断る。
壇上の相手に花束を渡す場合は、間違いなく打ち合わせ済みで、必ず花束は受け取られるように仕組まれている。
つまりは盛り上げる為のヤラセだ。
だが、ここで断れた場合、壇下にいる生徒達の前で、かなり恥をかくことになるし、五条は本気でホモだった証明出来る。
自分的には、校庭30周なんざ、へのかっぱだから、りおにとっては絶好のチャンスなのだ。
元々、りおは、ここで五条から花束を貰う予定までに仕上げようと、最初から考えていたのだ。
そして、その通りの結果には、なった。
(さすが、俺!)
だが・・・。
自覚してしまった思いのままでいけば、そんなヒドイことは、自分には出来い、とも相変わらず思ってはいた。
結局、熱を出して寝込んだあの2日間。なんにも結果が出ないまま、ただうなされヒドイ目にあっただけだ。
そして、体調が回復してからは、なにごともなかったかのように、五条とデート・デートの日々だった。
りおには、自分がどうしていいかわからなかった。わからないまま、五条といるのが楽しくて、ダラダラと時を費やしてきてしまっていたのだ。
「小泉君」
突然名前を呼ばれて、りおはハッとした。
「遠藤先生が、去年の追い出しパーティーの資料見せてくれって。新城くんに聞いても場所わからないらしくって。あら、五条くん、こんにちは」
ミス・旺風学園であり、容姿端麗・頭脳明晰で男版小泉りおと呼ばれていて、かつりおと同じクラスの鈴木千賀子は、ニコッと五条を見て微笑んだ。
「鈴木センパイ。こんちは」
ペコッと、五条も挨拶した。
「相変わらずいい男ねぇ。それにしても小泉くんと知り合いだったんだ。なんか意外な組み合わせ。あ、そうか。生徒会役員だっけ」
大きな瞳をクルッと見開いて、千賀子はりおと五条を交互に見ながら、自己完結していた。
「ええ。先輩も、今日は出ですか?」
「そうよ。私や小泉くんは、追い出しパーティーの壇上組。担任に、あちこち手出してないで、パーティーの日までには、ちゃんと真面目に彼氏作って
花束受け取れるようにしとけよって注意されちゃった」
エヘヘヘと千賀子は苦笑した。
千賀子は、そこだけはりおと違って、ミス旺風という高い位置にいながら、異常にモテる女であった。
そのせいで、在学中につきあう相手がコロコロと変わっていたというある意味確かに名物女なのだ。
「ですね。先輩ほどになると、中々大変ですよね。相手選ぶの」
「まあね」
フフフと、千賀子は五条をチラッと横目で見ては、意味ありげに笑った。
「小泉君。資料のこと、遠ちゃんに教えてあげてね。じゃっ」
スカートの裾を翻して、千賀子は走り去って行った。
「・・・鈴木と知り合い?」
チロッとりおは、五条を見た。
「中学の時の先輩。同じ中学。それだけ」
「ふーん」
なんだか不審な目をしているりおに、五条はニコッと微笑んだ。
「遠藤センセに、資料の場所早く教えてあげなよ。俺、校門で待ってるから。一緒に帰って、デートしよ」
「・・・てめえ。午後の授業あんだろ」
「りおのが大事」
「言ってろ。バカめ」
そう言って僅かに顔を赤くしながら、りおはクルッと踵を返して、千賀子と同じ方向に走り去っていった。
そんなりおの背を見送りつつ、『嘘だけどね・・・』と、五条は心の中で舌を出した。
鈴木千賀子とは、単なる同じ中学出身って訳じゃない。
今年の春、千賀子に告白されて、しっかり五条は千賀子と寝ていたのだった。
年上の美人は、女でも好きだぜ。五条は心の中で呟いた。
ただ、そういう事実はあっても、つきあった訳ではない。
「1度でいいから、寝てくれ」と千賀子に強引に頼み込まれたので仕方なく・・・ではないにしても、確かに1度きり。
ス旺風の味を楽しませてもらったという訳だ。そういう取引は、キライじゃない。
つーか、こういうことしかやってきてなかったっつーに。
俺も大概、道踏み外してるよな・・・。五条は自重気味に肩を竦めた。


「8回目。つ、次は9回目。うおーっ」
う゛ーっと、りおは頭を掻きむしった。
ちょっと油断したら、帰り道で、ガバッとやられた。
なんで、アイツはあんなに、サラッと仕掛けてきやがるんだ。ベッドの上で、ジタバタしながら、りおは自分の唇を押さえて暴れていた。
そんなところへ、茜がりおをひやかしにやってきた。
「なに暴れてるのよ、お兄ちゃん」
トンッと、ベッドに腰かけながら、茜はりおの手元を覗きこんだ。
「ちょっと、なにコレ」
バッと、茜はりおの手元から本を取り上げた。
「クリスマスマニュアル。彼との過ごし方特集・・・」
本のタイトルを読み上げて、茜はゲッソリとした顔になった。
「あのねっ。まだこんな本読んでるの。ったく、どこでこういう本見つけてくんのよ。もう!五条は、お兄ちゃんに大マジなんだから、こんなモン必要ないでしょー」
「あ、破くな。てめえっ」
ビリビリと本を破くと、茜はりおの前に1冊の本を投げた。
「お兄ちゃんにはコッチよ。友達から借りてきた漫画。違うな、同人誌っていうの。これはねぇ。んもっ。お兄ちゃんと五条の為にあるような本よ。
きゃー!すっごいの。すっごいの。こんな世界があるのねえって感じ」
「なんだ、これ」
パラッと、ページをめくって、りおは目の玉が飛び出て挙句に落っこちるかと思ったぐらいの衝撃を受けた。
「ぬわんじゃ、こりゃー!」
ブウンッと、本が天井高く舞った。
「乱暴にしないでよっ!借り物なんだから」
「な、な」
「うふふ。どうせならば、こっちの本読んで勉強しなさいよ。ねえすっごいでしょ。全編男同士のエッチシーン満載♪」
「ひっ、必要ねえよ、こんなん」
りおは、カアアアと顔を赤くして、ポテッと天井から落ちてきた同人誌とやらを、更に蹴っ飛ばした。
「なにすんのよー」
茜が、りおをボカッと殴った。
「い、いてえ」
「下手なマニュアル本なんか読んでチンタラしてるより、こっちのが絶対にタメになる!恥かかずに、五条とセックス出来るわよ」
「うあー。てめえ、女のくせに、そういう単語堂々と言うなあ」
「いい。あのタラシ男には、最後はコレよ。コレでトドメを刺すのよ。卒業式の3月までには、まだ3ヶ月もあるわ。どこで気が変わるかわからない。
言葉とか雰囲気とか、んなもんより体よ、体。これで五条をがんじがらめにして、縛っておくの!!」
フンフンと鼻息荒く、茜は言った。
「お兄ちゃんは、顔可愛いけど、どうもこういう色事には、ちっともむいてなさそうだから、茜心配よ。だから、この本を読んで、
受けの美少年の可愛いしぐさを真似出来るように頭に叩き込んでおくのよッ」
「受けの美少年!?なんじゃ、それ」
キョトンとりおは首を傾げた。
「頭いいんだから、これ、ちゃんと読んで記憶しておくのよ。その時になったら、きっちり出来るように」
「って、おまえ。そんな張り切ってるけど、別にそんな。クリスマスだからってエッチしなきゃなんねえって決まりねえぞ」
言いながら、りおは、チッと舌打ちした。クソ〜!恥かしいぜと思いながら。
「あまーいっ」
ゴンッ★と茜の鉄拳が、りおの頭に降ってきた。
「いてえっつーの」
「クリスマス=セックス。今時の若いモンは常識よ。右向いても左向いてもイチャイチャしてるカップル達が、イブの夜におとなしく食事して帰ると思うの?」
「ええ!?って、俺。ごっ、五条の家にメシ食いに誘われてるぞ、イブの夜」
すると、茜は、「きゃーっ」と叫んで、りおの背中をバアンッと叩いた。
「い、いよいよねっ。五条はその日、やる気満々よ。ああ、友達に借りてきて良かった。この本。絶対にちゃんと読むのよ」
茜は、ガシッと、同人誌を掴んでは、りおの手に握らせた。
「あのね、お兄ちゃん」
「な、なんだよ」
「ちゃんとヤッたら、五条が上手かったかどうか、感想聞かせてね」
茜は頬を染めながら、りおの耳元にヒソッと囁いた。
「おまえはっ」
バシッ、バシッとりおは本で茜の頭を叩いた。
「いやん。もう。じゃあね〜」
ヒラッとベッドを飛び降りると、茜はニヤニヤしながら逃げ去っていった。
「ったくよお。バカ妹め」
ブツブツ言いながら、りおは手元の同人誌を再びパラパラと捲った。
捲りつつ目に飛び込んできたあられもない明かに男同士のセックスシーンの一コマを見て、「・・・」りおは言葉もなく、バフッとシーツに顔を埋めた。


五条がイブの夜に向けて提案してきたこと。
『駅前の銅像の下で20時に待ち合わせ。そこで、俺がりおにイイもん見せに連れていく。イイもん見たらとっとと帰ってきて、
俺の家でクリスマスパーティー。ケーキもチキンもちゃんと用意しておくぜ。なんか文句ある?りおが別の行動したいって言うならば、俺はそれに合わせるけど』
そう言われて、りおには、とくに提案もなかった。というより、正直、クリスマス仕様の行動なんて、りおにはまったく思い浮かばなかった。
クリスマスマニュアルは買っておいたが、まだその時は読んでいなかったからだ。
りおがとまどっていると、五条は自分の提案を当日の行動として確定してしまった。
まあ、いっか。と軽く考えていたりおだったが・・・。
茜に破かれたマニュアルをつぎはぎして読み直し、そして茜が持ってきた同人誌をおそるおそる読んでしまった今!
りおは、クリスマスイブを五条と一緒に過ごす気持ちなど吹っ飛んでいた。
危険過ぎる。絶対に危険だ。五条は好きだが、俺にゃあんなことは出来ねえ。
クワンクワンと、激しく生々しいあの同人誌の漫画の一シーンが、鮮やかに頭の中によみがえってきてしまってりおは、ブンブンと首を振った。

今、りおは五条の家から駅前に向かっていた。
なんだか今日に限って五条と全然連絡が取れなかった。訪ねていった自宅は留守だった。
イブは明日。とにかくとっとと断らなければ!とりおはあせっていたのだ。
五条の姿を探す。
よく五条が入り浸っているというゲーセンが目に飛び込んできた。大股でりおは、ゲーセンに入って、キョロキョロと店内を見渡した。
やかましい音、タバコの煙で濁った空気。
馴染まない場所だとは思うが、それでも五条の姿を探して、うろうろした。五条はいなかった。
諦めて、店を出ようと、りおは入口に向かった。そこへ、見慣れた顔の男が入ってきた。
「!」
桜井なつきだった。何人かと連れ立って、桜井は店の中にフラリと入ってきた。
ものすごい存在感なので、すぐにわかった。それにしても今日の桜井の顔は酷かった。痣だらけの傷だらけだったのだ。
そのせいかりおは、桜井に声をかけようとして、かけそびれた。
桜井を取巻く雰囲気がビリビリしているせいもあった。コソッと、近くのゲーム機の脇に隠れて、りおは桜井の様子をうかがっていた。
「桜井。また喧嘩してきたのか?」
ゲームに興じていたらしき男が、顔をあげてこちらにやってくる桜井に向かって言った。
「S高のやつら。くだんねー喧嘩ふっかけてきやがって」
桜井は不貞腐れた声で答えている。
「また、あいつらのテリトリーで女ナンパしたんだろ」
「っせえな。声かけて、誘いに乗る女が悪いっつーの」
「それより、おまえ。そのツラ、まずいだろ・・・。明日のイブコンどーすんの」
「キャンセルだよ。他当たれ」
「マジかよ。今更誰当たれって。おまえ目当ての女多いんだぜ。ああ、んじゃ、五条に声かけてくれよ、桜井。アイツだったら、女どもも機嫌直してくれるだろうから」
「五条はダメだよ。今、りおちゃんに夢中だから。イブは予約入ってるよ」
突然、うってかわったかのように、楽しそうな桜井の声だった。
「え?あのタラシ男。とうとう彼女出来たのか?」
「内藤、違うって。桜井、なあ、ほら、例のアレだろ。賭け」
今まで桜井と喋っていた男ではない、別の男が、ヒョイッと会話に参加してきた。
「賭けって?」
内藤と呼ばれた男が、聞き返す。
「なんだか知らねえが、五条に難癖つけてきているお堅い男がいるって言ってたじゃん。ほれ、どっかの生徒会長だったとか。
ソイツを、五条がオトせるかオトせないかで、桜井と五条で賭けしてるって。なあ」
「そんな賭けしてんだ、桜井」
「まあな。五条が、真面目なりおちゃんをその気にさせて、本番までヤッたら・・・っていう賭けだけどな」
「本番?五条、マジでホモなんだ。へえ。んで、なに賭けてンの?」
「五条が欲しいっていうから、アイツがマジにりおちゃんオトしたら、俺の体。けど、俺は五条がオチる方に賭けてるから、
五条がオチたら、ヤツの家の立派なオーディオ関係一式、ゴッソリ。根こそぎいただくぜ」
クククと桜井は笑っていた。
「やっべえな、それマズイぜ、桜井。五条のオトし方は、半端じゃねえぞ。尻の危機だって」
内藤という男の声が、やたらと大きく響いた。
「アハハ。んなことねえって。五条はああいうタイプには縁がない。きっと新鮮な筈。だから、結構コロリとオチるとふんでる。俺の勝ちだろ!?」
余裕めいた桜井の声。
「しょーもね。んじゃ、五条は合コンダメか。ああ、どうしよう。俺、女どもにタコ殴りされちまう〜」
内藤の、泣きが入った情けない声。
「ざまーみな。人アテにしてばっかいるからだよ。ご愁傷サン」
桜井の一言で、その場が、ドッと笑いで盛りあがった。
「・・・」
りおは、その笑い声を背に聞きながら、ダッと一目散に店を飛び出していた。


全て聞こえた。全部、聞こえた。
賭け?賭け?賭け?
やっぱり五条は、俺で遊んでいやがったのか・・・。
おかしいと思ったんだ。あの超タラシで有名な男が、俺にマジなんて。りおは、とぼとぼと歩きながら、頭がサーッと冷えてゆくのを感じていた。
『アンタもマジ。俺もマジ。今度こそ、俺が無理矢理引き込んだんじゃない。アンタは俺が好きなんだ。俺もりおが好き。だから、これが、本当のスタートだな』
嘘、つき。なにが、マジだよ。賭けてんじゃねえかよ。
おまえが、俺を必死にオトそうとしていたのは・・・。
桜井とヤりてーからだろうが!!!
それなのに、俺は見事にひっかかって。フワフワ五条と遊びまくっていて。
アイツの作戦に見事にハマッちまってて。情けねえったら、ありゃしねえっ。
これでも俺は、旺風学園に「小泉あり!」と言われた男なのかよ。くそっ。冗談じゃねえよ。冗談じゃ・・・。
「う・・・」
ボロッと、一瞬のうちに沸きあがって、零れた涙に、りおは自分でもギョッとした。
「な、なんだよ。これ」
慌ててりおは目を擦った。
だが。溢れた涙は止まらなかった。次々とポタポタ落ちてきた。
「ちきしょうッ」
道行く人々の視線が気になって、りおは走り出した。
五条とキス8回。8回もしちまった。全部。全部。全部、嘘のキスだったのに・・・!

続く

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