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イリアスは、ベッドの前に突っ立って、本気で困っていた。
ダイアナの提案を、カデナがあっさりと受け入れたからだった。いつもは、川の字で寝ている大きなベッドにカデナと2人っきり。
これでは、結婚した当時の初夜状態だと思ったイリアスだったが、実は本当に初夜になりえる。なんたって、少し前に、カデナからの告白とキスを受けていたイリアスである。
その時のことを思い出して、イリアスは思わず胸に手を当てた。心臓がドキドキと高鳴っていた。
こ、これはまるで・・・。本当に初めて他人と肌を合わせようとした時の、あの緊張感とまったく同じではないか。
立派に子供まで作った男の心情ではあるまい。
情けない。まったく情けない。なにをあせっているのだ、イリアス。普通に、普通にしていればいいのだ。自分で自分を叱咤激励して、イリアスはにこやかにカデナを振り返った。
「カデナ様。では、寝ましょうか」
そう言って振り返った瞬間、後ろにいた筈のカデナがいなかった。
「あ、あれ?」
と思って、ハッとベッドを見ると、カデナは既に毛布に潜りこんでいた。
「・・・」
カデナらしいといえば、カデナらしい。こーゆー状況で、なにがしの色っぽい展開を期待してる自分の方が間違っているのか?とイリアスは、自分の方がおかしいのでは?という気分になってくる。
だが、愛し合っているならば、当然体は重ねてもいい筈だ。そして、今宵は公然のチャンスである。
なのに。なのに。ああ・・・とイリアスは心で泣いた。しかし、仕方なくイリアスもカデナに倣い、毛布に潜りこんだ。
「引っ張るな」
毛布のことを、カデナは言っているのだ。
「いえ、でも。こうしないと寒いので」
「こんな陽気で、風邪をひくような男か?おまえが」
「私とて、寒いものは寒いのです。多少は」
それから、2人は無言で、毛布の引っ張り合いをした。
この広いベッドの端と端に2人は寝ているのだから、当然毛布の奪い合いも起ってしまう。
いつもは、真中にダイアナがいるので、こういう距離感はない。ダイアナを挟むようにして寝ているからである。
「ガキくさいことをするな」
グイーッとカデナが毛布を引っ張った。
「貴方だって相当でしょーが」
ギューッとイリアスが引っ張り返す。
「あっ」
カデナが声をあげた。所詮力で勝てる筈がない。毛布はイリアスに全部もっていかれた。
ムクッと起きあがって金色の髪を掻きあげながらカデナは、ベッドの上を数歩歩いた。
バフッとイリアスのすぐ横に、カデナは潜りこんだ。そして、毛布をイリアスから奪い返す。
「カデナ様?」
背中にカデナの体温を感じて、イリアスは慌てて振り返った。
「なんだ?」
「!」
ものすごい至近距離で目が合って、イリアスは、自分は異常なのではないか?と思うぐらいに速攻で顔を赤くしてしまった。
しまった・・・。なんで、こんなことに・・・。カデナ様に不審がられてしまう・・・。そう思ったが、体の自然な反応には逆らえない。
案の定、カデナはあからさまに眉を寄せた。
「顔が真っ赤だぞ。そんなに熱いならば、むきになって毛布を奪わないでもいいだろ。バカかおまえは」
と、まるでイリアスの危惧とは違うことを、あっさりとカデナは言った。
「あのですね・・・」
がっくしとイリアスは項垂れた。これは天然なのか?それともワザとなのか?
いずれにしても、カデナには、はっきりと口で言わないと、どうしようもないのだとイリアスは瞬時に悟った。この際だ。言ってしまえ。
今日は俺の誕生日だし(だから、なんだ?と言われそうだが)、どうにかなる!!言わなきゃわかんねえんだ、この王子様にゃとイリアスは心に決めた。
カデナがこんな側にいて、指一本触れずに夜を過ごす自信など、毛頭ない。互いに想い合っているという事実があれば、尚更だ。
「なんだと言うのだ」
長い睫に縁取られたアーモンド形の綺麗な翠の瞳が、イリアスを見つめる。あまりの美しさに、思わず眩暈を起こしかけたイリアスだが、意を決してバッと毛布をカデナから取り上げた。
「あっ。なにをする」
いきなり取り払われてしまったカデナは、目を見開いた。
「カデナ様っ。毛布の代わりに、私が貴方を抱いていいですかっ!?」
「・・・」
カデナが瞬きをした。
シーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン。
恐るべき沈黙だった。
イリアスの赤かった顔が、その沈黙によってサーッと青褪めていった。
今更、「なんちゃって〜♪えへ♪」などと言えるはずもない。イリアスは、強張った顔のまま、カデナを見つめることしか出来なかった。
「イリアス」
やっとカデナが口を開いた。
「は、はい・・・」
「それは、もしかして誘い文句か?」
カデナがボソリと聞き返した。
もはや、声に出来ずに、イリアスはただ、ただ、ブンブンと首を縦に振った。
「驚いた。おまえでもそんなこと言うんだな」
クスッとカデナが笑う。
「い、いけませんか?貴方には言わなきゃわかんないでしょう」
「言われても、一瞬わかんなかったぞ」
「・・・」
それは貴方が鈍感だからでしょう・・・とはさすがに口に出さない。通じただけでも良かったと胸を撫で下ろしたい気分のイリアスであった。
だが、肝心なYES NOがない。
「やだね、と言ったらどうする?」
「言うつもりですか?」
「さあ、どうだろうか」
まるでひとごとのカデナであった。
「私を焦らして楽しんでいるんですか。ひょっとして」
カデナならやりかねない・・・と思いイリアスはおそるおそる聞いてみた。
「焦らされて、おまえは楽しいタイプの人間なのか?だったら、そうしてやってもよいが」
「楽しくありません。絶対に楽しくありません」
「そうか。ならば。おまえの好きにすればいい」
「あ、ありがとうございますっ」
お許しである。本人の口から、ハッキリと、お許しが出たのだ。
イリアスはホッとした。青褪めていた顔が、再び微妙に赤くなる。正直な男なのだ。
「で、では・・・」
「脱げばいいのか?」
「は・・・?あ、はい。お願いします」
どうにも色っぽくない状況だった。予定としては、こう、恥らうカデナを、自分が手解きしながら・・・などと妄想かっ飛んでいたイリアスであったが、この分じゃそんな必要はなさそうだ。
というか、最初からたぶん、必要なかったであろう。カデナ相手に手解きなどとは。それにしても恐ろしく儀礼的に進みそうな愛の営みに、イリアスはいささか悲しくなった。
なんだか、このまま本当に体を重ねることが出来るのか、不安がむくむくとイリアスを襲う。カデナのことだ。突然気が変わったとか言い出しかねない。
そんなことを考えてしまって、慌ててイリアスは服を脱ぎ捨てていた。
脱ぎ終え、パッとなにも考えずにイリアスはカデナを振り返った。カデナは、全裸でベッドに胡座をかいて座っていた。
彼の視線は天井にあった。白い肌に、金色の髪。どこか物憂げなカデナの横顔に、イリアスはボーッと見とれた。
未だに、この美しい男が、自分を愛してくれているなどという実感がなかった。
告白のあとでも、カデナはほとんど変わりはなかったし、距離が縮まるような出来事もなかった。
『ぶっ』
パパッとイリアスはカデナから視線を反らし、思わず鼻に手を当てた。
鼻血の危険性を覚えたからであった。だが、鼻血は出なかった。とりあえず、情けない姿は晒さないで済みそうだ。
ホッとしていると、今度はあらぬところが、ビクンと反応したのに気づいた。
「!!」
ソロソロと自分の下半身をイリアスは見た。今度は想像通りだった。
こんなんで、俺は大丈夫であろうか・・・と、イリアスはあせった。余計なことは考えるな。悪いことは考えるな。今はただ、自分の欲望に忠実に、カデナ様と。
「どうした。なにやってるんだ」
ヒョイッとカデナがイリアスの肩越しに、声をかけてきた。
「どわあああっ」
驚いて、イリアスは声をあげた。
「・・・っ」
カデナは耳元で叫ばれて、両手を自分の耳に当てた。
「なんだと言うのだ。騒がしい。」
「すみません。用意は出来ました。さ、さあ。いざ」
クルッとイリアスは振り返ると、カデナの肩をガシッと掴んで、シーツに押し倒した。動揺を気取られない為に、さっさと始めてしまいたかったのだ。
「いざ!?」
押し倒されながら、カデナはイリアスを見上げた。
「いざ、い、いたしましょう」
見つめられながら、イリアスはカデナの腹に馬乗りになったまま、上擦った声で言った。
「いたす!?」
「は、はあ・・・」
カデナは、そんなイリアスをまじまじと見上げては、プッと笑い出した。
「なんなんだ、おまえ。もしかして緊張してるのか?」
アハハハとカデナは盛大に笑っていた。
「カ、カデナ様」
イリアスの動揺は、すっかりカデナにバレていた。
「勇敢な騎士殿も、こういう場面では緊張するのか?もしかして、姉上にもこんな状況で迫ったのか?だとしたら、相当姉上も楽しかったであろうな」
状況を忘れて、楽しそうにカデナは笑っている。
「そんな。私は、相手が貴方だから・・・」
恥かしさのせいで、イリアスはボソボソと言った。
「そんなに緊張しては、出来るものも出来ないだろう。俺がやってやろうか?イリアス」
カデナはそんなことまで言い出した。
「!」
ビシッ★イリアスのプライドにヒビが入った。
「誰のせいで」
「ん?」
「誰のせいで、私がこんなに緊張していると思ってるんですか」
「知るか、そんなの。俺のせいだと言うつもりか」
平然とカデナは言った。そんなカデナに、イリアスはムッとした。
「言います。貴方のせいですよッ。私は、もう大分前から貴方が好きだった。愛していたんですよ。それなのに、貴方は私の気持ちを知りながら無視していた。側にいるのに、
どうすることも出来ない日々を送ってきたんですよ。世間では認められていた夫婦だったというのに、現実はダイアナを挟んで眠ることしか出来なかった。キスも、体に触れる
ことすら、貴方は許してくれなかった!そして、やっと、やっとですよ。私はやっと貴方に触れることを許してもらえた。これが緊張しないでいられますか?」
「知るか。そんなに色々したかったならば、勝手にやれば良かっただろう。勝手にこられれば、俺には拒む権利なんかない」
カデナの台詞に、イリアスは目を剥いた。
「出来ますかっ。そんな恐ろしいこと。それに、権利ってなんですか。権利って。そーゆー言葉を使うこと自体、なんか間違ってませんか?ちょっと無神経ですよ、貴方はっ」
「うるさい!こーゆー状況でなにを喚いているのだ、おまえは。出来ないなら、出来ないで素直に言えばよかろう。それなのに緊張だのなんだの、騎士の癖して、言い訳がましいぞ、イリアス」
イリアスの言葉に、カデナは言い返した。ビシビシと、イリアスのプライドの亀裂が広がった。追い討ちをかけるように、カデナは「意気地なしめ」と呟いた。
カデナのその冷やかな一言が、ビシビシと亀裂が走っていたイリアスのささやかなプライドを、木っ端微塵にした。
「そう・・・ですか。確かに、情けないですね。私は・・・」
そう言いながら、イリアスは近くにあった毛布を引き寄せて、カデナの体にかけてやった。
「申し訳ありませんでした」
イリアスは頭を下げた。そして、そのまま俯きながら、カデナの体の上から退くと、ベッドサイドに置いてあったガウンを羽織った。
カデナは慌てて体を起こして、イリアスの背中を見た。
「貴方は」
イリアスは振り返って、カデナを見つめた。
「貴方には、俺の気持ちはわからない。愛して、愛して。やっと手に入れた、応えてもらった俺の気持なんか貴方にはわかりもしないでしょう。貴方は、愛に応えるだけだ。いつも、そういう立場だから、
愛を乞う立場の気持ちなど想像もつかないのでしょうね。そうですよ。俺は緊張している。滑稽なぐらい緊張しています。貴方を抱くことを。抱いたら消えてしまいそうで。いや、抱く前に、貴方の気持ち
が変わってしまったらどうしよう。一瞬のうちに、頭を過るんですよ。悪い予感ばかりだ。貴方に愛してると言われたって、俺はいつだって不安だった。不安で怖かった。貴方には、わからない。こんな気持ち。
私よりいつも高いところに、涼しい顔でいる貴方にはきっと、ずっとおわかりにはならないでしょうね」
怒気を含め、そう言ったイリアスの目には涙が浮かんでいた。
「失礼します」
バッとイリアスは踵を返すと、大股で部屋を横切って行った。今まさに、ドアノブに手をかけようとしたところを、バッと腕を掴まれた。
「カデナ様!?」
肩に軽くかけていた毛布がずり落ちるのも構わずに、カデナはイリアスの首にしがみついた。
「!」
そしてそのまま、カデナはイリアスの唇に自分の唇を重ねた。その激しさに、イリアスはドンッと背中をドアにぶつけた。
唇を合わせ、舌を吸いながら、カデナはイリアスの首に腕を絡めた。ズルズルと2人の体は重なって、絨毯の上に崩れて行く。
「は、う・・・」
ズルリと唾液が糸引きながら、唇が離れていく。
「言い過ぎた。俺が・・・。言い過ぎた。悪かった、イリアス」
カデナはそう言って、イリアスを見上げた。
「だから、俺をおいて、出て行くな」
赤く濡れた唇で、カデナはイリアスの瞼に触れた。
「俺は消えない。逃げない。おまえと共にいると、決めたんだから・・・」
「カデナ様・・・」
イリアスはカデナを抱き締めた。
「おまえが不安になるならば、何度でも言ってやる。おまえを愛してる。おまえを愛してる。おまえだけを」
言いかけたカデナの唇をイリアスは己の唇で塞いだ。
塞ぎながら、カデナの腰の辺りに、まだ絡まったままの毛布を掴んで、剥いだ。
唇を絡め、抱き合いながら、2人は絨毯に体を沈めた。

続く

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