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やると決めたからには徹底する。
りおは、腕をまくって、自宅の倉庫をゴソゴソ荒していた。
「ねえ、お兄ちゃん、なに探してるのよ」
茜が懐中電燈で、倉庫を照らしてくれていた。
「ずっと前に封印した、マニュアル本達だ」
すると、茜がギョッとした。
「ちょっとお。まさか、あの、必勝デートマニュアルとか、初めてのおつきあいについて、とかのあの例の本じゃないでしょうね」
「それだ」
茜の顔色が、サーッと変わる。
「や、やめなさいよー。五条相手に、マニュアルが通用する訳ないでしょ。なんで、お兄ちゃんはそうなのよっ。
デートなんて相手に任せておけばいいのよ。下手にマニュアル通りに動いたら笑われるだけよっ」
茜は、ゴソゴソと倉庫を探るりおの、ティーシャツの裾を引っ張った。
「だって・・。俺、誰かとつきあったことねえんだぜ。全然わからねえもん。それに、相手はあの五条だ。訳のわからん理屈で丸込められた場合、俺は対処出来ねえ。それは困る」
「いいじゃないのよ。その方が可愛いわよ。お兄ちゃんは、こういう方面を少し五条に教わるべきなのよ。独学じゃ、絶対にとんちんかんなこと仕出かして、五条の思うツボよ」
ギャアギャア騒ぐ茜を無視して、りおはひたすら暗い倉庫を、マニュアル本求めて漁り続けた。
「お兄ちゃん、ねえ、お兄ちゃんったら」
冗談じゃねえ。訳のわからんつきあい方していたら、あっと言う間に、アイツに5回目を奪われてしまう。
そしたら、そしたら・・・。俺の花の操が、あんなバカに奪われてしまう。絶対に冗談じゃねえ。とにかく、恋愛のイロハを学ばねば。
「離せ、茜。兄のためを思って、離せー。俺は、この勝負、アイツに負ける訳には絶対にいかねえんだーーー」
これは、真剣勝負なのだとりおは思っていた。


そして、きっちり次の日から始まった、忍とりおの『男男交際』。
デート、デート、デート。日々、デート。とにかく毎日がデートなのだ。
「な、なぜに俺が、こんなに疲れなきゃなんねえっ」
五条に送ってもらって、自宅の玄関に辿りつくなり、りおはドタッと倒れこんだ。
「あー!俺は、推薦も決まって、生徒会も終えて、やっと楽になれるこの時期に、一体なにやってんだー」
りおは、玄関で喚いた。その声を聞きつけて、茜が2階から降りてきた。
「お兄ちゃん、今日のおみやげは?」
「ほれ」
りおは、玄関に寝転がったまま、小さな袋を茜に渡した。
「あ。今日はスィートポテトだ。この店の美味しいんだよね。さすが五条♪」
袋の中身を見ながら、茜が歓声をあげた。
「俺の分、残しておけよ。それにしても、毎日、毎日。くそっ。ったく」
「本当にスゴイよね。五条ってマメだよね。デートの度に、いつもおみやげ持たして。お兄ちゃんの食い意地のはったところを見越しているってところかな」
「そ、それより、茜。つきあうっていうのは、皆さんこんなにハードな思いしてるのか?」
「え・・・」
茜は、兄の顔を覗きこんだ。確かに、ここ1ヶ月で、すっかりりおはゲッソリしてしまっていた。
「ま、まあね。確かに不本意なおつきあいでしょうから、疲れもするだろうけど。それにしても、なんかお兄ちゃん、疲れすぎてるよね・・・」
「当たり前だろ。毎日、毎日、気を張り詰めて。油断してっと、いつアイツが襲ってくるかわかんねえからな」
「襲ってくるって。やだあ、まだなの?五条が1ヶ月もかけて、まだお兄ちゃんとチンタラしてるなんて・・」
ヒヒヒと茜が下品な笑いをもらす。
「やめてくれっ。チンタラされねえと俺が困るんだよ。いいか、茜。おまえとの約束は、そういうことまでして落すなんていう約束とは違うんだからな。
ところで、も、もう、そろそろ、五条、俺にマジになっているんだろうか」
「わかんないの?それ、自分で・・・」
「わかるかよ。わかるかよーッ!わかったら、とっくに手を抜いてる。遊ばれているような気ばっかりして。わからんー」
「気の毒に。確かにそういう雰囲気って、経験がものを言うからねぇ」
茜は、ホーッと溜め息をついた。
「でもさぁ。キスされそうになったりするんでしょ。いいなあ。あんな綺麗な顔がすぐ側にあるなんて・・・。ちょっと私も経験したいかな」
その言葉に、りおはガバッと起きあがった。
「バカ言ってんじゃねえよっ。いつだって、気づいたら、こーんなすぐ側に五条の顔があるんだぜ」
そう言って、りおは自分の顔すれすれに自分の掌をかざした。
「この至近距離で顔の良し悪しなんか見極められるか!ブサイクだろうと、ハンサムだろうと、この距離になっちまったらもうなんだかわかんねえだよ。
ちくしょう。あの距離、ヤバイぜ。訳わかんなくなっちまう」
ウオオオと、りおは頭を抱えた。
「ま、頑張って。あと1ヶ月もしたら、五条の気持ちがちゃんとわかるようになるよ」
「ほ、本当か?」
りおは、茜の言葉に、縋る思いで聞き返す。
「う、うん。たぶん」
「あと1ヶ月も頑張れるだろうか、俺」
トホホと、りおは肩を落した。


「あーはっはっはっ!ひー、腹痛えっ」
「てめえがそこまで全開に笑ってるの、俺初めてみたぜ」
呆れたように、桜井なつきはソファにあぐらをかいて、床の五条を見た。
「だっ、だってよぉ。マッ、マニュアル見てきました〜っつー、態度バリバリでよ。ククク。あれ、ぜってー研究してきてるンだぜ。
デートに備えての心意気、とか。彼からの合図を見逃すな!とかよ。アッハッハッ」
五条は、フローリングの床に、ジタバタと転がっては笑っていた。
「可愛いったら、ありしゃしねえぜ。初心いとは思っていたけど、まさかあそこまでとは思わなかった。アイツね、女の子が欲しかったおふくろさんに、
女の子みたく育てられたんだって。後から生まれた正真証明の女である妹より、可愛い子供時代だったらしくてよ。
おふくろさんに溺愛されて育てられたらしくって・・・。名前も、りお、だしな」
「りお?珍しい名前だな」
桜井は眉を顰めた。
「女みてえだろ。んでさ。中学時代、ベッドの下に隠しておいたエロ本、そのおふくろさんに見つかって、3日寝込まれたんだってよ。
それ以来、ソッチ方面には怖くて手が出せないって、これはヤツの妹から仕入れた情報だけどな」
「妹。へえ。根源に近づいたって訳か」
「まあな。それとなくな。本人相手じゃ、中々迂闊には情報引き出せねえし。ソッチ方面疎いだけで、あとは頭イイヤツだから」
「まあ、なんにせよ。楽しそうで結構だな」
桜井は、ソファに寝転がって、手に持っているCDのジャケットを眺めていた。
「桜井もさ。いい加減、フラフラしてねえで楽しいこと見つけろよ。マジな相手作るとかさ」
「おまえ、マジな訳?その、りおちゃんに」
突っ込まれて、五条は、急に笑いを引っ込めた。
「そうやって笑っていて、何時の間にかドツボにハマッていたなんて、情けねえこと聞かせるなよ」
「・・・当たり前だろ。誰がマジになるもんか。けどあっちだって、こっちマジにさせようとプライド半分以上捨てて必死になってやがるんだからな。
ある程度こっちも気合いれてつきあってやんねえと可哀相だろ」
どこか五条の言い訳めいた言葉に、桜井は鼻を鳴らした。
「言い訳はいらねえよ?俺は別におまえのカノジョじゃねえし」
「なら、こっちの件片付いたら、マジで俺とつきあわねえか、桜井」
「・・・おまえのマジは、当てにならねえ」
「んなことねえよ。俺は」
ピンポーン!
会話の途中で、玄関のインターフォンが鳴った。
「ん?誰だ?」
「可愛いカノジョじゃねえのか」
桜井は、ドアの方をチラッと見て言った。
「まっさか。アイツは警戒して、この2ヶ月俺の家には絶対近寄ってこねえんだから」
「確かに、おまえの家になんか来たら、一発で食われちまうからなぁ」
「一発ですむかよ」
クククと笑いながら、五条は立ちあがって玄関に向かった。
「あれ、りお!?」
玄関の方から、五条の驚きの声があがった。
「おふくろが、これ持ってけって。一人暮しなんだから、色々と不都合があるだろうって」
「サーンキュ。嬉しいぜ。おかずいっぱいじゃん」
「言っておくけど、マズイぜ。期待すんな。おふくろ料理下手だから」
そんな会話が、桜井の耳に聞こえてきた。どうやら、五条の可愛いカノジョの登場らしい。
「りお。部屋上がってけよ」
「やだ。少し早かったけど、支度出来てねえならば、外で待ってる」
「なに警戒してんだよ。なんもしやしねえっつーの」
「うるせ。やだ。待ってる」
玄関での会話に、桜井はブッと吹き出した。五条の言っていたことは本当だったらしい。
「中にダチがいるんだよ。だから、安心しろ。とにかく、ソイツにりおを紹介してえから」
「なんで!?てめえのダチに、なんで俺が紹介されなきゃなんねえんだよ」
「るせえな。とにかく、早く来いよ」
「うわ、は、離せ」
ドタドタと廊下を歩いてくる足音がした。桜井は、ニヤニヤしながら立ちあがった。バタンとドアが開いて、五条が入ってきた。
「桜井。コイツがりお。俺のカノジョ」
「いててっ。は、離せっ」
「どうも。噂は五条から聞いてるヨ、桜井なつきッス」
チャッと、桜井は手を挙げて、五条に引っ張られてきた噂のカノジョ、りおを見つめた。
「え?・・・桜井なつき?どっかで聞いたような・・・」
りおは首を傾げた。そんなりおを、桜井はジロジロと眺めながら、スッと五条を見てはニヤッと笑った。
「五条の面食い〜」
「まーな」
なんなんだ?と思いながら、りおは桜井に向かって手を伸ばした。
「小泉りお。超不本意だけど、今コイツとつきあってる」
「聞いてるよ。りおちゃん」
桜井は、りおの手をギュッと握った。
「りおちゃん?」
「そういう顔してる。アンタ、顔めちゃくちゃ可愛いな」
その言葉に、りおはムッとした。
「・・・五条、コイツ、おまえとタメ?」
「そう」
「あのな、桜井くん。俺、おまえより年上なんだけど」
「いいじゃん。りおちゃんって顔してんだからサ」
桜井の言葉に、りおはムーッとした。
「・・・うるせえな。なんか、コイツムカつく」
「アハハ。そう、コイツムカつくんだよ。この俺を、一目で振ったヤツだからな」
五条はサラッと言いながら、りおから離れて、桜井の肩に手を置いた。
「たりめえだろ。りおちゃんの物好きに乾杯してえよ、俺は」
フフフッと桜井は笑った。今度はりおがジロジロと桜井を見る番だった。
桜井は、文句のつけようのない美形だった。自分も相当イケてると思っているりおだったが、どう自分びいきに考えても悔しいが、勝てない感じだ。
顔の造りが、そもそも常人と違う。ファッション雑誌から抜け出してきたモデルのようにあかぬけている。
五条とこうして並んでいてまったく遜色ないのだから、相当だ。
「俺、そろそろ行くよ。CD借りに来ただけだから」
桜井は、人差し指と中指の間にCDケースを挟んで、それをりおの目の前に突きつけた。
「変な誤解しねえでくれよな、りおちゃん」
「・・・べっつに。俺はぜーんぜん気にしないぜ、なっちゃん」
「なっちゃん?」
桜井は驚いたような声をあげて、りおを見た。
「アンタも可愛いよ、なっちゃん。そういう顔してるぜ」
すると、桜井はププッと吹き出した。
「いいキャラだね。五条とよくお似合いだ。ま、仲良くな」
クスクス笑いながら、桜井は部屋を出ていった。
「桜井。そのCD返してくれるの、いつでもいいけどさ。今度おまえん家遊びに行くから、例のビデオ貸してくれよ」
などと言いながら、五条はパッとりおをおいて、桜井のあとを追いかけていき、彼を玄関まで送っていった。
「じゃあな」
という桜井の声が玄関に響いて、ドアが閉まった音がする。
「んじゃ、俺支度してくるから、そこで待ってて、りお」
五条がヒョイッと、居間を覗いて、立ちすくんでいるりおに声をかけた。りおは、五条を振り返った。

一瞬交差した視線に、二人は同時に違和感を覚えた。僅かな沈黙。

「・・・りお!?」
五条が怪訝な顔をして、りおの名を呼んだ。りおは、五条から顔を背けた。
「待ってるから、早く支度してこいっ」
「ああ」
スリッパの音をさせながら、五条が居間を離れていった。
りおは、チッと舌打ちした。
なんだよ、今の沈黙。そう思いながら、ふっ、と居間に飾ってある鏡を、覗きこんだ。映った自分の顔に、ドキッとした。
なんで、俺。こんな泣きそうなツラしてんだよ・・・。慌てて、りおは自分の顔をピシャッと叩いた。
「りお。行こうか」
五条は、すぐに戻ってきた。これから二人で、19時45分から始まる映画を観に行く予定になっていた。
「ああ」
りおはうなづき、居間を出た。
それから映画館に行く道程でも、なんだか不自然なくらいに、沈黙が目立った。
いつもなら。ほとんど気を使う必要もないくらいに、なんだかんだと喋りあってるうちに時間が経つ。
今日、映画で良かった・・・とりおは心の中で思っていた。そ
して、映画が終わると同時に、五条は食事の出来る店を探し始めた。そんな五条の後ろを歩きながらりおは、やっぱりずっと黙っていた。
「なあ。りお、どうした。具合でも悪い?」
ヒョイッと五条は、りおの顔を覗きこむ。
「悪くねえよ、別に」
「だったらなんで、今日はそんなにおとなしいんだよ」
「いつも喧しくしてなきゃいけねえ理由はねえだろ」
「そりゃ、ねえけどさ。調子狂うっていうか」
そんなふうに言いながら、五条はそこらの店先を眺めては、何件も通り過ぎる。
「決まんねえな。りお。今日、イタメシでいい?イタメシなら、いい店知って」
りおを振り返った五条だったが、そのりおの姿はなかった。
「え?なんで、いねえの?」
吃驚して、五条は辺りを見回した。忽然とりおの姿が消えてしまった。都会の夜の雑踏だ。消えようと思えば、簡単に消えられる。
くしゃ、と五条は前髪をかきあげて、息を吐いた。
「わかりやすいっつーの。んとに、調子狂うぜ」
五条は、人ごみを掻き分けて、りおの姿を探す為に走り出した。


一方のりおは、慌てて走っていってしまった五条を、すぐ近くの店先の看板の脇に隠れて見送っていた。
しばらくその場に隠れていたが、店内の窓から店員らしき人物にジーッと見つめられているのに気づいて、コソコソと看板から離れて、再び雑踏に合流した。
五条とつきあい出して、1ヶ月と半分以上。もうすぐ2ヶ月。その間、ほとんど毎日会っていた。
映画・ゲーセン・遊園地・ファミレス・ファーストフード。ありとあらゆるところへ一緒に行って、ただ喋りあうだけの時間。
ただ、五条のテリトリーである自宅へはほとんど近寄らなかった。
常に緊張していたせいか、五条のあの脅し「5回目のキスは+本番」という危機は、今のところなんとか乗り切ってる。
勿論何度も危うい場面はあったが、その度にりおのアッパーカットやビンタが五条に炸裂して、難を逃れた。
危機が訪れるたびに、心臓を破裂させそうな勢いで、りおは戦っていた。
そして、やっとここに至り、りおは気づく。
俺、余裕ねー・・・、だ。五条を掌で遊ばせておくどころか、完全にこっちが遊ばれている。
五条はスマートだ。慣れているから、どこへ行くにもりおに気を使わせない。リード、リードだ。それにフワフワ乗っかって、遊び回っていた自分がいつになく愚かしい。
だが、五条と会っている時間は楽しかった。
最初から、りおは五条が嫌いではなかった。勿論、恋愛と意味ではなく。そういう意味では、なく。接して、すぐにわかった。五条は、頭の回転が速い。
タメだったら、それは見事な友達になりえたかもしれない。だけど。このままじゃ、いけない。でも・・・。どうして、いいかわからない。
本当ならば、茜との約束など、ほかしてしまえばいい。パソコンは、バイトして金貯めて返す。それでいい。本当は、その方が楽だ。もうそうしてしまおうか。
五条から、離れてしまいたい。何度もそう思っていた。
負けるのは、悔しい。だが・・・。なにもこんな勝負にムキになんかならねえでも。他にもっと有意義な勝負が世の中には、きっとたくさんあるだろう。
そういうことも何度も思った。頭がグシャグシャだった。
「やっぱり、俺。恋愛むいてねえや」
ガシガシとりおは頭を掻いた。そもそも、普通の男女交際だってしたことねえのに、いきなり男男交際なんて・・・。
しかも、いかさま。
人ごみに背を押されるように、りおは歩き続けた。
やがて、駅が見えてくる。電車に乗ろう。家に帰ろう。帰って、茜に謝ろう。もう、やーめた。それで、いいじゃん。つまんねえ意地張ってンな、俺。男は引き際だって大切だ。
電車に乗り、地元の駅に辿りつき、りおは歩き出す。ボーッとしながら歩いていて、ハッと気づくと、自分の家とは正反対の方向。無意識に、五条の家の近くを歩いていた。
「なんで、だよ」
自分自身にもわからない。まったくわからない。そもそも、今日の俺はおかしい。なんでおかしいか、っつーと。
キュルンとりおの脳が動く。脳裏に浮かんだ、五条の友達。桜井なつき。あのお綺麗なツラした男を目にした瞬間から。
五条がアイツにまとわりついていた場面を見てから・・・。
りおは立ち止まった。
「うっそ。マジになってんの、もしかして俺かいッ」
思わずりおは呟いていた。足元のアスファルトがグラグラ揺れた気がした。
この2ヶ月で、染めらたれのは俺か?俺の方なのか?変化したのは俺だけ?五条は?五条は?五条はどうなんだ・・・ッ!りおは、ダッと走り出した。
心臓がドキドキした。思いっきり走って、五条のマンションに飛び込んだ。オートロックなのだが、たまたま住人が入っていくところだったので便乗した。
そして、五条の部屋の前まで来て、りおはノックした。応答がないのでチャイムを鳴らす。やはり、応答はない。まだ戻ってきてないようだ。
ズリズリと、りおはドアの前に座りこんだ。帰ってくるまで待つつもりだった。

アイツは、俺に惚れてるのか?
五条の気持ちが見えない。マジと言いながら、どこか嘘めいていて。何度も、何度も、マニュアル本を読んで、五条の態度を分析した。
それでも、本気か、遊びかまったくもってわからなかった。
難癖つけたのは俺が先。だから五条はその腹いせに俺で遊んでいるのだ・・・と思うことは多々あった。
つーか、そればっかり思っていた。疑っていた。
冗談じゃ、ない。遊ばれているのに、マジになっちまうなんて冗談じゃない。
それこそ、五条に高笑いされてしまう。とにかくもう、マニュアルなんかどーでもいいや。とにかく、五条に会ったら、五条が戻ってきたら・・・!

りおは時計を見た。12時を過ぎた。五条はまだ戻ってこない。
ふと、今日は帰ってこねえかも・・・と思った。明日は休みだ。遊び人のアイツのことだ。俺が消えちまったらこれ幸いと、どっかにしけこんでいるのだろう。
もしかして、さっきの桜井と合流してるのかもしれねえ。
色々頭を回ったが、りおはそのままジッと五条の部屋の前で待ちつづけた。
1時30分を過ぎた。2時まで待って、帰ってこなかったら俺が帰ろう。おふくろがきっと心配しているだろう。
そう思って、あと30分待つことを決めたりおは、エレベータの方をチラッと見た。
「!」
エレベータが起動しているのが見えた。
3階を通過。4階、5階。6階を通過。チンッと、小さな音を立てて、エレベータが止まった。7階。このフロアだ。
シューッと音がして、ドアが開いた。五条が降りてきた。
「・・・りお」
五条は驚きの顔で、座り込んでいたりおを見た。りおは、ズリズリと立ちあがった。
「やべ。俺のが根性ナシだったっつー訳か。俺もさ、りおの家の近くで、ずっと待っていたんだけどさ。アンタ、帰ってこねえから。諦めて戻ってきたんだ」
五条は言いながら、歩いてきた。
立ち上がりつつ、俯いているりおの目に、五条が履いているスニーカーが飛び込んでくる。すぐ側で、その靴が止まる。
りおは顔をあげた。五条を見る。
五条は、りおを見つめて、苦笑した。
「なんて顔してんの?りお」
りおの顔は、今にも泣きだしそうだったからだ。
「・・・ごめん、さっきは。いきなりいなくなって」
「ああ。まあ。なんとなく理由はわかる気がするからいいよ」
りおは、持っていたリュックを、バッとそこらに投げると、五条に向かって両手を伸ばした。
ガッと、五条の頭を引き寄せると、背伸びして、その唇にキスした。ガチガチに強張った震える唇を受けて、五条は目を見開いた。
だが、勿論拒まない。震える唇が離れていく瞬間、五条はりおの耳元に囁いた。
「ヘタクソ」
するとりおは、また五条の頭を引き寄せて、唇を寄せた。
ムキになっているのが明らかだ。
五条は、そんなりおを抱き寄せて、ドンッとりおの体を壁に押しつけて、ただりおから受けていただけのキスを自分の攻撃に変える。
「!」
無理矢理りおの口を抉じ開け、舌を探し絡めてやる。りおは、眉を寄せたが、それ以上は逃げなかった。互いの舌が絡まった。
「ベロチュー。5回目。本番だぜ、りお」
五条は、りおを抱き締めながら、再び耳元で囁いた。
「それは、てめえが一人で勝手に決めただけだ」
僅かに喘ぎながら、りおは五条を見上げた。潤んだ、その瞳。
「恋愛の法律は、自分達で作るんだろ?おまえだけで決めるな。10回だ。おまえと10回キスしたら、本番やってやる」
五条は、りおと視線を合わせながら、
「なら今キス2回したから、7回スタートな」
と言った。
「5回だッ。次で、6回ッ。6回からスタートッ」
耳を赤くしながら、りおは叫んだ。五条は、とうとう堪え切れずにブッと吹き出した。笑う五条を見て、りおはゆっくりと言った。
「俺が好きか、五条。おまえ、俺が好きか?マジに好きか!?」
五条は、りおを見つめた。りおは、耳まで赤くしながら、それでも、五条をまっすぐに見つめていた。
「真面目に俺が好きか?五条」
「・・・ああ」
五条はうなづいた。
「アンタをマジに好き、だよ」
うなづき、囁きながら、五条はりおを抱き締めた。
『ヤバイぜ。ヤバイぜ。俺、かなりヤバイ。洒落になんねえよ、桜井・・・。俺、落ちそう、だ・・・。こン人、マジで可愛いぜッ・・・!』
五条は心の中で思わず舌打ちしながら、呟いていた。

続く


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