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****3部23話***

早朝。どうにも早く目を覚ましてしまった連橋は、タバコを吸う為に窓を開けたら、裏庭に亜沙子の姿を見つけた。
バンとドアを開け、階段を駆け下りようとして、ハッとした。久人がまだ寝ている。
一応足音に気をつけ、連橋は亜沙子の元へと大股で歩いて行った。
「おはよ、連ちゃん」
とっくに気づいていたらしく、亜沙子は小さな芽に水をやりながら、背を向けたまま連橋に声をかけた。
「ああ。はよ」
連橋は、しゃがみこんで水をやっている亜沙子の横に、立った。
「ようやく、こんなちっせー芽が出たか。先は長いな」
「うん。まだまだこれからね。でも、可愛いよね。一生懸命生きている」
亜沙子の瞳が小さな芽を愛おしそうに見つめていた。
連橋はタバコに火を点けた。
「それよか亜沙子。本気で川村さんのとこに行く気かよ。あの人、結構おまえのことマジだと思うぜ。ちったあ警戒しろよ」
部屋の隅には、週末の旅行の支度がすっかり出来上がっていることを連橋は知っていた。
「まっさか。そんな訳ないわよ。連ちゃんの勘はいつも当たらないんだから。あの人、絶対に好きな人いるわ。それもすごく好きな人よ。女の勘。こっちのが絶対あてになる」
亜沙子は、連橋を見上げてはクスッと笑った。
「ひーちゃん、保くんと会えるの、すごく楽しみにしているの。あたし達じゃ、ひーちゃんを旅行に連れていくことなんて出来ないじゃない。これはチャンスよ。がっつり甘えちゃおうよ」
ふう、と連橋は煙を吐き出した。
「呑気なもんだな。てか、おまえ。ほんと、いい嫁さんになるよ」
家庭菜園といい、人んちの旅行に乗っかっちまうちゃっかりさっていうか、と連橋はぶつぶつ言った。
「おほほ。連ちゃん、私をお嫁さんに出来なくて、惜しいことしたわね」
「そうだな。睦美は、要領わるそうだしなァ。ま、おまえのダンナになるヤツはラッキー・・・」
と言いかけて、連橋はハッとした。
「連ちゃん!?」
固まってしまった連橋に、亜沙子は苦笑した。
「いや。なんでもね」
亜沙子から目を逸らし、連橋はそれ以上なにも言わなかった。
「さてっと。そろそろひーちゃん起きるかな。あの子、休日の朝はすごく早いんだから」
黙ってしまった連橋を亜沙子も深追いせずに、チラリとアパートの部屋の窓を見上げてクスッと笑う。
「そうだな。学校の時はすげーねぼすけなのにな」
二人は顔を見合わせて笑ったが、その笑顔は、どっちもひどくぎこちなかった。
つい先ほど交わした会話の中で、連橋と亜沙子のどちらの脳裏にも、同じ男が過ったせいだった。
「連ちゃんもちゃんと支度しておいてよね。私とひーちゃんのボディガードなんだからねっ」
パン、と亜沙子は連橋の背を軽く叩いた。
「俺は荷物なんかねえよ。女じゃあるまいし」
「もー。いつだって、連ちゃんは、前日に支度するタイプなんだから。足りないもんとかあったって知らないからね」
言いながら亜沙子は、パンパンと膝についた土を手で払いながら、立ち上がった。
「!?」
ググッとせりあがってくる気持ち悪さと眩暈に、亜沙子はバッと手で口を押えた。
ドン、と亜沙子の体が連橋にぶつかった。
「おっと。大丈夫か、亜沙子」
「ご、ごめんね、連ちゃん」
亜沙子を支えてやりながら、連橋は亜沙子の顔を覗きこんだ。
「おめー、顔色悪いぞ」
「うん。立ちくらみだわ・・・。貧血・・・」
「貧血って。んじゃ、ホウレンソウ食えよ」
「あはは。ちょっとトイレいってくるわ。なんか気持ち悪いし。またあとで、朝食の時ね」
「おう。階段気をつけて登れよ」
「はーい」
ヒラヒラと手を振り、亜沙子は如雨露を手に、部屋へと戻っていく。
その後ろ姿を見送り、連橋はタバコの煙を吐き出した。
「ごめんな、亜沙子」
呟き、連橋は空を見上げた。
誰を好きになるのも、おまえの自由な筈なのに・・・。
連橋はキリキリと胸が痛むのを感じて、思わずその胸を掌で押さえつけていた。

一方の亜沙子は、部屋に戻るなり、冷蔵庫のカレンダーを見た。
私、前回の生理っていつ来たの?
青ざめる自分がわかった。
この吐き気。覚えがあるの。前に経験したわ。
ぶるぶると亜沙子はカレンダーの日付を追った。
どうしよう。気づかなかった。
思わず無意識にお腹を押えてしまう。
ねえ、どうしよう。まさか、まさか。まさか、あの時の?
でも、あいつは中には出さなかった。だけど、あの時しか考えられない。
生理がきてないわ。生理がきてない。気づかなかった。
亜沙子はズルズルとその場に崩れ落ちた。
部屋の中の久人は、相変わらずの寝相の悪さで、幸せそうに眠っていた。



「義政。恵美子とちゃんと会ってるのか?」
「会ってない」
パラパラと雑誌を捲りながら、義政は短く答えた。
「ダメじゃないか。ちゃんとご機嫌伺いをしないと」
「体調悪いって断られているのは、こっちだ」
ソファでだらだらしていた義政を見つけ、信彦は書類を抱えてこちらへ向かって歩いてくる。
「そういう時はお見舞いに行くものだ。まったくおまえは気が利かないな」
はあ、と信彦は溜息をついた。
「近日中にこらちから連絡を取って、おまえと恵美子が合えるようにしておく。いいか、義政。適当にあしらっておいていい。あの女と本気で恋愛しろと言ってるんじゃない。わかってるな」
ぎし、と信彦はソファの端に腰かけた。
「言われたって出来るかっつーの、あんなババア」
読んでいた雑誌を閉じて、義政は信彦を軽く睨んだ。
ふっ、と信彦は苦笑した。
「恵美子の権利をおまえが継承したら、とっとと離婚させてやるからな。今は我慢してくれ」
信彦は義政の頭を軽く撫でた。
「ああ。そこらへんは全面的に兄貴に任せてるけどさ」
「義政。おまえがいてくれて、本当に良かった」
そう言ってから、信彦は、義政をまじまじと見た。
「なんだよ・・・」
その視線に疑問を感じて、義政は兄に向って眉を寄せた。
「おまえ、好きな女がいるのか?」
「!」
信彦の言葉に、義政はすぐには答えなかった。
「いるだろう、義政」
「・・・いたら、どうだっていうんだよ、兄貴。恵美子の件が片付くまでは諦めろっていうのか」
「両想いなのか?」
びく、と義政の肩が揺れた。
「・・・残念ながら、ちげーよ」
すると、メガネの縁を指で持ち上げながら、信彦は苦笑した。
「義政。別にその女を諦める必要なんてないぞ。この先、おまえや俺には莫大な金が入ってくるようになっている。俺がそう仕向けているからな。そうなったら、おまえが今好きな女も必ず手に入る。
金があれば出来ないことはない。その女も必ずおまえの手に落ちてくる。だから今は。辛くとも我慢するんだ」
「兄貴」
金があれば、心など手に入る。これは小田島家に脈々と伝わる思想だ。自分も兄もまるっきし同じだ、と義政はクッと笑いがこみあげてくるのを抑えきれなかった。
その義政の笑いを受け止めながら、信彦もニッと笑う。
「俺が、必ずおまえの欲しいものをおまえが手にすることが出来るようにしてやるぞ」
信彦は義政の頭を何度も撫でた。歳の離れた弟を、信彦は溺愛していた。
「ああ。信じてるよ、兄貴。でもな。俺、あのオンナを諦める気はハナからねえけどな」
「男はそれでいい。欲しいものは、どんな手を使っても奪い取れ」
「もちろん・・・だぜ」
舌で唇を舐めながら、義政は天井を見上げた。
待ってろよ、連橋。おまえがどんなに嫌がろうとも、おまえは俺のモンになるんだ。
誰にも見せないようにおまえを閉じ込めて、俺だけをその瞳に映すようにして、俺の思うままに抱いてやる。
その口から、愛してる、と言わせてみせる。絶対にな。俺は、その時は諦めたりなんか、しねえ。
「恵美子の件、よろしく頼んだぜ、兄貴」
「ああ」
満足気に頷き、信彦は書類を抱えて、出て行った。



流は、ジレンのメンバーと外食していた。
思うところがあって最近は食も進まないっていうのに、目の前の舎弟らは、濃ゆいのをガツンガツンと平らげていく。
空いた皿を白けた目で見ながら、流は胃の辺りを押さえていた。
「よー、食うなぁ」
「育ち盛りッスから」
「ありえねえよ。もう若いやつらにはかなわねえな。俺はタバコで十分腹が満たされる」
煙を吐きながら、流が言った。
「てか、流さんもまだまだ若いでしょーが」
舎弟らは、ガハハと笑った。
行儀がわりーと知っていながら、ファミレスのソファに片膝立てて、窓の外を眺めていた流だったが、
「おめーら。ちょっと頼まれてくんねえか」
と、舎弟らに向き合う。
佐田ともう一人、小山田というメンバーが、不意に言われて、がつがつ食いまくっていた手を止めた。
「なんすか」
見てるだけで気持ちわりーよ、と言いながら、流はタバコを灰皿に押し付けた。
「どうしました、流さん」
「川村っつー男のことだけど。川村清人」
「ああ、前にひーちゃんの入院先で会ったヤツっすよね」
佐田はすぐに反応した。
「エリートビジネスマンって感じのツラしてたぁ」
小山田と佐田は、俺らにゃ縁がねえな、と顔を見合わせて笑っていた。
「どーかしたんですか」
「いや。念のためだ。亜沙子ちゃんと久人が別荘に招かれてな。連も一緒だから心配はねえと思うけど」
流は立てた膝の上に肘を乗せて、どこか遠くを見るように言った。
「確か、あの人亜沙子さん口説いてましたよね。危険だ」
むむむ、と佐田はスプーンを舐めながら、真面目くさった顔で言った。
「ま、多分ふつーの人だと思うけどよ。素性洗っとくにこしたことねーだろ」
「まるでデカみてーな言いっぷりですよ、流さん。素性あらわれて困るのはこっちですって」
小山田が爆笑していた。
「ま、確かに俺らも綺麗な身じゃねえけどよ」
もっともな小山田のちゃかしに、照れたように流は前髪をかきあげた。
「デカっていえば、増山さんのおやじ、元丸暴だから、聞いときますか」
佐田が提案した。
「そこまで物騒な人じゃねえと思うが・・・。いや、念のため頼めるか」
「了解しました。ボス」
元気よく返事する佐田に流は頷いた。
「連の周りからは、きなくせーもんは全て排除してえからな」
流の横顔を見て、佐田はボソッと言った。
「ほんと、流さんって連橋さん命ッスよね」
言われて流は、さっきからフラフラと窓の外にさまよっていた視線を、ピタリと佐田に戻した。
「す、すみません。俺、変なこと言っちまって」
その流の強い視線に、佐田は慌てて頭を掻いた。
「別に。おまえの言ってること間違ってねえ」
「は?」
「あいつのこと、愛してるからな」
一瞬、佐田と小山田が沈黙した。
「まっ、またまたあ。流さんが言うと本気みてえで怖いっす」
ようやく佐田が場の空気を振り払うように陽気に流に言葉を返した。
「冗談言う空気かよ」
ふっ、と流は苦笑した。
「おまえ。俺が志摩さんからジレン受けた理由知ったら、軽蔑すんだろうな」
軽く流は笑い飛ばす。
「流さん?」
「ま、頼むな。用心の為だ」
そう言って流は、再び視線を窓の外に移してしまった。
「は。はい」
さっきから流が気にしている窓の外。
怪しかった灰色の雲が見る間に広がり、外はいつの間にか雨が降ってきていた。



見舞いの花束を抱えて義政は、恵美子の屋敷を訪ねていた。
自分の家も相当なものだとは思っていたが、恵美子の屋敷はそれよりもっとすごかった。
金の匂いがぷんぷんした。
「ありがとう」
花束を受け取りながら、恵美子が屈託なく微笑む。
病床の恵美子と小田島義政は婚約者でありながら、初対面だった。
「城田くんから話は聞いているわ」
義政は投げやりに頭を下げた。
「体、どーっすか」
義政は、兄から教わった通りの言葉を、大根役者のように棒読みで言った。
「歳だから、もうダメよ」
恵美子が言った言葉に対して、義政は無言で、近くにあった椅子にドサッと腰を下ろした。
「あら。フォローなし?」
くすくすと恵美子は口元に手をやって笑った。そのしぐさがやたら上品に見えた。
部屋に沈黙が訪れた。
「・・・」
ボソッと義政がなにか言ったのに気付いて、恵美子は「え?」と聞き返した。
「なあに?」
「若いっすよ。もっとババアかと思ってた」
「あらまあ。お上手・・・」
そう言ってから、恵美子はジッと義政を見た。
「と言いたいところだけど、あなた、お世辞を言うような器用な性格じゃなさそうね」
すっ、と恵美子は目を細めた。義政は、なぜか恵美子にそう言われても腹は立たなかった。
「気に入ったわ、その嘘がつけなさそうな性格」
ほつれた髪を結び直しながら、恵美子が義政に向かって言った。
「バツイチの15歳も年上の女と結婚する若い男なんて、訳ありに決まってるわよね」
恵美子はパチン、と器用にゴムで髪の毛を結んでしまった。
「でも、こっちも同じなの。私はお父様にあまりにも迷惑をかけた。だから、今、おとなしくお父様の言いつけを聞いているだけ。どんな男とだって、お父様の命令ならば結婚するつもりよ」
きっぱり言う恵美子に、義政は違和感を感じた。
「よっぽどのこと、なんかしたんすか」
単純に、それは義政の疑問だった。
「私のこと、知らないのね。興味もなさそう。でも、その方がいいわ。あなたが知らなくても周りはきっちり知ってて、あなたを私から守るでしょうし」
ふふふ、と恵美子は意味ありげに笑う。
「あなた、好きな人がいるのね」
突然言われて、義政は目を見開いた。
「それ、つい最近、兄貴にも言われたんだけど」
なんなんだよ、いったい・・・と義政は辟易した。
しばらくは忘れようと思ってるのに、寄ってたかって意識させやがって、と心の中で舌打ちした。
「隠してるつもりはないんでしょ」
「隠してるっスよ。堂々と言える相手じゃねえから」
兄にも言えないことを恵美子には言えた。義政は自分でもちょっと驚いた。
「隠して?それ、よほど強く想ってるのね。ますます気に入ったわ。私、そーゆーの嫌いじゃない」
「嫌いじゃない?」
どういう意味だ?と義政は聞き返した。
「ええ、好きよ。私は、人を、強く強く愛してる人が、好き。ただ愛されていることに満足してる人より、全然好き」
恵美子の言葉は、義政の心をチクリと刺した。義政は恵美子を睨むように、見つめた。
「義政くん。私も、好きな人がいるの。あなたよりずっとずっと好きよ。たぶんその男以外は愛せない。でも、私は、あなたと結婚出来るの。あなたとセックスも出来るわ。あなたの子供も産めるでしょう。
大人の、女は、ズルいでしょ?」
その言葉を聞いて、義政は、恵美子に感じたものをなんとなく理解できた。
この女は、俺と同じものを持っている、と思った。
「・・・いいんじゃねえの?別に俺は、それが不服じゃねえよ。俺だってアンタを抱けるし、子供を孕ますことも出来るが愛すことはないと思う。俺が心から欲しいのはたった一人だから」
言い切って義政は目を伏せた。
どんな言い訳も通用しない。この気持ちだけは事実だ。これを愛だの恋だのと名前をつけたいならば、勝手にしろと思う。
俺はただ、欲しいのだ。連橋が欲しい。
体が欲しかった。でも、もう体だけじゃない。心が欲しい。すべてが欲しい。
あいつのすべてを俺で貫きたい。この腕の中に抱いていなければ、落ち着かない。
「私たち、いい夫婦になりそうね」
恵美子の言葉に、義政は我に返った。
にっこりと恵美子は、義政を見つめては、微笑んでいた。
義政は頷きこそしなかったが、それでも恵美子のことを嫌いだとは思わなかった。純粋にイイ女だと思った。顔もそうだが、なによりその潔い性格が気に入った。
この女とは気が合いそうだ、と素直にそう思っていた。



急に降ってきた雨のせいで、城田は雨宿りのつもりで、久しぶりに夕実の店に立ち寄った。
そして、それをすぐに後悔した。
「よお、奇遇だな」
店内にはわずかな供を連れて、清人がいたのだ。
城田は思わず苦い顔になった。夕実はそんな城田を楽しそうに眺めていた。
「珍しいですね、清人さんが夕実さんの店に来るなんて」
「あら、そんなことないわよ。恒彦挟んであたしらは同志だもの」
夕実はグラス片手にクスクスと笑う。
「ライバルっしょ」
城田の知る限り、この二人は恒彦を愛してる。あの外道を、愛してるのだ。
「そんな域は超えてンのよ、とっくに」
清人は夕実の言葉には、肯定も否定もしない。ただ、城田を面白そうに見つめていた。
「清人さん、今回の件、マジッすか。淺川に聞きましたけど」
カウンターの席、二つ間を空けて、城田は席に着く。
「なんだ、城田。そのふて腐れたツラは」
「ふて腐れもしますって」
「ハハハ。いろいろと考えている。それより、義政は大丈夫だろうな」
清人の、口調は軽かったが、横顔はどこか虚ろだった。
「あいつは、今、恵美子さんと接触中。まあ、あいつ、恵美子さんのこと気に入ったみたいだけど」
城田の言葉に、夕実が腹を抱えた。
「そりゃ気が合うでしょーよ」
「ほんと、気が合うだろうな。どっちも狂人だしよぉ」
ぷくくくと清人が笑う。
またか、と城田は思った。
城田にとって、大和恵美子は謎の女だった。
どんなに素性を洗おうとしても、厚いベールに包まれているかのごとく、なにも出てこなかった。
ただ、信彦や夕実、清人、これらの人物がそろって恵美子のことを言う時は、複雑な顔をする。
恵美子という謎の女が、義政にとって禍いでなければいいがと城田は願うばかりだった。
「城田よお。俺は、おまえの背のその鳳凰。いつか番わせてやりてえんだよ。長い間一人で淋しかろうからな」
唐突に清人が言った。
「は?」
城田は聞き返した。
「おまえが番うのにふさわしい相手とな」
清人の言葉を遅れて理解した城田は、眉を寄せた。
「・・・勘弁してくださいよ。今回はおとなしくしててくださいよ」
「まーな。祈ってろよ」
カランと、清人のグラスの氷が鳴った。
「魂胆はなんすか?お子さんの為じゃねーっすよね?」
城田が清人の心に探りを入れる。
「魂胆。まあな。そうだな。ちぃと連橋に接近して、連橋ファミリーのバッグを知りてえと思っただけなんだ」
清人がタバコをくわえた。
「なんすか、それ」
夕実がカチリと清人のタバコに火を点けた。
「城田。おまえ、難しいのと絡んだかもしれねえぞ」
脚を組み変えながら、清人は呟いた。
「?」
「俺は、連橋っつーのは、ホンモノだと思ってる。いろんな意味であいつはホンモノだと思ってるが、その中でも一番すげーもんをあいつは持ってるんだ」
「なんのことっすか」
清人は、いつもこういう言い方をする。城田は理解が早い方だが、連橋のことになると、そうはいかない。
「運、だよ。城田。連橋はな。運っつーいっちばん頼りねえがいちばんでっけーもんを背負っていやがる」
清人は天井に向かって煙を盛大に吐き出していた。
「清人さん。運にゃ、不か幸が頭につくもくんだぜ」
ニヤリと城田は笑う。
「合わせて不幸か、城田。ま、いいんじゃねえのか。連橋が背負ってるもんを間近で見るのはおまえだ」
「・・・」
「そん時に、俺の言った言葉を思い出せ。だが、しかし。その運を、おまえが言うように不とみるか幸とみるか。それは連橋次第だろうな。
だが、ヤツはその運を使いこなし、果たすべきことを果たすような気が、俺はする」
「清人さん」
「城田。俺はな。なんか嫌な予感がするんだ。だから、こうやって夕実ちゃんのとこで飲ませてもらってんだよ」
清人はタバコを揉み消すと、カウンターに突如として突っ伏した。
「昔から清人さんの予感は当たるのよね。城ちゃん、私、怖いわ」
夕実が、清人の頭を撫でながら、珍しく気弱な声を出した。
城田は目を細めた。
夕実と清人。大抵のことでは動揺しない二人が揃って、どこか不安定だった。
「夕実さん・・・」
言おうとして、城田が口を開きかけた時。
カウンターに飾られた白い大振りの百合が、ぱっくりと頭から折れて、音もなく落ちた。
落ちた白い百合の花は、目に鮮やかな黄色の花粉と、きつい匂いをその場にまき散らしたのだった。


続く
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