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シックスのいれてくれた茶を飲みながら、静は彼に質問した。
「なあ。外に出たいとか、帰りたい、とか思わないのか?」
するとシックスは首を振った。
「私は思わないわね。母になりたい願望があって自らここに来たのだし。この研究所にいる者は、それぞれの理由があるの。だから、セブンにとっては不幸な場所かもしれないけれど、私にとっては居心地がいい場所。静くんの気持ちはわかるけど、ここはいけない場所だと決めつけないでほしいの。Drヘルピスや敦子ちゃんもクセはあるけど、決して冷酷ではないわ。むしろ、こういう研究施設にはほとんどいない種類のあったかい人達なぐらいよ」
その言葉に、そうだよな、と大きく頷けないではあるけれど、シックスの言いたいことは、静にもわかった。
「そうだろうな。かといって、俺の目標は瑞貴をここから出すことだからな。目標の為には手段を選ばず路線ぶちかますと、アンタにとっては好ましくない状況になると」
「そうね。そういうことになるわね」
「くわー。むっずかしいなぁ、オイ」
ワシャワシャと静は頭を掻きむしった。
「いっそ、ここのやつらが全員、機関銃で撃ち殺してもなにも感じない極悪人ばかりだったらいいのに!」
クスクスとシックスは、口元に手をやてて、笑う。
「アンタ、いい子ね〜。セブンは幸せ者だわ。こんな友達がいて。って、ああ、そうか。もう結婚したんだから、夫ね」
改めて言われて、静は顔を赤くした。
「よ、よせよ、それ。形式上であって、別に俺達」
言いかけて静はハッとした。
「運命って・・・。そゆこと?」
はて?と首を傾げた。
「運命ってなんのこと?」
キョトンとするシックスに、静は、ずっと前に占ってもらった占いのことを話した。
「アッハッハ。当たってるじゃないのぉぉぉぉ」
シックスは腹を抱えて笑っていた。
「さ、さすがに当時有名だった占い師だけあるわね。私も知ってるわ、その占い師。テレビで観たことあるもの。噂じゃ真の姿は金に困った外国人のバイトだったとか。にしても、どんぴしゃじゃないの」
「いやまあ・・・」
ポリポリと静は頬を掻いた。
「当たったちゃあ、当たったってことにはなっけど」
「頑張って」
ズイッとシックスは身を乗り出した。
「あたし、応援するわ、あんた達のこと」
「えっ」
「セブンはね。私達の希望なの。もしセブンが静くんの子供を身籠れたら、男でも子供を産めるんだという励みになるの。私の体は無理かもしれないけれど、まだセブンには可能性が残っているの」
ギュッとシックスは静の両手を、両手で握りしめた。
「静くん。セブンのこと、頼んだわよ」
うるっとシックスの瞳に涙が浮かんだ。
「って、おい。なに泣いてんだよ」
「いやだわ。ホルモンバランスかしらね。なんだか涙脆くて。運命とかそーゆーの、どうも弱くてね。小さい頃に読んだプリンセスの話とか大好きだったの。いつか王子様が助けてにきてくれる、とか。ああ、私の王子様はどこなのかしら。いつ私をここから救い出してくれるの?」
小雨が本降りになりだすがごとく、シックスはおいおいと泣きだした
「好きでここにいるんじゃなかったけ?」
掴まれた手を振りほどこうにも、力が強くてふりほどけない。
「んだか、力が抜けるやつらばっかだぜ・・・」
やれやれと静は天井を眺め、そろそろ瑞貴の検査も終わる頃かもな、とぼんやり考えた。



シックスの部屋から戻ってくると、自室のベッドには瑞貴が戻ってきていた。
麻酔処置のせいか、まだ眠ったままだ。
俺、こいつの寝顔ばっかり見てるよな。
静は瑞貴の寝顔を見つめ、ちくりと胸が痛むのを感じた。
「リンダ。妻の寝顔に見惚れるのはいいが、今はセックスは禁止だぞ」
部屋のどこからか、ヘルピスの声が響いた。
いつでも監視されていることにさすがに慣れたものの、その監視員がヘルピスだと、こうやってからかってくるから、つい言い返してしまう。
「覗き見すんじゃねえっっ」
「覗きも、大事な仕事のひとつだからね」
「暇人!」
「いやだから。仕事なんだから仕方ない」
渋々そうな言い方をしているが、楽しんでいるのは間違いない。
「そういえば新入りが入ってね。Dr矢ノ森くんという」
「へっ?Drヤモリ?」
「ノーノー。ヤノモリ」
「ふーん。で、ソイツがなに?」
「しばらくはシックスの相手をしてもらうが、万が一君達が失敗したら、いずれはセブン担当になってもらうので一応言っておく」
静は眉を潜めた。
「今から、紹介する為に部屋に行くから」
どこかヘルピスの声が楽しそうだった。
「来るなよ。瑞貴寝てるし」
自分でもわかるぐらい声が沈んでしまい、静は首を傾げた。
俺、なんでこんなに、気分がダウンしているんだろう。
「セブンが起きてようが寝てようが関係ない。君に会わせたいのだから」
そう言って、ヘルピスはブツリと回線を切った。
「勝手だな」
舌打ちし、静はリビングに戻った。
しばらくすると、ドアが叩かれ、ヘルピスがやってきた。
ヘルピスの背後には、ここでは見かけたことがない男が立っていた。
長身で黒髪、眼鏡の奥の切れ長の瞳が印象的な典型的な美形だった。
「どうだい。モデルと言っても通用するだろう」
自身がそんな感じの癖に、ヘルピスがなぜか自慢気に、言った。
「・・・?」
静は眉を潜めた。
「アンタ。どっかで会ったことねえかな」
じろじろと静は、矢ノ森を見つめた。
「ないと思いますけど」
静の無遠慮な視線に、揺るぎもしないで、矢ノ森は言い返した。
「ああ、三人とも目線が同じなのが楽でいいね。敦子クンは、小さすぎるから」
ヘルピスが、静と矢ノ森を見て、楽しそうに笑う。
「普通よっ。あんたらがデカすぎるんですよ、180超えが。巨人かっっ」
モニターを見ていたらしく、敦子の声がスピーカーから響いた。
確かに、ズラリと長身揃いだ。
敦子も女性にしては背が高い方なのだろうが、自分達と比べるとやはり小さかった。
「リンダ。Drヤノモリはイイ男だろ。彼にセブンを渡したくなかったら、君はもっとセブンとの関係を親密にしなきゃね」
うふふふと悪だくみを含んだ笑いをヘルピスはもらした。
「へっ。矢ノ森だか、ヤモリだか知んねーけど、関係ねえな。俺は瑞貴と一緒にここを出る。勿論、友達のままで、な」
グンッと静は胸を張った。
すると、大袈裟な溜息が矢ノ森の口から零れた。
「不可能なことを口走ってる時間があったら、さっさとセブンと子作りに励むがいい。見た目からしてバカっぽいなとは思っていたし、話には聞いていたが、ここまでバカだとある意味清々しいですね、Drカル、じゃないヘルピスさん」
矢ノ森に、それこそ見たまんまの冷静な口調で言われ、静は目を剥いた。
「なんだと、てめー!」
「まあまあ、Drヤモリの言う通りだよ」
どうどう、とヘルピスは静を諌めた。
「ヤノモリですが」
コホンと矢ノ森は咳払いをした。
「君、僕のこと、カルと言いかけたよね」
「・・・」
間をおいて、2人はにっこりと微笑あう。
「?」
静にはよくわからない駆け引きが二人の間では、なされたようだった。
「とにかく。僕はバケモノの相手で精いっぱいだ。君はさっさとセブンと交尾し子を為し、僕の配置転換を促してくれたまえ」
眼鏡の縁を神経質そうに指でクイクイさせながら、矢ノ森は静に要求してくる。
「配置転換?なんのことだよ」
意味がわからない静に、ヘルピスがコソリと耳打ちした。
「彼、小児科なんだよね、専門。元々はセブンが生むかもしれない赤ちゃんの為に募集かけてきてもらったんだけど、子供が生まれるまでは暇だから、シックスの相手な訳」
ボソボソと企業秘密を打ち明ける。
「知るかよ、そっちの事情なんてっっ」
打ち明けられたところで、静にはまるで関係がない。
「いやいや。ヤモリが言ったように、早く子供を作ってあげないと、彼が可哀想じゃないか。シックスの相手だぞ、しばらく」
「なんでだよ。シックスいいヤツだぞ」
ケロリと静は言い返した。
「だったら君。セブンと離婚してシックスと結婚するか?」
ヘルピスの言葉に、静はゾッと体を震わせた。
「そ、それは遠慮しとく」
ぶるぶると首を振る静に、矢ノ森は、
「ふん、見たまえ。それが普通の反応だろうが」
と鼻を鳴らした。
言い返そうとして、寝室のドアがキューンと開く音に静は振り返った。
「うるせーな。たまには名前通りにリビングでおとなしく座ってること出来ねーのかよ。目がさめちまった」
目をこすりながら、瑞貴が出てきた。
「なんの騒ぎだよ」
瑞貴は部屋を見渡してから、見慣れない矢ノ森を目に捕えるとビクッとした。
たまたまなのか、すぐ近くにいた静の背に隠れるようにして、瑞貴はヘルピスを睨んだ。
「おい。誰だよ、アイツ」
警戒心の強い瑞貴は、顎で矢ノ森を示した。
ヘルピスが答える前に、サッとセブンの前に歩いて来ていた矢ノ森が自己紹介した。
「怖がらなくていいですよ。私の名前は矢ノ森宏貴。新しくこのプロジェクトに配属されたDrです。よろしく、セブン。資料で見るより綺麗でびっくりだ。いやもう。なんだろう。この鏡を見ているような気分は。・・・美しい」
うっとりと矢ノ森は、セブンを見つめ、言った。
「気持わるい。なんだ、コイツ」
はっきりと静の背に隠れて、瑞貴は顔を顰めた。
「ナルシスト野郎たぁ、また濃いキャラだな、カルピス」
静も、瑞貴同様顔を顰めていた。
「個性的と言いたまえ。だが、腕は確かだ」
「フォローしてもらっているとは思えませんが、Drヘルピス」
またしても2人の間に、なにがしの駆け引きがあったように静には見えた。
2人はニコニコと見つめ合っていた。
「ということだ。新メンバーも加わり、プロジェクトはますますの盛況を見せつつある。セブンの体も大丈夫そうだし、今度こそ無事に初夜を迎え、一発命中を目指そう!なあ、リンダ。わははは」
バンッと、大きな掌で静の背を叩き、ヘルピスは豪快に笑った。
「や、だから。その直接表現止めろってば」
研究者のデリカシーのなさには、慣れつつあるけど、それでもやっぱり訂正を求めてしまう静だった。
「なんなんだよ?」
一人状況がわからず取り残される瑞貴だった。


とある日の午後。
血液検査の数値で、あと2日で、セブンが妊娠可能期に入ると、ヘルピスが静に告げた。
さすがに静は緊張した。
どうやって逃れようとずっと考えていたが、ヘルピスに具体的な日を告げられ、ようやく決心が固まった。
実行するのは、今日中・・・と静は考えていた。
そんな静の気持ちなど知らずに、瑞貴は相変わらずいつものように、ソファの隅で体をまるめるようにして、本を読んでいた。
意外と本が好きなようで、瑞貴は一日の大半を読書に費やしていた。
そんな瑞貴の横顔を、ソファのもう一つの端の方で、コソコソと盗み見していた静だったが突然顔を上げた瑞貴と目が合った。
「庭に出ないか」
「えっ?」
「庭」
初めて瑞貴に誘われて、静は驚いた。
「お、俺とか?」
「てめー以外に誰がいる?」
確かに、そうだよな・・・と思って静は立ち上がった。
「おう。そうだな。って、雨じゃねえかよっっ」
外は見事に雨が降っていた。
それもザーザー降りだ。
「傘さしゃいいだろ」
「そりゃ、まあな。けど、おまえ平気か。雨が降ると、ここ、外は結構寒いんだぞ」
「知ってるけど平気」
瑞貴がそう言うので、まあそれならば、と静は庭への許可を求める為に、ボタンを押した。
「庭に出る。窓の解除頼む。あと、傘」
モニターに映ったのはヘルピスだった。
「傘ならばそこに常備してある」
「ああ、一本な。もう一本くれよ」
以前雨の庭に出た時に静が要求したものが窓の外においてある。
だが、今日は瑞貴も出るので、2本必要なのだ。
「ダメだ。一本しか許可しない」
「で、だよっっ。俺だけじゃない、瑞貴も外に出るんだよっっ」
「なおさら一本で良い。相合傘って言うじゃないか〜」
きゃっきゃっとヘルピスがモニターの向こうではしゃいでいた。
「アホかっっ」
どんな乙女じゃ、と静がモニターに向かって文句を投げつけていたが、瑞貴がブツリと指でボタンを押し、回線を断ち切った。
「傘は一本でいい」
「えっ?」
静はキョトンとした。
「でも、それだとおまえ、俺と並ぶことになるぞ」
「仕方ないだろ。一本しかねえんだから」
「まあ、そうだけど。なら、庭に出るの止めねえか?」
そうだ、庭に出なきゃいいじゃん、と静はポンと手を叩いた。
「いや、出る!」
瑞貴は頑固にも言い張った。
「じゃあ一人で行けよ。俺が一緒じゃ、おまえ濡れちまう。ここから見てるから」
「それは嫌だ。てめーもついてこいっ」
「なんだよ。俺が誘った時には全然のってこなかった癖して、自分の時には俺につきあわせるのかよ」
静はムッとして、瑞貴に言い返した。
「・・・頼む」
「えっ」
「一緒にいってくれ」
瑞貴は、静のTシャツの裾を掴んでは、ジッと静を見上げた。
「え・・・」
女体化のせいか、僅かに縮んでしまった瑞貴から見上げられて、静はドギマギした。
な、なんで、俺。
なんで俺、瑞貴に見つめられて、ドキドキしてんだよぉぉぉぉぉ。
カッと静は一瞬のうちに顔を赤らめてしまい、それを隠す為に、瑞貴を押しのけた。
「わーったよ。行けばいいんだろ、行けば」
バッと瑞貴を押しのけ、瑞貴は窓に向かった。
パンッ、自動で開いた傘を手に持ち、静は庭へと歩き出す。
案の定、デカい2人には小さすぎる傘だった。
はみ出してしまう瑞貴の方へと傘を傾けるが、傾き返される。
「でだよっっ。おまえが、濡れちまうだろうが」
「いいんだよ。余計なことすんじゃねー」
ガルルルと睨みつけられて、静は怯んだ。
「どこへ行くんだよ」
「ブラブラと適当に歩け。つーか、喋りかけてくんじゃねーよ」
「なんだとっっ!?」
そんなやり取りの間にも、傘は2人の間でユラユラと揺れていた。
静が瑞貴の方へと傾けると、瑞貴は静の方へと押し返す。


「なにやってんすかね、あれ」
Dr樋口が、庭の2人をモニターから見て首を傾げていた。
「どうせ傘の下で、なんかやりあっているんだろう。見ていて飽きない2人だ」
せんべいを食べながら、ヘルピスも一緒にモニターを見ている。
「なんでわざわざ雨の日に庭なんか出てるんですかね?」
「さあ。でも、気紛れではなさそうだけどね」
樋口は、念のために、と警備センサーをチェックした。
「逃走経路の警備は完璧です。例え雨でも、弱点はありません」
さっきから二人は、フラフラと庭を彷徨っているだけで、目的地点はなさそうだった。
なんだかんだで、もう30分はウロウロしている。
「庭のチェックは、リンダがもうやっているよ。彼ね、虫取りとかなんだかんだで、ちゃんと庭の警備のチェックをしていたんだよ。だからしょっちゅうセンサーにひっかかっていただろう。見かけよりずっと賢いよ」
ヘルピスの横にいた敦子が頷いた。
「私もこの前気づきました。静くん、本気でここから脱出するつもりですね。Drヘルピスの助手をしていた間に、結構な数の書類をチェックしていたもの」
うんうんとヘルピスは頷いたが、モニターを見て、身を乗り出した。
「おい。警備の者を庭へ」
ヘルピスが指示を出す。
「どうしました」
「リンダが庭の池に落ちた」
「えっ?」
溺れるほど深くはないが、底に生えている水草が厄介な池だった。
以前うっかりはまった者も、水草に足を取られ、溺れかけている。
危険だと訴えたが、生態系を壊さないように、と他のチームから警告がきて、水草は取り除かれないままになっていたのだ。
「溺れている。セブンが助けに入ろうとしているようだが、二次災害になりそうだ。早く!」
ヘルピスの指示を受け、一番庭の近くにいた研究員達が、池へと駆け寄って行った。

続く
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