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バアンッとドアが荒々しく開いた。
「Drヘルペス。や、やられました・・・」
ヨロリと白衣の男が股間を押さえて、ドッと室内に倒れこんだ。
「人を勝手に病気にするな!私の名は、ヘルピスという、ドイツ貴族の流れを汲む」
「Dr。望月は聞いておりません」
傍にいたアシスタントの女性、八代敦子も、かけていた眼鏡の縁を押さえ冷やかに言った。
「うむ。また、7か・・・」
ホウッとヘルピスは溜息をついて、豊かな金色の髪をかきあげた。
「これで研究所にいる人材は尽きたか・・・」
「もはや、外部からの応援を頼むしか・・・」
「いや駄目だ。外部には、情報が漏れる可能性があるのだ。なんとか、7をおとなしくさせる手立てを考えた方が得策だ」
「しかし・・・。あの暴力的加減は、どう見ても研究の副産物としか思えません。またなにかをいじったら、せっかくの完全体が・・・」
敦子の言葉は最もだった。
「そうだわっ。まだDrが挑戦されていないではないですかっ。人材は尽きておりません。Drが7と交尾なさってください!」
「こ、交尾って君ね・・・。いや、駄目だ。私には、将来を誓った愛しき恋人、アツロウがいる。彼を裏切ることは出来ないっ」
うるうるとヘルピスが瞳を潤ませる。
「ごちゃごちゃぬかしてる場合ですかっ。せっかく7が、受胎可能時期に入ったんですよ。こんなこと、さっさと終わらせて、皆元の状況に帰りたいのですっ。Dr決断をっ」
「う、うむ。だが・・・」
と、その時。
研究室にものものしいブザーの音が響き渡った。
「なに?」
敦子は、驚き、部屋の中心にあるモニターに向かって、パネルを叩いた。
「外部からの侵入者だわ。入り口を封鎖します」
パタパタと敦子は手際よくパネルを叩く。
「お手柔らかに。死人を出してはいかんよ。アツコ君」
ヘルピスは、ジッとモニターを見つめた。


ビョオオオー。
荒野に吹き渡る風。
「こんなところに、こんなどでかい研究所があるたぁ、お釈迦様もびっくりだ。なあ、ユータ」
静は、グッとユータを抱きしめた。
「瑞貴のアホが拉致られて、半年。ありとあらゆる手段で探し出したこの場所。俺は行くぜっ」
にゃう・・・とユータは鳴いた。
「おお。おまえも賛成かっ。そうだよな。行くっきゃねえよな」
<違う。危険だって言ったんだよ、ご主人様>←ユータ心の声。
「どーせ、こういうところには、なんかこう、罠とか仕掛けられているんだよな。映画で観たことあっぜ。なあ、ユータ」
言いながらも、どこか静の顔は楽しげである。
<わかってるならば、少しは緊張しろ>
「ほら、この石畳をちょっとずらして踏めば、爆発するとか」
チョン、と静は脚をずらして、綺麗に市松模様を書いた石畳を踏んだ。
すると、ドカンッとそこが爆発した。
「のわぁぁああああ。ま、マジだった。マジだったのかぁぁあああ〜」
白い煙がもうもうと溢れた。風に乗って、すごい速度で流れていく。
「・・・冗談じゃねえ。負けるもんか。ユータ。なにかを感じたら、俺に教えてくれ。俺は、おまえの野生の勘を信じる!行くぜっ」
<無茶言うな〜!俺はただのネコだっつーの>
ダダダダと静は駆け出した。
そびえ立つ正門に向かって。
ニャア、ニャア、ニャアとユータは何度も鳴いたが、静はそんなユータの声をまるっきり無視して、突っ走っていく。
<こら、どこが俺の勘を信じるだっ。あぶねーっつーの。あぶねえって言ってるのに、聞け、俺の声を〜>
10分間は突っ走ったであろうか。
奇跡的に、静は正門前まで到着していた。
「はあ、はあ、はあ。や、やったぜ。トラップに一度もひっかからなかった。さすが、ユータ。おまえは天才猫だっ」
ユータは仕方なく、にゃうと鳴いて応えた。
<俺の声、まるで聞いてなかったくせに・・・>
「けっ。大層な施設、こんな山奥に作りやがって。なにやってんだか知らねーが、今時の高校生を舐めるなよっ、だ」
と、静が正門のドアに触れた時。
ビリビリビリ〜、と電撃が走り、静はコテッとその場で倒れた。
本能で危機を察したユータは、その瞬間、静の腕を飛び出していた。
<ご、ご主人様〜>


「素晴らしい。完璧な野生の肉体。見てみたまえ。この腹筋。ああ、イトオシイ〜」
ベッドに眠っている静の腹に頬を寄せ、ヘルピスは感嘆の声をあげる。
「実験体に気軽に触らないでください、Dr」
敦子は、カルテを読みながらも、チラリとヘルピスを睨んだ。
「検査の結果。全て良好。まったくもっての男子の健康体ですわ、Dr」
「うむうむ。あの、入り口を突破してきた時の彼の俊敏さで私には全てがわかっていた」
「でも。詰めが甘いことは確かです。あんなに簡単に正門に触れるなんて。罠は最後に用意されていることぐらい気づけっつーの。バカですわね、バカ」
Dr敦子は、ズバリと言った。
「バカでも良い。孕ますことに頭なんざいらない。要するに本能だ!よし、彼を7に捧げることに私が独断で決定した。よろしかろう、皆の衆」
ヘルピスの声は高揚していた。
Drヘルピスの研究室に所属する10人のDr達は皆、無言でうなづいた。
「あ。実験体が目覚めます」
Dr望月が言った。
ベッドの上の静は、ゆっくりと目を開け、よれよれと起き上がった。
「な、なんだ?俺、一体・・・」
ハラリと体にかけてあった毛布がずり落ち、静は、自分が全裸だったことに気づいた。
「ぎゃあーーーー。な、なんだ、これ」
慌てて静は、毛布を持ち上げた。
「落ち着きたまえ」
ヘルピスは、慌てる静に声をかけた。
「いきなり全裸で、誰が落ち着けるか。な、なんだ、あんたらっ」
静はキョロキョロと辺りを見渡した。
「私の名はDrヘルピス」
自己紹介を受けたものの、それですぐさま状況を把握できる筈もなく、静は瞬きを繰り返した。
「へ?Drカルピス???」
「・・・病気になったり、甘いジュースになったり、Drも大変ですわね」
クスッと唯一の女性研究員敦子が、珍しく笑った。
ゴホンとヘルピスは咳払いをした。
「私の名はヘルピス。林田静くん。君は、今日から我研究室の一員となった。歓迎するよ」
「って、俺。死んだんじゃなかったのか。なんか、電流が、体を貫いた気が・・・」
思い出してもゾーッとするような感覚に、静は青褪めた。
「君は生きている。どういう理由でここに侵入してきたかは知らないが、ここの存在を知った以上、帰す訳にはいかない。ここはとある研究所だ。君の存在ぐらい、簡単に消すことが出来るんだよ」
フフフ、とヘルピスが物騒に笑う。
「存在を消す?映画じゃあるめーし。だいたいあんたら、なんで俺の名前を。しかも裸・・・」
静は、敦子の存在を意識して、カッと頬を赤くした。
「君の名前は、ズボンのポケットに入っていた生徒手帳で知った。裸なのは、色々と検査をさせてもらったせいだ。悪戯をした訳ではない。安心したまえ」
「あ、安心出来るかっ。な、なんだよ、ここ。研究とか。一体ここは」
静は周囲を見渡す。
ピカピカの見たこともないような医療器具らしきものがズラリと並んでいる。
「お、俺は、瑞貴を。瑞貴を探しにきただけなんだ」
すると、敦子は小さなノートパソコンを手に持っていて、その場でなにかキーを打ち込んだ。
「まああ。Dr。偶然ですわ。瑞貴=7ですわよ。林田くん。貴方は、もしかして、勝田瑞貴を探しにきたの?」
敦子の言葉に、静は目を見開いた。
「そう。それ。そいつ。俺は瑞貴を探しにここへ来たんだ。瑞貴はここに居るのか?やっぱり居るんだなっ」
ヘルピスはパチパチと拍手をした。
「運命だな。我々が7を扱いかねている時に、ここへ飛び込んでくるなんて」
「うん・・・めい?」
静は、キョトンとした。
「会わせてあげるさ。今すぐにでも会ってもらいたいぐらいだ、リンダ」
「リンダ?」
「ちょっと外人には、ハヤシダは言いにくいのだ。リンダで良いだろう。君はリンダ」
ヘルピスは、ニヤリと笑う。
「いい筈ねえだろ。困っちゃうぞ、俺っ!」
「わかりにくいギャグねぇ・・・」
敦子は眉を寄せた。
「瑞貴は無事なんだろうな。てめえら、瑞貴になんかしてやがったら、ぶっ殺すぞ」
「無事さ。7は、本当に無事だ。ただ、ちょっと。ちょっとだけな。前と違う」
「前と違うってなんだよ。え?カルピス」
静はガルルルとヘルピスに牙を剥いた。
「理由はあとからじっくり説明してやろう。だが簡単に言うと。瑞貴=7は、今は女の子なんだ」
「は、はあっ?」
思わず静が白目を剥く。
「なに、ちょっと体をいじって、7に子宮を取り付けた。つまり、7は今、両性体なんだ」
「・・・ちょっと待てよ。んだよ、それ。・・・全然無事じゃねえだろ?瑞貴に子宮って。なんだよ、それ。信じられるか、そんなのっ」
ヘルピスは顎をなでながら、うなづいた。
「うんうん。すぐには信じられないだろうねぇ。私も自分の能力にうっとりしているんだ。だが、君は身を持って知ることになるだろうさ、リンダ。今日から君は彼の夫になるんだからね」
パチッとヘルピスはウィンクをした。
「おっ、夫ぉ?バカな。ふざけんなっ。てめえら、気違いだ。ちきしょーっ」
ガアッと、静はベッドから起き上がった。
「アツコ君。鎮静剤を」
「はい」
ガツン!
アツコは持っていた小型のノートPCで静の頭をぶっ叩いた。
「ひぶっ」
きゅ〜。
静はそのまま、ドッとベッドに倒れ伏してしまう。
「連れて行け。リンダを、7の部屋へ」
ヘルピスの言葉に、望月をはじめ、Dr達は、一斉にうなづいた。

続く
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