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ウルゼはカデナを抱えて、ファーシナー王宮の北の塔に走った。
そして。北の塔の一室には、マリアが待ち構えていた。
扉が開いた。
「ウルゼ。ああ、素晴らしいわ」
マリアは、ウルゼの腕の中のカデナを見て、歓喜の声をあげた。
「王族崇拝の、赤の軍神達が乱入してきて、計画が乱れました。ですが、こちらの手を汚さずともイリアス様を討ち果たしました」
「死んだの?」
「やつらの刀傷を受けていましたが、心もとないので、とどめとして毒矢を打ち込みました。そして、池に。レンカ(夜光花)の池に落ちましてございます。
辺りには、我等ファーシナー人以外はおりませんでしたから・・・」
「そう。では、もう無理ね。パルフォスの毒矢とレンカの池では、どんなに屈強な男でも助かりはしないわ。ましてや、辺りにはアルフェータの騎士達がいなかったのではね」
「はい」
「なんて都合がいい展開なの。神は私に味方されたのだわ」
フフフとマリアは微笑んでは、手招きをした
「杯を」
マリアは、侍女に杯を持ってくるように命令した。
侍女は、震える手で杯をマリアに渡した。
「カデナ様」
ウルゼが、ベッドにカデナを横たえた。カデナは未だに意識が戻っていなかった。
「愛しています」
囁きながら、マリアはカデナの口元に杯を寄せた。
「ウルゼ。外の見張りは大丈夫?」
「は。たぶん、そろそろアルフェータの騎士どもが気づき始める頃かと思いますが・・・」
「そうね。手早くやらなきゃね」
そのうちに、カデナの睫が震えて、カデナは目を開けた。
「うっ」
朦朧とする意識を、頭を振って追い払い、カデナはガバッと起きあがった。
「ここは」
「ご安心ください。賊の手からは、お守り致しましたわ」
「君は」
先ほど庭園で擦れ違った、国王10番目の妻のマリアだった。
着飾った服を脱ぎ捨て、薄衣の、なんだか淫らな格好をしていた。
「助けてく・・・」
言って、カデナはハッとした。
ウルゼの姿を認めたからだった。
「きさま。ファーシナーの騎士でありながら、何故イリアスを射抜いた」
「・・・」
ウルゼは黙って、目を伏せた。
「手を貸してくれと言ったのに、なぜ無視して」
叫んで、カデナはグラリと眩暈を覚えた。
頭がボウッとする。そして。体がカアッと熱を持っていく感覚。
「これは・・・!」
ゾクリと体が震えて、カデナはマリアを振り返った。
その翠の瞳は、怒りの色を称えていた。
「まさか、おまえ・・・」
マリアは、カデナの視線を受けながら、髪を掻きあげた。
「覚えのあるお味ではございませんか?その味は。ミレンダ様がお作りになられた媚薬でございます。かつて貴方はお飲みになられたのでしょう」
マリアはフフフと微笑んだ。
「どうせバレることですから、お話しておきましょう。カデナ様にもご協力いただかねばなりませんしね。私は、貴方がファーシナーにいらっしゃるということを聞いて、
すぐに計画を立てました。今の、この状況にもっていくための計画をね・・・。正確にいえば、王様のご病気もちょっとした細工でありますのよ。私は薬師の才能があるようですわ。
ミレンダ様のようにね・・・・」
マリアは、ベッドの端に腰かけながら、カデナの顔を覗きこんだ。カデナは、マリアを睨みつけた。
「怖い顔をなさらないで。私は、ミレンダ様同じことを考えているだけなのです。ミレンダ様は、これを貴方に飲ませ、強引に通じ、幸運なことにお子をもうけられた。そんな幸運が、
もう1度あっても不思議ではございませんわね?」
マリアはスルリと服を脱いだ。
「カデナ様。ずっと、ずっと憧れていました。だから、ミレンダ様が貴方とご結婚された時に思ったのです。ミレンダ様の真似をすれば、いつかカデナ様が振り向いて
くださる・・・と。その為に、王様に近づいてこの地位まで来たわ。ミレンダ様に近づけば・・・。その一心で、私はこの城でのミレンダ様の跡を辿りました。それこそ、王様に
趣味や、癖、食べ物の好みまでを聞いて。顔以外は、なんでもミレンダ様の真似をしました。そのうち・・・。この塔のある一室に、ミレンダ様の薬師としての、研究室を見つけたのです」
マリアは、頬を赤らめた。興奮しているのだ。
「研究室のそのまた向こう。隠された扉の中にもう一つの研究室。そこに、この媚薬の調合が書かれた書物があり、そして王女の日記がありました。王女の気持ちが私には
よくわかりましたわ。びっしりとカデナ様への恋心が綴られていて、そして最後に一言。この薬を使ってでもあの人を手に入れたいと」
マリアは、薬で体が痺れたようになって、動けないでいるカデナににじり寄った。
「貴方は素晴らしく美しく生まれついたわ、カデナ様。それだけでも幸福だというのに、アルフェータの王子。貴方を手に入れられるだけでも素晴らしいことなのに、
おまけにアルフェータの王妃というおまけがついてくるのよ。なんて素晴らしいのでしょう。企みが成功した時の、ミレンダ王女のお気持ちが私にはよくわかります。
ほら、今だって私は震えておりますのよ・・・」
よく手入れされたマリアの指がカデナの頬に触れた。
「美しい人。噂以上の・・・。想像以上に綺麗な人。貴方の子供が欲しいわ。きっと、ミレンダ様の子供以上に美しい子供が生まれるわ。王子。王子が欲しい。男の子が欲しいわ」
バッとカデナはその指を振り払った。
「おまえの将来など興味は、ない。ベラベラ喋ってないで、退け。俺はイリアスを助けねばならない」
朦朧とする体だったが、力を振絞ってカデナはマリアを押しのけた。
「きゃっ」
マリアが、ドッと床に尻もちをついた。
「マリア様」
ウルゼが服を片手に走ってきた。
「大丈夫よ。見なさい。もうカデナ様はそこから動けないわ」
カデナは、ベッドの上でうずくまっていた。
どうしても体に力が入らない。目が霞む。頭が朦朧とするのだ。
「イリアス様のところへ?もう無駄よ。貴方はご覧になったでしょう。パルフォスの毒矢で射抜かれ、リンカの池に落ちては、どんなにタフな方でも生きてなどいやしない」
「!」
カデナは、その言葉を聞きながら、無意識に左耳に手をやった。
「ミレンダ様に聞いたことがあるでしょう。あそこは底無しよ。あの花達は、美しく輝きながら取り込んでしまうのよ。あの池に落ちたものをね。深く暗い水底にね。
そして、パルフォスの毒は、このファーシナーの最高の傑作。解毒薬をこの国の薬師達が必死になって開発していますが、いまだに作られていないのよ」
「くっ・・」
カデナは唇を噛み締めた。
「この状況で、イリアス様が生きていられる筈はないわ。ウルゼ。状況はどうなっているの?」
「確認してきます」
ウルゼはそう言うと、走って扉の外に消えた。
カデナはマリアを、睨んでいた。
睨むことしか、出来なかったが、それが精一杯の抵抗だった。
「あんな無骨な騎士など忘れて、若く美しい私ともう1度幸せになりましょう。カデナ様。私達、御互いが幸せになれるのよ」
「!」
カデナは、マリアの言葉に目を見開いた。


幸せになりたい
互いに。
一緒でなければ意味がない・・・。
イリアスはそう言った。
二人で、幸せになるには・・・・。


バンッとウルゼが部屋に再び戻ってきた。
「あの一帯には、赤の軍神達以外の死体はなにもなく静かだそうです。勿論、イリアス様の死体もありません。池の中ですから」
ウルゼの言葉に、マリアはホホホホと笑った。
「決定ね。イリアス様は、誰にも助けてもらえずに、ファーシナーのリンカの池で死んだのよ。アルフェータの優秀な騎士が。惨めなものね・・・」
カデナは、目を閉じた。
斬られていた。毒矢が貫通していた。そして。
あの池に落ちたイリアス。
「・・・・」
カデナは、また無意識に右耳に手をやった。
「お泣きになられないのね、カデナ様。潔いことですわ。元王子たるもの、それぐらいの強さは必要ですわね」
グイッとマリアはカデナの腕を掴んだ。
「離せっ」
「いやよ。もう時間がないわ」
体が震え、そして燃えてゆくのがカデナにはわかった。
精神は、もうなにも考えることが出来ないくらいに冷えて動かないというのに、肉体だけは熱く反応している。
「ウルゼ。カデナ様を押さえておいで」
ウルゼは、うなづきカデナを押さえつけた。
「やめろ、離せ」
カデナは猛烈に抵抗した。
だが、実際には、騎士をやっているウルゼにとって、女子供のようなかよわい抵抗でしかなった。
「ウルゼ。カデナ様の服を脱がせて」
「はい」
ウルゼはマリアの命ずるままに、カデナの服に手をかけた。
「やめろ。無礼者」
朦朧としながら、カデナは叫んだ。
飛んでくるカデナの拳に、ウルゼはカッとなった。
バシッ!
カデナの頬をウルゼは殴りつけた。
「なにをするの。ウルゼ。傷はつけないで」
「す、すみません。あまりに抵抗するので・・・」
ウルゼは、慌てて頭を下げた。
「気をつけて」
マリアは、殴られて赤くなったカデナの頬にキスをした。
「きさまらが、イリアスを殺したんだ・・・」
キスを受けながら、魂が抜けた者のようにカデナは言った。
「そうよ。そうかもしれない。でも、全ては貴方がいけないのよ。貴方が、この世に生きているから。貴方みたいな人が、存在するから。私達は、どんな手をつかっても、貴方を欲しがってしまうのよ。貴方がいけないんだわ。カデナ様。罪な・・・人ね」
マリアは、ウルゼに押さえつけられたカデナを見つめては、うっとりと微笑んだ。
「そうだ。俺も殺した。ミレンダだけじゃなく、イリアスまで・・・。俺があの場へ誘ったから。俺が居たから。俺が生きてきてしまったから。俺と結婚したから、イリアスは・・・」
薬のせいで、翠の瞳を潤ませながら、カデナは天井に向かって呟いた。
「うっ」
ウルガによって衣服を奪われたカデナに、マリアは馬乗りになってきた。
「怖い顔をなさらないで。すぐに気持ち良くさせてあげますから・・・」
マリアはカデナの裸の胸に唇を寄せた。
「くっ」
カデナは片目を瞑り、その感覚に耐えた。
「カデナ様。カ・・・」
渾身の力をこめて、カデナはマリアの頬を叩いた。
「いっ、痛いッ」
マリアが悲鳴をあげた。
「退けっ」
再びカデナは、マリアを叩いた。
見かねたウルゼが、カデナの頬を殴りつけた。
今度は、力が加減出来ずに、カデナの唇が切れて、血が流れた。
「血が。すみません」
「仕方ないわ。けれどこんな力、どこから・・・。薬は効いている筈」
叩かれた頬を押さえながら、マリアが悔しそうに言った。
「ウルゼ。カデナ様をおとなしくさせて」
「マリア様・・・。どうやって」
「抱いていておあげなさいな。この方は、殿方であるイリアス様に抱かれていたのが日常。このように抵抗するのは、私が女だからかもしれないわ」
「!?」
ウルゼは、ギョッとしてマリアを見た。
「すぐに女の味を思い出させてあげるけれど。それまでは、この方を慰めておあげなさいな。許します」
「し、しかし・・・」
「命令よ」
マリアの声に、ウルゼはうなづいた。
マリアは、カデナの腹から降りた。ウルゼは、カデナを背中から抱き締めた。
薬で熱を持ったカデナの体はかなり熱く、ウルゼは僅かに顔を顰めた。
「イリアス・・・」
カデナは目を閉じたまま、呟いた。
「イリアス様の名を呼んでいるのね」
マリアは、苦笑した。
「大丈夫よ。すぐに忘れられるわ。忘れさせてみせる」
マリアは横になった。
ウルゼは、そのマリアの上にカデナを下ろす。
「カデナ様の重みだわ。嬉しい・・・」
マリアはカデナを抱き締めた。
そして、ウルゼはカデナを、背中から抱き締めた。
「カデナ様を、私に頂戴。カデナ様」
ウルゼの無骨な指が、カデナの体を撫で回した。
「・・・っ」
カデナは、ビクンッと顔を上げた。
「カデナ様、愛しい私の、カデナ様」
名を呼びながらカデナを見上げて、マリアはビクッとした。
カデナの翠の瞳から、一筋の涙が落ちていったのだ。
「!」
ゆっくりカデナは瞬きをした。
そして・・・。
どっと涙が零れていった。
場を忘れるくらいの、カデナの美しい泣き顔に、マリアは呆然とした。
マリアの頬は、カデナの涙で濡れていた。
沈黙の最中で、マリアとカデナの目が合った。
そして、カデナはニッコリと笑う。
泣きながら、微笑んだのだ。
「この顔。この体。そんなに欲しくば、そなたにやろう。どうせ生きていても、悪戯に死体を増やすだけの役に立たぬものだからな」
そう言ってカデナは、自分の右耳に飾られていた装身具を左手でもぎ取った。
「その代わり。熱くなくても文句は言うなよ」
あっという間の早業だった。
装身具には、仕掛けがあって、その中には白い粉が入っていた。
その粉を、カデナは口に含んだのだ。
微かな匂いに、マリアはギョッとした。この匂いには、心当たりがある。
毒花、パルフォスの匂いだ。
「きゃっ。きゃあああ!毒。毒だわ。カデナ様が毒を飲まれたわッ」
マリアの悲鳴が部屋に響いた。
カデナは薄れゆく意識の中で、思い出していた。
この薬を、もらった時のことを。
【カデナ様。貴方はアルフェータの王子。いついかなる時。どんなことがあるかわかりません。これを身につけていてください】
ミレンダはカデナに二つの装身具をよこした。
【これは?】
【お忘れにならないで。右の耳には、毒が。その身に、耐えられぬ屈辱・悲しみが訪れた時。名を辱めぬように死をお選びなさい。左の耳には、解毒剤。
間違えてはなりません。カデナ様】
【すごいな。間違えてしまいそうだ】
【白い方が毒。翠がその解毒剤。お使いになる時も、間違えないでね】

「毒を持っていらしたなんて」
マリアは泣き喚いていた。
「慌ててはいけません。侍女を呼んで、水と解毒剤を。パルフォスの毒以外ならば、助かる確率はあります。水を。解毒薬を。早く。マリア様、カデナ様の左耳にはなにか?」
ウルゼの声に、マリアはフラフラしながら、カデナの左耳を見た。
「ないわ。なにも、ないっ」
「おかしい。対の飾りなのだから、なにかこちらにも仕掛けがあった筈だ。解毒薬かもしれぬのに・・・。落したのだろうか。クソッ」
舌打ちをしながら、ウルゼは侍女から水をひったくった。
「嘔吐させねばッ」
完全に落ちゆこうとしている意識の中で、カデナは苦笑していた。
【そうさ。落したのさ・・。毒矢だと・・・わかったからな・・・】
役には立たない、とわかりながらも、誰かに見つけてもらえれば・・・と、咄嗟に相反することを考えて、そして、希望に賭けた。
カデナは、薄れていく意識の中で、あの場にミレンダを見た。
だから、カデナは希望を捨てていなかった。
言葉にしながらも、心のどこかで、信じていた。
ミレンダがいたから。彼女ならば、見つけてくれる。
イリアスを助けてくれている。
イリアス。おまえは幸せになるべきだ。こんな俺の為に、死んではならない。
生きて、くれ。
まだ・・・。おまえは、死んでは、ならないんだ。
そして、カデナは完全に意識を失った。

続く
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ロミジュリ状態〜(汗)

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