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体育祭の準備。
「五条、この書類、準備委員会に回せ」
「はい」
「清書してから、渡せよ」
意地悪く笑って、りおは言った。
「もう済んでます」
「なんだって?」
「準備委員会のとこ、行ってきます」
書類の束を抱えて、五条はさっさと生徒会室を出ていった。
「おい。川田。アイツ、いつ清書していたんだ?」
「そこの書類を振り分けながら、片手間のようにやってましたよ」
「・・・かわいくねぇ」
チッとりおは舌打ちしつつ、目の前の書類を片付けて行く。
「これは却下。これはオッケー。なに?チアガールの衣装?」
とある1枚の書類にピクリとりおの指は止まった。
チアガールの衣装についての申請書だった。
「露出オッケー」
りおは、書類にサインした。
「スケベなやっちゃ」
「俺は野郎どもの味方だからな。体育祭は、汗にまみれた汚ねえイメージだけじゃ成り立たん。汗と青春とそして、華がなくてはな」
「会長の趣味でしょーが」
川田は白けた目で、りおを見た。
りおは、書類で口元を隠しているものの、笑っていた。
などとやっていると、準備委員会室から戻ってきた五条が、再び書類の山を抱えて戻ってきた。
「準備委員会からのおみやげです」
ドサササと、書類をりおの前に置いて、五条はストンと席についた。
「クソッ!さばいてもキリがねえよ」
「茶でもいれますよ」
五条は、座ったばかりなのに、再び席を立ち、さっさと茶をいれにいった。
「よく気がつく。書類さばきも絶妙。会長も良い人材をスカウトしてきてくれたもんです」
川田は、フフフフと笑う。
「ちくしょー。こんな筈じゃなかったんだがな・・・」
ウームとりおは腕を組んでは、うめいた。
ドンッと茶碗が、りおの目の前に置かれた。
その勢いに、ピッと茶が跳ねて、りおの頬にぶつかった。
「あちっ」
りおは、ビクッと体を竦ませた。
「てめえ。茶を出すのはいいが、静かに置けねえのかよ!」
「申し訳ありません」
ちっともすまなさそうに五条は詫びた。
「オイ。わざとじゃねえだろうな」
「元々、大雑把な性格なもので」
と苦笑しながら、五条は、しずしずと川田の前に茶を置いた。
「うむ、美味」
川田は、ズズズと湯のみの茶を飲み干した。
「ちょっと待て。今、やたらと丁寧に茶碗置かなかったか?」
りおは、眉を寄せて言った。
「会長に粗相を注意されたので、意識してみました」
「ちっ・・・」
りおは、座ったまま、五条を睨んだ。
「会長」
物騒なりおの視線を受けつつ、五条はニッコリと微笑んだ。
「んだよ」
「書類。まだですか?俺、手持ぶさたなんすけど」
「わかったよ。今、回すよ。っせえな」
何枚か処理の済んだ書類を、りおは五条に向かって投げつけた。
「事務処理だから、だ。フン。明日は肉体労働だ。こき使ってやる」
りおはボソリと呟いた。
「なんか言いました?」
五条が、書類から顔を上げてりおに聞いた。
「なんでもねーよッ。書類回すから、キリキリ覚悟してやがれ」
「了解ッス」
フンッと鼻を鳴らしながら、りおはチラリと五条の横顔を見た。
ふと、唇に目がいってしまい、不覚にも先日、五条にキスされたことを思い出してしまった。
ボンッと、顔が赤くなった。
「!?」
りおの視線に気づいた五条が、怪訝な顔でこっちを見ていた。
「なんでもねえよ」
言われる前にりおは言い返す。
「なんも言ってませんよ」
ふっと、五条は笑って、再び書類に視線を移した。
快晴の日曜日。休日だというのに、体育祭準備で学校入り。
それは、役員としてはある程度覚悟しなければならない面倒なことだった。
五条に日曜登校を言い渡した時も、特にイヤな顔一つせずに、了解した。
ゴミ箱の設置、種目で使う器具の整理、チェック。
入場行進の位置、観覧席の位置。
広い校庭でやることは、山ほどあった。
デスクワークがキライなりおは、こっちの仕事のが好きだった。
生き生きとして、配下の野郎どもに指示を与えている。
とくに、五条には、面倒なことをやたらと押しつけた。
日曜出勤の、体育祭準備担当職員達に意見を伺いに行くのは、五条を使い、何度も校庭から職員室を往復させた。
広い学園だから、行き来するだけでもかなり大変なのだ。
それが終われば、校庭での色々な雑用。
校庭を端から端まで、走らせて、さすがの五条もハアハアと息を乱していた。
「どーした、五条。さすがに疲れたか?」
りおは、ニヤニヤと笑いながら、そこらにしゃがみこんでいる五条に話しかけた。
「感心してますよ」
「へ?」
りおは、首を傾げた。
「感心してるっつったんです」
「なにに?」
「アンタの采配の良さですよ。生徒会役員+準備委員会のやつら。併せて40人以上のヤツらをよくも無駄なく軽々と扱えるなって」
「フン。能率良くやらせるのは、当たり前のことだろ。この俺が、しきってるんだから」
「それにしては、俺だけ無駄な動きしてるって感じ。よくもまー、次から次へとくだらない雑用を思い付くなァって呆れてはいますが」
五条は、顔を上げてりおを見た。
「それも俺の頭の回転の早さのなせる技だろう」
と、りおは、五条の嫌味などどこ吹く風で、ふふふと笑った。
「1度聞きたかったんですがね」
五条は、近くにあったスポーツドリンクを飲みながら言った。
「なんだ」
「俺に構う理由って、なんですか?」
五条の問いに、りおはギクリ、とした。
だが、それはあくまでも心の中でだけだ。表面上は、平静を装った。
「気に入らねえからだよ」
「俺は、アンタと接触する機会は今までなかった。だから、嫌われる理由なんて、ない筈だけど」
「嫌ってねえよ。気に入らないだけさ」
「同じだろ」
「微妙に違うさ」
「ふーん・・・」
五条は立ちあがった。
「文句あるか?」
「別に。言えない理由が、なにか、あるんでしょって思うだけ」
と、五条は不敵に笑った。
「言えない理由?あ?」
と、ガパッと口を開いたりおに、五条は自分が飲んでいたスポーツドリンクのストローを差し込んだ。
「んぐっ」
「暑いンでしょ。汗、流れてるぜ。人いびるにも、それなりに体力使うしね」
「なにすんだよ、いらねーよッ」
りおは、スポーツドリンクを払いのけた。
五条はそれを拾いあげながら、りおをジッと見た。
「さて。ご用件は?幾らでもくだらねえ雑用致しますヨ。俺、まだまだヘバりませんから。なんでもお申しつけください、会長」
チッとりおは舌打ちして、前髪を掻きあげた。
「弁当!40人分の弁当、玄関前に届いてる筈だ。それ校庭まで持って来い」
「了解」
五条は、バタバタと駆け出して行った。
確かにその走り方は、ヘバるとは無縁のような俊敏さだった。
「バケモンのような体力だぜ。スポーツドリンク飲んで、回復しちまいやがった」
りおは呟いた。この暑さは、それなりに体を鍛えているヤツでも、辛い筈だった。
確かに、五条は、川田の調査通りに「つかえるヤツ」だった。
頭も体力も申し分ない。
しかし。可愛くない。
デスクワークも肉体労働も、なんなくいなす。
少しぐらい、音をあげれば、可愛げもあるってものなのだ。
ちくしょう。やりづれ・・・って、りおは小さく呟いた。
悪いことに。五条のような人間は嫌いじゃなかった。
結局のところ、りおは、五条を優秀だと認めない訳にはいかなかったのだ。
ガバガバと自宅で飯を食っている時だった。
「お兄ちゃん。私が頼んだ内容忘れて、別の路線に走ってない?」
「なんのことだ」
「五条のことよ」
茜が、近況を聞いてきた。
「んあ?それなりにこき使っているぜ」
「そうじゃないでしょ!私は五条をこき使えってお願いしたんじゃないのよ。五条を落せって言ったんじゃないの」
「茜。そうは言うが、簡単に出来るこっちゃねえだろ」
しかし、茜はチッチッと人差し指を振った。
「川田さんに聞いたのよ。お兄ちゃん、五条とキスしたんですってね」
「ぶ、はっ」
りおは、食っていた飯を吹き出した。
露骨に茜がイヤな顔をした。
「キスした、とか言うな。されたんだよ」
「ほらね。やっぱり、五条はホモなのよ」
「し、知るかよ。第一、あれは嫌がらせに決まってるぜ」
「川田さんには、お兄ちゃんのことが好みだ、ってアイツ言ったらしいわよ」
「え!?そうなのか?」
それは初耳な、りおであった。
「間違いないわ。アイツはお兄ちゃんに興味を持ったのよ。私の狙い通りだったわ」
グッと茜は拳を握った。いわゆる、ファイティングポーズだった。
「いいこと。このまま、五条を網に引っ掛けるのよ」
「気が進まねえよ」
「生ぬるいわよッ」
ダアンッと、茜の拳がテーブルに振り下ろされる。
「おまえ。痛くねえか?今の・・・」
「痛い・・・わよ」
自業自得といえど、茜はうっすらと涙を浮かべていた。しかし、茜は強かった。キッとりおを睨んだ。
「お兄ちゃんは正義の味方の生徒会長でしょ。罪なき女生徒達が、あのホモ野郎に泣かされてきたのよ。なんとかすべきじゃない」
「正義の味方って。俺は仮面○イダーとかじゃねえんだぞ。単なる生徒会長なんだから」
「学園の平和を守ってよ。ね、お願い」
ウルッとした目で、茜に詰め寄られて、りおは箸で頭を掻いた。
「わ、わかったよ。なんだっけ。とにかく、五条を、その。篭絡させりゃいいんだっけ?」
「篭絡。誘惑って言葉の方がステキかもね」
ニッコリと茜は微笑んだ。
「頼むよ、勘弁してくれよ」
「キスしたんだから、あとはそんなに難しいことじゃないでしょ」
「だから。したんじゃなくって、されたんだよ。合意じゃねえんだよ、全然」
「うるさい。泣き言は聞かないわ。いい?男が1度約束したことを違えるのは、卑怯ってもんよ。わかってるの?お兄ちゃん。卑怯者になりたい?」
「だって。俺は、好きで約束したんじゃねえや」
りおは、ブツブツと言った。
「パソコン&援交」
ボソッと茜が呟いた。
「やらせていただきます。やらせていただきます」
えへへへと、りおは揉み手をしながら、茜に向かってペコペコ頭を下げた。
「頼むわよ、お兄ちゃん」
キラリと、茜の瞳が輝いた。
「わかったよ。とっとと片付けてやるよ、こんなこと」
投げやりに言って、りおは食いかけの飯を再開した。
落せばいいんだろ。アイツを。
好きにさせりゃいいんだろ、俺のこと。
アイツが俺のこと、好みならば、話は早いや。
とっとと、誘惑して、さっさとこんなこと、片付けてやる!
りおは、うぉぉぉーと吠えた。
「最近、見かけなかったけど、生きてたのか、五条」
夕飯を食ってから、久し振りに馴染みのゲーセンに顔を出した五条は、ここで知り合いになった他校の友達、桜井なつきに声をかけられた。
「学校が忙しくてな」
「真面目に学校行ってんだ」
「相変わらず、桜井は不健全みてーだな。留年するんじゃねえの?」
「するかよ。ちゃんと3年生になれるって担任から言われたよ。だから、こうやって遊んでンだろ」
「へえ。そりゃ快挙じゃんか」
桜井は、五条の隣の台に腰を下ろした。
「学校が忙しいって、なんかあったのか?つい最近までは、フラフラしてた癖にさ」
五条は、コインを台に突っ込みながら、横顔で笑った。
「面白いことがあってさ」
「面白いこと?」
「そ。まあ、罪作りな俺への逆襲ってヤツ?」
「なんだ、それ?」
桜井は、眉を寄せた。
「俺さ。女興味ねえだろ。だから、告白してくる女次々と振ってた訳だ」
「そうだよな。おまえ、ホモだもんな。最初に会った時、いきなり口説いたもんな、俺のこと」
ちょっと迷惑そうに桜井は言った。
「そういえばそうだったっけ。おまえ、ガード固かったんだよな。尻の軽いの当たれって、冷やかに言われたっけ」
「まあ、いいさ。んなこと。で?」
「そしたらさ。女の一人が、逆襲に出た訳だよ。俺がホモだって見抜いて、自分の兄貴に俺のこと、誘惑しろって頼みやがった」
「わかんねえな」
桜井が首を傾げた。
「バカだな、相変わらず」
「うるせえな。おまえを引っかけてどうすんだよ。その女の兄貴も、男が好きな人種なのか?」
「ノンケだよ。そこがミソなんだよな。だが、かなり、イイ線いってる。まあ、そんな話聞かなければ、さすがの俺もまんまと騙されたってところかな」
「騙され・・・。ああ、そーゆーこと。おまえ騙して、落として、最後にゃ、おまえが振られるしくみってことか」
「よくわかったじゃん。そーだよ。成敗とか言ってたから」
「ハハハ。バーカ。罪つくりなことしてっからだろ。そんでなに?それと忙しいことにどう繋がるんだよ」
桜井は、身を乗り出して聞いてきた。
五条は、話ながら、ゲームをやっている。
「その兄貴が、動き出してな。だから、お芝居につきあってやってるのさ。なんせ相手は生徒会長だ。学校に真面目に行かないと、つきあってあげられねえからさ」
「生徒会長様かよ。デケえのが相手じゃんか。面白そうだな」
「だろ。綺麗な男だし、俺も遊んでやるにゃ、楽しいし。最近暇だったからな」
「そーか。なるほどね。まあ、情報仕入れてて、恥かかなくて済んだな」
と、五条の腕がピクリと止まった。画面には、GAME OVERと出ている。
「仕入れたんじゃねえんだよ。聞こえてきたんだよ」
「聞こえてきた?」
「そう。俺、昼寝趣味なんだけどさ。裏庭の木の上で、授業さぼって寝ていたんだよ。そしたらさ、その兄妹がやって来て、そーゆー話をしていたんだよ」
「おまえが居ることを知らないで?」
プッと桜井は吹き出した。
「知ってたら、そんな話、しねえだろ。種明かしじゃん」
五条もつられて、笑い出す。
「アホな兄妹」
「運がなかったってことだよな。当の俺が聞いていたんだからサ」
「気の毒に。勝負始める前に、作戦バレってとこか」
「そーゆーことだ」
と、背後で、桜井を呼ぶ声がした。
「あっと、んじゃ、俺行くわ。五条、その話。その後を今度聞かせろや」
「ああ。またな」
「ふん。その、好みの生徒会長に、マジになるなよ」
「なるかよ。逆襲して、せいぜい可愛がってやるぜ」
「頑張んな」
桜井は、ニヤッと笑って、走り去って行った。
「バカなヤツ。小泉りお」
五条は口の中で、その名を呟いて、苦笑する。
そして、再びコインを台に突っ込んだ。
続く
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友情出演、桜井なつき!
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