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------Dearest2---------

ファーシナーの王宮は意外に広かった。
王宮のしくみの見学を終え、イリアス達は広間に戻るところだった。
「ふむ。1日で覚えるは中々大変かもしれない」
イリアスは、ボソリと言った。
「おまえみたいな体力バカにはそうかもしれんが、俺にとっては、大したことはない」
アスクルは平然と言った。
「そりゃそうだろう。おまえは仕事のうちだ。雪王宮の全てを管理しているおまえにとっては、こんなこと朝飯前だろう」
ふんっ、とイリアスは鼻で笑う。
「さっきからなにを怒っている」
アスクルは、イリアスを見上げた。
「別に怒ってなどいない」
イリアスはアスクルの視線を感じつつ、それをあえて無視しいてずんずんと歩いていた。
「どー見ても怒ってる」
アスクルは回り込み、イリアスの前に、立ちふさがった。
「怒ってなどいない」
どけ、とイリアスはアスクルを簡単に押しのけた。
「バラしたのがまずかったのか?カデナ様に」
アスクルは、イリアスを追いかけながら、言った。
「別に。バラしたところで、あの方が動じることもない」
ちょっと哀しげにイリアスが返す。
「まあ。確かに」
「だが。口説くなどという誤解を招くような台詞はよしてほしかった」
「口説かれた記憶があるのだが」
アスクルの言葉に、イリアスはピタリと歩を止めた。
「あれは、勘違いだろうが。俺は、おまえが女性だと思っていたのだ。おまえが、新騎士歓迎会なんぞで女装していたから、勘違いしたのだ」
「そうだったな。懐かしいぞ・・・」
アスクルも立ち止まり、フムと、顎を撫でた。
「なけなしの勇気を振絞って告白したのが、男だと知った時のショックが、おまえになんぞわかるか」
ぶるぶるとイリアスの肩が震えた。
「勝手に勘違いしたのが悪い。私は、騎士のたしなみとしての男色を誘われているのだと思ったのだからな」
それにしても、あの時の俺は綺麗だったろ、とアスクルはニヤニヤしていた。
「それはそうだが。その後が悪い。勘違いしていた俺に気づいたくせに、延々と女になりすまし、演技しおって。そっちからキスを仕掛けてきたくせに、男に戻った姿で、責任取れなどと脅してきやがって」
一気に言ってイリアスは、ゼエゼエと息を継いだ。
「それはそうだが、おまえと俺がつきあったことは事実だ」
「否定はしない。最初は、こうなったら騎士のたしなみだ・・・とやけくそだったが、想像以上におまえとつきあうのは楽しかった」
実際アスクルとは、性格が合ったのだ。それはイリアスとて、否定するつもりはなかった。
「それはなによりだ。だがそれも、おまえが王女とつきあうまでの、短い蜜月であったがな」
アスクルの言葉は、的確に、イリアスの不実な心を射抜いた。
「それは・・・。だから、俺は今、罰が当たっているではないか」
どう言いつくろったところで、イリアスはルナとつきあう為に、アスクルを切ったのだ。それは事実だ。
「では、俺も罰があたったというところか。おまえを脅して無理やりつきあうことにしたからな。それで、あの方とつきあう派目になってしまった」
アスクルにも含むところはあったようだった。
「なにが派目だ。光栄なことだろうが」
「別に、光栄ではないぞ。私は、未だにおまえを想っているからな」
そういって、アスクルは、イリアスをまじまじと見つめたのだった。
「え!?」
イリアスは、アスクルの視線の真剣さに、たじろいだ。
「私はおまえに未練があるのだ。だから、王女の求愛を素直に受け取ることが出来ぬ」
「・・・」
イリアスは、たちまちバッと顔を赤くした。
「・・・氷の騎士とは思えぬ可愛らしさだな、おい」
クスッとアスクルは笑った。
「な、な、なにを言ってるんだ」
「王宮でのおまえは、意図的に私を避けているから、話も出来ぬ。だが、こうやってやっと一緒に仕事が出来て嬉しい。幸いおまえは、カデナ様とは結婚しながら無関係であるようだし」
無関係・・・。
ズゴーンッと、その言葉がイリアスの頭に突き刺さった。
「図星だろ。つくづくおまえは、あの手の顔には縁がないようだ」
気の毒にな、とアスクルは付け加えた。
「余計な世話だ」
「今度こそ、二人で幸せにならぬか?もう道を間違えずに。カデナ様は、バツ2になっても、あの通りにおモテになるからひくてあまただ。心配はいらん」
「勝手に進めるな。俺とカデナ様の未来は、まだこれから、だ」
ガアッと叫んでは、イリアスはハッとした。
ちょうど、広間から、カデナとエミールが護衛に付き添われて、出てきたのだった。
「なにがこれからなのだ?イリアス」
エミールが、首を傾げてイリアスを見上げた。
「あ、いえいえ。なんでもございません。ところで、どちらへ?」
「寝室に案内してくれるらしい。イリアス、おまえも一緒の部屋だ」
嬉しそうにエミールが言った。
「え!?わ、私もですか?」
「どうやら私とエミールが纏まっていた方が警備しやすいようだ」
カデナは、先ほどのイリアスの叫びを聞いていたにも関わらずに、それには言及せずにそう言った。
「おまえは私の夫兼警備長だから、これまた一緒だと都合がいいらしい」
「は、はあ」
すると、アスクルが、スッとカデナの前に進み出た。
「警備は厳重に致します。ですから、ここは、親子二人でごゆっくり休まれてはいかがでしょう。エミール様は、常々に、お父上のカデナ様とご一緒に眠りたいと申しておりました。イリアスがいては、お邪魔でしょう。私とイリアスは隣の部屋に待機しておりますゆえ」
「なんで私がおまえとなんかッ」
と言ったイリアスを、アスクルは肘で突ついた。
「いてっ」
「少しは気をきかせないか。トウヘンボク。親子水入らずのチャンスではないか」
「ううっ・・・」
イリアスは腹を押さえてはうめいた。
「我は別に。そりゃ父上と二人っきりというのは嬉しいが、イリアスがいても、別に気にはならぬぞ。アスクル」
「なんですと?」
アスクルは、ギロリと、エミールを睨みつけた。
「ひっ」
エミールは、そそくさとカデナの後ろに隠れた。
「王子。もう1度お聞きします。お父上とお二人で、ゆっくり眠りたいでしょう。ねえ、そうでしょう」
アスクルは身を屈め、その美しい顔で、エミールを覗きこんだ。
「エミール王子」
ニッコリとアスクルは微笑んだ。とびきり冷たく、美しい笑み。
「あー、そうだ。我は父上と二人っきりで眠りたいッ」
やけくそのようにエミールは叫んだ。
「だ、そうです。カデナ様」
シャキッと、背を正し、アスクルはカデナに向かい合う。
「いい性格してるな、おまえ」
カデナは、アスクルを見つめては、苦笑した。
「お褒めの言葉として受けとっておきます」
動じずに、満足気にアスクルは微笑んだ。
「では、そうしよう」
カデナは、うなづいた。
「それで良いな。イリアス」
カデナに言われて、イリアスはうなづいた。
「カデナ様のご指示通りに・・・」
呆然とやりとりを見ていたファーシナーの騎士達だったが、カデナに促されて、ハッとしつつ一行を寝室に案内した。
一通り、部屋に異変がないかを見てまわってから、アスクルとイリアスはカデナ達の寝室を出た。
「なにかございましたから、隣におりますので」
イリアスは、言いながらカデナを見つめた。
「わかっておる」
そう言ってカデナはドアを閉じようとしたが、イリアスの視線に気づいた。
「なんだ。なにか言いたいことでもあるのか?」
「い、いえ。別に」
「だったら、あとで王への謁見の時にな」
バンッと、ドアが鼻先で閉じた。
「・・・」
ガッカリと肩を落とし、イリアスはとぼとぼと隣の部屋に歩き出す。
「どうにも、なーんにも気にしてないな。あの方は」
ヒュウッと口笛をふいて、アスクルは楽しそうだ。
「これから、なんてあんのか?イリアス」
「うるさい。それより、隣の部屋では、おとなしくしてるんだぞ」
「私はいつもおとなしいぞ」
白々しく、アスクルは言った。


ドアにノックがあり、大柄なファーシナーの騎士が、カデナ達を迎えに来た。
「時間です。国王へのご謁見をお願い致します」
カデナとエミールは、支度を整えて、隣の部屋をノックした。
「時間らしい。供をせよ」
「はいッ」
イリアスとアスクルは、慌てて部屋を飛び出してきた。
「お供致します」
カデナはうなづいた。
「気のせいか。イリアス、なんだか服が乱れておるぞ」
目ざといエミールがそう言った。
「国王陛下に会うのだから、きちんとしておいた方がよいぞ」
エミールの忠告に、イリアスは顔を赤らめた。
「は。ご忠告ありがとうございます。エミール王子」
そして、アスクルを睨みながらそう言ったのだった。
アスクルは澄ました顔をして、カデナの横顔を見つめていた。
カデナは、その視線に気づき、うっすらと口の端を持ち上げて笑った。


「国王へのお部屋には、マリア様がご案内致します。王のお世話は、このマリア様が一任されておりますので。国王陛下の10番目の奥様でございます」
大柄な騎士が、そう説明した。
「10番目・・・」
カデナはボソッと呟いた。
アルフェータのラブラブ国王夫妻には、考えられないことであった。
男女構うこっちゃないという結婚、というか恋愛の無法地帯に生きる国王だったが、彼は妻のマルガリーテ一筋であった。
「初めてお目にかかります、カデナ様。お会い出来て光栄です。マリアと申します」
大柄の騎士の後ろには、小柄な若い女が佇んでいた。
フワリと辺りにいい匂いが漂い、華麗に着飾ったその若い女が、カデナの前に進み出た。
「王のお部屋にご案内させていただきます」
マリアは、カデナの目の前でニッコリと微笑んで、挨拶をした。
「よろしく」
だがカデナは、その顔をほとんど見ずに、明後日の方を見ては、そっ気なく言った。
カデナの反応に、マリアはピクリと眉をつりあげた。
「カ、カデナ様」
マリアは、カデナの顔が向いてる方向に、ドレスの裾を持ち上げて走った。
「王の元へとご案内致します」
再びマリアは微笑みながら、カデナを見上げた。
「ですから」
カデナは、面倒くさそうにだが、顔をマリアに向けた。
「よろしく、と申しましたが!?」
バチッとカデナの瞳が、マリアの瞳と重なった。
「・・・」
二人は、奇妙に見つめあっていた。
間近で見るカデナの迫力に、マリアは「ぽわわわん」となってしまった。カデナを見上げたまま、真っ赤な顔で硬直してしまったのだ。
「どうなってるんだ、一体」
カデナは、目の前で動かなくなってしまったマリアを見て、苦々しく言った。
「ち、父上。あの。父上がその女性をジッと見つめられたからではないでしょうか・・・」
6歳のエミールですら、自分の父親の「罪深さ」を理解したようだった。
「私が見つめたからといって、なんだというのだ」
が、しかし。当の本人は、まったくわかっていないらしい。
イリアスは眉間を押さえながら、側にいた騎士に話かけた。
「マリア様を御連れになりつつ、国王のお部屋にご案内ください」
「畏まりました」
大柄な騎士・ウルゼは、マリアを支えながら、歩き出した。


国王・ゲンスイはエミールとカデナの来訪を喜んだ。
「初めまして。お祖父様」
「エミール。おお。会いたかったぞ」
ベッドの中から腕を伸ばし、ゲンスイは言った。
「もっと近くに。カデナ殿によう似ておる。エミール。そなたは我娘、ミレンダには似なかったようだな」
「性格はよく似ていると、皆に言われます」
「そうか。そうか・・・」
ゲンスイは、顔をクシャクシャにして喜んだ。
「義父上様。お体の具合はいかがです?」
カデナが、枕元に近寄りながら、尋ねた。
「カデナ殿。ああ、心配をかけたのう。なに、少し前はなり危なかったようだが、今はすっかり良くなったようだ」
弱々しいが、ゲンスイは笑顔で答えた。
「それはなによりでございます。安心致しました」
「父上と母上にもよろしく申してくれ。こうして、初めて孫に、そしてそなたとも久し振りに会うことが出来た。遠路遥々ほんによう来てくれた」
「ご回復に向かわれていると、そう報告致します。このような状況ですが、エミールも、お祖父様にお会い出来たし、母の国を見ることが出来て、嬉しいと思います」
エミールは、ゲンスイの腕の中で「嬉しいです」と、うなづいた。
「ハハハ。エミール。この国は、そなたの故郷であるのだからな。母の生まれた国だ。ゆっくりしていくとよい。あとでミレンダの部屋などを見ると良い。彼女は、あれでいて優秀な薬師であった。頭の良い娘だったのだ。そなたは、誇りに思って良いのだぞ」
早くに亡くした愛娘を偲びながらゲンスイは、エミールにそう告げた。
「はい。お祖父様」
コクリとエミールはうなづいた。
それからゲンスイは、エミールとカデナの背後に付き従う愛人のマリアに視線をやった。
「マリア。そなたがお会いしたがっていたカデナ殿じゃ。どうじゃ。惚れ惚れするようないい男であろう」
「はい。それはもう・・・」
うっとりするようにマリアがカデナを見上げた。
「ミレンダが、このカデナ殿と結婚すると知った時は、我も驚いたものじゃ。色々あったが、我はあの娘は幸せであったと思っておる」
「ミレンダ様は素晴らしい方でしたわ。カデナ様に愛されるなどと。私如きでは想像もつきません。もう目が合うだけで、クラクラしてしまって」
自分のことを言われているというのに、カデナの表情は少しも変わらずに冷静だった。
「ハハハ。可愛いことを申す。どうじゃ、カデナ殿。私亡きあと、この娘を妾に迎えてやってはくれぬか。世間知らずな娘だが、一途で可愛い子なのだ」
王の言葉に、マリアはハッとしたようにカデナをチラリと見た。
「亡きなどと不吉なことは申されないでくださいませ。王にはいつまでもお元気でいられて、こちらの可愛い方とお幸せになっていただきとうございます」
ほとんど棒読みで、カデナはそう言った。
聞いていたイリアスは、ハラハラしていた。
だが「か、可愛い方なんて〜。いやですわ。カデナ様ァ」と、マリアがマヌケなキンキラ声で叫んだ為に、白けた雰囲気がすっ飛んだ。
「ふむ。まあ、そうだな。それが1番であることだ」
ゲンスイは苦笑していた。
「お会い出来て嬉しいが、少々疲れた」
その言葉に、マリアはうなづいた。
「カデナ様。王はお休みになられます。申し訳ございませんが」
「わかりました。退出致します」
カデナは、王の側へ行くと、深々と頭を下げた。
「お元気で。義父上様。遠くより、益々のご回復を祈っております」
「ありがとう」
「お祖父様。お元気になられたら、また会いに来てよいでしょうか」
エミールは、礼をしながら、そう言った。
「むろんじゃ。ここは、そなたの国でもあるのだぞ。待っておるよ。エミール」
「ありがとうございます」
騎士のイリアスやアスクルも、王に礼をしてから、部屋を退出した。
マリアが、走ってきて、
「これから歓迎の宴がございます。ご出席をお願いいたします。カデナ様。エミール王子」
と告げた。
「了解しました」
これまたそっけなく、マリアの顔も見ずに、カデナはうなづいた。
「お庭にてお待ち申し上げております」
熱のこもった瞳で、マリアはカデナに再び訴えた。
「では。庭で」
ますますそっけなく、カデナはマリアに背を向けてさっさと歩き出していた。
「し、失礼致します」
コソコソとイリアスは、カデナの後を行こうとした。
「お待ちになられて」
マリアは、イリアスを呼びとめた。
「イリアス様ですわね。騎士長の・・・」
「はい」
「カデナ様とご結婚されているとか」
マリアが、先ほどのカデナとの対面とは天と地程違うくらいに冷やかな態度で、聞いてきた。
「はい」
「羨ましいですわ。たかだか騎士長程度の位で、王族の、しかもあのような美しい方とご結婚されたなんて。一体どのような魔法を使われたのか、教えていただきたいですわ」
「・・・」
イリアスは、いつものように答えに窮し、ウッと詰まった。
「本当に羨ましいですわ。ええ、本当に」
マリアは、ギラリと光る目で、イリアスを睨んだ。
その瞳の光に、イリアスはゾクッと背筋が寒くなった。
「自分でも。信じられないくらいの幸運だったと思っております」
やっと。イリアスは言葉を返すことが出来た。
「いつまでもお幸せに」
案外あっさりとマリアはイリアスを解放した。
「ありがとうございます」
ペコリとイリアスは頭を下げて、立ち去った。
イリアスが追い付くのを待っていたアスクルは、
「超イヤミだな。あの可愛いコちゃん。世間知らずだとは全然思えないけどな」
「あの程度だったらまだ可愛い方だ」
嫉妬の言葉には、慣れてるイリアスであった。
「いーや。ちょい油断ならない目をしてる。気をつけろよ」
「わかっている。一瞬、寒気が走ったからな」
イリアスはフゥと溜め息をついた。
「歓迎の宴は、どうやら屋外らしい。庭に行くぞ、イリアス」
「ああ」
アスクルの後に従い、イリアスは歩き出した。


続く
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すみません。まだまだ続きます。
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