連橋・・・某都立高校1年
流・・・・・同上
亜沙子・・・某都立高校3年
小田島義政(オダジマヨシマサ)・・・暁学園高校1年
城田優(シロタユウ)・・・・・同上
小田島信彦(オダジマノブヒコ)・・・義政の兄
大堀恒彦(オオホリツネヒコ)・・・信彦のボディガード
*****************9話**************
あばらをやられた。無意識にそこを擦りながら城田は、夜明けの川辺リをガードレールに手を引っ掻けながら、ヨロヨロと歩いていた。あれから殴り殴られを続けて、いつしか意識をフッ飛ばした。意識を飛ばしたのはほぼ同時だったろう。気づいたら、すぐ横で連橋も倒れていた。右腕を左手でかばったまま、丸くなって草の上に転がっていた。連橋の腕を折った記憶はある。だがこっちもあばらをやられた。お相子か・・・?そう思いながら、先に意識を取り戻した城田は立ちあがり、連橋を置いてその場を後にした。息をするだけであばらが軋んだ。
朝日が川面を眩しく照らし出している。夜が明けて、朝が来る。当たり前の、単なる夜明け。今日もきっとよく晴れる。そんな、どうでもいいことをブツブツと心の中で呟きながら城田は歩き続けた。そうでもしなければ、痛みに弱音を吐きそうになる。道の向こうから、タクシーがやってきた。タクシーは、城田のすぐ横で止まった。城田は、それに気づくと、ズルズルと歩道に座り込んだ。背中が、ガードレールにぶつかった。
「城ちゃん」
夕実の声だ。
「あ〜あ。ボロボロ。珍しいこともあるもんね」
言いながら、夕実がタクシーから降りてきた。反対側から連橋の女、亜沙子が降りてきた。
「彼女。可愛い顔して、頑固な子なの。まだ寝てなさいって言うのに、帰るってきかないから。仕方ないから付き添ってきたのよ。ごめんね、役に立たなくて」
夕実が、片足を引き摺りながら城田の側に来て、あぶなかしく座りこんでは、その顔を覗きこんで言った。
「強情な女だってことは知ってますから。お世話になりました」
「城田っ」
亜沙子は、夕実を押しのけて、城田に駆け寄った。夕実は、キャッと小さく叫んで、歩道に倒れた。
「アンタ、その傷はなによっ。なんでここにいるのよ!まさか連ちゃんとっ」
「おまえ。夕実さんに乱暴なことすんな」
城田は、亜沙子を蹴飛ばす真似をして、ぶっきらぼうに言った。夕実は、昔右足に銃弾を受けたことがあって、不自由なのだ。リハビリによって、大分回復したが、普通の人のようには、自由に歩けない。
「ご、ごめんなさい。でも、とにかく!なんでそんな傷だらけなのよっ」
亜沙子は、夕実に手を貸してやりながら、城田を振り返って怒鳴った。
「元気な女だな。昨夜手術したっつーによ」
俯いたまま、城田は笑った。
「答えなさいよ」
「言わなくてもわかんだろーが。時間稼ぎしてやったんだろ。おまえの彼氏は、単純だからな。ちょい拳をちらつかせればすぐにのってきやがる。あれは、天性の獣だな」
「連ちゃんはアンタとは違うわよ」
不意に夕実は、亜沙子の手をパンッと振り払った。
「城ちゃんのこと悪く言うと、許さないわよ。この子は、優しい子なんだから」
「どこがよ!平気で女を強姦するようなヤツよ」
亜沙子は言い返した。夕実は、キッと亜沙子を睨んだ。
「ガキね、アンタ」
言ってはフッと、夕実は笑った。亜沙子は、その余裕ぶった笑みに、ムッとした。
「安心しろよ。おまえの彼氏、別に殺しちゃいねえから」
息をついて、城田は亜沙子を見上げた。
「当たり前よ」
「川辺で転がっているさ。腕をバッキリ折ってやったから、当分おとなしくせざるを得ねえだろうな、幾らじゃじゃ馬の連橋でもよ」
フフフ、と笑って、城田は顔を顰めた。夕実はそんな城田を見て、
「そういう城ちゃんは、あばらをやられているみたいね」
「夕実さん。鋭い。わりーけど、もう一回、病院Uターンしてもらえるかな」
「いいわよ。立てる?」
「それぐれえは」
フラリと城田は立ちあがった。亜沙子は、立ちあがった城田を見上げた。城田の顔は、腫れあがっていた。城田もチラリと亜沙子を見た。
「おまえ、連橋とつきあうのを止めろ。アイツと一緒にいると、絶対に幸せにはなれねえよ。これからもきっと、辛い目に遭うだろう」
「余計なお世話よ」
「可愛くねえな」
城田は苦笑すると、亜沙子の頭にポフッと手を置いた。
「なにすんのよっ。人の頭を使って、体制立て直さないでよっ。私は置物じゃないのよ」
「ちょうどいい位置にあったから。って、ちげーよ。撫でたんじゃねえか」
「撫でる?なんでよ」
亜沙子は、自分の頭を手で庇いながら、眉を寄せて城田を見上げた。
「ドンカン女。わかんねえならば、いいさ」
反対側のドアの方で、夕実が
「城くん。私の前で他の女とイチャイチャする気?」
と白けた声で言った。
「冗談っすよ、夕実さん。俺は夕実さん一筋だって」
笑いながら城田は、タクシーに乗り込んだ。
そして城田は、少し遅れて後部座席に乗り込んできた夕実の肩に、傷だらけの体で寄りかかった。
「バイバイ、亜沙子チャン」
城田は目を閉じたまま、亜沙子に向かってそう言った。亜沙子はタクシーの中を覗きこんだ。夕実と目が合う。夕実は、ニッコリと笑っていた。自分達よりかなり年上であることは間違いないし、明かに水商売の女だろうとは思う。だが亜沙子に向けられたその微笑は、まるで無垢な少女のように綺麗な笑みだった。亜沙子は、慌てて頭を下げた。タクシーは、スルスルと発進していった。亜沙子は、タクシーを見送ると、川辺に向かって歩いた。
朝日が川面に反射して、キラキラと光の粒をそこら中にふりまいている。そんな光景に、目を細めながら、伸びた草を掻き分け、亜沙子は歩いた。草叢の中に、見慣れた背中を見つけた。
「連ちゃん」
連橋は、大地に腰を下ろして、川を見つめていた。
「連ちゃん!」
ガバッと、亜沙子は連橋の背に抱きついた。
「ごめんね、ごめんね、ごめんね」
「痛えよ、亜沙子」
「あ、ごめん」
亜沙子は、慌てて手を離した。
「城田のヤツの作戦にまんまとはまっちまった」
「・・・」
連橋は、ポケットからライターを取り出すと、タバコに火を点けようとした。
「アイツ、イヤなヤツだ。俺はアイツが嫌いだ。大嫌いだ・・・」
右手がブルブルと震えている。亜沙子は、連橋の手から、ライターを取り上げて、左手に挟んであった煙草を取り、タバコに火を点けた。自分で一回吸い込んでから、連橋の口にタバコを突っ込んだ。
「連ちゃんは、強いわ。これから、もっと強くなる。城田なんかに負けないで。あいつだって、あばらをやられたって、ヨレヨレだったんだから」
「アイツと会ったのか?」
「うん。たった今、そこで」
亜沙子はうなづいた。そして、ふと自分の頭に手を伸ばしかけて、ハッとした。私は、なにをやっているの・・・!?亜沙子は、気持ちを切り替える。
「連ちゃんは強い。だから、私も強くなる。負けないわ。絶対に負けない。私は連ちゃんの側にいられるように強くなるから。連ちゃんも一緒に強くなろう。今よりもっと。ずっとよ」
黙ってタバコを吸っていた連橋だったが、
「亜沙子」
と亜沙子の名を呼んだ。
「ん?」
「手術。痛かったか?」
聞いてくる連橋の顔の方が、よほど痛そうだ・・・と亜沙子は思いながら、
「麻酔効いていたから、痛くない。でも、目を覚ました時は痛かった。座薬いれてもらったら、全然痛くなくなって。生理痛の10倍ぐらいの痛みだよ。でも、女だから耐えられるのよ。男の人には、きっとダメね。あんな痛み」
クスクスと亜沙子は笑った。
全てを終えてしまった今、もう泣いてもどうにもならない。だから、笑うしかない。それがどんなに虚しい笑いでも。
「ごめんな」
「もう止めて。私、連ちゃんの側にいるって決めたの。流くんも一緒よ。だから・・・」
亜沙子は、連橋の目を見つめて、ゆっくりと言った。
「私を側においてね。連ちゃんの側に。迷惑かけるかもしれないけど。足手まといになるかもしれないけど。離さないでね。絶対に離さないでね・・・」
トンッと、亜沙子は連橋の肩に自分の顔を埋めた。
「血がつくぜ。亜沙子」
「いいの」
なぜ。どうして。わからない。わからないけれど、なんだか胸が痛い。
亜沙子は、自分の胸を過る感情を持て余して、思わず連橋に抱きついた。
「当たり前だろう。俺は、おまえと流を絶対に側から離さないぜ」
「うん」
連橋は、亜沙子の体を抱き寄せた。
「約束よ」
「ああ」
耳元で連橋の声を聞きながら、亜沙子は目を閉じた。
小田島は、ベッドの上に胡座をかいては、ボンヤリと窓の外を眺めていた。もう一週間も監禁状態だ。学校の出席日数には響かない程度に調整しながら、強制的に勉強させられている。城田は、とっととこの地獄から解放されていた。悔しいが、アイツとは頭の出来が違うのだ。
「くそっ。暇人めが」
一人呟く。勿論、それは自分の兄のことを差している。小田島信彦のことだ。自分とは歳が15歳離れているので、31歳だ。その若さで、小田島の家の全てを管理している。所有する不動産・会社も、親から受け継いだ以上に大きくしていた。頭が良く、性格は極めて完璧主義者。とても同じ親から生まれたとは思えない・・・と、小田島は自分でも自覚していた。だからと言って兄が羨ましい訳ではない。ただ、時々、あの高慢ちきな横っつらを思いっきりぶん殴ってみたいとは思っている。出来る筈もないこともちゃんと知ってはいるのだが。
そして。そんなことを考えていたら、頭の中に連橋の顔が浮かんだ。あの日。思いがけずに連橋から得た快感を小田島はいまだに持て余していた。そうだ。アイツ、うちの兄貴と似てやがるんだ。小田島は思った。どこか余裕めいた取り澄ました横顔。泣き喚いたり、大笑いしたりする顔など想像出来ない。それは、城田も同じことなのだが、アイツは兄貴や連橋とは違う。少なくとも、自分に近い存在である分、ある程度は読める。だが、あいつらは。いや、連橋は・・・。連橋の尻の穴に突っ込んだ時に得た、妙な感覚。そして、あの唇から洩れた、叫び声。どんなに殴った時ですら、絶対に声をあげなかったヤツが。思い出して、小田島は体がゾクリと震えたことに気づいた。ふっ、と股間に手をやると、熱い。脈打っている。ペロリと小田島は、舌で唇を舐めた。もう1度・・・。もう1度、アイツを犯してやりたい。泣かせたい。あの唇にコレを咥えさせて、俺の名前を呼ばせてみたい。ジーンズのジッパーを下ろし、小田島は自分のモノを掌に握りこんだ。頭に、連橋の体を折り曲げて犯したあの時の光景を想像して、小田島は自分のモノを扱いた。
「っ。は。はっ」
もう1度。アイツと、犯りてえ・・・!心の中で吠えながら、小田島は、射精した。だが、出しても興奮が収まらなかった小田島は、しばらくベッドの上で放心していたが、むくりと起きあがった。時計を見ると、もう夜中の1時だった。何時だろうと構うこっちゃねえ。そう思って、庭に出た。1階のテラスのところには、まだ灯りがあった。兄が好んで使っている部屋だった。まだ起きてやがる。どうせ小難しい本でも読んでいやがるんだろうぜ、そう思って小田島は、テラスの灯りを睨みつけていた。すると、窓がバタンと開いた。兄の姿がテラスに現れる。小田島は、ハッとして、そこらの繁みに隠れた。別に隠れることもないが、何故だか今は兄とは顔を合わせたくなかった。兄は一人ではなかった。後ろには、兄信彦の番犬・大堀が付き添っていた。どういう経緯で、大堀が兄に従っているのかはわからない。組の跡取息子として大事に育てられていたであろう大堀だが、跡目を弟に譲って、信彦に付き従っている。大方、弱みでも握られているのだろう。兄は、人の負の部分につけこむのが得意だ。城田に言わせれば、そうでなければ人の上に立てない。おまえだって信彦さんのミニチュアだろうが、だそうだ。俺の犬は可愛くねえ。小田島は、チッと舌打ちした。そして、テラスの方をチラリと見た。小田島は目を見開いた。いつのまにか、兄信彦と、大堀が抱き合い、キスをしていたのだ。
「・・・」
かなりの長い時間、二人はキスをしていた。体が離れたかと思うと、大堀が信彦の服に手をかけた。信彦は、体を捻って逃げようとしていたが、大堀はそれを押さえつけて、軽々と信彦のシャツを毟りとった。上半身を裸にさせられた信彦は、テラスに置いてある白いテーブルセットのテーブルに手をついた。そこからは、なにが行われるのかは、見なくてもわかる。小田島は、ゴクリと喉を鳴らした。そのうち、普段は聞いたこともないような、兄の甘い声が小さく聞こえてきた。さっき抜いたばかりだというのに、小田島は自分の股間が疼くのを感じた。ちきしょう。幾ら真夜中だって、外でやんな、外で!と思いながら、小田島は好奇心に勝てずにテラスを覗きこんだ。テーブルの上に体を倒し、信彦は大堀に脚を開かされていた。
「ん、あ、恒彦。ああっ」
大堀の腰を挟みこんで、信彦は脚を大きく開いて、テーブルの上で腰を揺らしていた。大堀は、僅かに腰を折り、信彦の腕をテーブルに押さえつけていた。信じられねえ・・・。今、この瞬間、目の前で見ているものが、とんでもなく信じられない小田島だった。あの兄が。いつも、毅然としていて、澄ましていて、セックスなんてとんでもないと言わんばかりの高潔そうなツラしたあの兄が・・・!小田島は、思わず身を乗り出していた。そのせいで、ガサリと草が鳴った。やべえ・・・!小田島は、竦んでしまう。そして、おそるおそるテラスを振り返った。すると、こちらを射抜くような大堀の視線と出会ってしまった。
「んん。あ、あ。恒彦。いやっ」
一層激しく腰を使われたらしく、信彦の喘ぎが激しくなった。信彦は、まったくこちらに気づいた様子はない。だが、大堀は確実に小田島に気づいていた。その証拠に、こらちを見ては、ニヤリと笑ったのだった。小田島は、慌ててその場を逃げた。もう股間は、はちきれんばかりだった。
「連ちゃん。私が持つってば」
連橋は城田のせいで、折られた腕を包帯でつる派目になった。利き腕を、躊躇いもなくバッキリと折ってくれた城田を、連橋は猛烈に怨んでいた。とにかく日常生活が不便すぎた。
「こんくらい軽いのは平気だ」
「もう。毎日、毎日、その仏頂面止めてよ。久人くんが怖がるからね。赤ちゃんは敏感なんだから」
亜沙子は、連橋の手から、小さな袋をバッと奪った。久人へのおみやげの絵本が入っている。久し振りに久人を訪ねて行こうとした連橋に、亜沙子が付き添ってきたのだ。
「手が使えねえと不便だ。俺もあばらなんぞじゃなくアイツの右腕折ってやれば良かった」
あっさりと言う連橋に、亜沙子はゾーッと体を震わせた。
「もう。喧嘩は当分いいでしょ。どうせそんな手じゃ出来ないんだから!それより、これ気に入ってくれるかなあ。まだ絵本なんて読めないかもよ」
「いいんだよ。もう色々買っていってるから、あと残るは絵本だけなんだ。けど、これも久人には食われちまうかもな。アイツ、なんでも齧るんだよ。ねずみみてーだよな。この前俺があげた熊のぬいぐるみも、もうボロボロだって紀美子さんが言っていた」
「うわー。んじゃ、ホント、これも食べられるかもねえ」
駅からの道を、そんな会話をしながら亜沙子と連橋は並んで歩いていた。
「ここ」
連橋が、指差した。
「大きい家ねえ。久人ちゃん、幸せだね」
目の前に建つ立派な家に、亜沙子は羨ましそうに溜め息をついた。
「ああ」
連橋は、自分のことのように照れくさそうに笑った。亜沙子は、そんな連橋を見ては、クスッと笑った。
「連ちゃんってさー。久人くんのことになると、なんだか本当に嬉しそうになっちゃうんだもん。私、妬けるなー」
「・・・勝手に妬いてろ」
プイッと連橋は亜沙子から顔を反らし、門に手をかけた。図星を言い当てられて、ますます照れたようだった。
「あれ。車がねえ・・・。留守かな」
「チャイム鳴らしてみるね」
亜沙子が、門の脇にあるチャイムを鳴らしたが、応答はなかった。
「ドライブかもしんねえな。ここの夫婦、仲いいからさ」
「そっかー。ちゃんと聞いてから来れば良かったね。どうしよっか。このおみやげ」
二人で、門のところをウロウロしていたら、子供の手をひいた主婦らしき女性が声をかけてきた。
「町田さんのところにいらっしゃったのかしら」
「あ、はい。でも、お留守のようなんですよね」
亜沙子は、うなづいた。すると、主婦は顔を曇らせた。
「町田さんのお家。もう誰もいませんよ」
「え?引越ししたとか?」
キョトンとして亜沙子は聞き返した。
「いえ。事故に遭われたんです。車の事故。ちょうどお花見の頃でしたよ・・・」
「!」
連橋は、亜沙子を押しのけて、主婦に詰め寄った。
「事故?それで、浩一さんや、紀美子さんや・・・。久人は!」
「お気の毒に。ご夫妻は、即死だと警察は言われてました。けれど、久人ちゃんは、奇跡的に助かって。奥さんが、しっかりと抱きかかえていらしたって聞きましたよ。紀美子さんが必死に久人ちゃんを守ったんだねってみんなで言っていたんです」
連橋は、顔色を変えて黙りこんでしまった。亜沙子が、主婦に聞いた。
「そ、それで。久人ちゃんは今どこに?助かったんでしょう。ねえ、どこにいるんですか」
亜沙子の勢いに、主婦は僅かにたじろいでは、首を振った。
「遠い親戚に引き取られたって聞きましたが、どこに行ったかまでは。四国だか九州だかって言っていたかもしれないわ。詳しくは警察に聞くといいですよ。それじゃ」
子供の手をひいて、主婦は気の毒そうに連橋と亜沙子を振り返りながら、去って行った。
「連ちゃん!しっかりして、連ちゃん!」
呆然としたまま、連橋はその場に立ち尽くしていた。持っていた本をバサリと落として、亜沙子は凍りついてしまったかのような連橋の体を、両手で揺すった。
「警察に行くのよ。ちゃんと聞かなきゃ。連ちゃん、しっかりして。久人ちゃんは生きているのよ。だから、大丈夫よ!連ちゃん」
連橋は目を見開いたまま、道路のアスファルトを見つめていた。亜沙子の声は、耳に届いているが、体が金縛りにあったかのように動かなかった。
『連橋くん。ほら、赤ちゃんだよ。久人って名付けたんだ。可愛いだろう』
『わあ、可愛いな。うえー。小さいけど、ちゃんとチンチンついてるー』
『この子はね。お母さんが最近いなくなってしまったんだ』
『うん。先生、そう言っていたよね。可哀相だよね。先生も、赤ちゃんも』
『先生は大丈夫だよ。それにね。今は側にいないけど、本当はこの子には、お兄ちゃんがいるんだ。君と同じ歳のお兄ちゃんだ』
『そうなんだ。なーんだ。良かったじゃん。じゃあ、久人、寂しくないじゃんか』
『ああ。けれど、事情があってね。久人は当分お兄ちゃんと会えないんだよ。だから、連橋くん。君が久人のお兄ちゃんになってくれないか?』
『俺が?』
『そう。君が。そしたら、久人は寂しくないし、先生もすごく安心出来るんだけどな。ダメかい?』
『いいよ。俺、久人のにーちゃんになってやる。久人の本当のにーちゃんが戻ってくるまで、久人のにーちゃんになってあげる。俺、一人っ子だから、弟欲しかったんだ』
『ありがとう。久人をよろしくな。連橋くん。頼んだよ』
『うん。大丈夫だよ、先生。俺、ちゃんと久人の面倒見てあげる。心配しないで』
約束したんだ、俺は。
アイツの本当の兄貴が、久人の前に現れるまで。ちゃんと、面倒見るって。
先生と、約束したんだ。約束したのに・・・!
久人は、遠い所へ連れていかれてしまった。俺の手の届かない所へ。
「連ちゃん」
連橋は、亜沙子の声を振りきり、走り出した。警察へ行かねばならない。事情を聞いて、久人を連れ戻さなければ。どんな遠い所へ行ってしまったとしても。連れ戻さなければ。
だって、俺は。
先生と、約束したんだ。大丈夫だよっ、て約束したんだから・・・。久人の兄になる、と。
このまま、諦めてたまるかっ!
『連橋くん。くれぐれも、君は君の人生を大切に歩んでいくんだよ』
不意に浩一の言葉が頭を過って、連橋は歯を食いしばった。
泣かないと。もう泣かないと。あの夜に決めたから。だから、涙は、流さない。
そして、もう2度と俺は、諦めない・・・!
10話に続く
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お次は、唐突に大堀×連橋のエロが入ります。どーいう展開じゃ。
小田島も入るかな。3P〜(笑)