BACK TOP NExT
放課後。
「五条」
帰ろうとしていた五条忍は、正門前で名を呼ばれて、振り返った。
そこに立っていた奴らを見て、五条は露骨にイヤな顔をして見せた。
「なんすか?また、ボコられに来たんすか?性懲りもなく」
先日、コテンパにしてやった生徒会長お抱えの強面達。噂によると、小泉りお親衛隊と呼ばれているらしい。
「うるせえ。あん時は油断していたから・・。って、んなことはどーでもいいッ。生徒会長の小泉先輩がお呼びだ」
フン、フンッと男達は鼻息が荒い。
反対に五条は、気だるく言い返す。
「あー?だから。てめえで来いって連絡頼んだでしょ〜。つか、まだその話有効だったの?」
「うるさいっ。とにかく小泉先輩は、てめえのその我侭な要望を受けて、体育館裏でお待ちだ。さっさと来いっ」
「体育館の裏。うわ。だせ。すげえ、古典的」
五条は、肩を竦めた。
「騒ぎを表沙汰にしない為のご配慮でないか。有り難く思え」
「面倒くせーな」
「なに?」
「わかったよ。行けばいいんだろ、行けば」
頭を掻きつつ、五条は、支持された通り、体育館裏に向かう。
一方の小泉りおは、体育館裏の、大木に寄りかかって目を閉じていた。
久し振りの喧嘩。腕が鳴るぜ・・・と、実は密かに楽しみなのであった。
生徒会長と、柄にもないものにうっかりなってしまって以来、中々とムチャが出来ない。
だが。今回の場合は、ちゃんとした理由があるのだ。
誰にも咎められることがない。ましてや、相手の要望なのだから、こっちは「迷惑なんだけどな」という顔が出来る。
思い切って、喧嘩が出来る。しかも、相手は猛者どもをいともあっさりとくだし、かつ妹の茜から成敗を頼まれている優男、五条。
相手にとっては不足はないし、おまけに一石二鳥なのである。
と、パキンと小枝を踏みしめる音に気づき、りおは目を開けた。
そこには、五条が立っていた。
五条は、つま先から頭のてっぺんまで、ジロジロとりおを見てから、最後にまっすぐに、りおの目を見つめてきた。
りおは、その視線を受けて、ニヤリと笑う。
「臆せずによく来たな」
「どーも。なんか、よくわかりませんが、来てみました」
ペコッと五条は、とりあえず頭を下げてきた。
「ふん」
相変わらずの優男振りだぜ・・・と心の中でりおは舌打ちした。
「逃げ出さなかっただけでも、誉めてやる。俺の噂は聞いてるんだろう」
バキポキと、りおは指を鳴らした。
「いえ、全然」
のほほんと五条はいい返す。
「・・・」
ゴホンッとりおは咳払いをした。
「調子狂うヤツだな、おまえは。定番の台詞くらい決めさせろよ」
「お芝居しに来たんじゃねーんだからサ」
クスッと五条は笑う。
「ま。いい。おまえが指定してくれた方法。実は俺はとっても嬉しいンだ。力で勝負決めるのは、得意とするところだ。腕にどれだけの自信があるかは知らないが、覚悟しやがれ」
ザッとりおは、学ランを脱いでそこらに放り投げた。
「ところで。なんで、こーゆーことになったんでしたっけ?」
「は?」
「これ、勝ったり負けたりしたらどーなるんでしたっけ」
「キサマ。それもわからんで、のこのこここに来たというのか」
幾らなんでも呆れてしまう、りおであった。
「だって。先輩の追っかけ、すげえ怖い顔なんだもん」
「五条。キサマは、俺に負けたら生徒会役員。俺が負けても、おまえは生徒会役員!この勝負は、即ちそーゆーことだ」
「へー」
五条はシラッといった。
「突っ込めよ・・・」
りおは、顔を僅かに顔を赤くしつつ、言った。
「ギャグが浮くだろーが、このやろ!」
「アンタと漫才やりに体育館裏に来たんじゃねーんだけど」
そう言いながら、五条もバサッと学ランを脱いだ。
「よくわかんねけーど、いいよ。勝っても負けても、俺、生徒会役員なんだろ」
「くっ。むかつくヤツだ」
ボケを正面から返しやがった。
ボケてんだか、しらばっくれているんだか。
なんか掴めねえ男だ・・・とりおは、五条を訝しく見た。
五条は澄ました顔をしている。
「俺が負けたら、おまえのことは諦める。それでいいな」
「いいっすよ」
前髪を掻きあげながら、五条は呑気にうなづいた。
「ったく」
りおは、ざっと構えた。
「じゃあ。そろそろ行くぜ」
「どうぞ」
バシッ。
素手での殴り合いは、なんというか、ヨウするに勘だ。
突発的にはじまるもんだから、相手のことなんて、洞察してる暇はないのだ。
とにかく、得意技連発、連発、連発。
先制攻撃ッッ!
だが、りおの攻撃は、ことごとく五条にかわされる。
「ちっ」
りおは、五条との間合いを改めて取り直す。
「こら、五条。てめえ、攻めてこんかいっ」
「では」
スッと、五条は間合いを詰めた。
ヒュッ、ヒュッ。五条の拳が、りおに向かってくる。
うわ。確かに、コイツは切れ味違うぜ、とりおは唾を飲み込んだ。
明かに、五条は喧嘩慣れしている。だが、読み取れぬ素早さじゃない。避けながら、再度攻撃に入る。
バシッ。
五条の頬に、りおの拳がヒッとした。
やった!と心の中で思いながら、直も攻めた。
蹴りを使い、足を封じ、そして。
五条の体が揺らめいた。
「おっし」
思わず出てしまった声に、やべっと思ったりおだったが、そのまま五条に突っ込んだ。
五条はヒョイッと体を動かし、突進してきたりおの腕を掴んで、グイッと捻った。
「どわっ」
フワッと体が回転して、ドスンとりおの体が、木の葉積もる地面に落ちた。
「でっ」
その上に、間髪いれずに、五条が覆い被さってきた。
握った拳がすぐ目の前だ。
「!」
りおは、目を瞑った。
しまった。やられる・・・!
と。次の瞬間。
五条の拳が、りおの目の前でパッと開いて、りおの顎を掴んだ。
「????」
なにが起こったかわからなかった。
「ぎゃあああああああ」
という何人かの声が重なった悲鳴を、遠くで聞いた。
「え?え?え?」
チュッと小さな音を立てて、五条の唇が、りおの唇から離れた。
「ごちそーサマ」
そう言いながら、五条はヒョイッと立ち上がった。
「こ、小泉先輩。大丈夫ですか?」
バババッと、親衛隊が、りおを取り囲んだ。
どうやら木の影に潜んで、行方を見守っていたらしい。
副会長の川田は、持っていたノートに「五条忍。ホモ」とサラサラと鉛筆で付け加えた。
今、なにが。え?今。俺、五条にキスされた????
「なにしくさるー、キサマッ」
りおを背で庇いながら、親衛隊たちは、叫んだ。
「なにってキスしたんだよ」
五条は、さっきりおに殴られた頬を押さえながら、いった。
「今、この場面でするよーなことかっっっ」
りおは、開いた口が塞がらないし、頭は真っ白であった。
「今。したかったんだから、したんじゃん。
キスしなきゃなんねー場面でしか、キスしなきゃいけねえ法律ねえよ」
五条はアッサリと言い返す。
「このアホは・・・。先輩。こんなヤツ、役員にしたら、秩序が乱れます。ダメです。先輩、小泉先輩」
りおは、ショックで相変わらず、頭が真っ白で、口がきけない。
「先輩。あんた、もう少し体重増やした方がいいよ」
そう言って五条はニヤリと笑う。
その言葉に、りおは唇を噛んだ。完全に、投げられた。油断していたつもりはない。だが、なんというか、五条に吸い寄せられてしまったかのようだった。
「てめっ。もしかして、エスパーか。テレキネシスで俺を動かしたか、コノヤロー」
「な、訳ねえでしょ。アンタさ、トドメさすつもりでかかってきただろ。勝利オーラ出すぎで隙見えたんっすよ」
「・・・」
「なってやるよ。りお先輩。生徒会役員」
五条は、ニッコリと笑った。
「これから、よろしく」
五条は学らんを拾い上げ、呆然とする役員達の前をゆうゆうと歩き去った。
「な、なんなんだ、アイツは」
完全に五条の背が視界から消えてから、りおは呟いた。
「変態だ。りお先輩に、キ、キスを」
「ああ。こう、いきなり、ブチュッと」
親衛隊達が、喚いた。
「や、止めろ。口にすんじゃねえっ。お、おぞましい」
ゾーッとりおは体を震わせた。
「良かったな、小泉。五条は、役員になってくれるそうだ」
川田は、ノートをパタンと閉じて、ニコリと微笑んだ。
「これで体育祭の準備にかかれる。あー、良かった」
「川田。てめえ他になんか言うことねえのか」
「なんもねえよ。良かった、良かった」
ホッホッと川田は笑いながら、五条に続き去って行く。
「・・・大丈夫ですか?立てますか?」
親衛隊の一人が、りおに手を差し伸べた。りおは、その手を振り払った。
「ちくしょう」
ちっしくょー!
キスもそうだが、その前の勝負のことだ。俺は結局、ヤツに負けたってことなのか?ギリリとりおは爪を噛んだ。
「誰か。担架を持ってくるように」
「っせえ。担架なんか必要ねえ。立つわいっ」
りおは、グッと立ちあがった。
かろうじて受身を取って地面に転がったものの、少し腰が痛い。
「いててっ」
腰に手を当てつつ、りおは、唇を噛み締めた。
しかし。次の瞬間には、
「五条忍。気に入ったぜ」
ふっ、と笑っていた。
と、親衛隊達が、サーッと顔色を青くする。
「ば、バカヤロー。そういう意味で気に入ったんじゃねえっ」
親衛隊達の不審な視線に気づき、慌ててりおは訂正した。
「アイツの腕っぷしっつーか、根性。気に入ったってーの」
「あ、ああ、そうですか。吃驚した」
親衛隊の一人に学ランを手渡され、りおはそれを着ながら、
「いづれにしてもこれからヤツは俺の手下。いいようにコキ使ってくれる。生徒会では、俺が神様。俺様だ〜ッッッ!」
と、喚いた。
「それは良いかもしれません」
ウンウンと親衛隊達はうなづいた。
「情けを出したこと、後悔させてやるーッ」
りおは、体育館裏の、鬱蒼とした場で、吠え続けた。
「五条」
再び、五条は正門で呼びとめられる。
「なんですか?」
もー、なんだよ・・・と、五条は渋々振り返る。
「俺は生徒会副会長の川田だ」
川田は、五条を追いかけてきたのだ。
「あ、そーですか。ども」
「さっきの。見ていたよ」
「そーですか」
川田は、五条をジッと見た。
「なんですか。俺、いい加減帰りたいのですが」
「明日から。本気で役員をやってくれるのか?」
「本気ですよ」
「揉め事は、困る。それだけは、言っておくぞ」
「それは、まず。あのなんだか知らないが、テンション高いおたくの生徒会長に言うべき言葉でしょ」
「アイツがテンション高いのはいつも、だ。だが、とくにどうもおまえに関しては、小泉はなんか含むことがあるようだ」
五条は、川田の言葉に、目を細めた。
「あるんでしょうね。きっと」
「それはなんだ?ある程度知っておかねば、フォローの手もうちようがない」
「それも副会長の勤めっすか?大変っすね」
全然心がこもってない言い方の五条である。
「教えて欲しいのだが」
「俺だって知りませんよ」
両手を挙げて、五条は首を振った。
「知らない?」
「いきなり、俺の教室に押しかけてきて。んでもって、生徒会の役員になれとかエラソーに命令。頼むんじゃなくて、命令」
「え?そ、そうなのか?」
川田はキョトンとした。
普段の小泉の行動には、理解出来ないところは多々ある。
まあ、なんかしらの原因があるのだろうが、それにしても、頭の悪い行動である。頭、イイくせに・・・と川田は呆れる。
「そんなんで・・・。よく役員やる気になったな。さっきの喧嘩。あれは、君の勝ちだろう」
小泉にも呆れるが、五条にも呆れる川田だった。
「好みなんだよね」
ボソッと五条は言った。
「あ?」
「よーく見たら、あの人。俺の好み」
そして、ニッコリと微笑む。
「・・・む。やはり、本物」
川田はササッとノートを開いた。五条忍。ホモ。(本物)とつけ加えた。
五条は、川田の手元を覗きこんでは、再びニコッと笑った。
「ということで。明日からりおちゃんにヨロシクって伝えておいてください」
「あ、五条、ちょっと待て」
「もう待ちませーん」
そう言って、五条はリュックを抱えて走って行ってしまった。
「むう」
川田は、鉛筆の先で頭を掻いた。
「厄介なことになりそうだ・・・」
そう。これから。きっと、厄介なことが待っている。
続く
BACK TOP NEXT