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『瑞貴。俺、俺、林田静。覚えてるかーーー。偶然だな。うちの学校に転校してくるなんて』

『し、仕方ねえから、職員室とか色々教えてやっから。って、必要ねえだと?』

『おい、瑞貴。かーちゃんが、また飯食いに来いって・・・サ』

頭の中を懐かしい声がくるくると回る。

俺を『瑞貴』と呼ぶ、その声。

そうだ。
俺は、セブン、なんて名前じゃない。
瑞貴という名前があったんだ。

「はっ」
意識が覚醒した瑞貴は、起き上がった。
「大丈夫、セブン?いきなり起きたらクラッとするわよ」
声をかけたのは、女性研究員の敦子だった。
彼女の言葉通り、頭がクラクラして、瑞貴は目頭を押さえた。
「あ、あいつは」
瑞貴は静を探した。
おととい突然俺の目の前に現れた、林田静と名乗った、喧しい男。
「えっ、あいつって?」
敦子が首を傾げた。
「あのくそーうるせーヤツは!?」
すると、敦子がメガネの縁に指をやった。
「ああ、静くんのことね。目が覚めた途端に、自分のことより、心配するなんてすごいじゃない」
くそうるせーヤツ=静でちゃんと通じて瑞貴はホッとした。
敦子の態度があまりにいつもと変わらないので、ひょっとしたらおとといからのことは長い夢だったのではないかと思ったぐらいだ。
「ヤツはどうした」
ぎゅっ、と瑞貴は毛布を握りしめた。
「彼は」
敦子は途端に目を伏せた。
その表情には、悲痛の色が漂っていた。
「!?」
ドクンと瑞貴の心臓が鳴った。
「静くん。彼は、Drヘルピスに」
それきり敦子は黙ってしまう。
「・・・もう、いい。どけっ」
ひらりと瑞貴はベッドを降り、部屋のドアのロックを解除した。
俊敏に開いたドアを潜り、瑞貴は走った。
「セブン、待ちなさい」
敦子は慌てて、緊急ボタンを押した。
「セブンが、Drヘルピスの執務室の方向に向かっています。至急捕まえてください」
途端に廊下にけたたましいサイレンが鳴りだし、バタバタと白衣の男達が廊下に出てくる。
「セブン、待て」
彼らの手をヒョイヒョイと避け、セブンは走り、時々連れていかれるヘルピスの執務室を目指した。
場所は把握していた。
「なんだぁ?るせーな」
シュンと開いた、ヘルピスの執務室手前のドアから飛び出した男に瑞貴はぶつかった。
ドンッと弾き飛ばされ、廊下に尻もちをついてしまう。
「み、瑞貴っっ。おい大丈夫か。目覚めたんだな。良かった」
腕を掴まれて、ヒョイと起こされた。
探し人の林田静だった。
まじまじと静を見つめると、静もその視線に気づいて、奇妙な顔をした。
「な、なんだよ。俺の顔になんかついてんのかよ」
慌てて瑞貴は、視線を逸らした。
「ケツが、いてーよ」
思わず瑞貴は尻をさすった。
静はハハハと豪快に笑った。
「わりぃ。でもよ。廊下は走る方が悪いんだろ。よく学年主任の黒田が喚いてたじゃねえか」
「知らねーよ、そんなヤツ!」
くそっ。
どうでもいいが、コイツ、ぴんぴんしてやがる。
さっきの敦子のあの顔はなんだったんだよ。
心配して損した、と瑞貴はクルリと踵を返した。
すると追いついた敦子が、どことなくニンマリして瑞貴を眺めた。
「あらぁ。会えたのね。セブンったら、私の話を最後まで聞かないんだから。貴方が倒れている間は用無しの静くんは、Drヘルピスにアシスタントとしてこき使われて悲惨よ、と言いたかったのに」
うふふと敦子は笑った。
「だったらさっさとそう言えばいいだろ。紛らわしい顔してんじゃねえっ、オバサン!」
ピクッと敦子が眉を寄せた。
「るっさいわね。アンタがそうやって可愛くないから、ちゃんと言わなかったのよ。フン」
瑞貴が敦子を睨むと、敦子も瑞貴を睨んできた。
この女とは、ここに来た当初から、こんな感じなのだ。
どうにも相性が悪いらしい。
「なんだよ、この二人、仲わりーの?」
静が振り返った方にはヘルピスが立っていた。
「敦子くんは、自分より美しいものには厳しいのだよ。私も、上司だというのに、ネチネチと苛められているしね」
とほほとヘルピスは苦笑したが、すぐにその視線は瑞貴に向けられた。
「セブン。残念ながら検査の結果は、ただの体調不良のようだった。もしかしたらつわりではないかと一同ざめわいたものだったが。よく考えてみれば、Dr望月も樋口も、君とまともにセックスしていないというのに、デキる筈もなかったのだよ」
「どんだけ早とちりだよ」
ケッと静は肩を竦めた。
「それだけ我々もセブンの妊娠には敏感だと言ってくれたまえ」
ヘルピスには反省の欠片もない。
「ヤッてもねーのにデキる筈ないだろうが。なあ、瑞貴」
カッカッカッと呑気に笑う静に、研究員たちの恨みの視線が突き刺さっていた。
瑞貴には、同意する気などさらさらなかった。
同意などしたらどうなるか。
考えるとゾッとするので、瑞貴は、そのままスッと踵を返した。
「フン。リンダ。セブンの意識が戻ったのだから、私のアシスタントはもうよい。君達は夫婦の時間を過ごしたまえ。初夜の続きもあることだし」
そら来た、と瑞貴は辟易した。
ん?夫婦?初夜!?
瑞貴は、パチパチと瞬きして、立ち止まった。
そういえば。
俺、なんか左手に違和感が。
「!」
自分の左薬指には指輪がはめられていた。
「なっ」
驚きのあまり、頬が引き攣った。
目の前の静を見ると、同じように左手薬指には、指輪がはまっていた。
呆然としている瑞貴を見かねた敦子が、軽く咳払いをしてから、説明した。
「セブン。貴方は昨日まる一日寝込んでいたから、おとといになるのだけど、静くんと結婚したのよ。途中から貴方は意識を失ったままだったけど式は無事に終わったの。昨日、正式に役所に書類を提出してきたから、貴方は、勝田瑞貴ではなく、林田瑞貴なの。おめでとう」
全然心がこもっていない敦子の祝福の言葉など瑞貴はどうでもよかった。
(俺が。この俺が。こんな声だけデカいバカそうな男と結婚!?)
そういえばあの時の記憶がぶっ飛んでいる瑞貴だった。
「うーむ。リンダが二人で困っちゃうな」
ヘルピスがヒョイと肩を竦めて、訳のわからないことを言っている。
「じょっ、冗談じゃねえっ。なんで俺がこんなヤツと結婚なんて・・・」
思わず握りしめた拳がぶるぶる震えた。
「冗談じゃねえよっっ!」
指輪を引き抜き、瑞貴は、それを思いっきり静に投げつけた。
「瑞貴、うおっ、いてっ」
ビシッ、とその指輪は、静の額に命中した。
「おお。セブン、なんという野蛮なことを・・・。大丈夫か、リンダ」
ヘルピスが、額を押さえて呻いている静に駆け寄った。
「ざけんな。なんで俺がてめーと結婚なんて」
再度頭がクラクラしてきて、瑞貴は最後まで言えず、ウッと唇を噛んだ。
「セブン。いい加減にしたまえ。ここでは君の意志など必要ない。よいか。何度も言うように、君はご両親に売られ、我々は君を買った。君を自由に扱う権利を我々は金を出して買ったのだ。君に、自由は、ない」
強い口調のヘルピスに、瑞貴はビクリと体を震わせた。
「つっ」
ここに来て、何度も言われた言葉だった。
今更傷つくこともない。
だが例えそうだとしても、今の自分の立場をおとなしく受容れることなど、瑞貴にはどうしても出来なかった。
「カルピス、てめえっ。んなこと、瑞貴の目の前でわざわざ言わなくてもいいだろっ」
静は荒々しくヘルピスの胸倉を掴んだ。
「離せ、リンダ。何度だって言わねばならんのだ。このじゃじゃ馬には」
パンッとヘルピスは静の腕を払った。
「リンダ。君が優しいのはわかるが、これは現実だ。君にとってセブンは友達だろう。だが、我々はビジネスとしてセブンを見なければならないのだ。恐らくはこれから先、君らと私達がわかりあえない時がくるだろう。だから我々は、君とセブンに結婚してもらい、出来れば少しでも穏やかに事を進めたいのだ」
屈みこみ、ヘルピスは床に落ちた指輪を拾い上げた。
「セブン。君もそうだ。どうせならば、君のことを見捨てずに助けてにきてくれたリンダに、その身を預けたらどうだ?見知らぬ男達にその体を好きにされるより、ずっといいだろう」
項垂れた瑞貴の指に、ヘルピスが有無を言わせずに再び指輪を嵌め込んだ。
「・・・うるせえよ。そんな簡単に割り切れる訳ないだろ。俺にとっては、てめえら研究員も、このうるせーヤツもほぼ知らないヤツに等しいんだよ。そんなやつと、いきなり結婚とか言われたって・・・」
グッと瑞貴は、再び指輪をはめられてしまった左手を握りこんだ。
「なにがなんだか、わかんねえよ!」
力一杯叫んだら、クラッとして、瑞貴はよろめいた。
「確かにそんな簡単なもんじゃねえんだ、カルピス」
よろけた瑞貴を支えたのは、静だった。
「ダチだからっていい訳でもねえ。むしろダチだから嫌だってこともあるぜ、カルピス。そいつぁおめーらに都合が良すぎる発想ってもんだ」
ヒョイと抱き上げられて、瑞貴はギョッとした。
「なにすんだ、下せ」
こいつ、軽々と俺を抱っこしやがった。
なんだか無性に腹が立って、瑞貴は静の腕の中で暴れた。
「セブン。あんまり暴れるとまた貧血起こすわよ。倒れたら、また私達はあんたの体を調べなきゃいけないのよ」
敦子の言葉に、瑞貴は暴れるのを止めた。
体を調べられる・・・。
それは、瑞貴にとって、ひどくいやなことだった。
研究員たちが、興味本位で自分の体を見るのが、瑞貴にはたまらなく嫌なのだ。
「カルピス。とりあえず俺、こいつ部屋に放り込んでくるわ。したら、また書類整理つきあうから」
ヘルピスはゆっくりと首を振った。
「もうアシスタントはいいぞ。セブンが目を覚ましたならば、リンダのすべきことは、ただ一つ。セブンと愛し合うことだからな。あの時は、しばらくは用無しだろうと思ったから、君をアシスタントにスカウトしただけで」
「銃口つきつけて、私のアシスタントになってくれたまえたぁ、ビックリしたけどな」
二人の会話を聞きながら、瑞貴は、静の腕の中で身じろぎした。
こんな風に抱えられる体制に慣れていないから、なんだか居心地が悪いのだ。
「静くん。仲良くするのはいいけど、まだセブンは体調が復活してないから、念のためにセックスは止めておいてね」
敦子がケロリと言った。
「誰がすっかぁ!」
たちまち静の顔がわかりやすく真っ赤になった。
大声でわめかれて、腕の中にいる瑞貴にはとんだ迷惑だった。
「うるせーよ」
と思わず呟く。
「おお、わ、わりぃ。ったく、ふざけたこと言ってんじゃねえよ、敦子さん」
スッと歩き出す静は、少しも危なげない足取りだった。
俺、結構身長あるから体重だってある筈。
静とはそんなに身長が変わらないし、こんなに軽々しく抱っこされる程軽い筈は・・・と思ったが、自分の体が改造されてしまっていることに瑞貴は改めて思い至る。
くそっ、と忌々しい気持ちになった。
だが不思議と、いつも研究員達にあちこち連れていかれる時と違い、妙な安心感がいつのまにか瑞貴の心に沸きあがっていた。
こいつと一緒ならば、なんか、怖くない。
『瑞貴。また一人で飯食ってんのかよ。なら、一緒に来いよ。今日は天気がいいから、外の芝生で食おうぜ』
脳裏に、浮かんだ、あの声。
コイツの声とダブる。
今、俺を腕に抱いているコイツの声と。
本当に、俺、コイツとダチだったのかな?
わかんない。
わかんないけど、なんか眠くなってきた・・・。
とろん、と瞼が落ちてきて、瑞貴は、目を閉じた。
そしてそのまま。
コトン、と眠りに就いた。


部屋が変わったから案内するとヘルピスに言われ、静と共に瑞貴は未だ踏み入れたことのない場所へとやってきた。
なんでも、新居だそうで、いつも隣だったシックス達とは隔離され、別のエリアになった。
「うおー。なんかすごい広くねえか?」
静が、キョロキョロと回りを見渡して、感嘆の声らしきをあげていた。
「だろう、リンダ。ここならば、君もセブンも落ち着くのではないかと思ってな。新婚生活に大切なのはゆったりと寛げる家だからな。形から入ってみたのだ」
「てか、形から入ってばっかじゃないですか、このプロジェクト」
ヘルピスの言葉に、敦子がボソリと愚痴る。
敦子を綺麗に無視して、ヘルピスは再び部屋の案内を続ける。
「リビングは木を基調として優しいインテリアで統一した。見たまえ。目の前の窓からは、研究所内の庭が一望できる。この庭には、許可さえ取ってくれればちゃんと出れるようになっている」
「おおおお。すげえ、すげえぞ。なんだったけ、ほれ。マイナスイオンか。そゆのがぜってー漂ってんだろ、ここ」
静は窓に張り付いて、庭の景色に見入っていた。
「リンダが気に入ってくれて嬉しい。ここを君の家と思って自由に使ってくれ」
「俺の家って。俺、別になんもしてねーけど。でも、かーちゃんが苦労して買った庭付き一戸建てのあの家の小さな庭と大違いだ。瑞貴見てみろ、ほれ。あっちには滝とかも見えるぞ。新鮮な緑がいっぱいだ」
指差す静だったが、瑞貴はそれを見るのを無視した。
「どーでもいい」
庭に面する窓に背を向けた。
「なんだ、おまえ。白けてるヤツだな」
がっかりした静の声に、瑞貴は苛ついた。
「てめー、馴染むのが早すぎるだろっっ」
静といると、自分がおかしいのではないだろうかとおもってしまう瑞貴だった。
「やー、俺さ。転校ばっかしてたから、順応力ぱねえのよ。かーちゃん譲りの性格のせいもあるしな」
ぽりぽりと静は指で頬を掻いた。
「リンダのお母さんは、色々とすごそうだね。君が君だけに」
ほう、とヘルピスが深々と息を吐いた。
「んだよ、そんなに褒めんなってー。普通のかーちゃんだって」
わはははと照れ笑いしている静を見て、さすがに瑞貴は敦子と顔を見合わせてしまう。
「今、アイツ褒められたのか?」
「な訳ないっしょ。君の旦那、ほんっとに、バカがつくぐらいバカよね」
「・・・」
へっ、と瑞貴は敦子の言葉に、笑いかけて堪えた。
「それで、だ。寝室はここだ」
敦子と瑞貴を置いて、ヘルピスと静は寝室の方へと入って行った。
「へー。シンプル。ってか、前の瑞貴の部屋みたく、色々あったカメラとか全然ねえじゃん」
確かに。
瑞貴も部屋を見回して、一番にそう思った。
「それはそうだろう。あれらがあるせいで、君達が交尾出来ないとなったらそれはそれで問題だからな。我々はつい成果をあせる為に、配慮に欠けてしまうことがあるからな。全員で考え直した結果だ」
金色の髪をかきあげながら自慢気にヘルピスは言った。
「ふーん。ま、その言葉を信じるほど、さすがにめでたくねえけどな」
どっかに隠しカメラとかしこんであるんだろ、と静は言った。
ヘルピスと敦子が、パッと目配せをした。
静のヤツ、珍しくまともなことを言いやがったなと瑞貴は感心した。
こんな胡散臭いやつらの言葉など、信じるに値しない。
「変なところで君は鋭いね、リンダ」
「そこまで俺もバカじゃねえよ」
ふっ、と静はドヤ顔で云い返した。
<いや、結構な確率で、バカだよ>
と心の中で、瑞貴と敦子とヘルピスは同時に呟いた。
「ま、まあ、気を取り直してだな」
「ん?気なんか崩れてねーけど、どーした、カルピス」
ヘルピスはウォッホンと咳払いをして誤魔化したが、敦子はとうとう爆笑した。
瑞貴は、心の中で数を数えて、なんとかやり過ごした。
「とにかく、だ。今日から君達は二人っきりでこのエリアで過ごしてもらう。セブンの受精可能期間は、まだあるが、体調優先にすべきという結果で一致した。次回にきっちりと役目をはたしてもらう。それまでは、弱った体を元に戻すことに専念してくれたまえ。セブン」
瑞貴はヘルピスの言葉におとなしくうなずいたりなんかしなかった。
「なあ、その受精期間って、決まってんの?」
静が急に質問を挟んできた。
ヘルピスが、ふむと顎を撫でた。
「今、まだ調査中なんだがな。普通の女性体とはやはり多少違うようなのだ。この半年のデータは取れているので、まあ次の時期を今度の会議で割り出す予定だが」
「へー。大変だな」
「なにを呑気な。君にも我々プロがしっかりと管理した食事をとってもらい、万全の体制で精子を調えてもらわねばなるまい」
ぶっ、と静は吹き出した。
「うがー。せめて、体調とか言えよ。精子整えろなんて言われて、ハイなんて素直に頷けるかよ、くそカルピス」
ハッハッハッとヘルピスは笑いながら、部屋を出て行った。
「くっそ〜。研究者っつーのは、どーもデリカシーにかけるっつーか」
とんでもねえな、と静は、ヘルピス達が出て行ったドアを睨みつけた。
「あいつらのああいうのに、いちいち反応してたら、キリねえぜ」
「そうだな。って」
静が、ジイッと瑞貴を見つめた。
「なんだよ」
「今、なんかフツーに会話したな、俺達」
「・・・」
瑞貴は、黙り込んだ。
「なあ、瑞貴。早く、こんなとこ、出ようぜ」
「簡単に言うな」
「まあなぁ。確かに簡単じゃなさそうだけど・・・。俺程度が入れたんだから、きっと出れるさ」
わかっていたけど、コイツの頭はあまりよくなさそうだ、と瑞貴は呆れた。
「てめー。いきはよいよい、かえりはこわいって言葉知ってっか?」
「聞いたことある。それがどーした」
「どーしたもこーしたもねえよ。それですべてだ。もっと噛み砕かなきゃなんねーのか、バカ」
「うん?別に俺、帰るの怖くねーぞ」
キョトンとした顔をしている静に、瑞貴はそれ以上を言う気力を失い、また黙った。
「次のおまえの周期とやらが来るまでに、さっさとここを出ようぜ。出てから、色々と考えようや」
静はバフッ、と高そうなソファに腰かけた。
突っ立ったままで疲れたので瑞貴も座る場所を探したが、このだだっ広いリビングには、ソファとテーブルとテレビしかない。
「・・・」
仕方ないので静とは反対の離れた位置に、瑞貴は腰かけた。
右と左で、距離を置いて腰かけた二人は、互いに別々の方を向いたまま、むすっと黙り込んだ。


「見たまえ、敦子くん。なんと可愛い構図ではないか」
モニターを見て、ヘルピスがクククと笑っていた。
右と左に別れて座った静と瑞貴が画面には映し出されていた。
「ソファを一つにしておいて正解だったな」
敦子が覗き込んで、フッと笑った。
「それ言うんだったら、もっと狭いソファにしておけばよかったんですよ」
「あの広い部屋に、それじゃ均衡が取れないし、魂胆見え見えのソファに、リンダはともかくセブンが座る筈もない」
「まあ、それはそうですわね」
「いいぞ。この二人は、いい。私はモニターで初めてリンダを見た時から、ピンと来ていた。ああ、彼がここに来たのは、運命だ、と」
子供のようにわくわくした声で、ヘルピスはモニターを指差した。
「運命?随分頼りないお言葉ですこと。Drヘルピスともあろうお方が」
敦子の苦笑をかわし、ヘルピスはモニターを食い入るように見つめた。
「なんとでも言うがいいよ、敦子くん。とにかく私は感じたんだ。運命、とね。だから私は、ここの扉を開けてリンダを招き入れた。普通ならば一般人が入れる筈がない、ここへね。リンダとセブン。彼らは必ず自ら番うだろう。そういう風に、出来ているんだよ・・・」
ヘルピスの青い瞳は、モニター画面の光の反射を受けて、妖しく煌めくのだった。


続く
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