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「りお。頼みがあるんだ」
りおは、廊下で突然呼びとめられて、まじまじと相手を見た。同じクラスの演劇部部長高幡信二だった。
「高幡。いきなりなんだよ」
「おまえのところの五条にさー。頼みがあんだけどよ。イマイチ俺じゃ説得する自信がねえんで、こうなったらもう小泉大名神に縋るより手だてがなくてサ」
高幡は、カリカリと鼻の頭を掻いている。
「五条に頼みだァ?よしてくれ。俺はアイツには極力関わンねえことにしてるんだ。他当たれ」
とつれなく言って、りおは高幡の横を通り過ぎようとした。
「そーか。さすがの生徒会長サマも五条は、苦手か。そうだよなー。完璧な小泉でも、1つぐらいは苦手とかあるだろうさ。
制御出来ないっつーのもあの五条相手ならばわかるよな。ふむふむ。なるほど、なるほど。あの五条だもんなァ」

ピクッとりおの右耳が高幡の聞き捨てならない台詞を拾いあげた。
「あの五条って、どの五条だよ?ああ!?高幡。てめえ、この小泉りお様が、制御出来ねえ人間なんていると思うのか」
りおの言葉に、高幡の瞳がギラリと輝いた。
「そこだ」
「あ?」
りおはキョトンとした。
「そう言ってくれると思ったぜ、りお。ああ、さすがは我旺風学園の誇る生徒会長だ。と言う訳で、五条にお願いごと頼んだぜ。
あの五条も、この小泉りお様には逆らえる筈はねえからな」

「まあな。俺がちょい命令すりゃ、あの小生意気な後輩もちょちょいってなもんだ」
フフフンと、勝ち誇ったようにりおはグッと胸を反らした。
「うおー。頼もしいぜ、りお。任せた。あとはもう完璧おまえに任せた。はい、これ台本。五条に渡してくれ。よろしくな」
爽やかな演劇青年のスマイルを、りおに向かって決めると高幡は、逃げるように廊下を去っていった。
「なんだ、これ」
りおの手に渡された本。台本って言っていたな・・・。りおは、パラパラとページを捲った。本当に台本のようだった。台詞が記されている。
「高幡め。なんで五条に台本なんぞを・・・?」
はてなと思ったものの、りおはとりあえずそれを丸めて、生徒会室に向かった。ちょうどそこへ向かおうとしていたからだった。


生徒会室では、新城と五条の笑い声が響いていた。
「おまえらなー。だれてやがるが、3日後の演劇部の上演会の準備は終わったのか?」
りおは、呆れたように言った。
すると、新城は
「全て完璧に手配致しました〜。あとは、決行を待つだけですぅ〜」
とヘロヘロと答えた。
新城は一応生徒会長席の椅子に腰掛けていたが、五条は会長席の机の上に腰掛けている。
そして、2人でなにやら妖しげな本を見てはゲラゲラと笑っていたのだ。
他の役員も、とくにすることもないようで、なんだかまったりとした雰囲気が生徒会室に漂っていた。

「りお先輩」
りおに気づくと、五条は机から降りて、りおに駆け寄ってきた。
「ほらよ」
バンッ、と五条の顔に高幡から預かった台本を押し付けると、りおは五条を無視して新城の側へと歩いていく。
「つれないな、先輩」
顔にめりこんだものを引き剥がし、五条は呟いた。
「当たり前だろ。お。新城、いいモン見てるなっ」
りおは、新城の肩越しから、机の上に開きっぱなしになっている本を覗きこんだ。
「でしょ、でしょ。ダチから借りたンですよ。これまじっすかね」
「合成だろ、合成。けどよく出来てるなー」
ペラペラとりおはページを捲った。
「Fカップはありますよね」
「Hぐれーあんじゃねえの?って、よくわかんねえけど、異様にデカイっつーのはわかる」
「もんのすっげえスよね」
新城は僅かに顔を赤くしていた。
「おうおう。どれどれ次なるページは」
と、りおがページを捲りかけたところへ、バシッと別の本が投げられて邪魔が入る。
「五条、てめえ」
バッとりおは顔をあげた。すると、すぐ横には不機嫌そうな五条が立っていた。
「いらねえっすよ、んなもん」
りおは、台本を拾いあげると、五条目掛けて投げ返す。
「高幡からのプレゼントだ。おとなしくもらっておけ」
「しよーもねえな。あの人も」
新城は、五条を見上げた。
「高幡先輩っつーと、演劇部の?ってことは、五条また例のアレ演るのか?今チラッと見たけど台本だろ、それ」
「演らねえよ」
五条はピクッと眉をつりあげた。
「なにおまえ。演劇の経験あんの?」
まったく事情を理解していないりおが、五条に聞いた。すると、五条が答える前に、新城が代わりに答えた。
「だってコイツ、某女優の隠し子ですよー。そりゃ演技しますって。中学の時に高幡先輩とコイツが演った劇がむちゃくちゃ好評で。あれは楽しかったぜ。なあ、五条」
「演ってる方は別に楽しくない」
「いや、あれは良かったって。なんせ中学と高校とフィールドも変わったし、いいじゃん。またやるんだろ。ロミジュリ」
ケケケと新城は笑う。りおは、台本には確かにロミオとジュリエットと書いてあったな、と思い出す。
「某女優の隠し子っつーのは、エセくせえがおまえが演劇をやるのは、初耳だ。まあ、んなこっちゃ俺にはぜーんぜーん関係ないことだがなぁ」
何故かエバッてるかのようにりおは言った。
「りお先輩。そうは言うけど、これは一見の価値ありな芝居ですよ」
といわれても、りおには全くどうでも良かった。芝居には興味がない。
だが・・・。新城の言葉に触発されて、五条がますます不機嫌な顔になるのが面白かった。
ついつい五条を見ては、りおはニヤニヤしてしまった。
気づいた五条が、慌てて不機嫌な顔を、いつものポーカーフェイスに戻してしまった。

「演れ」
りおは、居丈高に五条に向かって言った。
「はあ?」
五条が素っ頓狂な声を出した。
「その芝居。演ってやれ」
「やです」
「命令だぞ」
「ホントーにりお先輩って、いつでも強引ですよね。幾ら元生徒会長だからって、そんな権限ないでしょう。俺に命令出来るのは、俺の恋人だけです。
先輩が俺の恋人っつうならば、これはもう2つ返事でオッケーしますけどね」

と、五条は恋人のところに力を込めた。
「!」
っか〜!と、りおの頬が赤くなった。新城は、立ちあがってりおを振り返った。
「りお先輩。五条の恋人になってください。俺、絶対芝居見てえから!って、先輩、顔赤いッス」
新城が、りおの顔を指差した。りおはハッとした。
「うるせえ、うるせえ。とっ、とにかく!おっ、俺はてめえの恋人になんか絶対になんねえけど、これは命令だ、命令。俺の命令には素直に従え。五条忍」
と、りおは喚き散らした。
すると、目の前の五条は、ニヤリと笑う。
「そこまで先輩が言うならば・・・。まあ、先輩は俺の恋人じゃねえから大サービスですけどねぇ」
「恋人・恋人うるせえっ」
「命令きいてあげる。けどね。交換条件。りお先輩が俺の言うこと聞いてくれたら。1つだけ、俺のお願いきいてくれたら、高幡先輩と芝居演るよ」
「おっ、お願いって・・・なに?」
りおは、おそるおそる聞いた。
「俺の家に遊びに来て欲しいんだ」
と、五条はニッコリ★
「なーんだ。そんなことか。だったら、OK・OK。ねえ、りお先輩っ」
「なんでてめえが答えてるんだよ、新城」
ガアッとりおは新城に向かって吠えた。新城は、ヒィィと頭を押さえて、机の脇に座りこんだ。
「だっ、だってー。遊びに行くだけならばいいじゃないですかっ」
「てめえはっ。この俺が、五条の家に遊びに行くっつーのはな。それは、それは大変危険なことなんだぞ。
おまえは、狼の群れに羊を追い込むような発言を、気軽にすんな」

ボカボカと、りおは新城の頭を殴った。
「わー。なんで、なんで?りお先輩!?たかが遊びに行くぐらいっ。五条の家に女が行くって言ったら超危険だけど、
先輩は男じゃん。そんなに怒ることですか。危険なことなんて、なに1つないじゃないですかーッ」

事情を知らない新城がそう言うのは、至極まともなことである。
「うるへー。大体、なんで俺が交換条件なんぞ飲んでやらにゃあかーんッ」
ポカポカとりおは、新城の頭を殴り続けた。
「ま、そういうことで」
五条は、バタバタとやりあう新城とりおを眺めていたが、台本を手にすると、二人に背を向けた。
「あ、おい。待て。五条、待ちやがれっ」
りおは手を伸ばして、五条を呼びとめる。
「やーだね」
無視して、スタスタと五条は歩いていく。
「うぃーすっ。りお先輩、本日もおつとめご苦労様です」
出て行く五条と入れ違いに、小泉りお親衛隊達がどやどやと生徒会室に乱入してきた。
「てめえら。五条を捕まえろっ」
りおが叫ぶ。
「は?はいっ」
訳もわからず親衛隊達は、擦れ違って出て行った五条を追いかけて部屋を飛び出した。
「りお先輩、もう勘弁してくださいよー」
取り残された新城が、ピーピーと泣きをいれる。
「ったく。余計なことしやがってえ〜」
「でも、でも。とにかく!五条の芝居は一見の価値有りです」
「ふんっ。どーせ気障ったらしいロミオ役なんだろうが。アイツにゃよく似合う」
すると、新城はブンブンと首を振った。
「違いますよ。五条はジュリエット役ですよ。これがまあ、すっげえ綺麗なんですわ」
「あん?」
りおは、目を見開いた。目を見開いて硬直してるところに、親衛隊達がどやどやと再び部屋に戻ってきた。
「りお先輩。逃げられましたです。すみません」
その声にりおは我に返った。そして、スッと目を細めては息を吸い込む。
「ドアホー!てめえら、雁首そろえて、役に立たねえやつらだーッ」
キーンとりおの声が生徒会室に響き渡る。

なんだと、なんだと?
五条がジュリエット???そして、俺は、五条の家にご招待?
冗談じゃねえっての!


・・・冗談じゃなかった。
旺風学園名物演劇部の上演会。勿論りおとて、その存在は知っていた。
これは、この学園の演劇部が、常に優秀な成績を維持しているせいでもあり、かつ他校に旺風の名を知らしめる絶好の機会だ。
放課後から体育館で行われるこの上演会は、学園内の生徒だけではなく、他校の生徒も観覧自由なのだ。
近隣の学校の演劇部関係者はほとんど来るし、中々の盛況ぶりだ。


3日前、高幡がりおを呼びとめて、五条に台本を渡してくれと頼んだのは、つまりこの上演会が理由だった。
ジュリエット役の女性が急な事故で足を折り、代役の女性もコンタクトレンズで目を傷つけて眼帯する派目になってしまっていた。
さすがにそんなアクシデントが立て続けにあると予想してなかった演劇部は、慌てて交替の女性を探したが、勿論いなかった。
そこで白羽の矢が立ったのが五条だった。五条は中学時代に、この役を演じている。それも高幡ロミオ相手にだ。これ以上の好カードはなかったのだ。

運よくりおに頼んだせいで高幡は、ジュリエット五条を確保出来た。だが、りおは新城と、そして高幡を憎んでいた。
おかげで俺が犠牲になった・・・と、怒っているのである。

控え室に、新城と一緒になにげなく五条の様子を見に行き、りおは吃驚した。
「ごっ、ごっ、五条、てめえ」
「どう?似合う?」
全くもって完璧な美女がそこにいた。
五条は決して女顔ではないが、作りが元々綺麗な顔なのでメイクされても違和感がまったくない。
華やかな衣装も中々本格的でよく似合っていた。メイク係と衣装係は、うっとりと五条を眺めていた。

「うわー。なんか、中学の時より、また女っぷりあげたんじゃねえの。美人だぜ。忍ジュリエット♪」
新城は無邪気に感想を述べた。
「どうも」
と、五条は余裕に微笑んだ。
「もう五条くんの肌って綺麗だから、メイクする手震えちゃったー」
「私達だって、五条くんに合わせての衣装作り直すの大変だったけど、こんなに似合うならば徹夜した甲斐があったわよ」
「そうよねー」
メイク係と衣装係は、五条を取り囲んでは、やいのやいのと騒いでいる。
「デケージュリエット。こえー」
りおは、ボソッと呟いた。
「心配ねえっすよ。高幡先輩のが俺よか少し高いからね」
りおの呟きを聞き逃すさずに五条は答えた。
「それよか、てめえ!台詞は大丈夫だろうな。練習期間短かったんだろ。けど、みっともねえ舞台しやがったらぶっ殺すゾ。生徒会の名前に傷つけんなよ」
五条を指差して、りおはビシッと言った。
「はいはい」
と、そんなことをしている間に、
「中にいるやつら、これ体育館に運ぶの手伝ってくれー」
誰かが部屋の外で叫んでいた。
慌てて演劇部員達は部屋を出て行く。メイク係の女の子に、「生徒会長も手伝って」と新城が拉致されていった。
フラフラと頼りなく揺れていた入口のドアが、新城達が出て行った勢いに負けてバターンと勝手に閉まった。

あっという間に控え室には、五条とりおの二人きりになってしまった。
シーン・・・。
「あ。お、俺も手伝ってこよーっと」
そそくさとりおが部屋を出ようとした。その腕をガシッと五条が掴む。
「なにすんだよ、手を離せっ」
「みっともねえ舞台をしない為の、おまじない。これ効くんだよな。協力してよ。生徒会の評判落したくねえだろ、りお」
「は、あ?」
「唇、頂戴」
「!」
驚いている暇がなかった。目を見開いた瞬間に、五条の唇が近づいてきて、覆い被さった。
「〜!」
りおは硬直したまま、五条からの無理矢理なキスを受けていた。
「五条先輩ー!こんにちはー。お芝居やるって聞いて差し入れにきましたー」
バーンッと、閉まったドアが、そんな声と共に開いた。ガヤガヤと女の子達がノックもなしに控え室に入ってきた。
「きゃー。五条先輩、美人っー!」
「綺麗、綺麗」
「やだあ。本当に綺麗ね、五条くん。ビックリ〜」
「ありがとう」
その言葉と共に、五条は半分抱き締めていたりおの体を乱暴に突き放していた。
おかげでりおの体は、控え室の壁にめりこんでいた。
ガバッと壁から体を引き剥がすと、いきなり女の大群に取り囲まれてしまった五条を置いて、これ幸いとばかりにりおは控え室を飛び出した。

「くそっ。くそっ。なんなんだ、アイツ」
いきなりキスしてきやがってー!ゴシゴシとりおは唇を手で拭う。
掌に、赤い色がつく。一瞬血かと思ってドキリとしたが、それは五条の唇の色だった。口紅だ。

「げえっ」
まったく。あの手の早さには、どうしたって叶わない。
色事経験皆無のりおには、そういう雰囲気がほとんど読めないし、ましてや五条はありきたりなそういう雰囲気ですら突破して迫ってくるんだからどうしようもない。
こればかりは、俺の経験値が少ない為だなとりおは分析する。なんとかなんねえもんか・・・とりおはギリギリと爪を噛んだ。

「お兄ちゃん」
廊下を歩いていると茜の声。そして、その友達達だ。
「おう、茜」
デレッとりおは人相を崩す。茜は、りおにとって目の中に入れても痛くない可愛い、可愛い妹である。
「五条がお芝居演るんだってね。一緒に観ようよ」
ニッコリと妹はそう言う。
「や、やだね。俺は、んなのに興味ねえよっ」
最初は観ようかと思っていたが、控え室のあの1件で、一気にそういう気力を失っていたりおだった。このまま、帰宅しようと思っていたのである。
「なに言ってンのよ。そんなこと言ってると、例の作戦に遅れをとるわよっ。ねえ」
茜は、友達を振り返った。友達達は、皆うなづいた。
「彼女達は、無念をお兄ちゃんが晴らしてくれるって信じてるんだから。さ、行こっ」
茜に腕を取られて、りおは体育館に引き摺られて行ってしまった。


もう夕日が沈んで行こうとしている時刻に、旺風学園の体育館は盛大な拍手で揺れていた。
皆、席から立ちあがって拍手をしていた。

「高幡のロミオは相変わらず上手いな」
「ジュリエット役も上手かったぜ。おまけに美人。あんな子、うちの学校にいたっけ」
「っつーか、あれ男だと俺は思うぜ。デカすぎだよ」
「なにいっ!?」
「今回は、BGMの選曲が斬新だったな」
と、皆口々に感想を述べている。特別席に座っていた校長ら教師陣も拍手をしながら満足そうな笑みを浮かべていた。
幕が下がった会場には、熱気が渦巻いていた。

「むむ・・・」
りおは呆然としていた。
女(妹)のパワーで、イヤだというのに、前の方の席に強引に座らせられて芝居を見る派目になっていたが、
間近で観てしまったせいもあるのかもしれないが、とにかく五条はおせじぬきで上手かった。
五条には、こういう才能があったのか・・・と思わず低くうめいてしまう程であった。

「いや。なんつーか。五条のヤツ、まあまあ上手かったな。なあ、茜」
隣の席を振り返ってりおはそう言うと、茜の瞳は既にハートマークになっていた。
「あっ、茜!?」
胸の前で組んだ茜の指が、微かに震えている。
「茜、おいっ」
「黙ってて。幕が開くわ!」
「え?」
緞帳がスルスルとあがっていく。役者紹介だろう。場内に歓声が再び響いた。
高幡がマイクを手にしている。素早い彼らは、もう舞台衣装を脱いでいて、元の制服に戻っている。

「本日は、当学園演劇部のロミオとジュリエットにようこそおいでくださいました。ありがとうございました」
よく通る声で高幡がマイクに向かって言った。
台本通りの進行をしていき、客への挨拶、学校側への挨拶、役者紹介、裏方の紹介がテンポよく進んで行く。
とくに、ジュリエット役の五条のところでは声援が沸いた。
ジュリエットが五条忍であると紹介され、名前だけ聞けばほとんど違和感がなかったが、
舞台に立っているのは明かに学ランの男であることに男どもは驚き、女どもは黄色い声をあげる。
一応自分の名前を言う時は、五条は地声だったが、演じている時は少し声が違ったので変えるように意識していたのだろう。
全てを終えて、高幡が役者達一人ずつに感想を聞いていた。

「五条です。今回は久し振りに高幡ロミオと演じられて大変楽しかったです。部員ではないので緊張しましたが、おまじないが効いたようです」
そう言って五条は、隣の高幡に、劇中は敢えて避けたようであったキスを贈る。
「ぎゃーーーっ」
場内は女の悲鳴でいっぱいになった。りおは、そのパフォーマンスに、目を丸くしつつ、何故かムカッとしていた。
「はい。女性ファンへの大サービス。ヤローどもは今晩うなされないようにね」と、司会兼ロミオの高幡は平然としていた。
その高幡の平然さに、りおはふとあることに思い至った。

「あっ、茜。見たか、見たか、今のっ!ごっ、五条はホモだ。今ので証明された。なあ、茜」
ドンドンッとりおは隣の茜を肘で突ついたが、
「うるさいっ。きゃー、きゃー!五条カッコイイ!」
と、茜にゴインッと左手がパンチを返され、頬を殴られた。
「な、なんなんだよ」
クスンとりおは頬を擦りながら渋々再び舞台を見上げた。
そして花束贈呈のお決まりのシーン。
まずは学校を代表して校長から部長の高幡へ。
そして、それからは自由参加だ。おのおのがファンの部員に、持参した花束を壇上で渡すことが許される。
他校の演劇部関係者や、個人的にファンである者などが次々と壇上に上がって花束を渡して、握手などをしていく。

「お兄ちゃん!チャンスよ。五条のところへ行くのよ」
茜が今までの興奮をケロリと忘れたかのように、りおを振り返った。
「花束なんか持ってる訳ねえだろ」
ケッ、とりおは言い返す。すっかり拗ねてしまっていた。
「ええっ。なんで用意しておかないのよ。毎年こういうシステムだってお兄ちゃんだったら知ってる筈じゃないのっ」
「知ってたって、なんで俺が五条に渡さなきゃになんねえんだよっ」
「なによっ!五条に告られたくせにっ。お兄ちゃんは自覚が足りないのよっ」
「わーっ。てっ、てめえっ。デカイ声で言うな」
りおは慌てて妹の口を掌で塞いだ。兄妹がそんなことをしている間にも、どんどんと壇上では花束が渡されていく。
高幡は既に手に抱え切れない花束を貰っていたが、五条はその数倍だった。
「おおっ。五条め。あれは聖テレサ学園のマドンナ・宝来まどか様ではないか。あんな美人に花束なんぞ貰いおって」
「待て。次は暁の美人演劇部長・此花百合子さんだぞ。うおおー」
外野の声が耳に入り、兄妹は、ピタリと暴れるのを止めて同時に壇上を見上げた。
確かに五条に花束を手渡すのは、どれもこれも女で、それなりに美人ばかりだった。
そんな彼女達からの花束に、五条は普段はあまり見せない笑みを浮かべて礼を言っている。

「・・・」
兄妹は同時に、ムッとした。
「なんなのよ、あれ。相変わらず女ばっかり」
「デレデレしやがって」
同時に呟いて、二人はハッとした。互いに顔を見合わせては、ニッコリと微笑みあう兄妹。
「あーあ。ここで、お兄ちゃんが花束持っていけばなー。最高の演出だったのに」
「どこが。冗談じゃねえや。きしょいっつーの」
「でも、本当に上手かったな、五条。悔しいけど・・・。お兄ちゃんから聞いた話だと、アイツ台本貰ったの3日前だって話でしょ。
その割には、上手かったよ。才能あんのかな?」

「アイツは中学時代に、高幡と同じ劇やってるらしーからな」
「でも、それにしてもねー。色々細かいところとかあっただろうに」
「実際はアドリブだらけだったんだろう。高幡のヤローが上手いから、フォローしていたんだろう。まあ、あれだな。
やはりこの劇は、演劇部長高幡の才能が光っていたと。それに尽きるだろうな」

素直なのは取り柄だが、茜の前で五条を絶賛する訳にはいかないりおだった。
「おまじない」
ボソッと茜は呟いた。
「え?」
「五条のおまじないってなんだろ。緊張しないためのおまじないが効いたってさっき言っていたよね」
ゴホゴホとりおは咳込んだ。
「さてと。俺は後片付け手伝ってこよっと。演劇部員達では対応できないから、生徒会役員も協力してることだしな」
りおはガタタとパイプ椅子から立ちあがった。
「待って」
茜がりおの学ランを引っ張った。
「なんか知ってるでしょ、お兄ちゃん!耳真っ赤だもんっ」
「知らん」
これ以上追求されたら確実にボロが出るので、りおは全力疾走で体育から逃亡した。

五条は花束を壇上で受け取りながら、その花の影から、館内を走り去って行くりおの後ろ姿をちゃんと目に捕らえていた。
そして、密かに楽しそうに微笑んだ。


続く

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