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「まったく。どうかしてるんじゃねえの」
窓の外を見て、瑞貴がぼやいた。
「いやいや。そうでもない。僕は彼は、見かけよりはずっと賢いと思うよ」
「それって見かけはバカって言ってるよな」
ヘルピスは、大袈裟な仕草付きで、まいったな、と答えた。
「妻の前で主人の悪口を言うべきではなかったな」
「本気で言ってるならば、やっぱ死ね」
それきり瑞貴は、窓の傍から離れ、ソファに座った。
ヘルピスは、庭で虫取りをする為に網を振り回している静をにこやかに見つめていた。
一見無邪気な光景に見えるが、勿論静の周りには、監視の為に研究員が一人張りついている。
「セブン。だいぶリンダと一緒の生活にも慣れたようだな」
窓から目を離し、ヘルピスはソファの瑞貴に声をかけた。
「別に。仕方ないだろ。勝手に夫婦にさせられて、勝手に一つ部屋に押し込められたんだから」
とは言え。
確かに、想像以上にスムーズな共存生活だな、と瑞貴は自分でも思った。
静が、自分に危害を加えるような男ではない、とわかったからかもしれない。
友達だ、と静は何度も瑞貴に訴えた。
その言葉を証明するかのように、静は瑞貴に対して、無理なことをしようとする気配がなかった。
研究所員のようなモルモットを見るような瞳もなく、これは研究の為だからと性的な行為を要求もしてこない。
こいつは信じて大丈夫だ、と瑞貴の心の中のセンサーが告げた。
それ以来。
勿論和気藹々とまではいかないが、それでもなんとか一緒に暮らし始めて一週間が経った。
また窓の外に視線をやったヘルピスの背を、瑞貴はぼんやりと眺めていた。
「セブン」
呼ばれて、瑞貴はハッとした。
「リンダがいない今、言っておく。あと二週間したら、君はまた妊娠可能期になるだろう。今度こそ、きっちり仕事をしてもらう。今の君の仕事は、リンダとセックスをして妊娠することだ。忘れてくれるな」
「・・・」
瑞貴はヘルピスの背から目を逸らした。
「ただ一つ言っておく。もし君が。どうしてもリンダとは無理だ、ということであれば。無理強いはしない。その時の君の相手は、私だ。わかったな、セブン」
「どっちもお断わりだな」
ふん、と瑞貴は鼻を鳴らした。
すると、ヘルピスは、口の端をニッと持ち上げた。
「そうかな?私の予想では、君は私を選ぶと思うのだが、その理由はドラマティックなものだ」
意味がわからず、瑞貴は「はあ?」と聞き返した。
「いや、いや。たまらないね。若いというのは、素晴らしい」
白い頬を紅潮させながら、ヘルピスが言った。
「・・・今俺がわかるのは、アンタが気色悪いというだけだ。なに顔赤らめてんだよ」
ケッと瑞貴は肩を竦めたが、ヘルピスは微塵も怯む気配なく、更に続けた。
「ん〜ん。君にはわかるまいね。恋の予感の甘酸っぱい感じ。ああ、思い出すよ。私がアツロウと恋を育んだあの頃を。私達は若く、とても不器用だった」
ジリリリリリリリリリリリリリリリリリ。
ヘルピスの言葉にかぶさるように、非常ベルが鳴った。
「なんだね。これからが盛り上がるいい話だというところに、無粋な音など」
ピクッ、と瑞貴が反応し、キョロキョロと周りを見渡す。
「セブン、大丈夫だよ。リンダがまた、庭でチョロチョロしすぎて、センサーに触れたんだろう」
パチリとヘルピスがウィンクした。
スピーカーから、
「静くん、そっちは危険区域だって言ったでしょ!」
と敦子の怒鳴り声が聞こえた。
「ほらね」
ヘルピスはにっこり笑い、「ダンナ様は大活躍だ」と呟いた。
そのうち、窓がガラリと開き、静が戻ってきた。
「なー、カルピス。蝶々部屋に放していい?」
返事も待たずに、静は虫かごの中の蝶々を部屋にはなした。
「瑞貴、綺麗だろ、この蝶々。七色に光ってんだぜ、羽が。ほらほら」
「見ればわかる」
部屋の中をふわふわと蝶々が飛んでいる。
「こんなの、俺らの住んでるとこでは見たことなかったもんなー」
「おそらく交配種だろう。他のチームが取り扱ってるのだろうな」
舞う蝶々をヘルピスは見上げた。
「へえ。いろんなことやってんだな。てか、瑞貴。おまえも外行ってこいよ。気持ちいいぞ」
静がドカッと隣に座ったので、スプリングが軋んで、瑞貴の体が少し跳ねた。
「てめえっ。もう少し静かに座れよ!」
文句を言うと、「お、わりぃ」と割合素直に静が謝った。
クスクスとヘルピスが笑う。
「なんだよ」
静が眉を寄せ、ヘルピスを見た。
「いや。セブンが乱暴に座った君を怒ったのを見ておかしくて」
瑞貴は、ヘルピスの笑いに納得がいかない。
「なにが?当たり前の抗議じゃねーか」
ヘルピスがクククとまだ笑いながら、
「いや。違う。隣に座ったことは、怒る理由には、もうならないんだなと思って」
瑞貴はギョッとした。
「あー。なに言ってんだよ、カルピス。おめーらが俺をここに閉じ込めたんだろうが。泥だらけになっちまった。シャワー浴びよっと」
座ったばかりだというのに、せわしなく静はシャワールームに向かった。
「リンダ。ちょうどいい。ボディチェックをさせてくれたまえ」
ヘルピスが、静の後にひょこひょことついていく。
「セクハラなことぬかしてんじゃねー。俺のシャワーシーンは高いぜっ」
「どっちなんだね?」
ハハハと笑いながら、静とヘルピスがシャワールームに消えていった。
2人を見送ってから、瑞貴は前髪をかきあげてから、項垂れた。
静が横に座ること、なんの違和感も感じなかった。
ヘルピスの指摘通りだった。
瑞貴の顔が、ほわりと赤くなった。
自分が、静という存在に慣れてきているのが、わかった。
今までは、他人が自分に触れたり、傍にくることすら、いやでいやでたまらなかった。
とにかく、ずっと一人でいたかった。
それなのに。
バスルームから賑やかなやりとりが聞こえてくる。
どう考えてもヘルピスと静は似た者同士で、そのせいか波長が合うらしく、なんだかんだと仲が良い。
別にそれを羨ましいなどと欠片も思わないが、静のあの性格はすごいと思うのだ。
あいつはいつだってそうなんだ。
昼休み、一人でいた俺に声をかけてくれて・・・。
って?
ドクン、と瑞貴の胸が鳴った。
昼休み?一人でいた俺に声をかけて?
頭を過る光景。
これは、なに?
もしかして、これは。
俺の、記憶!?
考え込もうとしたら、ヘルピスと静が戻ってきた。
「おい、瑞貴。外行って来たらどうだ。風、気持ちいーぞ」
思考が中断し、瑞貴は舌打ちした。
「うるせー。今、考え事してんだよ。寝室行くから、入ってくんなよ!」
立ち上がり、瑞貴は寝室へこもった。
「頼まれたって入ってなんかやんねーよ」
憎たらしい静の声と、ヘルピスの笑い声が童子にドアの向こうに聞こえた。
ベッドに飛び込み、瑞貴は目を閉じた。
ここにきて、ピクリともしなかった失った記憶らしきものが、ざわざわとざわめき出している。
さっきみたく、やっぱり胸がドキドキと鳴りだした。
瞼を強く瞑ると、また一つ、もう一つ、と今の自分では知りえない自分の姿が浮かんでくる。
その光景には、確かに、静もいた。
いやだ、思い出したくない。
ギュッと瑞貴は毛布を指で掴んだ。
思い出したら、俺は、今よりもっと、ずっと。
弱くなってしまう。
「瑞貴っっ!」
ハッと顔を上げ、瑞貴は、ドアを振り返った。
「たった今、入ってくんなよって言っただろーが、もう忘れたか、猿!」
「やかましい。何度も呼んだよ。飯!昼飯の時間なんだよ」
呼ぶ声が、まったく聞こえなかった。
「一応言ったからな。いらねーなら、出てくんなっ」
パンッと乱暴にドアが閉まり、瑞貴は腹に手を当てた。
すいてる感じもなかったし、今は静の顔が見たくなかった。
そのまま無視して、うつぶせから、あおむけにむきを変えた時だった。
「!?」
開いた瞼から、スーッと涙がこぼれて、瑞貴は自分でも驚いた。
なんで泣いてる?
自分でもわからなかった。
けれど、後から、後から、涙が溢れてきた。
仕方ないから目を閉じても。
浮かんでくるのは、覚えのないお揃いの服を着て、笑いあう自分と静。
バカみたいに楽しそうな自分達。
「くそっ」
余計に涙が溢れて、瑞貴は泣くのを止めることを諦めた。
幸い、静が昼飯の催促をしてくることは、なかった。
「つっ・・・」
涙の理由はわからなかったけれど、心に溜まったなにかが、涙と共に剥がれていくのを瑞貴は感じていた。


「てか。今日、かーちゃんの誕生日だ。ここに来て、もうそろそろ一か月になるのか。早いもんだ」
カレンダーを見て、静が、険しい顔をした。
「もう少し悲観的になれよ」
すかさず瑞貴がつっこむと、静は髪をかきあげた。
「だって。どーしよーもないじゃんか。こーんな警備が厳しい所に閉じ込められて、外部への連絡手段は一切奪われてんだし」
「だったら、虫取りとか、所内見学ツアーとかしてねーで、もっと深刻に考えろって言ってんだよ!」
読んでいた本を放り投げ、瑞貴は、ソファから静を見上げた。
「だよな。さすがに一か月も帰ってないとかなると、大騒ぎになってるよな」
静は顎を撫でながら、神妙に呟いた。
「フン。行方不明とかにされて、騒がれてもせいぜい3日ぐらいだ」
「世間は、だろ。かーちゃんはそうはいかないだろ」
グッと静が拳に力を込めた。
「・・・なんだ。心配か」
「そりゃな」
ちょっと拗ねたようにボソリと呟く静を、瑞貴は鼻で笑った。
「マザコン」
「あ?いや、そーじゃなくて。かーちゃんより周りがな。うちのかーちゃん、自分のトラブルに他人巻き込むの得意だからさ。さぞやご近所さんに迷惑かけてるんじゃないかと心配でさぁ」
うーんと腕を組んで眉間に皺を寄せている静を見て、瑞貴は肩を竦めた。
「元凶がしおらしく心配してんじゃねーよ。だったらさっさと、ヘルピスに頼んで記憶失う薬とかでも飲ませてもらって、家帰れ。だいたいおめーは、この研究所には元々なんの関係もねえんだろ」
バフッと瑞貴はソファの背もたれにもたれかかった。
「勿論、帰るさ。おまえと一緒にな」
「?」
「俺は、一度決めたことはぜってー貫くぜ。かーちゃんにそう教育されたかんな。どんなに無駄だと思うことだって、やってみなきゃわかんねえ」
めでたいヤツだ、と瑞貴は心の中で呟いた。
どんなに努力したってどんなに願ったって。
世の中には、どうしたって出来ないことがあんだよ。
努力すれば、願えば、叶うなんてそんなのウソだ。
「おまえだってそうだろ、瑞貴」
名前を呼ばれて、ハッとした。
「は?なんで俺が」
すると、静は器用に瞬きをしてから、
「おまえだって、ここから出ること、諦めちゃいないんだろ?だから、ずっと一人で抵抗して頑張ってきたんだろ」
瑞貴は、あまりにストレートに言われて、一瞬言葉に詰まった。
言い返すことなど、ない。
そうだ、その通りだ。
自分だって、静と同じだったのだ。
「・・・そうだな。おまえの言う通りだ」
頷くと、静が、ポカーンとバカみたいに口を開けてこちらを見ていた。
「な、なんだよ」
「おっ、おまえ。今、そうだなって言ったか?」
「・・・言ったけど」
「へ、へえ。おまえ、人の意見に同意すること出来る生き物だったのか」
まるで珍獣を見るような目でこちらを見てくる静に、瑞貴がムッとして言い返そうとした瞬間だった。
ドアが開いて、Dr望月が入ってきた。
「セブン。定期検査だ。一緒に来てもらおう」
「!」
弾かれたように瑞貴は、立ち上がった。
忘れていたが、月に一度の定期検査の日だった。
「いやだ」
「我儘を言うな。これはおまえの仕事だ」
「いやだ、誰がっ。俺に触るな」
望月は、静の前を通り抜けてこらちへ向かって歩いてきた。
「おい。検査ってなんの検査だよ」
静が望月に聞いた。
「君には関係ない」
ぴしゃりと冷たい口調で静の質問を跳ね除け、望月はスタスタと瑞貴に向かって歩いてくる。
「絶対行かねー」
ひらりとソファを避け、瑞貴は寝室に駆け込もうと走った。
「おい、アンタ、待てよ。検査ってなんだよ。瑞貴が嫌がってるだろっ」
静が望月の腕を掴んだ。
「セブンの意志は関係ない。これは、プロジェクトの一環なのだ。毎月、セブンの体を調べることが義務づけられている」
「体を調べる?」
「手荒なことをされたくなければ、君は黙っていたまえ。我々がセブンに危害を加える筈がない。むしろ危害を加えられていたのは我々の方だったのだから。セブン」
寝室に鍵をかけてこもった瑞貴だったが、望月が特殊な機械を使い、すぐにロック解錠してしまう。
「来い、セブン」
「いやだっ」
瑞貴は寝室の隅っこの壁にへばりついていた。
静も望月の後を追って寝室に入ってきた。
「おい。瑞貴が、あんなに嫌がってるんだ。出直して来いよ」
今は、静の加勢がありがたい瑞貴だった。
「そんな時間など、ない」
望月は即答だ。
感情の欠片さえうかがえない。
「瑞貴」
静が瑞貴の名を呼んだ。
瑞貴は、隅っこの壁からパッと離れ、走り、静の背に隠れた。
「お、おい」
大して背は変わらないが、それでも瑞貴の方が低いから、一応防波堤のような役割は出来る静だった。
「俺はぜってー行かない。そんなに俺を検査したいならば、こいつを倒してからにしてくれ」
「ってぇ。完全盾かよ、俺」
「俺を助けに来たんだろ。今こそ、その真価を見せろよ」
「そ、そりゃそうだが、まだ時期尚早っていうか・・・。け、けど、確かに嫌がるおまえを放っておく訳にゃ行かねえ」
うおおお、どうしたらいいっっと頭をかきむしる静に、望月が迫る。
「さあ、早くセブンをこちらによこせ」
望月は、白衣の下に、明らかになにかを隠している。
さすがに静にもそれはわかっていた。
催眠スプレーとか、銃とか。
とにかく、瑞貴を黙らせることが出来る、武器を持っている。
「よ、よし、瑞貴。これは、作戦だ。誤解すんじゃねーぞ」
「え?」
ガバッ。
静は、背の後ろに隠していた瑞貴を抱き寄せると、そのまま強引に口付けた。
あまりのことに瑞貴は、抵抗すらろくに出来ずに、静の唇を受け止めさせられた。
「!!」
目の前の望月が、カッと目を見開いた。
「隙ありいっ」
ドカッ、と長い脚で静は、望月の股間を蹴り上げた。
「があっ」
奇妙な雄叫びをあげて、望月がその場に転がった。
「へへんだ。原始的な方法の勝ちっ〜」
言いながら、静は瑞貴を抱き上げた。
その瞬間に、部屋のサイレンが鳴った。
監視カメラで見ていたであろう者が、ボタンを押したのだろう。
けたたましいサイレンと共に、「緊急ロック始動」という無機質な声が部屋に響いた。
部屋に閉じ込める気のようだった。
「させるかぁぁぁ」
瑞貴をお姫様抱っこしたまま、静はドアのボタンを押し、ドアを強引に開けた。
「うおおおお」
閉まる瞬間に、スライディングで部屋を飛び出した静は、腕の中の瑞貴を勢いで空中に放り出してしまった。
くるくると回り、ドンッと瑞貴は頭から廊下の壁にぶつかった。
「いてぇっ」
「などと言って痛がるのは、安全なところに行ってからにしろ」
グイッと瑞貴の腕をひっぱり、静は廊下を走った。
次々に長い廊下にシャッターが下りていく。
「わーお。昔やったサバゲーみてえだな」
振り返った静は、どこか楽しげだ。
「呑気な感想言ってんじゃねー」
ギリギリでシャッターの下を潜り抜けながら、2人は走った。
「どこへ行く気だ」
「ノープラン」
「てめーはっっ」
走りながら、瑞貴は静を睨んだが、
「でも、いい予行練習にはなってんだよ。そこのエリアを抜けたらシックスの所へ行こう」
「シックス?なんでだ?」
「喉渇いた。ハーブなんちゃらっつー茶が飲みてー」
「・・・アホ」
それでも二人は、うるさいぐらいに鳴り響くサイレンを振り切り、新エリアから、旧エリアに到達していた。
「シックス、開けてくれ、シックス」
ドンドンとシックスのドアを静が叩いた。
「やだぁ。その声は静くんね。さっきどういう訳かドアが勝手にロックされちゃってるんだけど、今開けるわ。うりゃあああ」
ドカッ★
ドアが開いたところを静と瑞貴はドササと転がりこんだ。
「まあまあ、なんの騒ぎ」
ドゴンッと、へしゃげたドアを無理やり閉めながら、シックスが二人を見て眉を寄せた。
「さっきからサイレンうるさいと思ったら、貴方達が犯人なの?」
「ハアハア。ま、まあな」
静は息を切らしながら、立ち上がった。
「さすがの俺も、きついや。瑞貴、平気か?」
「・・・平気な訳あっか・・・。このバケモン・・・」
ぜえぜえと瑞貴は息を切らし、胸に手をやっていた。
「ま、なんですって!セブン、いきなりひどいじゃないの〜」
静の隣に立っていたシックスが、キイキイと喚き出した。
「や。今の俺に言った台詞だと思うんだが、気の毒に。化け物とか言われて過剰反応しちまうんだな、シックス」
申しわけなさそうな顔で、静がシックスを見た。
「あ、あら、そーなの。って、ちょっと、その同情じみた視線、止めてくれる。余計傷つくわっ」
そうだよ。
静、俺は、てめーに言ったんだ。
あんな心臓バクバクもんの場面をフルスロットルで駆け抜けて。
体がどーにかなんねー方がおかしいだろ。
なんでそんな程度でいられるんだよ。
体力の差だろうか。
「ちきしょう」
やっぱり俺の体は、変わってしまっているんだ・・・。
眩暈、そして暗転。
瑞貴は、ドサリとその場で気を失った。



「瑞貴!」
助け起こそうとするのをシックスに止められた。
「セブン、検査いやがってるんでしょ」
「なんで知ってるんだ」
シックスは、目を伏せた。
「だって私もさっき受けてきたばっかりだし。この子、いつも定期検査の時はひどく暴れて。でもね。一度だって受けなかったことはないの。ここはそういうところ。気を失ったならば、そのままにしておいてあげた方がいいわ。気づいたら全て終わってる方が彼だって楽に決まってる」
「シックス・・・」
ふわりと上半身を持ち上げて抱き起して、静は唇を噛んだ。
「シックスの言う通りだ、リンダ」
いつの間にか、ドアの所にはヘルピスと敦子が立っていた。
「!」
振り返り、静は彼らを睨んだ。
「君にそんな顔をされるのは辛いが・・・。仕方ないことだからね、リンダ」
静はそっと瑞貴を抱き上げた。
「じゃあ、検査室には俺が連れて行く。このまま」
「ああ、頼むよ。途中で目を覚まして、暴れられたら困るからね」
「シックス、落ち着いたら、また来る。したら、茶飲ませてくれ」
「静くん。喜んで。待ってるわね」
と言いながらも、シックスは複雑そうな表情を浮かべていた。
静の腕の中で、瑞貴は少し苦しそうな顔で目を閉じたままだった。
抱え上げられても起きる気配はない。
「カルピス」
「なんだね」
「途中でコイツが目を覚まさないように、細工してやってくれ」
ボソリと静が呟いた。
「え」
ヘルピスは聞き逃したらしいが、敦子がその呟きを受けとり、
「わかったわ、静くん」
と了承した。
「こんなに抵抗する程嫌なら、シックスの言う通り、終わるまでは眠っていた方が楽だよな」
言い終わって、静は、クソッと呻いた。
「なんだよ、これ。瑞貴は、瑞貴なのに。どっこも変わってねえのに。女にされたとか言うわりにゃ、胸もぺたんこ、チンコだってついてるし、口は悪いし、すぐ手が出るし。なにもかも勝田瑞貴だってぇのに。なんで、こいつ。こんなに軽いんだよぉ・・・」
うつむいた静の瞳から、涙が溢れた。
静は、可哀想で、可哀想で、たまらなかった。
腕の中の軽い、瑞貴のことが・・・。
そんな静を、ヘルピスと敦子がジッと見つめていたが、彼らはなにも言わなかった。



続く
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