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無理やりって趣味じゃねえけど・・・。
五条は、汗ばんだ自分の前髪を右手でかきあげながら、体の下に押さえ込んだりおの顔を見下ろす。
なんか、そういうイケナイ気持ちにさせる人だよね、アンタは・・・と心の中で呟いた。
さっきから、小泉りおは、ギュッと目を瞑って、唇を噛み締めていた。
五条は、クスッと笑って、りおの右足に手をかけた。含みやすいように、足をずらしたのだ。
「わ。五条」
深く開かされた下半身を自覚したのか、りおはパチッと目を開けた。
同時に、五条は、りおのペニスを口に含んだ。たぶん。まだ誰とも快感を分け合ってないであろう、無垢な凶器を。
「ううっ」
ビクンッとりおの体が跳ねた。空いてる手で、りおの滑らかな下腹部を押さえつけ、五条はりおのペニスを含み、そして舌で撫であげる。
唇と指を使って、自分の持てる限りの愛撫を丁寧に繰り出す。面白いように、りおの体がその度に反応した。
「やめっ。あ、やだって。やだよ、五条」
りおの両手がじたばたともがき、やっと五条の髪を掴んだ。
五条はそれを無視して、さらにりおの足を開かせた。
愛撫を施しているりおのペニスの先端からは、欲望が溢れ出しては、ソコらを妖しく濡らし始めていた。
「ひっ。あ、五条っ」
「ねえ。いつもはコイツの処理どうしてたの?」
五条は、りおのペニスから唇を離し、指だけで摺りあげながらりおを覗きこんだ。
「一人でやってたの?アンタの一人エッチってなんかすげえ興味あるんだけど。それとも、まさか。溺愛する妹にやってもらっていたなんてねえよな」
「へ・・・んたいっ。んなこと・・・あるか」
五条の指の巧みさに、りおはブルッと体を震わせながら、反論した。
「変態になりそー、俺。だって、アンタ可愛いんだもん」
言いながら、五条はりおの先端を親指でグリッと押した。
「あうっ」
大きく開いたりおの両足が跳ねた。
「いつも澄ました顔で大勢のヤツらの前に君臨してるアンタが、俺の前でこんなに大股おっぴろげて、喘いでいるなんてさ。すげえ楽しいよ」
「喘いでなんて・・・いねえよ。くそったれ」
あふっ、とりおは空気が喉にひっかかって、唇を震わせた。
「え?そうなんだ。喘いでないんだ・・・。へえ、そう。じゃあ」
フッと五条は唇の端をつりあげた。
「たっぷり喘がせてやるよ」
自分自身の体液で濡れた、りおの小さなアナルに五条は指を添えた。
「ココ。触ってるの、わかる?」
「止めろ」
「ねえ。ココをこれからどうするかわかるかよ?お得意のマニュアルで知ってる?それとも、さすがにそこまでは知らない?見かけによらずに純情な生徒会長サマ」
人差し指で、五条は赤く息づくりおのソコをゆっくりと上下に撫であげていった。
「んっ。うーっ」
ブンブンッとりおは首を振った。りおの頭には、先日妹から見せてもらった同人誌の、とある一コマが鮮明に浮かびあがっていた。
ああ、冗談じゃねえ。あんなこと、俺がされるなんて〜と思って、バタバタと暴れ始めたりおの様子を眺めては、五条はその答えを知る。
「知ってるんだ。へえ。どこでその情報仕入れたのか興味あるけどな」
クスクスと五条は笑った。
「そうだよ。ここに挿れるんだ。俺のコレをね」
言いながら、五条はりおのソコに、自分の半勃ちしたペニスを押しつけた。
「!」
その確かな感触に、りおは竦みあがった。
「大丈夫、まだ挿れないよ。ココをちゃんとほぐしておかねえと」
ツウッと五条の指が降りてきて、りおの未通のその穴に、グッと指を差し入れた。
「ひっ。う、ああっ」
りおは悲鳴を上げた。
五条の長い指が、ソコを押し入ってきたのだ。自分の下半身が、それによってひどく開いた気がして、りおはカアアッと全身が火照るのを感じた。
次に、グチュッと濡れた生々しい音が耳に響いて、りおは下半身を走る痛みに体を捩った。
「いてっ。いてえよ、五条」
「我慢してよ。処女も耐える痛みなんだからさ。ましてやアンタは、男でしょ」
言われて、りおはグッと唇を噛んだ。
けれど・・・。ズブズブと音を立てて、五条の長い指が何本か体の中に入ってくる時にもたらす痛みは、尋常じゃなかった。
おまけに、五条はその指を体の中で複雑に動かしてみせるのだ。
「ん。あ、ううっ。うっ」
ビクビクと体を横に捩っても、五条の腕が腰を引き寄せて、すぐに正面に戻してしまう。
逃げようがなく、りおは五条のその攻めにあまんじなければならなかった。
「つぅ。んんっ。は、あ・・・」
ひときわ大きく抉られて、りおは閉じていた目をカッと開いた。
膝を立てて、五条に向かって足を開いている自分。
その両足の間には五条の体があって、神妙な面持ちで五条は、自分ですら見えないその部分を弄んでいるのだ。
そのなんだかすごく惨めな気持ちに、りおは再びキュッと目を閉じた。
抉られていく指が、段々とリズムを持ちはじめ、りおは自分の股間がますます熱くなっていくのを感じた。
さっき、散々五条に舐められ、含まれたペニスが・・・。
「もう嫌だ。指抜いてくれ」
「まだだよ」
「いやだっ」
「だめ」
ニュプッと粘膜が擦れる音がして、五条の指が激しく中を行き来する感覚に、りおは腰が思わず浮いてしまうのを感じた。
なんで、だよ。こんなん・・・。違うって。お、俺・・・。おかしい。体が、おかしい。五条の、たった数本の指とかで・・・。意識が朦朧とかしちゃって・・・。
このまま、どうなっていくんだろうか。訳のわからない不安に、りおはゾッとした。
あの漫画みてえに、漫画の男みてえに・・・。この不気味な痛さが快感っつーのに変わっちゃって、よがったり、喘いで、挙句に五条におねだりとかしちゃうのか???
この、俺が。この俺様が・・・。
りおの頭の中では、茜が見せてくれた同人誌に載っていた、可憐な美少年が泣いて喘いで嬉しそうに体をくねらせている一コマがクルクルと回っていた。
「あっう」
五条がヂュッと突いたある一点に、りおは自分の頭からつま先までに、妙な感覚が走ったのを感じた。
「あれ?」
五条は言いながら、更に指でそこを突いた。
「や、うううっ」
りおは、首を振って五条の腕から抜け出そうと必死にもがいた。
やべ。やべ。今の感覚、なに?
「ここ?」
更に五条は、ソコを執拗に突いた。そうしながら、空いた片方の指は、りおの膨れあがったペニスを撫で上げた。
「やめっ。いやだって。くぅ。五条、嫌だっっっっ!」
前と後ろを同時に弄られて、りおは叫んだ。
「嫌って言う言葉。いつも思うけど、こーゆー時って、効果ねえよな」
そんなふうに五条が呟いたのと、りおのペニスが射精したのはほぼ同時だった。
放出の快感に、りおはピクピクと体を震えさせていた。
「すっげえ。今の瞬間、穴が締まったぜ・・・」
五条はりおの耳元で囁いた。
「気持ち、良かったんだ。りお」
笑いを含んだ五条のその声に、りおはすぐさま我に返った。全身が、恥ずかしさで戦慄いた。
確かに。今の、あの放出の瞬間は。目の前が真っ白になるくらい良かった。でも・・・。
相変わらず、五条の長い指は、自分の敏感なところに埋められたままだった。
「うっく」
自覚した途端に、りおはポロッと涙を零した。
「ううう。痛えよ、五条。お願いだから・・・指抜いてくれ・・・」
啜り泣きながら、りおは五条に訴えた。
「りお」
吃驚したように五条は、りおの顔を覗きこんだ。
「え。マジかよ。もしかして、泣いてる・・・!?」
五条の驚きは、そのまま自分の驚きでもあるりおだった。
自分が。こんなヤツの前で泣くなんて。しかも、哀願だ。アソコから指抜いてくれ・・・などというとんでもない哀願を。
情けなさと、それ以上に、これから自分がどうなるかわからない不安で、りおは涙を抑え切れなかった。
セックスって、こんなもん!?ただ、ただ、恥ずかしくて。痛くて。なんだかすげえ惨めで。
「ううっ・・・」
ポタポタと涙がシーツに落ちていく。
「りお・・・」
五条の指が、りおの顎に触れる。そのまま、顎を持ち上げられ、りおは五条と正面で見つめあった。
りおは、ばっとその手を振り払った。泣き顔をまともに五条には見られたくなかった。
だが、五条はりおのその手をギュッと握り、再び手を添え、りおの顔を自分の方へと向かせた。
「抜いて」
りおは五条を正面から見つめ、言った。
「やだね」
「なんでだよ」
「意地悪したくなる。アンタのそーゆー顔見てると」
「なんでっ。あうっ」
五条に抱きしめられ、キスされる。
相変わらず五条の指は、ねちこくりおのアナルを弄り回していたが、空いた手はりおの背を撫でていた。
りおは五条の膝に抱え上げられるように抱かれていた。
唇が離れて、りおはすかさず五条の肩に噛みついた。
「っつ」
五条の体が跳ねた。
「本では。俺が読んだ本ではな。嫌がったら、ちゃんと止めてたぞ。相手の男の方は。なんでおまえは止めない。俺が嫌がってるのにっ」
りおは五条の耳元で叫んだ。
「どんな本読んだんだか。けどね。時と場合によるって言葉知らない?その本の男、止まれるほど余裕があったってことだろうけど。生憎俺は止まんねえよ。
んな余裕もねえし。レイプじゃあるまいし。アンタも俺もマジ。マジ同士がセックスしてなにが悪い?ここまで来て、こいてんじゃねえよ」
五条は肩を押さえながら眉を寄せて、りおを軽く睨んだ。
「!」
ドサッと五条は、りおを押し倒した。有無も言わせずに、素早い動作で五条は、りおの膝頭に手をかけ、強引に腰を割り込ませた。
りおは、五条の言葉に愕然とした。
そうだよ。さっきから、ずっとひっかかってたこと。セックスが始まって、ずっと、ずっと考えていたこと。
マジじゃない五条に抱かれようとしている自分。
だから、こんなに惨めで・・・。
五条は、目的の為に、どうしても最後まで行き着かなくてはならないのだ。だから、嫌だと言っても止めないし、こうして意地悪く自分を抱くのだ。
不意にまた、むくむくと涙が込み上げてきた。
「離せっ。マジじゃねえくせにっ」
りおは、もがきながら、五条を見上げた。
「なんだって?」
五条は、キョトンとりおを見下ろす。
「俺に、ま、マジじゃねえくせに。知ってるんだぞ、俺は」
「なに、それ。なにを知ってるの?俺が過去どんなやつらと寝たか。何人と寝たか?とか。んなの、どうでもいいじゃん。過去は過去だよ。
俺ね、本来無理やりちっくなセックス大嫌い。でも、それでも止まんねえ。アンタがすきだから。抱きたいから。どうしても、やりたいんだよ」
「だから、それは」
「もう黙れよ」
ガッと噛み付くような五条のキスを受けて、りおは目を見開いた。
こんなんでごまかしやがって。誤魔化しやがって。いつも、いつも・・・!
バッシーン。
渾身の力を込めて、りおは五条の顔を引っぱたいた。さすがに、五条はりおの体の上から、ずり落ちた。
叩かれたショックに、五条は呆然としたように、りおを振り返った。
「おまえなんか、嫌いだ。やっぱり、おまえとなんか最後までしたくねえっ」
りおは、バッと体を起こし、ヒラリとベッドを飛び降りた。
「待てよ、りお。なんで、そんなに」
五条は腕を伸ばして、傍らを駆け抜けていこうとするりおを捕まえようとしたが、タイミングが合わずに逃がしてしまった。
チッと舌を鳴らし、五条もすぐさまりおのあとを追った。
一方のりおは、散々に五条に溶かされた体だったでは、いつものように機敏に動けずにいた。
りおは、部屋の半分まで来たところで五条に背中から抱きしめられて、捕まってしまった。
「離せよ」
「いい加減にしろよっ」
抱き寄せられて、今日で何度目かのキスを受けた。蕩けるような五条の巧みなキスに、カクンッとりおの膝が落ちた。
それを幸いに、五条はりおの体を、フローリングの床に押し倒した。
「やめっ。五条。いやだっ」
膝を抱えられて、両足を左右に開かれ、あられもない姿を五条に晒したと思ったのも束の間。
「いっ。痛えっ。あ、ああっ」
無理やり含まされた五条のペニスに、りおは息をのんだ。ヒクヒクとつま先が跳ねた。
「あ、あ」
指とは比べ物にならない、熱くて太いのものが、自分の奥に侵入してくるのを、ダイレクトに感じて、りおは仰け反った。
「力抜け、りお」
「無理・・・。出来・・・ね・・・」
拒むりおの体に、五条は無理やり自分のペニスをグイグイと突きいれた。
「ひっ。ううっ。あ、ああ」
りおの口から、悲痛な声が洩れた。
「なんで逃げるんだよ。受け入れろよっ!力を抜いて、俺を受け入れろ。どうして、だよ。アンタはいつも俺に意地悪しやがったろ。
こんな時ぐれえ仕返ししてもいいじゃねえか。それに・・・。本気でアンタを虐めようと思ってた訳じゃねえ。可愛いからなんだよ。
だから、ついって・・・。そんぐらいわかれよ。マジで逃げてんじゃねえよっ。どうして逃げるんだよッッ」
「ん、んぅ・・・。痛えよ・・・、五条。痛いって・・・。んんん。あ」
「だから、力を抜けよ、りお。頼むから、力を抜いて俺を素直に受け入れてくれよ。そうじゃねえと、痛いだけで終わっちまうだろっ」
珍しく五条が必死な声を出していた。りおは、霞む意識の中、五条を見上げた。
体。痛いンじゃねえんだよ。心が。どうしようもなく、心が。痛いんだよ、五条。
これが。本当に互いがマジだったら、俺だって逃げやしねえよ。けど。
誰かの代わりに抱かれるのって、冗談じゃねえって思うわけ。冗談じゃねえって。
今更だけど、思ったんだよ。やっぱり俺ってバカだよな。愛のないセックスなんて。したって、なんの意味もありゃしねえよ。
「うう」
りおは泣き続けた。涙が溢れて、自分でもどうしようもなかった。五条から与えられている体の痛みに泣いているのではない。
「そんなに・・・。痛いか、りお」
降ってくる五条の、心配そうな声に、りおは首を振った。
「おまえにゃ・・・わか・・・んねえよ」
わかるはずもないだろう。
こんなふうに、好きな男に抱かれなきゃいけない俺の気持ちなんて。悔しくて、惨めで。こんな結果を招いた自分の行動があんまりもマヌケで。
ああ、俺は大バカだ。だから、俺は、泣いているんだよ・・・。
「で。りおちゃんは、さっさとおまえをおいて逃亡か」
「まあな」
五条は、ダンボールの上に腰かけながら、やけくそ気味にタバコの煙を吐いた。
「卒業式前日に帰ってくるって言うから、実際会えるのは卒業式だろうな」
「ふーん。長いな。その間、ずっと五条は、悶々としてるわけだ」
お気の毒サマと付け加えて、桜井はニヤッと笑った。
「わけわかんねえよ。やっぱ、あーゆータイプ。この俺が、ここまで口説いたのって、初めてなんだぜ。なのにさ。まったく」
ハアと五条は深い溜息をついた。
「でも、待ってるんだろ。りおちゃんを」
「仕方ねえだろ。マジ惚れしちゃったんだから」
「そーなると思ったよ」
クククと桜井は笑うと、ガランとした部屋を見渡した。五条と桜井の賭けは、結果として五条が敗北を認めた為に、桜井の勝利で終わったのだ。
「オーディオ類。確かに一式いただきました。一筆書こうか?」
「いるか、そんなもん」
五条は苦虫を潰したような顔で、桜井を睨んだ。桜井は、そんな五条を見つめながら、肩を竦めた。
「五条。俺はおまえが羨ましいよ。ちょっとだけな。それほど夢中になれる相手が見つかって。手当たり次第に男漁っていたおまえが、
ノンケな男に落ち着くとは思いもしなかったけど、それもまた人生だな」
「どーなるかわかんねえぜ。相手はなんせ、めっちゃツワモノだ。セックスしたからって、おとなしく恋人になってくれるかわかったもんじゃねえよ」
フーッ、と五条は煙を吐き出した。
セックスしたから、なおさらこじれそうだ・・・とは、さすがにタラシのプライドゆえに五条は口に出すことは出来なかった。
大抵の相手ならば、寝る前にどんなにこじれていようとも、寝てしまえば元鞘に納める自信はあったっつーのよ・・・と、一人心の中で思う五条だった。
「りおちゃんが帰ってきたら、ゆっくり話し合うしかねえだろ」
ポンッと桜井の肩が、五条の肩を叩いた。
「そーするよ。このまま、水に流すつもりなんて、サラサラねえからな、俺は」
「やりすぎて、嫌われるなよ。ウブなりおちゃんに。じゃーな。またその後、教えろや」
パタン、と桜井が閉めていったドアを見つめながら、五条は吸殻を灰皿に押し当てた
結局あの日は、無理やりりおを抱く結果になってしまった。
欲しくて、欲しくて、たまらなくって。過去、あれほど、誰かと体を重ねたいという衝動に捕らわれたことはなかった。
両思いなんだから・・・。そういう気持ちが確かにあったにしても。あれはかなり強引過ぎた・・・と五条は反省していた。
結果、初めてのりおに対して、かなり最悪な初体験の思い出を作らせてしまった。
もっと、スマートにやる筈だったのに・・・。だが、いくら悔いても、あの時間は取り戻せない。
だから、せめて、これから挽回していこうと思って、次の日即効でりおを訪ねていったら、りおはすでに旅立って行ってしまったのだ。
「うちのおにーちゃん。思い立ったら、即の人で。かえってくるなり、リュックに荷物詰め込んで、パスポートと貯金通帳に握りしめて。
父が海外出張で韓国行くって言ってたら一緒に行っちゃって。ついでにアジアの国をグルッとあてどなく回ってくるって言ってました。
こんな自由出来るのも、今ぐらいだからって言って。今は韓国あたりで、キムチでも食べているんじゃないかしら」
りおの妹茜の言葉に、五条は、唖然としつつ、だがりおらしいとも思った。けれど。逃げられた・避けられた・・・というショックの気持ちが大きかった。
「昨日はごめん」という侘びの言葉すら、りおは聞きたくないほど怒っていたのだろう。
りおは海外脱出してしまったのだ。いつ帰ってくるのか?と茜に聞いたら、卒業式までには帰ってくるって言っていたと言う。
その後しばらくしてもう一度確かめたら、式の前日に戻るとの連絡があった、と茜は言った。
りおのいなくなった日本で、五条はもうなにもする気がなく、ただひたすら、ボーッとして過ごした。
そして、やっと迎えた、卒業式前日。
異常に長かった気がした。会えなかった日々を取り戻す為に、五条はりおの家に電話をした。
すると、りおの母が電話に出て「今、茜が駅まで迎えに行ってます。そろそろ駅に着くって連絡があったのよ」と、嬉しそうな声で言った。
ナイスタイミング!と、五条は上着を掴んで部屋を飛び出した。
駅までの道のりを走り、駅前まで辿りつく。駅舎に向かって歩こうとして、五条はふと広場に立つ銅像に目をやった。
ここで、りおと待ち合わせをしたのは、クリスマスイブ。なんだかすごい遠い日のような気がする、と思いながら、スッと五条は銅像の脇を通り過ぎようとした、その時。
すぐ向こうに、懐かしいりおの姿が見えた。りおの腕には、迎えに来ていた妹の茜がぶら下っていた。
「りお・・・」
踏み出そうとして、五条は僅かに躊躇した。
なぜ躊躇したかはわからない。もしかしたら、道路の方で聞こえた、車の急ブレーキの音が気になったからかもしれない。
いずれにせよ、一瞬なにかに気をとられたことは事実だった。気づくと、りお達は銅像のすぐ傍まで歩いてきていた。声をかけようとした瞬間、
「それからね。五条が何回か電話かけてきたよ」
そんな甲高い茜の声が、五条の耳に聞こえてきた。
「あ、そ」
返すりおの声は冷やかだった。
「お、お兄ちゃん。例の計画。その後どうなってるの?」
おずおずと茜がりおを見上げながら聞いていた。
「別に。どうもこうもねえよ。最初の計画通り。実行するぜ。おまえはなにも心配すんな。俺が体張ってまで、芝居したんだ。小揺るぎもしねえよ」
そこだけは、いつものりおの声だった。自信に満ちているような、あの独特の声。
「体張ってって。やっぱり・・・セックスしちゃったんだ。お兄ちゃん、なんにも言わずにすぐに次の日から海外行っちゃってさ。私、すっごく気になっていたのに」
「別に。おまえが気にするようなことでもなかった。どうってことでもなかった」
「そう?大変なこと頼んで、ごめんね。私、謝らなきゃってずっと、思ってたの・・・」
茜はシュンとしてしまっていた。りおは、そんな茜の頭を撫でながら、笑った。
「いいってことさ。おまえのおかげで、卒業前に楽しいゲームが出来たさ。退屈しないで済んだってことだよ。気にするな。それより茜、楽しみにしてろよ。
卒業式で、アイツのマヌケ面たっぷりと拝ませてやるからな」
「う、うん・・・」
そんなふうな会話をしながら、兄妹は仲良く肩を並べて歩いていった。
五条は、途中からは、もう銅像の影から出て行くことを放棄していた。
全てを聞き終えて、一瞬なにかの間違いか?と思ったが、そうではないことがわかった。計画。実行。楽しいゲーム。
「そうだよな」
あの兄妹の狙いは、最初から、この俺に報復することだった。
途中、マジになったせいで、都合の悪いことはすっかり抜け落ちてしまった。五条は自分の迂闊さに、舌を鳴らした。
「そーゆーことかよ・・・」
嫌がる筈だ。りおが、俺に抱かれるの・・・。
好きじゃなかったんだ、俺のこと。はじめから。ノンケの、ましてや好きでもない男に抱かれる行為なんて、そりゃ普通の男は嬉しくもなんともねえよな・・・。
つーか、拷問だろ、それ。
つーかさ。俺って、強姦しちまったってことじゃん。傷一つねえ俺のセックスの歴史に、超最低な傷刻みやがって、小泉りお!
「ざけんなよ」
なるほど、そーかよ。そーゆことかよ。
さすがは、小泉りおサマ、だぜ。恋愛初級のその自分の立場を、見事に有効に使ったわけかい。
嫉妬めいた態度も。あの震えるように初心いキスも。なにもかも。俺を堕とす手段だったっていうわけか。恐れ入ったね。さすがだよ・・・。
スウッと五条の切れ長の瞳が細められた。
「ヤロウ。100倍にして返してやる」
五条は駅を背にして、家への道を歩き出した。心の中は、さきほどとうって変わって、空虚だった。
『五条。俺。小泉』
電話の相手は、りおだった。かかってくると、思ったぜ・・・と五条はフッと笑った。
「りお。戻ってきたのか」
大袈裟に驚いてみせる。
『あ、うん。おまえには黙って行っちゃって悪かったな。なんつーか。顔あわせて言う気力なかったし。元々行こうとは計画していたんだけど。
オヤジの海外出張があって。一緒にくっついていった。色々回ってきたぜ。楽しかった。今度、みやげ話してやる』
電話の向こうのりおの口調はいつもと変わらない。まるで、あの日のセックスは、なかったかのような自然さだ。
「話はいいよ。モノホンのみやげは?」
忍び笑いに気づかれないように、五条は慎重に切り返す。
『あるかよ、んなもん』
「りおらしいな。んで、なに?さっそく明日のデートの約束?それなら大歓迎だけど」
『いや。それもいいけどさ。あのな。例の追い出しパーティーの花束。おまえ、俺にくれねえか。やっぱりおまえ以外からもらうアテなんて俺ねえしさ』
今日の電話の理由はこれだ。この約束さえ取り交わしていれば、りおは今夜絶対に電話してこなかった筈だ、と五条は確信している。
焦らすために、五条は僅かばかりの沈黙を受話器の向こうに流した。
『五条!?』
案の定、慌てたようなりおの声が受話器から聞こえた。
「もちろん。そのつもりだったけど。いちいちそれのために電話してきたの?」
『ま、まあな』
ほっとしたようなりおの声が聞こえて、五条は満足だった。
「確認か。きっちりしてんね。心配しなくても、俺はアンタ意外に花やるつもりねえし。だから、アンタも他の誰からも受け取らないでくれよ。
俺も晴れてカミングアウト。けっこー、緊張してる。今晩眠れないかもしれねえよ。りお、ちゃんとフォローしてくれよな」
『てめえでも、緊張するのか?超図太いくせに』
「うるせえな。俺は、繊細なんだよ」
『よろしく頼むな。で。卒業式終わったら・・・、あらためて会おうな』
「マジで?」
「なんでだよ。会っちゃおかしいかよ」
「いや。正直さ。避けられているかな・・・って思ってたし。アンタがそんなこと積極的に言うの初めてじゃん。デートはいつも俺から誘ってたし」
『たまにはいいじゃん』
「嬉しいよ、りお。じゃ、明日卒業式で。式辞頑張ってな。おやすみ」
『ああ、おやすみ』
電話を切った途端、五条は笑い出した。
「アハハハ。笑っちまう」
会う気なんかねえくせに。
ぬかりなく先手をうって、未来を匂わせて。
俺とアンタの未来は、追い出しパーティーの壇上に上がった時点で。綺麗に消失する予定になってんのになァ・・・。
ご苦労なこった。
チャッと子機を受けに戻して、五条はリビングを出た。
廊下を歩き、かつてのオーディオルームのドアを開いた。
部屋全体を埋めていたオーディオ類はもちろん全てなくなり、あるのはビデオテープの詰め込まれた本棚だけだった。
ポッカリと空いた壁が、寒々しいまでの白さを訴えていた。
「バカみてー。俺・・・」
呟いた五条の言葉が、シンと静まり返った部屋に、大きく響いた。
続く
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