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****3部25話***
車内では、子供達の笑い声と、亜沙子と連橋の、普段のやり取りが交わされ、そこに川村が少し割り込んで
くる、というあたりさわりのない光景が流れていた。
とくに久人は楽しそうで、亜沙子と連橋は、交互に久人を見ては、満面の笑顔を浮かべていた。
川村は、途中で何度か、かかってきた携帯に対応していた。
亜沙子と喋っていない時の連橋は、流れていく窓の外の景色をぼんやりと見つめていた。
流達は、今頃どこにいるだろう。そんなことを考えながら。
「着いたよ」
その声にハッとすると、目の前には大きな別荘があった。
「うわ、すげえ」
久人の歓声が上がる。
「確かにこれは、すごいわね。私、川村さんと結婚有りかも」
と亜沙子が言うと、
「いいよ。亜沙子ちゃんならば、OKだよ。僕と亜沙子ちゃんの子ならば、きっと男でも女でも綺麗な子にな
るだろうし」
そう言って、川村がチラリと亜沙子の腹に視線をやった。
亜沙子はギョッとしつつ、
「や、やだ。なんか、エッチな言い方」
と、川村の視線から腹を庇うように、亜沙子は両手で腹を庇うしぐさをした。
「ははは。まあ、結婚にはつきものだからねぇ」
クッ、と川村は口元に笑みを浮かべ、
「好きに使ってね、この家」
と言い、先を歩いていく。
「あの人、言葉だけで、女孕ませそうだな、なんか」
連橋が、ちょっと肩を竦めて亜沙子に言った。
「確かにね」
うん、と頷きながら、亜沙子は、川村の背を見つめた。
もしかしたら、と一抹の不安が亜沙子の胸に過る。
まだ全然、妊娠がわかるような腹ではない。けれど、あの人。
川村の持つ得体の知れなさに、亜沙子もなんとなく、気づき始めていた。
「連ちゃん。流くん達、今頃はもう出発しているよね」
「ああ。どうした」
「う、ううん。なんでも」
亜沙子の胸に、なんとなくだが、不吉な予感が過っていく。
流が傍にいない。すぐに駆けつけてくれるような状況にはない。
それがこんなにも不安なことだと、亜沙子は初めて気づいた。
私達は、連ちゃんを守る。そう決めた。
けれど。
私一人では、とても無理。
なにごとも起きないで欲しい。
不安でざわめく亜沙子の耳に、久人の楽しそうな声が響く。
「俺、保と庭で遊んでくるーーー」
その生き生きとした声に、亜沙子はホッとした。
なにもある筈がない。
ひーちゃんはあんなに楽しそうだもの。
「気をつけてね、ひーちゃん」
「久人。俺もあとから行くぜ」
連橋が、荷物を片手に、庭に飛び出して行く久人の背に声をかけた。
「わかったぁ」
保と、転がるように別荘を出ていく久人。
亜沙子と連橋は顔を見合わせ、微笑んだ。
小田島は、恵美子と食事をしていた。
先に食べ終わってしまったので、小田島はぼんやりと、店のテレビを観ていた。
恵美子が、
「つまんない?私といると」
と、声をかけてきた。
「あ、いや。ただ、俺、先に食っちまったし」
食べるのが極端に早い小田島に比べ、お嬢様である恵美子は上品な育ちのせいか、やたらとゆっくり目の前の料理を食べている。
「ごめんね。もう少し待っててね。あら、ステキな別荘ね」
恵美子もテレビに視線をやった。
画面に映っていたのは、豪華な別荘が立ち並ぶことで有名な観光地だった。
「小田島くんのところもさぞや大きな別荘があるんでしょうね」
「ああ、まあ」
何個かあるし、別荘というと、勉強させる為にカンヅメにされた嫌な記憶しかなくて、小田島はついついぶっきらぼうな言い方になってしまった。
恵美子相手には、気を使えと兄から言われているにも関わらず、だ。
「恵美子さんのとこなんか、うちより、もっとだろ」
「そうねえ。どうでしょう。小田島くんちを知らないからね」
うふふふ、と恵美子は笑った。
「そういえば。最近、お友達の子が別荘に行くって浮かれてたわ。もう行ったかしら、連ちゃん達」
呟きながら、恵美子は、切り分けたローストビーフを口に運んだ。
肘をつきながら、テレビを観ていた小田島は、その言葉に、ピクリと眉を寄せた。
「れんちゃん?」
聞き返す。今、恵美子が「れんちゃん」と言った気がする。
「ええ、連ちゃん。お友達なの」
「友達って、女っすか?」
れん、などと別に特別珍しい訳ではない。だいたい恵美子と連橋などどう結び付く。
人種が違い過ぎる。・・・だが、住んでいるところは、近い気がする。
ばからしい。
小田島は、自分で自分に呆れつつ、過剰反応しすぎなのだとわかっていても、さらりと流すことが出来なかった。
「ううん。男の子よ。そうね。小田島くんと同じぐらいの歳かな。私ほら。若い子好きだから。ちょっとしたことで知り合って、それから仲良くしてもらっているの」
「・・・まさかと思うけど、そいつ、金髪とかじゃないですよね?」
「あら。もしかして、知り合い?金髪よ。もうめちゃくちゃまっきんきんの超美少年。うん?美青年かな」
ガタッ、と小田島は、腰を浮かせた。
「そいつの名前・・・。連橋?」
小田島の形相に、恵美子はキョトンとしていた。
「そ、そうよ。連橋くんだけど。本当に知り合いなの?」
「知ってる。なに、そいつ、別荘って。どこの?」
思わず早口になる。
「さ、さあ。場所は知らないけれど・・・。えっと。知り合いの別荘って言ってたかな。かわしまさんだが、かわかみさんだか・・・」
「一人で?」
「違うわよ。亜沙子ちゃんとひーちゃんも。なんかね。ひーちゃんと同い年の男の子がいるからって。ひーちゃんが楽しみにしてるんだって。
連ちゃんが珍しく嬉しそうに言っていたわ」
「かわしま?かわかみ?同い年の男の子・・・」
小田島は、椅子にドサッと座り直した。
「それにしても、知り合いだったなんて。ねえ、どういう知り合いなの?学校が同じとか」
恵美子が興味深げに聞いてくるが、小田島は、もうそれどころではなかった。
「ちょっと失礼します。トイレ」
テーブルに転がしておいた携帯を掴み、小田島は、テーブルを離れた。
テーブルの上に置いておいた携帯が鳴った。
「鳴ってるぜ」
「いいよ。面倒くせえから、無視する。今飯食ってるし」
「けどよ。小田島からだぜ」
淺川が、城田の携帯を指差し、言った。
2人は、川村の別荘付近にまで辿りつき、食事をしていたのだ。
「ちっ」
仕方ないので、城田は手を止め、電話に出た。
「もしもし」
「おい。今、清人どこにいるか調べろ」
低い声。どこか声を潜めているような感じだった。
「清人さんの居場所?いきなり、どうした」
出来るだけ平静を装い、城田は聞き返した。
すると受話器の向こうで、小田島が笑った。
「どうしてすぐに、ああわかったと言わない。クソ犬」
「落ち着け、義政」
城田はチラリと淺川を見た。淺川は、苦々しい顔をしている。
「なるほど。てめーらがよそよそしかったのは、このせいか。はっ。バカにしやがって」
「だから。なんのことだ」
「連橋。清人の別荘にいるだろ」
「・・・はあ?」
「しらばっくれるならば、いいぜ。確かめに行くだけだからな。じゃーな」
「待て。義政。どうしたんだ、まじで」
「恵美子の口から、偶然連橋の名前が出たんだよ」
「!」
「おい、城田。神様が、俺の願いを聞き入れてくれたぜ」
そう言って、ブツッと小田島の電話は切れた。
思わず、切れた携帯の画面を呆然と眺めてしまう城田だった。
「城田」
淺川に名を呼ばれ、ハッと我に返る。
パチンと、携帯を閉じ、城田は溜息をついた。
「・・・意外と、連橋と義政っつーのは、赤い糸で結ばれているのかもしれねえな」
淺川の顔は、青褪めていた。
「バレたのかよ、おい。マジかよ」
「情報源が恵美子さんとは。想像もしなかったぜ」
城田は、食事も途中で、席を立った。
「清人さんに連絡だ」
「おう。あ、待て。俺にも携帯が」
淺川が携帯に出た。しばらく会話をしてから、城田の後を追うようにして、淺川も立ち上がった。
「グラスハートがなんだか不穏な動きをしてるようだ。どうも、集結してるようでな」
「増山のところが?」
城田と淺川は顔を見合わせた。
「今、グラスハートは、どっかとやってんのか?」
「いや。最近はおとなしかった筈だ。ジレンのやつらも、一部いるらしい」
「流達ジレンは、こっちにはいねー筈だろ」
情報はとっくに収集済みだった。
「こっちに居残ったやつらが、グラスハートのところに集まってるみたいなんだ」
キュッと城田は唇を噛んだ。
「バラバラだが、繋がりそうな気がする。これは、ヤバい気がするぜ、淺川」
「ヤバいって、城田。どういうことだ」
俺には全然わからん、と淺川は言った。
「デカくなりそうだ。ああ、そうだ。こんな感じは、まるで。昔、ジレンの志摩と初めてやりあった時のような。そんな感じだ」
サイドの髪をかきあげながら、城田は尻のポケットに携帯を突っ込み、歩き出す。
「とにかく。清人さんと連絡を取ろう。それからだ」
「わかった」
城田の横に並び、淺川は頷いた。
不思議と城田は冷静だった。
夕実さんと清人さんの憂鬱は、おそらくは、現実のものとなるだろう・・・と思った。
この計画が義政にバレた時点で、事態は静かに破滅に向かって動き出してしまったのだ。
だが、進むことを止めることは、誰にもできない。
歩きながら、城田はうつむき、静かに息を吐いた。
続く
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