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ファーシナー自慢の庭園だった。人口の大きな池が目の前に広がる。

暗い水面のあちこちがキラキラと光っている。水に浮かべたキャンドルのせいだった。
「アスクル。池がキラキラと光っておるぞ」
エミールは、チキンを頬張りながら、池を指差した。
「はいはい。ファーシナーご自慢の水に強い蝋燭の光です」
「美しいな。あ、でも、このチキンも美味しいぞ」
バクバクと、エミールはテーブルの物を、片っ端から食べている。
「お腹がすいていたのですね」
「当たり前だ。パーティが始まった途端に、母上のご親族がたが代わる代わる挨拶に来られて、食べている暇がなかった」
なるほど、とアスクルはうなづいた。
「でも、あんまりがっつかないでください。一応食べ物には、気をつけていただかないと」
まあ、毒見はしてますけどね、とアスクルは小さな声で言った。
「そんな心配は無用だ。ここは我の祖国でもあるのだぞ」
「先ほども申し上げた通り。この国には、過激な王族尊重派の団体がいるのです。ファーシナー王家命みたいなやからです。そやつらには、アルフェータの血が混じったエミール王子など邪道なのです。おまけに、王女ミレンダ様を見殺しにされた、とカデナ様などは大変憎まれております」
「父上が母上を?なにを申す。あの背の傷が、父上が母上を守った証拠ではないか」
アスクルは頭を掻いた。
「まあ、そうですが。説明しても、わかんないバカが多いってことです。ですから、王子も幾らここが祖国といえど、常に周りには気をつけているのですよ」
さすがのアスクルも、大声では言えないことなので、さきほどから声を潜めている。
「う、うむ。わかった。気をつけることとしよう。アスクル、どうしよう。我はなんだか腹が痛くなってきた」
「・・・それは単なる食い過ぎです」
ハハハとアスクルは、笑った。
「トイレに行くとしよう。そうだ。父上は・・・」
アスクルの話を聞いて、エミールは、自分のことと、そして父カデナのことが気になった。
「父上もむろん今のような話はご存知であるな。どうも、父上はなんだか、呑気でいらっしゃるようだから・・・」
普段は離れて暮らしていても、この短い旅で、カデナと同行したエミールはすっかり自分の父親を理解していた。
「ご存知かどーかは知りませんね。確かに王子の父上様は、どうも今1つ俺にもよくわかりません。けれど」
アスクルは、今はかなり離れた所にいるカデナ達を振り返っては言った。
「あの方には、イリアスがついている。イリアスが命をかけてカデナ様を守るでしょう」
大勢の人に囲まれるカデナの横には、イリアスがひっそりとついている。夫兼護衛の騎士して。
「あやつに任せておけば間違いはないだろうな」
エミールの言葉に、なぜかアスクルが自慢気に「ええ」とうなづくのであった。


多くの女性達がカデナのテーブルに殺到してきた。
そのことに辟易していたカデナは、話しかける女性達の瞳をおもむろに覗きこんでは、ニッコリと微笑むのである。
すると、今の今まで、すごい勢いでカデナに向かって喋りかけていた女性達はピタリと黙りこんでしまう。
「では」
硬直した女性を、一人、また一人と置いていき、カデナはテーブルからテーブルへと移動して行く。
「カデナ様。ろくに話を聞こうともせずに失礼ですよ」
そうは言いつつも、イリアスはクスクスと笑っていた。女性達の反応が、まるっきり皆同じだったからだ。
「うるさい。ニッコリ笑うのも、結構疲れるのだぞ。頬の肉がおかしくなりそうだ」
「アハハ。でも、すごい技ですね〜。それ」
「ミレンダに習ったのだ。そうやれば、女は黙ると」
「さすがミレンダ様。夫につく虫を撃退する方法をきちんとご存知だったのですね」
「笑ってろ。こっちの苦労も知らないで」
スタスタと歩くカデナに、イリアスはピッタリとくっついていく。
「いつまでここにいれば良いのだ」
「おひらきの声がかかるまで、ですよ」
「それはいつだ」
「まだ始まったばかりではないですか」
「・・・」
ムスッとした顔で、カデナはテーブルからテーブルへと流れて行く。
「カデナ様ァ」
マリアだ。マリアがカデナの姿を見つけては、走り寄ってきた。
「カデナ様。パーティはいかがです?」
「楽しんでます」
ほとんど、そうは見えないむっつりとした顔でカデナは言った。
「うふふ。そうは見えないですわ」
「そうですか?」
ニッコリ。
「あっ・・・」
ポッとマリアが頬を染めた。
「では、失礼」
スルッとカデナは、マリアの横を通り抜けて行く。
「・・・・。あ、カデナ様ッ。お待ちください。お話を・・・」
小柄なマリアでは、カデナの歩幅には追い付かない。
おまけに、追いかけようとしても、これだけ人がひしめいていれば邪魔されてうまく歩けないのだ。
その時。マリク王子のテーブル付近で、余興の踊りが始まった。
華麗な民族衣装を着て、踊り子達が登場する。皆の視線は、一気にそちらに集中した。イリアスも、踊り子達に目をやっては、微笑んだ。
「カデナ様。踊りが始まりますよ」
「見たければ、見れば良い。俺は興味がない」
「あ、カデナ様。どちらへ!?」
「ちょっとな」
「ちょっとって。お待ちください」
皆の注目が自分から外れたことを知ると、カデナは更に歩くスピードを早めた。
「どちらへ行くのです。個人行動はお止めください」
「では、おまえがついてくれば良いだろう」
「で、ですが」
スタスタとカデナは庭を歩いていく。
金色の髪が、蝋燭の光に照らされて、眩しかった。イリアスは、目を細めながら、カデナの後を追いかけた。むせかえるような花の匂いに、幻想的な蝋燭の水の明かり。
着飾った人々の間を、カデナはヒョイヒョイと通りぬけていく。
「どこへ行くのですか」
「静かな所だ」
「ええ?」
カデナは、1番端のテーブルから、ひょいっとフルーツを取ると、そのまま緑茂る、ルカの花のアーチを歩いていく。
「そちらは、パーティ会場ではありませんよ」
「知ってるさ」
カデナは、とりあえずは、イリアスよりファーシナー王宮には詳しい。むろん、妻の実家であることと、外交で何度も来ているからである。
「個人の行動は、危険です。これ以上先には行かせません」
イリアスは、バッとカデナの前に立ち塞がった。
ファーシナーには、王族尊重派の団体がいる。その団体にとって、カデナは今だに憎むべき敵の筈なのだ。
「この国の王族尊重団体の存在をご存知でしょう」
「・・・」
「ご存知でないとか?まさか・・・」
「むろん知ってる」
彼らは、ミレンダ王女の死について、散々アルフェータを責めたてたのだ。警備の手落ち。そして、カデナ王子はミレンダ様を見殺しにした、と。
「こんなあちこち警備の騎士がウロウロしているところで、やつらも活動など出来まい」
「呑気なことを言ってないで、テーブルにお戻りください」
「退け」
カデナは、イリアスを押しのけた。
「カデナ様」
「おまえになんかわかるもんか。俺はこういうパーティーとかは苦手だ。嫌いなのだ。おまえは、それが俺の仕事というが、息抜きぐらいさせろ」
「息抜きならば、部屋でなさってください。今はダメです」
「もうすぐ、なのだ」
そう言って、カデナはさっさと歩いていく。
「なにがですか?お願いだから、お戻りください」
カデナの我侭はいつものことだが、今回は別だ。
危険なのだ。
アルフェータでない以上、どこにどんな爆弾が隠されているかわからない。
ここは、妻ミレンダの生地ではあるが、カデナにとってはしょせん他国なのである。
イリアスは、カデナの肩を掴んだ。
「お戻りを。カデナ様。大人のくせにひどい我侭ですよ」
「離せ。近道だ」
そう言って、カデナは、左の緑の茂みをヒョイッと手で掻き分けながら、ガサガサと歩いていく。
「どこへ行くんですか。そっちには、なにがあるのです」
慌てて、イリアスも緑の茂みに飛び込んだ。
「ミレンダに初めて会った時。やはりパーティーを抜け出して息抜きをしようとしたら、彼女が教えてくれたのだ」
「あ・・・」
メインの池からは隔離された小さな池が、茂みの奥にはあった。
だが、そこには、水の上に浮かべた蝋燭どころではなく、本物の、光る花が無数に水面に浮いているのだった。
色とりどりの花達が、己の色をポウッと、夜の空気の中に輝かせていた。
「これは美しいですね・・・。こんな場所があるとは」
眼前に開けた小さな、しかし幻想的な美しい光景に、イリアスは、怒っていたことも忘れて思わず呟いた。
「この池の、この水にしか咲かないらしい。あちらの大きな池では、何度咲かそうとしても枯れてしまうとミレンダは言っていたな。その他にも色々と理由があって、
この池にはあまり人が近寄らない。だから、ゆっくり出来るのさ、ここは」
「光る花なんて、初めて見ました。本当にファーシナーは、自然の宝庫ですね」
「そうだな」
カデナは、池のほとりの緑の芝生に、ドサッと腰かけた。
テーブルからくすねてきたフルーツを食べながら、カデナは池を見つめていた。
「ここで。ミレンダ様とお会いになったのですか?」
「そうだ。父上の代理で、マリク王子の結婚式に参加した時だったな。初めて彼女に会ったのは。もっとも彼女はもっと前から俺と会ったことがあると主張したが、俺は覚えていなかった」
「でしょうね・・・」
きっとミレンダ様はガッカリしたに違いないと、イリアスは思った。
「二人でパーティを抜け出して、ここにずっと居たんだ」
言いながら、カデナは目を閉じた。
「想い出の場所だったんですね」
その横顔を見ながら、イリアスは気づいた。
カデナは、ここに来たかったのだ。想い出の、この場所に。
「仕方ないですね。では、少しここで休憩しましょう」
イリアスは辺りを見回し、とりあえずは不穏な気配がないことを確認してから、諦めたように言った。
「おまえも食べるか?フルーツ」
「結構です。カデナ様。少しですからね。少しの時間だけですよ」
「充分だ。あの頃と違い、長い時間をかけて席を外していたら、騒ぎになってしまう」
「その頃だって、きっと護衛の騎士達は、大変だったんでしょう」
やれやれ・・・とイリアスは思った。
「おまえは・・・いなかったな」
「ええ。私はマリク王子の結婚式には参加してません。あの時、ちょうど王様の護衛をしてアルフェータに残ってましたから」
「そうだった。おまえは・・・いなかった」
カシッとカデナは、フルーツを齧った。
「ここでミレンダ様と、どんな話をされていたのですか?」
「気になるのか?」
「気になるって。まあ・・・」
さっきからのカデナの、女性に対する態度を見ていると、どうにもイリアスは、ミレンダのことがとてもすごい女性に思えてきた。
このカデナと、結婚し、子供まで為した彼女のことが。
王宮で見かける限り、ミレンダとカデナはごく一般的な夫婦だった。寄り添い、普通に会話をしていた。
ミレンダは、人見知りをしない快活な女性だった。
時折王宮で擦れ違うと、彼女はイリアスに、「不思議な瞳の色したハンサムさん」といつも声をかけてきた。
そして、その横には、苦笑しながら佇むカデナの姿があった。エミール王子が生まれてすぐに、予期せぬ刃に散った女性。
たぶん・・・。
カデナが愛したたった一人の女性。
「話というより。ミレンダは、最初から最後まで、貴方が好きですとか、結婚してください、とか。そんなことを言っていたな」
「へ?って、もしかして、ここでプロポーズされていたんですか?」
「まあ、そうだろうな。そのうち、俺はミレンダに飲まされた酒で、朦朧としてきてしまって」
「・・・え?カデナ様がですか?」
結構酒には、強い筈・・・とイリアスは思った。
カデナは肩を竦めた。
「で、気づいたら、エミールが生まれてしまうようなことを、ここでやっていた訳だ」
ブッとイリアスは、吹き出した。
「え?今、なんと」
「ふふ。懐かしいな」
カデナは、胡座をかいてはイリアスを見上げて笑う。
「ちょっ、ちょっ。ちょっと待ってください。
パーティー抜け出して、初めて会って喋って、おまけに酒も飲んでいて・・・。それでいきなり・・・そーゆーことに?」
「呆れるか?」
「・・・というより、驚いてます・・・」
イリアスは、カ〜ッと顔を赤くした。
「なんでおまえが照れる必要があるんだ」
「それって酒の勢いでは・・・」
「酒じゃなかった。ミレンダがくれたのは」
「は?」
「正確に言えば、飲まされた。ゲンスイ国王が言われたろ。彼女は優秀な薬師だった。つまりは・・・。その気にさせる薬入りの酒だったんだ」
「え、ええ!?」
なんつー・・・。イリアスは汗を拭った。
「と、彼女からネタばれをされたことがあってな。結婚式の日だったな。あれは・・・・」
のほほん、とカデナは言ったが、結構すごい話である。
「そう言ったことを色々とさっきから思い出していた」
「なんだか。すごい出会いをされたんですね」
「えらい女に惚れられたって思ったさ。でも。俺にはそれぐらいが丁度良かったのかもしれない。と、いうか。ミレンダでなければダメだったのかもしれない。
策略の末に結婚することになったが、彼女は心から俺を愛してくれていた。それは、告白にもあったが、嘘偽りはなかった。愛されているという自覚は常にあった」
「・・・」
初めてだった。カデナがこういう話をするのは。イリアスは、少し驚いていた。
懐かしい、ミレンダとの出会いの地のせいだろうか・・・。
イリアスは、少し胸が妬けるような気分を覚えつつ
「幸せだったんですね」
「そうだな。今思えば、そうだと思う」
コクリとカデナはうなづいた。
「私では、やはり、ミレンダ様のように貴方を幸せにしてさしあげることは出来ないとお思いですか?」
「どうしてそういう話になるのだ」
いきなりイリアスに切り出されて、カデナはやや不機嫌な顔になった。
「でも・・・。私はお聞きしたいのです。いいチャンスです。貴方とは、中々こういうお話は出来ませんから」
カデナはイリアスを見上げた。
「あの時のような幸せな気分を、おまえが俺にくれるのは無理だろう」
なんの躊躇もなくカデナが言った。
「!」
「と言っても。それはおまえのせいではないだろうな」
髪をかきあげながら、まるで独り言のようにカデナが呟いた。
「どういう意味ですか」
イリアスは、おそるおそる聞いた。
「俺の方に問題があるんだ」
「!?」
イリアスは、目を見開いた。よく、わからなかった。カデナは、苦笑した。
「気にしなくてよい。おまえのせいではないのだ」
「問題とはなんです?教えてくださいッ」
イリアスは、珍しく声を上げた。
「私は貴方を。もう何度も申し上げてますが、愛してます。貴方をし、幸せにしたいのです。問題があるならば、一緒に解決していきたいと」
胸に手を当て、イリアスはカデナに訴えた。
「無駄だ」
「どうしてですか!?一体、その問題とはなんなのです」
カデナは、少し考え込むような顔をした。
そして。
「俺を、ミレンダのように愛せるのか?」
と、イリアスに聞いた。
「え?」
「俺だけを見て。俺だけに愛をくれることが出来るのか?」
「ミレンダ様のように?」
イリアスは聞き返す。
「そうだ」
「もしかして。いつも、そんなふうに思っていたのですか?」
漣のように、イリアスの心に動揺が広がってゆく。
「・・・」
カデナは答えなかった。
イリアスは目の前が真っ暗になっていくのを感じた。
そうだ。
いつでも、突き当たる。結局は、ここに帰結してしまう。
カデナはいつも、イリアスのこの部分を突いてくるのだ。
ルナの存在だ。
確かに。忘れてはいない。
心の片隅に・・・。今もヒッソリと咲いている花のように。
ルナは、確かに、まだ自分の心に居るのだ。
「では、最初から貴方は私になにも期待していなかったのですね。貴方は、やはり私を愛してくださるつもりはなかったんですね」
「どうしてそう思う?」
カデナは聞き返す。
「私がうなづけないと、お思いでしょう」
「・・・」
「私が、ルナ様を忘れない。貴方はそう思っている。そして、そう言わせたいんだ。そうでしょう」
カデナは無言だった。焦れて、イリアスは更に続けた。
「どうしてです。どうして、貴方はいつも、私に、それを言わせようとするのです。明らかに、貴方は仕掛けている。仕掛けることの意味はなんです?貴方は、なにかを隠している。
隠しているものはなんですか?」
「教える必要はない」
カデナは首を振った。
「教えて・・・、教えていただかなければ前には進めない。私は貴方を幸せにしたい。そして、自分も幸せになりたい。一緒じゃなければ、意味がないではないですか」
「・・・」
カデナは、イリアスを振り返った。
その瞳は、いつもの煌きとは違う、別の光を宿していた。
カデナは立ち上がった。サラリと長い金髪が音を立てた。
「だから。俺の問題だと言っただろうが」
カデナは言った。
「私達の問題です」
イリアスは言い返した。
「では聞く。おまえは、俺に姉上を重ねたことなど1度もないと言い切れるか?そしてこれから生きていくのに、そうしないと誓えるか?」
「!」
イリアスは、目を見開いた。
「・・・誓えるか?」
カデナはもう1度言った。
「・・・」
イリアスの銀色の瞳が、哀しげに伏せられた。
そんなイリアスを見て、カデナはイリアスから視線を反らした。
沈黙が訪れる。
イリアスもカデナも、黙りこんでは互いに、自分の足元の地面を見つめたままだった。

しかし。

パキッと小枝を踏む音が、茂みの向こうから聞こえた。
二人は同時に、ハッとした。
行動を起こしたのは、騎士であるイリアスのが先だった。
イリアスは、バッとカデナの前に飛び出した。
「カデナ様」
「・・・イリアス」
言い争いをしていたせいで、イリアスは周囲の気配を読み損ねた。
何時の間にか、茂みの奥には大勢の人の気配がしていたのだった。
しまった・・・!これは、完全に俺のミスだ。
ツウッと、イリアスのこめかみに冷たい汗が流れた。
腰に差してある剣に手をやる。
「池に逃げることを考えるな、イリアス。この池に、人が近づかぬのには、訳がある。底無し沼なのだ」
カデナがイリアスの背後で、そう言った。
「逃げ場としては、最高なのですけど。残念ですね」
ジリッと二人は、後ずさった。
「カデナ様。人気のない方へ逃げるのです」
「助けを呼ばねばならぬ」
「逃げることが先決です」
パキッパキッと、小枝を踏む音が近づいてくる。
そして、それはそのうちに大きな音になってきた。
5人以上は、いるようだった。
「カデナ様」
イリアスの声に、カデナは俊敏にイリアスの背から離れ、走り出した。
その瞬間、茂みの奥から、数人が飛び出してきた。
イリアスは、鞘から剣をスラリと抜いた。
即座にキィンッと、剣と剣がぶつかる音がした。
「追え。カデナは、あちらへ逃げた」
「殺せっ」
明らかに騎士とは違う雰囲気を称えた男達だった。王族尊重派の輩であることは間違いなかった。
「くそっ」
イリアスは、数人を剣でなぎ払った。バッと血飛沫が飛んだ。
返り血を浴びながら、イリアスは剣を振り上げた。
イリアスが倒した賊の手にあった剣を、カデナが拾い上げた。
ガァンッと、カデナの剣と賊の剣がぶつかった。
「なにをやっているのです、カデナ様。逃げなさい」
「うるさい。おまえを残したまま、去れるか」
カデナとて、王子であった頃から、いざという時の為に、戦闘の練習はしていた。腕もそれなりだ。
だが、騎士ではない。
訓練された騎士ではない以上、安心してなどいられないイリアスだった。
気が散る。カデナが心配だ。落ち着いて戦っていられない。
イリアスは、賊の一人を倒してから、カデナの元へ走った。
「逃げなさい」
「いやだっ」
「我侭を言うなっ。逃げるんだ」
カデナを背に庇いながら、イリアスは叫んだ。
「足手まといだ。逃げろ」
ドンッと、イリアスはカデナを押しのけた。
カデナは、剣を片手に走った。
「逃すな。追えっ」
賊達は、一斉にカデナを追いかけて走っていく。
「きさまらっ」
イリアスは、賊を追いかけては、片っ端から剣を振り下ろした。
だが。剣も、血のぬめりを帯びて切れが悪くなってきた。
相手からの剣を避けながら地を這い、イリアスは、賊の落した剣を拾い上げた。
そして、顔を上げた瞬間、賊の一人がカデナに追い付くのが見えた。
走るカデナの背に、賊が剣を振り上げていた。
「カデナさまっ!」
イリアスは走った。
幸いなことに、カデナはその賊の剣を避けた。だが、賊は諦めずに再びカデナを追った。
「イリアスッ」
カデナは、振り返っては叫んだ。
鈍い音がして、カデナの背に振り下ろされるはずだった剣が、追いついたイリアスの、肩から腹にかけて、斜めに滑った。
「イリアス!!!」
カデナは、イリアスに手を伸ばした。
「カデナ様・・・っ」
イリアスが手を伸ばした。
倒れていくイリアスを、カデナの腕が掴もうとした瞬間だった。
ドンッと、もの凄い音が、空気を震わせた。
「!」
イリアスの肩を、弓矢が貫通したのだ。
カデナの指に触れることなくイリアスの体は傾いで、大地に転がり、すぐ横の池に落ちて行った。
「イリアスーッ」
カデナの絶叫が、辺りに響いた。
カデナは、振り返る。弓矢の出所を。
そこには、ウルゼと呼ばれたファーシナーの騎士が立っていた。
ウルゼは、タンッと地を蹴ると、カデナの側に走ってきた。
「イリアスが落ちた。手を貸してくれっ」
カデナはそう叫びながら、池に向かって走ろうとした。
が。
「ご無礼を」
「なっ・・・。きさま・・・」
ダンッと、ウルゼはカデナの腹に拳を当てた。
「!」
重い拳を食らって、カデナは目を見開いた。
ウルゼは、カデナを抱き抱えようとしている。ウルゼから逃れようと、カデナはもがいた。
もがきながら、池のその向こうのルカの花の茂みの奥に。
木々の隙間に。
ミレンダが立っているのを見た。
ミレンダは、こちらをジッと見つめていた。
「ミレンダ・・・。イリアスを助け・・・」
薄れゆく意識の中で、カデナは呟いた。
「イリアスを助けてく・・・れ」
カデナは、手を伸ばした。
そして。
闇の中に輝く池の花達が、イリアスを飲み込もうと、不気味な音を立てていた。

続く

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