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「お疲れっしたー!」
パチパチパチ★
小泉りお率いる生徒会も今日で最後だ。2年に引継ぎを終え、3年は現場から降りる。
2年の新生徒会長は、成績こそ五条に劣るが、知名度は抜群のりおの後輩新城みつるが後任についた。
五条はそのまま、生徒会に強制居残りだ。
「頑張りまっす」
新城は照れながら短く一言でそう言った。
「おいおい。んな弱気でどーすんだ」
りおが冷やかす。
「いーんですよ。小泉センパイ率いる生徒会が個性的だったから、うちらは地味で。なあ、五条」
「そうそう」
新城と五条は同じクラスだ。当然顔見知りである。
「来年はまた賑やかな生徒会になりそうだから、骨休みっすよ」
そう言って、新城はチラリと1年の生徒会メンバーを見ては笑う。
「そうだな。来年はもう完璧に決まってるもんな。なあ、君津に黒藤の幼馴染ペアよ」
新城の視線の先にあるものを確認して、りおは笑った。
「やだなー。もうセンパイってば」
君津と呼ばれた可愛らしい少年が元気よく言った。
旺風学園には毎年、必ずといっていいほど近隣の中学からの有名人が入学する。
元々西の旺風学園・東の暁学園と言われるほど、学校自体の知名度も高いのだ。
「ま。とにかく、生徒会っつーのは聞こえはいいが単なる雑用係だから、頑張れよ。新城。おまけに五条」
りおが言う。
「おまけ、とはつれないですねぇ。りお先輩」
フッと五条が笑う。
「おまえはおまけ。どーせ、役員に名連ねたって、幽霊役員にでもなるつもりだろうがよ。ったく、上がいねえと手を抜く典型的なタイプだからな」
「そんなに気になるならば、ずっと俺の側にいて見守ってくださいよ」
五条が至極真面目に言い返す。
「・・・てめえな」
りおは、ギロリと五条を睨んだ。
「調子に乗るな。五条ッ。小泉先輩への口の利き方をわきまえろ」
小泉りお親衛隊のむさくるしい男どもが、りおの目の前にズラリと立ち、五条を威嚇する。
「体育祭という一大事が終わるまではおとなしくしていろとの命令だったので遠慮していたが、もうそれも終わりだ。
我々は、これから先輩が健やかに穏やかにご卒業されるまで先輩をお守りしていく所存だ。おまえなんざ、さっさと先輩の目の前から消えろ」
りおは、椅子に腰かけオレンジジュースを飲みながら、ウンウンとうなづいていた。
生徒会引継ぎの儀式を終え真面目な時間が過ぎ去れば、あとは飲み食いの雑談パーティーに突入する。
この時の為に強引に余らせた予算をりおはフル活用し、寿司やらチキンやらお菓子やらケーキやらを購入した。生徒会役員だけの特権だ。
「おまえらこそ消えろよ。でかい図体がしょっちゅう周りをうろうろされたらりお先輩だって迷惑だろーが」
言葉こそ物騒だが、五条は無表情でそう言う。
「馴れ馴れしいぞっ。りお先輩などと恐れ多くも。だいたいキサマは最初からおかしなヤツだった。りお先輩の唇を奪うなどという暴挙にも出たことがあるし。キサマはホモかっ」
親衛隊の、中でもとりわけ熱烈らしいゴツイ男が喚いた。
「キス?」
あの時の騒動を知らない役員達がざわめき出す。
「だあっ!よ、余計なこと言うな、アホタレっ」
ガシンッと、りおは自分の目の前に突っ立つ猛者の、平らな尻を蹴り飛ばした。
のおおっとうめき声が聞こえ、猛者はドサリと前のめりに倒れた。
「小泉先輩とキスか〜。いいなー。俺もしたいかも」
1年生の君津が頬を染めて言った。
「あ、俺も。俺も」
黒藤が手を挙げた。
「君津・黒藤!俺はホモじゃねえっ」
中学の後輩である二人を、りおは怒鳴りつけた。
「五条も違うぜ。こいつ、女にモテまくりだもん。しょっちゅう告白されてるけど振ってばかりなのは、年上の女が好みとか噂されているし。
実際俺も、五条がキレーなOL風なおねーさんと夜の街を歩いているのを見たぜ〜。なあ、五条」
新城が言った。
「そうだな。俺は年上が好きだ。同い年とか年下なんかにゃ興味ねえぜ。年上の、すっごく綺麗な人が好きだぜ」
「贅沢モノめっ。だがしかし。だったら年上の女とくっついておればいいだろう。小泉先輩にちょっかい出すな」
ムクリと起きあがり、小泉りお信奉者は、猛然と言った。
りおは、心の中で、『おいおい。ソイツは、女とは一言も言ってねーぞ』と思った。
話の流れからしてみれば、新城の言葉を受けたあとに五条の言葉を聞けば、うっかりと『女』と思い込みがちだが、五条は特定していない。
コイツのこういうところが、恐ろしくやな感じだ・・とりおは心の中で舌打ちする。
しかも、告白済みな川田がいないことを承知で言ってるのだ。
川田は、可哀相に、こういう日に限って熱を出して休んでいる。つくづく哀れな男よのう・・・とりおは思った。
しっかしさ。しっかし・・・。すっごく綺麗な人ときたか・・・。
ふっとその言葉を噛み締めて、りおは我知らずに赤くなった。
りおは、もうすっかりなくなったオレンジジュースの入っていた紙コップを歯で押さえながら、ブランブランとさせていると五条と目が合う。
五条が、絶対確信犯的に、流し目をよこした。
『アンタのことを言ったんだよ』とでも言いた気に。
睨みつけて、りおはバッと紙コップを口から外すと、立ちあがった。
「さ。とにかく、俺は1年の苦労を食い物ではらすぞ。くっだらねー話になんかつきあってらんねえぜ」
テーブルにはズラリと並んだ豪華な食事の数々。
「これで立派なケーキがあれば、結婚式の会場みたいですね。豪華だよな〜」
誰かが呟くのが聞こえて、りおはフムと思った。ちょっち派手に買い込みすぎたかな・・・と。
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だから、なんで・・・。
りおは、うつむいてはさめざめと泣いていた。
こんな天気のいい日に。こんなデート日和に。
コイツと巨大レジャーランドに来ていなきゃなんねえ。
「りお。どーした、冴えない顔して。あ、ジュースこっちのが良かった?」
おまけに、すっかり呼び捨てにされている・・・。なんつーか、つきあうと一言も言ってねえのに、どーしてこんな事態に。
「こっ、これでいいっ」
「だったらさー。ま、いーや。次どこいく?」
五条は、園内の地図をベラリと広げては、真面目に考えこんでいる。
「よくねえっ!男二人で来てるビィズニーランドを真剣に楽しむな、バカヤロー」
りおは頭を抱えた。
「だって久し振りだからさ。いいじゃん。りおが決めないならば、俺が決める。スプラッシュトレインをもう1回」
「やだっ。あれ、気持ち悪くなる」
「んじゃ、アリスのミステリーツアー」
「正気か?」
「ボンボの乗り物」
「てめえ一人で乗れ。帰るぞ、俺は」
「じゃあどれがいいんだよ」
「アラブの海賊」
うっかり即答のりおであった。
「またかよ」
「いいんだよ。俺は、あの、プールくさい匂いが好きなんだよ」
「なんだかんだ言ってりおだって楽しんでンじゃん」
クスッと五条が笑う。
「うっせー。あのさ、俺さ、あそこのレストランで1度食事するのが夢だったんだよな。なんか楽しそうじゃねえか?」
りおは、五条の広げた園内マップを覗きこみながら言った。
「レストラン?」
「アトラクションの横にあるやつ。えーと、なんていう名前だったけな。あの薄暗いレストラン」
「そんなのあったっけ?」
五条は首を傾げた。りおは、ムッとする。
「知らねーのかよ」
「覚えてない」
「じゃあ、あとで見とけよ」
「わかった。女とつきあったことねーくせに、こういうとこ、良く知ってるな」
「茜によくつきあわされたからな」
「茜・・・って。ああ、あの先輩似の可愛い子・妹ね」
フッと五条の口元が緩む。
「なんで知ってるんだよ」
「好きな人のことは調べるタイプなんで」
そう言って五条は立ちあがった。
「じゃあ行きましょうかっ」
「あ、茜に手を出すなよ。幾ら俺に似て可愛いからって」
先を歩く五条を追いかけながら、りおが叫んだ。
「あ。結構並んでるぜ。おまけにあの団体が近づいている」
「誤魔化すな、五条!」
と言いつつ、確かにアラブの海賊の入口付近には、修学旅行生の団体がドッと押しかけてきて、あんなのに一斉に並ばれては順番が著しく遅れそうだった。
「はっ、走るぜ、五条」
「Let's enjoy」
ヒュウと口笛を吹きながら、五条は走り出す。
「こ、こら待て」
負けるもんかっ!とりおは追いかけ、そして五条をぬかして走りきった。
・・・結局。
男二人での巨大レジャーランドを思いっきり満喫してしまい、閉園時間を迎えてしまったのだった・・・。
閉園時間まで遊んじまった・・・という事実が、かなりりおを落ち込ませていた。
昔から、つきあったばかりの相手とは、ここにだけは行くなというジンクスがあるというのに、それを全く無視して本気でenjoyしてしまうとは・・・。
思って、りおはハッとした。
『つきあってねえ。そうだ。つきあってねえんだ。単なる友達同志っつーことで』
りおはでかいクッキーマウスのヌイグルミを振り回しては、一人でジタバタとしていた。
「りお。そのアクションはなんだよ。ぬいぐるみがすっ飛んでいくぜ。せっかく買ってやったのに」
「は、恥かしいンだよ」
「いいじゃん。おみやげだよ。先輩の可愛い妹サンにあげてよ」
「こんなもん茜に渡して・・・。おまえ、やっぱり茜狙いだな。茜の気をひきたいんだろ」
「なに言ってんだよ。りお、妹溺愛してんだろ。さっき、店入ってこれを見た時、茜のヤツが欲しそうだなって、呟いただろ。
妹が喜べば、りおも嬉しいだろうと思って、俺はりおの為を思って買ったんじゃん。それくらいわかれよ。ったく・・・」
「俺を喜ばすため?」
「そー」
りおをまっすぐ見つめながら、あっさりと五条は言った。
「な、なに言ってやがる」
と言いつつ、りおは不覚にも顔を赤くしてしまった。
ダメだ。どうもコイツのペースにのせられている・・・、とりおは思った。
今日だって、今日だって。ほとんど、コイツに奢ってもらってばかりだ。
けど、暑いと思えば言葉にしなくても、五条は飲み物を買ってくれるし、腹減ったと思えば五条は適当な店を選んですぐに入る。
なんて勘がいいヤツ・・・などとは思わない。それは、五条の観察の結果なのだ。
五条は自分をよく見ているのだ、とりおは気づいていた。
言葉を発しない前に、態度で敏感に悟れる器用な男。五条はそういう男だった。まるで一流のホストのようだ。
これじゃ、モテる筈だ。マメ男。そんでもって、ツラは文句ナシだもんな・・・。
りおは溜め息をついた。
「じゃ、ね。俺ここからバスだから。先輩電車だろ。気をつけて」
五条は手を挙げると、踵を返す。
「あ、五条」
「ん?」
りおは思わず五条を呼びとめた。五条は振り返る。
「きょっ、今日は。思いがけずに楽しかった。サンキュ」
チッと心で舌打ちしつつ、りおは素直に言葉を口にする。素直なのは、取り柄の1つだと自分で思っているのだ。
「男男交際も、結構いいでしょ」
「それとこれとは話は別だ」
「どこが。これって、立派にデートじゃん。いい加減認めることだね」
そう言って、五条は今度こそ走り出した。なにをそんなに急いでるのか。バスが最終なのかもしれない。
「これはデートなんかじゃねえぞっ。勘違いすんじゃねえよ」
「また明日。学校で」
五条は、てんでりおの言葉なんぞ聞いちゃいなかった。
ヤツのペースにはまってきている。
軌道修正しなければ・・・。りおはそう思っては、頭をブンッと1回振った。
そして、でっかいヌイグルミを抱え直して駅へと歩き出す。
一人っきりになってみると、改めて恥かしさがこみあげてきた。
園内では、こんな光景はあちこちで見られるから平気だったが、園内から遠ざかるにつれ、たちまち異様な光景となっていく。
ジロジロと、周りから妙な目で見られ、恥ずかしいのを堪えつつ、ひたすら歩いた。
ヌイグルミは本当にデカイ。りおですら、抱きかかえるのに一苦労だ。ビッグなぬいぐるみなのだ。当然値段も高い。
可愛い女子供じゃない、立派に青年のりおが、そんなヌイグルミを一生懸命抱えているのだ。
「あのおにーちゃんのクッキーしゃん、でっかい」
「まあ、ホントね。はりきっちゃってるわね、あのおにーさん」
擦れ違う親子連れが、クスクスと笑いながらの会話が、りおの耳に届く。
目立たない筈がない。なかには、あからさまに指差して笑う子供もいる。
りおは、思わず赤面した。
ブルブルとヌイグルミを持つ手が震えた。
今更ながらに、五条の企みに気づいたりおであった。
「くっそー!なにが俺が喜ぶと思って・・・だ!これって単なる嫌がらせじゃんかっ」
考えてみれば、五条とは家が近い。アイツがバスを使う筈がないのだ。同じ電車の筈だっ。
だから急いでいたのか、アイツ。
くぅ。よほどこの前のイロマサ事件が頭に来たのか。
執念深い男だ。もしかして、このデートも、五条のいやがらせだったのか!?グルグルと疑問がりおの頭を回るが、とにかく。
ちきしょーと咽び泣きつつも、まさかゴミ捨て場に捨てていく訳にもいかないヌイグルミを、汗ばむこの季節に抱え、
人々の好奇な視線に晒され、りおは羞恥をこらえながら帰宅を急いだのであった。
続く
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