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「じょっ、冗談じゃねーよ。こんなカメラだらけの部屋でセックスしろだと?」
静は部屋をグルリと見渡しては声を上げた。
「ただでさえ瑞貴相手に萎えるっつーに、こんな場所だったら、余計に勃たんわいっ」
イライラと静は爪を噛んで、ベッドの端に腰をかけた。
「だいたい。よーく考えたら俺、順応力高過ぎだっつーの。あのカルピスが言ったこと本当かどうかわかんねえんだろうが。瑞貴が女だとかなんだとか。だったらおっぱいとかチンコとかどうなってんだよ!」
『確かめてみたらどうだ。そらそら。すぐ目の前にセブンはいるじゃないか』
スピーカーからはヘルピスの声が聞こえ、静はギクリとしつつ、天井を見上げた。
「るっせー。言われなくてもそんぐらいはやったるぜ」
静は振り返り、瑞貴の体におそるおそる触れた。
結局、結婚式からずっと瑞貴は眠ったまま、この部屋のベッドに寝かされた。
「うっ。や、やわらけぇ・・・気がする」
彼女の美穂の体みたいだ、と静はまじまじと瑞貴を見下ろして思った。
『そうだろうとも、そうだろうとも』
楽しげなヘルピスの声。
「エロオヤジか、てめー。く、くそっ。こんなん躊躇ったら負けだっ」
バッと静は、瑞貴の衣服をめくり、まずは胸元を確かめた。
「?」
そして、おそるおそる股間も。
「えっ?なんで。胸や股間は別になんも変化ねーけど?」
『そうだな。だから言ったろ。両性体だ、と。どっちもあるんだよ、セブンは』
つまり。
外見的には、静には瑞貴が男にしか見えないのである。
以前となんにも変りがない。
ただ、セックスして、打ちどころがよければ当たり、瑞貴が目出度く妊娠するだけだ。
「どっ、どーせ、おかしなことすんならば、おっぱいデカくして、チンコも取っとけやー、この藪医者ーーーーー」
静は、天井のスピーカーに向かって、叫んだ。
『そんなことしたら、男性体が好きでパートナーになった人にとっては意味がないじゃないか。リンダ。我々の研究は、男性になんとしても子供を産ませる器を作ることではないのだ。そういうことは他の研究所が既にやっている。我々は、ちゃんとセックスをして、その結果子供を産める体を作りたいのだ。だから多少の無理をしてでも自然な形で実験体と交わろうと日々努力をしているのだ。我々だって辛いんだ』
ヘルピスは、悲痛な声で訴えた。
「・・・」
なにが日々努力だよ、なにが辛いんだよとは思いつつ、でも言ってることは辻褄は合っているとは思う。
だが、見た目になんの変化もない以上、頭から信じる訳にはいかない。
どんな理由があるか知らないが、これがまるごと茶番だってありえる訳で・・・。
静はギュッと唇を噛んだ。
「俺は、女の子の体が好きなんだ」
とりあえず、クスンと、静は今の状況を嘆いた。
なにが真実であろうと、今は、自分は瑞貴とセックスを強要されている。
それだけは確かだ。
『まあまあ。子供を宿せば、セブンのおっぱいもデカくなるだろう。なんたって授乳しなきゃならんし』
能天気なヘルピスの言葉が、静の沈んだ心をますます沈ませる。
「ざっけんな。今この時点で大きくなきゃ意味がないんだよ」
じゃなきゃ、妊娠させることも出来ないっつーの、と静はキャンキャン言い返した。
『リンダは我儘だな。貧乳も悪くはないぞ。なあ、アツコくん』
『なんで私に話をふるのですか?』
ドゴッと物騒な音がマイクの向こうから聞こえた。
『とにかく、リンダ。君は、今晩、なにも考えずに全精子をセブンに注ぎ込むことに集中するのだ。そしてそれが人類の明るい未来へと繋がっていくことを信じて!』
「地球滅亡の映画かっつーの。くそっ。なんだってこんなことに」
ううう、と静は歯軋りをした。
「そうだ、カルピス。もしおまえらが言っていることが全て本当で、例えば瑞貴が妊娠したとする。そうしたら、その後はどうなるんだ?俺と瑞貴は今日結婚したんだから、俺は瑞貴を連れてここを出ていけるのか?」
静の疑問に、ヘルピスは考えこむ気配もなく、スラスラと答えた。
『出産まではここにいてもらうが、その後のことは、我々が決めることではない。このプロジェクトのリーダーが決断される。だがセブンが妊娠し、出産し、その子供が無事に育てば、セブンは今後の貴重なサンプルだ。自由の身になるのは難しいだろう』
「じゃあ、妊娠しなければ、どうなるんだ?」
『そうだな。シックスと同じく、出産が可能な年齢までは、男をとっかえひっかえして、子作りに励んでもらうしかないだろう。彼は、そういう契約で、ここに来たのだから』
「どっちにしたって、ろくでもねえな」
チッと静は舌打ちした。
『だが、リンダ。それでもまだ未来を望めるのは、セブンが出産する方ではないだろうか』
「・・・確かにアンタの言う通りだよ」
頭を抱え込みながら、静は呟いた。
『気にすることはない、リンダ。もし君が失敗しても、君は君が出来ることをセブンにしてやったのだ。我々は君の友情の厚さに感動しているのだよ。失敗しても、君の記憶を操作した上で無事にご家族の元へと帰してやると約束する。だから、なにも心配することなく、心おきなくセブンを孕ませるがいい』
「出来るかぁぁぁアア」
うおおおーと静は頭を掻きむしった。
『それでは、お喋りはここまでだ。ステキな夜を。グッナイ』
「や、ちょっと待て。ステキな夜をじゃねえよ。おいっ、カルピス」
パチン。
勝手に部屋の電気が全て消え、床からの淡い発光が部屋を照らすだけになった。
「ぎょわわわ。な、なんじゃ、こら。今は床が光るンかいっ」
そのうちに、部屋にスーッと心地よい風が流れてきて、良い香りがしてきた。
美穂がよく部屋で焚いていたお香の匂いとよく似ていた。
どれもこれも、自動で勝手に設定されてしまっているようだった。
「んにゃろ。こんな部屋でどうせいっつーんだよ」
くそ、くそっ、と静は前髪をかきあげ、ベッドの瑞貴を振り返った。
「!」
瑞貴は起きていた。
「うあっ。てめ、起きていたのか」
身を乗り出して、静は瑞貴の顔を覗きこんだ。
「・・・部屋中に響く大声で会話してりゃ、起きもするだろーが」
むくっ、と瑞貴は起き上がった。
「っつ」
麻酔のせいか、瑞貴は上半身をよろめかせた。
「おい。大丈夫か」
支えようとして静が手を伸ばすと、振り払われた。
「いてっ」
「俺に触るんじゃねえっ」
「べ、別に、変な気持ちで触ってんじゃねえから、触るぞ俺は」
静は瑞貴の額に手をやったが、今度は振り払われなかった。
「ん。ちょっと熱っぽいかな?」
『おお、そのまま押し倒せ、いけ、リンダ』
天井のスピーカーからヘルピスの声が聞こえた。
「るせーよ。ちっと黙ってろやぁ」
ガアッと吠え、静は瑞貴の額に掌をくっつけた。
「やっぱ熱い気がする。おい、瑞貴、うわっ」
瑞貴は、そのまま、嘔吐した。
「だっ、大丈夫か」
「だから・・・。触るなって言ったろーが。汚ねえから、どけ」
ううっ、と瑞貴はそのまま毛布に突っ伏した。
「カルピス!瑞貴が、瑞貴がっっ。見えてんだろ。瑞貴が吐いた。なんとかしろ」
部屋中にはカメラが仕掛けられている。
その一つに向かって、静は助けを求めた。
『わかった、リンダ。もしかしたら、妊娠しているのかもしれない。すぐさまセブンを医務室に運ぶ』
「妊娠?」
『ああ。Dr望月か樋口の子かもしれん。数値には出ていなかったから気づかなかったが』
「え・・・」
『アツコくん、医務室の準備を』
『はい』
バタバタとスピーカーの向こうが騒がしくなっていくのが聞こえた。
ずるり、と瑞貴の体が滑り、瑞貴は再び気を失ってしまっていた。
「瑞貴。しっかりしろ。今、医者に診てもらうからっ」
静は、瑞貴をベッドから抱き上げた。
「・・・って、おい・・・」
めちゃめちゃ瑞貴は軽かった。
今朝、とっくみあったのが嘘のようだった。
あの時は夢中だったから気づかなかったけど・・・。
チラリと見える瑞貴の足は、多分そのとっくみあいで出来た青痣が数か所に出来ていた。
静はゴクリと喉を鳴らした。
コイツ。
コイツは。
姿形は瑞貴のままだけど、やっぱりなんか、違う。
コイツは、やっぱり、本当に半分は女の体になっちまっているのかもしれねえ。
ほどなくして駆けつけた敦子達が瑞貴の体を静から取り上げ、医務室に連れて行った。
「・・・」
呆然とする静の背後で、カチリと物騒な音が響いた。
「!」
振り返ると、ヘルピスが立っていた。
その手には銃が握られていた。
「リンダ。万が一セブンが妊娠していたら、君は用無しだ」
グッと、銃口が静の背中に押し付けられた。
「へっ。そうだろうよ。なにが無事に帰してやるだ。秘密だか機密だかを知った俺を、処分するんだろ。てめーらの言うことなんかこれっぽっちも信用ならねえ。俺は絶対!生きて、瑞貴と一緒にここを出るからなっ」
背に銃口を突き付けられながら、静はヘルピスに向かって、喚き散らした。
「俺は。瑞貴がどんなに変わっちまっていようと、絶対に救いだしてみせるからな。諦めねえぞ!」
そんな静を見つめ、ヘルピスは、ニイッと口の端を釣り上げた。


続く
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