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****3部26話***
連橋はさっきから携帯を探していた。
幾ら探しても見つからない。
「くっそ。ひーちゃんと保がどっかに隠したのか。仕方ねーな」
まあ、帰るまでに探せばいいか、と連橋は簡単に諦めた。
亜沙子と久人が一緒だし、なにも心配なことなど、ない。
それにしても、川村の別荘はすごかった。
食事は、近くにあるホテルのシェフが作ったものを取り寄せたらしく、どれもめちゃくちゃ美味しかった。
連橋が携帯を探すのを諦めて居間に戻ってくると、亜沙子と久人と保が、きゃーきゃー言って花火をしているのが大きな窓から見えた。
川村はその様子がよく見えるソファに座って、雑誌を読んでいた。
「川村さん。こんな世話になっちゃって、すみません」
「ああ。別に構わないよ。保の為でもあるんだからさ」
読んでいた雑誌をめくる手を止めて、川村は、傍らに立つ連橋を見上げて、にっこりと微笑んだ。
「けど。交通費とかもあるし、ちゃんと金は払わせてほしいんで、言ってください」
この日の為に、貯金をちゃんと下ろしてきてはあったが、さっきのホテルの食事といい、一体いくら払えばいいのか、連橋には皆目見当もつかなかった。
「そんな気を遣わなくていい。君達は、ひーちゃんの面倒を見てるんだろう。金など幾らあっても足りないだろう」
「や、まあ。確かにそうすっね」
バレてら、と連橋は髪をかきあげた。
「俺がもっと頭良ければ、いいトコにでも就職出来て稼げたんだろうけど」
そんな連橋の言葉に、川村は、スッと目を細めた。
「知り合いに援助してくれる人はいないのかい?」
「援助?そんな人いねーよ。亜沙子も俺も親なんかあてに出来ないし」
「身内じゃなくても、君達を助けてくれる人はいるんじゃないかい」
妙にしつこく絡んでくる川村に、連橋は眉を潜めた。
「・・・なんで、そんなこと聞くの?」
すると、川村が、パシッと雑誌を閉じた。
「いや。もしいないならば、僕が援助しようかな、と。君達のことは気にいってる。頭は良くないかもしれないけど、今時の子にしては真面目だ。それに亜沙子ちゃんが可愛い」
連橋は、潜めていた眉を元に戻した。
結局亜沙子かよ、と、ふはっと笑ってしまう。
「アンタねぇ。ふざけてんのか、まったく。俺達は、援助なんていらない。俺は、俺の手でちゃんと久人を育てたい。贅沢はさせてやれねーけど、俺の分まで、楽しく生きて欲しいんだ」
言ってから、連橋は、ハッとした。
「や。って、俺。死んでねーけど」
誤魔化すように笑ったが、川村は笑わなかった。
「うん。でも君、死ぬね」
「え」
「あまり長生きは出来ない。そんな顔してる」
川村の言葉に、連橋は凍りつく思いだった。
「どっ、どんな顔すっか。ハハハ」
だが、川村は答えずに、再び雑誌を開いた。
連橋はゾッとした。
見透かされている。なぜだかわからないが、そう思った。
この男。
只者じゃない・・・・!
再び雑誌に視線を落とした川村を、連橋は気味の悪いものでも見るように、見つめていた。



「義政、どこへ行くんだ」
「兄貴には関係ない」
荷造りを始めた弟の周りを、信彦はウロウロしていた。
「なぜだ。明日には、恵美子の家でのパーティーがあるんだぞ」
「幾ら兄貴の言うことでもきけない。俺は今すぐにでも、アイツに会いに行かなきゃなんねーんだよ」
「前言っていた、おまえの好きな子か」
義政はそれには答えずに、リュックに荷物を全部ぶちこんだ。
「頼むから俺を行かせてくれ。今回を逃したら、次いつ会えるかわかんねーんだ。見逃してくれ、兄貴」
珍しく殊勝な態度で頼んだ義政だったが、信彦は首を振った。
「困る。それは困るんだ、義政。明日のパーティーには、重要人物がわんさか来る。そこで、おまえをきちんと紹介したいんだ。だから、我慢してくれ。明日さえ終われば、会いに行っていいんだ。お願いだ義政。我慢してくれ」
信彦は、義政の上着の裾を掴んで、懇願した。
「いやだ。今行かなきゃ、なんねえんだよ。ごめん、兄貴。許してくれよ」
「義政ッ」
義政は、兄の手を振り払い、車に乗り込んだ。
ガンッと大きくアクセルを踏み込み、乱暴に発車した。
清人の別荘は覚えている。
行き方は、携帯で調べれば簡単だ。
連橋。おまえがいるんだな。そこに、おまえが。
俺は、絶対に、そこに行く。
はやる気持ちを抑えて、義政は、清人への別荘へと向かった。
一方、信彦は。
「恒彦はどこだ。いないのか?ああ、もう、誰でもいい。義政を追う。手伝ってくれ」
義政を追うべく、信彦は使用人を呼び寄せ、車を準備させた。




「ちっ。清人さんめ。電話切ってやがる」
元々そんなに簡単に連絡がつく男ではなかったが、こういったバカンスの時には、徹底的に外界からの音を遮断するのが清人だった。
仕事は仕事、遊びは遊びと、とにかくなんでも、割り切りのいい男なのだ。
「くそっ。直接行くしかねえか。いや待て。それは無理だ」
淺川も城田も、連橋や亜沙子に、面割れしている。
そうこうしているうちに、あちこちの拠点から連絡が入り、グラスハートの足取りがつかめた。
「淺川。ちょっとこれは、マジ、きなくせえ」
城田は、目を細めた。
「まずいな。義政はこっちに向かっているし、グラスハートどもが動き出した。偶然かわからんが、義政と同じルートを辿っている」
「勘弁してくれよ。このことが、グラスハートにバレたっていうのか。てかやべ。増山のオヤジ、マルボーじゃなかったか?」
城田と淺川は顔を見合わせた。
「流だな。きっと調べさせたに違いねえ」
「有りだな。やはり清人さんと連絡を取らなきゃマズイ」
「もう少し情報まとめてから、もう一度電話しよう」
「そうだな」
らしくもない不安を鎮める為に、城田は煙草に火を点けた。
吐きだした紫煙が、ユラユラと震えては消えていくのを、城田はジッと眺めていた。



子供がいる家の夜は早い。
連橋は、亜沙子と久人と保が寝入ったのを確認し、部屋を出た。
3人は、どでかいベッドで一緒に寝ていた。
どいつもこいつも可愛い寝顔だった。
「さて」
清人も部屋に引き上げていた。
「どうしようか」
せっかく旅行に来たのだから、なんとなく寝てしまうのは、勿体ない気がした。
酒飲みに、亜沙子をつきあわせようとしたが、よほど疲れたのか完全に眠ってしまっている。
「ちぇっ。1人酒か」
適当に飲んだり食べたりしていいと言われていたので、連橋は、ビールを数本冷蔵庫から、抜き取り、リビングのソファに座った。
さっき川村が座っていた位置がベスポジだ。
海と山に囲まれた立地条件の良い別荘だった。
こんなところに別荘を建てるなんて、金持ちなんだな、川村さんは、とつくづく思った。
リビングは、電気が落ちていて暗く、シンと静まり返っていた。
それでも、月明かりが十分に明るいので、連橋は電気を点けずにいた。
行儀悪くテーブルに脚を投げ出し、冷えたビールのプルトップを引っ張った。
ブシュッとこぎみ良い音がした。
缶ビールに口をつけながら、連橋は、リビングにおちる月明かりを、青いと感じた。
夜が、青白い。
薄気味悪いぐらい、青い夜だった。
窓ガラスに自分が映るのに気づいて、連橋は目を背けた。
ガラスにうつりこんだ自分は、青白い顔をしていた。
さっきの話じゃないが、これからどうすべきか、頭が痛い話だ。
久人を育てるには、金がいる。
今のバイトじゃ、すぐに金は尽きる。
なんとかしないといけない。
援助。
川村の言葉が頭を過った。
本当に援助してもらえるなら・・・。
いや、駄目だ。
自分の力で、と決めた筈だ。
人をあてにしてはいけない。
「くそっ」
連橋は、グイッとビールをあおった。
「どうした。眠れないのか」
不意に背中から声が聞こえて、連橋はぎょっとした。
「あ、ああ、川村さん。すみません、ビールいただいてます」
振り返ると、川村が立っていた。
昼間のままの恰好だったので、まだ寝る支度をしていないようだった。
「好きなだけ、飲めよ。ただ、意識は飛ばすな。それだと俺がつまらないからな」
「え?」
ふ・・・と川村は笑い、連橋を手招いた。
立ち上がろうとした連橋に、川村は首を振った。
「今じゃない。後で、というジェスチャーさ。連橋くん。それ、適当に飲み終わったら、俺の部屋に来てくれないか。二階の一番奥の部屋だ。君に見せたいものがある」
「え。なんすか」
「内緒。でも、いいもんだよ。待ってるね」
言うだけ言って、川村は、スタスタと部屋に戻るべく二階の階段を昇って行った。
「?」
なんだろうとおもった。
でもまあ、いいか。後ででいいと言っていたものな。
なんとなく、連橋は、もっと酒を飲んでいたかった。
普段ならば、こんなに飲まないのだが、むしょうに酒を飲みたい気分だった。
「ふぅ」
空き缶をゴミ箱に放り投げ、連橋は川村の部屋に向かった。
二階の一番奥。
ご主人様の部屋。
さぞや立派なんだろうなーと想像し、ケッと肩を竦めた。
川村の部屋だと思われる部屋の扉が、少し開いていた。
そこから音がもれていて、川村はテレビでなにかを観ているようだった。
「!?」
ノックをしようとして持ち上げた手が止まる。
よくよく耳を澄ましてみると、部屋の中から聞こえてきたのは、喘ぎのようだった。
連橋はギョッとした。
もしかして、エロビか。
ちょっ。これ、俺、入っていいのか。
部屋の前で躊躇していると、気配を感じたのか、川村が部屋から出てきた。
「結構飲んだのか?顔が赤いな」
「なんか。そういう気分で。すみません。あらかた飲みつくしちまった。冷蔵庫のビール」
「構わないさ。さっきも言ったけど、酔わなきゃな」
そう言って、川村は、スーッとドアを開いた。
「あの。俺、お邪魔ならば、また時間ずらしてきますけど」
「いいや。別にいいよ。入りな」
連橋は、躊躇いながらも部屋に足を踏み入れた。
そして、テレビに映し出されている画像を見て、目を見開いた。
「か、川村さん、それ」
バッ、と連橋が川村を振り返ると、そこにいたのは、川村であって、川村ではない男だった。
「義政がさ。ここに来るらしいよ。ヤツは本当におまえが好きだな、連橋」
「きさま。誰だ!?」
連橋は、後ずさり、構えた。
「俺の名前は川村清人。またの名を大堀清人。ここまで言えば、幾ら頭の悪いおまえでも、だいたい察しがつくだろう」
「まさか、おまえ、大堀組」
川村は頷いた。
「おまえのことは、ずっと知っていた。兄貴の恒彦からも、城田からも、聞いていたさ」
「し、城田・・・」
その名が川村の口から出て、連橋は、ゾオッと体を震わせた。
「なあ、連橋。俺はおまえのことは気にいってる。それと同様に、城田もな。いや、正確にいえば、城田のが気に入っている。あいつにゃちぃと詫び入れなきゃなんねぇこともあるし。だから、連橋。おまえに協力してもらいたい」
「な、なにをだ」
「城田の背には、鳳凰が描かれている。半分だけな。義政と対にしようとしたら、アイツは拒否りやがった。可哀想になぁ。翼一つじゃ、鳳凰は羽ばたけねえんだよ。だから、連橋。おまえが城田の片翼になってやれ。おまえと城田が組めば、怖いもんなんて、なに一つねえ。彫り師は、もう手配かけてあんだよ」
クククと川村は笑った。酷薄な笑みだった。
「きさま。俺達を騙したな」
「なにを騙したっていうんだ。ひーちゃんも亜沙子ちゃんも楽しんでるじゃねえか。引き続き、彼らを楽しませたかったら、おまえの皮膚をよこせって言ってるだけだ、連橋」
「ふざけんな。今すぐ亜沙子と久人を起こして、自力で帰る」
連橋は川村に背を向けた。
「バカ言ってんじゃねえよ。何時だと思ってんだ。もう電車なんか出てねえよ」
「歩いて帰る。こんなクソみてえなとこに、亜沙子と久人をおいておけねえ」
「そりゃ止めとくんだな。今の亜沙子ちゃんに、そんな無理させちゃダメだ」
「んだと」
「あの娘、多分、妊娠してるぞ」
川村の言葉が、連橋の頭を殴りつけた。
亜沙子が、妊娠!?
まさか、それは、まさか・・・。
「さぁて。可愛いあの子を孕ませた、悪い男は誰なんだろうな、連橋」
ニヤリと川村が笑う。
青い夜によく映える凶悪な顔。
「きさまッ・・・」
ギリギリと連橋は唇を噛んだ。
その時だった。
川村のベッドにあった携帯電話が、勢いよく鳴った。
「ちっ。さっき電話した後、電源切るのを忘れていた」
ぶつくさ言いながら、川村は電話に出た。
「なんだって?義政だけじゃなく、ガキどももこっちに向かってるって?それは本当か、城田」
川村が連橋を見た。
(城田!!)
「ちっ。計画狂いもいいとこだ。まったく。まあ、いいさ。どのみちこっちに着くまではしばらく時間かかるだろう。こっちはこっちで楽しんでいる。あと一時間後にもう一度連絡してこい」
人を従わせることに慣れている声音だった。
川村は、ブチッと電話を切ると、携帯をベッドに乱暴に放り投げた。
「なんかなぁ。色々と予定が狂ってきちまった。まあ、俺は驚かないぜ。連橋。おまえは、そーゆー運を持っているんだ。だから俺は、出来ることから片づけていこうと思ってる」
川村は、バサッと上着を脱ぎ捨てた。
「!」
品の良い整った顔からは想像も出来ないぐらいのえげつない刺青が、その体にとぐろを巻いていた。
「連橋。俺にも見せてごらん。義政に見せた、あのビデオの中の、女みてえなおまえのツラを」
川村が見ていたのは、連橋が小田島に撮られた、あのビデオだった。
「・・・」
連橋の前に立つ川村は、青い夜を背負っていた。



続く

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