連橋・・・某都立高校1年
流・・・・・同上
亜沙子・・・某都立高校3年
小田島義政・・・暁学園高校1年
城田優(シロタユウ)・・・・・同上
緑川歩(ミドリカワアユミ)・・・同上

*****************7話**************


「どうした。珍しいよな。おまえが俺の家寄るなんて言うなんてさ」
緑川歩が、ソファに腰かけながら、目の前に突っ立つ城田に向かって言った。
「いや・・。この前の書類の礼を言おうと思ってな。幸い義政もしばらくいねえし、やることもねえからよ」
「小田島がいねえと、夜も昼も明けねえってか?しょーもねーやつだよ」
座れよ、と緑川は城田に顎で合図する。城田はうなづきながら、
「あの書類。中、おまえ見たか?」
「見るかよ。興味ねえもん。おまえが調べろって言うから、適当なやつ使って調べさせたんだよ」
ダラリとソファにだらしなく座りながら、緑川は肩を竦めてみせた。
「そうか」
「ところで、座れよ?」
「座りてえんだが・・・。さっきから、俺の脚にまとわりついている、コレはなんだ?」
城田は自分の足首辺りにモゾモゾと動いているものを指差して緑川に聞いた。緑川は、ソレに目をやると、
「ああ。ソイツは晴海っつー、俺のガキ」
とあっさり答えた。
「いつこさえた?」
「去年」
城田の脚には、まだよちよち歩きの子供が纏わりついていたのだ。
「ったく、誰にも懐かねえガキでよ。可愛くねえの。父親の俺にもちっとも懐かねえんだが。なのに、なんでおまえには、擦り寄ってるんだ、ソイツは」
「俺が知るかよ」
言いながら、城田は赤ん坊を抱き上げた。
「おまえに似てねえな。可愛いじゃん。コイツ、男だよな」
「女は、俺に似てると言いやがるぜ。そ。チンチンついてっから男」
「で、結婚はいつ?」
「おまえ、俺のこと幾つだと思ってんだよ」
緑川はムッとしたように言った。
「子供作れるようじゃ、大人だよ」
城田は、フンッと鼻で笑う。
「法律ってもんがあるんだろ」
「するつもりなんだな?」
「当たり前だろ。そのつもりがなきゃ、女に産ませるか」
緑川は、城田を見つめながら、ゆっくりと言った。
「いい心がけだな」
半分緑川を睨みながら、城田はうなづいた。
「・・・って言うのは、おまえの前だから言いたい台詞だけど、本当のところは、なにも考えてない。あの女、まるで夕飯が出来たみたいな気軽さで、俺に子供が出来たって言ったんだぜ。俺も気軽に産めばーとか答えていた。まあ、こうなった以上、アイツのことはちゃんと責任取るけどな。俺の家はこういう家だ。後継ぎってことで、子供はいればいるほどいいさ。って、睨むなよ」
「洒落になんねえこと言うな。責任取るつもりがねえなら、ガキなんぞ孕ませるな」
「・・・そりゃそうだけどよ。おまえ、それ小田島のアホに言えよ。小田島のアホに」
「・・・そこを突かれると痛い。あいつ、また女孕ませた。よりによって、連橋の女だ」
緑川の顔色が、サッと青くなった。
「なんだって!?」
「後先考えねえで、バラまきやがって。相手が連橋だけなら、孕むことはねえから安心だったのによ」
「エイズの心配はあるぜ」
クククと緑川が笑う。先日の件は、緑川の耳にも届いていた。面白い場面を見損ねたぜと緑川は城田にぼやいていた。
「んとに、アイツはどーしよーもねえぜ。おまえを見ていると俺は気の毒でならねえ」
煙草に火を点けながら、緑川が城田を見ては気の毒そうに言う。
「俺のことはどうでもいい。おまえ、その女の責任ちゃんと考えろよ」
「わかってるって。翔子のことは、きちんとする。ジジーやババーの反対受けても、ちゃんと嫁にもらってやるよ。実のところ、女はもうアイツだけでいいやと俺は思ってる」
「へえ。おまえがねぇ。俺の知る限りでは、俺より女好きだぜ、おまえ」
緑川の息子晴海は、城田の膝の上でチョコンとおとなしくしていた。
「俺の好きなヤツは、俺には絶対に振り向かないの。最近、つくづくわかったんだ。だから、もう翔子だけでいいんだ」
「切ない恋、してんのか?らしくねえぞ。とにかくこのガキ、きちんと幸せにしろ。俺みてえな男に育てたらおまえをぶっ殺すぜ」
城田の過去を知る緑川は、うなづいた。城田の口から聞いた過去ではないが、緑川は調べさせておいたのだ。そして、知った。城田の深い苦しみを。それ故に、城田は子供と女という存在にこれほど反応するのだ・・・ということもちゃんと了承済みだ。
「俺の息子が、おまえみたいな男になるならば、俺はそれでいいと思ってる。おまえは理想的だ。小田島の存在さえなければな。おまえはいい男だ」
「おだてられても、なにも出ねえぞ。なあ、晴海」
城田は、晴海を覗きこんで言った。晴海は、キョトンとしていたが、城田を見上げると、嬉しそうに笑った。
「げっ。このガキ、笑いやがった。俺、初めて見たかも」
緑川は目を見開いて驚いていた。
「そんなに無愛想には見えねえぞ」
城田は、晴海の頭を撫でた。
「変わってるんだよ、コイツ。なんでだろ。おまえのこと好きなんだな」
「ハンサム好きなのかも。コイツが女だったら、俺の嫁さんにしてやっても良かったな」
「それは惜しいことをした。おまえを息子にし損ねた」
緑川は愉快そうに笑う。
「俺もだな。玉の輿に乗り損ねた」

緑川家は、この地に古くから住まう歴史ある家だ。かつては栄えていたが、数代前に事業に失敗して、勢いを落していた。だが、脈々と培われた名家のプライドは、消えない。緑川歩の父である達彦は、ここ数年で業績を盛り返していた。強い緑川が戻ってきつつあるのだ。そんな中で、どういう訳か出来の悪い一人息子として歩は育ってしまっていた。退屈な毎日を、暴力に費やしている時に、緑川は偶然城田に出会ったのだ。適当に生きてきて、適当に勝ちを重ねてきていた緑川だったが、城田との勝負で徹底的に打ちのめされた。完膚なきまでに叩きのめされて、地べたを這わされた。先日の、連橋と小田島と同じだった。本来であれば、小田島の傘下に入るような器ではない緑川だったが、城田ゆえに、小田島側についた。小田島側も、緑川の存在には一目置いていた。家柄でいえば、どうしたって小田島は緑川には勝てないからだ。そして現在に至る。緑川は、自分の側に城田さえいれば良かった。小田島のことなんて、いつだって、どうでも良かった。
「待ってろ、城田。俺は今はこんなだが、必ずオヤジの跡を継いでこの家をデカくする。そしたら、おまえを小田島の檻から出してやる」
それが緑川の口癖だった。そう言うと、城田はいつも笑うのだ。
「ああ、待ってるぜ」と、全然信じていないかのような口ぶりを添えて。
笑ってろよ・・・と緑川は密かに心の中で闘志を燃やしていた。
必ず。俺が、おまえを、あそこから出してやる・・・!
「今度、翔子ちゃんに会わせろよ」
城田が言う。緑川は即座に首を振った。
「やだね」
「なんでだよ」
「アイツは、若くて綺麗な男が好きなんだ。おまえなんか紹介したら、俺はとっとと捨てられちまうからな」
「俺は人の女は取らねえぜ。女には不自由してるけどよ」
「おまえの問題じゃねえんだよ。これは女の側の問題なんだよ」
城田は人を惹きつける。とくに、女だ。女は皆城田に惚れる。いや、女だけでなく・・・。
そう思って、緑川は目を伏せた。


緑川の家を後にし、城田は電車に乗った。もう夕日がすっかり落ちている。行き先は決まっていた。この前の雨で、半分以上はその花弁を落したが、まだ桜は咲いている。夜目に見る桜は、ピンクではなく白い。足取り緩やかに、城田は公園に向かっていた。ふと、空を見上げると、月が出ていた。月の光に照らし出された公園の中には、子供達の姿はなかった。日が落ちたこの時間では、ガキはとっととお家にお帰りか・・・と城田は思った。かなりの面積を持つこの公園は、鬱蒼とした森を抱えていて、確かに夜遅くに子供達が遊んでいられるような長閑な場所ではないかもしれない。1年前には、殺人事件も起こってるしな・・・と心の中で城田は笑った。

公園の中央には、噴水がある。たゆたう水の中に、桜の花弁が幾つも浮かんでいた。城田はその水をしばらく覗きこんでいたが、踵を返す。そして、鬱蒼と木が茂るその場所に向かう。ちょうど人目を避けられるような絶好のポイント。その大木の下。

城田は、大木の下の大地を一瞥した。木の後ろには、あの時と同じように背の高い草達が好き勝手に生い茂っている。なにも変わらない。ここで、一人の男が死んでも。木は枯れることもなく、草も然りだ。あの男の血を吸ったであろう大地の土ですら、赤く変色することはなく、元の色を保ったままだ。

なに1つ変わることはない。ここで、一人の男が、死んでも・・・!
城田はポケットから、さっき緑川の家でもらったタバコを取り出した。タバコをくわえて、ライターで火を点けた。白く細い煙が、ゆるゆると空に立ち昇ってゆく。

死んだって。なに1つ変わることはないんだ。なに1つ。なに、ひとつ。そう思いながら、城田はタバコをくわえたまま、再び大地を睨みつけた。

その時だった。ものすごい風音が自分の耳の脇で、鳴った。城田は僅かに背を反らした。くわえていたタバコが、すっ飛んでいった。
「!」
城田は、振り返った。思いがけない人物の姿が目に映った。一瞬、幻かと思ったぐらいだ。
「連橋・・・」
連橋は、振り上げていた脚を、サッと元に戻した。かわすのが少し遅れたら、完璧に顔の左半分を潰されていたであろう勢いだった。
「こんなところで、テメーのツラを拝むことになるたぁ、思ってもいなかったぜ。城田」
金色の髪。整った顔。この前会った時と変わらない。変わっているのは、連橋が学ランを着ていることだけだった。タンッと、連橋は大地を蹴って、脚蹴りを連発した。城田は、そのどれをも、すれすれでかわしていた。
「はりきるのはいいけど、尻の穴の傷は痛まねえのかよ?連橋ちゃん」
「おかげさまで。小田島のチンポは小さ過ぎて、蚊に刺されたようなもんだったからな」
連発していた脚蹴りを瞬時に引っ込め、連橋は大地を両脚で踏みしめて、拳を握った。次に来るのも脚だと思っていた城田は、対応しきれなかった。ガツンッと鈍い音がして、連橋の拳は城田の頬にヒットした。
「っう」
そのまま、手加減というものを知らないかのように、連橋は城田の顔を殴り続けた。さすがの城田も、あまりに重く早いパンチに、どうすることも出来ずに、殴られ続けた。城田の唇から血が流れて、その血が連橋の拳を濡らした時。連橋はハッとして、手を引っ込めた。
「チッ。てめえなんざ、素手で殴る価値もねえのによ」
痺れた手を振りながら、連橋は大地に膝を折ったままうつむいている城田に向かって唾を吐いた。
「てめえ、二度と亜沙子にあんなことしてみやがれ。そのツラ、女抱けねえようにしてやるぜ」
グッと、城田の学ランの襟元を掴んで、その顔を覗きこみながら、連橋は城田を睨んだ。
「女の為の攻撃か。なら、殴られても損はしなかったな」
バシッと連橋の手を振り払って、城田は連橋から顔を背けて、やはり血の唾を大地に吐いた。掌で唇を拭いながら、城田は立ちあがった。連橋と向かい合う。長身の城田だったが、連橋も高い。ほぼ同じぐらいだった。城田は、赤く腫らした顔で、連橋を見て、ニッと笑った。連橋はそんな城田を冷やかに見ていた。笑いながら、城田は連橋の髪をいきなりグッと掴んだ。
「調子こいてんじゃねえぞ、連橋。そんなに女が大事ならば、縄でもくくって家の中閉じ込めておけ。おまえが動けば、動くほど、あの女は大切な俺達の駒だ。弱点堂々とさらして、気取ってんじゃねえよ。なあ、そうだろ。アマちゃんヤロー」
城田は連橋の耳元でそう囁いて、そして睨みつけた。連橋は、そんな城田の迫力に怯むことなく、顔色1つ変えずに、城田の頬を開いた手でパーンッと叩いた。そのいきおいで、連橋の髪を掴んでいた城田の腕が外れた。
「ほざくな。小田島の犬」
冷やかに連橋は言った。城田はその言葉に目を見開いた。
「キャンキャン耳元でうるせえよ、犬。おまえこそ、あの尻の穴の小さいお姫サマを守りたかったら、覚悟しておくんだな。もっとも心中してえならば、話は別だけどよ。望み通り一緒に腹に風穴あけてやらあ」
返す手で、連橋は再び城田の頬を叩いた。パサッ、と城田の前髪が目にかかった。城田は、それを手で振り払いながら、笑った。
「やってみろ」
一言城田は言って、それからは愉快そうに笑い続けた。連橋は、城田の顔をジッと見た。
「おもしれえよ。やってみな」
城田はまだ笑っていた。連橋は呆れたかのように、そんな城田を見ていた。
「ここでおまえと会ったのは、偶然じゃねえ。おまえは、町田を悼みにここへ来た。だが、俺はここに町田を嘲笑いに来たんだ。連橋。おまえの人生賭けるほど、町田には価値があったのか?あの男の、どこに、そんな価値が」
「・・・やっぱり小田島が、町田先生を殺ったのか」
「知ってるんだろ。事実を。おまえは見たじゃねえか」
「逃げるアイツをな」
「噂も、そして事実もちゃんと聞いておきながら、おまえはまだ信じられずに、あの日俺らと戦う為に1年も潜んでいやがったんだな。おまえは自分の目で見たことしか信じないタイプだ。俺の好きなタイプだ。そうだ。おまえの思っている通りだ。事実だよ。俺達はおまえの敵だ」
「何故知ってる」
「調べたからさ。おまえが小田島にこだわる訳を。そして。思い出したからさ。あの日。俺のすぐ側で、泣いて町田を呼んでいたおまえの声を」
「!」
「俺は逃げ遅れた。義政を援護する為にあの場にいたが、逃げ遅れたのさ。そして、ほら。その草叢の影で身を潜めていたんだ。そこへおまえがやってきた。この前の3中との勝負の夜。おまえの声を聞いた時。どこかで聞いたことがある声だと・・・。実はずっとひっかかっていたんだ」
連橋は、相変わらず冷めた目をしていた。そして、
「小田島を殺ったら、てめえも必ず始末してやる」
と、ボソリと言った。
「だから、やってみろと言ってるんじゃねえかよ」
二人は睨みあった。だが連橋は、城田の瞳の奥に、なにか得体の知れない光を感じて、僅かに眉を寄せた。この前も感じた。気持ちの悪い瞳。そうとしか言い表せなかった。ゾッとするような感覚ではなく、足元からジットリと濡れてゆく恐怖のようなものだった。

フッと、城田は殺気を消した。そして城田は、いきなり空を見上げた。連橋は、つられて空を見上げた。二人は、一瞬、月の浮かぶ空を、同じように眺めていた。
「なあ。俺とおまえ。こればっかりは偶然だな・・・って言うことが、実は1つある」
空から視線をずらし、城田は連橋を見た。月と同じ色をした連橋の髪が気になって、城田はふっと瞬きをした。
「いきなり、なんだよ」
連橋も、やはり空から城田へと視線を戻していた。城田はしばらく考えこんでから、
「教えない」
そう言って、クルリと踵を返した。
「なんなんだよ」
チッと連橋は舌打ちした。
「うるせー。ここで、せいぜいあの男を偲んでメソメソ泣いていきやがれ。邪魔はしねえよ」
「てめえこそ、うるせえよ。余計なこと言ってンじゃねえ。それにとっくに邪魔してらあ。クソ犬めっ」
連橋は、バッとその場の土を蹴りあげた。
「次に会った時、おぼえてやがれ」
城田はそう言って、連橋に背を向けた。なにか連橋が言い返したようだったが、城田はもう聞いていなかった。真っ直ぐに歩いて、さっさと公園を抜ける。殴られた顔の全ての部分が痛かったが、それでも堪え切れずに笑い出していた。おかしくて、おかしくて、たまらなかった。変わったモンがあんじゃねえか。なに1つ変わったもんがねえと思っていたけれど・・・。空も土も木も。なに1つ変わることはなかったけれど・・・。町田の死は、連橋の運命を変えた。変わったもんが・・・。ある、じゃねえかよ・・・!『上等な言葉を垂れ流しておきながら、アンタが生み出したモンっつったら、最低なもんばっかりじゃねえか。ウンザリだぜ、くそったれ!』城田は、死者に向かって罵倒の言葉を投げては、一人笑いながら歩いていた。周囲の視線は、もう全然気にならずに、気が済むまで笑い続けて歩き続けた。

8話に続く

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