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スースーと聞こえる寝息に、りおはハッとした。何時の間にか、ソファで五条が眠ってしまっていた。
りおは、リモコン片手に、ソロリとソファを覗きこんだ。確実に眠っている。
「なんなんだ、コイツ」
はて?とりおは首を傾げた。

五条の自宅訪問。
例の取引のせいだ。来たくない!と往生際悪くりおは駄々をこねたが、そんなことは勿論五条には通用せずに、無理矢理連れてこられた。
「今日は家に誰もいねえんだ、なんてありきたりなことぬかしたら殺すぞ」
「今日は、じゃないから、言わない。いつも、だもん。俺一人暮らしだから」
あっさりと五条は言った。
りおは、一瞬背筋がサーッとしたが、気を取り直す。
腕っ節に自信のねえ女子供じゃない。ましてや、喧嘩大好きのこの俺が、五条相手になにビクビクしてるんだ。
いざとなりゃ、そこらのもの使って、叩きのめしてしまえばいい。そう考えたら一気に楽になってしまったりおだった。

連れてこられた五条の自宅は、小奇麗なマンションだった。
コイツ金持ちか?と思いながら、りおは玄関のところでキョロキョロしていると、靴箱の上に置いてある写真立てを見つけた。
五条と、そして一緒に写っている女は。
「え?女優の美里奈々・・・。最近、よくクイズ番組とかにも出てる美人だけどボケボケの・・・」
「そ。なんか分野変えて売り出してるみたいだけどな。アイツ、演技のが上手いのに」
「もしかして、おまえのかーちゃん?」
「そう」
げっ!某女優の隠し子ってマジかよ〜とりおは思った。つーか、隠してねえじゃん。みたいな。
「に、似てねえな」
「おかげ様で」
五条はニコッと笑うと、りおをリビングに案内した。
「なにして遊ぶ?」
いきなり、五条はそんなことを言った。
「ガキか、てめえは」
「だって。考えてみれば、俺はりおのことほとんど知らねえし。まあ、それ知る為に今日は来てもらったんだけどさ。時間は腐るほどあるから、ゆっくりお互いを知ろうぜ」
「俺はおまえなんか知るつもりはねえよ」
ケッと、りおは肩を竦めながら、勝手に人の家のドアをバン、バンと開けていた。トイレ、風呂場、五条の部屋。そして。
「うわお。すげえ」
りおは感嘆の声をあげた。オーディオルームというのだろうか。
でっかいテレビが中央においてあり、ステレオ、スピーカー。パソコン。作りつけの棚には、ズラリとビデオテープが並んでいる。
「それな。ドラマとか芝居とか見る為に、おふくろが勝手に運びこんでいったんだけどさ。結構重宝してる」
「すっげえ。このビデオの山。あ、俺、この映画観たかったんだよな」
りおは、1つのビデオテープをスッと、棚から持ち出した。
「へえ。こーゆーの好みなんだ。ラブコメだぜ」
りおが差し出したテープを見て、五条はフッと笑った。
「い、いいだろ。俺、この女優好きなんだよ。それにおまえだって観たんだろ。あるのがいい証拠だ」
僅かに顔を赤くして、りおは五条を睨んだ。
「観てねえよ。おふくろが勝手にここに色々と持ち込んでいるんだよ。まあ、いいぜ。適当に観ろよ。俺も観るから。これで1つりおの趣味がわかったからな」
「う、うるせえな、いちいち。ほら、早く観せてくれよ」
五条は、カチャッとビデオをデッキにセットした。りおは、でかいテレビの前を陣取った。ポンッと、クッションが飛んできた。
「さんきゅ」
「どういたしまして」
そう言いながら、五条は部屋の隅にあるソファに寝そべった。


で。
ビデオが終わって、りおはハッと五条の存在を思いだし振り返ると、五条は眠ってしまっていた・・・と言う訳であった。
「しょーがねえな。もう一本観るか」
ズラリと並んだビデオテープ。ビデオの背には、きちんとタイトルと分野が書かれたテプラが貼ってある。
「こういうとこは、まあ認めてやってもいいか」
無駄がキライなりおは、「あのテープどこへ行った?」と、その時になってワイワイ探すのが大嫌いだった。
その点、五条はきちんとしている。まあ誉めてやってもいいぜ・・・とりおは偉そうに思っていた。
タイトルを見ながら、「うーん、うーん」と、りおは唸っていた。どうも心にヒットするものがない。
テープを出したりしまったりしながら悩んでいて、とある位置に来て、りおはキョトンとした。
「なんだ、これ?テプラがねえ」
タイトルがまるっきり書かれていないテープが、隅っこの方に何個か並んでいる。
「しょうがねえな。やるなら、きちんと徹底してやらなきゃダメだぜ」
りおは、その何本、正確には5本あったテープを棚から引き抜いた。
カポッと、テープを取りだしながら、とことことデッキの前に行き、りおは1本のテープをカチャッとセットした。
キョロキョロと辺りを見回し、そこらに無造作に置いてあったボールペンと、よく訳のわからないチラシを手にした。チラシの裏は白紙だ。
「うっし!」
ドンッ、とりおは再びテレビの前に座って、再生ボタンを押した。
ジジジ・・となんだかぶれた感じの画面が浮かびあがってくる。
ジャーンッと、すごい音が立派なスピーカーから漏れて、途端になんだか妖しい音楽に変わってしまう。
「?」
と思いつつ、りおは画面を見ていた。パッとどぎつい原色の画面があらわれて、タイトルがゆっくりと浮かんでくる。
「よし。なになに。えーと。麻巳子の桃色吐息。イヤよ・ヤメテ・でも、もっとして〜ん♪」
麻巳子、とチラシの裏にボールペンで書いてから、りおは、「ん?」とバッと顔を上げた。画面には、裸体の女が浮かびあがってきていた。カーッとりおの顔が赤くなった。
「どわあっ」
叫んで、慌ててりおは、わたわたとリモコンを探し、ブチッ★と画面を消した。一瞬固まり、そして、そろそろとりおは五条を振り返った。
「!」
五条は、ソファにあぐらをかいて、こちらを見ながら、ニヤニヤしていた。
「どーした?顔、赤いぜ、りお」
「・・・うるっせえっ」
「なに消してンの?観たいならば、観れば?それ俺のお気に入りなんだぜ。麻巳子ちゃん、可愛いんだ。他にも可愛い子揃いの良質なエロビデオだぜ、りおが持ってきたヤツ」
「うるせえ、うるせえ!」
ボーンッと、りおはリモコンを五条に投げつけた。
「てめえ、ホモの癖してこんなん観てるのかよ」
「正確に言うと、俺どっちもイケるの。どっちかっつーと、男が好きなだけ」
「だったら、それ、ちゃんと全校生徒の前で宣言しとけよ」
「わざわざ言うことじゃないっしょ」
五条は、トンッとソファから降りて、スタスタとりおの方に向かって歩いてきた。
「なあなあ。りおって、どういう女が好み?このビデオ、全部観ようよ。5人いる中で、どれが一番好きか、俺知りてえな」
「み、観ねえぞ、俺は」
りおは、サササと、這いつくばりながら場所を移動した。五条がすぐ側に来たからである。
「あのさあ。今時こんなエロビデオで、なんでんなに顔赤くしてんの?マジ、こっちのが照れるんだけど」
言いながら五条は、りおが逃げた方に方向転換して追いかけていく。
「赤くなってなんか、ねえよ」
やべ、やべ、とりおはズリズリと後ずさった。ドンッと壁にぶつかる。五条は鼻歌を歌いながらこっちに向かってくる。
「よく言うよ。すっげえ」
五条は、ストンとりおの前に腰を下ろして、
「あ・か・い・ぜ」
と、りおの耳元に囁いた。
「ぎゃっ」
ゾクッと、りおは体を竦ませた。
「なんで、耳元で囁くんだよ」
「りおに感じて欲しいから」
「なにをっ」
「俺の愛を」
ゾーッと、りおは体中に鳥肌をたてた。言い返す言葉が見つからない。あまりに寒過ぎて・・・。
「でも、こっちのが感じるよな」
めげない五条に、グイッと顎を持ち上げられ、りおは五条からの突然のキスを受けていた。あまりの素早さに、いつもの如く、抵抗さえ出来なかった。
「!」
キスされながら、りおは五条に腕を取られ、立ちあがらされる。
「メシ。そろそろ、メシ食おっか」
唇が離れると、五条はそう言って、クルッとりおに背を向けた。
りおは、ゴシゴシと唇を擦った。
「な、なに考えているんだ、てめえっ!なんでこんなことすんだよ」
りおの声に、五条は振り返った。
「4回目」
「えっ?」
「今ので、アンタとキス4回目」
「・・・そ、そんなにしてたか?」
りおは、指を立てて、考え込んだ。
「5回目で、本番行くぜ」
「はあッ!?」
バッと、りおは顔をあげた。
「俺さ。本当だったら、好みのタイプ相手に、ちんたらとキス何回もしてねえんだぜ。こういうのって、ある程度速攻じゃねえと、
相手その気にさせられねえからな。でも、アンタは初心い。仕方ねえから、慣れるのを待ってやってるんだぜ。でもあと1回。次は覚悟しなよ」
そう言って、五条はニッコリと笑った。
「な、な。勝手に決めるんじゃねえよ。バカヤロウ、アホッ!なにが5回だ。そんな法律どっこにもねえっつーの」
りおは、猛烈に顔を赤くして、抗議した。
「恋愛の法律は、自分達で作るもんだぜ。俺達、つきあってるんだからさ」
「つきあってねえっつってんだろ」
「りおが・・・」
「え?」
「アンタが俺と寝てくれたら、俺、ホモだって全校生徒の前で告ってもいいぜ。望むところだ。でも、アンタも道連れだぜ。そうじゃなきゃ、俺はカミングアウトはしねえよ」
「・・・」
「だってそうだろ。俺だけ損するじゃん」
その言葉に、りおはムッとした。なんたる勝手な言い分。
「どこが、損だ!男好きならば、ちゃんとそう言えば、そういう趣味の可愛い野郎どもが、てめえに殺到してくるだろうがっ。
言わねえから、女がおまえに次から次へと告っては振られて泣くんだろうが。罪なことしてんじゃねえよ、可哀相だろうが」
「確かに可哀相だけど、俺もそこまで勇気はねえよ。隠しておけるもんならば、隠しておきたい嗜好だ。女には悪いけどな」
平然と五条は言った。ますますりおは、ムッとした。
「悪すぎるっつーの!おまえ、そういうのは罪作りっていうんだぜ。立派に自覚があるくせにっ」
「悪いとは思ってるけど・・・。いいじゃん、別に。りおのことを振った訳じゃねえんだし。なんだよ、妙にムキになって。俺に振られた女の誰かが、アンタに泣きついたか?」
五条は、チラッとりおを見た。りおは、『鋭いっ!』と、ギクッとしたが、顔は平静を装った。
「そんなんじゃねえけどよ・・・。おまえみてると、むかつく。人の真剣な気持ち、弄んでいやがる」
「それ、りおが言うの?」
「え?」
「りおだって、そうじゃん。俺のマジな気持ちを弄んでる。俺は、アンタが好きって言ったろ」
途端に五条は、明らかに不機嫌な顔になった。りおは、ギクリと身を竦めた。だが、すぐに言い返す。
「弄んでる?どっこも弄んじゃいねえよっ。いつだって、なにすんだって、てめえが勝手にホイホイ決めて、俺を無理矢理動かすんじゃねえかよ」
りおの言葉に、五条は鼻で笑い返す。嫌な感じの笑い方だった。
「じゃあ、気持ちねえなら、動くなよ」
「・・・」
「根性みせて、その場に踏ん張ってやがれよ。アンタがフラフラするから、動かしちまうんだろ。俺はな。ちょっとでも動く相手には、容赦なくいくぜ。
それがイヤならば、フラフラすんなよ。人のせいにしてんじゃねえっつーの」
五条は、冷やかな目でりおを見た。背筋がゾーッとするような迫力のある瞳だった。
「っ」
りおは言い返せなかった。
五条に対して、自分が攻めあぐねていたのは、確かだ。それが、ぐらつきの原因だ。
茜とのことさえなければ、確かに自分は、こうまで五条のペースにはまることはなかっただろう。
俺が動かなければ、五条は動かせない。さっきハッキリと五条はそのようなことを言った。
その通りだと、りおは思った。自発的にコイツに告らせるのは無理だろう。時間をかければ出来ないこともないだろうが、そんな時間はない。
りおには、卒業が迫っているのだ。茜との約束を果たすには、自分が在学中の、あと半年もない時間だ。
「アンタ、なに考えてンの?なにか企んでいるのかよ。頭良くたって、恋愛経験皆無じゃ、俺にゃ勝てねえよ。こっちはマジなんだぜ。
この俺が、マジなんだぜ。俺が怖いならば、フラフラすんの止めてよ。びびってるなら、さっさと俺から退きな」
キッと五条はりおを睨んだ。りおは、そんな五条を睨み返した。
「・・・」
りおは、五条の言葉にムーッとしていた。
さっきから、コイツはようもベラベラと。ちょっとすごめば、俺が黙ると思ってやがるのか?
勝手なこと、ふきまくりやがってぇ!ブチッブチッと、りおのどこかの血管が何本か切れた。
マジがどうした!マジが怖くて、文字が書けるか!(意味不明)
「さっきからなぁ。言いたい放題言ってんじゃねえよ。恋愛経験皆無?あー、そうだよ。けど、んなの山ほどあるヤツが偉い訳でもねえだろ。
それに、誰がてめえを怖いって?てめえなんか怖くねえよ。誰がびびるって?てめえ相手にこの俺がなにびびることあっか!ふざけんな。
てめえ、俺に惚れてんだろーが。その惚れたヤツに、よくもヌケヌケと。ああ、わかったよ。こっちだって、マジになったろうじゃねえか。
五条、てめえとつきあってやる。つきあってやろうじゃねえか。怖くもびびってもいねえんだから、俺だって退かねえぜ!」
一気に言って、りおはぜえぜえと息を吐いた。そして、一瞬の沈黙のあと・・・。
「やりぃ。その言葉、待ってたんだ、俺」
五条はそう言って、ニッコリとりおを見て微笑んだ。
「へ?」
さっきまでの険悪な顔と声はどこへやら。五条は、とびきりのご機嫌ヅラでりおを見つめていた。
「やっぱり、俺っておふくろの息子だな。今回ばかりは、おふくろの血に感謝するぜ」
と、ニヤニヤ。
「・・・も、もしかして、結構芝居入ってた?」
唖然としながら、りおはおそるおそる五条に聞いた。
「結構どころじゃなく、ほとんどお芝居」
五条は、フフンと鼻を鳴らして笑った。
「て、てめえ・・・」
へなへなと脱力しかけたりおの肩を、五条がグイッと抱き寄せた。
「あっ。なにしやがるっ」
「メシ、キッチンに食いに行こうぜ。俺が作ったんだよ。りおの為に。俺、結構料理上手いンだぜ」
「手を離せ」
バシバシッと、りおは五条の手を叩いて、五条からササッと逃げた。
「いきなり、なれなれしいんだよ、てめえ」
叩かれた手を撫でながら五条は、
「今は逃げさせてあげる。でも、次は・・・。次は、逃がさねえぜ。キス5回目。本番含む。俺達、ちゃんと合意でつきあうことになったんだからそういうのがあっても当然だよな、りお」
「うるせーっ!」
りおは喚いた。五条は、笑いながら、
「お互いの目標、とりあえず達成ってところだな」
と呟いた。
「なんだと?」
りおは聞き返す。
「こっちの話」
五条はオーディオルームを、さっさと出ていってしまった。
またしても五条のペースにはまってしまったりおは、その場でバタバタと暴れた。
「ちきしょう、ちきしょーッ!なんで、俺は、いつもあいつに勝てねえ。この俺が、この俺がー」
五条の挑発にアッサリと乗って、合意のもとに交際スタート。
『ちきしょー。こうなったら、もう仕方ねえ。徹底的に弄んでやる』
りおはギリギリと爪を噛んで、息を整える。怒りを散らす為の深呼吸だ。
そうだ。当初からこの予定だったのだ。俺にしては、ちいと無駄な時間を使ったが、これでいい。
このまま、五条をこっちのペースに乗せて、そして、最後に思いっきり、成敗!
『最後に勝つのは、この俺様だ』
りおは、グッと拳を握りしめた。

りお卒業まで、あと数ヶ月。
なんとなく勝負のみえている愛?のバトルが、これからやっと、本格的に始まろうとしていた。

続く
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