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ガラガラとけたたましい音のせいで、静は目を覚ました。
すると、自分はストレッチャーの上で横たわっていて、四人の完全防備した男達がそのストレッチャーを押していた。
「??」
ガバッと起き上がってみると、防護マスクの下から、くぐもった声が聞こえた。
「おお。リンダ。目が覚めたか。今、セブンに会わせてやるからな」
という声がした。
マスクで完全に覆われている為、顔の判別は出来ないが、マスクの中から覗く青い瞳のせいでさっきのヘルピスと名乗った外人だろう、と静は思った。
「なんでそんな格好してんだよ」
まるで、映画のようだった。
顔には、防護マスク。
体には、まるで昔の時代劇の侍が纏っているような鎧らしきを四人が四人とも身につけている。
「瑞貴に。一体、瑞貴にどんなことしやがったんだ」
「着けばわかるさ」
がららら〜と廊下をストレッチャーが行く。
「よし。着いたぞ。ドアを開けろ」
ヘルピスはそう言い、静はドキリとした。
このドアの向こうに瑞貴がいる。半年も前に、俺の目の前で拉致されてしまった瑞貴が。
本物なのか?本当に瑞貴なのか??
「ドア、開けます」
カチャッと施錠を解く音がして、ドアがキイッと音を立てて開いた。
その瞬間、静は目を見開いた。
「?」
なんだ。こっちになんか向かって、飛んでくる。でっけえもの。
え?これは・・・。
「んぎゃあああああ」
叫んで静はストレッチャーの上に身を伏せた。
間一髪で、部屋の中から飛んできたものは、静の頭頂部の髪をそよりと撫でて頭上を通過していったが、それはガツンと壁にぶちあたり跳ね返ってきて、結局は静の頭を直撃した。
ドゴォーン!と鈍い音を立てて、それは静の頭を打った。
「いって・・・え?」
一瞬、場に沈黙が落ちた。
「セブン!いい加減にしないかっ!毎回、毎回、ドアを開ける度に我々に危害を加えて。どこから調達してきているんだ、こんな武器を」
防護マスクを脱いだらしく、ヘルピスの声が響き渡った。
毎回、毎回??
痛む頭を抱えて、静は心の中でその言葉を反芻した。
「るっせー!いつまで人をここに閉じ込めてやがるんだ。出せよっ。いい加減に出せっ」
聞こえた声。
確かに瑞貴の声だ。
「み、瑞貴」
頭の痛みを堪えて、静は顔を上げた。
ゴオンッ、と自分の頭を直撃したものが、勢いで、床に落ちた。
飛んできたものの正体はかなりの大きさの額縁だったことがわかった。
美しい外国の少女が描かれている。
こんなものが飛んでこようとは・・・と静は絶句したが、他の医師だか研究員だか知らないが、残りの3人も防護マスクを外して、涼しい顔をして額縁を拾い上げていた。
静はムッとした。
「てか、てめえら。毎回こんなことになるの知ってたならば、俺にもちゃんと武装させやがれ」
ジンジンと痛む頭を押さえながら、静は皆を睨んだ。
「防護服の数が足りなくてな」
ヘルピスはハハハと悪びれなく笑う。
「ったくよ。まあ、瑞貴は昔から、凶暴だったけどよ」
ストレッチャーからヨロリと降りては、静はズンズンと部屋に入っていく。
「・・・近づくなよっ」
部屋に入ってきた静を見て、瑞貴は眉を寄せた。
そして、咄嗟に傍にあった雑誌を手にした。
投げつけようとしているらしい。
静はハッとして、グッと瑞貴の右手首を押さえた。
「瑞貴。なにを興奮してやがる。俺だ。俺の顔を忘れたか。助けに来たぞ。俺はおまえの味方だ」
「なんだよ。てめえなんか、知るか。離せ、離せよっ」
「知るかって。なんだよ。どういうことだよ。俺だぞ。林田静だ。瑞貴、てめえ、俺のこと、覚えてねえのか?」
「るせえ。おまえなんか、知るか」
左手で雑誌を掴んだ瑞貴は、バシッとそれを静に投げつけてきた。
それは静の顔面を直撃し、バサリと床に落ちた。
投げつけられた雑誌は、たまごっこ倶楽部という可愛らしい雑誌だった。
「どういうこった・・・・カルピス!」
いてて・・・と顔面を押さえつつ、静はヘルピスを振り返った。
「私の名はヘルピスだ」
そう言いながら、ヘルピスはコツコツと靴音を響かせて、部屋へ入ってきた。
「うせろ、キサマ」
興奮した瑞貴は、静の右手を振りほどき、今度はもう一冊の雑誌をヘルピスに投げつけた。
ヘルピスは、ヒョイッと雑誌を避けて、歩いてくる。
床に落ちた雑誌は、今度はひよこっこ倶楽部だ。
「てめえのせいで、俺は、こんな変な体にっ」
「落ち着きたまえ、セブン。今回は、もうなにもしない。ただ、君に紹介したい人物がいるだけだ。なあ、リンダ」
ガシッとヘルピスは、静の肩を抱いた。
「ちゅーか・・・!おい、カルピス。なんで、コイツ、俺のこと。俺のこと覚えてねえのか?」
すると、ヘルピスはうなづいた。
「研究の副産物でな。記憶が抜け落ちてしまったのだ」
「それ、早く言えよっ。ただでさえ訳わかんなくって、混乱してるっつーに」
静はヘルピスの襟元をグイッと掴んで、吼えた。
「落ち着きたまえ。まったく、どっちも興奮しやすい性質なのだな。どうどう」
やんわりとヘルピスは、襟を掴む静の指を解いた。
「セブン。改めて紹介しよう。彼はシズカ・ハヤシダ。君の過去を知っている少年だ」
その言葉に、瑞貴は目を見開いた。
「俺の・・・過去?」
「彼は、君を知っていて、行方不明になってしまった君を助けにこの研究所に単身乗り込んできた。いわば、彼は君を愛しているのだ」
ヘルピスの言葉に、静はブーッと吹き出した。
「愛してるだと?極論過ぎるっつーの。俺はただ、コイツが目の前で攫われたので、気になったからっ。俺のかーちゃんだって、カノジョだって、コイツの行方を心配してて、探してこい、探してこいって皆でわーわーと」
シャラップ、とヘルピスは静を制した。
「などとごちゃごちゃぬかしているが、いずれにしても、こんな山奥まで単身で君を探しに来たのは、そこになにがしの愛があったことは間違いない」
「だから!」
「ややこしいので、少し黙ってくれ、リンダ」
ややこしくしてんのはてめえだろ、と思ったが、静は仕方なく堪えて黙った。
そして、カッ、とヘルピスは靴音を再び響かせ、瑞貴の傍へと歩いていく。
「セブン。彼は君の夫となる。そして、君は、彼の子供を産むのだ。母親となる知識は、我々が君に与えた雑誌を読んでもらって、たぶんもう出来ていると思うが」
静は、ヘルピスの言葉に、床に落ちたままのたまごっこ倶楽部とひよこっこ倶楽部をチラリと見た。
瑞貴が哀れだ・・・と、心から思った静だった。
「あんなもん、一ページだって読んじゃいねーよ!おぞましいっ。コイツが俺の夫?俺がコイツの子供を産むだって?いい加減寝ぼけてんじゃねえよ」
瑞貴は、傍にあった小さな花瓶をブンッ、とヘルピスに向かって投げつけた。
ヒョイとそれを避け、ヘルピスはキリリと背筋を伸ばした。
遅れて、ガシャンッと床に花瓶が砕け散った。
「おとなしくしたまえ。もう以前のように、とっかえひっかえ、君の寝室に男を送りこむような真似はしない。嫌がる君に、セックスを強要したりしない。君は、彼と。彼と寝てくれれば、それで良い。そして、彼の子供を産んでくれればいいのだ」
「「出来るかっ!!」」
瑞貴と静は同時に叫んだ。
「なんと。仲の良い・・・。シンクロしているではないか」
ほほお、とヘルピスは感嘆の声を漏らした。
「結婚式は明日だ。我々研究者一同、皆祝福している。良い結果をも期待している。それでは、二人で、ゆっくり過ごしてくれたまえ」
好き勝手を言って、ヘルピスはさっさと部屋を出ていった。
「待ちやがれ、このヤロー」
瑞貴は、閉じてしまった部屋のドアを、バンバンと叩いて、抗議を続けた。
「ボケナス外人。てめえー、このヤロウ。死にやがれ。俺をここから出せっ。出しやがれっ」
瑞貴の必死の抗議の間、静と言えば、呆然自失だった。
『なんてこったい・・・』
それが感想だった。
瑞貴に会えたのはいいが、瑞貴は記憶を失っている。
元気なことは確認出来たが、元気過ぎる。
静は瑞貴を振り返った。
瑞貴は相変わらずドアにへばりついて、研究員達への罵詈雑言を喚き続けている。
ハア、と溜息をついてから、静は瑞貴の名を呼んだ。
「瑞貴。おい」
静が声をかけると、瑞貴は、ビクッとしたように振り返った。
「近づくな。俺に近づくなよ!!」
瑞貴は背をドアに預けて、静を睨みつけた。
「や。近づくなよって言われてもさ・・・。別に妙なことはしねーから。つーか、出来ねえし」
ヨレヨレとしながら、静は瑞貴の傍へと歩いていく。
「近づくなって言ってるだろ。殺すぞ、てめえ」
ふーふー、と瑞貴は、殺気立っている猫のようだ。
「・・・瑞貴・・・・だよな。ああ、間違いない。てめえは、瑞貴だ」
ある程度の間合いを保って、静は瑞貴の顔を確認した。
間違いようもない瑞貴の顔がそこにある。
どこも変わってない。
初めて出合った時、髪の短い美少女と見間違えたぐらいの瑞貴の綺麗な顔がそこに在る。
それだけが、静の知る瑞貴と少し違うぐらいで、あとはどこも変わらない。
「俺だよ。林田静。おまえ、本当に覚えてねーのか?」
訊いても、瑞貴は顔を逸らしたまま、返事をよこさなかった。
「おい!瑞貴。マジに俺を覚えてねえのかよっ」
バンッ、と静はドアを左手で叩いて、瑞貴を覗きこんだ。
「・・・っ」
バチッと瑞貴と視線が合う。
吸い込まれそうな漆黒の瞳。
静は、ドキッとした。
「近寄るなって言ったろ。てめえなんか、知るか」
バチーンと、思いっきり平手打ちが炸裂して、瑞貴はそそくさと静から離れた。
「いてっ。てめえ、このやろうっ」
逃げる瑞貴を静は追いかけた。
「訊いただけなのに、ぶん殴るなんて卑怯だ」
「うっせー。近づくなって言ったのに、近づいたそっちが悪い」
「てめえ相手に、妙な気なんか出せるか。ツラ合わせりゃ喧嘩だったのに。それよか、少し話を聞かせろ。俺はまだよく把握出来ん」
「おまえとなんか、する話なんぞ、ねー」
「んだとっ」
ガッ、と静は瑞貴の腕を掴んだ。
「やだ。離せよ。俺に触れるな。離せ」
「だったら、おとなしく俺に話を聞かせろ」
「イヤだ」
ドタバタと二人は揉み合った。
そのうち、瑞貴が、さっきカルピスに向かって投げつけた花瓶の水で滑ってうつ伏せで転んだ。
ドサッと音がする。
「捕まえた。こんにゃろ!」
その上から、ドササッと静が覆い被さった。
「はあ、はあ」
まるで色っぽくない喘ぎをもらし、二人は睨みあった。
「瑞貴」
瑞貴の後ろ髪を掴んで、静は瑞貴の顔をこちら側に向かせた。
「やかましーんだよ・・・。俺のことは、放っておけよ。出て行け、てめえ」
無理やり首を捻られ、うっすらと涙を浮かべたを瑞貴が静を睨んだ。
瑞貴は、ゴシッと涙の浮かんだ目を指で擦った。
「み、瑞貴・・・」
静はたじろいだ。
パッと髪から手を離し、静は瑞貴の背に顔を埋めた。
「放っておけたら、んなところ、来る訳ねーだろ。放っておけなかったから、来たんじゃねえか。俺がどんな苦労してここまで来たか知らねえで。出て行けなんて、簡単に言うんじゃねえよ・・・」
チッと静は舌打ちした。
瑞貴を、泣かせるつもりなんか、なかった。
「おまえが心配だったから・・・。どうしようもなく心配だったから、来たんじゃねえかよ」
どうしよう。
一体、どうすればいいのだろうか、と静は思った。
瑞貴は記憶を失っているし、このまんまの瑞貴からは、現状を聞きだすことは不可能に近いと思った。
「も、いい。てめーには訊かん」
静は、瑞貴の背から体をずらした。
すると、瑞貴はパッと体を起こして、バタバタと、とある一室に逃げ込んでしまった。
それを見送ってから、静はハーッと盛大に溜息をついてから、キッと顔を上げた。
「ちきしょ。こーなったら、徹底的に関わってやる!なんとしてでも瑞貴連れて、逃げるぞ、俺は」
バンッ、と床を叩き、気合を入れるかのようにして、静かは空中に向かって、叫んだ。


一方監視カメラで部屋の状況を覗いていたヘルピスは、フフフ・・・と微笑んでいた。
手にしたティーカップからは、湯気が立っていた。
「なかなかお似合いの二人だな。セブンも、きっとどこかでリンダを覚えているのか、どうにも攻撃の手が甘いように見えるのは気のせいかな?」
ヘルピスの言葉に、寄り添ってモニターを見ていた望月が、うなづいた。
「私の時なんぞは、腕を掴んだら一瞬にして金的蹴りが来ましたからねぇ・・・」
「いい傾向だ。リンダは、情深い気質のようだからな。絆されるのも時間の問題だろう。敦子くん。セブンのウェディングドレスの用意はどうなっている?」
「順調に仕上がってます。まったく、私ですらまだ着てないのに、セブンに着せるなんて納得いかないですけど。ちゅーか、着るのかアイツ?みたいな・・・」
敦子は唇を尖らせた。
「着ぬならば着させてみせようホトトギス。まあまあ。いつか君も着れるさ。で。リングの用意は?」
「セブンもリンダのサイズも採寸済みです」
「よし。これでセッティングは揃ったな。まずは、形から入らないとな。形は重要だ。新婚旅行はどこにしてやろうか」
「研究所からは出られません!」
敦子は、ヘルピスの悪乗りに、大真面目に答えた。
「ならば、初夜は豪華に。式の間に寝室を盛大に飾ってやれ」
「特別予算、捻出ですわね」
ホウッと敦子は溜息をついた。
頭が痛いわ・・・と嫌味も忘れない。
「今回はうまくいきそうな予感がするから、多少のことは目を瞑ってくれ。ふふふ」
ヘルピスは、美味しそうに紅茶を飲みながら、部屋の監視カメラのスイッチをオフにした。

続く
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