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雲ひとつない晴天。そんな中、旺風学園第42期生の卒業式が行われる。
「以上。卒業生代表小泉りお!」
ステージで、りおの式辞が終わると、体育館に拍手が溢れ、あちこちでクラッカーが鳴った。
「これをもちまして、旺風学園第42期生の卒業式を終わらせていただきます。なお、卒業生・在校生は、本日午後17時から始まります
パーティーへの出席を義務づけられております。準備を整えてから再度この場所にお集まりください。ご来賓の皆様方におかれましては」
と、式典会場である体育館には、インフォメーションのアナウンスが繰り返し流れていた。
そう。旺風学園の生徒ならば誰でも知っている、卒業式後のこのパーティー。『通称追い出しパーティ』
学生にとっての、本当の卒業式は、このパーティーなのである。

体育館を出た下級生達はこれから、パーティーのセッティングに狩り出される。
忙しいのだ。追い出しパーティの準備には、OB・OG達もやってくる。
パーティーラストの主役となる、お花を持ってくるのは旺風大学の第一園芸部と第二園芸部の先輩方だ。
生徒会役員達は、この先輩方の接待に忙しい。
「りお先輩ー。お忙しい中すみませんが、五条先輩知りませんか?またいないんですよー」
体育館を出たすぐ脇のスペースでは、別れを惜しむ場面が、おざなりのように展開されていた。
その中でも、一際人だかりを作っているところにあたりをつけて、生徒会役員の君津薫が声だけを飛ばした。
すると、人垣の中から、卒業証書の入った筒がニュッと飛び出てブンブンと振り回された。
「知らねー」
続いてりおの声。やはり。この人だかりは、小泉りお先輩にお別れを告げる群れであったのだ。
「えー。もう。このクソ忙しいのに、なにしてんだろー。見つけたら、すぐに生徒会室に来るように言ってください」
「おう」
りおを取り囲む人々は、みな一様に淋しそうな顔をしているというのに、本人はやたらと元気そうな声だったので、君津は思わず笑ってしまった。
りお先輩らしーな・・・と。

一方のりおは、別れを惜しんでくれる人々とのやりとりを終えて、裏庭に来ていた。五条が大好きな、サボりの木。
「うらあっ」
ドカッと、大木の幹をりおは蹴飛ばした。すると、パラパラと緑の葉が落ちてきた。
「五条!さぼってんなよっ」
りおは、木の上に向かって叫んだ。
「うぃーっす」
声と共に、一層激しく葉っぱが舞い落ち、それと共に五条がヒラリと降りてきた。
「おまえなあっ!こーゆー時まで、マイペースなことしてんなよ。新城とか君津とか人手が足りなくて困ってるんだぞ」
「そーゆーの。面倒くさくって」
あふっとあくびをしながら、五条が呑気に言った。
「よく言うぜ。超マメ男が」
「恋愛は別だよ。むろんね」
ニッコリと五条は、当然のように微笑む。
「ったく。二重人格」
呆れるね・・・とりおは肩を竦めた。
「りお。久しぶり」
「あん?」
「久しぶりって言ったの。昨日電話では話したけど、面と向かって会うのは久しぶりだろ」
そう言われて、りおはハッとした。
「そ、そうだな・・・」
ふっ、と沈黙が落ちる。
りおは、今まで五条と一緒にいて、ほとんど沈黙が気になったことはなかった。だが、今日は違った。当たり前だろう。あと数時間で、この男との関係も終わるのだから。
「あのさ。謝ろうと思って」
五条が口を開いた。
「え?」
りおは聞き返した。
「イブの夜。最悪な初体験にしちまってごめんな」
「・・・」
再び沈黙。
りおは、いたたまれなくなった。なにもかも知ってて。それでいて、仕掛けたのは自分だというのに・・・。こんなふうに言われると、ここまで来た今でも、胸がズキンと疼いた。
「もうその話、いいよ」
ぶっきらぼうに言い返すことしか、出来なかった。
「・・・そだな。次にちゃんとやればいいしな」
ニコッと五条は懲りない笑顔だ。りおは無意識に唇を尖らせた。
『おまえこそ。念願の桜井とのエッチはどーなった?』と思わず聞いてしまいそうになった。
「無言になるなよ。次はもうナイってことかよ?」
「うるせえな」
ブンッと、りおは卒業証書の入った筒を振り回した。
「てめえは、人の顔見ると、いつでも本番だの、なんだの。そーゆー関係のことばっかだ。頭の中、それっきゃねえのかよ。色欲魔人」
「好きなんだから、しょーがないっしょ。そればっかりでも」
ごく当たり前のように言う五条に、そっち方面の欲が人より希薄なりおは、あんぐりと口を開いて呆れてしまう。
「ふんっ。あちこちで使い古したよーな台詞言われても、俺は別にビクとも」
と言いかけた瞬間、迫力の五条の美貌が近づいてきて、りおはビクッとした。
「なにす」
なにするんだッ・・・と、この距離では聞くまでもない。
いつも、いつも。この距離になると、訳がわからなくなってしまった。キスの距離。覆いかぶさってきた五条の唇を、りおは受けた。
熱い・・・。熱い、五条の唇。舌を誘われて、りおは我に返った。
「やめんかーいっ」
バシバシバシッとりおは、筒で五条の頭を叩いた。
「いて。いてっ、いてっ」
「こっ。ここはっ。学校だぞ。当たり前のようにキスすんじゃねえ」
「確かに学校だけど、裏庭で、俺らの他にゃ、誰もいないぜ」
「そうだけど、でも。駄目だ。学校ではこーゆー行為は。わあ、五条っ」
グイグイと五条は迫ってきた。
「キスぐらいケチケチすんな。彼氏を放って呑気に旅行に行っちまったくせに」
ドンッと背中が大木の幹にぶちあたって、りおは迫ってくる五条を見上げた。
「かっ、彼氏とか。そーゆー言い方も学校ではすんなっ」
「カレシ・カノジョ。いいじゃん。俺達、もう、セックスまでした仲なんだぜ」
五条の言葉に、りおはカーッと顔を赤くした。
「その単語も」
言いかけたりおの唇を五条は掌で塞いだ。そして、りおの耳元に囁いた。
「その単語も禁止?カレシ・カノジョ・セックス禁止。そして、こーゆーのも駄目なんか?なんでも、駄目・駄目。さすがに元生徒会長はお堅いね」
「当たり前だろ。ざけんな」
「つーかさ。アンタ、俺のこと嫌いだろ。イヤイヤばっかり。本当は好きじゃねえんだろ?」
「!」
パッと掌を放し、五条は再び無理やりりおに口付けた。
「んぐっ」
ガチッと歯と歯がぶつかって音がした。りおが右手に握っていた証書の入った筒が、ポトリと地面に落ちた。
ゆるゆると、りおの両手が五条の背に回った。
りおは、五条の舌を受け入れた。長いキスが終わったのは、向こうの方でりおを探す誰かの声が聞こえた時だった。
慌てて二人は体を離した。りおは、零れた唾液を掌で拭った。
「呼んでる」
「ああ。聞こえた」
五条は、筒を拾いあげ、りおに手渡す。りおは受け取りながら、五条を見上げた。
その視線を受けながら、五条は今度はニヤリと笑った。
「小泉先輩。あのね、忠告。内緒ごとをお話する時は、頭の上に気をつけてからにしなよ」
そう言って、五条は空を指差した。
「なに?なんだよ、いきなり」
突然五条が言ったことに、りおは反応しきれずに眉を寄せた。
「なんでもねえよ。じゃあね。あとで、ステージで。ほら、早く行きなよ」
「あ、ああ」
キスの余韻で、僅かに頬を赤くしながらうなづくと、りおは、声のした方に走って行った。


17時ピッタリ。
追い出しパーティーが賑やかに始まった。
生徒達は学ランやセーラー服を脱ぎ捨てて、思い思いに好きな格好をしていた。
体育館には、OBらの差し入れてくれた食事が用意されていた。それらを好きに食べながら、ステージでは下級生達の、卒業生に捧げるステージが展開されていた。
ライブ有、劇有、漫才有。とにかく、無礼講なのである。それらを職員達もズラリと勢ぞろいして、楽しげに観覧していた。
宴がクライマックスになる頃、ムーディーなBGMが体育館に流れ始め、照明が暗くおちる。本日のパーティーの司会進行役は、現生徒会長の新城だった。
ステージ正面左隅に設置された演壇に立つ新城に、パッとスポットライトがあたった。
「お待たせしました皆さん。宴はとうとう佳境を迎えました。我が学園のテーマは、ただひたすら、愛。愛がテーマです。愛にも色々な愛がありますが、
そこはこの場です。旺風学園で過ごした卒業生の皆様。この学園で得た愛を、今この場で披露していただくことに致しましょう」
新城の声がマイクから響くと、場はワーッと盛り上がった。あちこちから拍手があがった。
「毎年、変わんねえな。この台詞は。俺も去年言ったぞ」
りおは、クラッカーをつまみながら、クスクスと笑った。
「台本あるんだから、仕方ねえっしょ」
生徒役員の黒藤が、口を挟んだ。
「え?台本なんてあんの?」
同じく生徒会役員に無理やり引き込まれた転校生・柳沢凛が聞き返した。
「あるんだよ、凛ちゃん。来年生徒会長になったら、見れるぜ」
「そうは言うけど、絶対って決まりごとじゃねえんだよ。でも、新しく考えるの面倒くせえから、皆それで済ましちゃうんだよな」
笑いながら、りおはチラッと五条を見た。五条は壁にもたれかかったまま、眠そうな目をしていた。
「では。毎年恒例。ステージの晒し者達をお呼び致しましょう。まずは、42期生はこの人抜きでは語れない。さまざまな伝説を作った男。元生徒会長小泉りお先輩ーっ」
「りお先輩呼ばれてますよ」
柳沢がりおを急かした。
「ま、待て」
ゴクゴクとジュースでクラッカーを喉に流しこんで、りおは手を挙げた。パッとスポットライトがりおを照らし出した。
「おっと。そこにいらっしゃいましたね。さっさと舞台にいらしてくださーい」
ワアアアッと歓声と共に拍手が巻き起こる。
「はい。小泉先輩、拉致完了。次々いきますよー。モデルは顔じゃない!体だっ!と証明してくれた現役デルモのマイケル鎌田先輩、次の餌食でございますー」
「どーゆー意味だよ」
と、ムッとしながら鎌田は挙手し、やはり舞台目掛けて歩き出す。歩き方が、モデル風なのはご愛嬌だろう。やはり拍手と声援が起こる。
「水上の妖精・入間美由紀先輩。放課後のプールは、この方の水着姿を拝む為にカメラヤローまで現れました。ああ、あのナイスバディよもう一度♪」
「新城くん、セクハラー」
そう言いながら、入間美由紀も挙手し、舞台に向かって歩いていく。
「大垣博仁先輩。おや。この人は、誰でしょう。はい。来て、来て。マイクに向かって喋ってください」
ステージに駆け上がってきた大垣は、息を切らしながらも差し出されたマイクに向かって喋りだした。
「はい。コンバンハ。皆様。いかがでしたでしょうか?きょ〜うのチアガール達の華麗な舞いは。素晴らしかったですね。ええ。本当に素晴らしかったです。
ヤローどものはあとを見事にノックアウトしてくれました。最高でしたねぇ♪」
会場が一瞬の沈黙のあと、爆笑した。
「もうおわかりでしょう。顔は知らずとも声は知ってる。イベントごとに聞いていたこの美声。放送部部長の大垣先輩でした」
ぱちぱちと拍手が起こった。
「次は、麗しいですよ。ミス旺風の鈴木千賀子先輩。旺風の男どもはこの麗しのプレイガールに何人泣かされたか?川田元副会長の調査によると、
その数なんと二桁。詳しい数は述べずにおきましょう。美女には謎があった方がよいんです」
「50はいってないわよーん」
鈴木千賀子が挙手し、舞台に向かってミニスカートを翻して走っていく。千賀子ちゃーんと男どもの黄色い声援があちこちから飛んだ。
「ラストはこの男。ああ、ロミオ様。あなたはなぜロミオ様なの?ってことで、演劇部部長・高幡信二先輩。高幡先輩は、
卒業後にはあの有名な某劇団の一員になることが決定されているそうです」
「みんな、観に来いよー」
挙手しながら、高幡はそう言ってステージへの階段を駆け上がっていった。
ステージには、名を呼ばれた男女6人がズラリと勢ぞろいしていた。スポットライトが全員を照らし出している。
「以上。今年の晒し者は計6人。どれもこれも、下級生の皆様にはお馴染みの顔。そして、謎に包まれた彼らのラブラブライフが、本日この場で明らかになります。
んがっ。もちろん、主役はこの方たちばかりではありません。ステージ以外にいられる卒業生の先輩方。貴方がたもむろん主役です。
愛こそ全て!旺風初代校長先生の座右の銘。この学園で貴方が密かに育んだ愛を、どうぞ披露してください。愛がなかったといわれる淋しい方々。
ご存知とは思いますが、当学園自慢のひろーい校庭での、ラストスパートが待ってますので、悪しからず。でっは。いっちゃってくださーい」
新城の言葉と同時に、普段授業の終わりを告げるチャイムが、会場に響いた。
聞きなれたそのチャイムが、余韻を残して終わるとすぐに、今度は超有名な愛のテーマ曲が流れ始めた。
それが、この追い出しパーティーのメイン「卒業生大告白大会」スタートの合図なのだ。


会場の体育館では、毎年恒例司会進行役の現況報告が、BGMに重なって流れ始める。去年は、この役をりおが担当したのだ。
「うわー。いきなり、すごいことになってます。卒業生のおねえ様方。新任数学教師遠潤センセーに群がっていきました。やはり狙われていたんですねぇ。
ピチピチですからねぇ。おっと、保健の先生・通称みぽりんこと島田美穂先生にもヤローの先輩方が殺到してます。保健室は、いつでも心と体の。
とくにたまった体の、オアシス。これはどこの学校でも変わらないのでしょう。おっと。教頭先生からチェックが入りました。すみません。今のはカットでお願い致します」
新城の状況説明が、スピーカーからスラスラと流れていく。
「わたくし、野○の会の会員になれると思います。すごいです。自画自賛。あーっと。そこの山本先輩。あなたが今花を手渡そうとしているのは俺の彼女です。やめてくださーい」
私情のはいってる新城コメントを、爆笑で聞いていた生徒会役員達の群れる壁際の特等席。
五条が「さてと」と壁から体を起こした。第一・二園芸部が丹精こめて咲かせた花々の束を片手に、五条は歩き出す。
「五条先輩どこ行くんです」
「あそこ」
五条はステージを指差してニヤリとした。
新城は、ステージ下から顔をあげ、ステージをグルリと見渡した。
「ステージ下はスゴイことになってます。しかし、こっちは静かですねえ。と言っていたら。あ、来ました、来ました。下が混み合ってるので、
中々ここまで辿りつけない模様ですね。おっと。一番初めは、大垣先輩への花束だ。わー。大垣先輩おめでとー♪カノジョですか?」
「当たり前でしょ」
彼女から花束をもらって、大垣はニッコリと微笑んだ。スッと大垣が後退して、ズラリと並ぶ6人の列から1ヌケした。
「おおっと。次は入間先輩に花束だー。うおー。幸せなカレシですねぇ。色男。お似合いです」
「ありがとー」
入間も花束をもらって、ニッコリと微笑んで、列から抜けていく。
「はい。来ました、来ました。もう一人ステージにあがってきましたよ。ヨレヨレですねー。よっぽどここまで来るのが大変だったんでしょう。知ってますよ、渡辺先輩。
貴方が花束渡すのは、高幡先輩ですね〜。お二人は、中学の頃からのおつきあいだとか」
「そーです。けど、俺らはいつまでたってもラブラブだよな」
高幡は、彼女から花束を受け取りながら、相槌を求めた。
「ですね」
ちょっと照れくさそうに彼女がうなづいた。そして、高幡も列から抜けた。
「っと。はい、はい。ごちそー様です。えええ?も、もしかして、貴方は」
新城はステージにあがってきた女性を見て、キョトンとした。女性であるということは、今やもう、小泉りおか、マイケル鎌田のどちらかの筈だった。
「俺っす、俺」
デヘヘヘと頭を掻きながら、マイケル鎌田が新城に申告した。
「ごめんね。そーゆーことだったの♪」
花束を持った女性は、堂々と微笑んだ。
「おおっと。これはスゴイ。生徒と教師のイケナイ恋愛発覚。英語教師・前田春江先生とマイケルの恋。くうー。かなり禁断です。が。責めることは出来ない。
現校長先生も今の奥様は教え子だった!ちなみに大告白大会でくっついたそうです。あるんですねぇ。こーゆー恋愛。いや。おめでとうございます」
マイケルと前田教師は寄り添って、うなづいた。
「ああ。なんかこの司会、そろそろ疲れてきました、私。だが、ステージにはまだ注目人物が二人残っております。次は。ええ?うっそ。なんで、おまえ〜!
し、失礼しました。我が学年の隠れた有名人・五条がステージに上がって来たもので。つーことは?」
新城はマイクに向かって喋りながら、鈴木千賀子を見た。鈴木は、余裕の笑みを浮かべていた。
りおは、ステージにあがってきた五条をチラリと見ては、ドキッとした。
ほとんど無表情で、五条はりおを見つめていた。目が合っているのは確かだ。だが。五条のあの切れ長の瞳は、怒ってる!?
「!?」
目を合わせながら、五条は、残る鈴木とりおの前に立った。
「つーことは、こーゆこと」
つ、と最後の瞬間に五条はりおから目を逸らし、パサッと、鈴木に花束を渡した。
「!」
りおは、その五条の行動に、目を見開いた。頭の中が唐突に真っ白になった。
「まっじ〜?鈴木先輩の本命は五条でございましたか!いやあ、全然気づきませんでしたねぇ。プレイガールとプレイボーイ同士でよっくお似合いです。
あ、すっげえビックリ。いつのまに。でも、美男美女で、くそっ。お似合いだ」
新城の興奮した声に、りおはハッとなり、慌てて二人を見た。
「どうもありがと♪」
鈴木は、花束を受け取って、胸の造花を五条に渡した。
「おめでとう、お二人さん」
新城が叫ぶと、拍手が沸き起こった。
五条は珍しくにこやかだった。確かに美男美女で、よく似合いのカップルだった。
会場のあちこちから、ドヤドヤと衝撃の声があがっていた。


約束したのに・・・。
五条、おまえ花束渡す相手、間違えてるんだろ。なんで、そんなにニコニコしてるんだよ。そんな笑顔見たことねーぞ。
てか、おまえ、何時の間に、鈴木とつきあっていたんだよ。俺との約束破って、なんで鈴木に花なんか渡すんだよ。
りおは、五条を見た。すると、五条も視線を感じたのか、こらちをクルリと振り返った。
りおの瞳が、なんで?と訴えかけているのが五条にはわかった。
「ごめんなぁ。俺、アンタと妹の作戦、最初から知ってたんだよ」
五条はそう言って、舌を出した。
「なっ・・・!」
「残すところは、小泉先輩ですが。さあ、先輩のラバーはまだですか?実は、これ、かなり楽しみにしてる人多いんですよ。先輩は、私生活はかなり謎の人でしたから」
もうすぐ大役を終えようとしているので、新城はテンションの高い声だった。だが、そんな新城とは裏腹に、りおは顔面蒼白だった。
「やべえ」
りおは掌で口を押さえた。
今、わかった。五条が言っていたさっきの言葉。
内緒ごとは頭の上を気にしろって。
そうだ。そうだ。そうだ。俺はあの日、茜とあの話をした日。どこでした?
裏庭。裏庭の。あの大木の下。
五条のヤツ。確か、あの日はいなかった。授業に出ていなかった。5時間目もいなかったってヤツのクラスメート達が言ってなかったか?
さぼって。いつものように、アイツ、あの木の上でサボっていたんじゃねえのか?
五条は最初から・・・。最初から、知っていたのか。この計画を・・・。木の上で寝ていたあいつは、俺達の話を聞いていたんだ・・・!
「おー。ステージ下でも告白が済みつつありますねぇ。幸せそうな顔もあれば、泣き濡れている顔もあり。人生を象徴してるかのようです。で。小泉先輩。お相手まだですか?」
事情を知らない新城は、ニコニコしている。りおは、いったん俯き、そして顔をあげて、にこやかに新城を見た。
「幕の準備しろよ」
「は?」
「俺の相手、来ないから。絶対に来ないから」
「ええええ?」
新城がマイクに向かって叫んだ。
「来ないんだよ」
「つーことは、りお先輩。校庭30周コースですか?」
その新城の声に、会場がザワザワとざわめいた。
「イエース。3年間、まるで愛のなかった我が同胞。一緒に校庭走ろうぜ」
りおが、両手を振り上げて、ステージ下に合図を送ると、パラパラと反応する声があった。
しかも、少なくない。愛こそ全ての旺風にあって、それでも愛に恵まれなかった人々は確かにいたのだ。
「前代未聞ですね。ステージでカップル成立しないっつーのは・・・」
「俺らしくって、いいじゃん。最後まで、小泉りおらしくていいだろ」
ニヒヒとりおは笑って、前髪をかきあげた。
「しかし、超注目人物なんですけどね・・・。ある意味確かに小泉先輩らしいというか。いや、それにしても・・・」
うわ、どうしよう・・・と、新城は明らかにうろたえていた。が、愛のテーマが、折りよく終わったので新城はハッとした。
「で、では。皆様、それぞれの愛の告白は終わったとみまして・・・。カップル成立の方々は、お幸せに。振られちゃった方々は、明日があるぞ!
愛のなかった淋しい人達はひとっぱしり。とにもかくにも。我が旺風学園で培った様々なことを忘れずに。卒業生の先輩方。卒業本当におめでとうございますー」
ヤケクソのように新城が言った。
新城の言葉に、「おめでとうございますー」と在校生達が復唱した。
体育館を揺るがすようなその声がひいていくのを合図に、明るい曲が流れた。拍手喝采の中、ステージの注目人物達が動き始めた。
舞台の一番袖にいた大垣が彼女と手を繋ぎながら去っていく。
その次に、入間もやはり彼氏と手を繋いで去っていく。次にマイケル・鎌田が前田教師をリードして歩いていく。
高幡が、ちょっと心配そうにりおを見てから、やはり彼女と共に歩き出した。
「りおせんぱいー。やばいっすよ。台本と違いすぎっすよ」
新城がマイクを離れて、すぐ傍に立っていたりおに声かけた。
「俺は元々走る予定だったんだよ」
「そ、そんなぁ。どーいうこったっすか、それ」
「るっせ。もう終わったことだろ。いいじゃん。走ってくるよ、ちゃんと」
りおは、スッと鈴木と五条を追い抜いた。
「待てよ。なんか俺に言うことねえのかよ」
五条の声。りおは、振り返らずに
「おまえの勝ち。俺の負け。そんだけ」
「へえ。そうなんだ。あっさり負けを認めちゃうんだ。噂に高い小泉先輩相手だったから、どんなに苦しい勝負になるかと思ったら、
たいしたことなかったな。ちょろいもんだったぜ」
五条の挑発めいた台詞に、カーッとりおの頭に血が昇った。
「勝負?勝負になんかなりゃしねえだろ。てめ、はじめから計画知ってたんじゃねえかよ。勝負もクソもあっかよ」
りおはバッと五条を振り返った。
「ああ。知ってたよ。人が呑気に昼寝してたら、あんたらが勝手にしゃべっていったんだろ」
やっぱり・・・。りおは、グッと拳を握りしめた。
「マジになる筈もねえ出来事を、賭け事の対象なんかにしやがって。汚ねえヤツだよ、てめえ」
「賭け?なんだよ、それ」
「しらばっくれるな。桜井との賭けだよ!」
りおの言葉に、五条はギョッとした。なんでバレてる!?
「待てよ。桜井との賭けってなんで。なんでそんなことりおが知ってるんだよ」
「へっ。完璧だったおまえの計画に唯一のミスか?ざまーみろ。俺は知ってるんだよ。おまえが桜井と賭けしてたことな。
面白がっていたくせに。なにがマジだ、だ。どこがマジだ。俺を賭けの対象にして遊んでいやがったくせに」
「だから。なんでりおがそんなこと知ってんだよ」
「聞いたんだよ。盗み聞きだけどな。ゲーセンで桜井が、ダチにそう言ってるのを。おまえは賭けに勝った。望みのものが手に入ったか?
良かったな。おまえは人の気持ちを平気で弄べる冷淡ヤローだ。最低な男だぜ」
「えー。ステージ上はものすごいことになってきました。もしかして、これって痴話げんか?」
激しい勢いでやりとりしている二人に圧倒されながら、ボソッと新城はマイクに向かって呟いた。
すでに、体育館を退場しようとしていた人々が、バタバタと中央に集まって、再びステージに注目していた。
「人の気持ちを弄ぶ?それはアンタだろ。アンタに俺の賭けのことが言えるか。最初に、アンタが俺を弄んだんだろう。
可愛い妹のお願い聞いてさ。俺を成敗しなきゃ、パソコン弁償だろーが。そのために、アンタは俺に近づいてきたんじゃないか」
「!」
「それなのに、一方的に偉そうに俺を責めるなよッ」
「そーだよ。そーだよ。そのとーりだ」
りおの握り締めた両の拳がブルブルと震えていた。
「おまえの言う通りだよ。確かに俺が先に近づいた。下心があってな。それは否定しねえよ。俺ははじめは、そのつもりだったんだ。
けど。途中から予定変更になっちまったんだよ。俺はおまえに本気になったのに。おまえはあんな賭けをしていたんだ。そんなこと知っちまって、
どうしてまだ、おまえにマジこいていられるよ。怒って当然だろ。当然じゃねえかっ」
語尾が僅かに震えたものの、ステージ上にいない生徒達は、きっと気づかなかっただろう。
語尾の震えと共にうつむいたりおの目から、涙が零れたのを。
頭の中が熱い。
りおはそう思った。男小泉。最後の最後で、こんなみっともねー姿を晒さなきゃなんねえなんて・・・。
俺に怨みがあるのは知ってるが、これじゃあんまりだろうが、五条忍!と心の中でりおは愚痴った。
「五条。いい加減にしろ。てめえはもう引っ込め」
りおの涙に気づいた新城は、マイクの存在を忘れて、叫んだ。
「うるせー。新城、マイク貸せっ」
五条は新城を振り返って怒鳴った。
「な、なんだよ」
五条の迫力に僅かにビビリながらも、新城はマイクスタンドからマイクをはずした。
マイクには、やはり園芸部員が丹精込めて育てていたであろう可憐な花々がセットされていた。新城は、そのマイクを五条に放って投げた。
「りお。りお」
五条はマイクを手にしながら、別段マイクにむかってなにかを喋ったりはしていない。普通に、りおを呼んだ。
「うるせえな。気軽に人の名前呼ぶんじゃねえよ!」
ゴシッとりおは、目を掌で擦りながら、怒鳴った。
「りお。あのさ。その賭け。何時ごろ知った?もしかして、イブの夜の付近だろ。そうだろ」
りおは、唇を噛み締めた。
答えは戻ってこない。だが、答えないりおは、肯定の証だ、と五条は苦笑した。
ああ、そうか。と思った。だから、りおはイブの夜に約束をぶっちし、あれほどセックスを拒んだんだ・・・。
五条はそう思った。単に、ビギナーだから怖がってる?と思っていたのは浅はかだった。最中に、りおは言った。
『俺に、ま、マジじゃねえくせに。知ってるんだぞ、俺は』
あれは、あの賭けを知っていたから、出た言葉だったんだ。賭けについて、俺は完璧に隠していたから、まさかりおが知っていたとは微塵も思いもしなかった。
桜井め・・・。今度会ったら、覚えてろっ!
けど。マジだと思っていた。イケると思っていた。それなのに、りおの態度の豹変を、ずっと疑問に思っていた。
りおが日本にいなかった時間。気持ちは伝わっているものだと思っていたのに。なぜ・・・と。ずっと考えていた。
りおの言う通りだ。あんな賭けのことを知ってしまったら、素直な気持ちになんてなれないだろう。疑うに決まってる。
ましてや俺達は、突然に、作為的に、始まった関係だったから。
でも。嫉妬めいた態度も、不器用なキスも・・・。やっぱり、あれはりおの真実だったんだ・・・。
そう思うと、五条の気持ちは、ますます強くなった。
・・・俺は、アンタを諦めきれない!
「なあ、りお。俺と桜井との賭け。言ってみ」
ふと、五条の声が、フワッと優しくなった気がして、りおは顔をあげた。すでにりおの両目は真っ赤だった。
「・・・賭けの対象言ってみ」
もう一度五条は言った。
「おまえが勝ったら桜井手に入れて。桜井が勝ったら、おまえの家のオーディオ類一式持ってかれる」
りおは正確に賭けの対象を述べた。うん、と五条はうなづいた。
「俺の家のオーディオ類。一式、もうねえんだけど。部屋来いよ。なんにもねえんだよ。持ってかれたんだよ。根こそぎ、ゴッソリ。
なあ、この意味わかるか?頭のいいアンタならわかるだろ。俺、負けたんだよ。俺は賭けに負けたんだ。本気に、なったんだよ」
えっ!?とりおは目を見開いた。
五条が負けた?五条が負けた?負けを、認めたのか・・・?
それは、つまり・・・。いや、でも。コイツのことだ。どんなどんでん返しが待ってるかわかんねえ。その言葉、まんま信じてしまう訳には・・・。
りおの混乱を遮るように、五条の言葉が耳に響いた。
「鈴木先輩、ごめんね。わがままにつきあってくれて、ありがと。でも、俺やっぱり。こん人、好きなんだ。チャンスあるならば、まだ諦めたくねえって思うんだ。すみません・・・」
五条は、言いながらポンッと、りおにマイクを投げた。りおは、マイクを両手で受け取った。
「恥をしのんで最後のお願い。りおの花、頂戴。おまえの本気を俺に頂戴。おまえの心が欲しいんだ」
りおは、マイクについている花をジッと見た。
これを返せば、五条には「ごめんなさい」だ。望む通りの展開だ。
最初から、こうなる筈だったんだ。こうする筈だったんだ・・・。
りおはマイクをギュッと握って、五条を見つめた。五条と目が合う。
「・・・」
どうにかなるだろ。いつも俺はそう思って行動してきた。自分を信じて。やらなきゃわかんねえ。とにかく、行動しなきゃ。進むか退くか。
自分を信じて・・・。今はこの目の前の男を信じて・・・。
というか。やっぱり、俺。信じたいんだよ、な。
「茜。ごめん」
りおは呟き、マイクを捨てて、胸についている造花を引き千切った。
「仕方ねえな。くれてやらあ」
ポーンッとりおは、それを五条に向かって放り投げ返した。一瞬、場内がシーンと静まりかえった。
「新城、幕っ」
りおが真っ赤な顔で叫んだ。
「うおっと。あまりの展開に呆然としてしまいました。つーか、これ。五条の求愛にOKなんですね、小泉先輩。五条は凍りついてしまっているようですが・・・」
「やかましい。幕だ、幕」
つかつかとりおは、演壇の新城に近づいていくと、その胸倉を掴みあげて喚いた。
「ぼ、暴力反対。幕、幕。裏方さん。至急幕をよろしくー。でも、とりあえず、物好きな小泉先輩、五条をよろしく〜♪先輩の伝説が、また一つ刻まれましたねー。
あ、ステージ後方の皆様には、このやり取り聞こえてなかったでしょーが、後日新聞部の号外でお楽しみくださぁい♪詳細は五条に聞き出しておきますので〜」
新城が代わりのマイクの電源を素早くONにして、言った。すると、会場から拍手がドーッと沸きあがった。
幕はスルルと降り始めていた。
「ねえ、新城くん。まさか、私、マラソンやらされるんじゃないでしょーね。私は五条くんに頼まれて、今回のイカサマに乗ったんだからねぇ」
半分幕の降りかかったステージ上で、鈴木千賀子が新城に詰め寄っているのがマイクを通じて聞こえた。
「ああ。いいですよ。今回は五条に走ってもらいますから。それぐらいは五条にやってもらいましょー。りお先輩泣かした罪は重いですから」
「やかましーっ。泣いてねえっつーの」
これまたりおのでかい声が響いてきて、ステージの向こう側の一般人達はゲラゲラ笑い出した。挙句にマイクからはゴンゴンと物騒な音がもれてきた。
「いてっ。いてて。だから、痛いって、先輩っ。こら。五条。呆けてねえで、先輩を止めろ〜」
ストーンッとタイミングよく幕が完全におちた。
ざわめきの余韻を残しながら、今度こそ本当に生徒達の退場が始まった。
「五条くん。ホモだったんだー。どーりで泣いた女がいっぱいいると思ったわよ」
「ねー。意外。でも、小泉先輩とだったら、理想のホモかなー。見目麗しいカップル」
「うおー。小泉せんぱぁいっ。ホモだったならば、迫っていればよかったー」
「うう。りお先輩が、あんなタラシ男とくっついてしまうなんて〜!」
あちこちで、ラストの二人に対しての感想が述べられていた。


「あっかね」
茜は、ジッと幕のおりたステージを見つめていた。だが、友達に呼び止められて振り返った。今回の茜の計画の、真の目的を知っていたのはこの二人だった。
「加奈子。由紀」
「目標達成おめでとー」
すると、茜はニッと笑った。
「イエーイ」
友達同士でパンッと手を合わせた。
「なんとか纏まってくれたねえ。感動」
「うんうん。感慨深いよー。一瞬、すげえあせった。マジでおにーちゃん、五条に痛い目あわせちゃうかなって。したら逆になっちゃって。
あれれ?って、どきどきしてたら、ハッピーエンド。やれやれ。でも、これでマジもののホモの漫画描けるよ」
「バッチリだね♪」
退場する人々に背を押されながらも、女3人は肩を並べて会話を進めていく。
「お兄ちゃんから、いつでも情報引き出してあげるからね。リアリティあるもの書けるわよー」
「よろしく頼むわー」
きゃー♪と女達3人は楽しそうな悲鳴をあげた。
「ねえねえ。茜はどうして五条を選んだの?りお先輩の相手」
加奈子の質問に、茜はクスクスと笑った。
「簡単だよ。私が五条先輩を好きだったから。二人がくっついてくれたならあって。でもねえ。さすがに自分の兄をホモに仕立てるのは難しかったヨ。
お兄ちゃんが五条先輩に惚れるのは予想出来たけど、五条先輩がちょい不安だった。なんたって相手は百戦錬磨のツワモノだったからねえ」
茜は、過去を振り返り、フーッと溜息をついた。
成敗、成敗と兄を煽り、五条に接近させたまでは結構うまくいっていたんだけど、途中でちょっと辛くなったんだよね・・・と。
本気で悩んでいる兄を見て、どこで真実を話そうかといつも悩んでいたのだ。
だが、ここまで煽ったんだから、一発ぐらいはヤッてもらわねば・・・とそういう不埒な心があったことは否定できない。
というか、そればっかだった気がする。腐女子な妹を許してっ!と茜は兄に心の中で手を合わせた。
「そこがさすがに小泉先輩だよね」
由紀の言葉に、茜はハッとした。
終わりよければ、全てヨシ。兄も笑って許してくれる・・・だろ。いや、一発ぐらいは殴られるのを覚悟しなきゃ・・・とは思う茜だった。
「うんうん。そうだよ」
加奈子は、ポーッと頬に手をやって、うっとりとした顔をした。
「あの五条先輩をなんだかんだ言って、バッチリモノにしちゃったもんねー。お、おまえの心が欲しいんだ・・・なんて言わせちゃって。きゃあ〜★」
「ちょっとかなりはずかったね、あの五条先輩の台詞」
ポリポリと茜は鼻の頭を指で掻いた。
「いいってことよ。ところで、茜はさすがにおにーさまの気持ちをよくわかっていたわね」
「当然でしょ。ずっと一緒に暮らしてきたんだから」
それに、あんな単純でウブな人、我が兄ながらそうザラにいないわよ・・・とは、心の中だけで呟いた。
「私達、振られてバンザイってヤツ?ねえ、由紀」
「そうだよね、加奈子!オタク女は、ただじゃ振られないわ。って、茜。次の本は、どーゆーテーマにしよっか?」
「そーねー。お兄ちゃんモデルじゃ、可愛く素直な受けはムリね。俺様受けなんて、どう?」
茜はニヤッと笑った。加奈子と由紀は顔を見合わせて、茜と同じようにニヤリと笑った。
「いいね。顔は可愛いけど、態度マックス俺様な受け。たまにはそれで行くか」
「おっし。決まり。次のイベントはすぐそこよ。ガンバロー」
「おにーちゃんが私のパソコン駄目にしたから、色塗れないのよねー」
その会話を背後で聞いていた卒業生達が「?」と怪訝な顔をしながら、茜達を追い越して体育館を出て行った。


日も落ちた真っ暗な旺風学園の校庭。
りおの証書は生贄となり、遠藤教師に捕らわれの身となったが、五条がゴールのテープを切ったので、晴れてりおの手元に戻ってきた。
「小泉。五条がテープ切ったぞ。しかも新記録出して。お疲れ言ってやれよ。それと、ほれ」
「どーもっす」
遠藤から卒業証書を返してもらい、りおはホッとした。
「小泉〜。おめでとな」
遠藤はニヤニヤして小泉の肩をポンッと叩いた。
「ありがとーございまっす。世話になりました」
「ちゃうぜ。卒業おめでとうじゃねえよ。カレシのことさ」
言われて、りおは、カアアッと顔を赤くした。
「きょっ、教師が生徒からかうなよ」
「いーじゃん。おまえ、もう生徒じゃねえもん」
「あ。今、卒業したんだな、俺」
りおは、ポリッと頭を掻いた。
「俺もおまえみたいなヤツ好きになれば良かったなあと、過去を振り返ってみては思ったり。俺の相手、バカだったからなあ」
「な、なんだよ、いきなりっ。遠潤、ホモかよ」
「お仲間だよ、小泉」
ギュウッと遠藤に抱きしめられて、りおは悲鳴をあげた。
「センセ。人のカノジョにやめてよ、気軽に触るの」
ハアハアと息を切らして、五条は戻ってきた。
「おっと、これは失礼。おう、五条ごくろーさん」
「ういっす」
「んじゃな。とっとと帰れよ、お二人さん」
そそくさと遠藤教師が、りおから体を離して、去っていく。
「おつかれ。ざまーみろ」
きしししとりおは笑った。五条はムッとした顔になったが、
「自業自得か、俺」
流れる汗を拭いながら、五条は苦笑した。
「たりめーだろ」
「りお。とっとと帰ろーぜ。あー、疲れた」
五条はパタパタと手で顔を仰ぎながら、さっさと校庭を後にした。
「じゃあなー。お世話様でした。んでもって、残ってるやつら頑張れよー」
りおは、校庭に居残る教師や、生徒達に手を振って、五条の後を追いかけた。
「なあなあ。これでおまえの家のオーディオルームが健在していたらぶっ殺すぞ」
「ヘイヘイ。そん時は、煮るなり焼くなり好きにして」
後ろをしっかりとついてくるりおを振り返って、五条は照れたように微笑みながら、言った。
「うっしゃ。卒業」
トンッとりおは、正門から一歩踏み出し、校舎を振り返った。
「おめでと、りお。でも、これからもよろしくな」
「それ、まだ。おまえの家に行ってから」
「あ、そ」
正門付近では、まだ卒業生達や在校生達があちこちでたむろしていた。
りお達の姿を見かけた下級生達が、口々に「小泉先輩。おめでとーございます」と言ってきた。
りおは元気に、「あんがとなー。おまえらもいい学園生活をなー。世話になったなー」と手を振って応えていた。
「そっちのおめでとうじゃねえと思うけどな」
ボソッと五条は呟いたが、りおには聞こえなかったようだった。りおは、無邪気に後輩達に手を振っている。
「鈍感め」
クススッと五条は笑った。
小泉りお。本日、卒業。ついでに交際経験ナシ歴18年からも、とうとう本格的に卒業・・・!?。


ドアを開けて、りおは部屋を見回した。
「なくなってる・・・」
五条の言葉は正しかった。確かに、あれだけ部屋を埋め尽くしていた黒光りのする立派なオーディオ達はいなくなり、ただの真っ白い部屋になっていた。
『茜。つくづくすまねえっ』と、りおは心で妹に詫びた。だが、りおもいずれ、真実を知る時は来るだろう。
「だから言ったじゃねえかよ・・・」
五条は、りおの背後に立ち、部屋を眺めた。
「だいたいな。今回のこと、はっきり言って、りおが一人でバタバタしていたからこじれたんだぜ」
「な、なんでだよ。おまえは桜井と賭けしたじゃんか」
「したけどさ。それは、りおに本気になる前のことで・・・。俺があんたに一生懸命だったのは、桜井と寝たいからじゃなくって、単純に惚れたから。だったのにサ」
溜息までおまけにつけて五条が言うのを聞き、りおはムッとした。
「そんなのわかるかよっ」
「なんでわかんねえかな・・・。俺、あんなに必死だったのに」
「必死だったら、もっとわかるもん。なのに、おまえはどっか上の空だったりしてた」
「そりゃ。途中までは、マジなのか?って計っていた部分もあったよ。俺はアンタの計画を知っていたわけだし。けどな。
アンタが桜井の存在に嫉妬めいた態度を取った時。あの時から俺はイケると確信した」
げ。やっぱりバレてたか、あん時のこと・・・。
りおは、カッと顔を赤くした。しかし、五条は気付かず、更にグイグイと続けた。
「なのにさ。イブには待ちぼうけくらわされるは、セックスは散々拒まれるは、いきなり旅行に行っちまうし。なにがなんだかわかんなくてよ」
「俺だって。色々あったんだよ。だいたい、てめえはずるいぞ。言葉と態度両方でグイグイきやがって。有無も言わせねえほど強引で。もっと相手のペースに合わせろ」
「やだね。初級の恋愛モードなんてかったるくて」
「なんだって」
クリッとりおは、振り返った。すぐ後ろに立っていた五条と目が合い、りおはウッと言葉に詰まった。
「か、考えてみりゃ、この部屋のオーディオって、女優のかーちゃんが買ってくれたもんだろ。てめえの金じゃねえじゃん。ちょい、なくなったって惜しくもなんともねえだろが」
りおは、バッと部屋を指差した。
「そりゃそーだけど、俺は気に入って重宝してたんだ。あんな賭けさえしなけりゃ、誰にも譲ったりなんかしてねえよっ」
ムッと五条は言い返した。
「ふんだ。ざまあみろ。わりーことすっと罰当たるんだよ。けけけけ」
仁王立ちで腰に手をやり、りおは笑った。
「か、可愛くねえ・・・」
五条はジトッとりおを睨んだ。
「人の気持ちを弄んだのはそっちだってそーだろーが。んとに、なんでそう偉そうなんだよ。こっちのマジな気持ちを勝手に誤解して一人でクルクルしてやがったくせに」
「なになに?おまえのマジがなんだって?」
カカカカ笑いながら、なにもなくなってしまった部屋を、「気持ちいー」とりおは眺めていたが、耳に入ってきた五条の「マジ」という言葉に反応した。
この単語には散々悩まされたから、敏感になっていたのだ。
「こっちのマジを勝手に誤解してクルクルしてやがったくせに」
五条は、りおの耳たぶを引っ張って、耳元で叫んだ。
「って・・・。ジジイじゃねえんだ。聞こえる・・・」

五条のマジ=本気。
五条と、デートした。
もう数え切れないくらいキスした。
イブの夜に待っててくれた。
セックスした。
旅行から帰ってくるのを待っててくれた。
花束?貰った。
全部、全部、五条は本気で、マジな気持ちで行動してくれていたんだ・・・。そう思うと、りおは、今更ながらに嬉しくなった。
「う・・・」
赤くなる自分の顔に、これは照れだと自覚する。これは、照れ・・・。
あれも、これも、それも、全て、全て。賭けの為ではなく、五条の本気。マジな気持ちでの行動だったのだ。りおは、慌てて五条から顔を背けると、俯いた。
「ごめん」
ボソッと呟いた。
「あ?」
五条は聞き返した。
「わりい。俺の・・・。早とちり。そう。俺はおまえの気持ちを確かめなかった。でも、確かめるの、なんか怖くて・・・」
言いながら、自分の耳が熱をもっていくのに、りおは気づいていた。
「俺が悪かった・・・」
「素直じゃん」
「取り柄だ」
えへんとりおは胸を張った。五条は、赤くなったりおの両方の耳朶をグイーッと引っ張った。
「いてっ」
「すっげえ、素直じゃん。りお」
「やかましい。てめえ、耳離せ」
パッと五条はりおの耳から手を離すと、りおを抱き締めた。
「アンタは・・・。やっぱり可愛いな。全体的に意地っ張りなんだけど、本能的にちゃんと素直で。そこがすげえ可愛いの。俺のやられた原因っつーとこかな。
アンタのそういう可愛さは、俺のツボをつく。駆け引きできねえところが、むちゃくちゃたまらねえよ」
「きっしょくわりー言い方すんじゃねえ」
ダアンッとりおは五条の足を踏みつけた。
「つっ」
パッと五条の手が緩み、りおは五条の腕から逃げ出した。
「いいか。今回のことは、なんつーか。俺ら引き分けって感じかもしんねえ。だが。こっからは、俺達は対等だ。俺は。てめえのふりかざす恋愛論なんざ、
ぜってーに素直に受け入れたりなんかしねえぞ。今までのやつらと一緒だと思って、ヘラヘラかるーくつきあおうと思ってるんだったら、吠え面かくぜ。覚えておきな」
ビシイッとりおは、五条の顔の前に人差し指を突きつけた。
「なに、それ。なんで俺に宣戦布告?なんの為のだよ」
五条は言いながら、りおの人差し指を押し込んで、中指を引っ張った。ドカッとりおは五条を蹴飛ばした。
「てめえの今の態度のよーなことも大いに懸念して、俺は言ってるんだっ」
「ああ。なにかっちゅーと迫りたがる、俺への警告っつーことか」
フウンと五条はうなづいて、今度は自分の中指を立てて、りおに突きつけた。りおはバシッと五条の手を叩いた。
「いいよ。受けて立つ。対等っつーけどさ。元々のスキル違うんだけど、まあいいさ。りおのしたいようにすりゃいいさ。俺もしたいようにすっから」
スーッと五条の切れ長の瞳が細められた。ギクッとりおは、身を竦めた。
「つーことで。あ、俺。これからクラスのやつらと飲み会だから」
そそくさとりおは踵を返した。
「待てよ」
「いや、待たねえ」
「待てって」
ガバツと五条がりおを背中から抱きしめた。
「愛してる」
耳元に五条はヒソッと囁いた。
「りおを愛してる」
ゾワワワと腕の中のりおが震えたのに気づいて、五条は三度囁いた。
「愛してるよ。りおは?俺達、まずこっからスタートだろ。今まではなんか誤解も多々あったようですし」
「う。うるせえ。んなこと言わなくてもわかってるだろ。だから、言わない」
「あ、そうなんだ」
ふっ、と五条は、舌でりおのうなじを舐めた。
「言わないと、色々なとこ舐めちゃうぜ」
「や、やめろ。きさま〜!」
ガシッと五条の両腕がりおの体に絡み付いている。りおは、それを解こうと思ってジタバタしているがビクリともしない。
「く、くそっ。くそ、離せえっ」
五条は、りおの薄茶の髪に唇を寄せながら、ニヤニヤ笑っていた。
「場所を変えてもいいよ。りおが言いやすい場所とか。たとえば、俺のベッドの上とかな」
グッと後ろ髪を引っ張られ、りおの顔が上を向いた。
「ぎゃっ★首の骨折れる〜!」
りおは絶叫した。そこへ、有無も言わさず斜めから五条の顔が重なり、キス。
「んんっ〜ッ」
クタッと力が抜けたりおの体を五条はひょいっと抱き上げた。
「なにしやがる。てめえ、おろせ」
りおは、五条の前髪を引っ張ったが、五条は僅かに眉を寄せただけで、平然としていた。
「お互いやりたいようにやるって決めたろ。あんたはあんたの決めたことを実行すりゃいいだ。俺もそうするから。アンタが言いたくないならば、俺は言わせるまでだから」
ニッコリと五条は微笑む。りおは、グッと唇を噛んだ。
「ちきしょう。さっそくこれかいっ。ふざけんな、バカヤロオッ」
五条は、足でバンッと自室のドアを開けた。五条の部屋は、だだっ広い。広いが、そこにはベッド一つしかないのだ。
りおの顔色がみるみる間に蒼白になっていく。
「さあ、りお。最初のバトルを始めよっか」
五条の自信たっぷりな声が、りおの耳のすぐ傍で響いた。

END

ご愛読ありがとうございました。02/9/29

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